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日本語母語場面と日中接触場面における女子大学生の「ほめ」に関する対照研究 利用統計を見る

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日本語母語場面と日中接触場面における女子大学生の

「ほめ」に関する対照研究

張   梓 旋1・奥 村 圭 子2 要  旨  「ほめ」という行為は日常生活における人間関係を構築する潤滑油と言われる。しかしながら、多くの 日本語学習者は、「日本語母語話者は言外の意味を含む表現を好み、あまり直接的に他人をほめない」「ほ められたら、それを受け入れず、否定するべきだ」と自国で学ぶのではないだろうか。第一著者もその ように学び、来日した。しかし、日本語母語話者の言語使用を観察すると、他人をほめたり、そして他 人にほめられて素直に受け入れたりする場面に遭遇し、それまで持っていた印象と現実とは大きく異な ると感じ、頭を抱えてしまった。本稿では、日中の接触場面においてのほめの表現とそのほめへの返答 を取り上げ、母語話者同士のほめの表現とそれへの返答との類似点と相違点の考察を行い、日本語学習 者が日本語のほめの表現に対しての困難さを克服できるよう、自然なコミュニケーションを考える一助 としたい。まず、先行研究を踏まえ、本研究の課題を提示し、日中の 20 代女子大学生によるコントロー ルされた自然会話をデータとして、ほめの対象、ほめの表現、ほめのパターンとほめに対する返答につ いて分析結果をまとめ、日本語母語話者と中国人日本語学習者間の類似点と相違点を、それぞれ明らか にする。 キーワード : 日中接触場面、女子大学生、ほめの表現、ほめに対する返答、対照研究 1.はじめに  国際交流基金1)の 2017 年度『日本語教育機関調査』 によれば、中国の日本語学習者数は世界でも最大の規模 を誇る。日本語である程度の意思疎通ができる日本語力 を有していても、最も困難なのは、日本語母語話者と自 然に交流することではないかと思われる。長坂・木田2) は中国における会話授業において日本語学習者は、仕事 や日常での実際のコミュニケーションにすぐに役立つよ うな日本語力を身につけることを目標としており、実用 志向が強いと述べている。しかし、それにもかかわらず、 自然な日本語を身につける教材や教授法が不足している 現状があるとも指摘している。  「ほめ」は日常生活の中で、人間間の潤滑油ともなり 得る、非常に重要な言語表現であるといっても過言では ない。ほめるという言語行為によって、話し手と聞き手 の間の共感や連帯感が生まれ、相手との距離が縮まり、 人間関係の構築が進むのである。では、実際にほめる場 合に、相手に不愉快な思いをさせず自然なコミュニケー ションをとるにはどうすればいいのか、どのようにほめ に対応すべきなのか、相手によっても異なるであろうし、 さらに異なる文化や社会背景を持った日本語母語話者と 交流するときはどうするべきか、第一著者を含む日本語 学習者の誰もが戸惑い、自然な対応の仕方について困難 だと感じている。  本稿では、日中女子大学生の日本語母語場面と日中接 触場面におけるほめの表現の特徴を捉え、類似点と相違 点を明らかにすることによって、日本語学習者が日本語 母語話者と交流する場合、どのようにすればより自然な コミュニケーションとなるかを探る。 2.先行研究  日本語の「ほめ」については、これまでさまざまな角 度から研究が行われている。小玉3)は、ホストとゲスト という会話の参加者の役割で、ほめの談話での位置とい う観点からほめのさまざまな機能を検証した。また、川 口・蒲谷他4)は、「相手・場面・内容・表現方法、表現 意図」から「ほめ」の待遇表現としての基本的な構造を 解明した。一方、大野5)は、日本語談話における目上に 対する「ほめ」と「謙遜」の多角的な分析によって、二 つの言語行動における「働きかけ」と「わきまえ」の実 態と、相互の関連性の一端を明らかにしている。袁6) 中国人日本語学習者の「ほめ」の言語行動が日本語母話 者にどのように受け止められ、評価されるのかを検討し ている。  「ほめ」に関する対照研究も、多く見られる。金7)は、 実際の大学生同士の会話データを使用し、ほめる表現、 ほめられる対象、そのときの反応、ほめの対話の流れを 分析し、日本語と韓国語の「ほめ」における類似点と相 違点を明らかにしている。また、Fujimura-Wilson8) 日米のほめの表現と返答を研究した。その中で、ほめ への返答を、Herbert9)の研究を踏まえ、より細かく分類 した。柏木10)は、自然会話に近い発話を日米のインタ 1 西南交通大学日本語学部所属、2017 年 10 月より 2018 年 9 月まで山梨大学国際交流センターに交換留学生として在籍 2 山梨大学国際交流センター所属

