GM における“My Job Contest”の実施と その管理的意図
橋 場 俊 展
はじめに
1947 年,ゼネラル・モーターズ社(General MotorsCorporation:以下 GM)は“My Job Contest”(以下 MJC)なるイベントを実施し た。わが国の経営学および労働研究分野では さして注目されることのなかったこのコンテ ストではあるが,GM における当時の労使関 係,およびそれを前提にした GM 側の管理的 意図という文脈で捉えると,これは実に興味 深い研究対象となり得る。それが証拠に,本 文中でも言及する通り,MJC はアメリカに おける労働研究領域や心理学領域の文献で,
とりわけ 1940 年代末から 50 年代初頭にか け,頻繁に取り上げられたのである。
そこで,MJC とはどのような試みであっ たのかを紹介し,かかるイベントを実施した 経営側の意図やその評価をめぐる労使双方の 見解を当時の時代背景等と絡めて明らかにす ることはそれなりに意味があるものと考え る。併 せ て,人 事 労 務 管 理 手 法 と し て の MJC の意義と限界について検討すること,
以上が本稿の課題となる。
Ⅰ MJC とは
1.MJC の目的と概要
1947 年9月 15 日から同年の 10 月 31 日に
かけて開催された MJC は(1),従業員に私の 仕事,私がそれを好む理由とのテーマでエッ セイを書かせるという趣旨のコンテストであ る。その目的は,以下の4点にあったとされ る(2)。
⑴ 従業員の注意を仕事の肯定的側面に 向けさせることによって,彼らの心に より建設的な態度を育むこと。
⑵ GM での雇用から得られる利点につ いて伝えるいくぶん教育的な社内報を 従業員に手渡すこと。
⑶ 監督者や経営者の集団を啓発ならび に教育するためのデータを収集するこ と。
⑷ 従業員態度分析のための大本となる データを獲得すること。
これらの目的をみれば,MJC がコンテス トという体裁をとった従業員態度調査である ことは一見して明らかなのだが,エッセイを 投稿させるという一風変わった手法が用いら れたのは何故だろうか。それは,MJC を主 導した従業員関係部調査課のスタッフが2年 以上の歳月を費やし従業員態度調査手法を精 査したうえで,質問票やインタビューによる 一般的な調査法では,従業員からの回答が質 問事項に関連した事柄に限定されてしまい,
仕事や職場状況全体についての従業員の見解
を把握できないと判断したことによる。さら に代替手段を議論した結果,同調査課スタッ フたちは,従業員が自分たちの仕事について 前向きに考察する機会として,片や会社側が 実録物語風の資料―基本的な従業員態度を 反映した資料を入手する機会として MJC 開催を決断したのであった(3)。
ともあれ,以上の目的遂行を期して,米国 GM の 全 時 間 給 従 業 員 と 非 管 理 職(non- exempt)の俸給従業員を対象に開催された このコンテストを(4),最優秀賞選考の審査委 員という立場で自身が関与していたドラッ カー(Peter F. Drucker)は産業史上かつて 例のない大規模な従業員意識調査であると評 した(5)。入賞者への豪華な賞品,そしてコン テスト参加従業員の規模をみればドラッカー の評価が決して過大でないことが理解でき る。
前者についていえば,GM は 5,145 個,総 額 15 万ドル以上の賞品を提供したのである。
賞品の主立ったものを確認しておけば,最優 秀賞である 40 台の自家用車(キャデラック・
コンバーチブル1台,ビュイック3台,オー ルズモビル6台,ポンティアック 10 台,シボ レー 20 台)を筆頭に,米国家電メーカーのフ リジデアー社製製品 150 台(個)から(冷蔵 庫 25 台,電子レンジ 25 台,家庭用冷凍庫 25 台,食洗機 50 台,アイロン 50 個),ポータブ ル・ラジオ 100 台,テーブル・ラジオ 250 台,
スポットライト 1,000 個,ドライビング・ラ ンプ 1,000 個,バックミラー 1,000 個,ボー ルベアリング利用のバンパージャッキ 1,000 個,自動車用アクセサリーキット 750 個まで 実に多様であったことが分かる(6)。
次に,後者の MJC への参加従業員規模に
ついてみれば,最終的な参加従業員総数は 174,854 人に上った。これは有資格者従業員 数 297,401 人の 58.8%に相当する数であり,
事前の推計を遙かに上回るものであった(7)。 上述のドラッカーの評価や,従業員意見に関 する調査のサンプル数としては恐らく最大の 規模であろうとの指摘から,MJC がかつて ないスケールのコンテストでありそしてまた 従業員態度調査であったことが裏付けられ る(8)。
他方で,また,MJC に臨む GM の用意周到 さやコンテスト運営方法へのこだわりからは 同社が如何にこのコンテストを重要視してい たかが窺えるのである。
入念な準備状況についていえば,MJC 開 始に先立って,規則集やMJC 計画帳 が作 成された。後者のMJC 計画帳 とは MJC 実施のスケジュールや第一線監督者のための 想定問答などが記載された MJC のための便 覧とでも呼ぶべき存在であった。併せて,事 業部長,工場長,副工場長,監督者,人事課 長,そして職長に至るまでの全階層の経営者 に,MJC の背景,構造,および全体的な目標 についての概要が事細かに説明されたのだっ た。
