ウェーブレット理論の偏微分方程式への適用
Wavelet methods for partial differential equations
数学専攻 高場 浩幸
1
研究の目的フーリエ変換では三角関数を用いて表すが,非局所的である.それに対して,ウェーブレット変換では基底 を局所的であるものを選ぶことができる.そのようなウェーブレットの特徴を偏微分方程式へ適用するために,
ウェーブレットの基礎理論と偏微分方程式への適用例をまとめた.
2
ウェーブレットとは何か2.1
多重解像度解析まず,多重解像度解析(
Multi-Resolution Analisis
,以下MRA
と略す)の一般的な概念を導入する.定義
2.1. L 2 ( R )
のMRA
は,次を満たすL 2 ( R )
の閉部分空間の列{ V j }
のことである.i)
これらの部分空間は,ネストである.つまり,任意のj ∈ Z
に対して,V j ⊂ V j+1
である.ii) L 2 ( R )
において,部分空間の和集合は稠密であり,共通部分は0
だけである.つまり,次式が成り立つ.
∪
j ∈Z
V j = L 2 ( R )
,∩
j ∈Z
V j = { 0 }
.(2.1)
iii) { φ( · − k), k ∈ Z}
がV 0
のリース基底であるような,
スケーリング関数(
拡大縮小関数) φ ∈ V 0
が存在 する.(注意)集合
{ e k }
がL 2 ( R )
の線形部分空間のリース基底であるとは,関数e k
が1
次独立で,かつ,次のノル ム同値が成立することである:
∑
k
c k e k
2
L
2( R )
≃ ∑
k
| c k | 2 .
今後,記法
A ≃ B
はcB ≤ A ≤ CB
が成り立つような(
関連するパラメーターに独立な)
正の定数c
,C
が存 在するという意味で用いる.同様に,記号A . B (A & B)
は,A ≤ CB (A ≥ cB)
という意味で用いる.上の性質から,集合
{ φ j,k = 2
j2φ(2 j · − k), k ∈ Z}
は,V j
に対するリース基底で,V j
の関数のL 2 ( R )-
ノルム とその関数の展開係数のℓ 2 -
ノルムとの間に,ノルム同値をもたらす.また,この同値関係における定数はj
に 依存しない.V 0 ⊂ V 1
であるから,スケーリング関数φ
は{ h k } k ∈Z ∈ ℓ 2 ( Z )
を係数とし,次のように,V 1
の基 底で展開される.このとき,関数φ
は細分化可能といわれ,その係数h k
は,細分化係数といわれる.φ(x) = ∑
k ∈Z
h k φ(2x − k)
.2.2
双直交多重解像度解析次の性質を満たしている一様に有界な作用素(直交作用素とは限らない)
P j : L 2 ( R ) −→ V j
の列を選ぶこと から始める.P j P j+1 = P j
,(2.2)
P j (f ( · − k2 − j ))(x) = P j f (x − k2 − j )
,P j+1 f ((2 · ))(x) = P j f (2x)
.1
{ φ 0,k }
は,V 0
のリース基底なので,f ∈ L 2 ( R )
に関してP 0 f = ∑
k
α k (f )φ 0,k
が成り立つ.ただし,
α k : L 2 ( R ) −→ R
は,線形かつ連続である.リースの表現定理より,各k
に対して,α k (f ) = ⟨ f, φ ˜ 0,k ⟩
となるようなφ ˜ 0,k ∈ L 2 ( R )
が存在する.ただし,記号⟨· , ·⟩
は,L 2 -
内積を表す.補題
2.2.
P j f = ∑
k
⟨ φ ˜ j,k , f ⟩ φ j,k
ただし,φ j,k (x) = 2
j2φ(2 j x − k)
が成り立つ.さらに,集合
{ φ ˜ j,k , k ∈ Z}
は部分空間V ˜ j = P j ∗ (L 2 ( R ))(P j ∗
はP j
の共役作用素)
のリース基底を 生成する.次の命題によって述べられているように,性質(2.2)
より,
列V ˜ j
は増大列であることが従う.命題
2.3.