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ビュー番組から収集し、ほめの返答部分を言語行動に加 えて非言語行動も分析の対象として考察している。日中 における対照研究では、袁6)は、IC レコーダーで中国 人日本語学習者と日本語母語話者との間の会話を録音 し、ほめ側はどのような意図でほめるのか、また、相手 はどのように受けとめたのかを検討した。  これまでの 「 ほめ 」 に関する研究には、以下のような 問題点が残されていると考えられる。日中対照研究では 日中両国語による使用の比較が多くであり、日中接触場 面での研究が限られている。また、ほめの表現のみ、ま たは返答のみに限った研究が多く、ほめの表現からその 返答への考察までの先行研究があまりなされていない、 日中の接触場面におけるほめの表現についての対照研究 で、ほめの表現のみならず、そのほめへの返答も考察を 行い、日本語母語話者と中国人日本語学習者とのほめの 表現の類似点と相違点を明らかにするのが本稿の目的で ある。 3.研究方法  本稿では、金7)の研究方法を参考に、金7)が言うとこ ろの「コントロールされた自然会話」の収集を行った。 具体的には、研究者が直接協力者A に会話相手の知り 合いB を連れてきてもらい、ペアで日常生活における 雑談をしてもらう。研究者は事前に直接協力者にのみ、 この研究の意図を紙媒体(資料を参照)で示し、口頭で も説明し、「できるだけ相手をほめてください。」という 指示をした。行われた会話は、同意書で許可を得た上で ビデオカメラとIC レコーダーで記録した。会話は 15 分 ぐらいとした。会話者同士は知り合いまたはそれ以上で ある。詳細を表1に示す。 日本語母語場面 日中接触場面 JJ(日日) JC(日中) CJ(中日) 10 人(5ペア) 10 人(5ペア) 10 人(5ペア) 日本語母語話者 直接協力者の日本語母語話者 (J)とその知り合いの中国人 日本語学習者(C) 直接協力者の中国人日本語学 習者(C)とその知り合いの 日本語母語話者(J) 計:10 人 計:20 人 表1 調査協力者の詳細 以下を調査協力者の要件とした。  1)全員は日本在住の 20 代の女子大学生であること。  2)中 国 人 日 本 語 学 習 者 は 在 日 一 年 以 上、 ま た は JLPT N2 レベル3以上に達していること。  3)日本語母語話者は海外生活の経験がないこと。 男女差が出ることが考えられるため、本稿では協 力者を女性に限定している。  本稿では、金7)に従い、「ほめとは、話し手が聞き手 を心地良くさせることを意図し、聞き手あるいは聞き手 に関わりのある人、物,事に関して『良い』と認めるさ まざまなものに対して、直接あるいは間接的に、肯定的 な価値があると伝える言語行動である」を定義とする。  本稿では、調査協力者のうち、各日本語母語話者をJ 1、J2……J20 と示し、各中国人日本語学習者を C1、 C2……C10 と示す。日本語母語話者同士の会話は JJ、 日本語母語話者が直接協力者の場合はJC、中国人日本 語学習者が直接協力者の場合の会話はCJ と表す。アク セントまたはイントネーションの提示が必要な場合に は、句、または文末に「(↑)」「(↓)」を用いている。 4.結果と分析 4.1 ほめの対象  金7)を参考に、ほめの対象を「外見」「外見の変化」「持 ち物」「能力」「遂行」「姿勢・態度」「関係する人」「所 属集団」に分け、三グループのほめの対象の結果は以下 の図1- 1、2、3のようになった。 3 日本語能力試験N2 レベルとは「日常会話が場面で使われる日本語の理解に加え、より幅広い場面で使われる日本語をある程度理解するこ とができる」レベルである。http://www.jlpt.jp/levelsummary.html を参照のこと。 図1-1 JJのほめの対象

