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専門家による言論の法理

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(1)

専門家による言論の法理

桧 垣 伸 次

はじめに

一 専門家による言論が問題となった例

⑴ Lowe 判決

⑵ Casey 判決

⑶ 近年の下級審判決 二 分析

⑴ 言論規制か行為規制か

⑵ 厳格審査が適用されるとする立場

⑶ 厳格審査が適用されないとする立場

⑷ 検討 むすび

はじめに

本稿は、専門家による言論(professional speech、occupational speech)

の規制に関する憲法問題を検討するものである。

本稿で問題とする「専門家による言論」とは、専門家(professional)と 依頼人(client)との関係における言論である。弁護士と依頼人や、心理療 法士と患者、あるいは医師と患者のような、専門家と依頼人との関係は、し

福岡大学法学部准教授

(2)

ばしば大部分は言論により成り立っている。そこでは、二人の人間が互いに 話し合い、一方が質問をして、他方がアドバイスを与えるという関係にある 。 このような関係における言論は、他の文脈では禁止されているような規制、

あるいは言論の強制がなされることがある 。Eugene Volokh は、その例と して、①多くの専門家が、政府が発する免許をもたずにアドバイスをするこ とは禁止されている、②政府が、過失のある助言(誤った言明だけでなく、

いい加減な予測を含む)に対して、責任を課している、③専門家は、顧客の 秘密を暴露してはならない、④心理療法士や弁護士などのように、依頼人と 性的な関係をもつことを禁止されている場合がある、⑤中絶についての患者 の同意を得る前に、州が提供する特定の情報を提供することが医師に求めら れている、などを挙げる 。

専門家も当然ながら表現の自由を有しており、ここで挙げられている例は、

他の文脈においては、憲法により強力に保護される事例である 。しかしな がら、専門家による言論については、内容規制すら許されると考えられてい る。また、上記⑤の例のように、政府による言論の強制すら許容されること がある。なぜ専門家と依頼人との関係においては、例外的に規制が許される と考えられているのか。本稿では、アメリカの議論を参照して、専門家によ る言論の規制に関する憲法上の問題を検討する。

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309 (Foundation Press, 4th ed.2011);「専門家(profession)」と いう言葉は「公に言明すること(to declare publicly)」という意味のラテン語である“profiteri”

に由来する。B. Jessie Hill, ,43 J.L. M

ED

. & E

THICS

59, 60 (2015).

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OLOKH

, note 1 at 309.

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OBERT

C. P

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EMOCRACY

, E

XPERTISE

, A

CADEMIC

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REEDOM

43 (Yale University Press 2012).

(3)

一 専門家による言論が問題となった例

⑴ Lowe 判決

専門家による言論が問題となる例として、Lowe 判決 のように、登録制あ るいは免許制に関する事例がある。ただし、Lowe 判決では、法廷意見を執 筆した Stevens 裁判官は、憲法上の判断は示していない。これに対し、White 裁判官の結論同意意見(Burger 首席裁判官および Rehnquist 裁判官が同調)

が、修正 条に違反するかについて検討しており、後に大きな影響をもつこ とになる 。そこで、本稿ではまず Lowe 判決における White 裁判官結論同 意意見を検討する。

Christopher Lowe は、Lowe Management Corporation(以下、「LM 社」

とする)の代表取締役であり、また、同社の主要な株主だった。同社は、

年から 年の間、 年投資顧問法(Investment Advisers Act of のもとで、投資顧問として登録されていた。顧客の資金を不正流用したこと などにより、有罪判決を受けていた。 年 月 日、証券取引委員会(Se- curities and Exchange Commission、以下、「SEC」とする)は、LM 社の登 録を取り消す命令を下した。また、SEC は、Lowe に対し、以後、投資顧問 としてかかわらないよう命じた。

しかし、Lowe は、投資に関するアドバイスを提供するニュースレターを 出版していた。そのため、SEC は、LM 社および他の二社(Lowe Publishing Corporation、Lowe Stock Chart Service)が投資顧問法に違反し、また、Lowe が SEC の命令に違反しているとして、ニュースレターの出版を禁止する終 局的差止め命令および 年 月 日の命令を遵守することを求める終局的 差止め命令などを求めてニュー・ヨーク東地区連邦地方裁判所に提訴した。

Lowe v. Securities and Exchange Commission, 472 U.S. 181 (1985).

Paul Sherman, , 128 H

ARV

. L. R

EV

. F. 183, 185 (2015).

(4)

ニュー・ヨーク東地区連邦地方裁判所は、SEC の訴えを退けた 。これに 対し、第 巡回区連邦控訴裁判所は SEC の主張を認めた 。

連邦最高裁は、上訴人がニュースレターを出版および配布することに対す る差止命令を修正 条が禁止するか否かという重要な憲法問題を検討するた めに、サーシオレイライを認めた 。

法廷意見を執筆した Stevens 裁判官は、LM 社および他の二社は、 投資顧問法にいう「投資顧問」に該当しないとして、憲法問題には言及しな かった。これに対して、White 裁判官は、法廷意見に対し、LM 社らは投資 顧問にあたるが、Lowe によるニュースレターの出版の禁止は修正 条に反 するとして、結論同意意見を述べる 。

White 裁判官結論同意意見(Burger 首席裁判官、Rehnquist 裁判官同調)

は以下のように述べる。

政府は専門的職業を規制することはできるが、その権限は、その職業の実 践が言論を含んでいたとしても失われることはない 。おそらく政府の免許 制に服している「話す専門家」の最も明白な例は法律の専門家だろう 。法 律家の仕事のほとんどはある種のコミュニケーション的な行為に費やされる が、最高裁は、「州が、道徳的な人格や法に習熟していることなどの厳しい

Securities and Exchange Commission v. Lowe, 556 F.Supp. 1359 (E.D.N.Y. 1983).

Securities and Exchange Commission v. Lowe, 725 F.2d 892 (2nd Cir.1984);下級審判決につ いては、牛丸與志夫「米国投資顧問法と表現の自由――米国憲法修正第一条の問題――」商

事法務 号( 年) 頁参照。

,472 U.S. 188‐189.

