著者
関 勝寿
著者別名
Seki Katsutoshi
雑誌名
経営論集
号
78
ページ
13-26
発行年
2011-11
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00004443/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja福島原発事故による土壌の放射能汚染対策
Remediation of Soil Contaminated with Radionuclides Derived
from the Fukushima Nuclear Plant Accident
関 勝 寿 1.序論 2.福島原発事故による放射性物質の拡散 3.土壌汚染とその影響 4.土壌汚染対策 5.結論
要旨
福島第一原子力発電所で2011年3月11日に起きた事故によって、環境中に大量の放 射性物質が放出され、大気圏、水圏、土壌圏に拡散した。土壌圏に蓄積した放射性物 質は、空間線量の上昇、土壌から植物への放射性物質の移行による食品汚染を引き起 こしている。本稿では、放射性物質によって汚染された生活圏と農地の土壌除染手法 について、既往の知見をまとめる。土壌汚染の対策として有効な手法は、表土除去、 天地返し、粘土除去のような物理的対策であり、農地への肥料・石灰の施用、転作を 組み合わせることもできる。ファイトレメディエーションと化学洗浄は有効性が確認 されていない。広大な地域が汚染されているため、時間と費用が膨大にかかること、 生じる膨大な放射性廃棄物の処分場が確保されていないこと、といった課題が残され ている。 キーワード(Keywords):東日本大震災、福島第一原子力発電所、放射性物質、除染、 土壌汚染対策、放射性セシウム、表土除去、天地返しAbstract:Due to the Fukushima Daiichi nuclear plant accident in Japan, huge amount of radionuclides were emitted to the environment. Remediation of soil contaminated with radionuclides is urgent and important. Several remediation techniques are reviewed, e.x., removing the surface soil, removing clay particle, application of fertilizers, and phytoremediation by plant.
1.序論
東北地方太平洋沖地震が2011年3月11日に発生し、この時の大きな地震と津波によ って、東京電力の福島第一原子力発電所において深刻な原子力事故が引き起こされ、 大気、海洋、地下に放射性物質が大量に放出された。大気中に放出された放射性物質 は、風によって拡散し、雨・雪によって地表面に沈着し、空間線量を上昇させた。そ のため、特に空間線量の高い福島第一原発から20km 圏内は警戒区域として立ち入り禁止の措置が取られ、福島第一原発から20km 以遠で放射線量が高い地域は、計画的 避難区域に設定された。地表面に沈着した放射性物質は、空間線量を上昇させ、土壌 から植物へ放射性物質が移行し、食品汚染を引き起こしている。特に大量に放出され ているセシウム137は半減期が約30年であり、放置しておけば長い年月汚染が続くも のと見られている。そのため、環境から放射性物質による汚染を除去する除染作業(1) が国、自治体、住民によって進められている。 本稿では、福島原発事故による環境中への放射性物質拡散について概説した後に、 放射性物質によって汚染された土壌の修復手法について、これまでに得られている知 見をまとめる。
2.福島原発事故による放射性物質の拡散
2.1 事故の経緯 東北地方太平洋沖地震の発生によって、東京電力の福島第一原子力発電所は原子炉 が自動停止したが、想定を超える地震と津波(2)による影響で全電源を失って原子炉を 冷却できなくなった。日本政府の原子力災害特別本部が6月にIAEA に提出した報告 書によれば、電源喪失してから冷却のための注水を開始するまでの間、炉心への注水 が停止し、この間に1、2、3号機において炉心溶融(メルトダウン)が開始し、溶 融した燃料の相当量が原子炉圧力容器の底部に移行して堆積したと見られている(原 子力災害対策本部,2011; Nuclear Emergency Response Headquarters,2011)。さ らに、原子炉圧力容器の底部が損傷し、溶融した燃料の一部が格納容器に落下して堆 積する溶融貫通(メルトスルー)が起きた可能性も指摘されている。原子炉停止直後 汚染水の地下への浸透 (総量は不明) 地下水汚染 原発 大気への放出 77万TBq 汚染水の漏出 4.3万 TBq 地下水 海底への沈降 地下水の動き 放射能雲 気流 降雨 放射性降下物(フォールアウト) 地表への堆積と 土壌汚染 植物の直接汚染 植物の根から吸収 (間接汚染) 家畜 (遠隔地) 海洋生態系.
