• 検索結果がありません。

芥川龍之介の生死観――『青年と死と』『二人小町』の二つの戯曲を通しての考察――

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "芥川龍之介の生死観――『青年と死と』『二人小町』の二つの戯曲を通しての考察――"

Copied!
12
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

:1 芥川龍之介の作品の中に、 戯曲仕立てのものはあまり多くない。 注1 注2 注3 成立順に列挙すると、 r青年と死と」、 r暁」、 r往生絵巻」→――― 注4 注5 注6 注7 つの宝』、 r二人小町』、 r或恋愛小説』‘ roo中問答』の七作 注8 注9 があり、 この他に戯曲仕立ての作品として 、 r 方丈記」、r奇遇」、 注10 注"-r好色』.、 r不思議な島』の四作が数えられる。 短篇作家である 芥川は、 常に対話を重んじ、 場面を劇的に展開させることを得意 とした。 従って彼の戯曲は、 数は少ないけれども、 小説を対話だ っと注 けに切り詰め、 問題点の別扶をはかる表現様式として、 も 目されていいのではないかと思われる。小論においては大正三年 のr青年と 死と 』と十二年 の r二人小町』の二つの戯曲を通して 芥川の生死観を探ってみ た。 二つの戯曲には、 出典が指摘されて いる。 まずr青年と死と』で あるが、 末尾に「龍樹菩薩にOOする 俗伝より」と注記がなされ、 それにより、 出典の―つがr今昔物 , IJ ュ

3?iitt

ルマr 語・天竺部巻四・龍樹俗時閑形薬造語 ・第二十四』である 注 12 ことがつきとめられている。 r青年と死と』は単行本未収録であ 序 る。一方、 r二人小町』も単行本に未収録の作品で、 一見して小 町伝説のパロディのようなイメージを持ってい る。 吉田精一氏は 注13 前出の論文で、 r玉造小町壮衰掛』roo寺小町」r卒塔婆小町」 『罰鵡小町」を出典とされていろ 9 それに対し、 最近r二人小町」を構造的に分析し、 『今昔物語

サ冬アク--4メタ4r

ニュキ石りマ

g

~リエ分i‘`1bキケルt・・ •本朝部巻二十・讃岐国女行冥土途魂遠付他身語・第十八」 注14 を出典とするという説が発表さ れた。 これら出典については後に 詳述する。 ここでは、 二つの作品に共通する「ある日突然、 主人 公たちの前に 11 死ーと名乗る冥界からの使者が 出 現 し、 彼らに死 を宜告する」という設定について述ぺ る。 すでに、 この設定がホ 注16 ーフマンスタールのr痴人と死と」に依っているものだという論 が発表されている。 r痴人と死と』は、 森図外によって翻訳され 注 16 ており、 それによる と、 死の使いによって死 を宣告された主人公 ・クラウスは、 命乞いをし、 無為な生を送ったこと、 親不孝であ ったことを悔むが、 すぺてはあとの祭りで、 そのまま逝く。 小論で取り 上げる二作品は、 この作品から研台設定を流用して

ー「膏年と死と」r二人小町」の二つの戯曲を通しての考察ーー—

芥川龍之介の生死観

--

(2)

48-る。 . いるわけだが、 主人公たちの、 冥界からの使者に対する態度が全 ・く異ってしまった点が興味深い。 二作品を隔て る九年の歳月が、 芥川の生死観をどう変えたか、 他の芥川作品の内容も採り入れな がら論を進めてみたい。 r青年と死 と」に登場すろ仏法の修行者AとBは、 姿の消える マントを手に入れ、 夜毎後宮に忍び、 次々と后妃たちを懐妊させ 彼らはこの II 犯行'の理由を、 総ての追徳や思想を 11 欺囲’と し、 これを破らんがためであるとしていた。 しかし、 そのうちニ 人の青年たちの意志は変化した。 Aは死を覚悟の上で、 II 欺囲’ を破ろうと決意し、 后妃たちによる欲望の充足を、 至上の快楽と して追求した。 有限であるだけ、 よけいに快楽は探い。 だが、 Bはその快楽の有限性を全く失念すろようになった。 つも簡単に後宮への潜 入に成功していたため に、 いつしか「自分 は絶対に捕えられることはないのだ9と思いこみ、 遂に死を意盗 しなくなる。 そしてAに対し、 「僕はあれ以来一度も死なんぞと 云ふ事を考へた事はないぜ9「僕は無意味でも何でも死なんぞを 予想する必要はないと思ふが1などとうそぶき始 める。 男の姿が 見えないのに、 后妃が次々に 懐妊するのを不思議に思った宮殿の 宦官たちは、 宮殿の床に砂を撒き、 その足跡を追って姿の兄・1ぬ 潜入者を捕えようと計画し た。 その計両は兄事に成功し、 二人は まんまとつか まってしまう。 それは、 二人の冑年 の死を意味した。 名乗る黒覆面の男が現わ II II して彼らが罠に嵌った時、 れる。 この出現に驚いた二人は、 各々に歎願する。 まずAは、 「うん その用で来たのか。 己は お前を待つてゐた。今こそ お前の顔が見られるだらう。 さあ己の命をとつ てくれ9 と述べて、 潔く死を願う。 これを聞いた 死,は、 Bに「お前も己の来るのを待ってゐた のか1と尋ねろ。 .するとBは 「いや、 己はお前なぞを待ってはゐな い。 己は生きたいのだ。