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図1-2 JCのほめの対象 図1-3 CJのほめの対象  図1- 1、2、3から、以下のような結果が導かれた。  JJ の場合は「能力」を対象とする場合が最も多く、次 は「姿勢・態度」、後に「外見」「関係する人」が続く。 JC の場合には、「能力」が最も多く、「外見」が次に続き、 そして「姿勢・態度」「所属集団」をほめるのが特徴的 である。CJ の場合には、多い順に、「能力」「外見」「姿勢・ 態度」である。また、「持ち物」と「外見の変化」もほ めている。 4.2 ほめの表現  ほめの表現というのは、相手をほめるときに使用され た言葉や表現であるが、「かわいい」や「す (っ) ごい」 や「いい」などが、多く使用された。以下の図2- 1、2、 3は3組のほめの表現の結果である。例えば、図2- 1 のJJ のほめの表現の場合、グラフ左より、下記のほめ の表現項目の「す (っ) ごい」「かっこいい」「うまい」「や ばい (くない)」「偉い」、、、の順に、棒で示されている。 図2-1 JJのほめの表現 図2-2 JCのほめの表現 図2-3 CJのほめの表現  図2- 1、2、3から、次のような結果が得られる。  まずは、「すっごい」の使用が日中問わず、圧倒的に 多く使用されていると言える。記すべき特徴として、日 本語母語話者同士では「うらやましい」という表現が多 く表出していること、形容詞を使用する傾向があること が挙げられる。そして日本語母語話者は、相手が日本語 母語話者であると「かわいい」は使用しないが、相手が 中国人日本語学習者の場合は、多く使用している。また、 中国人日本語学習者は、使用する品詞の数が多く、形容 詞のみならず、動詞や名詞も多く使用していることが明 らかとなった。

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4.3 ほめのパターン  金7)は、「ほめ」には三つのパターン、「評価語のみ」 「評価語+情報」と「評価語不使用」があると述べている。 その三つのパターンの分類を本データに用い、具体的な 例を示す。 1)評価語のみ  相手をほめるとき、他の情報など一切言わず、評価語 のみで相手をほめる形であり、最も多く使用されるパ ターンである。 【例】J2:行けるかわからないけど、ちょっと研究職、 いいなあって思っている。 J1:そうか、かっこいい。 J2:(笑)まあ、普通に会社員、大変かもしれな いけど。 2)評価語+情報  相手をほめるとき、評価語以外の他の情報も加える。 情報とは、主に相手に関することや話し手の考えである。 【例】J 16:今日なんかスカート (C6笑)、スカート珍 しくない(↑)。スカートはいている、すごい。 雰囲気ちょっと変わってかわいい。 C6:(笑) 3)評価語不使用  直接相手をほめる代わりに、相手が自分に恩恵をもた らした事実を述べ、評価語を使用せず相手をほめる。 【例】J 19:さっき本当に助かったさ。本当に勉強した。 (↑) C9:教科書を読んできた。  これらに沿ってほめのパターンを分類した分析結果を 以下の表2- 1、2、3に示す。 表2-1 JJのほめのパターン 表2-2 JCのほめのパターン 表2-3 CJのほめのパターン