従業員側に対しても,彼らの関心を惹くよ うに事前の宣伝広告活動が積極的に展開され た。例えば,各工場では2週間のティーザー 広告(賞品内容をほのめかし興味をあおる広 告)キャンペーンが実施された。また,GM の全工場で MJC について告知する4種類の 巨大カラー・ポスターが掲示されると共に,
ステンシルで壁や床に MJC の文字が描かれ たのである。各ポスターにはMJC はあな たに大きなチャンスをもたらすでしょう,
MJC はあなたと家族にとって重要な日を もたらすでしょう,MJC は数千名の従業 員に賞を授与します,MJC は一生にまた とないチャンスですなど従業員を鼓舞する メッセージが記載されていた。こうした全社 的な宣伝広告活動に加えて,自発的に独自の 宣伝広告を追加する部門もあった。この他,
工場新聞や若干の地方紙で,MJC がどんな 意味を有するのかについて考察する記事が掲 載され,キャンペーンに向けてのムードを盛 り上げたのであった。
1945 年9月 15 日のコンテスト開始日に は,GM 全工場の経営者が各有資格従業員に 書面をしたためることで MJC の幕が上げら れたのである。書面だけに飽きたらず,拡声 装置を用いてあるいはまた従業員同士のグ ループ会議で MJC について伝達する部長も いたという。GM 側の MJC にかける意気込 みの程が理解されるのである(9)。そしてま た,こうした事前準備が功を奏した結果とし て既に述べたように,174,854 人もの従業員 がエントリーしたともいえよう。
GM の意気込みはこれに止まらない。MJC の受賞者選考過程とその結果に関する信頼性 や正当性を確保するために,選考のあり方に も細心の注意が払われた。そこで,次に,入 念な受賞者選考の有り様を確認しよう。
選考に当たって,投稿エッセイは識別番号 のみで認識され,氏名や所属部門名は伏せら れた。これは,公平・公正な判断を行うため の配慮であった(とはいえ,エッセイ本文中 で部署に言及するケースが少なくなかった)。
また,エッセイは GM にではなく,シカゴ郵 便局の私書箱に郵送された。これは,匿名に よる記述と併せて,参加従業員に正直な気持
ちを書かせるための措置であったと考えられ る。
ともあれ,シカゴの MJC 本部に届けられ たエッセイはまず資格の有無を確認され,参 加資格なしとみなされたものについてはその 時点でふるい落とされた。資格なしとされた のは,無記名のエッセイ,非礼ないしは下品 な表現を用いているエッセイ,あるいは仕事 を気に入っている理由について検討していな いエッセイのいずれかに該当するものであっ た。もっとも,事前準備・周知の甲斐あって この段階で失格となったエッセイは 0.5%に も充たなかったのである(10)。
有資格と判断されたエッセイは,ノース ウェスタン大学広告学部長にして MJC 管理 責任者のハロルド(Lloyd D. Herrold)の指揮 下,次のようなプロセスで選考されていった。
まず,特別な訓練や指導を受けた約 60 名の スタッフによる査読を経て,投稿エッセイは 約 6000 点に絞り込まれた。その後さらにベ ストと思われるスタッフが審査し 600 点にま で絞り,この中から大学で管理職業務に従事 する経験豊かな男性スタッフが 200 点を厳選 した。最終的には審査委員会の責任でこれら 200 点の順位づけを行い,自家用車を授与さ れる 40 名の最優秀賞受賞者が選出されたの である。いずれの選考に当たっても,文章力 ではなく,真実味,独創性,主題という観点 からエッセイを評価するとの方針が一貫して 保持されたのである(11)。
審査委員会の委員は,公平さ,高潔さ,人 に関する造詣の深さ,社会的評価の高さ,そ して審査の仕事に十分な時間を割くだけの関 心を有していること,以上を要件に厳選され た各界の著名人5名から構成された。すなわ
ち,前出のベニントン大学教授ドラッカー,
デトロイト・フリー・プレス 紙記者ゲス ト(Edgar A. Guest),ノートルダム大学商学 部長マッカーシー(James E. McCarthy),ペ ンシルヴェニア大学ウォートン・スクール教 授(労 使 関 係 論)テ イ ラ ー(George W.
Taylor),米国教育局長スチュードベーカー
(John Studebaker)というそうそうたる顔 ぶれが集められたのである。
この審査委員会による最終審査に対しても GM は細やかな工夫を施している。例えば,
悪筆やずさんな形式など見栄えの悪さが結果 を左右してはならないとの判断から,200 点 のエッセイはすべて同一のタイプライターで タイピングされ形式も統一された。また,審 査委員が受け取るエッセイの順番は,意図的 に委員ごとに異なるように送付された。審査 開始直後と比べれば後になるほど疲労が蓄積 することは不可避だが,それが審査結果に影 響するという運・不運を極力排除したいとす る MJC 運営責任者の心配りからである(12)。
このような取り組みの結果,審査結果に対 する不満はほとんど寄せられなかった。その 事実を,GM 従業員関係部の調査課長として MJC を切り盛りしたラソー(La Verma N.