4 ママ どうか己にもう少し生を味はせてく れ。 己はまだ若い。 己の 脈管にはまだ暖い血が流れてゐる。 どうか己にもう少し己の .. 生活を楽ませてくれ。」 と答える。 しかし 死ーはBを叱り飛ばし、 「お前はすべての欺囲を破ら うとして快楽を求め ながら、 前の求めた快楽其物が矢張欺囲にすぎないのを知らなかった。 お前が己を忘れた時、 お前の霊魂は餓ゑてゐ た。 餓ゑた霊 魂は常に己を求める。 お前は己を避けようと して反て己を 招いたのだ1 と、 彼の快楽追求の誤りを指摘し、 その 実体を暴く。 ここに快楽とは何か、 とは何かと いう問に答えようとする芥

(3)

川の姿勢が痰える。この II 死,の科白に、 当時の芥川が「人間社会 は欺囲で成り立っている。その中で、 死を見つめることさえしな いで 浅はかな快楽 に溺れろ者には生きる意味がないのではない LO と考えてい たであろう ことが察せられる。 こうして結局Bの歎顧は退けら れ、 彼は命を奪われる。 その後 死・'は「命をとつてくれ」というAの願いをも退け て、 助命す . る しかしAは、再度 死,に向かって次のように歎願する。 「いや己は待ってゐる。己はお前の外に何も知らない人間だ。 己は命を持つてゐても仕方ない人間 だ。 己の命をとつてくれ そして己 の苦しみを 助けてくれ1

Aのこの願いも斥けられ、 彼は突如として響きわたった 第三 の声’によって 以下のように制せられる 「莫迦な事を云ふな。 よく己の顔を見ろ。 お前の命を助けたのは お前が己を忘れなか ったからだ。 しかし己はすべて 9 のお 前の行為を是認してはゐ9い く己 の顔を見ろ。お前の誤りがわかったか 是からも生きられるかどうかはお 前の努力次第だこうしてAは、 死ぬぺき命を生かされる。 一見この作品において は、 死にたいというAが 生き、 生きたい という Bが死ぬという 皮肉な結末が描かれてい るかのようにみ えろ しかし、 この作品の意図とするところはそんな単純なものでは あろまい。私は この作品で 、芥川が死を罰としてBに与え、 を恩赦としてAに与えている点に着目する。 ここに 、芥川の意志が存在すると考えるからである。 破廉恥な行為には 当然の罰として死が与えられる Bの死は 因果応報の結果であ 問題は 恩赦としてAに与えられた生の意味である。この生を Aが以後いかに生きるかによって、.Aの哀価が試される この点 は、 恐らく芥川が出典のr今昔物語』の龍樹菩薩の話から引き出 したものだろう。典拠において、 宮中に潜入するのは三人であり かひ 二人は殺されるが 龍樹は后の裳 裾にかくれて 、「外法は益無し」 と悟り、 出家して龍樹菩薩となり、 万人崇敬の的となる この龍 樹の発心がAに求められたのである 禁断の木の実を貪る者は、常に死を覚悟しなければならない もしその死が許されたとしても それ は絶対者の目こほしか いは恩赦である その許された生をどう生きろか の生き様が 芥川の以後の作品に様々な形をとって現われる。

”i

まずr戯作三昧』の主人公・曲亭馬琴の泣協3たる悲壮の感激」 その系列にあ るといえよう。芥川の初めての新聞迎賊小説と いわれるこの作品は 江戸の銭湯 II 松の楊’における 六十幾つ の老人である曲亭馬琴の風体描写に始まる。 自らの身体を すりで消めていた馬琴は、 急に手を休めて外の景色に見入る

(4)

