1. はじめに
インターネットの普及と深刻な経済不況は, アメリカの既存ニュースメディアを大きく揺さ ぶっている。特に,人員が少なく財政基盤が 弱い地方の新聞やテレビ局,ラジオ局は大きな 影響を受け,紙面・番組の縮小やスタッフの削 減,場合によっては発行や放送の停止を余儀な くされるケースも出てきている。 メディアなどに関する調査・研究を行う非営 利組 織, ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)の「良質なジャーナリズムの ためのプロジェクト(Project for Excellence in Journalism = PEJ)」がまとめた『ニュースメ ディアの現状(The State of the News Media 2009)』によると,2008 年は,新聞,ネットワー クテレビ,ローカルテレビ,ラジオ,週刊誌な どのメディアの利用者数と収益が,軒並み悪化 した。わずかにケーブルテレビで,大統領選挙 に関する討論番組が盛んだったことなどから収 入や利用者が増加したが,その後は減少に転 じている。PEJでは,この傾向は2009 年も続 くと予想している1)。 先行きの暗い話が目立つアメリカのニュースメ ディアの状況だが,そうした中でも光明を見出そ うと,新たな活動をしているところがある。その ひとつが,アメリカの公共ラジオ放送,NPR (National Public Radio)である。NPRでは 2008 年秋の週間聴取者数が対前年比6%増の 3,270万人と,ほかの多くのメディアで利用者が 減少する中でリスナーの数を増やしている2)。 理由のひとつに,経済不況や大統領選挙など の重大ニュースが続く中で,多くのアメリカ国民 が確実な情報を求めて,正確でバランスのとれ た報道に定評のあるNPRにダイヤルをあわせた ことがあげられる。 そうした中,NPRは今年7月,ウェブサイト 「NPR.org」を一新した。これまでの様々な番 組やリポートのオンデマンドに加えて,豊富なテ キスト(放送ニュース原稿)の提供,速報ニュー スや解説記事の充実,ポッドキャスティングの 拡張など,デジタル技術を生かした多様なサー ビスを追加した。ネットの普及で従来からのメ ディアが苦戦する中,NPRはこれまで培ってき た「良質なコンテンツ」を「多様な伝送路(プラッ トフォーム)」で展開することで,デジタル時代 に生き残りを図っている。テレビに比べて機材 がシンプルなラジオは,コンテンツのデジタル 化に対応しやすいというメリットも追い風になっ ている。ラジオ局の枠を超えて
~米 NPR(公共ラジオ)マルチ展開の取り組み~
メディア研究部(海外メディア)柴田 厚
国共通の番組をクリアーな音質で提供する衛星 ラジオSirius-XMに有料契約して全米を移動し ながら聞いたり,電波の届きにくいオフィス内で 働く人はインターネット上でラジオに耳をかたむ けたり,さらには,時間のない人は自分の気に 入った番組をダウンロードしておいて,好きな時 間にポッドキャスティングで聞くなど,ラジオの 聞き方は多様化している。前述のPEJの『The State of the News Media 2009』は,最近の この傾向を「The move is toward listening to what you want, when you want it.(聞きたい ものを,聞きたい時に)」と記述している。 3つめに,多様な番組フォーマットがあげら れる。アメリカには1万4,000以上の放送局が あるが,ジャンル別ではニュース・情報番組, リスナー参加型トークショー,音楽番組,ス ポーツ,ヒスパニック系を中心とするエスニック ラジオ,宗教など多岐にわたる。音楽ひとつを とってみても,カントリー,ロック,クラシック, ポップスなど,それぞれの局が得意な分野を持 ち,そうした曲を一日中流すのが通例である。 4つめに,合衆国憲法修正第一条で言論の 自由を謳うアメリカのラジオに特徴的な番組と して,パーソナリティーの強烈な個性と主張で 番組を引っ張るトーク番組(Talk Radio)の存 在がある。そうした番組ホストの代表的な一人 に,ラッシュ・リンボー(Rush Limbaugh)と いう人物がいる。