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l昭和二十四年二月一日より回干四年七月三十一日まで
解題
解説
解題及び解説注記 人 本 本 名 文 索 注 文 引 記凡例
︵五十音順︶大林宏至
日報綴
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& H b L 、 唾 鎖 埋 … 顎 - 句 玲 蝿 母 唖 誇 零 両 #ここで紹介する﹁日報綴﹂は昭和十三年三月創立の立正佼成会︵注1,以下﹁教団﹂または﹁佼成会﹂と略記す る︶の記録資料のひとつで、﹃立正佼成会史﹄︵注2︶編慕の際収集されたものである。日報は佼成会創立十年にあ たる昭和二三年八月、宗教結社から宗教法人へ転じたのを契機として記載が始まり、同年八月一日から同四四年ま で︵以降は部門別の日誌となる︶教団の主要な動向や来客名、通信の受発信を記録してきた。それ以前の日録とし ては﹁事務日誌﹂︵注3︶があるが、記録期間は昭和二一年四月二十日から同年七月十五日までであり比較的短期間 である。﹁事務日誌一と﹁日報綴﹂の間に約二年の間隙があるが、それらをつなぐ日記類などの記録資料の所在は現 である。﹁事務日誌﹂と 在、確認出来ていない。 日報綴の昭和一一三年八月一日から同二四年七月三一日までの一年間は、森岡清美・白水寛子の両氏により﹁日報 綴︵抄︶﹂として既に紹介されている︵注4︶。しかしその﹁解題﹂で﹁.:教団史編さんにとって興味深い記事を抄 録したものである﹂と述べている様に、全文の翻刻ではない︵注5︶。そこで筆者は両氏の了解を得て完全翻刻を試 みた。そして同二三年八月一日から同一一四年一月三一日までの六か月間は平成十年の﹃中央学術研究所紀要二七号﹄ に掲載することができた。今回、筆者は同紀要の解題で希望したように継続して一一四年二月一日から同年七月三一 日までの六か月間を紹介する機会を得た。なお日報綴のうち同二四年八月一日から同二五年十二月三一日までは翻 刻が既に終了し、﹃中央学術研究所紀要﹄に収められている︵注6︶。 日報の記入には当初、会長・副会長に次ぐ﹁総務﹂の要職にあった佐野元章︵一八九五∼一九七四︶が主にこれ にあたっていたが、一一一一一年十二月頃より次第に事務長の中山貢司郎︵一九○二∼一九八九︶に替わり、佐野は補足
解題
検印欄は総務、事務長以外に役職の順序に従い会長、副会長欄が設けられているが、会長欄は二四年一月一日か ら捺印はない。副会長欄はすべて空欄である。前記の佐野総務、中山事務長、長沼執事以外の記入者としては会計 主任の岡部修規︵一九二三∼︶がいる。岡部は前記の三人不在の時や通信の着発信などの一部を記入している。 前述の四人以外の筆跡も僅かではあるが見られる。 総務はその下位の事務長・執事と共に教団運営に携わっていた。この時期教団は約二万世帯から約三万三千世帯 へ急速に拡大している時であったので、庭野会長以下幹部は多忙を極めた事は疑いを入れない。しかしその数はそ れ以降に見られた実数の増加に比較して規模は大きくはなかったので︵注7︶、記入者の総務、事務長・執事は会長 ・副会長や支部長など幹部の動向に詳しく、且つ教団全体を把握することは容易であったと思われる。 日報は簿冊で保管されてきた。当初、記入用紙は会費徴収記録名簿︵B4サイズ︶の裏を利用し、その面に謄写 印刷で二日分の記入欄︵B5サイズ︶を設け、縦長二つ折にして使用している。右側縦二箇所の穴に布製の黒紐を 通して、板目紙の表紙と裏表紙をつけ一年分が綴られている。記入は一ページ一日分で最上部に日報とありその下 部より枠囲い二段で年月日、七曜、六曜、天候までが上段に、当番支部、入会者数の各楠と会長、副会長、総務、 事務長、係の各捺印欄が下段にそれぞれ横書き記入となっている。しかし、二四年二月十七日からそれまでの謄写 印刷の用紙から両面活字印刷によるやや厚手の日報専用用紙︵B5サイズ︶に代わる。記入様式は従前と基本的に れている。 翌一一月一こ翌二月二一日から日報の記入者は長沼に替わり、日報の検印欄︵名称は事務長のまま︶には﹁長沼﹂の印が捺印さ られた・事務長の中山は中山支部長に転出し、長沼妙佼副会長の甥の長沼基之︵一九二三∼︶が執事に就任した。 的な記入者になる。二四年二月二十日、﹁立正交成会定款﹂の一部規定の改正に伴い事務長に替わる﹁執事﹂が設け 161
佼成会は昭和十三年三月、渋谷区幡ヶ谷の長沼脇祖の自宅に約三十人の信者を集めて発足した。本部は庭野開祖 が牛乳配達業を営む自宅︵注8︶の二階に置かれた。同十五年四月、東京都に提出した宗教結社届けは住所、年齢、 職業を記した会員四七四名の名簿を付記している。同十七年五月には、佼成会最初の道場︵注9︶を杉並区和田本 町に建設し、本部は庭野開祖の自宅から移転した。しかし同十八年三月、杉並警察署への投書によって庭野開祖は
解説
はいずれも青色または濃紺のインクを使用して記録している。 は午前、午後に区別するためか中央に二分する線があり、通信の発着信・発着電欄と併せて縦書きである。記入者 は変化はないが、記入項目には発信・発電・着信・着電の通信欄が設けられ、係の捺印欄は省略された。記事欄に 記事の内容は記入者の主観によって濃淡があり、客観的な記述の他に個人的な感想ものべられている。しかし、 この日報綴からは布教の状況、組織運営、行催事、会長、副会長の動向、その他幹部の個人状況などを読み取るこ とができる。さらに来客や通信の受発信欄に政界やマスコミなど各階層の様々な人物名が記録されていることから、 佼成会とそれらの人々との関係を通じて教団活動の一端を知ることができる。加えて記入者の感想とその表現には 当時の雰囲気を伝えるものとして興味深いものがある。 なおこの拙稿を著すにあたり当時の状況や経緯について当時﹁本部付﹂支部本部長から執事にかわった長沼基之 現特別顧問から多くのご説明を頂き、さらに当時会計主任の岡部修規元顧問にも種々ご助言を頂いた。人名索引に ついては東京女子大学大隅和雄教授より御示唆を頂戴した。佼成図書館の大畑裕弘、桃沢啓之、中戸佐江子の各氏 にも御協力頂いた。二週間、長沼脇祖は三週間同署に逮捕拘留されたことから、名目上の会長村山日妻は退会し、更にそれまであった 約一一一十未満の支部は、富樫と森田の二支部を残して脱会した。 昭和十九年六月、庭野開祖と長沼脇祖は組織の再建をはかる。開祖、脇祖が導いた親戚や知人による﹁本部付﹂ 支部を設け、富樫支部、森田支部をそれぞれ改称して第一支部、第一一支部とし、新たに第三支部から第八支部まで を新設した。それらの九支部を中核に新たに布教活動を展開することになった。会員世帯数は五二五であったが、 同年十一一月末には一、一一二世帯を数えた。この時期、第二次世界大戦末期の激しい米軍による空襲の戦禍を経た にも拘らず、終戦を迎えた二十年十二月会員数は一、一一七七世帯とほぼ横ばい状態を保った。