Lasea)らは参加者があまねく満足した証で あると誇らしげに述べている(13)。同様に,
MJC 管理責任者ハロルドも数々のコンテ ストを取り仕切ってきたこの 15 年間で,
MJC 以上の基準を一貫して保持し続けたコ ンテストを私は知らないとして MJC の選 考方法を賞賛したのである(14)。
以上,MJC の規模,そしてそれを実現せし めた GM の事前準備や選考過程の公正さを 担保するための入念な取り組み状況を確認し
た。これらは,冒頭に掲げた4つの目的遂行 に向けた GM の意欲の大きさを物語ってい る。同時に,こうしたきめ細かな取り組みぶ りは,一部研究者によって,MJC を通じて得 られた調査結果の学問的妥当性や投稿エッセ イが述べるところの信憑性を裏付ける根拠と みなされてもいる(15)。この点について吟味す ることも本稿の課題ではあるがそれに先立 ち,MJC 投稿エッセイの中で GM の従業員 たちがどのようなことを述べたのかについて 概観しよう。
2.MJC 参加者の主たる見解
―投稿エッセイ解析結果の概要 投稿エッセイの具体的な解析は,最初に到 着したエッセイ 10,000 通のうち 1,000 通を サンプルとして抽出し,それらエッセイに含 まれる主題,すなわち各従業員が自身の仕事 を好ましく感じている理由を考察することか ら着手された。当初 150 を超える主題が確認 されたが,まずは最も重要と判断された 79 個がリスト化され,それをたたき台としてさ らに吟味した結果最終的には 58 の主題に絞 り込まれたのである(16)。
次に,この 58 の主題について,全コンテス ト参加者がどの主題にどの程度言及している のか分析された。コンテストの規則によっ て,最低ひとつ自身の仕事を好む理由を述べ るよう義務づけられていたが,平均すると従 業員1名当たり,7個から8個の理由を述べ ていた。これら理由のひとつひとつを主題ご とにコード化すると共にその結果を所属部門 ごとに集計化したのである(17)。
全部門の参加者が挙げた,仕事を好む理 由を総合すると,上位には1位監督者
(全参加者の 47.9%が言及),2位同僚
(同 41.2%),3位賃金(同 40.9%),4 位作業のタイプ(同 33.7%),5位会社 に関して抱いているプライド(同 32.2%),
6位マネジメント(同 31.3%),7位訓 練,教育,経験(同 28.7%),8位昇進機 会(同 25.6%),9位保険(同 23.7%),
10 位保証・安心感(同 22.8%),10 位製 品 に 関 し て 抱 い て い る プ ラ イ ド(同 22.8%),12 位会社の安定性に関して抱い ているプライド(同 21.5%),12 位賃金の 恩恵(同 21.5%)がランクインした(18)。こ のうち,4位の作業のタイプと 12 位の賃 金の恩恵は補足説明が必要であろう。作 業のタイプとは,作業が容易か否か,興味 深いか否か,刺激的か否か,反復的か否か,
多様性はあるか否かなど,自身の作業のタイ プに言及した者の比率である。一方の賃金 の恩恵は GM から得られた賃金によって望 む物を購入できたことに対する満足感を表明 した者の比率を表している(19)。
GM は以上の結果において,仕事を好む理 由として監督者(の人柄,監督能力,技能,
知識(20))や(気心の知れた好ましい)同僚 といった要素が(満足のいく)賃金を上回っ ている事実,ならびに作業のタイプ,会 社に関して抱いているプライド,製品に関 して抱いているプライド,会社の安定性に 関して抱いているプライドが上位にランク インした事実に大きな関心を寄せた(21)。これ らの事実は,後述する,従業員が会社,職場 の人間関係,自身の仕事内容に満足している という GM 側の主張を裏付けうると判断し たためである。
この GM の主張に関する考察は,次章以降
で展開される。
3.最優秀賞受賞者 40 名の主張
次に,自家用車を授与された 40 名の最優 秀賞受賞者の主張を概観しよう。GM はこの 40 名の受賞者について,エッセイはもちろん 個々人の経歴,あるいはまた各種統計データ を公表している。これらを用いると,おおよ そ次のような受賞者像がみえてくる。
コロンビア大学大学院修士課程の学生が分 析したところでは,最優秀賞受賞が最も頻繁 に言及した主題(すなわち,仕事を好む理由)
は個人的な昇進機会であった(受賞者の うち 22 名,55.0%が言及)(22)。上述した,
MJC 参加者全体で昇進機会を仕事を好む 理由として挙げた者の比率(25.6%)と比 べ遙かに高いことが分かる。組立工からス タートし,上級設計士というホワイトカラー 職にまで上り詰めた自らのキャリアを振り返 り,現場を離れられたことが自分にとって大 きな幸運であったと記しているデービーズ
(Hugh P. Davies)は,このように昇進機会 を重視する受賞者の価値観を顕著に体現して いるといえよう(23)。
以下職務保証(同 21 名,52.5%),使 用者が従業員に感心を有していること(同 17 名,42.5%),業務遂行上個人責任が問わ れること(同 17 名,42.5%),同僚従業員 間の相互尊重(同 16 名,40.0%),新たな 知識,想像力,提案が要求される点(同 16 名,40.0%),高賃金(同 14 名,35.0%),
保険プラン(同 14 名,35.0%),入院保 険(健康保険)その他医療サービス(同 14 名,35.0%),会社に関して抱いているプラ イド(同 14 名,35.0%),仕事に関して抱
いているプライド(同 14 名,35.0%)と続 いた(24)。
こうした分析結果をみるならば,今ひとり の受賞者キッツ(William H. Kitts)が挙げた,
下記の網羅的な仕事を好む理由は受賞者 が,そして恐らくは多くの MJC 参加者が主 張したことの典型といえよう。具体的にキッ ツは,①自分にとって興味深くそれ故好きな 仕事を実践している,②より高品質な車体を 仕上げることに加えて,同僚の仕事を楽にそ してまた能率的にしたいと考えている,③共 に働く者たちが最高の連中であり,彼らはい つも思いやりがあってまた公正である,④快 適な生活を送れるだけの良い賃金を得てい る,⑤仕事を行う中で適度な責任を与えられ ている,⑥工具製造についてより多くを学び,
提案し,特定の生産問題の解決に貢献する機 会を与えられている,⑦監督者が常により良 い工具や機材を模索しており共に働くことが 喜ばしい,⑧少なくとも監督者が考慮してく れるような新しいアイディアが常に頭にあ る,⑨毎年の有給休暇が極めて快適である,
⑩現在の部署に昇進の余地が十分ある,以上 の理由を述べているのである(25)。
ところで,詳細は後述するが,MJC の分析 結果を踏まえ GM はとりわけ従業員が仕事 に満足していることを強調する。そこで,後 の議論のためにも上述した主題=仕事を好む 理由のうち業務遂行上個人責任が問われる こと,仕事を通じ新たな知識,想像力,提 案が要求される点,仕事に関して抱いてい るプライドといった職務内容に関わる理由 の具体例を簡単にみてみよう。
上にみた,キッツの挙げた理由では①,②,
⑤,⑥,⑧がこれに該当しよう。次に,大賞
である,キャデラック・コンバーチブルを受 賞 し た 鍛 造 機 工 ア ン ス ロ ー(Thomas B.