現在58 歳の彼は,保守系コ メンテーターとして,自分の番組や著書,ある いは共和党の会合などで,リベラル陣営やオバ マ大統領,クリントン元大統領などを痛烈に批 判してきた。過激な物言いがしばしば物議を醸 すが,その影響力は大きく,保守派の熱心なリ スナーの支持を集めて,アメリカで最も聞かれ るラジオ番組となっている。 その一方で,NPRの急速なデジタルサービ スの拡大に対して,全米に860 余りあるNPR のメンバー局は脅威を感じている。NPRの急速 なネット展開が,地方の公共ラジオ局を飛び越 えてリスナーに直接コンテンツを届ける“バイパ ス問題”を引き起こすからである。 この報告では,不況とインターネットの影響 で既存メディアが委縮する中,“攻め”の姿勢で 存在感を増すNPRと,そのマルチ展開の取り 組みを検証し,デジタル時代の公共放送・ラジ オ放送の在り方について考える。
2. アメリカのラジオの状況
まず,アメリカにおけるラジオ放送の現状に ついて見てみたい。いくつかの特徴があるが, 第1にあげられるのは,聴取者のすそ野の広さ である。メディアが多様化する中で,ラジオの 存在感は小さくなっていると見られがちだが, アメリカの調査会社 Arbitronの報告書『Radio Today 2009 Edition』によると,12 歳以上の 国民の90%が,一週間に一度以上ラジオを聞 いているとしている。これは,テレビや雑誌, 新聞,インターネットよりも高い数字である3)。 アメリカでは10 代から60 代までまんべんなくラ ジオを聞いており,世代間の格差が少ない。 2 つめの特徴として,配信形態の多様化があ る。従来の地上波 AM/FMラジオだけでなく, 現在では,全国どこでも受信できる衛星ラジオ, 高音質でマルチチャンネルを可能にしたHDラ ジオ,パソコン経由で聞くインターネットラジオ, ポッドキャスティングなど,様々なプラットフォー ムが用意されている。多くの人は従来のように AM/FMラジオを家や車の中で聞くが,それ以 外にも,例えば,長距離トラックの運転手が全こうした,“トークラジオ的なるもの”の対極 にあるのが,公共ラジオNPRの存在だといえ る。リンボーをはじめとするトークラジオの番 組ホストは,激しい口調で対象を批判したり声 高に自分の主張を展開したりして,理屈と同時 に感情にも強く訴える。番組は熱心なファンを 集めるが,強い嫌悪感を示す人たちも多い。一 方,NPRのニュース番組は,全体に穏やかな トーンで進行し,わかりやすく,意見が割れる 問題では公平性を保とうという姿勢がうかがわ れる。こうした点について「内容がつまらない, 聞いていて眠くなる」などと批判する人もいる。 しかし,NPRの報道に対しては概ね評価が高 く,公共テレビのPBSと並んで「信頼できる」 メディアと考えるアメリカ国民は多い。
3. NPR
それでは,NPRとはどんな組織なのであろう か。「アメリカの公共放送」は,日本のNHKや イギリスのBBCとは大きく性格を異にする。そ の成り立ちや組織形態,財源などから特徴を見 てみたい。3-1.成立過程
元々アメリカでは,1920 年代から全米各地 の大学や地域コミュニティが運営する非商業 教育ラジオ(公共ラジオの前身)がそれぞれの 地域向けに小規模な放送を個別に行ってい て,やがてテレビ放送も始まった。一方で, NBC,CBSなどの商業放送は全国の地方局 のネットワーク化を進め,潤沢なコマーシャル 収入に支えられたラジオ放送,テレビ放送を 強力に展開していった。こうした動きに対して 米政府は,教育目的で各地で別々に放送を 行っていた公共放送局を組織面,財政面から 支援するため,1967年に公共放送法(Public Broadcasting Act of 1967)を制定した。こ の法律に基づいて1969 年には非商業テレビ局 の 連 合 体 として PBS(Public Broadcasting Service)が作られ,そして翌 1970 年にラジオ のNPR が設立されたのである4)。3-2.組織
