1-1(1/2) 資料1-1 府中市付近の地形
※参考「府中市史(上巻)」
府中 市は 広大な 武蔵 野の 南部 に位置 し ている 。そ の南側 には 多摩 川が
東へ流 れ、 多摩丘 陵と の境 をな してい る 。多摩 川を 境に北 方の 府中 市や
その周 辺地 域は平 野が はて しな く続く 武 蔵野を 形成 する台 地で ある が、
南側は多摩丘陵であって、一段高い丘陵が西から東へと連なっている。
府中 市付 近の地 形を 大別 する と三段 の 階段状 地形 、すな わち 段丘 に区
別され 、こ れを上 位の もの から 武蔵野 段 丘、立 川段 丘、青 柳段 丘と 呼ん
でいる。
これ らの 段丘は いず れも 古い 多摩川 の 営力で 形成 された もの で、 当時
の運搬 物で ある砂 礫層 によ って 構成さ れ ている 。砂 礫層の 上に は火 山灰
が堆積してきた関東ローム層が重なっている。
これら の段 丘形 成の 順序は 上位 の武 蔵野 段丘が 最も 古く 、立 川段丘、
青柳段丘の順である。
⑴ 武蔵野段丘
この 段 丘 の分 布 は 府 中市 内 で は北 西 部 の 都立 府 中 病院 や 根 岸 病院 な
ど のあ る 地 域で 、 こ の 段丘 は さ らに そ の 西 方、 北 方 、東 方 へ と 広く 続
い てい る 。 すな わ ち 三 鷹、 小 金 井、 国 分 寺 各市 な ど に続 く 台 地 はす べ
て この 段 丘 に属 し 、 関 東平 野 の 中で は 最 も 支配 的 な 広が り を 占 めて い
る 。次 に 高 さに つ い て は、 府 中 市域 内 で は 高さ80メ ート ル で 、 北西 方
は 国立 市 、 立川 市 、 青 梅市 方 面 にか け て 次 第に 高 く なり 、 東 方 は三 鷹
市 、都 内 山 の手 方 面 に かけ て 次 第に 低 く な って お り 、武 蔵 野 台 地全 体
と して は す でに 知 れ て いる 古 多 摩川 の 扇 状 地で あ っ て、 青 梅 市 付近 を
要 とし て 東 方へ 広 く 展 開し て い る。 古 多 摩 川は か つ てこ の 段 丘 の上 を
自由に氾濫したのであったが、今は扇状地の南側を限って流れている。
府 中市 は 扇 状地 の 南 部 に位 置 し てい る 。 武 蔵野 段 丘 と立 川 段 丘 の境 は
明 瞭で 、 段 丘崖 線 と な って い る 。府 中 市 北 西部 地 域 では 崖 の 高 さ10メ
ー トル 程 度 で、 府 中 市 の北 縁 を 取り 囲 む よ うに 北 西 方向 か ら 東 ない し
南東方向へ続き、ほぼ多摩川の流路に平行している。
この段丘崖は国分寺崖線、あるいは武蔵野段丘線と呼ばれている。
府中 市 に は 直接 関 係 はな い が 、 史跡 武 蔵 国分 寺 跡 は この 崖 の 麓に あ
り 、ま た 崖 に 沿っ て 密 生す る 自 然 林、 崖 の 砂礫 層 か ら 所々 に 湧 き出 る
泉 、そ し て こ の段 丘 崖 を切 り 開 い て建 て ら れた 住 宅 に よっ て 府 中市 は
取り囲まれている。
⑵ 立川段丘
この 段 丘 は 武蔵 野 段 丘崖 線 の 南 側に 広 が り、 府 中 市 域の 北 部 約3 分
の 2を 占 め て いる 。 こ こは 甲 州 街 道、 京 王 線な ど の 主 な交 通 を 始め 、
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宅地等が立地していて、府中市の経済活動の主な舞台をなしている。
立川 段 丘 は 武蔵 野 段 丘と 同 様 西 方か ら 東 方へ 緩 や か に傾 斜 し 、市 の
西 端部 で は 高さ70メー ト ル であ る が 、 約 7 キロ メ ー トル は な れた 東 端
部では40メートルとなっている。
段丘 面 は 多 少の 起 伏 はあ る が 、 全体 と し てご く 平 坦 でよ く 原 地形 を
なし て い る。 府 中 市に お い ては そ の 南北 の幅 2.5キ ロ メー ト ル くら い