LM 社らが投資顧問にあたるか否かの判断について、Stevens 裁判官法廷意見と White 裁判 官結論同意意見は対立するが、この点は本稿では言及しない。この点については、牛丸與志 夫「米国投資情報出版業と投資顧問規制――連邦最高裁の投資顧問法適用除外判決――」商

事法務 号( 年) 頁参照。

U.S.228 (White, J., concurring in the result).

.

(5)

資格要件を課すことができる」ことを疑ったことはない 。

政府は、出版物による場合であろうと、依頼人と助言者の関係による場合 であろうと、同様の原則が投資助言という専門的職業の規制の正統性を支持 するという立場に立つ 。依頼人は、生命と自由の保護のためではないにし ろ、少なくとも財産の保護と蓄積のために、投資顧問を信頼する 。投資家 を保護するために、政府は、投資顧問に対して、弁護士と同様に、真実を話 すこと、高潔さ、思慮深さ、信託に基いた責任の質を証明することが求めら れると主張する 。

しかし、政府が免許制度によって、専門への参入を規制できるという原則 は、言論それ自体またはプレスの免許制を含むまでに拡大されてこなかった 。 ある時点で、ある手段は専門的職業の規制ではなく、言論またはプレスの規 制となる 。この点を超えれば、法は、修正 条によって要求されるレベル の審査を生き残らなければならない 。政府は、この点を決めるのは立法府 であると主張するが、それは裁判所の役割である 。

これは、Thomas v. Collins,323 U.S. at において、Jackson 裁判官 同意意見が取り組んだ問題である 。Jackson 裁判官は、指標となる要素は、

特定の事例において、言論が、政府が全体を公的な統制に置くことができる ように規制する他の要素を伴っていたかどうかであると結論付けた 。

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(6)

依頼人個人の要件を引き受け、依頼人の個人的な必要性および状況の観点 から依頼人に代わって判断をなすことを意図する者は、専門的職業の実践に 努めるものと判断される 。依頼とその受領が、契約と呼ばれる規制可能な 取引に付随するコミュニケーションであるのと同様に、専門家による言論は 専門的職業の遂行に付随するものである 。政府が、専門的職業を遂行しよ うとする特定のクラスの者を制約する、一般的に適用可能な免許条項を制定 した場合、修正 条の審査に服する言論やプレスの規制を設けたとは言えな い 。専門家と依頼人との間に個人的なつながりが存在せず、話者が何もの かに代わって判断をなすことを意図していない場合、政府の規制は、言論に 対して付随的な衝撃を与えるに過ぎない、専門的職業の遂行に対する正当な 規制ではなくなる 。

各依頼人の必要性に調整された投資に関する助言を行う専門家への参入に 適用される限り、投資顧問法は言論規制に対する審査には服さない 。しか しながら、登録されていない者が、購入者の利益のために投資助言のニュー スレターを出版することを禁止することは、言論に対する直接的な規制であ り、修正 条の審査に服する 。

政府は、仮に本件が言論の問題だとしても、上訴人の言論は営利的言論で あると主張するが、本件の解決に際しては、営利的言論であるか否かを決定 する必要はない 。投資顧問法は、上訴人が投資に関する助言を含むニュー スレターを出版することを違法とするものであり、また、そのような出版物

. at . . . . at .

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(7)

に対する差止をする権限を与えている 。このような法が完全に保護される 言論に適用される場合、最も異例な状況下でのみ合憲となるが、本件はその ような状況にはない 。また、営利的言論に適用される場合であっても、立 法目的は正当だが、手段が極端である 。政府は、上訴人の過去の違法行為 を理由に、彼が将来また詐欺的なあるいは虚偽の助言をなすことを恐れて、

上訴人が、いかなる助言をなすことも禁止しようとしている 。このような 禁止が許されるのは、当該言論が詐欺的である場合のみである 。

White 裁判官は、以上のように述べ、登録されていない者が、本件のニュー スレターのような出版物によって投資に関する非個人的な助言をなすことを 禁止するように適用される場合には、投資顧問法は違憲となると判断した 。

⑵ Casey 判決

専門家による言論の例として、しばしば Casey 判決 におけるインフォー ムド・コンセント要件が挙げられる。いくつかの州では、超音波診断を行う 医師に対し、超音波診断器の画像を、中絶を行おうとする女性に見せ、その

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Casey 判決については複数の論点があるが、本稿ではインフォームド・コンセント条項につ いてのみ検討する。Casey 判決については、小竹聡「アメリカ合衆国における妊娠中絶をめ ぐる議論の一断面」浦田賢治編『立憲主義・民主主義・平和主義』(三省堂、 年) 、 頁以下、高井裕之「レーンキスト・コートにおける実体的デュー・プロセス論の展開」宮 川成雄編『アメリカ最高裁とレーンキスト・コート』(成文堂、 年) 頁以下、

高井裕之「判批」樋口範雄ほか編『アメリカ法判例百選』(有斐閣、 年) 頁、根本猛

「判批」法経論集 ・ 号( 年) 頁等参照。

Planned Parenthood of Southeastern Pennsylvania v. Casey, 505 U.S. 833 (1992).

(8)

画像で見ることができる解剖学的特徴を説明することを義務づけている

(“speech-and-display” statute)。また、Casey 判決で問題となったように、

医師は、妊娠中絶を望む女性に対して、妊娠中絶に関する健康上のリスクな どについての情報を提供することを要求されることがある。通常、言論の自 由は、表現しない自由も含んでおり、言論の強制の事例では、厳格審査が適 用される 。そこで、上記のようなインフォームド・コンセント要件は言論 の強制の事例であるため、厳格審査が適用されるか否かが問題となる。

年および 年に改正されたペンシルバニア州妊娠中絶規制法は、医学 上の緊急事態を除いて、医師は妊娠中絶を望む女性に対して、少なくとも妊 娠中絶が行われる 時間前には、手術の性質、妊娠中絶および出産の健康上 のリスクおよび胎児の推定在胎期間を伝えなければならないと規定してい た 。また、同法は未成年が妊娠中絶を行う場合には、両親のうち一人の同 意が必要であること 、および、結婚している女性が妊娠中絶を望む場合に は、夫への通知が必要であること などを定めていた。これに対して、 つ の妊娠中絶を行う医院および医師が、本法施行前に、これらの条項が違憲で あるという宣言的判決および差止による救済を求めて連邦地裁に提訴した。

ペンシルバニア州東地区連邦地方裁判所は、これらの条項は違憲であると 判示した 。これに対し、第 巡回区連邦控訴裁判所は、夫への通知を求め

Scott W. Gaylord,

, 43 J.L. M

ED

. & E

THICS

35 (2015).