一口に「公共ラジオNPR」と言うが,NPR というラジオ局はない。アメリカの公共ラジオ は,ワシントンD.C.に本部があるNPRと,全 米 860局余り(2009 年9月現在)の公共ラジオ 局(メンバー局)の連合体という形をとってい る。成立の経緯からもわかるように,早くから 放送を行っていた各州のメンバー局は自主自立 の意識が強い。NHKやBBCのように中央集 権的な組織形態ではなく,「脱中心的・分権的」 でゆるやかなネットワークであることが,アメリ カの公共放送の特徴といえる。 そうした中でNPRの機能は,一言でいえば 「ニュース取材と番組制作,並びにその配信」で あり,自分たちでは放送局免許を持たない。現 在,NPRは週に130 時間以上のニュースや番組 を制作し,全国のメンバー局に配信している。各 NPR 本部放送局では,それに独自制作の番組やニュース を組み合わせて,地域向けの放送を編成する。 テレビのPBS が自分たちでは番組制作は行 わず,主にメンバー局が作った番組の調達と配 信に役割が特化されているのに対して,ラジ オのNPRは独自に取材や制作を行うという点 が大きな違いである。 NPRの職員数は約800人で,PBSの倍近い。 ニュース取材の中でも,特に海外取材に力を入 れており,最近ではニュースバリューの高いパキ スタンに新たに支局を開設した。現在,イラン やアフガニスタン,イラク,中国,ジンバブエな ど世界の18カ国に特派員を配置しており,これ はテレビの4大ネットワークを上回る規模である。 NPRの平均的なリスナー像は,関係者の話 を総合すると,「白人」の「50 代」「男性」で「教 育程度が高く」,「リベラル」な考えを持ち,「収 入も比較的高い」人たちとなる。この点につい ては,NPRも聴取者の幅を広げることが長年 の課題であることを認めている。
3-3.財源
次に,財源について見てみる。NHKやBBC は視聴者からの受信(許可)料でまかなわれ ているのに対して,NPRはメンバー局から支 払われる番組使用料と,アンダーライティング (under-writing)と呼ばれる企業からの協賛 金,さらに市民からの寄付が中心になってい る。2008 年度(2007年10月~ 08 年9月)で見 ると,NPRの総収入は約1億6,200万ドル(約 146 億円)で,番組使用料収入が 6,530万ドル (40%),アンダーライティングや寄付が 6,250万 ドル(38%)となっている。一方,各地のメン バー局の収入は平均すると,およそ3 割が一般 からの寄付,2 割がアンダーライティング,政府 交付金と財団からの寄付,自治体の補助がそ れぞれ1割ずつ,などとなっている。アンダーラ イティングの場合,番組の冒頭などで協賛企業 や財団の名前が告知されるが,商品名を出した り,購買を促したりすることはできない。 経済情勢の悪化に伴い,NPRでも企業から の協賛金が減り,その結果去年と今年の2度 にわたって,人員削減を行った。特に去年末に は,全職員の7%にあたる64人が解雇され,こ の中にはベテランの記者やディレクターも数多く 含まれていた。一方で,デジタル部門の要員を 新たに増やすなどの措置がとられている。3-4.番組
続いて,番組面について見てみる。NPRが得 意とするのは,主に「ニュース」「音楽」「芸術・ 生活」の3つの分野である。スポーツ中継など は行わない。代表的な番組として,「MorningEdition」( 朝 の ニュース番 組 ),「All Things
Considered」(午後のニュース番組),「Talk of
the Nation」(聴取者参加のトーク番組),「All
Songs Considered」(音 楽 番 組),「Car Talk」 (エンターテインメント)などがある。Morning
EditionとAll Things Consideredは, ア メ リ カでよく聞かれる番組の上位5 位に常に入る人 気番組である。その他,規模の大きなメンバー 局が制作した番組が NPRを通して全国配信さ
れるケースもある。代表的な例としては,「The
Diane Rehm Show」(ワシントンD.C.のWAMU
制作,時事問題トークショー),「Latino USA」
(テキサスKUT,ヒスパニック系向け放送),「On
the Media」(ニューヨークWNYC,メディア問
題),「The Business」(ロサンゼルスKCRW,映