終戦により、海外か らの引き揚げや復員が始まり、また地方の疎開先から順次会員も帰京して、戦後の復興に合わせるように布教活動 も次第に活発となった。前述の﹁事務日誌﹂の記録が始まった二一年四月の会員世帯数は一、三○九であるが同年 末には前年比二・五倍の三、二四一一世帯となり、一一一一年末は九、五四二世帯と前年比約三倍、組織再編時点と比較 すると約十八倍になった。二一一一年末は一七、九八三世帯と前年比約一一倍で会員数の伸張は急激である。この二一一年 の会員の伸び率は昭和三五年まででは教団史上最大である︵注叩︶・支部も二一年には茨城県に地方最初の支部が誕 生した。十八年三月以前の支部の中では一一二年に松沢支部が、二三年七月までに久保田支部、細谷支部が復帰し、 既存の九支部と併せ十三支部と漸次増加した。 この二二年以降本部道場の施設だけでの行催事は勿論、集会に際して参加した会員を全員収容することは不可能 となり、天候に恵まれた時期には本部道場前の空き地を使用することで施設の不足を補完した。そこで同年十二月 頃より新たな教団施設の建設が急務となり、﹁本部修養道場﹂の建築が企画された。しかし戦後の全国的な建築資材 不足のため、建築制限があり︵注皿︶五○平方メートル︵十五坪︶以上の新築は認められず、そこで東京都下保谷 163
思われるc 今回紹介する六か月間の会員の動態は別表2︵注Ⅳ︶の通り、会員の増加率は月平均約七・二パーセント、実数 で約千八百世帯であり、会員数は約一・六倍となった。一一四年十一一月末の会員数は三二、四一一五世帯である。 ある筆跡から、教団の法人設立の大きな喜びが伝わって来る。﹁日報綴﹂はこれらの状況を背景として記録が始まる。 成会﹂が誕生した。﹁総代会議事録﹂︵注過︶の裏表紙には﹁昭和二十三年八月一日祝宗教法人成立﹂と墨書して 本立正交成会趣意書及会則﹂を改め同年八月一日﹁宗教法人立正交成会定款﹂を定めた。そして﹁宗教法人立正交 生じたと考えられる︵注哩︶。そのためには法人規則の制定が不可欠となり、昭和十七年一月制定の﹁宗教結社大日 場用地の確保や建物などの不動産取得に関して税法上の観点から宗教結社から宗教法人への法人格取得の必要性を 月に受け、移築のための準備が始まった。この本部修養道場の建設は会員に更なる布教意欲を高揚させる一方、道 市東伏見神社境内にあった旧中島飛行機︵株︶の練成道場を購入して、移築することにした。その許可を二三年二 一一四年一月末会員数は二万世帯を超える。翌二月一一十日、約八千四百四十世帯を超えた第二支部から六支部、約 一一一千六百三十世帯の第六支部から一一支部、約三千四百世帯の第七支部からも二支部、合計十支部が新たに分離独立 した︵注以︶。これは十九年六月以来支部を分割して誕生した最初の新支部である︵注巧︶。そしてその五か月後に は第二支部から一支部、第六支部から一支部、第四支部から一支部、さらに新支部の中の四支部から各一支部、総 計七支部が誕生し、総計三十支部となった︵注肥︶・これらの教勢を背景に同年七月の第十三回臨時総代会では、教 団は﹁本部中心主義﹂を打ち出した。これは庭野会長、長沼副会長による個人指導の布教活動や財務運営を、組織 によるそれへと改革することを意味した。それはその後の更なる教勢発展の礎石になった施策のひとつであったと
が紹介している。 、表1年別会員世帯数及び増加率︵昭和十九年∼同三五年︶︵次頁に掲載︶ ⑧中野区神明町三六番地︵現中野区弥生町四丁目三四番︶の借家二軒長屋の二階六畳と四畳半を最初の本部とした。 ⑨﹁本部道場﹂は杉並区和田本町七○九番地︵現杉並区和田一丁目十五番一号︶において昭和十六年十一月八日地鎮祭、翌 仰昭和十三年三月、庭野日敬師︵一九○六∼一九九九︶・長沼妙佼師︵一八八九∼一九五七︶によって創設された法華系の 在家集団。なお昭和三十五年六月に立正交成会を立正佼成会と改称している。ここでは原則として立正佼成会と表記する。 なお庭野日敬師・長沼妙佼師を教団では昭和五十三年より庭野開祖・長沼脇祖と尊称を付して呼んでいる。以下本稿でも庭 野開祖・長沼脇祖あるいは会長・副会長と表す。 ②一九七八年︵昭和五三年︶教団創立四十周年を期して設置した﹁教団史編纂委員会﹂が編集し、一九八五年︵昭和五八年︶ から一九八五年︵昭和六十年︶の間に佼成出版社から発刊した。本部史、教会史、年表の三部、全七巻からなる。 ③拙稿﹁事務日誌﹂は﹃中央学術研究所紀要﹄第二二号︵平成五年︶で筆者が紹介した。 い日報の昭和二三年八月一日から同一一四年七月三一日までの一年間、﹁日報綴︵抄︶﹂︵森岡清美・白水寛子︶として﹁中央 学術研究所紀要﹄第九号︵一九八○年︶に収められている。 ⑤﹁日報綴︵抄︶﹂の全文完全翻刻は五日、全文省略した日にちは九四日、一部省略は二六六日である。 ⑥昭和二四年八月一日から同年十二月三一Ⅲまでは﹁日報綴︵一︶﹂として﹁中央学術研究所紀要﹄第一一四号︵平成七年︶ に、同一一五年一月一日から同年六月三十日まで﹁日報綴︵二︶﹂として、同研究所﹁紀要﹂第二五号︵平成八年︶に、同二 五年七月一剛から同年十二月三一日までは﹁日報綴︵三︶﹂として同研究所﹃紀要一第二五号︵平成九年︶にいずれも筆者
解題及び解説注記
165十七年五月七冊入仏、落成式を行う。その規模は木造平屋建延床面積約八二・五平方メートル。﹁本部修養道場﹂完成後は ﹁二五坪の道場﹂と呼称された。立正佼成会発祥の地にある妙佼殿の東に隣接していた。二六年九月佼成霊園に礼拝堂とし ⑫教団史編墓委員会編﹁立手 会から教団へ﹂三九頁参照。 卿総代会は﹁立正交成会定却 (12)(11)⑩ 7)(16) 員数も四七世帯と小規模である。 総代会は﹁立正交成会定款﹂癖 長任命の承認等の機能を有した。 “表2昭和二阿年一一月発足新支部会員世帯数︵昭和二四年一一月末現在︶︵次頁に掲載︶ ⑮昭和一二年四月に野崎支部が第一支部から独立している。しかし、同支部長は茨城県多賀郡大津町︵現北茨城市︶に在住 し、自宅を布教の拠点としており、会員も幹部も殆どが大津町の住人であり、支部長の導きの系統である。また発足時の会 て移築された。 表3昭和二四年八月発足新支部会員世帯数︵昭和一一四年八月末現在︶︵次頁に掲載︶ 表4〃別会員世帯数及び増加率︵昭和二四年二月∼同年七月︶︵次頁に掲載︶ 教団史編墓委員会編﹃立正佼成会史﹄第二巻、佼成出版社、一九八三年。﹁第一章佼成教団の発展と機構﹂﹁第二節単立教 昭和二一年五月二八日交付の﹁臨時建築制限令﹂ではあらゆる建築物を一戸五○平方メートル以下に制限した。 前注7﹁表1﹂参照。 に規定された﹁総代﹂による重要事項の決議機関であり、会長、副会長の推戴や会長の支部
