Ⅰ 問題と目的 Irlen(1989)やWilkins(1995)は,印刷され た文字が動いたりゆがんだりまぶしかったりし て,読字障害が生じることを報告した。さらに彼 らは,この読字障害はカラーレンズやカラーフィ ルムを通して見ることで改善すると主張した。実 際にわが国でも,カラーレンズやカラーフィルム で読字障害が改善した症例が報告されている(熊 谷,2006,2012;草野ら,2015;田中ら,2011)。 一方,こうした主張から30余年が経過したも のの,特定な波長の光を遮断することにより,読 字障害が改善する神経学的な機序は明らかになっ ていない。Griffiths et al.(2016)は,カラーレ ンズやカラーフィルムが文字の読みに与える影響 を検討した54件の研究をレビューし,色で文字 が読みやすくなるのは,プラセボ効果やホーソン 効果,あるいは単なる練習による効果であると結 論した。また,人によって文字が読みやすくなる 色が異なるという考え方に対しても,疑問点が指 摘されている。例えば,効果のある色の判定に 一定の方法がないこと(American Academy of Pediatrics, 2009)や,個人内でも選ばれる色に再 現性が乏しいこと(Suttle et al., 2017)などであ る。このように,カラーレンズやカラーフィルム による読字障害の改善は,現在のところ懐疑的な 見方が強いと言えよう。 ところで,尾形ら(2015)と池谷ら(2017)は カラーレンズの効果を読字障害に限定しないで検 討している。尾形ら(2015)は,アーレン協会の カラーレンズを処方した48名を対象にカラーレ ンズ使用前後のQOLを調査した。その結果,カ ラーレンズ使用後の対象者のQOLは,カラーレ Shinobu Murase, Sachiko Iketani, Koichi Hayashida, Naotake
Iketani: Support with Tinted Lenses for an ASD Junior High School Student Feeling Uncomfortable with Glare in Daily Life 1)岐阜大学 2)岐阜県立大垣特別支援学校 3)一般社団法人あかつき心理・教育相談室
日常生活でまぶしさを感じていたASDのある中学生への
遮光眼鏡による支援
村瀬 忍1)・池谷幸子2)・林田宏一3)・池谷尚剛1) 実践研究 キーワード:カラーレンズ,まぶしさ,QOL,読み困難,自閉スペクトラム症 Key words: tinted lenses, glare, QOL, reading difficulties, autism spectrum disorderLD 研究,Vol.29 No.2, 123-131, 2020 〈要旨〉日常的にまぶしさを感じていたASDのある男子中学生1名に遮光眼鏡を装用してもらい,効果を 検討した。まず,遮光眼鏡の文字の読みへの効果をMNREAD-Jを用いて検討したところ,遮光眼鏡を装 用することですぐに文字が読みやすくなるという結果は得られなかった。次に,遮光眼鏡を1カ月間自由 に使ってもらい,行動や心理の変化をインタビュー調査とQOL評価とで検討した。インタビュー調査か ら,遮光眼鏡の効果は,まぶしさが減ったこと,取り組みの意欲が高まったこと,見えにくさの理解が高 まったことであるとわかった。QOL評価の結果からは,遮光眼鏡使用後に自尊感情が高まった可能性が示 された。これらの結果から,遮光眼鏡は即時的に読み能力は向上しなくても,まぶしさを感じているASD のある子どもへの,取り組み意欲や自己理解を促す支援として,有効な方法であることが示唆された。