画産業関連)などがある。また,イギリスBBC の番組も放送されている。
4. All Things Considered
このうちNPRを代表するニュース番組「All Things Considered」を通して,NPRの企業風 土や番組作りの特徴などについて見ていきたい。All Things Considered(以下,ATCと表記) は,朝のMorning Edition(以下,ME)と並ぶ NPRの看板ニュース番組で,NPR 創設の翌年, 1971年に始まり,今年 38 年目を迎えた長寿番 組である。2 時間の番組で,アメリカ東部時間 午 後4 時 に合 わ せ て 配 信され る。 内 容 は, ニュース,解説,インタビュー,録音構成の特 集もの,エッセーなどからなる。取り上げる対 象は,政治・経済・社会・文化・科学・海外・ スポーツ・エンターテインメントと幅広く,特に 海外報道はNPRの“売り”のひとつで,番組 全体の中で占める海外ニュースの割合はアメリ カの他のメディアを圧倒している5)。 ATCやMEの特徴として,速報ニュースより も,重要なニュースの解説や分析により力を入 れているという点がある。必ずしも最新ニュース を常にトップで手厚く扱うというわけではない。 その理由のひとつに「配信と放送のタイムラグ」 がある。ATCでは,2 時間の番組の正時(00 分) と30 分 のところに 計4回,5 分 程 度 の 最 新 ニュースを伝える枠を確保してあり,ここで番 組アンカーとは別のアナウンサーが生でニュース を伝える(各メンバー局の放送ではローカル ニュースを入れる)。国土が広大なアメリカには 東から西まで4つの時間帯があり,NPRからの 配信を受けた各メンバー局は,すぐに放送する 局もあるが,配信から数時間後に放送する局も ある6)。このため,リアルタイムで重大ニュース が進行中などの場合を除いて,通常は「時間差」 で放送を聞いても違和感を感じないような番組 作りが行われている(NPRからの配信は一度だ けではなく,内容を差し替えながら何度か行わ れる)。ATCの作りは,のちに述べるネット上 のストリーミング配信も含めて,繰り返しの使用 に耐えられるように配慮されているのである。 この点は,「ラジオは生放送が基本(特にニュー ス番組の場合)」とされている日本のラジオ放送 とは考え方が大きく異なっている。 また,通信社やCNNなどの速報体制が充実 しているアメリカのメディアの中で,財源の限ら れている公共放送のニュース番組は,PBSも含 めて,速さよりも解説や分析に力点を置くことで 特徴を出そうとしている。 ATCの 進 行 は 2人 の ア ン カ ー が 行 う。 Robert Siegel,Michele Norris,Melissa Blockの3人のベテランジャーナリストが交代 で担当している。番組は通常,ひとつの項目 に数分をかけて伝える。短いもので 2 ~ 3 分, 長いものだと10 分を超えることもある。アン カーやリポーターのコメントに関係者の短い談 話(サウンドバイト)が挿入されるシンプルな作 りから,多くの人のインタビューや効果音(SE) を使った複雑な構成リポートまで演出形態は 様々である。そのほか,ニュースの大物当事 者をスタジオに招いてインタビューするなど,世 界中から人が集まるワシントンの「地の利」と, ラジオというメディアの「フットワークの軽さ」 を生かした作りになっている。通常,2 時間の 番組で取り上げるトピックスの数は 20 前後にの ぼり,番組で伝えられる情報量はかなりのボ リュームである。 表 1 は,今年10月2日(金)放送分のタイム・ シートである。この日は,コペンハーゲンの IOC総会で,2016 年のオリンピック開催都市が リオデジャネイロに決まった日である。