翠の心に、この時初めて「静ながら慕は しい」雰囲気の " 死,の 影が差したのだ。忌わし さの 伴なわぬ/死,の意識は、それまで の馬琴の知らないものであったのに。 馬琴は生活にも創作にも疲れ始めており、 (一切の座労を脱し. て、 、その「死 」 の中に 眠 ることが出来たならば)と思い始めても t t .じかし、馬琴のそうした物想いは 、彼の愛読者と称す近江屋平 吉の、意に添わぬ賞際のことばや、必fの小銀杏の男の悪口によっ て遮られ てしま う。やがて銭場を出た馬琴の心は不快に沈んでし まう。灼宅すると、馬琴 の苦手とする版元・和泉屋市兵衛が待ち 構えており、彼の気分 はま すます重くなる。そのうえ 和泉屋の下 品な物腰や、作家を自分の靡人扱いにし、呼び捨 てにする態度は、 一図彼の不快感を募らせた。挙句に、和泉屋は馬琴の達箪を無能 呼ばわりしたので、つ いに馬琴の堪忍袋の緒が切れ、和泉屋は追 い甜される。こうした出来事は 、一市井人としての生 活に対する 馬琴の疲労感を、いやが上にも高め ろ 0 . その前年の春の、弟子入り志願の青年との手紙による応酬の記 悩も、再び彼を疲れさせた。同じ日の午後、.馬琴は、親友・渡辺 平山の来訪を受けて絵を贈られ、軽い芸術談義に奥じながら、互 いに一種の 力強い的品を党える。出山を見送って後、その気持ち の醒めぬうちに八犬伝を宙き継とうと、机についた馬琴は 、 自分 のそれまでの原稿が「無用の娩舌」に思ぇ、愕然とする。そこへ、 浅草観音詣でから灼宅した孫が現われ●観音様のお告げだと云い 乍ら「勉強しろ。剌痕を起すな。さ うしてもつとよく辛抱しろ 9 と云う。もとより孫は悪戯で、こう やって馬琴をかついだだけな のであるが、馬琴はその言菓に感動すろ。 そしてその夜、、神来の興,にと りつ かれた馬琴は、 き続けた。 •この時彼の王者のやうな眼に映つてゐたものは、利害でも なければ愛憎でもない。まして毀誉に 煩はされる心などは、 とうに眼底を払つて消えてし まった。あるのは唯不 可思議な 悦ぴである。或は洸惚たろ悲壮の感激である。この感激を知 らないものに`どうして戯作三昧の心境が味到されよう。ど うして戯作者の厳かな魂が理解されよう。 こAにとそ「人生」 はあらゆろ残 滓を洗つて、ま るで新しい鉱石の やうに、美し く作者の前に、輝いてゐ ろではないか。 馬琴は一心に宙き続け ることによって、一市井人 として生活す る間に付沼させた残滓を洗い落とし、戯作者として の魂を、丹念 に磨いた。そして、そ の行為こそr青年と死と」のAの求めた快 楽と同質のものなのであろ。 どちらも、 死の意識を背負ったまま貪ろ、至上の快楽であった● 馬琴 はその快楽に身を委ね、戯作三昧の境地に身を阻きな が ら 、 いつ かは身体に衰えのくろのを予感する。 彼はその 庚じい勢を恐れながら、自分 の 肉体の力が万一 一心に甚

(5)

その用で来たのか 。己 はお前を待つて ゐた。今こそ それに耐へられなくなる湯合を気づかった。 これこそ馬琴の死 の意識そのものといえよう。 「貪り尽くせた ならば、 死すとも本望」というほどの快楽。 これを作品では、戯 作三昧の境地/として いるのであろ。 注 18 さて、 この 馬琴の芸術至上主義的快楽は、 r地獄変』の主人公 ・絵師良秀に継承され て いる。 この点を重視すると、.