Wooley v. Maynard, 430 U.S. 705 (1977);「自由に生きろ、さもなくば死ね(Live Free or Die)」という州のモットーを入れたナンバープレートを非営利的な自動車に取り付けること を求め、モットーを覆い隠す行為を軽罪とするニュー・ハンプシャー州法が修正 条の権利 を侵害するか否かが争われた事件。最高裁は、 対 で当該州法を違憲とした。

18 Pa. Cons.Stat. 3205.

18 Pa. Cons.Stat. 3206.

18 Pa. Cons.Stat. 3209.

Planned Parenthood of Southeastern Pennsylvania v. Casey, 744 F.Supp. 1323 (E.D. Pa 1990).

(9)

る条項のみ違憲であると判示した 。

連邦最高裁において、OʼConnor 裁判官、Kennedy 裁判官および Souter 裁判官の共同意見(以下、「共同意見」とする)は、インフォームド・コン セント要件を合憲であるとした。

先例は、州が、書面によるインフォームド・コンセントを求めることを許 容しているが、本件では、原告らは、本件州法が、医者が特定の情報を提供 しなければならない旨の条項および 時間の待機要件を含んでいるため、本 件州法のインフォームド・コンセント条項に対して異議を唱えている 。周 知のように、Casey 判決は、Roe 判決 の本質的な部分を覆すことはしなかっ たものの、妊娠期間を三分割した Roe 判決の枠組み(trimester)を変更し、

「不当な負担(undue burden)」テストを採用した。共同意見は、この「不 当な負担」テストの枠組みのもと、中絶と出産の選択に関する女性の決定に 影響を与えるように意図されているとしてインフォームド・コンセント要件 を違憲とした Akron 判決 および Thornburgh 判決 を覆した。共同意見は、

両判決は、手術の性質、妊娠中絶および出産の健康上のリスクおよび胎児の 推定在胎期間に関する真実かつ誤導的ではない情報を提供することを違憲と するかぎりにおいて、潜在的な生命についての重要な利益に対する Roe 判 決の認識と矛盾するため、覆されると指摘する 。共同意見は、中絶を選択 するかもしれない女性の健康上のリスクを減らすことについて州は正当な利 益を有するため、州が要求する情報が真実かつ誤導的ではないのであれば、

その要求は「不当な負担」ではなく、許容されるとする 。また、共同意見 Planned Parenthood of Southeastern Pennsylvania v. Casey, 947 F.2d 682 (3d Cir.1991).

, 505 U.S. at 881.

Roe v. Wade, 410 U.S. 113 (1973).

Akron v. Akron Center for Reproductive Health, Inc., 462 U.S. 416 (1983).

Thornburgh v. American College of Obstetricians and Gynecologists, 476 U.S. 747 (1986).

, 505 U.S. at 882.

. at

(10)

は、医師には情報を提供しない権利が認められているという主張に対し、確 かに修正 条は表現することを強制されない権利を含むが、医療行為の実践 の一部としては、州による合理的な免許制および規制に服するため、本件に おいて憲法上の問題はないとする

⑶ 近年の下級審判決

これまでみてきたように、Lowe 判決における White 裁判官結論同意意見 は、専門家と依頼人との間の言論については、州による専門的職業の規制権 限が及ぶことを示唆している。また、Casey 判決は、言論の強制の事例に対 しては通常は厳格審査が適用されるが、医療の実践という特定の文脈におい ては、厳格審査は適用されないとした。しかし、連邦最高裁は、専門家によ る言論につき、その性質と規制可能な範囲に遠回しに言及しているのみであ る 。専門家による言論の法理は、Lowe 判決にその起源をもつといわれる が、連邦最高裁が同法理を採用したことはない 。以下にみるように、近年 の連邦控訴裁判決は、専門家による言論につき、どのような基準を用いるべ きかで判断が割れている。

① Pickup 判決

年 月、カリフォルニア州知事は、精神医療従事者が、 歳以下の依 頼人と「性的指向を変更する取組み(“sexual orientation change effort”。“gay conversion therapy”とも呼ばれる。以下、「SOCE」とする)」を行うことを 禁止する法案(SB(Senate Bill) )に署名した。

二つの団体が、同法が修正 条等に反するとして訴訟を提起した。 年、

. at 884.

Hill, note 1 at 60.

Gaylord, note 38 at 966.

(11)

SOCE を行うセラピスト、SOCE を受けている子どもおよびその親たちの団 体が、SB の暫定的差止命令を求めた。カリフォルニア東地区連邦地方 裁判所は、本案におけるいかなる主張についても認められる見込みがないと して、暫定的救済を認めなかった 。同じく 年、別の団体が、同法の暫 定的差止命令を求めて訴訟を提起した。カリフォルニア東地区連邦地方裁判 所は、暫定的差止命令を認めた 。

両事件を併合審理した第 巡回区連邦控訴裁判所は、同法は、言論ではな く、行為の規制であるとして、合理性の基準が適用されるとした 。同裁判 所は、SB が言論の規制かあるいは行為の規制かを考えるにあたり、連 続体で考えている。その一方の端は、専門家が公的に発言する場合で、修正 条の最も強力な保護を受ける 。この連続体の中央は、専門家と依頼人と の関係において、専門家の言論につき修正 条の保護は幾分か弱められる 。 そして、この連続体の、他方の端は、専門家の行為の規制であり、SB はここに位置する 。ここでは、行為の規制はせいぜい表現に対しては付随 的な効果しかない 。SB は、未成年の治療の態様の規制である 。SB は、免許を持つセラピストが、SOCE の賛否について患者と議論することを 禁止していない。同裁判所は、この点を強調して、SB を言論規制と区 別する 。SB が行為の規制であるため、言論に与える効果は付随的なも のに過ぎない。それゆえ、同裁判所は、SB は合理性の基準に服すると

Pickup v. Brown, 42 F.Supp.3d 1347 (E.D.Cal. 2012).