この日は全部で19 項目が伝えられ,トップは 9月のアメリカの失業率が 1983 年以来の9.8% まで悪化したニュースで,シカゴ落選などオリ ンピック関連のものは10 ~ 12 番目となってい る。この間にも3 番目では,夜のテレビ番組の 人気ホスト,D.レターマンが脅迫された事件や, グーグルCEOのE.シュミットのインタビュー(6 番目),大リーグの中間総括(8 番目)などが入っ ており,日本のほとんどのメディアがオリンピッ クをトップで伝えたのとは様相が異なり,ATC のニュースバリューに対する考え方の一端がう かがわれる。 また4 番目では,イスラエルの動きについて AP通信のエルサレム支局長が電話でリポート したり,18 番目ではロックバンドの新譜発表に ついて,音楽をふんだんに使いながら5 分近く にわたって紹介している。 番組を通して聞いて感じるの は,一種の“余裕のようなもの” である。大きな突発ニュース がなかったということもあるか もしれないが,概してATCの 3人のアンカーたちは,悲惨な 事故のニュースや深刻な経済 のニュースにも過度に神経質に なりすぎず,面白い話題にもは しゃぎすぎず,かといって冷た くもならずに伝えている。また, 書評や映画のプレビュー,音 楽など文化ネタについてもかな りの時間を割いて伝えており, 日本のハードニュース系にあり がちな,政・経・社・海外もの に比べて文化ネタを一段低く 置く,といった感じはない。使 われる英語や発音もわかりやすく,スピードも 適当で我々外国人にも聞きとりやすい。誤解を 恐れずにいえば,“ニュースの深層がわかる,大 人の知的好奇心を満たす2 時間の聞きもの”と いった観がある。一部には,40 年近い歴史と 変わらぬフォーマットに“too much static(変化 に乏しい,つまらない)”などの批判はあるが, ラジオの報道に関しては,テレビのように地上 波・ケーブル・衛星などの多様な選択肢があま り用意されておらず,確実なニュース・情報を得 たいと考える人たちにとって,NPRのニュース 番組は貴重なものになっている。特に,地域 ニュースに力を入れるメディアが多い中,外国 の動きや他国での出来事をアメリカの視点から リスナーに提供する海外ニュースは,NPRの独 壇場である。 1 9 月の失業率 9.8% 1983 年以降最悪に 3 分 42 秒 2 失業率,アフガン,五輪誘致失敗 識者インタビュー 5 分 35 秒 3 CBS のレターマン恐喝犯,罪を認めず 3 分 12 秒 4 ハマスが,拘束中のイスラエル兵のビデオ公開 3 分 40 秒 5 イスラエル,安息日事情 3 分 52 秒 6 グーグル,シュミットCEO インタビュー 7 分 24 秒 7 全米図書賞受賞作品「Spooner」とその作者 5 分 27 秒 8 メジャーリーグ,プレーオフを前に 4 分 19 秒 9 コメディー映画「The Invention of Lying」プレビュー 3 分 55 秒 10 2016 年オリンピック,リオデジャネイロに決定 3 分 42 秒 11 (関連)シカゴの落胆 3 分 22 秒 12 (関連)リオデジャネイロ喜びの声 1分 17 秒 13 スマトラ大地震続報 3 分 59 秒 14 特集・軍人の親を持つ高校フットボール部 7 分 45 秒 15 オバマ大統領,アフガンの米司令官と会談 4 分 17 秒 16 医療保険改革,広告合戦の裏側 4 分 38 秒 17 ジョージア州大洪水の余波 3 分 50 秒 18 グランジロックの大御所 2 バンド,新譜発表 4 分 40 秒 19 放送への反響,お便り紹介 3 分 39 秒
5. NPR.org
NPRは公共ラジオ放送として,質の高い番組 を放送し,アメリカ国民に多元的なものの見方を 提供するのに一役買ってきた。そのNPRのウェブ サイト,「NPR.org」が今年7月27日,全面的に 改訂された。以前の画面にはあらゆる情報と番 組,リンク先がぎっしりと網羅されていたのに比 べ,新しいものは一見して「スッキリした」と感じ られる。改訂の最大の目的は,質の高さに定評 があるNPRの放送(コンテンツ)を,デジタル時 代に合わせて様々な形で提供できるようにする, という点である。それは,今年初めNYTimes. comからNPRに移ったビビアン・シラー(Vivian Schiller)会長兼 CEOの次のような言葉に象徴 的に表わされている「We are a news content organization, not just a radio organization. (我々は単なるラジオ局の枠を超えて,様々な ニュースコンテンツを提供する集団である)」。5-1.新しいサイトの特徴