a冗

作三昧』 .がr地獄変』の先縦であるという定説に至ることになろうかと思 われる。 良秀の快楽とは、 堀川の大殿に、 命同様に大切に育てた一人娘 を目の前で焼き殺されながら得た〈洸惚とした法悦の輝き 〉であ る。 r青年と死と』のAは、 死を想い、 死に憧れ近づく為に後宮の 后妃らと交わった。良秀は 1 本朝第一の絵師'という看板に恥じ ない地獄変相図を完成すろことに心を春われ、 般愛の娘の死さえ 〈法悦の輝き〉を以て見守った。 両者はともに、平凡なこの世の 倫理に背いて快楽を追求し、 自ちの生などに は全く執寇しない。 彼らの生は、 彼らにとっての至上の快楽を得るための手段にすぎ な い 。 奇しくも、 前に掲げたー死,に 対して 死を願うAの科白と、 地 獄変相 図屏風の仕上りのままならぬ良秀 の寝言とが、 そっくりな のである。 A「うん お前の顔が 見ら れ る だらう。 さぁ己の命を取ってくれ3 良秀「誰だと思ったらーうん、 貴様だな。 己も責様だらうと思ってゐた。 なに、 迎へに来たと?だか ら来い。 奈落へ来い。 奈落には1己の娘が待ってゐる1 眠っている良秀の夢の中に、 地双の獄卒が現われ、 良秀に死を 宜告しているのであろう。 1 死,と対面したAと同様、 良秀も死を予想し 、 拒 んでいない。 この寝言を 云う時、 良秀は最愛の娘の悲劇的な死 を覚悟してい たのであろう。 それゆえ「奈落にはー己の娘が待ってゐる1と云 ・? これは自分の娘を犠牲にすることの伏線で あろ。 良秀は、 芸術 至上主義的生を徹底的に貪る快楽が•やがて自分の肉親を、 そし て自分自身の死 をも招くというこ とを識っ て いたのであ る。良 秀 は、 娘を焼き殺され、 その代償として望み通りに、本朝第一の絵 師,の名に恥じぬ、 見る人すべてに感 動を与える地獄変相図屏風 を完成させ た。 つまり、 凡庸なる人生 に定められた戒律や倫理に 背反し、 芸術至上主義者としての快楽を貪 り尽 したのである。完 成した屏風を 大殿に献上した翌日、 良秀は自裁する。 r地獄変』においても、芥川は「切実に快楽を貪 り、 そのため に死さえも拒まぬ者にのみ、 恩赦として の生が与えられる 9 とい う趣旨を描いたのである。三好行雄氏の、

(6)

-52-良秀は人生 のすべてを〈残滓〉として葬ろ ことで、 芸術創 造の営為にのみ現われろ真の人生 を生き、 芸術家の光栄をよ く存立しえたのであろ. r地獄変」の主題とr戯作三昧」の 注 19 それ との通路がここにある。 という論は 、 r地獄変』とr戯作三昧』の主題を一阿した ものと見 る説で、 私もこれに同意する。 . 芸 術至上主義的な生を生きるr戯作三昧』の馬琴やr地獄変」 注 20 . の良秀に類する人物としてr或日の大石内蔵助』の主人公・内蔵 助が挙げられろ であろう。 敵討本俵を遂げ、 細川家に預けられた 内蔵助は、 充分横足して過していたが、 江戸市中で自分達の敵討 をまねろ風潮がはや り 出したことを聞き、 次第に憂鬱になる。内 蔵助は祇園で遊蕩をして いた頃を思い、 その総てが敵討のためで あったろうかと反省する。 その放埓の生活の中に、 復讐の挙を全然忘却した胎蕩たろ ママ 瞬間を、味った事であら う。 彼は己を欺いて、 この事実を否 定すろには、 余りに正直な人間であった。 このような大石内蔵助の心情をr胄年と死と」のAとBの生き 万にあてはめてみると、 内蔵助は、 A 的な 生を全うしていたので はなく、時にはB的な甘 い快楽に 眈っていた ことも事実で ある 。 見事に仇討が成功した後、 「彼 の放埓のすぺてを、 彼の忠義を尽 す手段として激賞されろのは、 不快であ る と共に、うしろめたい」こ とであった 。内蔵助のこうした心境の描写は 、芥 川自身のそれの 照り返しであろう。芥川には、 芸術への献身の名を藉りて、快楽 のための快楽を追うB的な生き方が存在したこともまた否定しが たい。 さ て、芥川はこのことを 、内蔵助の切腹までのわずかな残 生にさし こむ暗影として厳しく受けとめさせる。 このように考察 してゆくと 、芥 川自身の生は、 A 的でもあり、 B的な ものでもあ ることがうかがえる。芥川自身の生の姿は 、 以 上のようであった 注21 と表現できるが、 三好氏の論に再び目を向けてみる と、 r戯作三 昧』とr地獄変」の主題の共通点 は、 芸術至上主蕊を生き抜くと いう点のみとはいえないと思う。 この二作の主人公の 生は、 死を見つめ、 意絃しつつ快楽を貪る ーという点が共通するが、 その基礎になっているものは、 と死と」であると私は考える。 r青年と死と」において芥川は生を意義あるものとして肯定し、 死を無意義な ものとして否定している。 但し、 生は価値あるもの の創造の場として肯定するので あり、 無目的な生 は許していない。 そこで 11 第三の声II は 、

.•

••

「是からも生きられろかどうかはお前の努力次第だ」 第者) と警告する。 たしかにこの作において J 死,は甘美なものとして 描かれ、芥川は A に、 (傍点 『青

(7)

「その韻がお前か?己はお前の頗がそんなに美しいとは思は なかった9 と云わせていろ。 この科白は、 あた かも生を軽んじ、 死を讃美す ろかの如くである。.だが 、 結 局Aは 、 恩寵として 与えられる生は、 人間にとってかけがえのない貧重なものだという 11 第三の声'に