Anslow)は,高温で,不衛生,かつ騒々しい 職場環境ではあるが,集団ではなく単独で従 事できること,自身の能力の高さを実証でき る難易度があること,チャレンジングな内容 であることを理由に,自らの仕事は極めて魅 力的であるとの考えを示した(26)。やはり騒音 が激しい鉄屑圧縮作業場(baler station)で の仕事に従事するカスト(Louis F. Kusto)は,
自身がそれを制御する術を身につけたことを 根拠に,巨大な機械がたてる騒音さえも喜ば しいとして以下のように述べている。鉄屑 圧縮作業場は恐らく工場で最も騒音のけたた ましい場所である。落下する鉄が引き起こす 騒音は並大抵なものではないから繊細な耳を 持った者は避けるべき場所だ。私はそれらの 音を制御するコツを修得できたことが大変誇 らしいし,自分はその熟達者だと考えている。
私は鉄の奏でるシンフォニー を日々導く 指揮者であり,そのシンフォニーを好んでい る(27)。
特殊な技能を要する仕事に就くブルーカ ラー労働者は,概ね共通した職務満足を示し ている。例えば,金型製造工ビーレ(Henry N. S. Bierre)は作業自体が興味深く挑戦的 であると言明している(28)。研ぎ器工である ファリアー(William H. Farrier)もまた創 造力を駆使しながら,工具を作りそれを磨き 上げることに誇りを持っている(29)と主張し ている。模型作成・熟練木工職人のジャクソ ン(George G. Jackson)に至っては私の仕 事は創造性への激しい渇望を満たしてくれ る。そ れ は 自 己 表 現 の 手 段 を 与 え て く れ る(30)と自らの仕事を絶賛しているのである。
職務遂行上使用する特殊な機械・機具類も,
自らの仕事に対する誇りの源泉となるようで ある。ディーゼル機関車エンジン工場勤務の 縦フライス盤工ダンフェルサー(Chester B.
Danfelser)は,自身が用いる巨大で希少な縦 フライス盤について自慢している(31)。チャッ ク 留 め 機 を 操 作 す る ブ ル ー ス(James H.
Bruce)は私は巨大でパワフルな機械を起 動する……レバーを押すと興奮する(32)と述 べているのである。
他方,必ずしも高度でチャレンジングな仕 事ではないが,それにも拘わらず仕事内容に 満足しているという見解も見受けられる。具 体的には,器具・金型・機械調節工であるコー クリー(John P. Coakley)が,自身の仕事を 半熟練職であるとしつつも,それが建設的で 自らの成長に資するものとみなしているので ある(33)。また,旋盤工のマスターズ(Paul I.
Masters),は自らの仕事を反復的で過酷なも のではあるが難易度が高く上手くやり遂げた 際には満足感を得られると述べている(34)。
以上,MJC 最優秀賞受賞者が投稿したエッ セイの分析結果と受賞者複数名の主張を概観 した。明らかにされた事実からは,向上心や 個人意識が極めて強く,自分の仕事,仕事上 の高い成果,自らがそれに協力することで得 られた GM 製品の高い名声に誇りを抱いて いる受賞者の姿が浮かんでくる。そして,
GM は,最優秀賞受賞者のこうした考え方や 姿勢が何も特別なものではなく,これこそが 典型的な GM 従業員像を反映していると訴 えたのである(35)。
Ⅱ MJC をめぐる諸見解 1.GM 側の解釈
前節では,MJC 投稿エッセイの分析によっ て,監督者・同僚との関係や仕事の内容に満 足しているが故に,あるいは会社および自社 製品にプライドを抱いているが故に仕事を好 ましく思っている従業員像が導き出されたこ とを確認した。ここで問題となるのは,そも そも MJC 参加者の主張は全 GM 従業員のそ れを反映しているのかどうかということであ る。
これについて,GM は年齢・性別・結婚歴・
賃金支払い形態・勤続年数という5つの観点 から,参加者の内訳を検証すると共に,参加 者と非参加者間の比較を行った。その結果を 踏まえ,GM は,MJC 参加者が特定の層に 偏っているということはなく,そしてまた参 加者と非参加者との間に,上記5つの観点か らの重大な差異は認められなかったと結論づ けた。さらにまた GM は,部門別に参加者を 分析すると,最低は 28.5%から最高は 100%
までバラツキはあるものの全体的にはすべて の部門が十分に代表されているとの認識を示 した。併せて,最優秀賞受賞者 40 名の経歴 を,性別・結婚歴・子供の有無・年齢・学歴・
雇用年数・職務分類といった観点から分析し,