で ある が 、 西 方の 立 川 市、 昭 島 市 方面 で は 幅5 キ ロ メ ート ル に 及び 、
段 丘の 発 達 が 著し く 、 この 段 丘 を 立川 段 丘 と呼 ぶ の も 立川 方 面 の広 が
りの大きいためである。
東方は調布市をへて狛江市付近で消失している。
立川 段 丘 の 南縁 を 限 る崖 は 立 川 段丘 崖 線 で、 武 蔵 野 段丘 崖 線 と同 じ
よ うに ほ ぼ 東 南に 走 り 、市 域 の 中 央を 貫 い てい る 。 崖 の高 さ ( 比高 )
は 平均 7 ~ 8 メー ト ル で、 こ の 値 は西 部 ほ ど大 き く 、 東部 に 向 かっ て
徐 々に 減 少 し てい る 。 立川 段 丘 崖 線は 府 中 崖線 と も よ ばれ て い る。 こ
の 崖線 に は 武 蔵野 段 丘 崖線 ほ ど で はな い が 、い く つ か の侵 食 谷 が発 達
し 、段 丘 内 部 へ食 い 込 んで い る 。 この 侵 食 谷の 主 な も のは 分 倍 河原 駅
の 東隣 り 安 養 寺の 北 、 東京 競 馬 場 に面 し た 段丘 崖 、 東 郷寺 の 東 隣等 に
みられる。
⑶ 浅間山の地形
立川 段 丘 面 地域 で 特 異な 地 形 は 、地 域 の 東部 に あ る 浅間 山 で ある 。
こ の山 は 立 川段 丘 面 (高 さ50メ ー ト ル ) か ら突 き 出 し、 孤 立 した 丘 陵
で 、高 さ 約80メ ー トル あ る 。南 か ら 北 へ 前 山、 中 山 、堂 山 と 三つ の 山
崖 から な り 、最 高 部 は北 部 の 堂山 で あ る 。 周囲 の 立 川面 と の 比高 約30
メ ート ル で あ って 、 周 辺に さ え ぎ るも の が ない の で 山 頂で の 眺 望は す
こ ぶる よ い 。 浅間 山 の 地質 は 多 摩 丘陵 を 構 成す る 三 浦 層群 か ら 成る も
の で、 周 囲 の 段丘 の 地 質と は 全 く 異な っ て いる 。 す な わち 武 蔵 野段 丘
や 立川 段 丘 の 形成 さ れ る以 前 に 、 すで に 、 古多 摩 川 や その 他 の 河川 に
よ って そ の 周 辺が け ず り取 ら れ 、 孤立 丘 と なっ て 残 っ た侵 食 残 丘で あ
る 。従 っ て 、 地形 的 に は多 摩 丘 陵 の一 部 で 、多 摩 段 丘 に属 し て いる と
考えられる。
⑷ 青柳段丘
この 段 丘 は 立川 段 丘 に付 随 し て 発達 し 、 主に 国 立 市 谷保 天 満 宮以 西
に 分布 し て い るの で あ るが 、 府 中 市立 第 5 小学 校 か ら 分倍 河 原 駅に い
たる段丘もこれに相当するものと考えられる。
ここで はそ の延 長は約 1キ ロメ ート ル、 最大の 幅約 100メート ルで
あり、 立川 段丘 より 1~ 2メー トル 低く 、沖積 低地 より 、4 ~6 メー
トル高 い、 この 段丘 の西 方連続 は国 立市 西部の 青柳 付近 で模 式的 に発
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資料1-2 市内各駅名称及び所在地
名 称 所 在 地 摘 要
府 中 本 町 駅
分 倍 河 原 駅
西 府 駅
北 府 中 駅
武 蔵 野 台 駅
多 磨 霊 園 駅
東 府 中 駅
府 中 駅
中 河 原 駅
府 中 競 馬 正 門 前 駅
多 磨 駅
白 糸 台 駅
競 艇 場 前 駅
是 政 駅
本 町 1-27 片 町 2-21 本宿町 1-40 晴見町 2-27 白糸台 4-18 清水が丘3-26 清水が丘1-8 宮 町 1-1 住吉町 2-1 八幡町 1-18 紅葉丘 3-42 白糸台 2-71 小柳町 4-10 是 政 5-8
J R 南 武 線 、 武 蔵 野 線 〃 、 京 王 線
〃 ( 平 成21年3月 開 業 )
J R 武 蔵 野 線
京 王 線
〃 〃 〃 〃 〃
西 武 多 摩 川 線
資料1-3 府中市内道路区分 府中市地域防災計画資料編資料 6 より転載