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 これら、表2- 1、2、3から、以下の結果が得られ る。  まずJJ の場合は、「評価語のみ」を使用する傾向があ る。しかし、「能力」「外見」をほめる場合は、「評価語 +情報」のパターンを使用し、「姿勢・態度」をほめる ときには「評価語のみ」でほめている。他に、いくつか の評価語を組み合わせる場合も多いと言える。JC の場 合には、「評価語+情報」のパターンを使用する傾向が あるが、情報としてほめの根拠や周辺情報や意見などを 加えている。「姿勢・態度」をほめる場合は、「評価語不 使用」のパターンでほめている。また、CJ の場合は、「評 価語のみ」と「評価語+情報」のパターンのいずれも使 用される。それに対して、「評価語不使用」の例が全く ないことが示された。 4.4 ほめへの返答  本稿では、日中の接触場面で使用されるほめの表現の みならず、日本語母語話者と中国人日本語学習者のほめ への返答の分析も行う。Pomerantz11)は、人はほめられ ると、相手のほめを受け入れたい場合と回避したい場合 があり、場面によって返答表現も異なると言っている。 Herbert9)はこの理論に基づき、ほめへの返答を三種類に 分類した。「受け入れ」「受け入れない」と「その他」で ある。また、Fujimura-Wilson8)は、Herbert の分類を更に 細かく分類している。その分類を基に、本稿の日本語母 語話者同士のほめの返答をあてはめ、例を提示したもの が表3である。 分類 例 受け入れ 直接肯定 私もそう思う。 感謝する ありがとう。 情報を提供する ずっと頑張ってるから。 回避 ほめ返し A ちゃん(相手の名前)こそ、かわいい トピックの変更 そういえば、前日… ほめのシフト C さん(第三者の名前)のほうがいい 冗談を言う (話題は就職ヘアである。A は B が社会人っぽくて、 すごいとほめた) 社会人。できる女かい。 笑い 恥ずかしさを表す めっちゃ恥ずかしい 打消し 直接否定 いいえ、そんなことないよ 不利な情報を提供する 私頭がよくないから、頑張らないとダメだから。 疑問を提示する え?本当? 表3 ほめに対する返答分類と返答例 Fujimura-Wilson(2014)の分類を基に  Fujimura-Wilson(2014)の分類方法に従い、分析を 行った。その結果は、表4に示す通りである。  JJ の場合には、ほめに対して、「打消し」で答える例 が最も多く見られる。しかし、「打消し」の中でも一般 的である「直接否定」より、むしろ不利な情報を提供し た上で否定する傾向にある。しかし、「回避」よりほめ を「受け入れ」るほうが僅かに多いのは興味深い。JC の場合には、「受け入れ」が最も少ない一方で、「打消し」 が比較的多く、それはJJ や CJ をやや上回っている。そ して、「打消し」の中でも「直接否定」で相手のほめを 打ち消す傾向がある。CJ では、ほめを「受け入れ」る 例が最も多い。その中には、「感謝する」傾向が高いこ とが明らかとなった。また、ほめを「打消す」例が少な く、「直接否定」や「疑問を提示する」のは1例ずつの みとなった。 分類 JJ JC CJ 受け入れ 直接肯定 0 0 3 感謝する 2 1 9 情報を提供する 3 0 1 回避 ほめ返し 0 2 2 トピックの変更 1 0 0 ほめのシフト 1 0 0 冗談を言う 0 1 2 笑い 2 3 4 恥ずかしさを表す 0 1 1 打消し 直接否定 1 5 1 不利な情報を提供する 6 3 3 疑問を提示する 0 0 1 表4.JJ、JC、CJのほめに対する返答の使用回数