受賞者が GM 従業員を象徴する存在である とみなしたのである。こうして,MJC 参加 者および最優秀賞受賞者は GM の典型的な 従業員であり,それ故,MJC 投稿エッセイな らびに受賞エッセイも一般的な従業員を代表 する見解である,GM はこのように主張した のであった(36)。
以上のような手続きをとり,MJC 投稿エッ
セイおよび最優秀賞エッセイが従業員の多数 派の見解であることの正当化を図ることに よって,GM は同社従業員が自身の仕事が興 味深く満足できるものであると考えている 旨,宣言したのであった。GM 刊行による MJC 最優秀賞受賞者のエッセイ集“The Worker Speaks”を結ぶ GM 社長ウィルソン
(Charles E. Wilson)の論評が,MJC に関す る GM 側のこうした解釈を如実に表してい る。少し長くなるが,以下ウィルソンの印象 的な言葉を抜粋してみよう。
まず,ウィルソンは参加者が総定数を上 回ったこと,投稿エッセイの内容が高水準で あったことを根拠として MJC を次のように 称賛している。
MJC の結果は我々の期待を上回るもので あった。GM 従業員が多数参加したというこ とに加え,とりわけエッセイ自体の格調と質 が高かったことがその理由である。40 名の 最優秀賞受賞者によって書かれたエッセイ は,私がお目に掛かることができたもののう ちで最も誠実で感動的なヒューマン・ドキュ メント(人間生活記録)である(37)。
次に,本冊子のエッセイは 40 名ばかりの GM 従業員が有する考えや心情を示している に過ぎない。しかしながら,私はエッセイを したためた他の数万名の従業員が同じ感情を 抱いているに相違ないことを理解してい る(38)としてエッセイがコンテスト参加者全 体の声を代弁したものであるとの認識を示す のであった。
また,コンテストの冒頭,私は良い仕事の 定義を試みた。私は以下のように述べた。
良い仕事とは―それを果たすための能力と 経験を有していることが求められ,上手くや
り遂げる価値がありそうすることであなたが 報われるような仕事のことをいう。……エッ セイは GM の男女が自分たちの仕事につい てこのように感じていることを示してい る(39)として従業員たちが自らの仕事に満足 していると主張するのだった。この点につい ては若干のエッセイ……には素晴らしくそ して読み手を大いに元気づけてくれるような 精神が貫かれている……その精神とは,熱意,
仕事への誇り,達成感,有益な仕事(それが 工場の仕事であろうが,製図板での仕事であ ろうが,事務仕事であろうが)の意義につい ての理解,以上のようなものである。GM の 男女は自分たちの仕事が重要であると意識 し,個々人の役割は小さいかも知れないが,
それは全体にとって不可欠であり見事にやり 遂げる価値があることを理解している(40)と して職務に関する従業員満足を繰り返し強調 している。
そして,このコンテストはエッセイを書 いた 175,000 名の GM 男女労働者に立ち止 まり自分たちの仕事について何・が・良・い・の・か・を 考えさせたことがいわば MJC の最大の成 果であるとの見解を示しつつ,あるエッセ イの書き手が述べていたように,彼はそれ以 前に自分の仕事に関する良いことを考えるた め立ち止まったことはなかったが,いざそう してみると,実際肯定的な点 が多々ある ことに彼自身驚いたのである(41)として従業 員が自身の仕事の肯定的側面に気づいた様を 強調するのであった。
そのうえで労働の尊厳 について耳にす ることが多い。それはまさしく陳腐な表現 だ。これらのエッセイは……この表現の本当 の意味を示している。この点について他の
エッセイから引用しよう。去来する苦しみ の中,皆が自分の作業に尊厳をもたらすこと で世界に貢献する機会を有しており,それ故 また各人が語るべきストーリーを有してい る (42)とエッセイの一部を引用しつつ,巷に 広がりつつあった労働疎外批判への反駁を行 うのである。
従 業 員 関 係 部 の 創 設 者 で あ り,い わ ば MJC 開催の立て役者ともいえるウィルソン はこのように,受賞者たちのエッセイによっ て GM 従業員が自身の労働に尊厳を見出し ていることを裏付けたと主張したのである。
しかしながら,これはあくまでも会社側の評 価に過ぎない。この点,GM との交渉当事者 で あ る 全 米 自 動 車 労 働 組 合(United Automobile Workers : UAW)は MJC をど のように認識したのであろうか。項を改め,
組合側の MJC に対する見解を確認しよう。
2.MJC に対する組合サイドの見解 UAW 委 員 長 の ル ー サ ー(Walter P.