Welch v. Brown, 907 F.Supp.2d 1102 (E.D.Cal. 2012).

Pickup v. Brown, 740 F.3d 1208, 1225-1232 (9th Cir. 2014).

. at . at . at . . .

(12)

述べる 。そして、同裁判所は、合理性の基準の下、SB は未成年を保護 するという正当な政府利益と合理的に関連すると述べる 。

なお、連邦最高裁は上訴を認めなかった 。

② Wollschlaeger 判決

年 月、フロリダ州は、銃の所持者のプライバシーに関する法 を制 定した。同法は、免許を持つ医師および医療施設(以下、「医師ら」とする)

が、○

患者の治療や安全等に関係がないことを知りながら、患者の医療記録 における銃の所持に関する情報を故意に記録すること、○

その情報が患者の 治療や安全等に関係すると善意で信じている場合を除き、患者に銃の所持の 有無を尋ねること、○

銃を所持していることのみを理由に、その患者につき 差別的取扱いをすること、○

銃を所持していることにつき、患者に不必要に いやがらせをすること、を禁止していた 。

知事が同法案に署名した 日後、医師などからなる団体が、同法が修正 条および修正 条に反するとして、宣言的救済および差止による救済を求め て、フロリダ南地区連邦地方裁判所に提訴した。 年 月、フロリダ南地 区連邦地方裁判所は、原告らの修正 条の主張が認められる実質的な可能性 があるとして、予備差止命令を出した 。また、 年 月、フロリダ南地 区連邦地方裁判所は、同法は修正 条に反するとして、終局的差止命令を出 した 。

. at . at

Pickup v. Brown, 134 S.Ct. 2871 (2014).

Fla. Stat. 790.338.

Wollschlaeger v. Farmer, 880 F.Supp.2d 1251, 1255 (S.D.Fla. 2012).

Wollschlaeger v. Farmer, 814 F.Supp.2d 1367 (S.D.Fla. 2011).

Wollschlaeger, 880 F. Supp.2d 1251.

(13)

州は、同法は言論ではなく、行為を規制しているため、フロリダ南地区連 邦地方裁判所の判断は誤っていると主張して、第 巡回区連邦控訴裁判所に 控訴した 。

第 巡回区連邦控訴裁判所は、本件フロリダ州法は、専門家の行為の規制 であり、専門家の言論に対しては付随的な効果しかないと述べ、本件フロリ ダ州法は修正 条には反しないとした 。同裁判所は、「専門家の活動が言論 を伴う場合であっても、職業の活動を規制する州の権力は、必ずしも失われ るわけではない」という Lowe 判決における White 裁判官結論同意意見を 引用する 。もちろん、同裁判所は、専門家による言論すべてが修正 条の 保護の範囲外にあると述べるわけではない。同裁判所は、専門家の言論が、

公的関心事について、公的になされた場合、修正 条の保護は頂点に達する と述べる 。しかし、専門家の言論が、彼(女)の専門家としての判断の渦 中において、その専門家としてのサービスを受ける者に対して、私的に行わ れる場合、修正 条の保護は底に落ちる 。同裁判所は、申込みと承諾が、

規制可能な取引――すなわち契約――に付随するコミュニケーションである ように、専門家による言論は、専門家の行為に付随するものであると述べる 。 同裁判所は、行為の規制と修正 条の自由の規制とを分けるのは、専門家と 依頼人との間の人的関係があるか否かであると指摘する 。本件フロリダ州 法は、医師が、医師と依頼人との関係において、銃の所持について尋ねるこ と等を禁止するものであり、専門家としての行為の規制にあたる 。同裁判

Wollschlaeger v. Governor of Florida, 760 F.3d 1195 (11th Cir. 2014).

. at . at . at . . .

. at

(14)

所は、このように述べたうえで、上述のように、本件フロリダ州法は修正 条に反しないと判示した 。

③ King 判決

年 月、ニュー・ジャージー州は、免許を持つカウンセラーが、 歳 以下の依頼人と SOCE を行うことを禁止する州法を制定した 。SOCE を 行ってきた、セラピストの免許を持つ個人および団体(National Association for Research and Therapy of Homosexuality(NARTH),American Associa- tion of Christian Counselors(AACC))は、同州法が、修正 条の言論の自 由および宗教的行為の自由を侵害するとして、暫定的差止め命令または予備 的差止め命令を求めて、ニュー・ジャージー地区連邦地方裁判所に提訴した。

原告らはまた、同州法は、未成年の依頼人の代理として、彼(女)らの修正 条および修正 条の実体的デュー・プロセスの権利を侵害すると主張した。

ニュー・ジャージー地区連邦地方裁判所は、Pickup 判決に依拠して、同 州法は、言論ではなく行為を規制するものであり、また、原告らの言論にい かなる付随的効果ももたらさないとして、修正 条に基づく異議を認めな かった 。

控訴審である第 巡回区連邦控訴裁判所は、Pickup 判決の法理を否定し た。同裁判所は、言葉によるコミュニケーションといえども、精神保健治療 の道具として用いられるときは、「行為」であるとの被控訴人の主張を否定

なお、多数意見は、審査基準について明示していない。これに対し、反対意見は、多数意見 は合理性の基準を適用していると指摘する。また、反対意見は、多数意見がその際に引用す る先例は、多数意見の結論とは矛盾すると批判する。 . at (Wilson, J., dissenting).

N.J. Stat. Ann. 45: 1­54;このような法を最初に制定した州はカリフォルニア州である。

King v. Christie, F.Supp. d , ( ).