図1 福島第一原発事故による放射性物質の拡散(放出量はヨウ素換算値)に、原子炉を冷却するための海水の放水、格納容器の爆発を防ぐための圧力弁解放に よる大気への排気(ベント)といった対策によって、事故の収拾が図られたが、1、 3、4号機の建屋は、水素爆発で大破した。 この事故の過程で、ベント、水素爆発、冷却水漏れ等により、大気、土壌、海水、 地下水に大量の放射性物質が放出された。そして、放出された放射性物質は、様々な 経路で環境中に拡散した。本稿を執筆している2011年9月現在も、原子炉の安定的な 停止にむけて、冷却水の注入と汚染水の処理が続けられている。 2.2 放射性物質の拡散 図1に、福島原子力発電所事故による放射性物質拡散の様子を模式的に示す。原子 炉からの直接の放射性物質放出は、大気と汚染水である。特に、大気中に放出された 放射性物質の総量が大きい。地震直後のモニタリングデータより、3月15日に特に大 規模な放射性物質の漏洩と拡散が起きたことが分かっている。また、3月21日にも、 かなり大規模な放射性物質の漏洩と拡散が起きた。大気中に放出された放射性物質の 総量は、4月12日に原子力安全委員会が発表した値によれば、ヨウ素換算で63万TBq (テラベクレル=1012Bq=兆ベクレル)であり、原子力保安院は、4月12日に総放出 量を37万TBq と見積もっていたが、6月6日に77万 TBq と上方修正する解析結果を まとめた。国際原子力事象評価尺度(INES)によれば、数万 TBq 相当の放射性物質 の外部放出量がある事故を最大級のレベル7と定めているため、チェルノブイリ原発 事故の520万TBq と比較して1割程度の放出量ではあるが、チェルノブイリと同じレ ベル7(深刻な事故)であると判断されている。なお、福島原発事故の放射性物質の 推計値は、事故直後の限られたモニタリングデータによるものであること、地下水や 海水中への漏出が計算されていないこと、環境中への放射性物質の放出は現在も進行 中であることから、今後も継続して放出量の評価が必要とされている。 松村ら(2011)は、福島原発事故直後の3月15~17日、4月8日に、LaBr3シンチ レーションガンマ線検出器によって福島県と隣県の高速道路上でγ線核種の線量と 放射性核種割合を測定した。事故直後の3月15~17日には、γ線核種の中で半減期が 短いテルル132(半減期約3日)とヨウ素132(半減期約2時間)、ヨウ素131(半減期約 8日)、キセノン133(半減期約5日)がγ線量の主原因であったが、その約3週間後の 4月8日には、半減期が8日以内の核種が放射性崩壊によって減衰したことで、γ線 量の主原因が半減期が長いセシウム134(半減期約2年)とセシウム137(半減期約30 年)に変化した。 放出された放射性核種の線量は、γ線核種に関する測定データが多く、α線核種、 β線核種の測定データは少ない。β線核種の中では、特にストロンチウムの放出が懸 念される。文部科学省が福島第一原発から北西30km 地点3カ所で3月16日と17日に 測定した陸土の放射性ストロンチウム分析によれば、土壌中のストロンチウム89(半 減期約50日)とストロンチウム90(半減期約29年)の濃度は、セシウム137の濃度と 比べて、それぞれ0.6%以下、0.2%以下であった。チェルノブイリ原発事故の地表空 気濃度のストロンチウム90/セシウム137比は、比較的近い距離で約0.1であり、ウィ ンズケール事故の際には、空気中に放出されたストロンチウム90/セシウム137比が
約0.5%であったとされる(原子力安全委員会,1998)。福島原発事故では、限られた データでは、セシウムに対するストロンチウムの割合が、チェルノブイリと比べると 低く、ウィンズケール事故に近い。ただし、放射性ストロンチウムの測定データが少 なく、ストロンチウムの堆積量が多い箇所がある可能性は否定できず、より多くの測 定が必要である。 α線核種については、東京電力が福島第一原発敷地内で3月21日及び22日に採取し た土壌中に含まれるプルトニウムの分析を行った結果、プルトニウム238の濃度が 0.54Bq/kg 乾土と、プルトニウム239、240に対する放射能比が2.0という高い値を示 す箇所があったことから、今回の事故に由来するプルトニウムの放出がされていると みられている。文部科学省が福島第一原発から20−30km 圏内で、走行サーベイで空間 線量率の高かった3カ所で、土壌試料のプルトニウムとウランの測定をしたところ、 プルトニウム238とプルトニウム239+240は不検出(0.1Bq/kg 以下)でウラン235/ウ ラン238が自然の存在比0.00725に近い値であった。 東京電力によれば、4月2日から6日までの間に海に漏出した汚染水の放射能の量 はヨウ素換算で4.3万 TBq(3)と推定されている。