列V ˜ j
は次のことを満たしている.V ˜ j ⊂ V ˜ j+1
.2.2
ウェーブレット補ウェーブレット空間
W j = Q j (L 2 ( R )), Q j = P j+1 − P j
により,V j+1
がV j
とW j
の直和であるように定 める.Q j
はW j
の上への射影で,Q 2 j = Q j
ということに注意する.W j
はまた,V j+1
の中のP j
の核として定 義することもできる.W j
に適した基底を構成する必要がある.そのために,2
組の係数:
g k = ( − 1) k ˜ h 1 − k , ˜ g k = ( − 1) k h 1 − k , k ∈ Z
と,双対ウェーブレットの対
ψ(x) = ∑
k
g k φ(2x − k), ψ(x) = ˜ ∑
k
˜
g k φ(2x ˜ − k)
を考える.明らかに,
ψ ∈ V 1
かつψ ˜ ∈ V ˜ 1
である.次の定理が成り立つ.定理
2.4.
ウェーブレット関数ψ
とψ ˜
は⟨ ψ, ψ( ˜ · − k) ⟩ = δ 0,k
を満たす.そして,
⟨ ψ, φ( ˜ · − k) ⟩ = ⟨ ψ, φ( ˜ · − k) ⟩ = 0
となる.射影作用素
Q j
はQ j f = ∑
k
⟨ f, ψ ˜ j,k ⟩ ψ j,k
と展開され,関数列
ψ j,k
はW j
のリース基底になる.つまり,V j
はV j = V 0 ⊕ W 0 ⊕ · · · ⊕ W j − 1
のように分解される.そして,どんな関数
f
に対して,P j f
はP j f = ∑
k
c j,k φ j,k = ∑
k
c 0,k φ 0,k +
j − 1
∑
m=0
∑
k
d m,k ψ m,k (2.3)
2
のように表される.ただし,
d m,k = ⟨ f, ψ ˜ m,k ⟩
,c m,k = ⟨ f, φ ˜ m,k ⟩
である.j −→ + ∞
のときの,稠密性の性質(2.1)
によって,P j f
はf
にL 2 ( R )
において収束する.よって,(2.3)
で,j −→ + ∞
とすると,次の等式を得る.f = ∑
k
c 0,k φ 0,k +
+ ∞
∑
m=0
∑
k
d m,k ψ m,k
.3
ウェーブレットの基本的性質ウェーブレットの基本的性質の空間と周波数の局在化を導入する.
3.1 Ω = R
の場合(Ω ⊆ R d )
:周波数領域の観点と空間領域の観点L 2 ( R )
におけるウェーブレット基底の典型的な構造においては,基底関数φ λ , λ ∈ K j
やψ λ , λ ∈ Λ j , j ≥ 0
とそれに双対なφ ˜ λ , ψ ˜ λ
は,すべてひとつのスケーリング関数φ
とマザーウェーブレットψ (
とそれぞれの共役˜
φ
とψ ˜ )
の伸縮や平行移動によって構成される.明らかに,関数ψ
の性質は関数ψ λ
に反映され,対応する ウェーブレット基底の性質にも反映される.φ
とψ
において,いくつかの仮定をおく.またφ
とψ
と双対な˜
φ
とψ ˜
においても同様にいくつかの仮定をおく.最初の仮定は空間の局所化に係わる.偏微分方程式の数値解 への応用という観点から,かなり強いかたち仮定をおく.つまり,以下のこと成り立つような,L > 0
とL > ˜ 0
が存在するということを仮定する.supp φ ⊆ [ − L, L] = ⇒ supp φ λ ⊆ [ k − L
2 j , k + L 2 j
] ,
supp ˜ φ ⊆ [ − L, ˜ L] ˜ = ⇒ supp ˜ φ λ ⊆ [ k − L ˜
2 j , k + ˜ L 2 j
] ,
supp ψ ⊆ [ − L, L] = ⇒ supp ψ λ ⊆ [ k − L
2 j , k + L 2 j
] ,
supp ˜ ψ ⊆ [ − L, ˜ L] ˜ = ⇒ supp ˜ ψ λ ⊆ [ k − L ˜
2 j , k + ˜ L 2 j
] .