. at ‐ ;なお、本件では原告適格や法の過度の広範性等も問題となったが、本稿の目 的の範囲外なのでここでは立ち入らない。

(15)

する 。同裁判所は、修正 条の目的に鑑みると、SOCE のなかで行われる 言葉によるコミュニケーションは、修正 条の保護を受ける言論であるとす る 。しかし、同裁判所は、原告らは、州の免許を持つ専門家として、職業 上の関係の範囲内で話しているため、保護の程度は弱まると述べる 。同裁 判所は、州が、信頼できない、不適任な、責任のない者から公衆を保護する ために、免許制度を確立し、また、専門家の業務を規制してきたことを指摘 する 。専門家のサービスの価値は、依頼人が通常有していない専門的知識 提供できる能力に由来する 。そのため、依頼人は、専門家を信頼するほか 選択肢はない 。言論がかかわっている場合には専門家を規制する州の権限 を制限することは、市民を害悪から守る州の権限を不当に損なうことである 。 それゆえ、同裁判所は、免許を有する専門家は、専門的な知識に基づいて依 頼人に対してサービスを提供する場合には、修正 条の完全な保護を受けな いと述べる 。そして、同裁判所は、SOCE の一部としてなされる言論は、

修正 条の完全な保護を受けない専門家による言論であると指摘する 。次 に、同裁判所は、専門家による言論が、弱い保護を受ける言論なのか、ある いは保護されない言論なのかについて、営利的言論を比較しつつ検討する。

同裁判所は、専門家による言論と営利的言論は、情報提供機能ゆえに、言論 の受け手、さらには社会全体にとって価値があるという、同じ性質を有して

King v. Governor of New Jersey, F. d , ( ).

. at ‐ ;同裁判所は、最高裁や同裁判所は言葉または文字によるコミュニケーション を、その機能を理由に「行為」とみなすことがあった、ということを被控訴人は証明できて おらず、また、HLP 判決は実際にそのようなアプローチを否定していると指摘する。

. at . at . at . . . . at

(16)

いると指摘する 。そのため、同裁判所は、専門家による言論は、営利的言 論と同じレベルの修正 条の保護を受けるとする 。このように、専門家に よる言論については、厳格審査は適用されない。しかし、十分な司法審査が 行われないと、専門家による言論の規制という見かけのもとで、政府はあま りにも容易に好みではない思想を規制できてしまうことから、同裁判所は、

中間審査が妥当であるとする 。そして、有害な専門家の業務から市民を保 護するという――特に、本件手法は、少数者である依頼人を保護するもので ある――州の利益は、明白に実質的なものであると述べる 。また、同裁判 所は、本件州法は、未成年に対する深刻な健康上のリスクを有する専門家の 業務を禁止することにより、この利益を直接促進するものであるため、本件 州法は、許容される専門家による言論の規制であると判示した 。

④ Hines 判決

テキサス州は、獣医に対し、動物に対する医療行為を行う前に、動物につ いて身体的な診察を行うことを求めていた(以下、「本件要求」とする) 。 Ronald Hines は、免許を有する獣医師であり、 年代中葉から までは主として伝統的な動物に対する医療行為に従事してきた。Hines は退 職後に、ウェブサイトを作り、ペットの医療に関する記事の投稿を始めた。

Hines は、当初は一般的な記事を投稿していたが、すぐに、特定の飼い主に

. at

. at 235; なお、同裁判所は、免許を有する専門家に対する州の規制権限は、依頼人を保護 するという州の義務に由来するため、依頼人の保護とは関係のない規制については、中間審 査では不十分であるとする。

. at . at . at

以下で述べる、連邦地裁判決を含む本件の事実は、連邦控訴裁判決に依拠している。 Hines v. Alldredge, 783 F.3d 197, 199-200 (5th Cir. 2015).

(17)

対してペットに関する獣医学的なアドバイスを始めるようになった。こうし たアドバイスは E メールや電話で行われ、Hines は、動物に対する身体的な 診察を行っていなかった。Hines は ドルの一律料金を求めていたが、飼い 主に支払い能力がないときには支払いを求めなかった。また、Hines は、身 体的な診察が必要であると感じたときにはアドバイスを送ることを拒否して おり、薬の処方もしなかった。Hines のこのような行為は、明らかに動物に 対する医療行為であり、テキサス州法は、獣医師と依頼人および患者という 関係がない場合には、動物に対する医療行為の実施を禁止していた。

年、テキサス州獣医師免許委員会(以下、「委員会」とする)は、Hines に対し、身体的な診察をすることなく獣医学的なアドバイスを送ることによ り、Hines はテキサス州法に違反していると通知した。Hines は最終的には、

法に従い、一年間の謹慎期間、免許の停止、 ドルの罰金などに同意した。

Hines は、本件要求は、修正 条および修正 条に違反するとして、テキ サス南地区連邦地裁に対して、宣言的救済を求めて提訴した。委員会は、原 告の訴えを却下するように求めた。

テキサス南地区連邦地裁は、修正 条違反の主張については委員会の申し 立てを認めた。これに対し、州は専門家を規制する広大な権限を有している が、本件要求は「専門家による言論それ自体を規制している」ため、修正 条の審査に服するとして、修正 条違反の主張については、委員会の申し立 てを認めなかった。連邦地裁は、Casey 判決に依拠して、「免許を受けた専 門家による言論に対する、専門に基づく関係における規制は、単に rational なもの以上でなければならず、reasonable である必要がある」とした。そし て、本件要求は修正 条の権利を侵害するものであるとする Hines の主張は 妥当であるとした。

第 巡回区連邦控訴裁判所は、本件で問題となったテキサス州法は、動物 に対する医療行為を規制するものであり、言論の内容を規制するものではな

(18)

いと指摘する 。また、獣医師に対して特定のメッセージの伝達を要求する ものでもなく、獣医師と依頼人と患者という関係が確立した後に述べること ができることを規制するものでもない 。同裁判所は、Sorrell 判決を引用し て、「修正 条は、通商や行為に向けられた規制が、言論に付随的に負担を 与えることを禁止していない」ため、本件要求が獣医師の言論に影響をもた らす可能性があるという事実は、異なる結果をもたらすことはないと指摘す る 。また、同裁判所は、Lowe 判決で述べられたような、専門家と依頼人 との関係の内容中立的な規制は、修正 条を侵害しないという考え方は深く 根付いており、多くの控訴裁判所で採用されてきたことを指摘する 。同裁 判所は、本件州法も同様であり、獣医師の修正 条の権利を侵害するもので はないとする 。