日本原子力研究開発機構などがまと めた試算(4)によれば、3月21日~4月30日に海へ放出された放射線の量は、汚染水の 流出に大気から降下した分を加えると、ヨウ素131が11400TBq、セシウム137が 3600TBq であった。すなわち、ヨウ素換算で16万 TBq である。また、原子炉内では 溶融した燃料の一部が圧力容器から格納容器に落下し、さらに、格納容器は損傷して いると見られているため(5)、高濃度汚染水が地下へ漏出している可能性がある。原子 炉から地下へ漏出した放射能の量については不明であり、原子炉付近の地下水汚染と その広がりについて、調査をする必要がある。
3 土壌汚染とその影響
3.1 土壌汚染と空間線量の増加 大気中に放出された放射性物質は、気流によって遠隔地に運ばれて、降雨・積雪・ 塵とともに地表に降下して堆積し(放射性降下物; フォールアウト)、土壌汚染を引 き起こす(図1)。地表面に放射性物質が堆積することで、空間線量が増加する。放 射性物質による土壌汚染は、非常に広い範囲に及んでいる。そして、福島第一原子力 発電所から同心円上に広がっているのではなく、事故発生後の気流・降雨・積雪とい った気象条件に影響され、複雑な分布をしている。 文部科学省は、地表の放射性セシウムの蓄積量をヘリコプターから測定した土壌汚 染調査を進めている。5月26日現在で地表面から1mの高さの空間線量率が3.8μ Sv/hr を超える汚染地域が福島原発から北西へ広がり、空間線量率が0.5μSv/hr を 超える汚染地域は、さらに広い範囲に広がっている(6)。農林水産省は、8月30日に宮 城県、福島県、栃木県、群馬県、茨城県及び千葉県の580地点の調査結果を元に作成 した農地土壌の放射性物質濃度分布図を発表し、今後は調査地点を3000地点に拡大す るとしている。原発から360km 離れた静岡からもお茶の汚染がみられているように、 汚染は広域に広がっているため、日本全国さらに広域の汚染マップを作成する必要が ある。また、チェルノブイリ原発事故では、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの被災3カ国の被災者救済法によって、セシウム137による3.7万Bq/m2以上の汚染がされて いる地域が放射線管理区域と設定されている。日本のモニタリングデータとは単位が 異なるものの、換算した時に、日本のモニタリングデータは3.7万Bq/m2と比べて下 限が高すぎるとの指摘がある(浅見,2011)。文部科学省が7月12~16日に測定した 栃木県の土壌汚染地図によれば、県の北部にセシウム134と137の合計量が6万~10万 Bq/m2、空間線量が1μSv/hr に近い値があらわれるホットスポット(局所的に放射 線量が高い場所)の存在が明らかになっている。ホットスポットは、さらに小さい地 域ごとに存在するものとみられており、地域レベル、住宅レベル、圃場レベルの詳細 な汚染マップの作成が必要である。 地表面の被覆がアスファルトやコンクリートの場合は、表面に放射性物質が堆積し た後、時間の経過とともに堆積した放射性物質が雨により洗い流される。一方、地表 面の被覆が土壌や植物である場合は、土壌表面および植物に放射性物質が堆積し、土 壌に堆積した放射性物質はその後長期間土壌中にとどまる。そのため、放射性物質に よる汚染が発生してから時間が経過した後では、舗装箇所にくらべて非舗装箇所にお ける空間線量率が高くなる傾向にある(芳原ら,2011)。 3.2 土壌中の放射性物質の挙動 今回の事故で環境中に放出された放射性物質は、セシウム137とセシウム134の放出 量が多く、ストロンチウムも放出されている。セシウムはアルカリ金属であり、同じ くアルカリ金属であるカリウムと似た化学的性質を示す。水溶液中では1価の陽イオ ンとして存在し、土壌中では、粘土鉱物や有機物の表面が負に荷電しているため、そ の表面に吸着する。そして、土壌水中のセシウムイオンの大部分が、バーミキュライ トに強い力で吸着されている。そのため、セシウムは下方への浸透がしにくく、大部 分が長期間にわたって土壌表層にとどまっている。Fukuyama and Takenaka(2004) によれば、三重県の褐色森林土ヒノキ林で土壌のセシウム鉛直分布を測定したところ、 1960年代の大気圏核実験由来のセシウム137は、大部分が表層10cm に蓄積していた。 ストロンチウムはアルカリ土類金属であり、同じくアルカリ土類金属であるカルシウ ムと似た性質を示す。水溶液中では2価の陽イオンとして存在し、土壌表面に吸着す る。ストロンチウムは、セシウムと比べると下方への移動がしやすい。 