高等学校
地理歴史学習指導案
広島県立湯来南高等学校
中本和彦
地理B
1
科目名
2学年または3学年
2
対象学年
民族問題
−ベルギー,北アイルランドを事例にして−
3
単元名
4
単元設定の理由
民族問題は,世界のさまざまな地域が抱えている現代の諸課題の一つであり,各地で紛争を引き
起こしている。この民族問題について,地域を越えた類似性や共通性,および,地域的な異質性や
特殊性について考察させる。
なお,この単元は,新学習指導要領の「 3)現代世界の諸課題の地理的考察 ク民族,領土問
(
題の地域性」の「人種・民族と国家との関係」に該当する。
5
単元の目標
民族紛争の発生を説明する理論(
相対的剥奪論←リンクして!!
)を批判・吟味しながら探求す
る。具体的には,ベルギーの民族紛争を事例に民族紛争の発生を説明する相対的剥奪論を形成・検
証し,北アイルランドの民族紛争を事例に応用・検証し,さらには他の地域にみられる民族紛争に
も応用・検証を行い,ヨーロッパの民族紛争との比較を行う。
<到達目標> ◎概念的知識 ある民族(X)の,経済的な不遇・地域的危機意識・歴史的蓄積が,他の民族(Y)との比 較によって相対的不満(相対的剥奪)となり,民族運動・民族紛争を引き起こしている。 (【相対的剥奪論】) <民族紛争の構造> ・経済的不遇 相対的不満 = ・地域的危機意識 → 比較の対象 → ・歴史的蓄積 運動・紛争 (X) (Y) ○説明的知識 ベルギーでは,フランデレンとワロン双方の経済的停滞・地域的危機意識・歴史的蓄積が, それぞれを比較の対象とすることによって双方の相対的不満となり,互いが民族運動を引き起 こし,民族紛争となっている。 北アイルランドでは,カトリック系住民(アイルランド人)の経済的不遇・地域的危機意識 ・歴史的蓄積が,プロテスタント系住民(イギリスからの移民)との比較によって相対的不満 となり,民族紛争となっている。(全4時間)
6
単元の指導計画
【1】ベルギーの民族紛争―相対的剥奪論の形成・検証―
2時間
【2】北アイルランドの民族紛争―相対的剥奪論の応用・検証―
2時間
(授業指導案)
7
学習指導の展開
【1】第1・2限
発 問 教 授 学 習 活 動・ 資 料 生徒から引き出したい知識 ・これらの歌や紙幣,歴史の本 T : 資 料 を 提 示 ベートーベン作曲「歓喜 ・EUの歌。EUのお金。ヨーロッ は,どこの国や地域のもので し,発問する の歌 ,ユーロ紙幣,」 パ共通教科書。 『 』 しょう? P:答える ヨーロッパの歴史 ・VTR(約2分半 ,新聞記事 ・北アイルランドやバスクでは,激導
) T : 資 料 を 提 示 NHKクローズアップ現代 流『 からどんなことが分かるでし し,発問する 血 の 歴 史 は 変 わ る か しい民族紛争が続き,分離独立を ょう? P:答える ―北アイルランド和平の行 めざしたテロ事件などが起こって いる。 方―』,「マドリードで連 続爆弾テロ (中国新聞」 2000.1.22) T : 学 習 課 題 を入
・なぜ,ヨーロッパは統合しよ 提示する うとしているにもかかわらず, 各地で民族紛争が起こってい るのでしょう? ・EU統合の中心的役割となっ T : 資 料 を 提 示 「ベルギー『連邦制王 ・ベルギーの民族紛争は,オランダ ているにもかかわらず,民族 し,説明する 国』へ一歩 (朝日新」 語圏(フラマン)とフランス語圏 紛争がみられるベルギーを事 聞1993.2.8) (ワロン)の対立である。それが 例に考えてみましょう。 もとで,1993.7,独自の政府をも った地域の連邦制になっている。 ◎なぜ,ベルギーでは民族紛争 T : 発 問 し , 資 ベルギーの独立,フランデ <ベルギー独立当時の状況> 料を提示する レンとワロン,独立当時の ・フランデレン側:オランダ語系, が起こっているのでしょう? P:答える 状況(梶田孝道著『エ 敬虔なカトリック教徒,貧しい農 スニシティと社会変動』有 業地帯 信堂,1988) ・ワロン側:フランス語系,カトリ ック的性格弱い,石炭資源に恵ま れた先進産業地帯,フランスの影展
響が強い ・言語の違い,農業と工業先進地帯 との違いから,民族紛争が起こっ ている。開