ンズ使用前に比べて有意に高いことを報告した。 また,池谷ら(2017)は,アーレン症候群が疑わ れる成人4名に遮光眼鏡を1カ月間使用してもら い,生活で生じた変化をインタビュー調査した。 その結果,遮光眼鏡を使用した4名は,頭痛や目 の疲れが軽減したり,集中しやすくなったりした と報告した。これらの研究は,カラーレンズやカ ラーフィルムは読字障害に限定すると効果が疑問 視されるものの,まぶしさから生じる見えにくさ や不快感を軽減させ,生活を楽にする効果がある ことを示している。 今回筆者らは,日常的にまぶしさを感じていた 自閉スペクトラム症(以降,ASDと記す)のあ る男子中学生に,遮光眼鏡を用いて支援する機会 を得た。遮光眼鏡とは短波長域の光をカットする ことでまぶしさを軽減させる眼鏡である。網膜色 素変性症の羞明感を軽減させる目的で開発され, 現在ではレンズ色も増えてさまざまな眼疾患への 有効性が認められている(高橋,2006)。われわ れは対象者について,まず,印刷された文字の見 え方における遮光眼鏡の効果を検討した。続いて 対象者に遮光眼鏡を1カ月間使用してもらい,日 常生活における遮光眼鏡の効果を検討した。本稿 では,前者を研究1,後者を研究2として報告す る。 なお,対象者の母親と学級担任および中学校長 には,研究の開始にあたって目的と方法とを書面 および口頭で説明し,研究への協力に同意を得 た。対象者本人には研究目的と方法などを口頭で 説明し,同意を得た。 Ⅱ 研究1 1.目的 日常的にまぶしさを感じていたASDのある男 子中学生を対象に,印刷された文字の見え方にお ける遮光眼鏡の効果を明らかにする。 2.方法 1)対象者 対象者は,中学校の情緒障害特別支援学級に 在籍する1年生の男子生徒(以降,Aと記す)で あった。Aは幼児期にASDの診断を受けていた。 11歳の時点でのWISC-IVの結果は,全検査IQが 60(言語理解55,知覚推理71,ワーキングメモ リ71,処理速度61)であった。Aは数学・国語・ 英語・社会以外は通常の学級で授業を受けてい た。在籍学年レベルの学習は難しかったものの, 意欲的に取り組む姿が見られた。行動面では,複 数の指示には混乱するが,分けて伝えられると指 示に従うことができた。自分の興味や関心のある ことにとらわれやすく,日常会話でも話題が自分 の関心事に逸れやすかった。 Aは両眼の近視を矯正する眼鏡をかけていた。 近視の他に目の異常を眼科医から指摘されたこと はなかった。しかし,ホワイトボードや光沢のあ る写真,LED電灯などをまぶしがったりするこ とがあった。また,テストで文字が小さくて読み づらいと訴えたり,教科書の行を読み違えたりす ることから,学級担任(以下,担任と記す)の勧 めで,地域の視覚障害に関するセンター的機能を 有するM特別支援学校に文字の読みづらさにつ いて相談した。その時,カラーフィルムなどで見 え方が改善する可能性を指摘された。 なお,このAの情報については担任との面接に より収集した。面接の所要時間は約90分であった。 情報開示についての母親の承諾は,事前に担任か ら母親に口頭で説明をしてもらう方法で得た。A 本人にも,学校生活の様子について筆者らに話す ことを担任から伝えてもらい,承諾を得た。 2)手続き 初めに,Aに見やすいと感じる遮光眼鏡のレン ズ色を選んでもらった(手続き①)。次に,遮光 眼鏡の有無による見え方の違いをMNREAD-Jで 検討した(手続き②)。手続き①と②の詳細を次 に示す。これらの手続きは,Aの在籍学級の教室 で,照明が必要でない昼間の時間に第2筆者が実 施した。手続き実施の際には担任が同席した。