塩沢ら(2011)は、福島第一原発事故で放射性物質が大量に降下してから約2ヶ月後 に、耕起されていない水田の深さ15cm までの表土中の放射性セシウムの鉛直濃度分布 を測定し、その96%が表層5cm に止まっていることを示し、移流速度の計算によって、 現場の移動現象は収着平衡よりもはるかに速い速度で下方に移動しているとした。 Druteikiené et al.(2011)は、チェルノブイリ事故による放射性物質汚染が顕著であ ったバルト海沿岸のリトアニアで、チェルノブイリ事故から17年経過した2003年に、 土壌中の放射性物質鉛直分布を調査した(深さ5cm ごとに、30cm まで)。森林の土 壌では、表層のセシウム137、プルトニウム239、240濃度が最も高く、深いところで は濃度が低下するという分布が見られたが、砂質土では深さ30cm までの全層にわた って、均一な濃度分布が観察された。このように、土壌によって放射性物質の下方移 動速度は異なる。
Yamaguchi et al.(2007)は、日本の土壌について、土壌の陽イオン交換容量(CEC) と土壌中のストロンチウム90が小麦に吸収される割合に、高い負の相関があることを 示した。すなわち、土壌が放射性物質を吸着する能力が小さいほど、植物体への移行 割合が大きい。このように、土壌が放射性物質を吸着する能力の大きさは、下方への 浸透速度だけでなく、植物への移行の程度にも影響を与える重要な性質である。土壌 表面への吸着をあらわす指標として、CEC の他に、放射性セシウムの吸着量の指標 であるRIP(Radiocesium Interception Potential)が用いられることがある。Delvaux
et al.(2000)は、土壌から植物へのセシウム137移行係数がRIP と高い負の相関を示 すことを示した。すなわち、土壌へのセシウム137の吸着が強いほど、土壌から植物 へのセシウム137の移行が起きにくい。また、RIP は土壌中のバーミキュライト含量 と相関していることも示された。Vandebroek et al.(2009)は、世界中の様々な土壌 のRIP を測定したところ、Podzols, Andosols,Ferralsols の RIP が非常に小さいこ とが分かった。日本に広く分布している火山灰土壌(Andosols)は、セシウムの吸着 が弱く、下方移動と植物への移行がしやすい。放射性セシウムは、まだ大部分が土壌 表層に止まっているが、土壌の性質によっては今後下方へ汚染が広がる可能性がある。 3.3 食品汚染 厚生労働省は、事故6日後の3月17日に原子力安全委員会(1998,2010)の「飲食 物摂取制限に関する指標」を食品中の放射性物質の暫定規制値とした。これは、食品 衛生法では放射性物質に対する規制値が存在しないためである。この指標策定におけ る原子力安全委員会の計算では、放射性セシウム及びストロンチウムによる内部被曝 を、実効線量5mSv/年以下とすることを目標としている。一般の公衆被曝は1年当 たり1mSv と法令で定められており、より適正な規制値をいつまでに策定するかを明 確化する必要がある。 農作物や飼料作物に放射性物質が蓄積される経路には、大気中の放射性物質が降雨 や塵とともに植物の葉等に堆積する直接汚染と、土壌中に蓄積された放射性物質を植 物が取り込む間接汚染がある(図1)。駒村ら(2006)によれば、日本の白米におけ るストロンチウム90とセシウム137の汚染経路の割合は、1963年を中心とした核実験 によるフォールアウトが多かった時期では直接汚染の割合が高かったが、フォールア ウトの減少とともに直接汚染の割合は減少し、1980年代後半から1990年代にかけては、 土壌からの間接汚染が大部分を占めるようになった。 原発事故による放射性物質の大量放出直後は、ヨウ素のフォールアウトが飲料水、 青果物を直接汚染する被害が数多く報道された。ヨウ素が減衰し、セシウムの放射能 が支配的になってからは、セシウムによる野菜の汚染が問題となった。原発から 360km 離れた静岡でも、茶葉から高濃度の放射性セシウムが検出され、放射能が非常 に遠くまで飛来していることが分かった。 フォールアウトの量が事故当初よりは少なくなっているため、今後は土壌中に蓄積 した放射性物質による間接汚染が問題となる。直接汚染が主要因であるホウレンソウ については、3月から4月にかけて暫定規制値を超える汚染が報告されているが、時 間の経過とともに濃度が急激に低下し、5月以降はほとんど報告されなくなった。原