○なぜ,フランデレンは,民族 T : 発 問 し , 資 1840∼1900年のフランデ ○フランデレンは,貧しい農村地域 紛争(運動)を起こしたので 料を提示する レン,2度の戦争とフラン で,オランダ語系民族で言語的に しょう? P:答える デレン(梶田孝道著『エ 不利な条件にあり,2度の戦争に よっても虐げられてきた歴史を持1
スニシティと社会変動』有 ち,それが南部のワロンと比較し 信堂,1988) て相対的不満をもたらし,民族紛争を起こした。 ○フランデレンの ・経済的な貧しさ(格差) ・地域的危機意識 比較の対象 相対的不満 = (言語の衰退) (ワロン) ・歴史的不満の蓄積 運動・紛争 ○なぜ,ワロン側も,民族紛争 T : 発 問 し , 資 1 9 6 0 年 代 頃 の ワ ロ ン 地 ○ワロンでは,戦後のエネルギー革 (運動)を起こしたのでしょ 料を提示する 方 , 地 域 別 人 口 増 加 命によって,経済的停滞によりフ う? P:答える 率&地域別人口推移, ランデレンと逆転現象を起こし, 人口の減少が政治的な発言力の低
展
戦後のフランデレン (梶 下の不安をもたらした。そしてこ 田孝道著『エスニシティと れまでの長い歴史が逆にフランデ 社会変動』有信堂,19 レンとの立場の逆転に対する相対開
88) 的不満を増大させ,民族運動を起 こした。 ○ワロンのⅡ
・経済的停滞(逆転) ・地域的危機意識 比較の対象 相対的不満 = (人口の減少→政治的不利) (フランデレン) ・歴史的蓄積による不満 運動・紛争 の増大 ◎なぜ,ベルギーでは民族紛争 T:発問する ◎ベルギーの民族紛争は,経済的停 が起こっているのでしょう? P:答える 滞,地域的危機意識,歴史的蓄積 のあるところに,双方がそれぞれ 比較の対象となり,相対的不満を もたらし,互いが民族運動を起こ終
し,紛争を引き起こしている。 ◎ベルギーの事例から,民族紛 T:発問する <民族紛争の構造> P:答える ・経済的不遇 相対的不満結
争はどのように発生するとい = えそうですか? ・地域的危機意識 比較の対象 ・歴史的蓄積 運動・紛争 (X) (Y) 【相対的剥奪論】【2】第3・4限
発 問 教 授 学 習 活 動・ 資 料 生徒から引き出したい知識 T : 学 習 課 題 を ・ベルギーでみたような民族紛 提示する導
争の構造が,激しい民族紛争が起こっている他の地域でも いえるのでしょうか?
入
北アイルランドを事例にみて みましょう。 ○なぜ,北アイルランドでは, T : 発 問 し , 資 北アイルランド問題(西島 ・経済的な要因…プロテスタントよ 民族紛争が,起こっているの 料を提示する 建 男 著 『 民 族 問 題 と り低賃金の職種が多い。失業率も でしょう?ベルギーの時に考 P:答える は何か 朝日新聞社』 , 高い。 えた視点で検証してみましょ ・地域的危機意識…独立から取り残展
1992 ,カトリック,プロテスタ) う。 ン ト の 職 業 ( 宮 島 喬 編 される。 (経済的な要因は? ・歴史的蓄積…植民地にされてから開
『現代ヨーロッパ社会論 地域的危機意識は? ― 統 合 の な か の 変 容 続く。 歴史的蓄積は? ・比較する相手→プロテスタント系Ⅰ
と葛藤』人文書院,1 そして比較する相手は?) 998 ,カトリックの失業率) 住民=イギリスから移住してきた 人=優遇されている。 (松尾太郎著『アイルラン (カトリック=アイルランド人= ド民族のロマンと反逆』 排除されている ) 論創社,1994) 。 ・なぜ,このような両者の関係 T:発問する ・ さまざま…)( P:推測する が,植民地時代から今日まで 続いているのでしょう? ( ) ・童話『ジャックと豆の木』を P:資料を読む 「ジャックと豆の木」(長 ・ジャックと豆の木のあらすじ 略 島 伸 一 著 『 大 英 帝 国 読ませる。 ・みなさんは,乳の出なくなっ ・ひどい少年だ。展
T:発問する ― 最 盛 期 の イ ギ リ ス P:答える 社会史―』講談社,1 た牛を人に売りに行き,奥さ 989) んをだまして金貨や雌鳥,ハ ープまで盗み,おまけに追い かけてきた鬼を殺すジャック の行為をどう思いますか? ・なぜ,私たちは,このような ・ 人 喰 い 鬼 」 と い う 言 葉 の も つ 凶開