7 表 1 年 別 会 員 世 帯 数 及 び 増 加 率 7.4 7.0 12 ☆静岡支部は静岡県富士宮市に所在した(筆 者作成) 27 12 表 4 月 別 会 員 世 帯 数 及 び 増 加 率 29 ☆ 親 支 部 と は 新 支 部 が 独 立 直 、 前 に 所 属 し て い た支部(筆者作成) 23.3 12 3 4 5 6 167 (筆者作成) 表2第一次新支部会員数(s24.2月末) 表3第二次新支部会員数(s24.8月末) 〃 920 (筆者作成) 1,566 1,150 801 499 391 ク fI旨 19 20 2: フワ 23 24 25 26 28 3U 3ユ 32 33 34 35 } 』 12 12 12 12 12 12 二2 X2 12 12 二2 12 二2 』2 遁 ′ 曙 数 皇,二2 二,277 3.242 9,542 ユ7,983 32餅425 60,620 91,883 ユ33,232 ユ92.307 260,284 320,847 298,3に 330.556 385,68』 心1,472 399.806 増 川 数 ユ65 二,965 6.300 8,441 14.442 28,コ95 31,263 4二,349 59,075 67,9 60.563 △22546 b5 55,125 具8才791 △4.666 増力畔『(雑 :4.8 二53.9 二94.3 88.。 80.3 87.0 51.6 45.0 44.3 35.3 △ 7 − 0 ユ0.8 16 1.9 △ 1 . 2 親 文 部 第舌文部 第六支部 │測野支部 ;:村文部 大 眼 支 部 本 支 部 第i』リ支部 新文部名 杉:11 宮 崎 . . 葉 郷 言四 イヱ ノ 暗 闘 会員数堂器 弓,666 ユ,48二 ユ,253 :、286 796 628 233 年ノ』 4.2 、 [ 均 会員数世帯 ユ9,497 22.340 24,815 27,147 29.046 30.904 増 雌 数 △RR6 2.843 2,/175 2,332 ユ,899 1.858 1,762 増ノj:率% △4.1 14.6 二.1 9.4 6.4 親支部 K瞳 ・立間
糞〃〃〃〃〃
搾蛎 第六文郁 第 肘 文 部 折支幣│銘 野 星。。﹄︽鷺命寺牡邑・’ 一判Ⅷロ..斗鵬.︲越・.﹄ 一一︲い・〆遠稲中 久 本 j 皇 村 ■■且■ ﹃0釦0− 野 村 会段数:;t符 1,052 455 1,946 593一、判読不明の部分は□とした。 一、SN、NK、NGは検印欄の印影を意味し、SNは佐野の印影で総務欄に、NK、NGはそれぞれ中山と長沼 一、文頭の算用数字は年月日を、次に七曜・六曜・天候・当番支部名、漢数字は入会者数表す。 の印影で事務長欄に記されている。 一、旧字体は原則として新字体に、送りがなは旧送りがなとした。 一、記入者独自の当て字や表現は、文意の通じるかぎり原文のままとした。 一、読みやすくする為、適宜句読点を付した。
凡例
読みやすくする為、適︷ 単純な誤字は訂正した。 一、︹]は日報用紙のゴム印文字である。但し二月十七日以降は活字体である。 一、︹︺は翻刻者が補正又は加筆したもの。 一、文末のS、Nやnはその文章の記入者を表し、Sは佐野元章、Nは中山貢司郎、nは長沼基之を意味する。U は記入者が不明であることを意味する。︵1︶︵2︶
型.2.1︵火︶仏滅冒雲第七支部七七名
SNNK
︵3︶︵4︶
朝礼時命名御願ひの様式変更を注意下さった.之も
︵5︶ママ つまりは両先生に患らわしさをお掛けしない と云︹う︺親孝行の一端になれば良し。 一、来客東京消防署予防事ム所長若林殿と杉並消防署︵6︶ママ
員二名にて新道場の建物並消火設備の険査にお越 しなされた。消火器の位置と設置方を伝授された。 ︵7︶ ︹着信︸身延山専門部中里先生︵両先生宛︶ ︹記入者中山事務長︺ ︵8︶型。2.2︵水︶大安皇一一第八支部四七名
SNNK
朝礼時節分行事の心構へ等申合せた。
一、節分行事に使用のミカン大箱一箱、パン等の用意 万端を1と鼠のへた。尚道場内も明日へ備へて完備 させて頂いた。︵9︶︵皿︶︵且︶
一、会長先生御郷里より、白自利殿と本家の若日一那で行 ︵皿︶ 劉・2.3︵木︶赤口小雨本部一一一一一一名SNNK
ママ朝礼定時に施行し、直に行事の人選並に部所に附い
て頂くことにした。 。◎ 特筆両先生御先導の元に施行された節分行事Jも、小 雨には邪魔されたが、戦災・引揚孤児さんを中心 に来賓の方多数を迎へて、豪華とも云ふ可き盛大 なる行事に終始した事も、即ち両先生の御徳が愈 高く御慈愛が愈々深き事を、何時も乍らではある が万感胸に迫るものがある。尚書加へるなら、五 十番余出演人員七十名余に、然も一人々々に御祝 儀と中食とお八シの御心配迄頂き、各々感激して 、来客杉並消防署員御見えになって、明日の行事の 事に参加の御心にて御上京なされた。 ママ 届書を御持参願って要士心を記入し居乍ら届済みと なった。 ︹記入者中山事務長︺ 169︵Ⅳ︶
劉・2.4︵金︶先勝晴第一支部一二一名
帰った。 やうやくにして四時五分節分行事も諸天善神の御 加護を頂きつ、幕を閉ぢた。 一、松沢迄誰より⑩届く。計加也完納した。 ︵略︶︵皿︶佐野
一着信︼身延波木井山岩田先生︵両先生並に耐︶宛一 中山 通︶ ︹記入者中山事務長︺ ︵型︶型。2.5︵土︶友引晴第一一支部一四一名内野崎
支部五九名を含むSNNK
︵記︶ 朝礼時定期券申請の件に付注幸忌あった。 一、虚空蔵菩薩様御命日を両先生御先導のもとに幹部 一同参列し、御供養申上させて頂いた。 一、午前十時説法会開催さる。本日は特に各支部長殿 お揃ひの希れに見る説法会が繰広げられた。天候 の事であった。 可害の請求があった。再会は来る八日午後一時と ママ 愚感Ⅱ引続いた行事も昨日の節分にて一応方附いた。 ママ 今朝来何がな閑散裡に一日の修業を終へさせて頂 ︵幻︶ いたが、尤も明日は虚空蔵菩薩様の御︿叩日も控へ ママ て居るのか寛寂の感が深かった様だ。︹着信]杉並ノ家庭学校︵会長先生宛︶〃白王学
︵理︶ 園︵同︶同上学園児、水井・沼田両君より︵会長 ︵羽︶ 宛︶身延竹之坊︵総ム宛︶ ︹主たる記入中山事務長︺SNNK
朝礼時今朝より施行時間を午前八時一二十分に改める。 ︵鴫︶ 尚注意としては日々幹部さん方の法座の位置 心構へ等あった。 ママ 一、節分行事の残ム整理諸支払等を方附ケた。 ︵咽︶︵釦︶ 一、廿三年度下半期決算書両師に御報告御諒解を得た。 S 一、来客都の建築課より一一名御見えになり、建築許に恵まれて四、五千の会員は最後の会長先生の御 法話二十九分を拝聴した。 ママ 一、午後一一一時一一一十分より支部長臨時会議ありたり、用 ︵妬︶ 旨は総ム殿担当せり。
一、来客杉並消防署主任殿並に遠藤殿にて建築の見