木しいたけ、たけのこ、うめ、茶については5月以降も暫定規制値を超えた値が検出 され続けており(浅見, 2011)、間接汚染の影響が示唆される。特に、菌類(キノコ、 カビ)は菌糸から放射性セシウムを大量に取り込むことが知られている(Dighton and Horrill,1988;Zhu and Shaw,2000)。また、放射性物質が蓄積した飼料作物を家畜 が食べると、家畜に放射性物質が蓄積し、肉製品、乳製品、卵製品が汚染される可能 性がある。 主食である米の放射性セシウムの汚染を防止するために、農水省は4月に土壌中の セシウム濃度が5000Bq/kg(乾土当たり、深さ15cm)を超えた作付け面積約1万 ha に相当する地域の米の作付けを禁止した。そのため、厚生労働省がとりまとめた各県 の測定した玄米中の放射性セシウム濃度によれば、9月12日現在で暫定規制値 (500Bq/kg)を超えたものはない。 海洋汚染による魚介類への影響も確認されており、福島原発の周辺で試験採取され た沿岸の様々な魚から、暫定規制値を超える放射性物質が検出されている。海洋汚染 と海洋生態系への影響について、継続的に詳細な調査をする必要がある。
4.土壌汚染対策
4.1 除染の基本方針 原子力災害特別本部は、8月26日に「除染に関する緊急実施基本方針」を定め、事 故発生から1年の期間内に積算線量が20mSv を超えるおそれがある計画的避難区域 と、警戒区域については国が主体的に除染を実施し、追加被曝線量が年間1~20mSv の地域では、市町村が除染計画を策定し、国がそれを支援することとした。原子力災 害特別本部は、同時に「市町村による除染実施ガイドライン」を作成し、除染の方法 を示している。生活圏の除染については具体的な方法が記されているが、森林、農地 については、9月中に国として除染の方法について結論を得て公表するとされている(7)。 また、河川の扱いについても検討を継続することとしている。 農林水産省(2011)は、福島県の飯舘村及び川俣町の現地圃場等で、表土の削り取 り、水による土壌攪拌・除去、反転耕(天地返し)、ファイトレメディエーションに よる実証試験を実施中であり、これまでの研究成果を元に適用の考え方を示している。 表1に、放射性物質の土壌汚染対策として、有効性が期待される方法を一覧にする。 以下、それぞれの対策について述べる。 4.2 表土除去と天地返し 通常、セシウム137のような放射性物質は、大部分が表層10cm 以内に蓄積されてい るので、表層土壌を除去することで、地表面の放射性レベルを下げることができる。 地表面の放射性レベルを下げることで、地表面由来の空間線量が下がる。福島県では、 公立学校と幼稚園の校庭において表土除去による除染と、定期的な空間線量調査が実 施されている。セシウムは下方移動しにくいとはいえ、時間とともに放射性物質は下 方へ移動するので、表土除去の対策は事故後速やかに実施することで、高い効果が得 られる。ただし、表土除去作業をした後も、フォールアウトの堆積や、土砂の流れ込 み等の要因によって、再汚染される可能性がある。継続的な土壌汚染測定と対策が必要となる。 汚染後に耕作をした農地では、汚染深度が耕起した深さまで達しているため、表土 除去が難しくなる。農林水産省(2011)は、農地における表土除去技術について実証 試験による研究開発の経過を報告している。 天地返し(反転耕)とは、汚染されている深さまでの土壌を掘削し、その下の汚染 されていない土壌と入れ替える手法である(図2-A)。この手法は、除去した汚染土壌 を放射性廃棄物として埋め立て、処分するための用地を確保する必要性がない。IAEA (2006)は、住居に隣接した庭、公共施設の周囲、学校、幼稚園、居住地内の道路の 土壌の上層5~10cm(汚染深度による)を除去し、汚染土壌を敷地内に穴を掘って埋 めて、穴を掘削した土を表土除去した箇所に客土する方法を推奨している(図2-B)。 汚染深度が浅い時には、図2-B の手法を採用することで汚染土壌を埋める面積を減ら すことができる。 天地返しでは、放射性物質汚染土壌を敷地内に残すため、その環境への影響につい て留意する必要がある。まず、汚染土壌の上に十分な深さの非汚染土壌を被覆する事 で、地表の線量を減衰させることが重要である。農地の場合は、栽培する作物の根が 土のどの深さまで伸びるかを考慮し、表層の非汚染土壌の厚さを根の深さ以上とし、 その後は汚染土壌の深さまで耕起をしないことが必要となる。また、天地返しによっ て農地の肥沃な表土が失われることによる栽培への影響についても考える必要があ 表1 放射性物質による土壌汚染対策 対策 特徴 留意点 表土除去 下層土に汚染が広がっていない場 合、確実に汚染を除去できる。 敷地外から非汚染土壌を運びこみ、 客土による埋め戻しをすることが ある。 除去した放射能汚染土壌の処分と 管理が最大の課題。表土を除去した 後のフォールアウト、土砂の流入に よる再汚染と、作業する人の被曝管 理に注意(すべての対策に共通)。 天地返し 土壌を場外へ搬出する必要がなく なる。 