圧倒され、 生き永らえろことにな ろ。 助命されたAが、 死 に II 伴われ、 「黎明の光のさす大きな世界」へ旅発つr青年と死と」 の結末とよく似た結末を持つ戯曲 が、 もうーつ芥川作品の中に見 出される。 それは II 千里飛ぶ長靴' 11 姿の閑れるマントル'11鉄 をも真二つ に切ろ剣ーをエサに、 王女を嫁に貰お.うとした黒ん坊 の王が、 王女と恋仲で、 宝を全く持たぬ王子に、 愛情の深さで破 れ、 王女を嫁にも らい損ねた『一二つの宝』という作品であ る。 こ の作 の結末、 に 三人は和解し、 黒ん坊の王は、 王子と王女の結婚祝 II いにと、 三つの宝 を与える。 この最終部の王子の科白は、8日 II 年と死 と』の結末を思わせる。 . 我我の前には霧 の奥から、 もつと広い世界が浮ん で来ます。 我我はこの薔薇と噴水との世界から、一 しよにその世 界へ出て 行きませう。 もつと広い世界1・もつと醜い、 もっと美 しいー もっと大きい御伽噺の世界ー・その 世界に我我 を待ってゐるも のは、 苦しみか又は楽 し みか‘我 我は何も知りません。唯我我 はその世界へ、 勇ましい一隊の兵卒のやうに 、 進 んで行く車 を知ってゐろだけです。 以上の如く、 過らを犯した者が、 目を醒まして、 自党を以て新し い精神世界に再生するというこの戯曲の基礎も 、 や は りr育年と 死と』に在るといえよう。 このよ うに見ていくと、r青年と死と』 には、 後年の芥川の作品の出発点となる要素が大変多いことに気 づく。 r二人小町』は、 r青年と死と」と同じ よう に、.小野小町、 玉 造小町という同名の主人公が死と対面し、 それと対決すろ趣向の 戯曲であろ。 あろ日、 自室で草紙を読んでい た小野小町の前に、

突然 黄泉の使 が現われ、.彼女を黄泉の困へつれ てゆくと告げ II る。 いうま でもなく、 それは小野小町への 死の宣告であろ。 生に 絶ら難い執若を持つ彼 女は、 ありとあ らゆる口実を申し立てて助 命を歎願する。 初めはキッパリと「いけません 。 わ たしは一天万乗の君でも容 赦し ない使なのです 1 と拒絶した黄泉 の使も、 小野小町の迫力に 負け、「同年輩で、 小町という名の 女が いれば身代わりにできる3 と妥協する。 小野小町は、早速その条件に叶う五造小町の名を挙 げ、 黄泉の使を追っ払った。' この時、 生きるため に小野小町が黄泉の使に述ぺた ことは、 総 て嘘であった。 にも拘らず、彼女 を信じた 黄泉の使は、 身代りの 歪造小町を背負って黄泉の国へと急ぐ。不帯に思った玉造小町は、

(8)

-54-. 泉の使を詰問し、 自分が小野小町のg代りにされようとしてい とを知 る。 怒り狂った玉造小町は、 小野小町の理不尽な仕打らを恨み、 野小町の岨をことビとく訂正して事実を伝え、 巧みに黄泉の使に 婚を売り、 危う<難を逃れた。 だまされたことに気づいた黄泉の使が、再び小野小町のところ へかけつけると、 彼女は三十番神に身辺を護ら せ、 近づかせない ので 仕方 なく退散 する。 数十年の後、 老醜の、 行と皮ばかりの女乞食に零活した二人の 小町は、 枯茫の原で話しこんでいた。 二人とも苦しい日が続 くの を恨めしく思い、 若かりし日、 黄泉の使が迎えに来たの を、 あら ゆる策を講じてまで拒んだ ことを、 各々に後悔すろ。 そこにたま たま例の 黄泉の使が通りがかると、 二人の小町は昔とはうって変 った態度で彼を呼びとめ、.黄泉の国 へつ れていってくれるように とせがむ。 しかし、 昔さんざん 彼女らに嘲弄された黄泉の使は、 女に対す る恐怖心を口に しなが らさっさと立ち去る。残された二人の小町 は、 口々に「どう しませう 」と云い合って泣き伏す 人の小町 は、 若くて楽しいうちは、 男たらをた ぷらかす浅はかな快楽 に眈 ける事に、憂身をやつ し、 迎命をものと もせず、 死の宜告まで蹴飛 し、