つまり,
λ = (j, k)
のとき,ウェーブレットψ λ
とその双対なψ ˜ λ
の両方は,点x λ = k
2 j
の周りにサポートを 持ち,その台の大きさはj → ∞
のとき,2 − j
のオーダーとなる.ψ
のフーリエ変換を考えよう.ψ
はコンパク トサポートなので,ハイゼンベルクの不確定性定理によって, そのフーリエ変換ψ b
はコンパクトサポートを もたない.しかしながら,周波数約1
の弱い意味での局在を仮定する.つまり,正確には次の性質を仮定する,M > R
であるM, R ∈ Z
が存在して,0 ≤ s ≤ R
であるようなs
とn = 0, · · · , M
に対して,次が成り立つ.a) d n ψ b
dξ n (0) = 0, b)
∫
R
(1+ | ξ | 2 ) s | ψ(ξ) b | 2 dξ . 1. (3.1)
類似して,
ψ ˜
については,整数M > ˜ 0
と整数R > ˜ 0
が存在して,0 ≤ s ≤ R ˜
なるようなs
とn = 0, · · · , M ˜
に対して次が成り立つと仮定する,a) d n ψ b ˜
dξ n (0) = 0, b)
∫
R
(1+ | ξ | 2 ) s | ψ(ξ) b ˜ | 2 dξ . 1.
周波数の局所化の性質
(3.1)
は,ψ
のフーリエ変換を使わず,ψ
自身で直接的にいうこともできる.つまり,3
(3.1)
は実際に次の(3.2)
と同値である.∫
R
x n ψ(x)dx = 0 (n = 0, · · · , M ), ∥ ψ ∥ H
s( R ) . 1 (0 ≤ s ≤ R), (3.2)
そして,スケーリングによって,これより(3.3)
が従う.∫
R
x n ψ λ (x)dx = 0 (n = 0, · · · , M ), ∥ ψ λ ∥ H
s( R ) . 2 js (0 ≤ s ≤ R). (3.3)
同様にψ ˜ λ
について,次のように書くことができる.∫
R
x n ψ ˜ λ (x)dx = 0 (n = 0, · · · , M ˜ ), ∥ ψ ˜ λ ∥ H
s( R ) . 2 js (0 ≤ s ≤ R). ˜
4
偏微分方程式に対するウェーブレット 適応方法は,反復法を用いる:
•
近似空間が与えられ,与えられた空間の中で問題の解の近似を計算する.•
計算された近似値を求め,新しい近似空間を作る.•
計算された解が条件を満たすまで繰り返す.問題
f
が与えられ− ∆u + u = f in Ω, Ω ⊆ R d
を満たす解u
を求める.上記の偏微分方程式
(
連続問題)
に対するウェーブレット解を考える.基本的な考え方は,連続問題を次のよう な離散問題に書き直すことである.u = ∑
λ u ˇ λ ψ ˇ λ
を求める解とする.u = (u λ ) λ ∈ ℓ 2
は未知の無限次元ベクト ルと一致している.無限個の試験関数v h = ˇ ψ µ
に対する方程式から,偏微分方程式の内積はR ˇ u = f
という形 になる.ただし,R ˇ = (r λ,µ ):
無限次元行列,r λ,µ =
∫
Ω
( ∇ ψ ˇ µ · ∇ ψ ˇ λ + ˇ ψ µ ψ ˇ λ )dx, f = { f µ } :
無限次元ベクトル, f λ = ⟨ f, ψ ˇ λ ⟩
である.無限線形系について,反復スキームの解を次のように計算する.リチャードソン・スキーム
:
(1)
最初にu 0 = 0
とする(2)u n −→ u n+1 (3) r λ n = f λ − ( ˇ R u n ) λ
を計算する(4) u n+1 = u n + θr n (5)
誤差≤
許容差となるまで繰り返すこのスキームの振る舞いが作用素
I − θ R ˇ
の振る舞いと関連があり,次の補題が成り立つ.補題
4.1. 0 < θ ≤ θ 0
のようなすべてのθ
とq < q ˜ ≤ 2
のようなすべてのq
について∥ I − θ R ∥ ˇ L(ℓ
q,ℓ
q) < 1
となるような定数q ˜
とθ 0
が存在する.この補題によって,
0 < θ ≤ θ 0
のとき,リチャードソン・スキームが収束するようなθ 0
が存在する.参考文献