入れ替えた汚染土壌が環境に与え る影響を評価する必要がある。 粘土の分離 水による撹拌や篩い分けにより、放 射性物質が吸着している粘土を分 離して取り除く。 新しい手法であり技術開発が必要。 肥料、石灰の施 用 土壌の性質によっては、植物への放 射性セシウム、ストロンチウムの吸 収を減らす効果がある。 土壌の性質に応じて、有効性を検証 する必要がある。 転作 放射性物質を取り込みにくい植物 へと作付けを変更する。 作物による放射性物質の取り込み やすさについて、農家への情報提供 が必要。 ファイトレメデ ィエーション 植物に放射性物質を取り込ませて、 植物を処分する。 実証試験では、効果が認められてい ない。植物体の処理方法について検 討が必要。 化学洗浄 分散剤、キレート剤で洗浄する。 重金属汚染と比べると濃度が低い ため、難しい可能性がある。
る。農林水産省(2011)では、反転耕の効果について実証試験によって検討している。 4.3 粘土の分離 放射性セシウムは、土壌中の粘土に強く吸着されている。したがって、土壌中の粘 土分を分離して除去すれば、土壌中の放射性物質の量を減らす事ができる。農林水産 省(2011)は、水田の表層土壌を攪拌(浅代かき)して粘土を水中に浮遊させ、粘土 を含む水をポンプにより強制排水し、沈砂池において固液分離し、分離した土壌を廃 棄土として、廃棄土の減容化をする方法を試験中である。また、はぎ取った表土を水 中で撹拌、洗浄する方法や、篩い分けによって粘土を除去する方法も考えられる。新 しい手法であるため、効果的に粘土を分離する方法の開発が必要である。 4.4 肥料と石灰の施用 チェルノブイリ事故により汚染された農地・牧草地において、土壌の放射性濃度を 低くするために取られた対策は、主に耕起と肥料、石灰の施用である(IAEA,2006)。 耕起の目的は、表層の土壌と深部の土壌を混合することにより、土壌表層に蓄積して いる放射性物質を、より深くまで均一化し、表層における放射性物質濃度を低下させ るというものである。これにより、人間が摂取する放射性物質の量を2倍から3倍程 度低下させたとされる。ただし、この手法は、汚染範囲をより深部にまで拡大し、そ の後表土除去や天地返しによる対策を取りにくくなってしまう、というデメリットが ある。そのため、有効な汚染対策として表1には記さなかった。 肥料、石灰の施用については、作物の生長を速くすることで、作物が放射性物質を 吸収する期間を短くするという目的がある。さらに、カリウムの施用には、カリウム 濃度の低い土壌において、植物の放射性セシウムの吸収を抑制する効果があり、pH が (A) 天地返し 対策前 対策後 汚染土 非汚染土 (B) 天地返しの応用 対策前 対策後 凡例 図2 天地返し
低い土壌、あるいはカルシウム濃度の低い土壌においては、石灰の施用は、植物の放 射性ストロンチウムの吸収を抑制するとされている。Zhu and Shaw(2000)によれ ば、カリウム濃度の上昇に対する植物の放射性セシウム取り込み量の低減効果は、水 耕栽培においては顕著であるが、土壌では水耕栽培ほどの効果は見られない。また、 日本土壌肥料科学会が2011年6月6日にウェブサイトに公開した「農業環境における 放射能汚染の低減化に関する提言」では、「農作物中放射性 Cs 濃度を削減する対策と して有効な手段の一つにカリウム(K)肥料の施肥がある。しかしながら、わが国で は多くの圃場で充分なKが施用されており、土壌から作物への Cs-137移行抑制には 多大な効果は期待できないと考えられる」としている。 4.5 転作 チェルノブイリ原発事故では、転作、すなわち作付けする作物を変えるという方法 も取られた。植物によって、土壌からセシウムを吸収する量が異なるため、たくさん セシウムを取り込むルピナス、エンドウ豆、ソバ、クローバーのような家畜の飼料植 物を栽培しないこととした。日本で栽培されている農作物の放射性物質の取り込みや すさについて、農家が作物を選べるような形での情報提供が必要とされる。作物によ る放射性物質の取り込みやすさは、作物中放射性核種の濃度を土壌中放射性核種の濃 度で割った移行係数によって知る事ができる。移行係数の値は、IAEA(2010)によ るもの、農水省によるもの(8)、原子力環境整備センター(1988)によるものがあり、 浅見(2011)がそれらをまとめている。 4.6 ファイトレメディエーション 土壌中の汚染物質を植物に吸わせて土壌を修復するファイトレメディエーション は、カドミウム等の重金属汚染土壌の浄化に対して有効な手法として期待されている (Brooks,1998;Hattori et al.,2006)。Entry et al.