︵”︶ 学にお見えになった。奥沢氏が本日は居ったので、 都合が好かつた。 ︵認︶ 一、同立正吉向女馬田校長お見えになり、両先生御面 接なされた。用件は日本仏教の新生と云ふ本をお 持ちになり、会員に配布方を要請された。 一、午後三時より支部長会を行ふ。S ︵”︶︵鋤︶︵弧︶︵犯︶︵詔︶︵別︶︵弱︶︵記︶ ︵本部長、第一、二、四、五、六、七、八、野崎支 ︵訂︶ 部長出席ス︶。S ︵鍋︶ 一、会計監査施行ス・廿三年下半期決算圭昌、監事岡野、 ︵釣︶ 奥沢氏監査終了ス。S ︵卿︶ ︻着信一身延田中屋殿︵両先生宛︶秋田渡辺氏︵第二支︵似︶︵狸︶
部長宛︶埼玉龍宝寺殿︵妙佼先生︶清水向後氏 ︵蝿︶ ︵第八小沢氏宛︶身延若松や殿︵本部宛︶ ︵製︶劉・2.6︵日︶先負晴第五支部六九名
SNNK
朝礼時定期に施行した。
︵妬︶ 一、総代会施行、午后三時十分開会する。山山席者五十 ︵妬︶ 五名也。両先生並に柴田顧問の御臨席を得て四時 三十分閉会した。最后に妙佼先生より、御床上げ ︵卯︶ 御祝に総代さん並に幹部さん方にばんさんの御配 慮を頂いて辱ふした。 一、来客波木井の執事殿御内儀御見えになる。妙佼先 生より中食の接待を頂いて御帰山なされた。 ︵妃︶ 一、第二、久保田支部長病休なさる。 ︵蛸︶ ︹発信︸野崎支部宛︵御選々ロ︶ ︻着信一大岡秀吉︵秋本︶S ︹主たる記入中山事務長︺ 杉並白王園児畦確君︵両先生宛︶ 〃 ︹主たる記入中山事務長︺ 171一、線香弐○○函入荷ス。S 一、第二支部長休む。 ︵砲︶ 一、岡部会計氏公休さる︵両師の御認可︶。 一、久保田支部長も病休さる。 一発信一野崎貢一郎U
︵発信︼田中屋旅舎S小笠原製材所様方鹿内克太郎
︹主たる記入中山事務長︺ 一、柴田顧問御見えになる。一趣諏詞崎吐他叫温誕維劉・2.8︵火︶大安晴第八支部四六名
SNNK
朝礼時戒名受付の変更の件、戒名受付は本部の戒名
当番にてお戒名を受付る事にした。 ママ 一、建築倹査施行さる◎建築課長外弐名片山氏案内さ ママ る。無事倹査通過した。S 一、来客元嶋田川関来る。会長先生御面接なされた。一、同柴田顧問へ民生事業者調書を出す。S
一、同建築家片山殿来る。S
一、城西タイムス社堀田記者来た。能く諒解して帰っ た。S 一、廊下上敷き造り直しを日本建材中野工場に頼む。 S 祝第六支部長殿御婚礼なさる︵目出度仕目出度仕︶。 第二支部長殿病休す。 ︵弱︶ ︷着信一新潟庭野京子殿︵妙佼先生︶秋田倉田氏︵第二支部長宛︶同渡辺氏︵同︶
︹主たる記入中山事務長︺ ︵印︶劉・2.7︵月︶仏滅晴第四支部五四名
SNNK
朝礼時定時に施行した。総ム殿建築家片山殿へ行か
れて居たので代行した。 ︵団︶ 一、両先生午后より第五支部御︿叩日へ御出ましなされ た。 一、建築鑑査員の件、片山氏と打合す。S一、同仏教新聞社小笠原殿御見えになる。総ム殿
面接する︵新聞発行につき応援方申し込ま る︶・ 身延山事ム所佐々木様へ。S 一、第二支部長、久保田支部長共に病休也。 ︻着信]台東区鈴木玄勝と云ふ方より拾得物として届 けて下さる︵第二支部小石川きい宛︶朝日生命ヨリ ︵会長先生宛︶身延江戸屋旅館︵本部︶電話局ヨリ ︵弱︶ 税︵本部宛︶横スカ館野殿ヨリ︵福田守利宛︶ ︹主たる記入中山事務長︺型・2.9︵水︶赤口晴第七支部五五名
SNNK
朝礼時喫煙室を定めて置きたれば矢鱈の所にて煙草
を喫はい様注意した︵担当総務殿︶・ ︵副︶ 一、道場廊下用ウスベリ作製に畳屋さん仕・: 民生事業調査報告下調べ打合せの為。S一、来客柴田顧問先生並に区役所教育課のお方見え
る。 ︵邪︶ 型・2・的︵木︶先勝雪後白雲第六支部一一一七名SNNK
朝礼時喫煙室の問題が早速起ったので重ねて注意あ
った。 初雪は一切を浄めて小半日降ったが積る所ま で降らなかった。 一、身延山御礼参拝の同行者の申込〆切日と定む。特筆両先生お揃ひにて第一支部の御供養に午後から
御出ましになる。一、来客柴田顧問先生御見えになる。元防犯主任の
池戸殿御同伴だった。総ム殿面接さる◎ 一、日曜日の指導を如何にするかと云ふ面で実行委員 ︵師︶︵銘︶ 三氏集合して委員会を催した。委旨︿久本、国分、 ︵弱︶ 太田の各三氏なり。 一、午前身延の田中屋電話した︵特急身延妬へ︶。又午 后より田中屋から電話ある。何れも今回の御礼参 拝の打合せであった。 一、第二支部長引続き病休なさる・但し経過良好の由。 173一、久保田支部長病気全快出仕する。 ︻着信]北埼玉古沢殿ヨリ︵妙佼先生宛礼状︶ ︹記入者中山事務長︺
劉・2.値︵土︶先負雨第一支部二五名
SNNK
朝礼時本日に限り午前九時施行した。参加数三十七
名。祈願ノ事、両先生と同行百四十名の方々 の道中祈願を申合せた。特筆身延山御礼参拝に両先生御先導にて会員一百四
十名余参加する。夜来からの雨にたたられた。 修業、修業。 午前八時五十分両先生お揃ひに、お供は第五、 第四、本部長附添ひにて自動車を以て新宿駅へ お出発なされた。 一、当会修養道場模型を箱包にして身延へ発送する為︵髄︶︵“︶ママ
に林蔵殿諸井氏にて新宿駅へリャヵーデ運んだ。 一、身延弱へ特急にて掛ける︵参拝打合せのため︶。︹着信︺身延山樋口是端殿︵両先生宛︶新潟庭野公
︵“︶ 利︵両先生宛︶清水市向後氏︵第八小沢氏宛︶ ︹記入者中山事務長︺劉・2.Ⅱ︵金︶友引晴本部五七名
SNNK
朝礼時定時に施行した。総ム殿注幸忌無し。︵帥︶︵団︶
一、総務殿御守護神に十界塁陀羅の御鎮座也。此上も 無い御目出度であり、尚且つ両先生にて御鎮座な ママ される、一一重の御嬉ぴ也・ 一、道場廊下用ウスベリが完成した。それぞれ番号を 記入して定位置に敷易く成した。 ︵舵︶一、来客立正大学校次長安永殿来る。趣きは当会の
ママ 経義と御本人の事業に援助方懇請であった。 ︵銘︶一、同中友会総裁功刀殿来る。過日花村四郎先生演
説の折りの御礼に会長先生へとの趣きであったが 不在のダメ再会を⋮ 一、中野電話支局より電線工事に関し調査ありたり。型。2・喝︵日︶仏滅晴第二支部六三名
SNNK
朝礼時今回の様に臨時手不足の場合は各支部の残っ
た幹部さん方で助合って朝夕の清掃をさせて ママ 頂く様う注意させて頂いた。 一、第二支部の当直お当番だったので、本日限り事ム ︵師︶︵銘︶ 長鑑定に出る。日曜と快晴に恵まれて道場内も賑 わった。 ︵的︶ 一、入神者手不足の為め夕景より第二支部諸井係のお 通夜に事務長出張した。一、来客庭師の関東造園主見えて、図面の返却方を
一、幹部の総員身延へ参拝と一日中の雨にか、最近に 無い道場内の閑散振りであった。 一、夕景に見知らぬ男が雨中、道場の見学と申して庭 園をハイカイした報に接したが、会へなくって残 念した。今後共よくノ、注意したひ。 ︹記入者中山事務長︺型。2.M︵月︶大安曇後晴夕立アリ第四支部
五九名SNNK
朝礼時当直お当番に対し二、一一一の御注意をさせて頂 いた。自ら当番の机に坐って見るといろノ、 気の附く所があるものである。 ◎両先生身延山御礼参拝同行者百三十六名無事帰京す。 非常に有意義の登山で有る。S特筆両先生に於かれては同行者百四十余名を従へら