二 分析

⑴ 言論規制か行為規制か

これまでみてきたように、Wollschlaeger 判決および Hines 判決等は、専 門家による言論が規制される場合、言論ではなく、行為の規制であるとする。

これらの判決は、言論については付随的な制約でしかないとする。これに対 し、King 判決は、修正 条の目的に鑑みると、専門家の言論は、修正 条 の保護を受ける言論であるとする。また、Pickup 判決は、医療行為と分類 される言論と、医療行為と関連するにすぎないあるいはまったく関連しない 言論とに分類し、前者については修正 条の保護の範囲外であり、後者の規 制については中間審査が適用されるとしている 。

. at .

. ( Sorrel v. IMS Health Inc., 131 S.Ct. 2653, 2664).

. at .

(19)

確かに、専門家による言論が修正 条で保護される言論なのか、あるいは 行為なのか、その境界は曖昧である 。Paul Sherman は、言論規制と、行 為規制に付随して言論が規制される場合とでは異なるという理解に対し、両 者の区別は決して単純ではない、そして、両者の区別は、規制される行為そ れ自体が表現的ではない場合にのみ成り立つものであると批判する 。これ に対して、Sherman は、規制される行為それ自体が表現的である場合、修 正 条のルールは異なっており、規制が正当化されるのは、それが「行為」

だからではなく、言論が引き起こす害悪によると指摘する 。そして、Sher- man は、このような「常識的な議論」は、Holder v. Humanitarian Law Project

(以下、「HLP 判決」とする)によって正当化されると主張する 。King 判 決が指摘するように、連邦最高裁は、HLP 判決において、言葉によるまた は文字によるコミュニケーションについて、その機能を理由に「行為」であ るという立場を否定している 。

HLP 判決では、指定されたテロリスト集団に対して「物的な支援(material support)」をすることを禁止する連邦法が修正 条に反しないかが問題と なった。HLP 判決では、指定されたテロリスト集団の非暴力的な活動を援 助しようとする集団が、本件連邦法が違憲であると主張した。原告らは、本 件連邦法により、法的な訓練やアドバイスをすることが妨げられると主張し た。これに対して、政府は、テロリスト集団に対して「物的な支援」をする

Note, , 128 H

ARV

. L. R

EV

. 1045, 1050 (2015).

Tracy Law, Case Note,

, 24 T

UL

. J. L. & S

EXUALITY

215, 216 (2015).

Sherman, note 6 at 188.

. at

Holder v. Humanitarian Law Project,561 U.S. 1 (2010) [hereinafter HLP].

.

,767 F.3d at 225 (citing , 561 U.S. 1 (2010)).

(20)

ことを禁止する連邦法は行為に向けられたものであり、原告らの言論には付 随的な負担をかけるのみであると主張していた。連邦最高裁は、「本件連邦 法が適用される行為がコミュニケーションによるメッセージで構成されてい る場合」には、そのような行為に本件連邦法を適用することは、言論に対す る内容規制とみなされると指摘して、政府の主張を認めなかった 。Sherman は、HLP 判決は、専門的な知識に基づく個別の専門的な助言をも含む、個 別の助言へ負担をかけることは、言論の規制であることを明らかにしたもの であると指摘する 。King 判決は、この点に着目し、「SOCE カウンセリン グにおける言葉によるコミュニケーションを『行為』であるとする、直観に 反するような結論に至る理由はない」 と述べている 。

これに対し、Pickup 判決は、HLP 判決の射程を政治的言論の文脈に限定 している 。ある論者は、Pickup 判決は二つの点で誤っていると指摘する。

一つ目は、HLP 判決の射程を政治的言論に限定した点である 。HLP 判決 では、問題となっているのは「政府が純粋な政治的言論を禁止できるか否か ではない」 と明言している 。二つ目は、Pickup 判決が、HLP 判決が言 論と行為との境界に関する事例であると誤って解釈した点である 。HLP 判 決は、行為の禁止が、個人の言論の内容を理由に適用されるなら、そのとき は高められた審査が適用されると述べている 。

Sherman, note 6 at 190 (citing , 130 S.Ct. 2723-24).

. at

F.3d at

また、King 判決は、Casey 判決相対多数意見が、医師に対し、妊娠中絶の前に情報を提供 することを求めるペンシルバニア州法を「行為」ではなく「言論」であると認定している 点にも着目する。 .

F.3d at Law, note at

, 561 U.S. at 28.

Law, note at . at

(21)

ある論者は、Wollschlaeger 判決は、診察室における言論のほとんどすべ てを、修正 条の審査から免除することになると批判する 。つまり、Wollsch- laeger 判決によれば、修正 条は、診察室の扉で終了するのである 。また、

ある評者は、心理療法士のように、用いる手法の多くが依頼人との言論を通 じてなされる場合、会話による心理療法が「行為」であるとされると、業務 が大きく損なわれてしまうと指摘する 。

専門家による言論の規制は、HLP 判決で問題となった行為と同様、コミュ ニケーションによるメッセージで構成されている行為である。このような規 制を行為規制とするのは妥当ではない。HLP 判決が指摘するように、言論 規制と捉えるのが妥当であろう。

⑵ 厳格審査が適用されるとする立場

専門家による言論が修正 条で保護される言論であるとしても、どのよう な審査基準が適用されるかについて議論があり、連邦控訴裁の判断も分かれ ている 。言論規制と見る判例の多くは中間審査基準を適用している。これ に対して、専門家による言論の規制についても、厳格審査が適用されるとす る主張がある。

Sherman は、専門家よる言論に関する Lowe 判決における White 裁判官 の主張は、①専門家による言論は「行為」であり、修正 条の範囲外にある、

あるいは、②専門家による言論は、言論であるが、修正 条の範囲外の範疇

. ( , 561 U.S. at ‐ ).