新しくなったウェブサイトの内容を,いくつか 具体的に見ていくことにする。 ○放送テキストの無料提供 まず,放送されたニュース番組の内容が“全 て”文字起こしされ,テキスト(ニュース原稿)と してウェブ上に掲載されるようになった点である。 利用者は,提供された情報を無料で使うことが できる。もちろん,プリントアウトも可能である。 例えば,前述のATCでは,放送の数時間後に はニュース項目ごとに,放送された音声データと 文字テキストがアップロードされ,自由にアクセ スできる。これまでは,音声データは全てそろっ ていたが,テキストの提供は一部だけに限られ ていた。テキスト情報を充実させることで,利用 者の利便性を高めるとともに,人気のMorning Edition(朝)とAll Things Considered(午後) の間の“魔の時間帯”にNPRサイトへのアクセ スを増やすことも大きな目的である。 ○ 24 時間ストリーミング 24 時間のストリーミングは,以前から引き続 き行われているサービスである。NPRを代表す る番組の最新の放送を一日を通して聞くことが できる。表2は,そのタイム・テーブルである(時 間はアメリカ東部時間による)。また,Hourly News Summaryにアクセスす れば,5 分程度にまとめられた最新ニュースを聞 くことができる。これは1時間ごとに更新される。 ○番組オンデマンド 豊富な番組アーカイブにアクセスすることもで きる。聞きたい番組を選んでカレンダーで期日 を指定すれば,その日に放送された番組内容 を聞くことができる。ATCを例にとると,過 去数年分の番組がストックされていて,試しに 2001年9月11日の同時多発テロの放送を聞い てみると,当時の生々しい雰囲気を感じとるこ とができる。番組全部を通して聞く他に,個別 のリポートだけを選んで聞くこともできる。ダウ ンロードも可能である。当然のことながら,海 外からもアクセスは自由で,今では当たり前のよ うにとられているが,数年前のアメリカの放送を 日本に居ながらにして自由に取り出して聞くこと のできるメリットは大きい。 この他,ニュース部門とデジタル部門のデス クが統合されたことで,ニュース速報がアップ されるスピードが早くなった他,ポッドキャス ティングもバリエーションが広がるなどの改修 が行われている。NPRのこれらのサービスは, 全て無料である。 NPRでは有力アンダーライターのひとつ,ナ
イト財 団(Knight Foundation)と協 力して,自社のラジオジャーナリスト たちを多メディア化に対応できる人材 (multiplatform journalist)に育成 す るための研修を集中的に行っている。
5-2.2 人のキーパーソン
一連のドラスティックなデジタル化を 中心になって進めているのは,NPRの 2人の幹部,V.シラー会長兼 CEOと, キンゼイ・ウィルソン(Kinsey Wilson) デジタル担当・上級副会長である。 シラー会長はCNNなどのプロデュー サーを経て,今年1月にNPRに移るま では,アメリカ最大の新聞系ニュースサ イト,NYTimes.comのゼネラル・マネー ジャーをつとめていた。NYタイムズが 紙媒体からウェブへの展開を本格的に 行う時期に指揮をとり,ブログや動画 の導入,また一部有料だったウェブ購 読 料 を 全 廃 す る な ど, 現 在 の NYTimes.com好調の基盤を作った人 物である。それだけに公共ラジオトッ プへの転身は,メディア界で驚きをもっ て迎えられた。その理由について,シ ラー氏は「私自身が,NPRの熱心なリ スナーだった。メディアでも市場原理 が幅をきかせるアメリカで,NPRのよ うな良質な報道は守っていく必要があ る。地方で新聞やテレビ局がなくなっ ていく中,NPRは,長年その地に根を はり地域に向けて放送してきた公共ラ ジオ局(メンバー局)というインフラを 全米に持っており,地域の再生に貢献 できる」と語っている7)。ET Monday Tuesday Wednesday Thursday Friday Saturday Sunday Note:All times are in U.S. Eastern time.