れ、今回の身延山御礼参拝より午後七時御機嫌 よく御帰社なされた。 懇請された。後日送ることを御約束した。 ︵、︶ ︷着信]沼津の結城先生より光のとも送らる︵総ム殿 宛︶杉並区役所ヨリ税金令書来る︵本部宛︶静 岡有路氏ョリ︵第四支部長へ︶東京都教育庁調 査課︵庭野会長先生︶江戸川常田氏︵第二支部 秋元︶ ︹記入者中山事務長︺ 175︻着信︼新潟十日町庭野公利殿︵佐野総務殿宛に︶ ︹主たる記入中山事務長︺ 宗門的にも町方の人々も定めし、厚き大慈大悲 に感激を新らしく致︹し︺たろう事が拝察される。
一、来客京王帝都バス小山課長殿小泉殿他一名と御
見えになり回数券依頼と今後の懇請方を申出た。 尚杉並警察へ交成会門前引入れの諒解方を懇望な されて居た。劉・2・帽︵水︶先勝晴第六支部六一名
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朝礼時定時に施行した・お当番の心構へ等申合せた。 一、来客和田本町福祉会の幹部二名御見えになる。 ︵民生事ム所長並に福祉司銭目氏来訪さる・S︶ 当会より立看板を寄贈するのである。 一、土地取得税通知に接し、免税の件につき区役所係 ママ に招合す。S ︻発信一東京都教育庁調査課宛︵調書を送る︶ [着信︸信者常田氏︵第二秋元氏へ︶ ︹主たる記入中山事務長︺ ︵、︶ 一、総ム殿柴田先生宅を御訪問される︵土地の件に付キ︶。 一、杉並治安協会へ金壱万円也御寄附した。 ︹着信一共同募金委員会︵本部︶秋田栗沢氏︵第二峯田 宛︶ ︹記入者中山事務長︺劉・2.柘︵火︶赤口晴曇第五支部七八名
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朝礼時定時に施行した。
一、本部御命日を両先生御先導のもとに午前九時より 施行した。引続き午前十時三十分新道場に於て説 法会を開催した。各支部より十七名の御指名があ った。 一、午後二時四十分両先生の御説法を結びに終了した。 一、関東造園へ図面を返却した︵諸井氏担当︶。劉・2.F︵木︶友引晴天第七支部六一名
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朝礼定時間に施行した。 ︵だ︶ 一、出張、埼玉の第三支部へ本部長サン、第五支部長、 第七支部︹長︺サン三名にて支部の御命日へ出張な された︵午前七時出発する︶。 一、臨時総代会を発表する・日時は二月二十日︵日曜日︶ 午後三時より施行する事。 一、来客建築の片山殿御見えになる︵午前十時︶総務 殿面接した。 一、仏教新聞の小笠原殿午后より来訪した。会長先生 御面接下さる。一、同城西タイムス社大山社長と従者一名にて来訪
ママ ママ された。日く経営困難の為め扉風壱申又にて十万円 型・2.F︵木︶友引 ︵ね︶白正より、新式に移す。N
︷発信]庭野公利S劉・2・佃︵金︶先負曇後晴第八支部五八名
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朝礼時各支部総代者へ来る二十日の臨時総代会開催
に付参集方を注意した。︵拓︶︵両︶︵沼︶
一、本日より総戒名並に戒名の取扱ひは凡︹て︺本部の 方にて行ふ事になった。 ︵ね︶ 一、第二支部岩崎氏身延七面山参拝申込圭自印刷物壱万 弐千枚届けて頂いた。 約した︵総務殿面接される︶・ 也を要求なしたのに依て、総代会に提議する事を 一、雑件中野登記所へ法人の抄本と土地謄本を依頼に 行った︵中山出張する︶。 [発信]川口市松沢支部長宛︵総代会開催ヲ報ズ︶ ︵刺︶ 新潟十日町庭野公利殿へ︵総務殿名義ニテ︶ ︵だ︶ ︷着信一身延教報誌︵本部宛︶同前総務藤井殿辞任ノ挨 拶状︵両先生宛︶ ︹記入者中山事務長︺ 177一、同同午後より角封筒壱千枚他届けに来
た。一、雑件中野登記所へ依頼した抄本謄本を取らせた
︵諸井担当︶三百円支払った。 ママ一、同毛布入の箱書を済ませ彰脳を購入して毛布
二十一枚を納めた。 ︹発信︸身延本山教報社へ﹁身延のお祖師様﹂と云︹う︺ 刊行本を三百冊予約した。一部二十円 ︹発電︼茨城ノ野崎支部宛︵本部ヨリ︶︵総代会案内状︶ 木村担当ス。 ︻着信]波木井山岩田尭親先生︵両恩師宛︶同同︵総務宛︶
身延山田中屋旅館︵本部宛︶秋田栗沢氏︵第二 支部長宛︶静岡高木氏︵第七支部長宛︶ ︹記入者中山事務長︺劉・2.釦︵日︶大安晴第一支部九九名
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朝礼時北側石の塀に付き報告があった。即ち石塀は
︵印︶ 両先生に於かれて多額の金数を以て交成会の 外へきをお守り下さると云ふ、誠に有がたい 極みである云々︵総務殿担当さる︶。 ︵艶︶ 一、両先生御指導の一元に最高幹部会議が施行された。 一、過日の総代会に提案となって居た日曜日を如何に朝礼時定時間に施行した。
するか?。実行委員三名が︵久本、国分、太田︶大 体の骨シを持寄って来た。 一、来客杉並税務署より二名御来訪になる︵帳簿其他 の御調査の為︶。 一、身延田中屋旅館殿より去る十六日山梨放送局から 放送された、例の交成会道場の模型デコレーショ ︵帥︶ ン身延山:. ︹記入者中山事務長︺型。2.伯︵土︶仏滅晴本部五九名
SNNK
勿論本日の総代会に先達って新支部の発表と内容 ママ の制備等重要な面の御注意が細々とあった。 ママ︵銘︶ 特筆荒井先生昨日、永眠なされたと電報があった。高 齢とは申乍ら誠におしまれる先生の御存在でも あったろう。 ︵別︶
同臨時総代会を施行した。両先生御指導のもとに
会の内容充実を目的とする新支部の発表があつ ︵錨︶ た。即ち十支部を増設し、久保田支部と細谷支︵郡︶ママ︵説︶
部当宿当番を独立させて、合計二十支部が成立 した事になった。 ︵認︶ 之に準じて事務長制を廃し執事制として、此任 ︵鋤︶ に長沼基之氏となった。以上議事録参照の事︵四 時三十分終了︶。 ママ 両先生に総務殿お共して柴田顧問宅御訪問なさ れた︵午後五時より︶・ [発電︺故荒井先生許へ弔電を打った ︹着信]大田区馬込沼田氏︵第二井草宛︶身延上津寺ヨ リ︵妙佼先生宛小包が届く︶ ︵卯︶型.2.劃︵月︶赤口冒雲大里支部五五名
SNNG
朝礼時新支部設立第一日に付、総務殿依当番の心構
等に付き注意事項あル。 ︵虹︶︵蛇︶ 一、午前十時依り妙佼先生宅︵虚空蔵菩薩様御神前S︶ に於て支部長会議開催す。議題副支部長及支部会 計選定の件。 一、中野公共職業安定所古谷氏外一名来訪︵寄付の件︶。 一、会計報告用紙、身延山参拝者カード、新支部長役 員章渡す︵各支部長︶・ 一、道場建築届及不動産取得税免除申請害区役所に提 出す。 ︷発信︼田中屋旅館三万七千円送金す︵借用分︶ ︹発電]新井先生電報為替︵先生ヨリ︶ ︹記入者中山事務長︺ 179︹着信︸小川ハル同 山氏委任︶、 ︹主たる記入佐野総務︺
型・2・型︵木︶先負晴第四支部七○名
SNNG
−、朝礼時、入信者申請方申合す。当番は経本を入念 ︵弱︶劉・2.鍋︵水︶友引冒雲玉村支部六四名