Reuther)は MJC 実施についての公表がなさ れるとすぐさまこれを非難する声明を出し た(43)。すなわち,ルーサーは次のように述べ,
従業員の態度調査という MJC の大義名分を 強く否定したのである。GM が労働条件や 経営側との関係に関して従業員から本当に代 表的な意見を得たいと考えているのであれ ば,最近アナウンスされたコンテストにおけ る問いかけを私の仕事の好きな点あるいは 嫌いな点 とするべきである。
さらに,ルーサーは続けた。GM のコン テストは,一方的に労働者の世論調査を行お うとする試みであり多数の魅力的な賞品 を提供することで,GM が親切で,思いやり
がありそして従業員を理解し,彼らの問題や 要求に共感するという趣旨の,後日いわゆる 善意の宣伝に用いられることになるような従 業員の声明を買い取りたいと望んでいるに 過ぎないのだと。
ルーサーにいわせれば MJC はGM 従業 員がカーネーション(アメリカの食品会社。
無糖練乳が有名:引用者)の乳牛のように満 足させられていると未来の自動車購入者に信 じ込ませようと試みる高圧的な広報および宣 伝活動の材料を欲しての取り組みであり賞 品のコスト(GM はこれらを小売価格よりも わずかながら安価に手を入れることができる のである)など彼らの広告手段に対する支払 いとしては極めて安価なものである。
このように,ルーサーは MJC を調査目的 の取り組みなどではなく,GM の売名行為に 他ならないと切って捨てたのであった。
他方で,ルーサーはもし,誠実に従業員の 意見を求めたならば,GM の雇用政策(何故 GM 社は新規従業員を雇用し続けるその一方 で他の従業員を週3日の勤務に切り替え,そ してまた定期的に大規模なレイオフを行うの か)や,先任権ストライキ,失業補償,ベテ ラン労働者への休暇手当満額支給に対する GM 側の否定的態度,差別的な社内割引制度 や年金プランなどに関する疑問が大量に寄せ られるはずであるとの見解を示し,暗にコン テストに寄せられる声が従業員の本音などで はあり得ないということを指摘した。
ルーサーに歩調を合わせる形で,支部組合 幹部も MJC 対し批判的な対応をとり,コン テストのポスターが破られたり,コンテスト は組合潰しの策略だと書いたビラがまかれた りする工場もあったという(44)。
とある GM 工場の労働者,ロマノ(Paul Romano)も,MJC 開催当時を振り返り,周 囲にいる労働者の冷ややかな反応について述 べている。
労働者たちはコンテストをからかいそし て笑った。彼らの意見は,大嘘つき野郎が 勝つだろう というものから勝者は既に選 ばれている というものまで様々であった。
他の労働者は以下のように述べている。私 は家族を食わせられるから仕事が好きなの だ ,新型キャデラックを勝ち取りたいから 仕事が好きなのだ ,仕事を維持したいから 仕事を好いている 等である。何を述べたら 良いか迷い,自分の子供に尋ねる者もいる。
ある労働者の子供は私にかわいい服を買っ てくれるからよ,お父さん と答えた……会 社はコンテストに参加するよう労働者に圧力 をかけている。職長や工場監督者は労働者に 参加を強制しようと歩き回っていた。あるベ テラン労働者がそのことでオフィスに向かっ た。彼は上司が自分の名前の横に(MJC へ の参加を意味する:引用者)印をつけたこと に気づいたのだ。彼は激怒し,上司と議論に なった。エッセイを書くか否かは自分で決め ると彼は述べた……コンテストはむしろ労働 者たちに自分たちの仕事の嫌いなところにつ いて考えるよう促しているように思われ る(45)。
ロマノのこうした述懐は,一部労働者の心 情を理解するうえで貴重な手掛かりとなろ う。すなわち第1に,上記労働者は,家族を 養うために働いているに過ぎないが,こんな 本音を書いては受賞できるわけもなく,従っ て大賞を受賞するようなエッセイは心にもな いおべっかを述べたものに相違ないと認識し
ていた。これは,エッセイの真実味を重 要な審査基準にするという GM 側運営方針 の否定に他ならない。第2に,既述の通り GM は MJC 審査の公正さを担保するため細 心の注意を払っていた。それにも拘わらず,
勝者はあらかじめ決まっているなどと公正さ を全否定する労働者が存在したのである。第 3に,大々的な宣伝広告など GM による積極 的な MJC 促進策についても参加の強制・強 要と受け止められ,実際にトラブルも生じて いた。最後に,ロマノは MJC がむしろ従業 員に仕事の嫌いなところを考えさせる契 機になったと総括したが,これは MJC が会 社の期待とはまったく逆の結果に終わったと いう認識に他ならない。
このように,GM と組合サイド(UAW 指 導者や一部労働者)の間には,MJC の評価・
解釈をめぐる大きな懸隔がある。同一の事象 を論じながらこれほどまでに相容れない見解 が示されるのは何故だろうか。月並みではあ るが,システムとしても完成しつつあった対 抗的労使関係のバックボーンでもある労使間 の相互不信の故,としか説明の仕様がない。
ここで,MJC が実施された 1947 年が GM 労 使関係にとってどのような時期であったのか 簡単に言及しておこう。まず,同年6月のタ フト・ハートレイ法(Taft-Hartley Act)成立 に象徴されるように,この年を境に,従来の 親組合的な政治状況は一変し,GM に限らず 労使間のパワー・バランスに大きな変化がも たらされた。これに先立ち,帳簿開示
(Open the Books)をスローガンに経営権へ の蚕食を目論んだストライキで UAW が惨 敗した GM 労使関係にあっては,とりわけ会 社側が優位に立っていた。事実,1947 年の団
体交渉においても,GM は,共産主義者の指 導下にあった,UAW の政治的ライバル全米 電機ラジオ機械工組合(United Electrical, Radio and Machine Workers : UE)と最初に 協約を締結し,UE を実質的なパターンセッ ターにすることで UAW に揺さぶりをかけ た。最終的な協約内容も,賃上げ幅で譲歩さ せると共に週当たりの賃金保証や,福利プラ ンおよび保険プランの交渉も棚上げにするな ど GM 側が UAW を押し切る形で決着をみ たのである(46)。
以上の如く,UAW に対しては強硬な態度 で臨む一方,GM は従業員との直接的なつな がりを求め,従業員個々人には以前よりも ヒューマンな体裁を示すようになった。
MJC はこのヒューマンな体裁を保つ取り組 みの一環に他ならない。このように戦後期の GM は,ジャコービィ(Sanford M. Jacoby)
の言を借りれば双面神(ヤヌス)(47)のよう な労使関係アプローチをとっていたのであ る。
UAW を率いるルーサーの目に,自分たち を窮地に陥れる一方,従業員個々人に対して はフレンドリーに接する GM の姿勢と,それ が具現化された MJC が労組への攻撃(48) と映ったのは無理からぬことである。他方,
GM の 従 業 員 関 係 部 長 ク ー ン(Harry B.
