租税分析にとっての
線型生産モデルの意義
森 俊
一1 はじめに
適切な租税政策は、租税が分配、生産その他の重要な経済変数に及ぼす効 果をふまえたうえで、立案されねばならない。租税の経済効果についての分 析は、その基礎に経済理論を必要とする。経済理論が異なると、租税の経済 効果についての分析結果もまた異なることは言うまでもない。ここに、どの
ような経済理論が現実をよりよく説明するものであるかが問われねばならな い必要が生ずる。現在、支配的理論である新古典派経済理論の一層の精緻化
が進むなかで、それに対する理論的な批判もまた広範に展開されている。
本稿の課題は、新古典派経済理論とは異なる思考枠組みを採用する租税分 析に注目し、その意義を考察することにある。その際、租税分析の中心に税
の帰着分析を据えることにしよう。まずはじめに、限界生産力理論にもとず く税の帰着分析に関して、それが抱える固有の難点が示される。次に、線型 生産モデルによる税の帰着その他の経済効果の分析がとりあげられ、租税分 析にとって線型生産モデルのもつ含意が明らかにされる。これが、本稿の主 たる部分をなす。最後に、税の帰着概念について、再検討が試みられる。
2 限界生産力理論による租税帰着分析の問題点
租税の帰着分析のためにほ、所得分配の理論が不可欠である。限界生産力
理論ほ、その代表的なものの一つである。A.ペドーネ〔10〕は、限界生産力
理論の発展に貢献したK.ウィクセルの租税帰着分析を検討することによっ
て、限界生産力理論による税の帰着分析がもつ固有の難点を明̀らかにしよう
とした。
ウィクセルは、「平均生産期間」あるいは彼自身の言葉でいえば「投資期間」
という概念にもとづいて生産関数を設定し、経済に存在する利用可能な資本 量のもっとも有利な使用を許す投資期間を求めることによって、賃金率と利 潤率つまり所得の分配を説明する。ここで、資本量は、いわば迂回生産にお ける労働の雇用を可能とする生存元本(the subsistence fund)として捉えら
(1)
れている。
こうした理論的枠組みによる租税分析の結果、ウィクセルは、所得に対す る税(所得税、あるいは賃金税、利潤税)ほ税の導入以前の均衡を変更するこ となく、すなわち投資期間を変えることなく、労働者そして資本家によって 受け取られる所得をそれに対する税額分だけ減少させるが、所得に分配され
る前の粗収入に課せられる税、つまり生産物税(the tax
onproduction,Or theproductiontax)は投資期間の長期化をもたらし、産出高を引き上げるも のの、なお賃金と利潤の不均等な減少を導くということを示した。
その理由はこうである。さしあたり投資期間と利潤率を一定とすると、生 産物税ほ労働者が受け取る賃金率の下落を引き起すであろう。それと同時に、
生存元本として捉えられている一定の資本量は、今や過剰となる。資本の過 剰は投資期間の長期化によって解消されざるを得ない。それとともに、いっ たん下落した賃金率は元の水準に向かって上昇し、利潤率は低下することに なろう。もっとも、一定の資本量のもとで投資期間が長期化したのであるか
ら、賃金率ほ生産物税導入以前の水準にまで回復することほない。かくして、
新たな均衡においては、上述の結果が得られるというのである。
ペドーネほ、このような結果をもたらしたウィクセルの租税分析に対する いくつかの批判のうちで、R.A.マスグレイブ〔5〕の批判を評価する。すな わち、限界生産力理論からすれは、生産物税の場合でも所得税の場合と同様、
産出高と課税前の粗収入は不変のままであり、これから税額を控除した残り
が課税後の収入となるほずである。ウィクセル租税分析の奇妙な結果が生じ
たのは、マスグレイブの言うように、ウィクセルが一定の生存元本という資
本概念を採用したためであることほ明白である。
マスグレイブの批判は、そのかぎりにおいて正しい。しかしながら、一定 の生存元本という資本概念は限界生産力という分析用具の有用性を弱めると いうマスグレイプの主張は、なお一面的である。資本そのも.のを問うことは、
限界生産力理論の存立をも危うくするからである。これがペドーネの議論の 要点であると考えるが、論点をより一層明確化するために、資本概念あるい
は資本の価値について、いま少し立ちいって考察しておこう。