(1)手続き① 遮光眼鏡のレンズ色の選択には,レンズと同 じ19色のプラスチックプレート(以降,トライ アルと記す)(STGシリーズフルトライアルキッ ト,東海光学株式会社製)を利用した。しかし, Aが学校や自宅で使用することを考慮して,南 ら(2007)が眼疾患の人であっても処方されるこ とが少ないと指摘する色と,視感透過率が50%未 満の色とを除いた12色を利用した。12色のトラ イアルを1色ずつ目の前にかざしながら,白い紙 に黒字で書かれた文字をAに見てもらい,最も見 やすいと感じる色を遮光眼鏡のレンズ色に決定し た。最終的に選んだレンズ色については,レンズ ありの条件とレンズなしの条件とを比較し,レン ズがある方が見やすいことを確認した。Aはすで に眼鏡を装用していたことから,遮光眼鏡は近視 用眼鏡の上に被せて用いるオーバーグラスタイプ (Viewnal,東海光学株式会社製)を使用した。 (2)手続き② MNREAD-Jの黒文字/白地チャートを使って 読書視力と最大読書速度とを測定した。読書視力 とは,何とかぎりぎり読むことのできる文字サイ ズのことである。最大読書速度とは,文字サイズ が最適な場合の読書速度で,矯正具で視力が適切 に調整されると読書速度が上がることが知られて いる。読書視力と最大読書速度の測定は,遮光眼 鏡装用と非装用の2条件で行った。所要時間はス トップウォッチで測定した。測定条件は白色の書 見台を用いて視距離を30cmとし,両眼開放の状 態とした。装用条件ではJ1-0のチャートを,非装 用条件ではJ1-1のチャートを用いた。測定前に練 習用チャートを用いて,Aが方法を十分に理解し たことを確認してから測定を行った。 3.結果 1)遮光眼鏡の色 Aが選んだ遮光レンズ(CCP400,東海光学株 式会社製)の色は,濃い目のグレー系の色であっ た(カラー名MG)。レンズの視感透過率は53% で,分光透過率曲線は図1に示す通りである。 2)MNREAD-J の読書視力と最大読書速度 測定の結果を表1に示す。読書視力も最大読書 速度も遮光眼鏡装用条件で低下していた。これら の測定値の低下については,再検査による変化の 有意性の検討が必要である。しかし,少なくとも 値は上昇していないことから考えて,Aは遮光眼 鏡を装用することで,小さな文字が読めるように なったり,文字が速く読めるようになったりはし なかったと考えられた。 4.考察 1)印刷された文字の見え方と遮光眼鏡について 評価に用いたMNREAD-Jは,ロービジョン患者 の読書能力と文字サイズの推定に高い信頼性があ 図 1 A が使用した遮光レンズ(カラー色 MG)の 分光透過率曲線(東海光学株式会社提供) 透過率(%) 100 50 0 波長(nm) 400 600 800 表1 MNREAD-J の結果 読書視力 (logMAR) 最大読書速度 (文字/分) 遮光眼鏡装用下 0.106 221.526 遮光眼鏡非装用下 0.003 257.052 読書視力はギリギリ読める文字の大きさを表す。数値が小 さい方が小さな文字が読めることを示す。最大読書視力は 1分間に読める文字数を表す。数値が大きい方が1分間に 読める文字数が多いことを示す。Aは遮光眼鏡非装用下の 方が小さな文字が読めて,1分間に読める文字数も多いこ とがわかる。
るMNREAD(Minnesota Low Vision Reading Test)の日本語版であり,視覚リハビリテーション の分野では活用が進んでいる(氏間,2010)。石 井ら(2013)は,発達性読み書き障害児の読書視 力と最大読書速度を,MMREAD-Jのひらがな版 であるMNREAD-JKを用いて測定し,発達性読 み書き障害児は読み書き障害のない児童に比較し て読書視力も最大読書速度も低下することを明ら かにしている。AのMMREAD-Jの読書視力と最 大読書速度は,遮光眼鏡を装用した条件の方が低 かった。このことは,石井ら(2013)の結果から 考えると,遮光眼鏡を装用することにより,すぐ に小さい文字が速く読めるような見え方の顕著な 変化は,Aには起こらなかったと考えられた。 