(1996)は、広域かつ低濃度の 放射性物質汚染土壌の浄化においては、現地から汚染された土壌を掘削後移動して、 化学的浄化処理をして、また現地に戻すといった対策をするのは、時間と経費が過剰 にかかるとして、ファイトレメディエーションが、より安価な浄化手法として有望で あると提案した。菌類が放射性セシウムや放射性ストロンチウムをよく取り込むこと から、土壌中の菌類と共生する菌根を利用する事で植物への放射性物質の移行を促進 する効果に着目し、菌根菌を接種することで浄化効率を上げる可能性についても述べ ている。 Broadley et al.(1999)は、植物のセシウム吸収に関する14の文献から、136種の植 物について、植物体内のセシウム濃度を統計処理して比較したところ、8亜綱の中で はナデシコ亜綱におけるセシウム濃度が最も高かった。ナデシコ亜綱の中にはアカザ 科、ヒユ科、タデ科が含まれる。Fulekar et al.(2010)は、ニチニチソウによるファ イトレメディエーションの効果を実験により検証した。 日本では、ヒマワリやナタネによるファイトレメディエーション技術が注目を集め た。農林水産省(2011)では、ヒマワリ、アマランサス、ケナフ、キノアによるファ イトレメディエーション実証試験を継続中で、現在結果が得られているヒマワリにつ
いては、吸収率が低く除染に極めて長い時間がかかるため、実用的ではないとしてい る。浅見(2011)は、ファイトレメディエーションによるカドミウム汚染土壌の修復試 験が長年続けられているにも関わらず実用化できていない理由は、大量に産出した汚 染された植物体の焼却には膨大な日時が必要であり、処分の方法が確立されていない ためであるとしている。放射性物質を取り込んだ植物の収穫方法と回収した植物体の 安全な処分方法が大きな課題である。 福島原発事故によって放出された放射性セシウムは、大部分がまだ土壌表層に止ま っている。ファイトレメディエーションが効果を上げるためには、土壌表層から効率 よくセシウムを吸収する植物を用いる必要があると考えられる。すなわち、汚染深さ と植物の根の深さの関係についても検討が必要である。 4.7 化学洗浄 カドミウム汚染田修復のために研究されている化学的方法には、(1)化学薬品(た とえばキレート剤 EDTA)を水田に散布して、早くカドミウムを溶脱する方法、(2) 化学薬品で作土を洗浄し、洗浄液からカドミウムをイオン交換樹脂で取り除く方法、 等が研究されているが、いまだ実用化されていない(浅見,2011)。また、放射性セ シウム汚染は、カドミウムと比べて極めて低い濃度であり、カドミウムに対する化学 洗浄と比べて、さらに難しくなる。日本では玄米中のカドミウム濃度1ppm 以上の米 の販売が禁止され、0.4ppm 以上1ppm 未満のカドミウム米は、食糧庁が買い入れて いる。セシウム137の重量当たりの放射線量は3.2×1012 Bq/g なので、放射性セシウ ムの暫定規制値500Bq/kg は、0.16ppb と計算される。すなわち、カドミウム汚染と 比べると、放射性セシウム汚染は、1000分の1以下の濃度の汚染が問題とされる。土 壌中のイオンを分散剤やキレート剤によって土粒子から引き剥がして洗浄する浄化 方法は、カドミウムのような重金属汚染対策と比べると、低濃度であるがために難し いものと考えられる。実証的な研究により、効果を検討する必要がある。農林水産省 (2011)によれば、産業技術総合研究所が酸水溶液中へのセシウム抽出を研究してい るが、実験は高濃度(2.3ppm)非放射性セシウムで行われているため、低濃度放射 性セシウムにおける有効性の検証が必要とされる。 4.8 作業者の被曝管理 除染作業に従事する人は、空間線量の高い場所で作業することによる外部被曝、作 業中に汚染された土壌が空気中に舞い上がって、それを吸入することによる内部被曝 を受けるため、対策が必要である。空気中に土壌が舞い上がらないような作業方法の 工夫、防護服及びマスクの着用、線量計による外部被曝の測定、ホールボディカウン ターによる内部被曝の測定と放射線管理手帳による被曝量の管理、作業者の健康診断 といった対策を十分に講じる必要がある。 4.9 処分場の確保 原子力災害特別本部の「除染に関する緊急実施基本方針」では、除染によって生じ る土壌、地域に存在する稲わらや堆肥、がれき等の処理のためには、一定規模の処分
場の整備が必要であり、「これを待っていたのでは迅速な除染が進まない恐れがある」 ため、除染によって生じる土壌等は、当面の間、市町村、コミュニティが仮置場を持 つ事が現実的である、としている(9)。除染とは放射能の移動であり、今後、除染作業、 原発の高濃度汚染水処理によって生じる放射性廃棄物の量は膨大なものになる。広大 な処分場の確保が急務であるが、国としてはその目処が立っていない。小出(2011) は、チェルノブイリ原発事故と同様に、福島第一原発においても、原発の敷地と、そ の周辺のすでに高度に汚染されてしまった地域を、原発事故のゴミを管理する場所と して確保するのが、避難されている住民に対して心は痛むものの、適当な方法である としている。