生存元本という考え方からすれば、資本は最終財を生産するために直接・
間接必要とされる労働を支持する賃金によって測定される。もちろん、間接 に必要とされる労働は、直接労働が結びつくところの中間財に体化されてい る。したがって、中間財つまり物的資本の価値は、その平均生産期問と賃金 率に依存することになる。このとき、物的資本の現在の価値ほ、現行の賃金 率で評価しなければならない。そうであれば、現行の賃金率が低下するにっ れて、物的資本の価値もまた低下すると言える。換言すれば、労働者一人あ たりの物的資本の価値は、その平均生産期間とともに、労働者一人あたりの 生産物が労働者と資本家にどのように分配されるかということから、独立で はありえない、のである。
所得分配から独立に資本量をとらえるウィクセルの生存元本説ほ誤りで あって、利潤率一定のもとでの生産物税による賃金率の低下は、資本の価値 を低め、ウィクセルの言うような資本の過剰をもたらす訳ではなく、それゆ え投資期間の長期化を導くとは言えない。このように、ウィクセルの租税分 析に対する批判は、資本価値の可変性からの批判でなけれはならず、そのと
きにのみその批判は的をいることになる。
生存元本説をとらなくとも、一般に資本の価値は所得分配から独立ではな いとすると、そのことは、限界生産力理論そのものにとって深刻な問題であ
る。そのとき、所得分配を説明するための限界生産力理論は、循環論に陥っ
てしまうからである。異質の資本財からなる資本の価値ほ、異質の資本財を
共通の量に還元する必要性のゆえ、市場価格で評価されざるをえず、そのた
めに所得分配から独立なものとして取り扱えなくなるということが、戟後の
資本論争を通じて明らかにされた。いったい、限界生産力理論と両立しうる 資本概念なるものが、存在するであろうか。マスグレイブの批判は、資本量 をなにかしら与えられたものとする限界生産力理論による租税分析にこそ向 けられねばならない。
かくして、資本の価値を所得分配から独立に測定することが可能でないか ぎり、限界生産力理論による租税の帰着分析、あるいはまた限界生産力をそ の理論的支柱とする新古典派理論による租税分析は、一見精緻であるとして
もきわめて不確かな理論的根拠しか持っていないと言わざるを得ない。
3.線型生産モデルにもとづく租税分析
次に、線型生産モデル(alinearmodelofproduction)を基礎とする租税 分析を検討することにしよう。その前に、線型生産モデルそのものの理論的 性格を簡単に示しておくのが、以下の説明にとって好都合であろう。
モデルの性格
モデルを簡略にするために、二商品からなる流動資本テクノロジーとゼロ 成長を仮定する。技術は次のような形式をもつ技術係数行列で表わされる。
α11 α12
d21 〟22
α1
(ち吼八句は、商品ノー単位を生産するのに必要な商品オの投入量および労働投入量 を表わす。ある技術に対応する価格方程式は、均衡において次のようになる。
1=〔α11+晦1♪〕(1+γ)+α1れ′
♪=〔α12+偽2♪〕(1+γ)+偽抑
ここで、γは利潤率、紺は賃金率、♪は商品1の価格を1とした場合の商品2 の価格つまり相対価格である。(1)から、我々は次のことを見い出す。
(1)の価格方程式体係ほ二つの方程式と、γ、紺、♪という三つの未知数をもっ
ている。よって、もし三つの未知数のうち一つ、例えば利潤率γが外生的に与 えられるなら、我々は残りの未知数について方程式体系を解くことができる。
すなわち、賃金率棚と相対価格♪を利潤率γの関数として表わすことができ る。このとき、より高い利潤率にはより低い賃金率が対応することほ明らか であるが、より高い利潤率が相対価格のどのような水準と対応するかについ
ては、先験的に述べることはできない。それは、技術係数行列すなわち技術 的条件に依存する。二つの商品の生産条件が等しく、各生産手段に対する労 働投入量の比率が二つの商品に関して同一である(α1/鋸=偽/α12かつα1/
偽1=偽/砲2)という特殊な技術的条件のもとでは、相対価格ほ利潤率から独立 に、直接投下労働比率(偽/α1)によって決定されよう。
また、雇用労働者一人あたりの資本価値を々、純産出額をγとして、純産出 物は商品1のみからなるものとするなら、ある技術に関して
