成人を対象とした効果的な禁煙指導の検討 : 禁煙準備期に視点をあてて
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(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第71巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Education)Vol. 71, No.1. 令 和 2 年 8 月 August, 2020. 成人を対象とした効果的な禁煙指導の検討 ― 禁煙準備期に視点をあてて ―. 前上里 直 北海道教育大学札幌校健康教育学教室. Consideration of Effective Smoking Cessation Approach for Adults ― Focusing on Smoking Cessation Preparation Period ―. MAEUEZATO Naoshi Department of Health Education, Sapporo Campus, Hokkaido University of Education. 概 要 日本人におけるがんの主なリスクファクターの一つに喫煙が挙げられ,我が国における健康 増進対策でも喫煙率の低減が健康課題となっている。喫煙率の低下には,集団および個人への アプローチ両面から取組むことが不可欠であるが,本研究では個別禁煙指導に着目し,中でも 禁煙する意思を持つ禁煙準備期の者を対象に,動機づけ面接法を用いた効果的な禁煙指導に関 する基礎資料を得ることを目的とした。 禁煙準備期から禁煙行動に繋げるには,禁煙に伴うイライラ感といった負の感情と,禁煙に よる体調改善や病気の不安低減,ご飯がおいしく食べられるといった利益の葛藤状態を解消さ せることが重要である。動機づけ面接法の事例及びインタビュー分析から,面接の中で対象者 の葛藤状態を解消するために,対象者の言葉を用いながら禁煙行動を阻害する要因を明確にし て解消に繋げる指導が行われていた。加えて,葛藤状態を解消することで,禁煙行動に向けた 自己効力感が高まり,対象者から発せられた言葉から「(家族が禁煙行動に)協力してくれる」 「趣味の家庭菜園の時間ができた」など禁煙に対する利益につながる発言を多く引き出して強 化することで禁煙行動に繋がる指導を実施していた。. Ⅰ.はじめに. これまでの罹患数から国民の3人に1人がかかっ ていると推計され,今後は2人に1人ががんに罹. 我が国における年間の死因では,1981年にがん. 患する可能性があると言われている。一方,医療. が死因の1位となり,現在も続いている。がんは. の進歩によりがんの早期発見は進行を抑制した. 435.
(3) 前上里 直. り,発症部位によって根治できる時代になりつつ. 煙指導対象者のステージごとに異なったアプロー. ある。このような背景もあり,がん対策基本法. チが有効であることを示す研究結果と言えよう。. (2006)が制定され,具体的な取組み等を示した. 一方で,薬物や喫煙といった中毒性のある行動に. がん対策基本計画(2012)が策定された。. 止めさせる際にステージモデルを用いることは妥. 日本人において,がんの罹患につながる主な要. 当でないという指摘も諸外国ではみられる。我が. 因の一つに喫煙が挙げられ,男性では受動喫煙を. 国では日本循環器学会の禁煙ガイドライン(2011). 含めると29.9%,女性ではがんの主要因である感. において,禁煙支援について,常習喫煙者をタバ. 染に次いで6.2%と報告されている(2018) 。喫煙. コ依存が高い集中治療対象者と,依存がそこまで. 対策は現在も健康日本21(第二次)において取組. 高くない簡易禁煙治療の対象者に分けて実施して. まれ,成人の喫煙率は改善されているものの,目. いる。例えば簡易禁煙治療には対象者をステージ. 標値に向けて十分改善されていない項目として指. モデルに沿って禁煙意思のない患者,禁煙意思が. 摘されている(2018)。喫煙率の低下に向けた働. ある患者,禁煙開始後の指導対象者に分け,ステー. きかけとして,全国民に対して禁煙意識の向上を. ジにあった支援の重要性を指摘している。中でも. 図ること,喫煙の害や病気のリスク等正しい知識. 禁煙意思を持ち,禁煙行動を始めようとしている. を提供するといった集団に対するアプローチ,喫. 準備期は,行動変容に繋げる重要なステージであ. 煙者や喫煙経験者という特定の集団に対するアプ. り,効果的なアプローチが不可欠である。. ローチ両面から取組むことが必要である。中でも. 次に個人に対する禁煙指導をする際の具体的方. 喫煙者を対象にした個別禁煙指導は,厚生労働省. 