2)遮光眼鏡の連続使用について 手続き②の後,遮光眼鏡があった方が見やすい かどうかをAに口頭で尋ねた。Aは「明るくて, 反射して,こっち(遮光眼鏡)があったほうがい い」「こっち(遮光眼鏡)は暗いけど,暗いほうが いい」と答えた。そこでAの主観的な見やすさが 確かなものかどうかを確認するため,Aに遮光眼 鏡を1カ月間使用してもらい,1カ月後も継続し て使用しているかどうかを調査することにした。 調査は1カ月後に電話で担任から聞き取る方法 で行った。家庭で使っているかどうかについて は,担任に母親から事前に聞き取ってもらってお いた。調査の結果,1カ月後のAは,学校と家庭 の,主に学習場面で遮光眼鏡を使っていた。Aが 無理に使っているのではないかと心配した担任 が,遮光眼鏡を外してもいいとAに言ってみた が,Aは「外さない方がいい。外すと,光が反射 して自分に当たって明るい」と答えたと,担任は 述べた。家庭では遮光眼鏡を使うとLEDをまぶ しがらないで学習できた。そこで,遮光眼鏡によ り,Aの生活で何が変化するのかを明らかにする 研究を実施することにした。 ところで,Aの遮光眼鏡はオーバーグラスタイ プで大きかったため,姿勢を前かがみにするとず り落ちてくることがあった。Aはそれを持ち上げ ようとしてレンズに触れてしまい,レンズが汚れ ることをとても気にしていた。使用を継続するた めには,装用感を改善した遮光眼鏡が必要である と考えられた。したがって次の研究では,オー バーグラスタイプではなく,通常フレームの遮光 眼鏡を用いることにした。 Ⅲ 研究2 1.目的 研究1の対象者に通常フレームの遮光眼鏡を1 カ月間使用してもらい,対象者の行動や心理にど のような変化があるのかを明らかにする。 2.方法 1)対象者 対象者は研究1に参加したAであった。Aは両 眼の近視を矯正する眼鏡を装用していたことか ら,その眼鏡と同じ近視の処方度数で遮光眼鏡を 作成した。レンズの色は研究1と同一の色であっ た。遮光眼鏡のフレームは,現在Aが近視用と して使用している眼鏡にできるだけ近いものを用 いた。 2)手続き Aに1カ月間遮光眼鏡を装用してもらった。遮 光眼鏡の装用はAが必要だと思う場面とし,装 用を強要することはなかった。中学生を対象に日 常生活における遮光眼鏡の効果を明らかにした研 究は他に例がないため,対象者の行動や心理の変 化は,インタビューによる質的検討を行った。加 えてQOL尺度を用いた評価も実施した。それぞ れの方法は以下の通りである。 (1)インタビュー調査 Aが遮光眼鏡の装用を開始して1カ月後に,A, 母親,担任に半構造化面接法でのインタビューを 実施した。インタビューの内容は遮光眼鏡を使っ て変わったこと,よかったこと,困ったことなど であった。母親と担任とにはインタビューで1カ 月間のAの様子を思い出しやすいように,Aの様 子を記録できる用紙を用意して記入を依頼した。 記入にあたっては,「遮光眼鏡を装用していると きのAの様子や行動を観察して,気づいた項目
だけに簡単でいいので,できるだけ毎日記入して ください」と伝えた。記録用紙は「身体の状態」 「心の状態」「家族との様子」「友達との様子」「学 校生活」「その他」「困ったこと」「お子さん自身 (の発言)」の項目を設けておいた。Aには自発的 な記録の継続が難しいと考え,記入用紙の項目に Aの発言を記入する項目を設けることで,A自身 の記録用紙による記録は求めなかった。 母親と担任の2人とも,Aの観察が可能な日は すべて,記録用紙に記入していた。両者とも記入 した項目数は1日あたり平均3項目であった。イ ンタビューは記録を参照しながら個別に実施し た。