12am-1am Weekend Edition Morning Edition Weekend Edition
1am-2am Weekend Edition Morning Edition Weekend Edition
2am-3am Weekend All Things
Considered All Things Considered
Weekend All Things Considered 3am-4am Weekend All Things
Considered All Things Considered
Weekend All Things Considered 4am-5am Talk of the Nation: Science
Friday Talk of the Nation
Talk of the Nation: Science Friday
5am-6am Talk of the Nation: Science
Friday Talk of the Nation
Talk of the Nation: Science Friday
6am-7am Weekend All Things
Considered All Things Considered
Weekend All Things Considered
EST Monday Tuesday Wednesday Thursday Friday Saturday Sunday
7am-8am
Weekend All Things
Considered All Things Considered
Weekend All Things Considered
8am-9am Fresh Air Weekend Fresh Air AirWeekendFresh
9am-10am World Cafe Hearing Voices
10am-11am World Cafe Tech Nation
11am-12pm Tell Me More Human Kind
12pm-1pm Morning Edition Fresh Air Weekend
1pm-2pm Morning Edition Don't Tell MeWait Wait
2pm-3pm The Diane Rehm Show Weekend Edition
3pm-4pm The Diane Rehm Show Weekend Edition
EST Monday Tuesday Wednesday Thursday Friday Saturday Sunday
4pm-5pm Talk of the Nation Hearing Voices
5pm-6pm Talk of the Nation Tech Nation
6pm-7pm Fresh Air Human Kind
7pm-8pm Tell Me More Fresh Air Weekend
8pm-9pm On Point Weekend All Things Considered
9pm-10pm On Point Don't Tell MeWait Wait
10pm-11pm All Things Considered Weekend All Things Considered
11pm-12am All Things Considered Weekend All Things Considered
表 2 24 時間ストリーミング番組表
もう一人のキーパーソン,ウィルソン副会長は, NPRのデジタルメディアの総責任者である。シ ラー氏とほぼ同時期の2008 年10月にNPRに入 るまでは,アメリカ唯一の全国紙,USA Today オンライン版の編集責任者をつとめていた。新聞 記者の経験が長く,1995 年から本格的に活字 メディアのデジタル化に取り組み,USA Today で活字部門とデジタル部門の500人規模の統合 を成功させた。ウィルソン氏は新しいウェブサイ トについて,「利用者が毎日訪れるサイトを目指 す。速報ではCNN.comやNYTimes.comにか なわないかもしれないが,私たちの得意とする領 域,例えば解説や分析,健康・科学・書評など の分野で存在感を示したい」と語っている8)。 NPRが進めてきたデジタル展開の動きは2 つ の側面を持っている。それは公共放送としての 「生き残り(survival)」と「義務(obligation)」 である。旧来からのメディア企業で身をもって デジタル化を成功させてきた2人は,NPRの持 つ「ネットワーク」や「優良コンテンツ」の力に着 目し,それを活用することが公共ラジオとしての 「生き残り」につながるとデジタル化を進めてき た。同時に,地方で中小のメディアが淘汰され ていく中で,新聞や商業放送に代わって住民に 情報を届け住民の声をひろうという役割が,公 共放送の「義務」でもあると考えたのである。
6. メンバー局との緊張関係
組織体制やシラー会長の話にもあったよう に,「NPR」と地方の「メンバー局」は密接な繋 がりを持っている。組織の存続と公共放送の 存在意義の発揮のためには,両者の良好な関 係は欠かせない。しかし,NPRとメンバー局は これまで一種の“緊張関係”を持ってきた。6-1.寄付金問題