11

キャッチボール'に興ずろ を追.っ払い"無理や り畏生きをして、 老醜の女乞食になり果てた二人の小町は、 辛い 人生に妓れ、 今度は身勝手にも死を再び呼び寄せようとする 0 Jil川がこの二人の小町の姿を借りて描いたのは、 単に駆慢な若い女 ではなかった。 それは、 生は与えられているので はなく、 当然の 権利であると駿る人間たちの総て が、 この二人の女のような生を 生きるのだと示唆しているの である。 この騎慢な人間の姿はrア 注22 グニの神』において、 より顕著に描かれている。 この窟話に登場 する、 インド人の占いのお婆さんは、 日本人の娘・妙子を誘拐し、 思迎と名付けて、 依顆者が ある度に、 ーアグニの神,を彼女の

g

体にのりうつらせて占い の答を出しては稼いで いた。 そのうちに、 妙子の父の得生である遠藤が、 妙子を発兄し、 救おうとすろが、 婆さんの魔術によって退敗させられる。 そこで妙子自身が、 拙眠 術に かかったふりをして、 「私ヲオ父様ノ所へ返サナイトrアグ 二」ソ神ガオ婆サンノ命ヲトルド言ッテャリマス」と云う作戦を思 いつ き、 遠藤にも手紙を昏いて、 或る夜実行するが、帷底術の威 力に負け、 はり寝こんでしまう。計面は失敗したか と思われた。 しかし、 妙子の口を借りて II .アグニの神'は、 婆さんに、 次のよ うに云い渡した。 「いや、 おれはお前 の願ひなぞは闘かない。お前はおれの宮 ひつけに 背いて、 いつも悪甲ばかり働いて来 た。 おれはもう 今夜限り、 お前を兄捨てようと思つてゐる。 いや、 その上に 謡事の罰を下してやらうと思つてゐる9 て、 今夜中にでも妙子を返さぬと命がなくなろと 告げた。

(9)

これを妙子の狂言であると思いこんだ婆さんは、 さんざん悪態を ついた挙句、 ナイフを取り、 II アグニの神,の乗りうつった妙子 に振り上げる。 ーアグニの神,は そ んな婆さんに、 冷ややかな命 の終り の時を与えた。婆さんは 自分の胸にナイフを突き立てて死 ぬ。 この認さんは、 ーアグニの神 II のお告げによって金をもうけ、 II II その後ろ楯で、 悪事も働い た。 そのうえ婆 さんは、 アグニの神 の与えるそうした恩恵を 当然のこ とと考 え て騒るようになってい だ。 そのため、 突然の庇護の打ち切りを宣告した II アグニの神” の言葉を、 婆さんは、一切本気にすることができず、 遂に懲罰と 注23 して死を与えられ た。 この作品は、 r 妖婆』のパリエーションと いわれているが、芥川の生死観の一面 をよく示した、 独自性のあ る作ともいえ る。 . rアグニの神」の占い婆さん 、 r青年と死と』のB、 r二人小 町」 の二人の小町は、 生の意義に無自覚であるという点で、 その 姿勢を同じくする。 生は、 与え られた当然の権利で、 恩寵とは思 わない。 こういう心もらで生き続ける者 には、 生きている意味も 価値もない。 r 二人小町」において、 二人の小町が、 それぞれ巧 妙に黄泉の使を追い払っ て勝ちとったかに みえた生は、 実際には 二人にとって、 懲罰としての生とい う作用をした。 『青年と死と』のA が恩赦として与えられた生は、 新生のため の生であったが、 二人の小町の無理に獲得した生は、 滅びのため の生でしかなかった。 二人の小町の、 死のキャッチポールの場面 は、 女性特有の嫉妬心・競争心がみととに描か れ、 その 間を右往 左往すろ男性・黄泉の使が滑稽に 映る。 しかし、 二人の小町が、 老醜の女乞食になり果て、 黄泉の使にも見捨てられろ作品の結果 注24 は、 もの哀しい。 それはr玄鶴山房」の主人公・堀越玄紐が、 死 の一週間前に総死自殺を図ろうとし て孫に発見され、 生き恥をさ らした場面に共通する。 この点から考察すると、 芥川は、 すでに r二人小町」において「生きてゆくことは、 老いて醜くなること だ 9 という考えを持って おり、 『玄鶴山房」において、 それをよ り強調していることを知る。 その意味で『二人小町』はユーモラ スだが、 何となく痛ましいところ があ ろ。 r 青年と死と』でAに恩 寵として与えられた/生/は 、 魂 の高 揚を誘うが、 それに 対して r 二人小町』の女主人公たちがもぎ取 った 11 生 ,は、 虚無感しか与えない。 無意味な生の果ての老醜ー芥 川はこれを 11 小町伝説’の中に彩 って みせたのである。 r青年と死と」の主人公は、 A.Bの二人であり、r二人小町』 の主人公も、 小野小町・玉造小町の一一人である。 この ように、 主 人公が複数であろのは、 各々の典拠から引き出されたものである。 龍樹菩薩の方は有名なので省き 、 r 二人小町」 の方を考えてみろ。 注25 赤羽学氏の指摘によれば、 同名異人の二人の女に死の使が訪れ るのは 、 r今昔物語•本朝部巻二十・讃岐国女行冥途魂還付他身 語•第十八に拠ったのである。 これによれ ば、 讃岐国山田郡の女 -