法の一つにMiller & Rollnick(2007)によって構. の禁煙支援ガイドライン(2018)でも紹介されて. 築された動機づけ面接法が挙げられる。例えば禁. いるように,たばこ依存症を治療する際に広く用. 煙指導では,対象者は「肺がんを含む病気の予防. いられ,喫煙率の低下に直結する。. のためにたばこは止めたが,止めることで気持ち. 個別禁煙指導を進めるには,これまでの禁煙指. がイライラする」など相反する気持ちを持ってい. 導に関わるエビデンスに基づいた喫煙者のアセス. る。動機づけ面接法では,対象者のこのような気. メント,禁煙指導の具体的方法を計画段階で明確. 持ちの葛藤を会話の中で引き出すことで,対象者. にしておくことが不可欠である。例えば,喫煙者. が困っていることを明確化した後,行動変容に向. のアセスメントの際は変化のステージモデル(以. かう言葉をできるだけ多く取り上げる。対象者自. 下,ステージモデル)(2013)が参考となる。こ. 身の言葉から自ら行動を変えたい・変わりたい理. れは対象者を「 (6ヶ月以内に)禁煙をしようと. 由,変わることで得られる利益の意識を高めるこ. する気がない」 「(6ヶ月以内に)禁煙しようとい. とで禁煙行動に対する抵抗感を緩和させ,最終的. う気がある」 「 (1ヶ月以内に)禁煙しようと思っ. に行動変容につなげることを目的としている。. ている」 「禁煙を開始してから6ヶ月未満である」. 以上より,本研究では禁煙意思を持つ準備期の. 「禁煙を開始して6ヶ月以上継続している」の5. 喫煙者を対象に,禁煙行動に繋げる働きかけとし. つのステージに分け,対象者のステージに合わせ. て動機づけ面接法に着目し,効果的な禁煙指導を. た適切な働きかけを検討する際に参考となる。. 行うための基礎資料を得ることを目的とした。. Strecher et al.(1994)は,個別禁煙指導のポイ ントの一つに「行動変容ステージ」を挙げ,喫煙 者グループに対して共通の禁煙アドバイスを提示. Ⅱ.研究方法. する禁煙指導プログラムよりも対象者のステージ. 北海道治療就労支援センターで実践された動機. にあった個別プログラムを行った方が禁煙率が4. づけ面接法を用いた禁煙指導事例を分析するとと. 倍以上高くなったことを報告している。これは禁. もに,事例対象者の禁煙指導に携わった同施設保. 436.
(4) 成人を対象とした効果的な禁煙指導の検討. 健師に対して平成26年7月~平成27年3月にかけ. こととなる。一方,禁煙行動に繋がらないのは,. て2回インタビューを実施した。. これらのプロセスの中で禁煙行動に対する拒否感 が解消されない,拒否感が強くなることで否定的. 1.事例分析について. 言葉が多く発せられるようになり禁煙行動に至ら. 1)事例対象者のアセスメント. ない。. 事例分析は,ステージモデル(2013)を参考に して,対象者を「準備期」~初期の「実行期(禁. 2.インタビューの分析. 煙継続期間3ヶ月未満) 」の喫煙者とし,喫煙本. インタビューの内容はICレコーダーで録音し,. 数が20本以上/日の計4事例を取り上げた。なお,. 逐語録を作成した。インタビューの主な内容は. これら4事例の内訳は禁煙に至った2事例,禁煙. A:対象者へ禁煙の動機づけを促す声かけや工. が「実行期」に至らなかったないしは禁煙相談を. 夫,B:禁煙に対する動機づけを高めるための具. 自分から中断した2事例であった。. 体的方法である。 インタビューで作成した逐語録をA・Bの内容. 2)動機づけ面接法の4観点からみた事例分析 事例分析は,動機づけ面接法を進める中で対象. に分類し,これらについて動機づけ面接法の4観 点に照らし合わせて分析した。. 者の変化を読み取るための観点であり,①「変化 への動機」 ,②「両価性」,③「チェンジトーク」, ④「レジスタントトーク」4観点(2007)に照ら. 3.倫理的配慮 本研究に関わる事例提供,インタビュー調査に. し合わせて分析した。. 関わり,調査依頼先である北海道中央労災病院の. ①「変化への動機」は,例えば継続喫煙によって. 同意を得た後,本学研究倫理規則に従って研究倫. 引き起こされる健康影響の重症度に対する認識の. 理委員会に申請,承認を得て実施した。. 程度,禁煙行動を実践する自信,対象者自身の禁 煙行動の優先度から決定される。②「両価性」は 禁煙行動によってイライラするするかもしれない といった負の感情がある一方で,健康状態が改善 されるなど,禁煙行動によりもたらされる相反す る気持ちの葛藤状況である。③「チェンジトーク」. Ⅲ.結果および考察 1.