それぞれの所要時間は,Aは約30分,母親 と担任は各約60分であった。 (2)QOL評価 QOLの評価には,信頼性と妥当性が確認され ている(古荘ら,2014;松嵜ら,2007)中学生版 QOL尺度(Kiddo-KINDL®)を用いた。この尺度 は,身体的健康,精神的健康,自尊感情,家族, 友だち,学校生活の6つの下位領域から成り,子 どもの日常生活全般を捉えてQOLを評価できる。 1つの下位領域に4項目,合計24項目の質問があ り,回答者はそれぞれの質問に対して,この1週 間の状態を「全然ない,ほとんどない,ときど き,たいてい,いつも」の5段階で評価して回答 する。QOLは,回答を100までの数字に換算し て示される。さらにこの尺度には,小・中学生 版QOL尺度親用(Kid-&Kiddo-KINDL® Parents’ Version)が開発されており,親から見た子ども のQOLを測定できる。発達障害のある子どもと その親とを比較した研究(古荘ら,2006)との対 照も可能であることから,本研究でも利用するこ とにした。Aには中学生版を,母親には親用,担 任にも親用を利用し,遮光眼鏡を装用する前と装 用を開始して1カ月後の2回,評価を行った。 3)分析 インタビューについては,発話をICレコー ダーに録音し,逐語録を作成した。逐語録デー タはまず,1文もしくは数文の意味のまとまりで コード化した。次に,共通する意味をもつコード を統合してサブカテゴリーを作成し,さらにそこ からカテゴリーを抽出するという,帰納的な検討 を行った。インタビューの分析は,第一筆者と第 二筆者とが別々に実施したものを,2人で発話の 意味を確認しながら相違点を協議し,最終的な結 果とした。QOL評価については,3名それぞれに ついて,総得点および下位領域得点を算出して遮 光眼鏡装用前後で比較した。 3.結果 1)インタビュー調査 インタビューから,4つのカテゴリー(以降, Cと略す)と10のサブカテゴリ―(以降,SCと 略す)が抽出できた(表2)。それぞれの内容に ついて,逐語録データを引用して次に示す。逐語 録データは意味のわかりやすさを考慮して適宜修 表 2 遮光眼鏡を装用したことにより生じた行動や心理 カテゴリー サブカテゴリー 1 .まぶしさが減った 1 .明るさを気にしなくなった 2 .読むことが楽になった 3 .書くことが楽になった 4 .明るい場所に行くようになった 2 .取り組みの意欲が高まった 5 .自分から進んで取り組むようになった6 .疲れが減った 3 .見えにくさの理解が高まった 7 .見えにくさについて気づき,考えるようになった8 .対処法について,具体的に周りに伝えられるようになった 4 .周りからの理解が得られるか心配した 10 .いじめられないか心配9 .遮光眼鏡を使うことをどのように説明したらよいか
正を加えた。 (1)【C1:まぶしさが減った】 3人のインタビューから最も多く聞かれたこと であった。4つのSCに分けられた。 《SC1:明るさを気にしなくなった》 Aは「光 がチカチカしなくて,使っていると楽」や,「前 は光が入ってきていたけれど,(遮光眼鏡使うと) 見やすくなった」と述べた。母親も「とにかく光 を気にしなくなったというか,明るさを気にしな くなった」「(遮光眼鏡を使う前は)カーテンを閉 めてとか,明るいとやりにくいといつも言ってい たが,今は勉強する時も遊ぶ時も,カーテンを開 けていることや外から光が入ってくることは気に していない」と報告した。 《SC2:読むことが楽になった》 Aは「音符 や歌詞が黒,ページが白で,白黒のコピーなの で,少し見づらかったが,(遮光)眼鏡をかける と見やすい感じがする」と述べた。また母親から 「てかてかした紙の本でも,紙質に関係なく本を 読んでいる」,担任から「ホワイトボードなので (光って)見づらいのに,ぱっぱと写せるように なった」と報告があった。 