γ
が成立する。それゆえ、資本価値々もまた利潤率γの関数として表わすことが できる。
租税の導入
J.S.メトカルフェとⅠ.ステイードマン〔7〕は、間接税と産業による所得 支払いに対する税一賃金支払い税(apayro11tax)、利潤税、付加価値税
‑を(1)に導入して、それらの経済効果を見ようとした。本稿では、諸税の うち賃金支払い税と利潤税のみをとりあげることにしよう。そして、線型生 産モデルという分析枠組みほ、両税の経済効果をどのように説明するかを、
メトカルフェとステイードマンの議論に基本的にはよるものの、J・イート ウェル〔1〕も参照しつつ彼らの議論の含意をできるかぎり明確にし、また 敷街することを試みながら、考察することにしよう。
賃金支払い税の税率をんとし、利潤税の税率をちとすると、(1)は次のように
修正される。
1=〔α11+偽1♪〕〔1+γ(1十ら)〕+紺(1+ら)α1
♪=〔α12+偽2♪〕〔1+γ(1+ら)〕+紺(1+ん)砲
みられるように、利潤率γと賃金率抑は課税後のタームで表示されており、税 率は課税後(税引き)の所得支払い額に関して定義されている。このとき、課 税前(税込み)の各種所得支払い額は、課税なき場合の各種所得支払い額と必 ずしも同一ではないことが注意されるべきである。両者が同一となるのは、
税が転嫁されない場合に限るのである。また税は、所得受領者ではなく所得 支払い者に課せられるものとされている。したがって、賃金支払い税は通常 の賃金税と形式的には異なるものである。しかしながら、賃金支払い税と賃 金税は納税主体が異なるのみで、実質的にほ同じ内容をもつものと考えてよ いであろう。以下においては、賃金支払い税は単に賃金税と呼ばれる。
賃金税ならびに利潤税の転嫁・帰着と相対価格
ある単一の技術のもとで、技術的に達成可能な賃金率と利潤率との組み合 せの軌跡を図示したものを、賃金一利潤率フロンティアという。賃金一利潤率 フロンティアは、縦軸に賃金率を、横軸に利潤率をとるならば、右下りの曲 線として描くことができるが、その曲線が原点に対して凹となるか凸となる
かほ、あるいはまた、賃金一利潤率フロンティアが曲線ではなく直線として描 けるかどうかは、採用されている技術の条件に依存する。
ら=0のとき、賃金課税後の賃金一利潤率フロンティアは、課税なき場合の 賃金一利潤率フロンティアを図1のように横軸に向けて垂直方向に縮少した
ものとなる。ただし、賃金課税の結果、課税後(税引き)賃金率がどうなるか は、課税後の賃金一利潤率フロンティアのみでは確定しえない。(2)の価格方程 式体系は、ら=0でんが政策的に与えられても、なお1の自由度を持つからで ある。したがって、課税後賃金率がどの水準に決まるかを確定するためにほ、
所得分配を規定する社会的諸力すなわち社会的条件についての仮説を必要と する。
この点で、所得分配を純技術的要因つまり各生産要素の限界生産力によっ
て決定されるものとみる新古典派のモデルほ、線型生産モデルとほ著しく性 格を異にするものである。限界生産力理論によれば、賃金税・利潤税という 各種所得に対する税は転嫁しえない。課税ほ各生産要素の限界生産力を変え るものではなく、それゆえ課税がなされても課税前所得分配はなんら変化し ないからである。そうであるならば、各種所得に対する税の法的帰着は、そ の実効的帰着に一致する。
線型生産モデルで は、所得分配は純技術 的要因のみではなく、
より根本的には社会 的・制度的要田によっ て決定される。社会i了云 的・制度的要因を導入
してほじめて、所得分 配に閲しモデルは完結 するのである。このこ
とは、モデルほ自己完 結的で閉じられている のではなく、開かれて いるということを意味
祝J
月 (最大利潤率) 図1
し、モデルのこの性格は、モデルの欠点ではなく、かえって利点であると言 うべきである。モデルほ、それが開かれているとき、経済社会の現実に観察 される具体的な事実を、自己のうちにとり入れることが可能となるからであ
る。
社会的条件についての一つの仮説として、労働者は賃金税率がどのようで あっても、課税後(税引き)賃金率を一定の水準に維持することに成功するも のとしよう。図1において、勒が一定に維持される課税後賃金率であるとす
るならば、賃金税が課せられた場合、課税前(税込み)賃金率は(1+ん)勒つ