動機づけ面接法の4観点からみた事例分析 4事例を動機づけ面接法の4観点から分析した 結果,以下の通りであった。. は②「両価性」の状態から面接を進める中で対象. 表1の対象者のアセスメントより,下線部①「禁. 者自身から発せられる禁煙行動につながる言葉を. 煙を決意」から「変化の動機」が窺えた。「両価性」. 引き出して意識化させることである。他方,④「レ. は下線部②-a「階段などで息がきれるような気が. ジスタントトーク」は面接を進める中で,禁煙行. した」,②-b「家族や周囲に迷惑をかけている」. 動に向けた気持ちが低下する,不安が大きくこと. という発言が確認できた。この発言から,禁煙に. で発せられる言葉であり,対象者と面接者間の人. より体調不安を低減したい気持ち(禁煙行動へ接. 間関係の不調和を示すシグナルとして解釈される。. 近する気持ち)が窺えた。一方で,禁煙によりイ. 以上の①~④を踏まえ,面接における対象者の. ライラするなどの精神的な変化を不安に思い,そ. 禁煙行動に向けた変化として,①「変化への動機」. れが原因で家族に迷惑をかけることへの心配(禁. を持っていてそれが高まっていく経過の中で相反. 煙行動を回避したい気持ち)の両方を持ち合わせ. する気持ちの葛藤である②「両価性」を解消され. ており「接近-回避型葛藤」の状態であると解釈. ることにより少しずつ禁煙行動に向けた③「チェ. した。また,下線部④-a「指導前日から眠れず,. ンジトーク」が多くなるといったプロセスを経る. イライラ感が出現」,④-b「たばこを我慢する. 437.
(5) 前上里 直. と・・・モヤモヤ,イライラという表現できない. したい気持ちを紛らわせるよう家族が外出や散歩. 気持ちが出現するのでは」,④-c「禁煙すること. に誘うという働きかけを行ったことで,家族が禁. で精神的な変化が現れ,家族へ迷惑をかけてしま. 煙に協力してくれていることを感じ,家族へ迷惑. う」といったレジスタントトークが多い。対象者. に対する不安低減に繋がった。これは面接の中で. は禁煙準備期ではあるものの,禁煙による不利益. 下線部③-a「家族が喜んでくれる」,「家族が手. の方が大きいと認識していることが推察された。. 伝ってくれる」というチェンジトークから窺え,. この気持ちを低減させるために,面接者は禁煙指. 当初禁煙行動に対して負の感情を多く持っていた. 導において下線部③「たばこを我慢することによ. 葛藤状況から,体調面や家族への不安が解消され,. る不快な気持ちの原因(離脱症状であること)と. 禁煙行動から得られた利益に関する発言への変化. それに対する対処法があること」を説明して息切. が窺え,禁煙行動に繋がったと考えられた。. れの症状に対する不安を低減させること,また家. 表2は対象者のアセスメントから当初,健診結. 族へ迷惑をかける心配を発言していたので,家族. 果で異常がみられず,下線部①-a「医師からの指. に禁煙につながる協力依頼をしている。その後,. 導項目はなく,禁煙についての関心は無かった」. 離脱症状への対処法が明確になったことで体調面. こと,①-b「善玉コレステロールと禁煙の関係. の不安は解消された。これに加え,対象者が喫煙. を説明したが「たばこはやめられない」と発言し. 表1.禁煙に至った事例① ○精神疾患を持った方に,家族と協力することで禁煙の継続に成功した事例 背景. 兄弟間の金銭トラブルを機に半年間精神科に入院。症状は安定したが,退院後からたばこの数が増加 した。精神科の医師からも禁煙をすすめられていたが,イライラすることが多くて止められなかった。 最近になり,階段などで息がきれるような気がした②-aこと,家族や周囲に迷惑をかけているという思 い②-bから禁煙を決意①。一日の喫煙本数は20~25本。. 支援内容. 耳が遠いこと,一人で通院することが不安であるという理由から妻との指導を希望していたが,一人 で相談へ来ることになった。 指導前日から眠れず,イライラ感が出現④-a。家族の付き添いを拒否したという連絡が事前に家族から 入った。家族からの情報では,禁煙相談日が近づいてきて,眠れないようになっていたようだとのこ とだった。 禁煙指導で,負荷をかけないように,初回は呼気一酸化炭素濃度の測定や喫煙歴・既往歴の確認など, 測定や情報収集を中心に実施。喫煙本数が増えだしたという会話から,増え始めた時期やきっかけを 質問すると,精神科入院の経過を自ら語ってくれた。たばこを我慢すると,入院した時のようなモヤ モヤ,イライラという表現できない気持ちが出現するのでは④-bと危惧しており,禁煙することで,精 神的な変化が現れ,家族へ迷惑をかけてしまうという不安を持っている④-c-ということがわかった。 これまでたばこを止めた時に感じた変化を確認し,それが離脱症状だったということを説明した。