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まえがき 目次

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Academic year: 2021

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(1)

まえがき 目次

著者 橋本 哲哉

雑誌名 近代石川県地域の研究

ページ iii‑vii

発行年 1986‑03‑01

URL http://hdl.handle.net/2297/10834

(2)

まえがき

金沢大学に赴任してから,早くも14年の歳月が経ってしまった。この間法 文学部経済学科の所属から,学部分離によって経済学部日本経済史担当へと 私の肩書は変ったが,経済学科の環境も大きく改善された。この経済学部研 究叢書の発刊もそうしたことのひとつの現われであろう。

石川県金沢市に職場を定め,はからずもそこで生活してきたことから,自 己の研究の新分野として,この地に関連する論文を発表する機会を持つこと

となった。その10数本の論文を今回石川県地域研究というまとまりの中で見 直し,1冊の叢書とするべくあらたに書き下した。その結論めいた事柄は終 章で整理することとし,ここではそこにいたるまでのいくつかの断わり書き

を記すことにする。

従来,個別の論文として断片的に執筆したものを,各々地域研究という立 場で総合し,修正して本書を構成した。その土台となった論文は次のとおり

である。

第1章は「1880年代から1910年代の石川県における『工場』の展開」(金沢

大学『法文学部論集』経済学篇第19号,1973年8月)に若干の加筆をした。中

心となる石川絹織物業に関しては,その後の研究の進展を踏まえて再評価し

た。第2章は「戦前石川県における地主と地主名簿」(金沢大学『経済学部論 集』第3巻1号,1981年3月)を修正し,「解題石川県農事調査」(長幸男編

『明治中期産業運動資料』第6巻,日本経済評論社,1980年1月)の一部を

加えた。以上の2つの章は近代の地域研究の柱となる工業・農業の分析をお

こなったものである。

第3章は最近の研究に学んで「日露戦争期における地方の動向」(金沢大 学『法文学部論集』経済学篇第20号,1974年3月)を大幅に修正し,「日露 戦後経営をめぐる諸問題」(金沢大学経済学会『経済論集』第10.11合併号 1973年3月)と「社会の諸相と社会運動」(加賀市編『加賀市史』下巻,1979 年10月)の2論文の一部を加えた。第4章は「城下町金沢の都市化と民衆」

(3)

(『歴史公論』第90号,雄山閣,1983年5月)に加筆し,『地方伝統的都市の 下層民衆と民衆暴動』(国連大学・研究報告書,1980年9月)の一部も書き

加えた。第5章は前出『地方伝統的都市の下層民衆と民衆暴動』と「金沢米

騒動と裁判記録」(金沢大学『経済学部論集』第2巻1号,1981年10月),「石

川県の米騒動」(金沢大学経済学会『経済論集』第20号,1983年3月)の3

論文を各々修正して再構成した。第6章は「明治大正期の尾小屋鉱山」(三 井金属修史委員会『三井金属修史論叢』第10号,1978年3月)と「横山家の 人々と尾小屋鉱山」(『いしかわ』1979年10月号,パブリケーション四季)を 大幅に加筆修正した。

補論は厳密に言えば石川県地域以外をも対象としたものであるが,本書の

全体とかかわる論点をいくつか有しているので取り入れた。「横山源之助と 北陸地方」(北陸史学会『北陸史学』第20号,1973年11月)を横山の地方社 会論全体を見通す視角で書き改めた。

第1章以外は原型をとどめぬほどになったので,各章のタイトルも旧稿と はことなるものに変え,別の論文として取扱うようにした。

本書の構成・内容を見ればわかるように,その対象時期は1880年代以降 1920年代迄となっている。書名に近代と表示したのは特段の意味はない。

1930年代以降を対象とした論文は頁数の関係で収録できなかったので,その 点に主な理由を求めているにすぎない。それよりもこの地に近代史があるの

かダという疑問がどうしてもぬぐいきれない。加賀藩時代の研究と比較して

その量が微々たることもあって,あえて近代を明示した。

地域研究の方法,それに対する見解はこれも終章において若干触れるが,

本書では私の現在の専攻の関係から経済史的なアプローチに主眼を置いた。

この方法は歴史の主体となるべき人間が登場しないという批判を受けること がよくある。第5章と補論はその点を考慮し,個人としては歴史の舞台にの ぼらないような民衆や彼らを暖かく見守る人間をクローズアップした。

このような論文,そして叢書を世に問うことになったのは,前述したよう

に石川県に生活することになったからにほかならない。しかしそれ以前の東 京の30年間の生活との相違にとまどうことは今でも日常的にある。正直言っ てよく解らない事が人・物や歴史にもある。そうでありながらこの地域を分

-1V

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析するわけであるから,外部の人間による底の浅い,あるいは的をえていな いものとの批判は覚悟の上である。とくに第1,2,4章は自らもそうした 感じを抱くが,今後も研究を一層深める努力をおこなう。

しかし,この土地柄にも年月とともにそれなりの愛着を持ちはじめておI),

第5章と補論には今後も研究を継続する芽を残したつもりである。第6章も 含めてそれらは私の他の専門研究分野の仕事とも関連させ,育てていく考え である。

なお本書に登場する研究者はいずれも先達・先輩であるが,敬称は略させ ていただいた。

1985年10月21日

橋本哲哉

(5)

目次

まえがき

'第1章

第1節 第2節 第3節 第4節 第5節 第6節

工場制工業の展開・………・……・……….

T工場」の地域的分析の意義………・………

「工場」生産の展開…・………

動力・従業員数別「工場」の検討………・…

絹織物「工場」生産の展開・………

絹織物「工場」展開の諸特徴・………

「工場」展開と石川県工業……….

18別釦如哩

第2章 第1節 第2節

農業生産の特徴と地主…・………49 戦前期石川県の農業事情……・………49 地主に関する若干の分析………・………57

第3章 第1節 第2節 第3節 第4節

日露戦争と県民…………・………77 石川県民にとっての戦争………・………77 日露戦争による`惨害………・……79 戦時下の石川県………・………86 日露戦後の時代………・………102

第4章 第1節 第2節 第3節 第4節

地方都市金沢と伝統工業………109 金沢の都市としての`性格…・………109 城下町の都市化…・………115 金沢の伝統工業…………・………122 箔工業と箔労働者・………126

-V’

(6)

第5章 第1節 第2節 第3節 第4節 第5節 第6節

米騒動…………・………137 石川県内の米騒動の概略………・…137 高浜・末吉の米騒動………・………141 8月12日金沢米騒動とその対応………・………144 裁判記録と13日の米騒動………・………155 その後の米騒動と対策………・………168 石川県米騒動の特徴………・…171

尾小屋鉱山と横山鉱業部………179 石川県の鉱業生産と尾小屋鉱山………・………179 横山家による経営着手………・…187 横山鉱業部の創設………・………192 銅生産の本格化………・………194 2度の争議とその後の尾小屋鉱山………・…199 第6章

第1節 第2節 第3節 第4節 第5節

横山源之助の地方社会論と北陸地方………・……207

横山源之助の生涯とその研究……….………207 地方社会.北陸関係論文の概要……….………213 横山の見た北陸地方の産業………・……223 地方下層社会論の意義.………229 補論

第1節 第2節 第3節 第4節

終章近代地域史研究の課題…………・………・…241 表・目録の一覧・…・………・…・…247

一VⅢ一

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