まり紺1とならねばならない。その結果、利潤率は、利潤には課税されていな
いにもかかわらず、賃金課税がない場合の筍ではなく、れに低下せざるを得な い。このような事態において、賃金税は利潤に転嫁・帰着したと言いうる。
けれども、資本家もまた利潤率の低下に甘んじることなく、あくまでも利潤 率を筍の水準に維持しようとするならば、絶対的価格水準の上昇、すなわちイ
ンフレーションが生ずるであろう。もちろん、賃金課税によって課税前所得 分配が変る訳ではないという社会的条件のもとでは、賃金税は転嫁せず、賃 金に帰着する。このとき、賃金税の法的帰着と実効的帰着とは一致する。
利潤税の帰着についても、必要な変更をつけ加えれば、賃金税と同様に述 べることができる。すなわち、利潤課税後の賃金一利潤率フロンティアは、図
2のように課税なき場
比J
合の賃金一利潤率フロ ンティアを縦軸に向け て水平方向に縮少した ものとなり、社会的条 件に関して資本家は課 税後(税引き)利潤率 .を一定に維持するとい
ぴ0
う仮説を採用するとき には、利潤税ほ賃金に 帰着し、転嫁が生ずる ことになる。
このように、線型生 産モデルにおいては、
ひ1
0 γ。
一旦̲
γ1 月
1+わ 図2
租税の転嫁・帰着分析にほ、所得分配を規定する社会的・制度要因について の考察が不可欠であるということが強調されるのである。
相対価格が賃金課税、利潤課税にどう影響されるかほ、賃金税あるいほ利 潤税が転嫁するか否かということと、採用されている技術の性格に依存する。
相対価格ほ課税前利潤率の関数として表わすことができるので、賃金税、利
潤税のいずれも転嫁せず、したがって課税前利潤率にほ変化がないものとす
るならば、相対価格は課税によって影響されない。しかし、税が転嫁するな
ら、課税前利潤率は変化し、その結果として相対価格もまた変化すると期待 される。けれども、たしかに変化するかどうか、またその変化の方向は、採 用されている技術の性格に依存し、先験的にはそれについて何も言うことが できない。
たとえば、賃金税は社会的条件により利潤に転嫁・帰着するとしよう。こ こでもし、二つの商品の生産条件が完全に等しいとするならば、賃金税の転 嫁の結果利潤率が低下したとしても、相対価格は変らない。このような特殊 な技術的条件のもとにおいてほ、相対価格は利潤率から独立に、直接労働投 入比率によって決定されるからである。他方、技術的条件は、このようなも のではなく、商品2の方が商品1よりも生産に際して生産手段に対する労働 の割合が高く、かつ商品2の生産には商品1よりも商品2をより多く投入し なければならないという性格をもつものであるとしたら、賃金課税とその転 嫁の結果生ずる課税前(税込み)賃金率の上昇と利潤率の低下ほ、均衡におい て相対価格のより高い水準をもたらすであろう。
一般に商品が多数存在する場合、賃金税あるいは利潤税の転嫁による課税 前所得分配の変更が、ニュメレール商品に対するある商品の相対価格をどの ように変化させるかは、当該商品の各種生産手段に対する労働の割合という 生産条件のみではなく、当該商品の生産のために投入される各種生産手段の 割合とその生産条件、またその各々の生産手段の生産のために投入される各
種生産手段の割合とその生産条件等々という具合にさかのぼることのできる 当該商品の直接・間接の生産条件が、ニュメレール商品の直接・間接の生産 条件とどのように違うかに依存する。それゆえ、一般的には、課税と課税前 所得分配の変更によって相対価格がどう変化するかについて、先験的には何
も言うことができないと結論せざるを得ない。
課税と技術選択および一人あたりの資本価値
いま、技術aと技術bという二つの技術が利用可能であると想定し、さらに、
課税なき場合、この二つの技術に対応する二つの賃金一利潤率フロンティアは
図3のように正の象限で二度交差し、いわゆる技術の二重切り換え(double
SWitching)あるいは再切り換え(reswitching)が生ずるものと仮定しよう。二 つの切り換え点を(れ、抑1)、(乃、勒)とする。また、利潤率との関係におい て選択される技術の雇用労働者一人あたりの資本価値ゑを図4に示しておこ
う。
まずはじめに、課税 と技術選択の関係を考 察する。税が賦課され
γβ