離 脱症状の対応を説明し,不安に対する対処方法があることを説明する③ことで,禁煙することのプラ ス効果を考えていった。 相談後には,家族と連絡をとり,その日指導した内容を伝え,家族にも禁煙開始による離脱症状や対 処方法の説明を行った。家族と連絡を取り合うことで,指導後の自宅での反応を確認することができた。 また, 家族も喫煙行動につながらないよう,外出や散歩に誘うという働きかけが行われるようになった。 禁煙継続には,家族や友人など身近な支援者が重要であり,今回の指導では,家族と協力することが 禁煙支援に有効に働いた。 相談者も「家族が喜んでくれる」 , 「家族が手伝ってくれる」③-aという発言が多く,家族の働きかけや 反応が相談者の継続意欲に関係していた。 相談終了から3ヶ月後,相談者の家族が禁煙を継続できているとう報告があり,禁煙開始から6ヶ月 禁煙継続が行えていた。. ※注1.①~④は動機づけ面接法における分析観点:①「変化の動機」,②「両価性」,③ 「チェンジトーク」,④「レジス タントトーク」 ※注2.以降の表2~4も①~④は注1と同様に動機づけ面接法における4つの観点に下線を引いている。. 438.
(6) 成人を対象とした効果的な禁煙指導の検討. ており,面接当初は禁煙に対して優先順位が低く. 健康状態に対する不安を強く持っていることが窺. 変化への動機」が低いと推察された。一方で下線. えたことから,禁煙指導では対象者に対する支援. 部②-a「飛行機で移動する際,長時間禁煙状態を. として,緊張をほぐすため笑顔で面談しながら健. 強いられ,そのまま何日禁煙できるか試してみた. 康状態への不安や緊張を和らげるような雰囲気で. ら3日間できた」と述べており,行動の変化への. 禁煙指導を進めた。面接を進める中で,下線部③. 自信の言葉があることから, 「禁煙はやろうと思. -a「すんなり止められて自分でも不思議」,③-b. えばいつでも始められる」といった喫煙に対する. 「趣味の家庭菜園の時間ができたことを喜んでい. 自己効力感の高さが窺えた。その後,平成20年の. た」や③-c「現在は禁煙により食事がおいしくな. 検診で下線部①-c「体重増加が顕著な上,血圧値. り」といったチェンジトークがみられ,対象者自. 上昇」の異常値がみられ「変化への動機」が高ま. 身がこれまでの禁煙に対する自信がより高まると. り禁煙を決意している。「両価性」は,面接で下. ともに,禁煙によって得た利益の強化が窺えた。. 線部②-b「数年前から自覚していた安静時での. 運動指導に3ヶ月通えたという自信から,禁煙に. 動悸の時間が長く感じる」,②-c「インド出張時. も挑戦したい」,①-b禁煙を「今度こそ達成させ. は10日間禁煙できたが・・・海外では時間をつぶ. たいと述べているように禁煙に対する「変化への. すのにたばこが必要」という発言から,健康状態. 動機」が高いことが窺える。「両価性」は下線部. に対する不安がありそれを解消したいと思ってい. ②-a「3ヶ月の運動を継続できたのだから,禁煙. る一方で,長時間禁煙することができないかもし. も継続できる」といった達成に対する自己報酬,. れないという不安が窺え「接近-回避葛藤」と解. 成功経験による自信の高まりを求めていることが. 釈した。面接の中で動悸などの身体症状,検診に. 窺える。一方,②-b「10日間,体調が悪く喫煙. おける血圧上昇等の異常値が確認されたことから. 記録ができなかったので,禁煙を変更したい」と. 健康への不安が大きく,長時間の禁煙に対する不. いった体調面の不安,下線部①-b禁煙を「今度. 安が大きいことを表す発言がレジスタントトーク. こそ達成させたい」という発言からこれまで禁煙. で窺えた。中でも下線部②-b,②-cから検査結果,. に挑戦したがうまくいかなかったことが推察さ. 表2.禁煙に至った事例② ○禁煙に無関心期だった対象者が健康不安から準備期に至って禁煙継続に成功した事例 背景. 1日の喫煙本数は20~30本。海外出張が多い製造業の男性管理職。. 実施内容. 平成16年の健診では,医師からの指導項目はなく,禁煙についての関心は無かった①-a。発音が気にな り確認すると入れ歯とのこと。初回時に喫煙による悪影響について説明し,禁煙の意識づけを行った。 平成17年・海外出張時の食べ過ぎにより体重増加がみられたが,医師からの指導項目は特になし。善 玉コレステロールと禁煙の関係を説明したが「たばこはやめられない」①-bとのこと。 平成18年・海外出張の際に3日間禁煙を実施したとの報告があった。 「飛行機で移動する際,長時間禁 煙状態を強いられ,そのまま何日禁煙できるか試してみたら3日間できた②-a」という。3日間の禁煙 の効果はかなりのニコチン体内減となる日数なので,より期間を延ばした禁煙を行うことを勧めた。 