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5.考察  これまでの分析を基に考察を行いたい。 5.1 ほめの対象  Herbert9)は、「ほめ」の対象は、ある社会がどのよう な対象物に肯定的な価値を置いているかを反映している と述べている。本稿で考えれば、日中問わず、「能力」 や「外見」をほめる傾向があるということは、つまり、 日中では、「能力」と「外見」に肯定的な価値を置いて いると考えられる。  三つのグループについて見ていくと、JJ の場合、「姿 勢・態度」へのほめが多く、「能力」と「外見」の次に 「姿勢・態度」が重視されていると思われる。また、相 手に「関係する人」をほめるケースが多く見られた。そ れは直接相手をほめるのを躊躇し、関係する人へのほめ に転移するのではないかと考えられる。JC の場合、相 手の「所属集団」をほめるのが特徴的である。アジア文 化では所属意識が強く、直接相手をほめられない場合、 またはほめにくい場合、相手の所属集団をほめる傾向が ある。そして、日本語母語話者は、中国人日本語学習 者に比べ、より集団主義的な傾向が強いと考えられる。 CJ の場合、「持ち物」をほめる傾向がある。非母語話者 として、見てすぐに評価できるもののほうがより簡単に ほめやすいのではないかと考えられる。また、対話者同 士の関係は知り合いではあるものの、長い付き合いの仲 ではないので、相手の遂行や相手の関わる人などに詳し くない故に、持ち物を対象として差し障りのない、表面 的なほめ方をするのではないかと思われる。 5.2 ほめの表現  ほめの表現については、さまざまな形容詞の中で、日 中を問わず、「すっごい」の使用率が圧倒的に高いこと が明らかとなった。それは、「すっごい」がどのような 場面でも多様に使える形容詞であるからであろう。「すっ ごい」という表現は中国人日本語学習者がドラマや映画 などでよく耳にし、最も使いやすいほめの表現であるか もしれない。また、日本語母語話者は、あくまでも相手 を評価するのではなく、自分がどう感じたかや自分の気 持ちを言う傾向があることが明らかとなった。そして、 「すっごい」「いい」など、定型の表現を好む。それに対 して、非母語話者である中国人日本語学習者は相手を評 価し、表現の幅が広く、そして使用する品詞の種類が多 かった。それは非母語話者である中国人学習者が、日本 語のほめの表現にある定型の表現をまだ意識しておら ず、母語にあるほめの表現を日本語に翻訳して使ってい るからではないかと思われる。  また、日本語母語話者同士の場合、「うらやましい」 という自分の感情が表出する表現を多く使っているこ とがわかった。トーマス・ゴードン12)は評価を行う場 合に用いられるメッセージを「ユー・メッセージ」と 「アイ・メッセージ」に区分した(ゴードン12): 127) 「ユー・メッセージ」は主語が「あなた」で話し手が自 分のことを語らず「あなた」である受け手に焦点を当て る明示的なメッセージであるのに対し、「アイ・メッセー ジ」は相手を明示的にではなく、自分について伝えるこ とを通じて、相手への暗示的な評価をするものである。 一般的なほめの表現は、どちらかというと相手について 言うことが多く、明示的な「ユー・メッセージ」となる が、それが時折相手に不快感を与えることもあると彼は 述べる。一方、自分の気持ちを述べて間接的に相手の良 さを認める内容に対する評価する、例えば「うらやまし い」といった「アイ・メッセージ」の方が、相手に受け 入れられやすく、「自己開示」を示し本音を出した表現 であるため、受け取る側もより嬉しい気持ちに共感する ことになると言う。つまり、彼の理論に沿って行くと、 JJ で多く使用されている、自分の気持ちを語り間接的に ほめる「アイ・メッセージ」の表現は、より自然な、且 つ話し手と聞き手が共感を実現する効果が大きいほめの 表現として、注目すべきものであると言えるのではない だろうか。 5.3 ほめのパターン  「ほめ」には三つのパターン、「評価語のみ」、「評価語 +情報」と「評価語不使用」があり、そのうち、JJ の場 合、「評価語のみ」を用いる傾向がある。それは相手を 詳しく評価することを避けるからではないかと考えられ る。JC の場合には、「評価語+情報」のパターンが多く 使用されているが、日本語母語話者は「評価語の不使用」 のパターンも使用する。  また、JJ と JC を比較すると、ほめる相手によって、 使われたパターンも異なる。CJ の場合、「評価語のみ」 と「評価語+情報」のパターンが多く使用されるが、 「評価語の不使用」は使われていない。「評価語の不使用」 で評価語を使わず、自分の意見や根拠などを説明するの は、非日本語母語話者にとって困難なのではないかと思 われる。  また、ほめのパターンとほめ対象を複合的に見ると、 いくつかの相違点が挙げられる。日本語母語話者が「外 見」「能力」をほめるとき、「評価語+情報」のパターン が多く使用される。そして、「姿勢・態度」と「関係す る人」の場合は「評価語のみ」が多く使用される。それ に対して、中国人日本語学習者が「外見」と「能力」を ほめるとき、「評価語のみ」が多く使用され、「遂行」と 「持ち物」をほめるときに、「評価語+情報」のパターン が多く使用される。 5.4 ほめへの返答  ほめへの返答については、大きく「受け入れ」「回避」 「打消し」の三つに分類し、さらに下位項目を立て分類 を行ったが、JJ の場合には、「打消し」が最も多い。そ