《SC3:書くことが楽になった》 母親から「(A は)明るい場所では頭を下げて,(体で)陰を作っ て書いていたが今は普通に書いている」と報告が あった。また,担任は,「綴りが正しく書けている か見たくても,(ノートを先生が)のぞけないくら い(Aは)前かがみになっていたが,(最近はノー トの文字が)見えるようになって姿勢がよくなっ たと,英語の先生から報告を受けた」と述べた。 《SC4:明るい場所に行くようになった》 母親 から「今までは,スーパーに行くと,すぐに明る くない場所に行ったり,車に先に戻っていたり した。今は一緒に最後まで買い物できる」「今ま では,本屋で暗めの場所に移動して本を読んでい た。今は,明るさを気にせずに,自分の好きな本 がある所で読んでいる」と報告があった。 (2)【C2:取り組みの意欲が高まった】 《SC5:自分から進んで取り組むようになった》 母親は「(Aは)学校から帰ってくるとすぐプ リントに取り組んでいる」と述べていた。担任か ら「今までは,書くことが苦手だからやりたくな い様子があったが,『最近は『マスからはみ出し ているから,しっかり消しゴムで消さないと』と (Aが自分で)言いながら書いている。その様子 を見ると,自分が声をかけなくてもできるように なったと感じた」や「生活ノートに書く文量が目 標よりも多くなってきた」と報告があった。 《SC6:疲れが減った》 担任は「遮光眼鏡を着 用するようになってから,(休み時間でも)同じ クラスの子と宿題をいつもやっている。(以前は 書くのに疲れていたため)疲れないか心配だった けれど,授業の2分前学習もやるようになった」 と述べた。 (3)【C3:見えにくさの理解が高まった】 《SC7:見えにくさについて気づき,考えるよ うになった》 Aは,「カーテンだけだと,すご く見づらかった。カーテンと(遮光)眼鏡だと, 見やすい。次の集会も(遮光眼鏡を)使おうと思 う」と述べた。また,担任は「(Aの)勉強がう まく進行するように,母親がマス目に線を入れて くださる。今まで私がやっていたことを母親が気 付かれて,自分でやったり,質問したりされるよ うになった」とAが遮光眼鏡を使うようになっ て母親の対応が変化したことを報告した。さらに 担任は,「職員会議で遮光眼鏡のことを説明した。 もっと詳しく教えてほしいと質問してくる先生も いた」と述べた。 《SC8:対処法について,具体的に周りに伝え られるようになった》 担任は「(Aは),着用前 はまぶしいとしか言わなかったが,(遮光)眼鏡 を着用してからは光がまぶしいからカーテンを閉 めてほしいとか,紙はこっちがいいなどと言う姿 がみられた。自分のことを上手に伝えられるよう になったと感じた」と述べた。さらに,母親も 「下校のときは西日がまぶしいから遮光眼鏡に付 け替えて帰る」とAが理由をきちんと伝えられ たことを報告した。 (4)【C4:周りからの理解が得られるか心配した】 A自身からは遮光眼鏡への抵抗感は報告されな
かったが,母親と担任は心配していた。 《SC9:遮光眼鏡を使うことをどのように説明 したらよいか》 母親は「周りから色付き眼鏡を 使っている理由を聞かれたことがあったと本人が 話してくれた。上手に説明できているか心配」と 述べた。担任も,「交流学級で授業参観があった 場合に,周りの母親がどう思うのだろうか。母親 に聞かれたときに,交流学級の先生がどうやって 答えたらいいのだろうか」と述べた。 《SC10:いじめられないか心配》 母親は「周 りから貸してと言われることがあったらしい。本 人は遮光眼鏡がないと困ると言っていた。有色レ ンズ付き眼鏡は皆と使っているものが違うから, 大丈夫なのか心配」と述べた。 2)QOL 評価 結果を表3に示す。