平成19年・数年前から自覚していた安静時での動悸の時間が長く感じる②-bということで精密検査を行 い,結果は要経過観察であった。生活指導では, 「インド出張時は10日間禁煙できたが,中国は喫煙文 化でたばこを勧められたため,禁煙はできなかった。さらに,海外では時間をつぶすのにたばこが必 要②-c」と言われた。 平成20年・体重増加が顕著な上,血圧値上昇①-c。今回の異常値で,本人の健康に対する意識が高まっ ていると見受けられたため, 緊張をほぐすために笑顔で面談し,再度禁煙について指導した。その結果, 平成19年6月1日の「世界禁煙デー」のパンフレットを見て禁煙を決意。今回も中国に出張したが, 付き合いで1本吸ったのみ。 「すんなり止められて自分でも不思議③-a」とのこと。本年定年退職し, 嘱託勤務となり。趣味の家庭菜園の時間ができたことを喜んでいた③-b。しかしながら,現在は禁煙に より食事がおいしくなり③-c体重増加傾向となったため,ウェイトコントロールを指導。. 439.
(7) 前上里 直. れ,禁煙継続に対する不安も持っていると捉え,. チ貼付後に吐き気・ふらつきの症状あり。はずす. 「接近-回避葛藤」と解釈した。禁煙指導日程の. と吐き気等の症状は治まるが,貼付しないとイラ. 変更連絡後は特に反応がなくフォローができず結. イラして吸いたくなる」といったレジスタント. 果として禁煙指導が中断となってしまった。以前,. トークがあり,禁煙に対する抵抗感が窺えた。さ. 高脂血症の改善目的とした運動,食事改善で成功. らに時間経過とともに下線部①-b「夫と一日中. 経験を得たことで自信が高まり禁煙にも取り組ん. 一緒のため,言葉のやり取りでストレスたまる。. だ。しかし,禁煙指導では,禁煙による体調変化. 禁煙は考えていない」,④-b「箱を分けて1日の. の不利益の方が大きく,また禁煙行動につながら. 喫煙本数を10本と決めており」という発言から,. なかったことが面接者に知られてしまうことで自. 禁煙に向けたチェンジトークはほぼ窺えず結局禁. 信の低下につながることを恐れ,以降は禁煙指導. 煙までは至らなかった。「接近-回避葛藤」の状. の脱落につながったと推察される。. 況では葛藤状態を解決することが有効であること. 表4の対象者は禁煙指導初期の段階におけるア. が報告されている(2007)。すなわち本事例では. セスメントから,下線部①-a「PWV検査で動脈. 禁煙によって得られる利益と不利益の葛藤状態を. 硬化を指摘され,禁煙を希望」ということから喫. 解決するためには,禁煙指導の面接のプロセスに. 煙行動を変容させたいという 「変化への動機」が. おいて,対象者が日々生活していく中で感じた禁. 窺える。一方で,「両価性」において下線部②-a. 煙によって得られた利益をチェンジトークで引き. のように「ストレス解消のため喫煙」してしまう. 出し,レジスタントトークでは不利益が減少した. という発言から,喫煙によってストレスが解消さ. ことを認識させることで禁煙の阻害要因を少なく. れる一方,禁煙によってストレス解消法がなく. していく支援を継続的に行うことが重要であると. なってしまう不安,下線部②-b「喫煙すると間. 言えよう。禁煙に至らなかった2例はいずれも禁. 食しても太らないが,禁煙すると食事がおいしく. 煙に至った事例に比較して面接の中でレジスタン. なり, 食べ過ぎてしまい体重が増加するのが怖い」. トトークが多くみらたり,面接中断によって禁煙. といった行動の変化に伴う体重変化の不安を持っ. 実施過程の中で禁煙によって獲得された利益にか. ており, 「接近-回避葛藤」と解釈した。面接後,. かわるチェンジトークが確認できず,「両価性」. ニコチンパッチを処方されるが下線部④-a「パッ. において禁煙に向けた「接近-回避葛藤」が解決. 表3.禁煙に至らなかった事例① ○思い込みの指導から,相談が中断になってしまった事例 背景. 高脂血症の改善目的で利用していた。運動や食事など生活改善で体重の減少が見られた。運動指導に 3ヶ月通えたという自信から,禁煙にも挑戦したい①-aと考え始め,禁煙指導の申し込みをした。1日 の喫煙本数は20~30本。. 実施内容. ニコチン依存度の確認と呼気一酸化炭素濃度の測定を実施。禁煙開始日の設定を行い,禁煙準備に必 要なことを確認した。 相談の中でストレスの少ない時期を考え,10日後を禁煙開始日とし,次回までに喫煙行動を振り返る ことを提案した。 禁煙日前日に相談を実施。10日間,体調が悪く喫煙記録ができなかったので,禁煙開始を変更したい ②-bとの希望があった。 体調の確認と,禁煙に対する意思を再度確認したが,禁煙したい気持ちは強く持っており, 「今度こそ 「3ヶ月の運動を継続できたのだから,禁煙も継続できる 達成させたい①-b」と語っていた。さらに, ②-a」と自信を持っていた。 喫煙行動の振り返りが実施できていなった方には,相談日に一緒に振り返りを行い,対策を考えるよ うにしていたが,この時は,再設定した禁煙開始日までに振り返るようにと本人に伝えた。しかし, これ以後,相談に来ることがなくなり,中断となってしまった。. 440.