今年初め,NPRの会議で出た発言が多くのメ ンバー局の反発を招いた。不況で予算が赤字に なることを懸念したNPR幹部が「放送を通じて, 地域のメンバー局あてではなく,直接NPRに寄 付をしてもらうように呼びかけてはどうか」と提案 したためである。現在の規則では,NPR本体 が番組内で寄付を募ることは各メンバー局への 寄付行動に支障をきたすとして禁止されている。 現在の資金の流れは,各局が集めた寄付金か ら一定額が番組使用料としてNPRに支払われ る仕組みである。力のある中央(NPR)が地方(メ ンバー局)を飛び越えて直接お金を集めること は,影響が大きすぎるとして強い抵抗があった。 このことはまた,メンバー局の“プライド” に関わる問題でもある。ほとんどの地方局は, 1970 年にNPRができる以前から,地域住民に 向けて放送を出してきた。彼らにとっては,“my audience(私たちのリスナー)”という強い自負 があり,住民の利益のために放送を行いそれ に対して寄付を受けている,という考えがある。 筆者が現地で話を聞いたあるメンバー局の幹部 は“(後発のNPRが)人の懐に手を突っ込み, 勝手にお金を持っていくような行為は許されな い”と語った。結局この問題は,シラー会長 がとりなして鎮静化したが,そこに,あらたに NPRのウェブページ改訂の件が持ち上がった。6-2.人事とバイパス問題
ウェブの問題は,やや複雑である。ひとつには, 「オールド・メディアvsニュー・メディア」の確執が ある。不況でベテランのラジオ記者が解雇され る一方で,ウェブページを拡大するために新たに デジタル要員が増やされていく状況に,古くから 公共ラジオで働いてきたスタッフは強く反発した。一方で,時代が移り変わる中で,組織の生き残り のためにはやむを得ないと考える人たちもいた。 もうひとつは,NPRのホームページを充実さ せることにより,メンバー局のサイトや放送がス キップされてしまう「バイパス問題」が懸念され たことである。多くの地方メンバー局は限られ た予算で運営しているため,放送に加えて,自 局ホームページの作成まで充分な費用をかける ことは難しい。そうした状況の中で『高品質・ 高性能なNPRのサイト』が登場するのを,多く のメンバー局は複雑な思いで見ている。 もちろん,NPR側でも対策は講じている。トッ プページ左上のNPRのロゴすぐ横の“一等地” に「Station Finder(放送局検索)」の機能を設 けた。郵便番号や都市名を入力すると,最寄 りのメンバー局の情報が表示され,そのサイト に飛ぶことができるようになっている。 メンバー局が,NPR.orgの改訂を「歓迎と拒 否」の相半ばする思いで見ているのと同時に, NPR本体もジレンマを感じている。ウェブペー ジを充実させることが,自分たちの仲間の首 を絞めることにもつながりかねないからである。 しかし,現在のNPRの基本スタンスは,世の 中の趨勢から見ても,ウェブを充実させながら 地域メンバー局の支援をしていく以外にはない, というものである。
7. おわりに
メディア激変の中で,NPRはデジタル展開 によって活路を見出そうとしているが,その背 景には,たびたび指摘されているように,既存 メディアの著しい衰退がある。特に地方の新聞 は,想像を超えるスピードで存在感と影響力を 失っている。それは,新聞そのものがなくなる ことと同時に,新聞が長年担ってきた政府や 自治体の監視役(watch-dog)としての機能と, 地域サービス提供者としての役割も消失してい くことを示している。質の高い放送を出し,全 国にメンバー局を持つNPRには,それを補う 役割が期待されている。 「良質なコンテンツ制作力」と「多様なプラッ トフォーム展開」というNPRの取り組みは,単 にNPRが公共放送として生き残るということを 超えて,アメリカのジャーナリズム再生のための モデルケースとして,さらにはアメリカからやや 遅れて大きな変化に直面している日本のメディ アにも,示唆することは多い。 (しばた あつし) 参考文献・ Mitchell, Jack W. Listener Supported: The Culture and History of Public Radio. Praeger Publishers, 2005 ・ McCauley, Michael P. NPR: The Trials and Triumphs
of National Public Radio. Columbia University Press, 2005 注: 1)URL は,http://www.stateofthemedia. org/2009/index.htm 2)2009 年 3 月 24 日 NPR の Press Release 3)URL は,http://www.arbitron.com/downloads/ RadioToday_2009.pdf 4)アメリカの公共放送の成立や特徴については, 古城ゆかり「アメリカ型公共放送の誕生~その 使命と限界~」『NHK 放送文化調査研究年報 46』2001 年 に詳しい
5)PEJ の『The State of the News Media 2009』に よると,NPR の番組に占める海外ニュースの割 合は 20%と項目別のトップで,メディア全体に 占める割合(10%)の 2 倍にあたる 6)例えば,東部ワシントンで午後 4 時に配信され るものを,西海岸ロサンゼルスで配信と同時の 西部時間午後 1 時に放送する局もあれば,3 時 間後の西部時間午後 4 時に放送する局もある。 番組編成の判断は各メンバー局にゆだねられて いる 7)2008 年 11 月 24 日 Current 紙のインタビュー 8)2009 年 7 月 27 日 NY タイムズのインタビュー