SNNG
−、朝礼時、植木奉納の件に付き総務殿依り各支部希 望者の方へ取計上方依頼す。 ママ 一、柴田顧問様へ労動安定所寄附の件依頼した。S ︵肥︶ 一、森田家勧請之大御冨巽陀羅出来上った。代払ふ3、 no︵UハUO︹b 一、松沢支部長氏と白衣染上げ方一切一任打合七す。 ︵b 一、久本支部御命日に両先生御参拝され、支部︿叩︹名︺ 御祝被遊る。 ︵師︶ ﹃発信︺野崎一貝一︵命名︶速達 ︹着信]野崎支部︵命名願︶ ︹記入者長沼執事、佐野総務︺劃。2.浬︵火曜︶先勝曇第二支部六○名
SNNG
−、朝礼時。 一、各支部会計係へ帳簿を渡した。 一、大里支部御命日にて両先生御参拝され、支部命名 ︵兜︶ 御祝被遊る。 一、新支部長並二副支部長及支部会計係へ辞令伝達式 を午前九時より施行さる◎爾後旧支部副支部長及 ビ会計係へも辞令を交付する事とした。 一、立正大学専門部次長安永弁哲氏来訪ス︵日本義肢協 会の芸能大会々員券引受方懇請アル︶・同会々長賀 ︵弧︶ 陽敏子様は以上の件につき二十五日午後一時頃来 訪方約した。 ︻着信︸小川ハル日本仏教の新生百五拾部︵配布方中型。2・西︵金︶仏滅雨遠藤支部五八名
SNNG
−、朝礼時。 一、朝礼後事務室に於て支部長会議施行す. ママ に調べて渡す事注意した。当番一人戒命渡し方取 扱ふ事にした。S 一、片山氏へ物置、便所建築許可申請方依頼した。S 一、立正大学安永氏ハ電話にて賀陽様御来館の日時を 廿六日午後一時に変更す。S 一、中野杉並タイムズ記者来訪ス。ナシ。S 一、入信者申請三十名ハ、両先生ノ許可アリタルニ依 り明日カラー週間水行スルコト。 一、大谷石代金拾万円也支払︵小川氏︶。 ︹発信︼野崎貢一︵速達︶ ︹着信]長野県杉田光世︵両先生︶野崎貢一︵書留︶赤 ︵兇︶沢江戸屋久遠寺執事庭野公利
︹記入者佐野総務、長沼執事︺ ︵Ⅲ︶型・2.記︵土︶大安白雲野村支部五九名
SNNG
−、朝礼時、身延山参拝第一回締切報告三月一日。 ︵皿︶ママ 修行日再会毎月十日、二十五日の二回。 入信者入信式三月三日以上決定事項達した。 一、地所登記済み︵九拾五坪梅田氏ヨリ︶。 ︵皿︶ 一、両先生新館二御移転なさる。目出度し︺ノノー、、。 ハロ ー、京王バス回数券壱、○○○冊引受けた。S 議題入信者の件、発音者の件、御指導及修業日の 件、其の他︵内容会議録に︶。 ママ 一、会長先生柴田顧問と共に民政事業表彰式参列す︵神 田共立講堂︶。 ︵”︶ 一、厚生事業団賀陽様夫妻及池村事業部長来訪す︵義肢 協会援助方につき懇請さる︶。 一、立正大学安永氏外二名来訪。 ︹記入者長沼執事︺ 181午前九時三十分より支部長会議施行す︵第一応接間 於て︶。 両先生御引越し御祝として各支部長一同を以而丸 テーブル壱個差上げた︵価九、八○○円也︶・二十二 支部長︵行田支部長除く︶。S 片山氏外一名来館さる・物置並便所申請方依頼す。 S 会長先生︵執事同伴︶野村支部御︿叩日に御参拝なさ [発信一 ︹着信一 一、 一、 手伝ふこと。 ︵Ⅲ︶ 一、行田支部発表したoS
型。2・刀︵日︶赤口曇時々小雨第五支部
八五名SNNG
朝礼時、当番支部の外各支部一名づ、出て必ず掃除を 長野県杉田光世︵総戒名︶石川岩市より︵第二支部長宛︶〃︵第
六支部長宛︶身延田中屋より︵本部総務宛︶ ︹記入者長沼執事、佐野総務︺ ︵雌︶型。2.羽︵月︶友引晴井草支部一一一二名
SNNG
−、朝礼時、定期券使用の方は三月一日より出勤簿に 付けることを達した︵駅よりの達しに依り︶。 一、御本部御命日九時より御供養申上た。 一、午前十時三十分より説法会実施す。新支部長全部、 久保田、野崎、執事、総務、最後に会長先生御説 法下さった。二時二十分終了す。 フ︵︾に︵﹃︺ 一、副会長先生岡野支部御命日に御参拝なさる。S 一、事ム所用茶テーブル一個買求めた︵価一、九五○円 也︶。S 一、御勝手用御盆角四枚丸二枚買求めた︵価弐、○五○ 円也︶。S ︵皿︶ ︻着信]秋田県渡辺尚子︵第二支部長宛︶一月森県伊藤八 重︵両先生宛︶ ︹記入者長沼執事、佐野総務︺劉・3.1︵火︶先負晴第六支部六三名
SNNG
−、朝礼時、お題目を後の方の方は前に並んで居る支 ママ 部長さん方にそれへて唱へること。 一、定例発音修行午前七時三十分より実施した。 一、南側石垣の代金全部支払済。 一、増測氏へ電キ設備御礼をしたoS 一、両先生の御慈悲にて、御引越御祝宴に支部長連及 一、野崎支部から布団二枚組弐組寄贈なる。S 事ム関係者及現場員一同娼名御馳走になった。終 って支部長一同両先生より御懇切なる御教訓を賜 ったOS 一、現場手間支払をした。 一、白衣注文五百着分松沢支部に依頼、内金五万円支 払した。 ︹着信︼増子巽一︵第五支部長宛︶ ︹記入者長沼執事、佐野総務︺ ︵叩︶劉・3.2︵水︶仏滅晴田村支部六八名
SNNG
朝礼時。 一、午前十一時ョリ支部長会議施行す︵於第一応接間︶。 ︵畑︶ ︵親支部に参拝の件及其他申合せ事項、報告事項︶・ ︵Ⅷ︶ 一、身延よ︹り︺小玉屋の奥さん来訪さる・ 一、田部井氏外一名来訪す。 ︵Ⅲ︶ 一、第二支部に大冨巽陀羅御勧請された。両先生御勧請 一、仏教の新生百五拾冊代、非凡閣に支払した二四四 一、民生事務所に立看板を届けた。 ○○円︶。 一、取引高税申告済。︵伽︶ママ
一、御守護神、御目実陀羅申請の受付五日の日に返更し た。 [発信一木西繁美︵速達命名︶ ︹着信一埼玉県青木作治︵総ム宛︶福島県木西繁美︵本 部宛︶望月武雄︵第四支部長宛︶ 183の為第二支部に参拝なされた。
型。3.4︵金︶赤口晴第七支部七四名
SNNG
−、朝礼時、三月六日の総代会の発表した。 一、入信者の戒名当番日割表を作成し発表した。 一、井草支部御命日に両先生参拝された。支部命名の 御祝被遊る。 ︵山︶ 一、鉄塔の下に土を盛り周囲に石を積み植木を植へて きれいな庭園とした。来客内山博・大久保正八郎氏非凡閣根岸氏外一名
︵仏教書見本二冊持参す︶柴田先生来訪す。 ︵服︶ ︻着信︼加陽恒雲忠様より︵会長先生宛︶身延若松屋︵本 ママ 部宛︶杉並税務所︵会長先生宛︶ ︵川︶劉・3.5︵土︶小雨時々白雲岡野支部六七名
SNNG
−、朝礼時、御︿叩日に付特にお当番の注意を達した。 一、本日は虚空蔵菩薩様御命日にて午前九時より御供 養申上た。訓。3.3︵木︶大安晴︹空白︺支部五二名
SNNG
−、朝礼時、お当番に対する注意事項。 一、第四支部御命日に両先生参拝された。 一、各支部役員及び幹部さん方に手当支給された。 ︵山︶ 一、午後三時ヨリ入信式。入信者三十九名は会長先生 ︵皿︶ 御先導の下に奉垂感修行約三十分後、会長先生のお 話あり。入信者本部の神前に於て最初の戒名を書 くお許を得た。 一、両先生の室に拡声器を取付した。来客尾崎毒氏︵住宅の件︶身延の強力遠藤氏しだれ
桜持参した瓦斯会社より三名来訪した