(8) 成人を対象とした効果的な禁煙指導の検討. できなかったことが考えられた。. に脱落する者が多いことから,こまめに声かけを 行い,脱落しないような工夫が窺えた。また,主. 2.保健師へのインタビュー概要と分析. 体的な行動変容を促す心理的要因として自己効力. インタビューの逐語録全文はA:対象者の禁煙. 感を高めることが挙げられる。自己効力感が高ま. に対する動機づけを促す声かけや工夫,B:禁煙. ると禁煙「実行期」につながり易くなるが,一方. に対する動機づけを高めるための具体的方法に分. で自己効力感を高める支援がうまくいかないと. 類して抜粋したものを表5にまとめた。. 「関心期」や「無関心期」にステージが戻り,禁. A:禁煙の動機づけを促す声かけや工夫とし. 煙から遠ざかってしまうこともある。自己効力感. て,下線部A-①「禁煙外来に来てくれているこ. とは禁煙に対する「自信」であり,高めるアプロー. とを認めるようにしている」,A-②「特に最初の. チとして坂野ら(2003)は「成功体験」 「代理経験」. 1ヶ月で脱落する方が多いので,最初の1ヶ月は. 「言語的説得」「生理的情動的高揚」の4つのポ. 細目に声をかける」と話しており,面接初期段階. イントに働きかけることが有用であるとしてい. に対象者との信頼関係の構築を念頭に置いて対応. る。面接初期段階にこまめに連絡を取ることで対. していることが窺える。Miller & Rollnick(2007). 象者の行動遂行上の問題点や課題,達成状況を説. は動機づけ面接法の進める際,面接において協働. 明,励ますといった「言語的説得」の機会を増や. 性・喚起性・自立性を重視してクライアントと接. す工夫が窺えた。. することが重要であることを指摘している。これ. 次にB:禁煙に対する動機づけを高めるための. は,共感的な傾聴で関わりながら問題性をフォー. 具体的方法について,下線部B-①「たばこを我. カスする(協働性)→変化の動機を引き出す(喚. 慢しているのに体調の改善が感じられない,目に. 起性)→クライアント自ら変化することへの具体. 見えたり感じたりする成果がないという状況の対. 的な計画をする(自主性) ,というプロセスを踏. 象者」も見られることから,禁煙指導において. んで実施されていると言えよう。面接初期段階で. B-②「身長,体重,血液データ等と結び付ける」,. は,対象者との信頼関係を築くため面接に来てく. B-③「喫煙本数の変化,食事がおいしく感じた. れたことを認め,面接で話されることに対して共. など以前と比較してちょっとした変化でもできる. 感的理解・傾聴し,加えて,禁煙指導1ヶ月以内. だけ客観的に気づいてもらえるよう日誌や振り返. 表4.事例4:禁煙に至らなかった事例② ○ストレスコントロールをたばこ以外に向けることができずに中断した事例 背景. 1日の喫煙本数は約20本。. 実施内容. 平成17年の健診の際,PWV検査で動脈硬化を指摘され,禁煙指導を希望①-a。 4年前に開業医を受診しニコチンパッチを使用して2週間禁煙するも,職場のトラブルによるストレ 以後継続喫煙となってしまった。喫煙すると間食しても太らないが, ス解消のため喫煙②-aしてしまい, 禁煙すると食事がおいしくなり,食べ過ぎてしまい体重が増加するのが怖い②-b。自宅では室内喫煙し ており,分煙になっていない職場ともに室内喫煙である。夫は病気のため喫煙していない。2週間に 1回,3時間かけてマニキュアするのが唯一のストレス解消法である。 健診から2ヵ月後, ニコチンパッチ処方したが, 5日目にパッチ貼付後に吐き気・ふらつきの症状あり。 はずすと吐き気等の症状は治まるが,貼付しないとイライラして吸いたくなるという④-a。パッチを半 分にして使用するよう指導し,1週間後に確認すると再喫煙していたため,禁煙指導は中止となる。 平成18年は, 「夫と一日中一緒のため,言葉のやり取りでストレスたまる。禁煙は考えていない①-b。」 と言われたため,呼吸法や趣味によるストレスコントロールを提案する。体調不調のため受けた精密 検査でクローン病と診断された。 平成19年の面接では, 「箱を分けて1日の喫煙本数を10本と決めており,自分なりに頑張っているし体 調も問題ない④-b」と言われた。. 441.