Note, note at . at

Warren Geoffrey Tucker,

, 23 W

M

. & M

ARY

B

ILL

R

TS

. J. 885, 891 (2015).

Scott W. Gaylord, Comment,

, 66 S.C. L. R

EV

. 951, 966-967 (2015).

(22)

の言論である、という二通りの理解がありえると指摘する 。しかし、①の 理解は HLP 判決 と、②の理解は Stevens 判決 と矛盾すると指摘する。

①については上述した通りである。②について、Sherman は、名誉毀損 や喧嘩言葉などの、修正 条の範囲外とされた他の範疇の言論とは異なり、

専門家による言論が同様に不道徳あるいは本質的に価値の低い言論であると 主張することはできないと指摘する 。Sherman は、社会的な費用と便益の アドホックな衡量に基いて、新しい保護されない言論の範疇を作り出す権限 を裁判所は有していないとして、問題となった範疇が歴史的に保護されない 言論とされてきたか否かを問題とする Stevens 判決を引用する 。そして、

Sherman は、専門家による言論は、歴史的に修正 条の範囲外にあるとは みなされてこなかったため、専門家による言論が「すべて」保護されない言 論であると主張することはできないと指摘する

このように、①および②の理解は、HLP 判決および Stevens 判決との整 合性がとれないため、専門家による言論は、他の内容に基づいて定義された 範疇の言論と同様に扱われるべきであると主張する 。それゆえ、専門家に 対する言論の規制は、言論に対して、内容に基づいた直接的な負担をかける ため、厳格審査が妥当すると主張する 。

Sherman は、このように解しても、すべての免許制が違憲となるわけで

Sherman, note 6 at 188.

, 561 U.S. at 1.

United States v. Stevens, 559 U.S. 460 (2010).

Sherman, note 6 at 191.

. at ( Stevens, 130 S.Ct. at 1582-1587);なお、Sherman は、Stevens 判決の 法理は、Brown v. E.M.A., 131 S.Ct.2729 (2011)および United States v. Alvarez, 132 S.Ct. 2537 (2012)において再確認されたことも指摘する。

Sherman, note at .

. at

(23)

はなく、同法理は、①外科手術や顧客の資金の投資などの表現的な要素がな い行為に従事する免許や、②医者の処方箋のような、法が言論それ自体では なく、言論の法的効果を規制することを目的としている場合のような、独立 した法的重要性をもつ言論、③裁判所における弁護士の口頭弁論などの、政 府によってつくられた特別なフォーラムにおける言論、などには適用されな いとする 。

また、専門家による言論に対して厳格審査が適用されるとしても、法それ 自体が違憲となるのではなく、厳格審査を通過することが求められるだけで ある 。Sherman は、それは確かに高いハードルかもしれないが、HLP 判 決で問題となった法がそうであったように、決して乗り越えられないハード ルではないと主張する 。

⑶ 厳格審査が適用されないとする立場

専門家による言論の規制が言論規制であることを認めつつ、⑵で述べた立 場を批判し、厳格査基準が適用されないとする立場がある。

① Robert Post

Robert Post は、Amanda Shanor との共著論文において、Sherman を批 判する。Post らは、Sherman の議論は、言論はすべて通常の修正 条の完 全な保護を受けることを前提としていると指摘する 。そのうえで、Sherman は、専門家による言論の規制は内容規制であるため、厳格審査が妥当すると 述べているが、Post らは、Sherman のこの主張は、そもそもなぜ内容差別 禁止というルールがあるのかについて説明できていないと指摘する 。Post

. at .

. at

Robert Post & Amanda Shanor, ,128 H

ARV

. L. R

EV

. F. 165, 177 (2015).

(24)

らによると、修正 条が、公的言説(public discourse)における内容差別を禁 止しているのは、すべての者が公的意見(public opinion)の構築に参加する平 等な権利を有しているからである 。内容差別に関する厳しいルールは、民 主的な市民としての身分の平等を表明している 。しかし、Post らによると、

専門家による言論は公的言説の外に位置するため、専門家による言論は、民 主的な市民としての身分の平等とはほとんど関連しない 。

Post らは、医師の例を用いて例証する。医師は、彼(女)らが選択する 意見ならばどんなものであっても患者に対して与えることができるという、

政治的な平等の権利を主張することができない 。医師が修正 条を主張で きるとすれば、それは医師が患者に対して情報を提供できるからであるが、

それゆえに、州は医師に対し、正確で信頼できる情報を提供するように求め ることができる――それは、医療過誤法の核心部分である 。州は、公的言 説の文脈においては、正確で信頼できる情報を提供するように求めることは できないが、専門家による言論の場合はそれが可能であるし、むしろ求める べきである 。Post らは、ここで、Sherman のアプローチによると、すべ ての医療過誤事例について厳格審査を求めることになり、不合理であると批 判する 。

このような Post の議論は、表現の送り手に着目した議論である。Post は、

修正 条について、多元的な見解をとり、公的言説の中と外の差を強調する 。

. at . . . . . . . . at

(25)

Post は、営利的言論や専門家による言論は、「情報」を提供するところにそ の本質があると考えている 。Post らによれば、営利的言論は、広告の情報 提供機能を理由に保護されている 。すなわち、営利的言論の憲法上の価値 は、表現の受け手が賢明な決定をなすことができるようになるために情報を 受け取る権利に基いている 。同様に、専門家による言論において着目され るのは、受け手の情報を受領する権利なるのであり、送り手である専門家の 自律ではない 。

これに対し、通常の表現の自由の法理は、表現の送り手に着目している 。 表現の自由は、人々が、民主政国家における政府の最終的な source である 公的意見の構築に参加する権利を保障している 。それゆえ、表現の自由は、

人々が公的言説に参加する権利を保障している 。

Post らは、このような違いを設けない限り、民主的な自己決定について 意見を述べることはできないと主張する 。なぜならば、すべての政府規制 は、事実上何らかの形で言論に負荷をかけるからである 。事実上すべての 人間は言葉を使用することを必要とする 。それゆえ、Post らは、すべての 言論行為を憲法問題とするならば、我々は、Scalia 裁判官が皮肉を込めて「黒

. at 176;専門家による言論を営利的言論の一形態と捉える裁判例もある。これに対し、

ある論者は、しばしば公衆に向かって表現される営利的言論とは異なり、専門家による言 論は、専門家と依頼者との信頼に基づいた関係という文脈でなされるという点で、営利的 言論とは「根本的かつ質的に異なる」と指摘する。Sonia M. Suter,

, 43 J.L. M

ED

. & E

THICS

22, 23 (2015).