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れは、日本語母語話者が謙遜をしつつ返答する傾向が あるからであると思われる。これは、八代・荒木他13) が述べるように、「日本人の規範意識の中では、「打消 し」を典型的なほめの返答と考えている」(八代・荒木 他13): 62)からであろう。また、その中でも特に「不利 な情報を提供する」が多用されていた。「直接否定」以 上に自分を不利な立場に置く情報を提供するということ

は、Brown & Levinson14)が言うところのネガティブ・ポ

ライトネスのストラテジーを使用してることとなるが、 ほめに対して不遜だと思われないようにほめを否定する

形で、よりFace threatening Act(FTA 相手のフェイスを

脅かす行為)の度合を増やしてまで謙遜し、丁寧さの度 合いを上げていると言える。JC の場合には、「受け入れ」 は最も少ない一方で、「打消し」の中でも「直接否定」 でほめを打ち消す傾向がある。それは、中国人日本語学 習者は第一筆者のように、自国で受けてきた日本語教育 の影響もあり、日本語でほめられた場合には否定するべ きといったほめの表現へのステレオタイプがあるからだ と考えられる。これに関し、日本語学習者には、「直接

否定」以外にも、返答の中でもBrown & Levinson14)

ポジティブ・ポライトネスのストラテジーにさまざまな 表現があることを示し、強く直接的な「直接否定」は使 う必要がないことを提言できるのではないだろうか。  CJ の場合では、受け入れの中でも「感謝する」が最 も多く使用された。つまり、日本語母語話者は中国人日 本語学習者のほめに対しては感謝で答えているのだが、 その一方で、JJ、日本語母語話者同士の会話では、母語 話者に対しては不利な情報を提供してまで打消すという 相反する返答をしている。日本語母語話者は、中国人日 本語学習者のほめに対しては、ポジティブ・ポライトネ スで答えており、母語話者同士のときにはネガティブ・ ポライトネスで答えていると言える。中国人日本語学習 者に対しては、日本的に振る舞うより、グローバルな視 点に立って答えている可能性もある。一方、同じ日本語 母語話者同士では、ほめに対しては打消すべきといった 規範意識が強く働いていると言えよう。 6.まとめ  本稿では、日中女子大学生の日本語母語場面と日中接 触場面において、コントロールされた自然会話を基にほ めの表現の特徴を捉えた。日中のほめの表現の類似点 は、主に二点ある。まず一点目は日本語母語話者も中国 人日本語学習者のいずれもほめの対象として「能力」「外 見」をほめる傾向があり、「能力」「外見」に肯定的な価 値観を置いていると考えられることである。二点目とし て、いずれのグループにもほめの表現として、「すっご い」が多用されていることである。使用用途が多様であ るためであると思われる一方で、非日本語母語話者に とって最も使い易い表現だと考えられる。  