(9) 前上里 直. り票(セルフモニタリング)を記入してもらう」. くいからである。園田ら(1995)によると,健康. といった禁煙の効果や変化をできるだけ客観的に. 問題解決のためには,保健行動に対する自己判断. 対象者に示す工夫をしていた。また,B-④「喫. や自己決定能力を養うことが重要であり,自己効. 煙に対する不利益や身体への害などマイナス面を. 力感はこれを培う基盤であることを指摘してい. 強調して脅すことはせず,禁煙をすると良いこと. る。よって禁煙に対する自信を高めることは主体. があるという利益の面をできるだけ伝える」こと. 的な禁煙に繋がる。禁煙指導においても下線部. で禁煙によって獲得できる利益が多いことを強化. B-⑥「(このまま喫煙を続けていると)ダメだ」. する支援を実施していた。. といわれると嫌になる,B-⑦「喫煙を否定する. 禁煙行動につなげるために下線部B-⑤「行動. 言い方はできるだけ使わない」など自己効力感の. 変容のために自分でできることを決めて,自分で. 低下につながる否定的言語を使わない対応が窺え. 実行する」すなわち対象者自身が禁煙に取組むか. た。. 否か意思決定してもらい,それに伴う行動実践を 促していた。. 以上より,禁煙「準備期」~「実行期」の対象 者を禁煙行動に繋げる効果的な禁煙指導として,. 自己意思決定による行動選択と実践につなげる には自己効力感すなわち禁煙行動に対する自信を. 動機づけ面接を用いた事例,インタビュー調査か ら以下のことが明らかになった。. 高めることが不可欠である。なぜなら他者の指示. 本人から発せられる言葉を基盤として面接が進. に従った意思決定と行動実践は責任の所在が他者. められるため,禁煙行動を阻害している負の感情. にあるため消極的になりやすく,継続に繋がりに. を明確に捉えて低減に繋がる指導をすること,禁. 表5.禁煙指導に関するインタビューの抜粋 ・対象者は「準備期」から「実行期」に移行しようとしているので,まずは禁煙外来 に来てくれていることを認めるようにしているA-①。 ・禁煙相談は3ヶ月コースで実施していて,対象者が頻回に来ることができない場合 A.禁煙に対する動機づ は本人が希望すればメールでのやり取りをすることもある。基本的には来られない場 けを促す声かけや工夫 合はこちらから対象者に積極的に電話をかけたりメールしたりなどはあまりない。 ・対象者に対する禁煙相談は本センターでは3ヶ月を1セットとして実施している。 3ヶ月の中で面談するのは3~5回ある。特に最初の1ヶ月で脱落する方が多いので, 最初の1ヶ月はこまめに声をかけるように統一して実施しているA-②。. B.禁煙に対する動機づ けを高めるための具体的 方法. 442. ・面談していて苦しいのが,たばこを我慢しているのに体調の改善が感じられない, 目に見えたり感じたりする成果がないという状況の対象者B-①である。禁煙効果に対す る期待が低くなっていき,禁煙を中止することにつながること多いので,喫煙本数の 変化,食事がおいしく感じたなど以前と比較してちょっとした変化でもできるだけ客 観的に気づいてもらえるよう日誌や振り返り票(セルフモニタリング)を記入B-③して もらっている。 ・健診結果の項目を見るだけでなく,身体の中で身長,体重,血液データ等と結び付 けるB-②ことを対象者と一緒に行っている。 ・これまで喫煙してきている対象者に対して, 「 (このまま喫煙を続けていると)ダメだ」 と言われると嫌になるB-⑥ので「準備期」からのステージダウンが予想される。これま での喫煙を否定する言い方はできるだけ使わないB-⑦ようにしている。 ・禁煙外来に来院しているということなので,対象者は禁煙行動の「準備期」の段階 である。よって,喫煙に対する不利益や身体への害などマイナス面を強調して脅すこ とはせず,禁煙をすると良いことがあるという利益の面をできるだけ伝えるB-④ように している。 ・とにかく対象者自身が自分の健康行動を変えていきたいという気持ちを持ち,行動 変容のために自分でできることを決めて,自分で実行するB-⑤ということを面接で強化 するようにしている。.