Post & Shanor, note at .

Robert Post,

, 2007 U. ILL. L. R

EV

. 939, 979 (2007).

Post & Shanor, note 133 at 170.

. . . at .

(26)

衣を纏った至高の存在(black-robed supremacy)」と呼ぶ者に政府を引き渡 さなければならないだろうし、また、我々は意味のある自己決定の可能性を 放棄し、Lochner 時代に社会を統制した司法支配制に戻らなければならない だろうと述べる 。

② Scott W. Gaylord

Scott W. Gaylord は、Casey 判決で問題となったような言論の強制の事例 には、合理性の基準が適用されると主張する。

Gaylord は、連邦最高裁が、「すべての言論が等しく重要であるわけでは ない」と認識してきたことを指摘する 。そして、Gaylord は、審査基準を 決めるのは、言論がなされた文脈または言論の性質であるとする 。

Gaylord はまず、裁判所が審査基準を決定するにあたり、文脈が果たす役 割について Wooley 判決が重要な洞察を提供すると指摘する 。Wooley 判 決では、public disclosure が問題となった。連邦最高裁は、厳格審査を適用 し、州法による言論の強制を違憲とした。しかし、Wooley 判決は、異なる 状況に置いては異なる結論になることを示唆する 。Gaylord は、Wooley 判決が述べている、“In God We Trust”という国のモットーを硬貨や紙幣に 印字することを求める場合との比較に着目する 。Wooley 判決法廷意見は、

Post らは、すべての言論行為に対して修正 条の審査を拡張するならば、不適切な見解に よる弁護過誤により弁護士が訴訟を提起される場合、不十分な警告を理由に製品メーカー が厳格な責任を問われる場合、商品リースが特定の文言を挿入することを法的に求められ る場合、特定の契約が反トラスト法により違法とされる場合なども、常に修正 条の問題 となってしまうと批判する。 . at

.

Gaylord, note 38 at 36 ( Dun & Bradstreet, Inc. v. Greenmoss Builders, Inc., 472 U.

S. 749, 758 (1985)).

. at . at .

(27)

紙幣の場合、自動車の場合とは異なり、政府の利益を公に広めることを強制 するものではない――紙幣は通常財布やポケットの中に入れられており、公 に見せるものではない――ため、両事例は異なると指摘している 。Gaylord は、これらの二つの事例が示すのは、連邦最高裁は、政府のメッセージを公 に示すことを市民に強制しない場合であれば、政府による言論の強制に対し ては厳格審査は適用されないとしていることであると指摘する 。

また、Gaylord は、言論の性質が果たす役割について、営利的言論の文脈 において言論の強制が問題となった Zauderer 判決 を挙げて説明する。

Zauderer 判決は、言論の性質を二つ指摘する。一つ目は、政府が営利的言 論の規制について、重要な利益を有していることを最高裁が認識してきた点 である 。そして、ここでいう利益とは、Wooley 判決で問題となった利益 とは異なる 。強制されるのは、法的サービスの料金に関する「事実且つ議 論の余地のない」情報である 。二つ目は、言論を強制された者は、公に情 報を伝達することを禁止されていない点である 。Gaylord は、このような 性質の言論については、厳格審査は適用されないと指摘する 。

Gaylord は、以上のように、審査基準の決定において、文脈および言論の

.

. ( at 717 (n.15)).

.

Zauderer v. Office of Disciplinary Counsel of Sup. Ct. of Ohio, 471 U.S. 626 (1985);本件で問 題となったオハイオ州法は、弁護士の広告について、いくつかの規制を課していたが、こ こで問題とするのは、弁護士が依頼人に成功報酬を明示しようとする場合に、法廷費用の 控除が算定されているか否かを明示することを求める条項である。同判決については、太 田裕之「弁護士広告と表現の自由」同志社法学 巻 号( 年) 頁、橋本基弘『表現 の自由 理論と解釈』(中央大学出版部、 年)等参照。

Gaylord, note 38 at 38.

. . . .

(28)

性質が果たす役割を指摘する。Gaylord によると、政府がある主題について 特別な利益を有している場合または、公的言説に影響を与えたりするような 目的で言論を規制しているわけではない場合には、最高裁は、政府の負担を 減らしてきた 。

Zauderer 判決は、その射程を営利的言論に限定しておらず、むしろ Wooley との違いを指摘している 。この点は、Casey にも同様のことがいえる。医 師と患者との関係は、私的かつ秘密のコミュニケーションに関連しており、

開かれた公的議論に向けられていない 。すなわち、伝統的な修正 条の法 理は公的議論の促進に関するものであり、医師と患者の関係という限られた 範囲にのみ限定されるものではない 。それゆえ、Gaylord は、Casey で厳 格審査が適用されなかったことは、先例と適合すると主張する。

Gaylord は、Zauderer 判決および Casey 判決は、専門家による言論の具 体例であると述べる。Gaylord は、Lowe 判決における White 裁判官同意意 見が指摘するように、修正 条は、すべての専門家による言論を、規制が及 ばないようにしているわけではないことを指摘する 。専門家による言論の 法理は、あくまでも専門家と依頼人との間の私的な関係における言論に関す るものであり、そのような関係の外部において専門家の言論を規制について は同法理の射程外である 。そして、専門家による言論については、専門家 と依頼人との間の個人的な会話である――すなわち、依頼人のためになされ る言論であり、公的議論に貢献することが目的ではない――という性質に着

Gaylord はその例として、パブリック・フォーラム論や名誉毀損の法理を挙げる。前者に おいては、パブリック・フォーラムか否かで、後者においては、公的関心事か否かで、保 護の程度が変わる。 . at ‐ .

. at . . . at .

参照

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