(10)

56-二つの戯曲を読み比ぺて、 そこに描かれた生死観を探り乍ら、 私は感慨を 深く した。 九年という、 二つの戯曲の制作期間の隔り の間に 、芥川 生への援疑をどんどん深めてい ったことがよく判 たためである 0 人生とは、 どんな人間にとっても、 時の終りへ まいたい が兵途に連行される筈であったが、使い の鬼が、 その女の賂を喰 その恩に報い るために 、山田郡の女が代苔として指名した 同名の鵜足郡の女を迎行する この話に 、芥川は 女の保身本能の醜さを感じ、 から r二人 小町」の趣向を思いついたと思われ しかし •これは醜いかも しれないが 、生に執沼する人間を 、むしろ自然の姿と して認めて ・いる ことになるか もしれない。 注26 自分の子を死なせた母親が、他人の子の死を喜ぶという筋のr母』 の末尾において 、女の心情が、 「何か人力に及ばないものが、 前と前へでも基がったやうに」男には感ぜられたというあたり、 そのような芥川の意見を感じさせる。 体而も見栄も捨て、 生きる ことへ執着を示す女たら 。気阻で洒落者 芥川にとっては さぞ し醜藩な存在であったろう まるで生きる意味のない人間の群 のように。 芥川 こう した存在を忌みつつ、 自らの芸術至上主装的生を 全うすぺ く焦ってい とだろう 人生 一行のポオドレエルにも若かない。 「限りあろ生を、 あらん の抹に外ならない。 ことの自覚は、 限りの努力をして生きるぺきだ1と奮起させてくれることもあろ 、また、 「どうせ老いぽれて醜くなるだけで、辛い思いばかり するのが人生なのだ 9 .という諦念を与えてもくれる。 生への嵌疑 注” を深め、 生への虚無感にさいなまれた芥川は、 r或阿呆の一生』 こ‘ と記し、 生を冷笑した。 人間にとって、 必ずしも予知できないの は死である r胄年と死と』という若年の作品は、 ふしぎに後年 の芥川の死の観念と一致する科白を抱 こんでいる。 注 28 Aの科白の中の、 死を願うことばは 『組

m

』の 節に似てい A「己の命をとつてくれ。 そして己の苦しみを助けてくれ1 歯車「誰か僕の眠つてゐるうらにそつと絞め殺 てくれるも のは ないか?」 死は、 たしかに私たら人間を、 苦の世界から永遠に解放してく れる。 それは甘美なる一切の終り、 永遠の休忌である。 · さて、 r 育年と死と」 r 作三昧』 r 地獄変」 など、小論で取 り上げた作品のうらでも、 比較的若い5の作では、 死を意置しつ つも、切実なるものを求め、 生きることに意義を見出だしている。 ここでは死は 11 懲罰ーであり、 fl 恩赦/である。 しか rニ

(11)