遮光眼鏡装用前後の得点差 を検討すると,まず総得点は,Aと担任とは遮光 眼鏡装用後に高くなったが,母親は低下した。下 位領域を見ると,Aの「自尊感情」と「学校生活」 の得点は上がり,「家族」は顕著に下がっていた。 母親は,「精神的健康」以外のすべての領域が低 下し,なかでも「友達」の低下が顕著であった。 担任の評価では得点が低下した下位領域はなく, 「精神的健康」と「身体的健康」が上昇した。 4.考察 1)ASD のある人における遮光眼鏡の効果に ついて インタビュー調査から,Aにとっての遮光眼鏡 の効果は,まぶしさが減ったこと,取り組みの意 欲が高まったこと,見えにくさの理解が深まった ことであることがわかった。Aはホワイトボード や表面に光沢がある紙,LEDなどがまぶしいと 訴えた。この視覚的な過敏さが遮光眼鏡の装用に よって和らぎ,明るさを気にしなくなっただけ でなく,読み書きを含めた日常生活の困難さが軽 減したと推測された。そして,まぶしさが減った だけでなく,できるという自信がついてきて学習 への取り組みの意欲が高まり,疲労感も軽減した と考えられた。疲労感の軽減は,本人や担任が QOL調査の身体的健康度を向上させていたこと にも表れていたと思われる。 ASDのある人に,明るさに対して著しくまぶ しさを感じたり,LEDや蛍光灯などの特定な照 明に対して不快さを感じたりする傾向があるこ とが知られている(吉田,2014)。しかし,この ようなASDのある人の視覚の神経学的特性は聴 覚に比較して理解されておらず(高橋・神尾, 2018),一般眼科検査では正常とされる(松下, 2019)。支援についても,視覚的過敏さへの対応 は,草野ら(2015)が示したような読み書きに顕 著な困難さがあるケースでないかぎり,ほとんど 報告がない。Aは日常的なまぶしさが主訴で,読 み書きについては著しい困難さはなかった。本研 究は,このような視覚的な過敏さが主な問題の ASDの子どもについて,遮光眼鏡で支援を行う ことの重要性を示すことができたと考える。 2)自尊感情の変化について QOL調査の結果,Aの自尊感情は遮光眼鏡使 用後に著しく高くなっていた。しかし,このよう な自尊感情の急激な変化は母親や担任のQOL調 査からは確認できなかった。佐野ら(2015)は, 表 3 遮光眼鏡装用前後の QOL の得点 総得点 身体的健康 精神的健康 自尊感情 家族 友達 学校生活 A 装用前 80.2 87.5 93.8 75.0 93.8 75.0 56.3 装用後 82.3 93.8 100.0 100.0 50.0 75.0 75.0 母親 装用前 81.3 100.0 81.3 62.5 87.5 93.8 62.5 装用後 69.8 87.5 81.3 50.0 75.0 68.8 56.3 担任 装用前 70.8 75.0 75.0 75.0 75.0 68.8 56.3 装用後 76.0 87.5 87.5 75.0 75.0 68.8 62.5
発達障害の子どもは自己理解の困難さから自己の 能力や自尊感情を高く評価する傾向があることを 指摘しており,Aにもこの傾向があてはまる可能 性が否定できない。自尊感情の高まりという重要 な効果については,症例数を増やすなどして,さ らに検討が必要であろう。 3)まぶしさの理解と配慮について 遮光眼鏡を装用することで,まぶしいことの苦 痛や不便さがA自身に理解できたことは,遮光 眼鏡の重要な役割であると思われた。阿子島ら (2014)は,読み書き障害のある人が遮光眼鏡を 装用後,自分でもこんなにまぶしかったのかと気 づくことがあることを報告している。Aも遮光眼 鏡を装用するようになって,どのような条件がま ぶしいのか,どうしたらまぶしさを軽減できるの かなど,具体的に捉えることができた。