相違点もいくつかあげられる。ほめの対象として、日 本語母語話者同士の場合は「関係する人」をほめるが、 それは相手を直接ほめるのを避けたいためではないかと 思われる。日本語母語話者から中国人日本語学習者の場 合には、「所属集団」をほめるが、それは集団主義的な 意識の強さからきているのではないかと思われる。そし て、中国人日本語学習者から日本語母語話者へほめる場 合、「持ち物」をほめることが多いが、それは非母語話 者であることもあり、相手そのものをほめるよりも「持 ち物」なら無難に気軽にほめることができるからではな いかと考えられる。  また、ほめの表現としては、日本語母語話者同士のJJ においての特有の表現は「うらやましい」である。それは、 ゴードン12)が言うところの「アイ・メッセージ」であり、 自分の感情を表し、より自然に、且つ話し手と聞き手に 共感を生むような間接的なほめの表現として注目すべき ものである。そのほか、日本語母語話者は形容詞を定型 的に使用してほめている一方で、中国人日本語学習者は 品詞数が多く、定型にはまらない表現を使用している。  ほめのパターンについては、日本語母語話者同士の場 合には、「評価語のみ」を用いる傾向があり、いくつか の形容詞を組みあわせ使うのに比べ、中国人日本語学習 者が相手のJC の場合では、「評価語+情報」パターン を使用し、ほめの根拠が加えられることが多い。ほめる 相手が日本語母語話者か中国人日本語学習者かによっ て、選択されたパターンが異なっていた。中国人日本語 学習者が日本語母語話者に対してほめるCJ では、「評 価語のみ」と「評価語+情報」のパターンを多く使用す るが、「評価語不使用」を使わない。それは非母語話者 であるため、直接的なほめの方が使い易いのではないか と考えられる。  ほめへの返答については、日本語母語話者と中国人日 本語学習者はいずれも、ほめを打ち消す傾向がある。し かし、相違点がいくつかある。日本語母語話者はほめら れた答えとして、不利な情報を提供して打消すが、一方 中国人日本語学習者は直接的に否定する傾向がある。そ れは、日本語母語話者は直接否定するより、何か理由を 提供して否定する傾向があるのに対し、中国人日本語学 習者は、ほめに対して日本語では直接的に否定すべきと いうステレオタイプがあるためではないかと考えられ る。また、中国人日本語学習者からほめられた日本語母 語話者は、返答として受け入れて感謝をするのだが、同 じ日本人母語話者にほめられた場合には、いくらかは受 け入れるものの、ほめを打消す返答をする場合が多い。 相手によって、返答する表現も大きく異なっている。日 本語母語話者が相手によって異なる返答をしているのも 興味深いが、「直接否定」が日本語母語話者には使用さ れていないことを見ると、日本語教育の見地から自然な コミュニケーションについて考えるならば、日本語学習 者にはいろいろな返答の仕方があることを示し、「直接 否定」の返答は避けた方が無難だと伝えることができる