Coen)は,労働組合に対して並々ならぬ敵愾 心を有しており,UAW を唯一の労使交渉 チャネルと認めるつもりがないこと,そして その影響力を抑制すること全力を傾けること を明言している(49)。GM は公的に UAW を承 認しつつも,その実それを従業員の代表とし ては認めていなかった。こうした相互の不信 感が,上で確認した MJC の評価をめぐる労
使間の乖離に反映されたものと本稿は理解す る。
3.GM の MJC 解釈に向けられる疑念 GM 従業員関係部調査課のスタッフが,熟 慮のうえ,オーソドックスな従業員態度調査 手法である質問票調査やインタビュー調査を 否定し,これらの代替としてエッセイ執筆を 用いたことは既に述べた。こうした調査法は 斬新であったが故に,MJC の概要と分析結 果を公表したエヴァンズとラソーの一連の論 文(50) は,心理学分野を中心に,注目を集めそ してまた論争を呼んだ(51)。既述の通り,ラ ソーの肩書きは GM 従業員関係部調査課長 であるので,二人の見解は GM の見解とみて 間違いないだろう。ここでは,この二人の見 解・主張に対して寄せられた主立った批判を 概観しよう。
まず第1に,MJC の調査方法に対する批 判である。GM が,精査を重ねたうえで,従 業員に私の仕事,私がそれを好む理由と いうテーマのエッセイを投稿させる方法を採 用したこと,そのメリットとして,質問票調 査のように従業員の回答を制限することな く,彼らの考えを把握することができると主 張したことは繰り返し述べた。ところが,
GM がこだわりを持って採用したこの調査方 法には,仕事を好む理由という肯定的一面 のみを強調するかかる調査では正確な従業員 態度を理解することはできないとの,もっと もな批判が向けられた。GM もこうした批判 はあらかじめ折り込み済みであり,参加応募 用紙の裏面に後記(post script)欄を設けて,
自身の仕事に関する建設的な批判を募ると同 時に,こうした批判がコンテストの審査に影
響しないことを周知したのである。しかしな が ら,後 記 コ メ ン ト を 提 出 し た 従 業 員 は 12,589 名と全参加者の 7.2%に過ぎなかっ た(52)。この事実を重視しつつ,いくら審査に 悪影響がないことを保証されても,一般的な 従業員がわざわざそのようなリスクを侵すと は考えられず,従って,仕事の否定的な一面 がほとんど指摘されなかったという上述の結 果は,職務不満がないとする GM 側の評価を 何ら支持しないとの批判がなされている。さ らには,会社資料の配布,大々的な宣伝広告,
そしてエントリーするという行為それ自体の 性質によって,むしろ MJC は経営側の望む ところを従業員にいわしめる試みのように見 受けられる。それ故,MJC の分析結果が従 業員の態度や意見を純粋に反映しているかど うかは疑わしいとの批判も寄せられたので あった(53)。
他方,労働史研究の視点から,ローチャー
(Alan Raucher)が以下のような批判を展開 している。第1に,MJC によって明らかに された GM 従業員の仕事に対する好意的態 度を首肯したとしても,それはチノイ(Ely Chinoy)が 提 唱 し た現 実 逃 避 主 義
(escapism)の現れかも知れないとの見解で ある。ここで現実逃避主義とは,単調な非人 間的労働に疎外感や憤懣を覚えつつも,仕事 の中に何らかの意義を見出そうと努める,自 分たちが製造の一端を担っている製品に自己 を重ね合わせる,あるいは自宅やその他の物 的所有等消費行動や自分たちが得ている職 務・生活の保障に満足を見出す,子供に期待 を託す,以上の手段を通じそうした苛立たし い状況に適合しようとする従業員の姿勢を意 味する(54)。最優秀賞受賞エッセイからも,仕
事を通じて得られる高い生活水準や数々の財 産を指摘しながら,賃金や付加給付,職務保 障を讃える従業員の姿が見出された。従っ て,GM が見出したと主張する,従業員の高 い労働意欲や仕事への誇りは,実のところ現 実逃避主義に基づく合理化である可能性を否 定できないとローチャーは指摘した(55)。
第2に,ローチャーは,MJC で焦点が当て られた従業員の従事する職務に偏りがあるこ とを批判した。すなわち,最優秀賞受賞者の 約半数が実質的にはホワイトカラー職務に就 いている一方で,自らの仕事を好み,個人的 承認を得ているブルーカラーの受賞者には,
最も不満を抱きやすいとされる組立ライン従 事者が含まれていないのである(56)。
第3に,MJC 参加者が正直に回答してい るのかという点について疑念が残るとの批判 がなされている。すなわち,参加者は,監督 者や審査員を満足させることを念頭に回答を した可能性があるとして,ローチャーもまた MJC の分析結果を従業員の態度や意見の純 粋な反映とみなすことには否定的な立場をと るのであった。
以上の批判を踏まえれば,MJC が有する 従・業・員・態・度・調・査・手・法・と・し・て・の・有・効・性・を,従っ て GM の MJC 解釈が有する従・業・員・態・度・調・査・ 結・果・と・し・て・の・正・当・性・を,少なくとも GM の額 面通りに受け止めることは差し控えねばなら ないであろう。とはいえ,そのことを根拠と して MJC の意義を全否定することもまた一 面的に過ぎる。そこで,MJC が有する意義 および限界を可能な限り多角的に分析するた めにも,次章では,MJC に込められた管理的 意図について考察しよう。
Ⅲ MJC 実施の管理的意図
Ⅰ章冒頭で確認したように,⑴従業員の注 意を仕事の肯定的側面に向けさせることに よって,彼らの心により建設的な態度を育む こと,⑵GM での雇用から得られる利点につ いて伝えるいくぶん教育的な社内報を従業員 に手渡すこと,⑶監督者や経営者の集団を啓 発ならびに教育するためのデータを収集する こと,⑷従業員態度分析のための大本となる データを獲得すること,以上の4点が MJC 実施の目標であった。当然,GM はこれら目 標の達成を図ったのであるが,MJC に込め られた管理的意図は以上に止まらない。