T:発問する 「 ジャックの行動に気づくこと P:答える 暴性で,ジャックの性格が薄めら なく,わくわくしながらこの れ,逆にジャックの行為が正当化 童話を楽しめたのでしょう? されているから。 ・なぜ,ジャックがイングラン T:発問する ・ジャックは,植民地政策を行って ド人と表現されているのでし P:答える いるイングランドを表している。 ょう?なぜ,ジャックはハー ハープは植民地のアイルランドをⅡ
プを盗むのでしょう?なぜ, 象徴するものである。そして,ア 雲の上の住民は人喰い鬼とい イルランド人を「人喰い鬼」とい う設定なのでしょう? う表現で象徴化させ,イングラン ドのアイルランド植民地政策を, 正当化しようとしている。 ・このジャックと豆の木はいつ T : 発 問 し , 資 「ジャックと豆の木」(長 ・19世紀末。 料を提示する 島 伸 一 著 『 大 英 帝 国 出版されたものでしょう? P:答える ― 最 盛 期 の イ ギ リ ス・この童話は何年間,語られて T:発問する 社会史―』講談社,1 ・100年以上語られてきた。 P:答える 989) きたものといえるでしょう? ・これらのことから,両者の関 T:発問する ・両者の関係が,物語の中にまで巧 係の歴史的蓄積について,ど P:答える みに取り入れられ,長い間語られ のようなことがいえるでしょ 続け,歴史的に蓄積されてきた。 う? T:発問する ○北アイルランドの ○なぜ,北アイルランドでは, P:答える ・経済的不遇 民族紛争が起こっているので (職業差別による失業大) 比較の対象 相対的不満
終
しょう? = ・地域的危機意識 (プロテスタント, (独立から取り残される) イングランド) 運動・紛争 ・歴史的蓄積結
(植民地時代 【 】 からつづく蓄積) 相対的剥奪論 T:発問する調
◎ベルギーや北アイルランドで みてきた民族紛争の構造が, (各自またはグループで調査・検証査
P : 調 べ , 検 証 ヨーロッパ以外の地域でも応 ・発表を行う )研
し,発表する 。 用可能でしょうか?他の地域究
について調べ,検証してみま活
しょう。動
8
評価問題例
次の文は,スペインのバスク地方で起こっている民族紛争について述べられた文である。文中の
下線部は 「民族紛争の構造」の何に該当するものといえるか,答えなさい。
,
こうしたテロリズムによる民族主義は,79年のバスク自治州成立後も完全独立・分離を求めて続 いている。だが,こうしたテロは逆にバスク民族主義の根幹をなすバスク語の弱体化への不安から くるものかもしれない。全バスク住民の20パーセント弱が住む大都市ビルバオでは9パーセントし かバスク語をじゃべらない。 (西島建男著『民族問題とは何か』朝日選書,1992,p.102より)答え
地域的危機意識
◎出題のねらい
・学習した「民族紛争の構造」を他の地域の紛争にも応用できるか。
・学習した「民族紛争の構造」を使って,資料を解釈できるか。
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おもな参考文献
<社会科教育関係> ①岩田一彦編著『小学校 社会科の授業設計 ,東京書籍,1991』 ②岩田一彦編著『新中学校社会科 授業方略(ストラテジー)の理論と実践―地理編― ,清水書院,1992』③中本和彦「地歴科地理・単元『ヨーロッパ』の教育内容開発―理論を中核にした地誌学習―」,『社会科研究』第 53号,2000,pp.11-22 ④森分孝治著『社会科授業構成の理論と方法 ,明示図書,1978』 ⑤森分孝治著『現代社会科授業理論 ,明示図書,1984』 <教育内容開発関係> ①堀越智著『北アイルランド紛争の歴史 ,論創社,1996』 ②梶田孝道著『エスニシティと社会変動 ,有信堂,1988』 ③梶田孝道編『国際社会学〔第2版〕―国家を越える現象をどうとらえるか― ,名古屋大学出版会,1996(第1』 版1992) ④梶田孝道著『新しい民族問題―EC統合とエスニシティ― ,中央公論社,1993』 ⑤梶田孝道著『統合と分裂のヨーロッパ―EC・国家・民族― ,岩波新書,1993』 ⑥樺山紘一・長尾龍一編『ヨーロッパのアイデンティティ ,新世社,1993』 ⑦シェイマス・マコール著,小野修編『アイルランド史入門 ,1996』 ⑧津田由美子「ベルギーのエスニック紛争と連邦制―1993年の連邦制への移行に関する一考察― ,日本政治学会」 編『年報政治学―ナショナリズムの現在―』1994,pp.41-60 ⑨長島伸一著『大英帝国―最盛期のイギリス社会史― ,講談社現代新書,1989』 ⑩松尾太郎著『アイルランド民族のロマンと反逆 ,論創社,1994』 ⑪見田宗介・栗原彬・田中義久編『社会学事典 ,弘文堂,1994』 ⑫宮島喬・梶田孝道・伊藤るり著『先進社会のジレンマ ,有斐閣,1985』 ⑬宮島喬・梶田孝道編『現代ヨーロッパ地域と国家 ,有信堂,1988』 ⑭宮島喬・梶田孝道編『統合と分化のなかのヨーロッパ ,有信堂,1991』 ⑮宮島喬著『ひとつのヨーロッパいくつものヨーロッパ―周辺の視点から ,東京大学出版会,1992』 ⑯宮島喬著『ヨーロッパ社会の試練―統合のなかの民族・地域問題― ,東京大学出版会,1997』 ⑰宮島喬編『現代ヨーロッパ社会論―統合のなかの変容と葛藤 ,人文書院,1998,pp.198-216』 ⑱R・K・マートン著(森東吾・森好夫他訳 『社会理論と社会構造 ,みすず書房,1961) 』
なお,この指導案は,中本和彦「地歴科歴史・単元「ヨーロッパ」の教育内容開発−理論を中核に
した地誌学習− (全国社会科教育学会『社会科研究』第53号,pp.11-22)をもとにしている。
」
相対的剥奪論について一般的には,次のように説明されている。
「人々の抱く不満は,社会的境遇の絶対的な低さに起因するのではなく,希求水準(aspiration level)と達成水準 (achievement level)の相対的な格差(相対的剥奪)から生じるものだとする理論。もともと準拠集団論の一部であり, 比較準拠集団が希求水準を規定するものとされた。社会運動論の分野では,運動発生や運動参加の説明要因として相 対的剥奪を強調する理論的立場をいう 」(。 見田宗介・栗原彬・田中義久編『社会学事典 ,弘文堂,』 1994,p.562)この理論を使ってヨーロッパ社会を説明する梶田孝道氏は 「相対的剥奪」について,次のよう
,
に説明している。
「 相対的剥奪』という概念は,社会運動や抗議行動の発生を説明するにあたって,人々の『不満』のもつ役割を強『 調する。社会運動は,人々の現実の充足水準と期待水準との比較から生じる不満,すなわち相対的剥奪に起因する, 梶田孝道著『統合と分裂のヨーロッパ―EC・国家・民族― ,岩波新書, というのがその基本的な考え方である 」(。 』 , ) 1993 p.221そして,具体的にこの理論を適用して,ベルギーの紛争について次のように述べている。
「フランデレン人は,人口的に,また経済的に優位に立っているとはいえ,依然として抑圧されていると感じてお り,とりわけ文化的・心理的な面での被抑圧感が強く,その意味で 『抑圧されたマジョリティ』である。かれらは,, 伝統的にフランス語系に対して劣等感をもちつづけており,それゆえ『敗者の条件反射』(“the reflex of underdogs”)。 , , , ,
として言語問題に対応してきている これに対してワロン人は 戦後 人口上で また経済上でマイノリティとなり その意味で『抑圧されたマイノリティ』である。しかし,かれらはかつては優位にたっており,文化的・社会的優越 感を依然として保持しつづけている。一方では誇るべき過去を想いおこしつつ,現在および未来をこうした過去と比 較するのである。このためかれらは 『勝者ないし旧勝者の条件反射』(, the reflex of “overdogs”or former overdogs) によって行動しがちである。ワロン人の場合,このように過去の栄光をしばしば比較の対象とするために『相対的剥 奪感 が』 (relativedeprivation)がとりわけ強くなりやすい。」(梶田孝道著 エスニシティと社会変動『 』,有信堂,1988,p.275)