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のではないだろうか。 7.本研究の問題点と今後への課題  本研究には、今後に向けて改善すべき問題点がいくつ かある。  まず、調査協力者についてである。三グループにそれ ぞれ 10 名、5組ずつのペアで会話を行ってもらったが、 サンプル数が少ないため、分析結果は精度が高いとは言 い難い。また、直接調査協力者A に知り合い B を連れ て来てもらうという手法を取ったが、ペア間の親疎関係 に若干の差があった。日本語母語話者同士は親しい友人 の関係であったが、日中接触場面の協力者とは知り合い 程度の関係であった。これらによって、ほめへの影響が 少なからずあったと思われる。そして、中国人日本語 学習者は全員N2以上に達しており日常会話が順調にで きるレベルであったものの、レベルに差があり、使用で きる語彙や表現にも違いがあった。また、これは調査者 がコントロールできることではないのだが、各調査協力 者の個人の性格にも差があり、ほめの表現が豊富に出て くる協力者もいれば、ほめるのが苦手な協力者もいたた め、ほめの表現の数にも影響をしている。  次に分析についてであるが、ほめの表現で一番多く使 われる「すっごい」は果たしてほめの表現であろうかと いう疑問も残る。「すっごい」は、「そうだね」のような 相槌として使用されていた可能性も否めない。また研究 の手法として、意識的にほめの表現を使用してもらうよ うに直接協力者に依頼をしたため、本当の意味での自然 会話とは言い難い点も問題として残る。文字化も厳密な 手法を用いていなかったのも課題である。  これらの問題点を踏まえて、今後データの調査協力者 を増やすことのみならず、範囲も広げられればと考えて いる。本稿は日中の女子大学生を対象としたが、今後は 女性のみならず、男性も研究対象として、ジェンダー間 の比較研究を行いたい。そして別の年齢層群と大学生群 の差も考察できればと考えている。  また、本研究では、ビデオ録画を行ったため、録画さ れた対話者の表情や動作などの非言語的なコミュニケー ションの分析も今後、是非行いたい。 謝辞: 本稿の研究には、多くの山梨大学の学生の皆さ んにご協力を頂いた。ここに感謝の意を表する。 参考文献 1) 国際交流基金 https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/survey/area/ country/2017/index.html.2019年6月25日アクセス. 2) 長坂水晶・木田真理「中国の大学の日本語授業にお ける会話指導に関する調査―中・上級レベルを対象 とした教室活動の実態と教師の意識―」『日本語教 育紀要第7号』. 国際交流基金. 2011. p.43-57. 3) 小玉安恵「対談インタビューにおけるほめの機 能 (1)- 会話者の役割とほめの談話における位置という 観点から -」『日本語学』.明治書院 1996. p.59-67. 4) 川口義一・蒲谷宏・坂本恵「待遇表現としてのほ め」『日本語学』明治書院. 1996. 15-5, p.513-522. 5) 大野敬代『日本語談話における「働きかけ」と「わ きまえ」―目上に対する「ほめ」と「謙遜」の分析 を中心に―』. 早稲田大学大学院教育学研究科博士論 文. 2010. 6) 袁帥「日中接触場面における『ほめ』-中国人日本 語学習者の『ほめ』の言語行動と言語問題を中心 にー」『外来性に関わる通時性と共時性 接触場面 の言語管理研究』2012. vol.10, p.107-122. 7) 金 庚芬『日本語と韓国語の「ほめ」に関する対照 研究』. ひつじ書房. 2012.

8)Fujimura-Wilson、K. ”A Cross-Cultural Study of Compl-iments and Compliment Responses in Conversation”『英 語と英米文学』. 2014. 49, p.19-36.

9)Herbert, R.K. “The Ethnography of English Compliments and Compliment Responses” Contrastive Pragmatics. Edited by Oleksy, W. 1989. p.3-36.

10) 柏木厚子「インタビュー番組におけるほめの返答

の日米比較―非言語データも含めた発話分析―」

『学苑 総合教育センター・国際学科特集』.2017.

919,p.1-14.

11)Pomerantz, A.“A Compliment Responses, Notes on The Co-Operation of Multiple Constraints” Studies in The Organization of Conversational Interaction. 1978. p79-112. 12) トーマス・ゴードン ( 奥沢良雄・市川千秋・近藤 千恵訳 )『教師学:効果的な教師―生徒の確立』小 学館.1985. 13) 八代京子・荒木晶子・山本志都・コミサロフ喜美 『異文化間コミュニケーション・ワークブック』. 三 修社. 2001.

14)Brown, P. & Levinson, S. Pliteness: Some Universal in Language Usage. Cambridge: Cambridge University Press.1987.

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その結果、 「ことばの力」の付く場とは、実は外(日本語教室外)の世界なのではないだろ

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 日本語教育現場における音声教育が困難な原因は、いつ、何を、どのように指

 さて,日本語として定着しつつある「ポスト真実」の原語は,英語の 'post- truth' である。この語が英語で市民権を得ることになったのは,2016年

このように,先行研究において日・中両母語話