︵叩︶ ︻着信]茨城県新井つれ︵両先生宛二通︶有路圭忠太郎 ︵第四支部長宛︶型。3.6︵日︶友引曇第八支部九三名
SNNG
−、朝礼時。 ︵伽︶ 一、定例発音修行午前七時三十分ョリ実施シダ。 一、午前十時より説法会開催す。本日の説法者は各支 ︵Ⅳ︶ 部副支部長及細谷支部長説法者二十二名の大多数 と最後両先生の御説法があった︵午後二時二十分終 了︶。 一、身延山参拝の放送一部修正した。 一、御守護神、御呈陀羅様御申請締切。 一、最近忘れものが大変多くなって来た。本日は拡声 器を以て再三放送して忘れものを防止した。 一発信一若松屋商店S ︵川︶ [着信︸木田繁美︵本部︶疋田英肇︵両先生宛︶栗沢条 三郎︵第二支部長宛︶鈴木啓子︵第二支部長宛︶ ︵叩︶ 門間︵第六岩瀬宛︶新井庸恵︵会長先生宛︶向 後京子︵第八小沢延江︶ 一、玄関に備へ付けの消火器一個子供のいたづらにて 破損した。 一、第一支部水野氏百五十燭電球五個持参した︵四五○ 円︶。 ︵皿︶ 一、午後三時より総代会実施した︵於第一第二応接間︶。 両先生御出席なされた。 定カンの変更総代百名以内を二百名以内とす。各 支部会計以上で総代になっていなかった人、新に 二十名を総代にした。其の他の決議事項及申合せ 事項︵以上議事録参照︶・一、身延若松屋より数珠が届いた一杜型雨迩十連
︵皿︶型。3.7︵月︶先負晴後宮雲中山支部八○名
SNNG
−、朝礼時、総務殿御宝前の板が割れて居るのに気が つき、一般の方に注意あり。品物を破損又は事故 を起した場合、すなおに申出ること。法華経を唱 へるもの魁心掛である。 185会員徽章は導の親が注意してなるべくつけること。 ︵鰯︶ 一、喜捨箱を開いた︵壱万四千五百拾参円四拾八銭︶・ 一、午後三時より道場に於て新発音者二十六名の修行 があった︵先輩支部長応援︶。 一、電話の外線工事やった。 一、富士見町の家上棟式。
来客身延別院住職藤井教仁師来訪
一、杉並民生事務所を通して杉並区役所に自転車配給 申請害提出した。 一、両先生田村支部御命Hに参拝なされ、支部命名の 御祝被遊る。 ︵畷︶型.3.9︵水︶大安晴久本支部五○名
SNNG
−、朝礼時。 一、十五日御命日の説法者氏名及原稿十三日迄に提出 する様達した。 一、発音修行三時より実施。第五支部長さんに御降臨 頂き注意があった。 一、電話内線工事及電話器備付完了した。 一、富士見製作所より土地問題に関し近藤氏の断り状 ママ 以て来た。 一、内山博氏へ電話にて申込希望の件不可の要項返電 した。S 来客田代重晃氏︵福祉会の観劇申込の件に付懇請あり たるも切符を買︹わ︺ず千八百円寄附した︶吉田 ︵蝿︶ 英佑︵鈴木貫太郎伝刊行の件に付︶ ︻着信一栃木県君島マツ︵妙佼先生宛︶埼玉県野川義 ︵唖︶ 道︵第五支部長︶身延若松屋︵本部宛︶劉・3.8︵火︶仏滅晴行田支部八五名
SNNG
−、朝礼時。 一、発音修行、午後三時より実施した。 一、中山支部御命日に付、両先生参拝支部命名なされ た。訓・3.m︵木︶赤口晴後曇細谷支部七一名
SNNG
−、朝礼時、戒名当番の人は責任を以て朝は七時半迄 にくること。 一、選名願の受付を締切った。 一、大谷石トラック二台届いた。 一、午後の発音修行は定例修行日の為取止めた。 一、定例修行日午後三時より霊感修行後、会長先生指 ︵Ⅲ︶ 導の下に九字の試合及、心掛のお話があった。来客西野直蔵氏会長先生に面接した。
一、身延小王屋より数珠が届いた。 一、監事奥沢氏用紙配給問合せの為文部省宗務課に行 った。 一、裏の入口に︵ケンネジ︶の垣根及木戸を付けた。[着信一身延久遠寺︵会長先生宛︶清琴楼︵〃︶
朝日生命︵〃︶電話料納入害︵一三四四
円、五五四円︶ ︵剛︶型.3.Ⅲ︵金︶先勝晴稲垣支部︲八一名
SNNG
−、朝礼時。 一、妙佼先生第一支︹部︺御命日に参拝なされた。 一、会長先生第四支部大越さん手術に立合ふ為前田病 ︵剛︶ 院にいかれた。 一、妙佼先生指導の下に発音修行実施した︵午後三時よ り於道場︶。 一、瓦斯取付工事を行った。 一、東京都建築監察員二名建造物監視す︵異状なし︶・ 一、都営民生館並に西方寺保育事業視察為総務及森田 氏出張視察した。 一、岩崎氏に経巻過去帳各二万部製本を依頼した︵経巻 二十八円、過去帳三十七円の割、拾万円内金︶。 一、御守護神、御呈陀羅の日割を張り出し発表した。一着信︼鈴木写真館S小玉屋商店S
187屋︵本部宛︶
型。3.個︵日︶先負曇大里支部一一七,名
SNNG
ママ︵伽︶ ◎今朝の0時過ぎ少年観護所出火全焼した。S 一、朝礼時、各幹部さんは道場の中の方に坐り、一般 の方も真中の方に坐り廊下はなるべく開けておく ママ こと。戸の締め方注意。 一、十五日御命日説法者の原稿を集めた。 一、庭にヒマラヤ杉を植へた。 ︵剛︶ 一、午後一二時より事ム所に於て託児所設置委員会を開 いた。 一、発音修行定時施行した。 一、日曜特別講座。 一、お数珠︵尺四︶五十連若松屋より寄付。来訪神明町竹田氏、︵用件は薬品の売込方依頼︶ダ
メ。S高橋精矩氏雑談S
﹃着信︼田中屋内林孝隆︵両先生宛︶劉・3.⑫︵土︶友引晴第一支部七五名
SNNG
−、朝礼時、総戒名は各支部幹部さんが責任を以て整 理すること。 ・現在の導は毎日平均七八十名で、各支部人員に比 例した数が毎日入会者と報告されて居るが、尚一 層拍車をかけてやることを達した。 一、発音修行午後三時より行った。 一、教育庁調査課に用紙配給の申請書出した。 一、○七四三番当直の電話取付工事完了した。来客身延田中屋店主外三名来訪した。
東京都及杉並区民生委員十六名来訪、応接間に 於て慰労会を行ふ。 ︹発信]東京都教育庁調査課 [着信]渡辺尚子︵第二支部長宛︶清琴楼︵会長先生宛︶ 庭野公利︵両先生宛︶覚林坊︵会長先生︶若松型。3.幅︵火︶大安曇後小雨久本支部︹空白︺
名SNNG
劉・3.M︵月︶仏滅雪後曇第二支部五九名
SNNG
−、朝礼時。 一、午後三時より支部長会議を事務室に於て行った。 ︵日曜講座出席者の件、交成育子園設置及経営方法 の件について︶。 一、発音修行両先生御指導の下に定時に実施した。 ママ 一、明日の説法者の指名選定し、原稿を説法者にかへ した。 一、先に買収せる︵堀氏より︶土地百三十六坪余登記済 、︵登記手数料一、二五○円也︶S 一、本日は御本部御命日朝九時より両先生出席の下に 御供養実施した。 一、十時二十分より説法会実施した。説法者信者十名名S市
、朝礼時。 ︵唖︶ の外、特に身延専門学校教頭塩田先生、円実寺岩 田先生の御説法長時︹間に︺渡って行はれた。最後 に会長先生の御説法あり。三時二十分終了した。 一、七時三十分より発音御指導を実施した。 本日は御命日の為発音修行は休んだ。 一、交成育子園施設に就いて総務殿より一般会員に発 表した。施設資金募集を本日より実施した︵壱万四 千六百戴拾円︶。 一、白衣申込を締切った。 来客身延より岩田先生、塩田先生、若松屋、小玉屋さん の四名京王バス中島所長外一名︵配車の件に就 いて︶ ︷発電︺松沢支部白衣五○○増 ︻着信︼杉田光世︵両先生宛︶ ︵剛︶劉・3.陥︵水︶赤口晴遠藤支部八○名