(10) 成人を対象とした効果的な禁煙指導の検討. 煙行動によって得られる利益を対象者の言葉に基 づいて強化して不利益と利益の葛藤状態の解決を 支援することが重要である。加えて,葛藤状態を. BA% E6% 9C% AC% E8% A8% 88% E7% 94% BB% 27〉 (2020年3月15日,アクセス確認) ・厚生労働省 健康局健康課編,禁煙支援マニュアル(第 二版)増補改訂版(2018) ,55-73. 解消しながら禁煙行動に対する自己効力感を高め. ・日本循環器学会,禁煙ガイドライン(2010年改訂版). る働きかけが有用であることが明らかとなった。. ―循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2009 年度合同研究班報告)―, (2011) (https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/ uploads/2020/02/JCS2010murohara.d.pdf#search=% 27%. Ⅳ.今後の展望. E5 % 80 % 8B % E5 % 88 % A5 % E7 % A6 % 81 % E7 %. 本研究では禁煙行動につなげるための支援とし. 85 % 99 % E6 % 8C % 87 % E5 % B0 % 8E % E3 % 81 %. て動機づけ面接法に着目し,対象者本人(主体要. A8% E3% 82% AB% E3% 82% A6% E3% 83% B3%. 因)の動機を高めるために有用な働きかけや工夫 について,事例分析,インタビューで明らかにし. E3% 82% BB% E3% 83% AA% E3% 83% B3% E3% 82% B0% E3% 81% AE% E9% 87% 8D% E8% A6% 81% E6% 80% A7% 27) (2020年3月30日, アクセス確認). たが,今後は会社や労働環境など個人の変化だけ. ・日本健康教育士養成機構 編著(2013) .新しい健康教. ではコントロールが困難な環境要因に着目し,禁. 育―理論と事例から学ぶ健康増進への道―.保健同人. 煙を促進する要因および具体的支援について検討 する必要がある。. 社.36-45 ・坂野雄二, 前田基成 編著(2003) .セルフエフィカシー の臨床心理学.北大路書房。4-6 ・園田恭一,川田智恵子 編著(1995).健康観の転換―. 謝 辞 本研究に関わり,事例提供の承諾およびインタ ビュー調査にご協力いただきました北海道治療就 労支援センター様と小宅千恵子様,インタビュー 内容の整理に力添えいただきました岩見沢市役所 の漆山英里様に感謝申し上げます。. 新しい健康理論の展開― 東京大学出版会.231-244 ・Strecher, V.J., et.al.(1994). The effects of computertailored smoking cessation messages in family practice setting. The Journal of Family Practice.39⑶.693698 ・William R. Miller & Stephen Rollnick(2007) .動機づ け面接法―基礎・実践編.星和書店,33-36. (札幌校准教授). 引用・参考文献 ・がん研究センター.科学的根拠に基づくがん予防(2018) 〈https://ganjoho.jp/public/pre_scr/cause_prevention/ evidence_based.html〉 (2020年3月15日,アクセス確認) ・厚生労働省 厚生科学審議会地域保健健康推進栄養部会. 健康日本21(第二次)中間報告書概要(2018) ・厚生労働省.がん対策基本法(2006). 〈https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/04/dl/s04053a.pdf#search=% 27% E3% 81% 8C% E3% 82% 93% E5 % AF % BE % E7 % AD % 96 % E5 % 9F % BA % E6% 9C% AC% E6% B3% 95% 27〉 (2020年3月15日, アクセス確認) ・厚生労働省.がん対策推進基本計画(2012). 〈https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou10900000-Kenkoukyoku/0000196975.pdf#search=% 27% E3% 81% 8C% E3% 82% 93% E5% AF% BE% E7% AD% 96% E6% 8E% A8% E9% 80% B2% E5% 9F%. 443.
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