結論
本稿では、放射性物質に汚染された土壌の修復手法に関する既往の知見を総説した。 除染の対象を明確化するために、地域ごとの汚染濃度の分布を詳細に調べて、土壌汚 染の実態を正確に把握することが急務である。様々な方法が試験されている中で、物 理的な対策が有効であるが、広大な処分場の確保が最大の課題であろう。修復費用の 算定、作業員の被曝管理と評価、放射性廃棄物処分場の確保と管理方法の確立、それ らに基づく除染方針の策定が必要とされる。土壌汚染対策を施した後も、再汚染の可 能性があるため、対策後にも土壌汚染、空間線量、食品汚染の測定を継続することが 必要である。 【謝辞】東京大学大学院農学生命科学研究科の溝口勝教授からコメントを頂いた。 【注】 (1) 環境中に放出された放射能は、放射性崩壊による減衰以外の要因では、なくなることはな い。放射性物質を、人体への影響を与えやすい場所から除去して、より人体への影響を与 えにくい場所へと移動させることをもって除染と呼んでいる。 (2) 東京電力が発表した福島第一原発各号機の地震計に記録された揺れの最大加速度は、2号 機で550ガル、3号機で507ガル、5号機で548ガルである。耐震性の基準値は、それぞれ438 ガル、441ガル、452ガルであり、いずれも揺れが想定を超えた。また、東京電力によれば 津波の高さは最大13.1mであり、想定高5.4~5.7mを超えた。津波の高さだけでなく、地 震の揺れも想定が甘かったことが露呈された。 (3) ヨウ素131が2800TBq、セシウム134と137がそれぞれ940TBq であり、単純和で4700TBq と 報道されているが、ヨウ素換算はセシウム134を3倍、セシウム137を40倍するため、4.3万 TBq と計算される。 (4) 朝日新聞(2011年9月9日) (5) 毎日新聞(2011年5月25日) (6) インターネットで公開されている放射線量のデータを元に、群馬大学の早川由紀夫氏がま とめた放射能汚染地図がインターネット(http://kipuka.blog70.fc2.com)で公開されている。 (7) 本稿では生活圏と農地の土壌汚染対策について述べる。森林に大量の放射能が蓄積されて おり、立ち入りの制限、汚染実態の解明、森林から生活圏への放射能移動量評価と低減が必要である。樹種に応じて、リター層(落葉等)の除去、生葉や枯葉の除去が有効である との研究もある。また、雑草が生えている生活圏及び農地では、土壌除染の前に雑草の処 理をする必要がある。 (8) 農地土壌中の放射性セシウムの野菜類と果実類への移行について、2011年5月27日、 http://www.maff.go.jp/j/press/syouan/nouan/pdf/110527-01.pdf (9) 毎日新聞(2011年9月6日)によると、福島市では、大波地区の除染作業で排出される放 射性廃棄物を、同地区の農村地帯にある市有地に仮置きすることを決めた。 【参考文献】 浅見輝男(2011)『福島原発大事故 土壌と農作物の放射性核種汚染』アグネ技術センター 原子力安全委員会(1998)『飲食物摂取制限に関する指針について』原子力安全委員会原子力発 電所等周辺防災対策専門部会環境ワーキンググループ 原子力安全委員会(2010)『「原子力施設等の防災対策について」の一部改訂について』原子力 安全委員会,22安委決第26号 原子力環境整備センター(1988)『土壌から農作物への放射性物質の移行係数』原子力環境整備 センター 原子力災害対策本部(2011)『原子力安全に関するIAEA 閣僚会議に対する日本国政府の報告書 -東京電力福島原子力発電所の事故について-』日本政府・原子力災害対策本部 小出裕章(2011)『原発はいらない』幻冬舍ルネッサンス 駒村美佐子・津村昭人・山口紀子・藤原英司・木方展治・小平潔(2006)「わが国の米、小麦お よび土壌における90Sr と137Cs 濃度の長期モニタリングと変動解析」『農業環境技術研究 所報告』第24号,農業環境技術研究所,pp.1-21. 塩沢昌・田野井慶太朗・根本圭介・吉田修一郎・西田和弘・橋本健・桜井健太・中西友子・二 瓶直登・小野勇治(2011)「福島県の水田土壌における放射性セシウムの深度別濃度と移 流速度」Radioisotopes,Vol 60,Number 8,pp.323-328.
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