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−、朝礼時、交成育子園施設募金方重ねて依頼した・S 189、 、、、 一、 一、 一、
型。3.W︵木︶先勝曇第四支部八一名
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−、朝礼時、交成育子園資金受付は当番を作り、昨日 育子園の設計図柴田顧問並に片山氏二依頼した。S 波木井山岩田先生。S 身延教学部長塩田先生S正午過身延に帰山なされ た。n ママ 稲垣支部御命日支部名命に妙佼先生︵御供執事︶御 参拝なさる。S 山野氏へ白衣追加五○○着発注す。五十万円也前 渡した。S 第五支部鈴木家御通夜の供養二総務外第五幹部さ ん参列すS︵香典会より五○○円、両先生一○○ ○円︶。n 堀正由氏所有土地百三十六・弐八坪譲受け、登記完 了ス。金拾万九千弐十四円也支払済み。S 交成育子園の放送を本日より始めた。、 第一支部より実施し、今後玄関前で受付すること を達した。 一、波木井山岩田先生十時頃自動車にて東京駅に送り 帰山なされた。 一、身延小玉屋、若松屋よりお数珠を送て来た︵小玉屋 尺四・百○九連、若松屋尺四・五○連、尺二・参 ○○連︶。 一、交成育子園施設資金の日報を作り本日より実施し た。 一、発音修行三時より実施。 一、物置を仮移転した。 来客杉並消防署石井氏外一名︵石井氏予防主任就任の 挨拶及寄付の件︶。 一、選名各支部に渡した。型・3・旭︵金︶友引雨後晴野村支部七六名
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−、朝礼時。訓・3.伯︵土︶先負晴第五支部七○名
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−、朝礼時、明日の日曜講座のお知らせ及お冨受茶羅を 頂く方は当日は八時迄に来ることを達した。 一、玉村支部御命日、支部命名に両先生参拝なされた。 ︵剛︶ 一、両先生明日より勧請の御守護神、御冒更陀羅の入神 を行った︵本部於て︶。 一、森田氏外現場員数名第八支部下田宅に植木取りに 行った。 一、京王バス回数券壱千部︵五万円︶引一受けた。 一、発音修行定時に実施した。 一、遠藤支部御命日、支部命名に両先生参拝なされた。 ママ 来客七面山別頭小松氏及加藤氏来訪︵参拝打合せ︶︵会 より車代戴千円︶京王バス小島所長外一名︵回数 券売捌方依頼及配車の件︶ ︷着信︺清琴楼︵会長先生宛︶庭野公利︵行田支部長宛︶ 栗沢︵第二支部長宛︶型。3.釦︵日︶仏滅晴井草支部一○七名
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−、御員受陀羅御勧請の為朝礼を休んだ。 一、午前八時二十分より御冒受陀羅御勧請式を行った︵虚 空蔵菩薩様に於て︶・両先生御出席の下に二十八家 無事御量陀羅を授与された。 一、身延七面山参拝者の選名願提出することを各支部 長さんに依頼した。 一、午後四時より道場に於て日曜講座実施した。会長 先生指導姓名鑑定第二回及一般質疑応答午後五時 四十五分終了。 一、日曜講座の為発音修行休み。︵恥︶︵剛︶
一、野崎支部長外四名、日曜講座を兼ねて長沼匿志家 の二十一日御守護神御勧請の参拝においでになっ 来客杉並消防署富山氏︵寄付戴千円︶ ︵着信︼身延深沢忠雄︵会本部宛︶若松屋一山︵〃︶身延小玉屋︵総ム宛︶
″︶七面 191た。 ︻発信︺ ︹着信︸ 波木井山岩田日成先生︵会長先生より︶ 塩田先生︵会長先生宛︶岩田先生︵両先生宛︶ 鈴木太平︵両先生本部二通︶
型。3.奴︵火︶赤口曇田村支部九三名
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−、朝礼、御鎮座の為休み。 一、午前八時三十分より御国受陀羅御勧請式を行った。 御国受陀羅十八家両先生より授与された。 一、二十八日御命日説法者は成るべく早く原稿を書い て出すことを黒板に発表した。 一、発音修行本日より自由修行となった。 一、庭園の手入れ︵虚空蔵菩薩様より道場の庭石を並べ た︶・ 一、身延田中屋宛数珠代金送金した︵六万九千戴百円也︶。 来客日本母子会小林氏︵雑誌販売方懇請︶ 柴田先生、栗原氏︵会長先生、総務面接さる︶育 子園資材に栗原氏の手持資材売渡の件。交成会 に入会した。会長先生より教義を聞いた︻発信︺田中屋旅館︵本部より︶小玉屋︵〃︶若松
一着信一京野三郎︵中山支部長宛︶劉・3.劃︵月︶大安晴後曇第六支部︹空白︺名
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−、朝礼体。 一、午前八時三十分より御守護神御国受陀羅御勧請式を 行った。御守護神七家、御塁陀羅二十家両先生よ り授与された。 ︵断︶︵剛︶ 一、長沼家、林家御守護神勧請に両先生︵執事御供︶お いでになった。 一、午後三時より発音修行実施した。本日を以て一お う終り明日より自由修行となった︵新発音者十七名、 発音の未だ出来ぬ方八名︶。 ママ 来客仏教新聞社小笠原昭二氏︵七面山別頭小松氏のお 使︶劉・3.羽︵水︶先勝曇久保田支部九○名
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−、朝礼休み。 一、午前八時三十分より御守護神御員受陀羅御勧請式を 行った。御塁陀羅二十二家、御守護神一家両先生 より授与された。 一、佐野総務第一支部水野家御塁陀羅御勧請に参拝さ れた。 一、細谷支部斉藤氏式の後に残り、妙佼先生より特に 今後の心構へ、法の規範に乗てやることを懇切に 聞かされた。 一、新しい喜捨箱完成した︵森田氏製作︶・ 一、身延山参拝団体輸送を交通公社に依頼した︵総務出 張︶。来客第五支部木村氏外一名事務室に御いでになって
屋︵〃︶
︹着信]渡辺尚子︵書留第二支部長宛︶劉・3.劃︵木︶友引曇後晴第七支部六一名
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−、朝礼体。 一、午前八時三十分より御星陀羅御勧請式を行った。 御塁陀羅十五家両先生より授与された。二十日よ り二十四日迄五日間一日も雨に降られず目出度く 御勧請式を終った。 一、喜捨箱正面廊下に供へて本日より使用した。 一、線香注文数本日を以て全部受入た︵戴千七百七拾七 箱︶。 一、和田児童福祉会主催子供会賛助券会長先生より買 特に会長先生より御法のお話しを拝聴し、一名 も感激して入会した。 一、和田児童福祉会より子供会賛助券配布方依頼され た︵九十枚︶。 ︵着信一杉並郵便局長︵二通両先生宛︶長野県杉田光 世︵長沼基之宛︶ 193四・3.あ︵金︶