例えば,目標の⑴と⑵にはこれを敷衍させ,
仕事や職場の肯定的側面に注意を引きつけ GM が働くのに良い場所だという気持ちを従 業員に抱かせることで,モラールの向上を促 し,ひいては生産性の向上に結びつけたいと の思惑があったと考えるべきであろう。ド ラッカーは,同様の管理的意図を,従業員に 経営者的態度(従業員個々人が,自己の職 務,仕事,生産物についてあたかも経営者で あるかのように,全体の成果と関連づけて考 える姿勢)をとらせることと表現したが,
MJC はまさに従業員がそうした態度をとる 契機になったのだという指摘もある(57)。
次に,目標の⑶についても監督者や経営者 の啓発・教育用のデータ収集だけが期待され たわけではない。6週間にわたって開催され る MJC を通じ,第一線監督者と従業員がフ レンドリーに接する機会のもたらされること が企図されたのである(58)。
最後に,目標⑷も GM に対する従業員態度 を把握したうえで,そこから組合の扱いに役
立つ情報,あるいは GM をさらに働きやすい 職場とするための政策変更に役立つような情 報を導き出すことが念頭に置かれたのであ る(59)。
以上が表向きの目標・意図とするならば,
MJC にはさらにこれとは別の隠された意図 があったと考えねばならない。ひとつは,前 章の2節で言及した GM の双面神(ヤヌ ス)の如き労使関係アプローチと密接に関 係する。すなわち,先にクーンの意志として 紹介したように,戦中の軍需産業から戦後の 平和産業への再転換過程において,表向きは ともかくも,GM は一貫して UAW を同社労 働者の排他的発言機関と認めることを拒み続 けた。その傍らで,団体交渉に応じつつも,
なお同社は労使関係と従業員関係を区別する べきことを主張したのである。このような GM の労使関係アプローチを前提にすれば,
組合を介した労使関係とは異なった従業員 個々人との関係を構築するために,仕事や会 社に対する従業員の考えを情報収集する役割 を MJC が 担 っ て い た と み て 間 違 い は な い(60)。
続いて,GM は当初から MJC を,事業部門 レベルの従業員関係を評価するために利用し ようと意図していたという。この目的のため にまずもって活用されたのが,7.2% の参加 者が提出した,自らの仕事に関する建設的批 判を綴った後記であった。他方で GM は,
MJC 投稿エッセイを分析し,事業部門ごと に言及の頻度が平均を上回る主題と下回る主 題を明らかにし,その結果を各事業部門に報 告した。GM の解釈では,平均を下回る主題 は,それについて従業員が不満を抱いている か,あるいは労使間コミュニケーションが欠
落している証左とされた(平均を上回る主題 はこの逆となる)。そして,平均を上回る主 題と下回る主題について各部門は,その理由 とどのような対応をとったのかについて報告 を求められたのである。こうして,後記や好 意的なコメントが寄せられない程度を徹底的 に分析したうえで,会社平均を下回る部署の 管理者はいわば,従業員関係の是正を促され たのである(61)。これも MJC 実施に係る隠れ た管理的意図といえるだろう。
今ひとつの,隠れた管理的意図として,当 時既に指摘されていた自動車産業の職務は単 調で反復的な非人間的労働であるという批判 への反批判を挙げることができる。これにつ いては,クーンの次の言が余すところなく述 べている。この異例な実験―GM の男女従 業員の態度に関する調査―を行おうとの着想 の背後には,我々のような大企業に雇用され た人々はコンベヤーベルトの奴隷 である
―多数の寄せ集めに過ぎない ―進歩し ようとのインセンティブに欠けている ―概 ね希望なき運命を歩んでいる とし,また最 終的には反アメリカ的統治様式および反自由 企業システムの革命を行う機が熟したとする 一般的な虚構があった(62)。こうした虚構を 否定し,従業員たちが自らの仕事に誇りやや り甲斐を見出していると訴えることも,MJC を通じ GM が狙いとしたところだったので ある。
以上,MJC 実施の管理的意図について検 討した。一見ヒューマンな体裁を装いなが ら,MJC には明確に掲げられた表層的管理 意図に加え,背後に潜むいわば深層的とでも いうべき管理意図も込められていた。かよう にそれは,なかなかしたたかな人事労務管理
手法でもあったことがわかる。
次の最終章では,MJC の結末をみると共 に,ここまでの考察を受けてそれが有する意 義と限界を論じよう。
Ⅳ MJC の顛末およびそれが有する 意義と限界
1.MJC の顛末
結論からいえば,MJC は一度実施された だけで中止された。先に紹介した通り,MJC の詳細な分析結果を報告したエヴァンズとラ ソーの共著による四部作の論文は存在する が,これはあくまで二人の著作という形を とっており,GM としてのオフィシャルな報 告書が刊行されることもなかった。UAW の 強硬な反発が原因であったという。
話は前後するが,GM 社長のウィルソンは,
MJC に寄せられたエッセイの中でより良 い仕事の遂行方法について提案するよう監督 者から期待されていることからもたらされ る従業員の満足感と,逆にそうした遂行方法 を知っているにも拘わらず,誰からも尋ねら れないことに対して抱く不満を繰り返し目に したことを踏まえ,今日の QC サークルに相 当する作業改善プログラム(Work Improve- ment Programs)をスタートさせようとした。
当初から,MJC に対して批判的であったルー サーは事ここに及んで,実力行使に出た。す なわち,作業改善プログラムが着手された場 合はもちろん,MJC を今後も継続し,また MJC の結果を報告した場合も GM に対する ストライキを呼びかける旨を告げたのであ る。第2次世界大戦中の生産制限解除後故に 自動車需要がピークに達していたこと,新型