また,自 分が感じるまぶしさの特徴や対処方法を,まわり の人に伝える様子が観察された。遮光眼鏡の装用 は,外見からはわかりづらい困難さについて,本 人も周りも具体的に理解しようとする手がかりと なったことがわかった。 本研究では遮光眼鏡の課題も明らかになった。 今回,母親は遮光眼鏡を装用することによる,い じめやからかいの心配を述べていた。QOL調査 で,母親が「友達」の領域の得点を大きく低下さ せたのも,母親が友達とのやりとりに過度に注目 した結果かもしれない。また,担任は遮光眼鏡の 説明の仕方に気を配ったことがわかった。本研究 でAが遮光眼鏡を装用し続けられた背景に,A, 母親,担任の,周囲の人々に理解を求める働き かけと,Aの中学校の生徒や教員らの受け入れが あったことは特記したい。遮光眼鏡について社会 的理解を進める必要性が痛感された。 Ⅳ まとめ 研究1では,文字の読みにおける遮光眼鏡の即 時的効果を確認できなかった。これは,最近の アイトラッカーを使った実験的研究(Fong et al., 2019)でも示されている。しかし,研究2で,遮 光眼鏡によりまぶしさが軽減し,生活が楽になる
ことが確認できた。Evans & Allen(2016)は視 覚的ストレスへのカラーレンズやカラーフィルム の有効性を検討した論文をレビューし,カラーレ ンズやカラーフィルムはディスレクシアの音韻障 害やワーキングメモリの問題を改善することはな いものの,頭痛,目の疲れなどを軽減することは できると指摘している。文字の読み能力が即時的 に改善されないからといって,カラーレンズやカ ラーフィルムの有効性を見逃すことは避けなけれ ばならない。さらに,このようなカラーレンズやカ ラーフィルムの有効性を見極めるためには,まぶ しさや見えにくさ,取り組み意欲の低下や苦手意 識などを評価したり,これらの困難さをスクリー ニングしたりする検査用紙の開発が必要である。 本研究では,対象者にASDの特性があったこ とが結果に影響を与えた可能性がある。DSM-5 では興味の限局と常同的・反復的行動がASDの 特性として示されている。Aにも会話が自分の関 心事に逸れ易かったり,自分のやり方にこだわっ たりすることがあった。こうした特性が,Aが遮 光眼鏡を装用し続けたことに影響したかもしれ ない。また,ASDによらず生じることであるが, 主観的な読みやすさはプラセボ効果やホーソン効 果であった可能性も否定できない。しかし,担任 はAが無理に遮光眼鏡を見やすいと答えること を心配して返答内容を慎重にAに確認していた。 母親も担任も,インタビュー前の記録用紙でA の行動を細かく観察を行った。筆者らは担任や母 親の丁寧な観察を参考に,Aの行動や心理を解釈 した。Aの理解者の存在は,本研究の解釈にとっ て重要であったと考える。今後,まぶしさの検査 やインタビューで明らかになった変化を捉えるこ とができる質問紙などを用いて複数の症例を検討 し,結果を検証することが急務である。 付 記 本研究は公益財団法人倶進会からの研究助成を得 て実施した。 倫理的配慮 研究1および研究2ともに,岐阜大学教育学研究
科心理発達支援専攻特別支援教育コース研究倫理委 員会の承認を得て実施した。 謝 辞 Aさんとそのご家族,中学校の担任の先生,中学 校の先生方には,本研究に多大なるご理解と協力を いただき感謝申し上げます。また,遮光眼鏡の作成 には岐阜県眼鏡士の宇佐美潤様のご協力を賜りまし た。誠にありがとうございました。 文 献 阿子島茂美,漆澤恭子,岩井雄一他(2014):発達 性読み書き障害の臨床像.十文字学園女子大学人 間生活学部紀要,12,197-207.
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