人小町」r玄鶴山房」となる と、 その逆になり、 死が恩赦、 生が 懲罰 と いうように逆転すろ。 . . 後者の制作期に至り、 芥川にとって、 死はもはや単なる憧れで はなくなり、 苦の世界から解放してくれる具体的手段となってい るのである。 r青年と死 と」において、 黒覆面で現われた,死の 使'は、 「餓ゑた魂は常に己を求める1と云う。 ある意味では、 .芥川は、 生きれば生きる程、 その魂を餓えさせていったといえよう 。 芥川の生死観は、 晩年に至って、 死への親近感を著しく増し、 生を虚無とみなす方向へ傾斜してゆく。 注1・大正三年「新思潮」第一巻第八号に初出。 注2・大正五年「兄弟 」 四月号に初出。 注3 ・大正十年「国粋」第二巻第四号初出。 注4・大正十一年 二月 号「良婦之友」初出。 注5・大正十二年三月二十日号「サンデー毎日」に初出。 注6・大正十一_一年「婦人グラフ」第一巻第一号に初出。 注7 •昭和二年「文藝春秋」第五年第九号に 初出、 遺稿。 注8•昭和二年「東京日日新聞」五月六日から二十二日まで 十五回にわたって連載された「本所両国」の最終回。 注9.大正十年「中央公論」第三十六年第四号に初出。 注10・大正十年「改造 」第一巻第十一号に初出。 注117大正士二年「随筆」第一一巻第一号に初出。 注12•吉田精 l 「芥川龍之介の芸術と生涯」(昭和四十六年+ 一月五日筑摩奪房刊r芥川龍之介全集」別巻所収) 注13・注12参照 . 注14・赤羽学「芥川龍之介r二人小町」の典拠とその扱い」 (昭和六十二年三月発行「岡大国文論稿」第十五号) 注15・小堀桂一郎「芥川龍之介の出発ーr羅生門」恣考ー」 (昭和四十一_一年九月号「批評」) 注16. r鴎外全 集』第四巻(昭和四十七年二月二十二日岩波 書店刊) 注17•大正六年「大阪毎日新聞」夕刊に、 十月二十日l十一月 四日連載。 注18•大正七年「大阪毎日新聞」夕刊に、 五月 一日ーニ十二日 迎 戟 ゜ 注19・三好行雄「あろ芸術至上主義」(昭和 五十 一年九月三十 日筑昭書房刊r芥川龍之介」所収) 注20・大正六年「中央公論」第三十二年第九号初出。 注21・注19参照。 注22・大正十年一月 一 日 、 二月一日発行の「赤い烏」に初出。 注23・大正八年「中央公論 」 第三十四年第九号、第十号に初出。 注24•昭和二年一 月号、 二月号「中央公論」初出。 注25・注14参照 注26・大正十年「中央公論」第一二十六年第九号に初出。

(12)

-58-ヽノ 究室受贈図書雑誌目錬三 注27 •昭和二年六月二 十日付で久米正雄に託された遺稿 。同年 十月 「改造」 に初出 注28 .昭和二年六月 日発行 「大調和」に レエン . nオ 」のみ初出 。のら 、同年 「文藝邪秋」第五年第十号に全 部を掲載 (岡山大学大学院研究生 国語国文研究 (北海道大学 第七十九号 、第八十号 国語国文論集 (学習院女子短期大学) 第十七号 閲語因文論渠 (安田女子大学) 第十八号 国語と教育 (長崎大学) 第十二号 第十 二号 国語の研究(大分大学国語国文学会) 国際日本文学研究集会会議録 (国文学研究資料館) 国文(お茶の水女子大学) 第六十八号 第六十九号 困文学 (OO西大学) 第六十四号 国文学会誌 (新潟大学) 第三十一号 国文学科報(跡見学園女子大学) 第十六号 国文学研究(群馬県立女子大学) 第八号 .� 国文学研究(早稲田大学) 第九十四集 第九十六集 文学研究賓料館紀要第十四丹

. ・・

第十一 .回 第十五号 国文学研究資料館調査研究報告 国文学研究 ノート (神戸大学 第二十 一号 国文学孜 広島大学 )第百十四号 、第百十五号

g

文学雑誌 (藤女子大学 ・藤女子短期大学 第十六号 国文学論究 (花園大学 国文学論考 (都留文科大学 第二十四号 国文学論集 (九州龍谷短期大学 第八仔 国文学苫叢 (閥谷大学) 第三十三桁 国文研究 (愛媛国語閲文学会) 国文白百合 (白百合女子大学) 因文鶴見 (鶴見大学日本文学会) 国文目白 (日本女子大学) 駒沢国文(駒沢大学) 佐双大国文 第十五号 相模国文(相摸女子大学) 滋賀大国文 印二十六号 .哭践国文学 (実践女子大学) 第二十五号 第三十七号 第二十二号 第二十七号 古代研究 (早稲田古代研究会) 古典哀叢 (古典論叢会) 第十九号 話文 (大阪大学) 第五十田 話文(日本大学) 第七十輯 、第七十 一輯 語文論叢 (千葉大学文学部因話国文学会) 第二十号 第三十三号、第三十四号 刃十九号 箕九号 第十五号 第四十号

参照

関連したドキュメント

ロボットは「心」を持つことができるのか 、 という問いに対する柴 しば 田 た 先生の考え方を

 がんは日本人の死因の上位にあり、その対策が急がれ

ドリル教材 教材数:6 問題数:90 ひきざんのけいさん・けいさんれんしゅう ひきざんをつかうもんだいなどの問題を収録..

【通常のぞうきんの様子】

それから 3

町の中心にある「田中 さん家」は、自分の家 のように、料理をした り、畑を作ったり、時 にはのんびり寝てみた

   遠くに住んでいる、家に入られることに抵抗感があるなどの 療養中の子どもへの直接支援の難しさを、 IT という手段を使えば

C :はい。榎本先生、てるちゃんって実践神学を教えていたんだけど、授