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外国人技能実習生は小池和男の「知的熟練」を獲得できるか

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外国人技能実習生は小池和男の「知的熟練」を獲得できるか

~「知的熟練論」の整理と論点の提示~

Conditions of the adaptability of skill training methods in Kazuo Koike’s “Intellectual Skills” theory to foreign trainees in modern Japanese manufacturing sites.

―Consideration at the site and proposition of issues―

中央大学大学院戦略経営研究科 ビジネス科学専攻(博士後期課程)

長濱 康之

Abstract: The Purpose of this paper is proposing hypothesis to verify the adaptability of

“Intellectual Skills” theory by Kazuo Koike to foreign trainees in the modern Japanese manufacturing sites. “Intellectual Skills” theory is famous theory which explains why Japanese manufacturing companies quickly gained their high productivities at the post war periods. The theory shows two systems which bring the high productivities through reducing the stopping time of machines and workflow in the manufacturing sites, One of which is the system of how to train “Intellectual Skills” by OJT and Off-JT to workers at manufacturing sites, another of which is the HR system of cultivating motivation of workers to learn and use “Intellectual Skills” at manufacturing sites, This report starts from indicating the depth understanding of this theory thorough the opinions in the academic studies of Koike and other scholars’ reports and then takes a preliminary consideration of the adaptability of the theory to foreign trainees in the modern Japanese manufacturing sites and finally propose issues.

Keywords: Intellectual Skills, Japanese Company, OJT, Productivity, Kazuo Koike

目 次

序 :はじめに

本論 Ⅰ「知的熟練論」とは何か

1.

「知的熟練論」の構築目的とその中心的な概念

2. 「知的熟練」という概念 3. 「長期の競争」という概念

Ⅱ「外国人技能実習生」の技能形成方式 1.検証を行うサンプルについて

2.

「外国人技能実習生」の技能形成方式

Ⅲ Ⅰ、Ⅱの技能形成方式の比較と論点の提示

1.Ⅰ、Ⅱの技能形成方式の比較

2.論点の提示

結び :インプリケーション

(2)

序論 はじめに

本稿は、小池和男氏が「戦後の日本の製造業の優位性の根拠を示す」理論として主張 している「知的熟練論」を現代日本の製造現場に適用して生産性を向上しようとする場 合、外国人の技能実習生が「知的熟練」を獲得できるのかどうかをあきらかにする実証 研究のための予備的考察である.技能実習生が「知的熟練」を獲得するためには、後述 する小池が指摘する「知的熟練」の5つの成立条件以外に、別の条件が必要と考えられ る.本稿ではこの条件を論点として提示し、同時に実証方法も検討する.

「知的熟練論」は、もともと日本の製造業、特に生産労働者に関する丹念な現場観察 にもとづいて構築された理論であり,小池の探求心は旺盛で、最終的には国内外のブル ーカラー労働者からホワイトカラー労働者までを対象としている.小池が「知的熟練」

で提示する技能の内容は、ブルーカラー労働者とホワイトカラー労働者ではかなり異な っているため、このうち本稿のテーマに沿い、ブルーカラー労働者に関する部分を先行 研究として取り上げる.小池は、日本企業の工場が海外でも成功している事実を踏まえ て、 「知的熟練」は一定の成立条件さえそろえば、海外の工場でも適用は可能である、

と結論づけている(小池、猪木

1987

pp29

30

) .しかし、これまで小池が行った調査 研究は、日本における日本人労働者、外国における外国人(その国の国民)労働者を対 象にしたものであり、日本で働く他国の外国人である技能実習生に関する調査研究は行 っていない.

技能実習生に関する先行研究では、給与の低さなど労働条件の不適切さや悪質なブロ ーカーによる中間搾取など、数多くの問題点が指摘されてきている.これらは大きな問 題であり、 「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(技能 実習法) 」 (平成

28

年公布)などに基づき解決されていくべきものである.他方で,日 本企業において技能実習生の活用が今後拡大していくと考えらえることから、技能実習 生の技能向上を通じた製造現場の生産性や品質の維持・向上に関する研究が重要となろ う.この見地から、冒頭に述べたように、 「技能実習生に小池和男の『知的熟練論』に もとづく技能形成方式を適用する条件」を明らかにできれば、技能実習生の活用拡大が 想定される日本の製造現場における今後の生産性向上に有益と考える.

「知的熟練論」の具体的な主張とその論理構造を整理するために、海老原・萩野

2018

)の中で小池の『日本の熟練』 (

1981

)に対する書評へのリプライとして小池自 身が「私の熟練研究に関して関心の向きは、

3

部作に目を通していただけたら」 (p

111

)として明示している『人材形成の国際比較:東南アジアと日本』 (小池、猪木

1987

) 、 『仕事の経済学(第

3

版) 』 (小池

2005

) 、 「海外日本企業の人材形成」 (小池

2008

)の

3

冊にくわえ、必要に応じて他の著作も取上げる.なお、小池の「知的熟練 論」は、長い研究過程の中で、その記載内容にいくつかの変更が加えられている.こう いう変更がある場合、最新版での議論を採用することとした.この方針に従い、 「知的 熟練論」の基本的な内容が整理されている『仕事の経済学』では,最新の「第

3

版」を 取り上げる.

これらを踏まえた本稿の構成は、まずⅠ章で、小池の各著作と、関連する分野の研究

者の記述をもとに、小池の「知的熟練論」の全体像をあきらかにする.それに続くⅡ章

では

A

社の製造現場における技能実習生の技能形成の仕組みを紹介する.つづくⅢ章で

(3)

はⅠ章の小池の「知的熟練論」にもとづく「知的熟練」の技能形成のしくみとⅡ章で整 理した製造現場での技能実習生の技能形成のしくみと比較し、技能実習生が「知的熟 練」を獲得できる可能性を検討し、その条件を論点として提示し、あわせてその実証方 法も検討する.最終章の結びはインプリケーションである.

本論

Ⅰ「知的熟練論」とは何か

ここでは、 「知的熟練論」を正しく理解するため、まず第

1

項で「知的熟練論」の構築目 的とその2つの中心概念、第

2

項で、その中心概念の1つである小池の「知的熟練」の概 念、第

3

項でもう1つの中心概念である「長期の競争」について確認する.

1. 「知的熟練論」の構築目的とその中心的な概念

序章で示したように「知的熟練論」に関する記述は、研究の進展により小池自身の手

で何回か改定されているものの、小池の各著書や論文を総合して勘案すると、以下のよ うに要約できよう

.

「知的熟練論」とは、 「第二次世界大戦の敗戦により壊滅的な打撃を受けたはずの日 本の製造業が、戦後の短期間の間に高い生産性を実現し、他国に比べて優位に立つこと ができた要因を解き明かす」理論で、その中心的な概念は「戦後につくられた、生産労 働者が『知的熟練』を獲得するしくみとその獲得を促進する『長期の競争』のしくみ」

である。小池は、これらのしくみにより「生産労働者の高い技能である『知的熟練』が 形成され、その結果システム的に連綿と製造が進む近代の機械制工業においてその製造 ラインの停止時間を極小化し、加えて新製品投入までの時間も短縮し、製造現場の労働 生産性を他国対比大きく向上させている」という仮説にもとづきこの理論を構成した.

この要約の前半部分が、小池が「知的熟練論」を構築した目的である. 「なぜ日本の 製造業が第二次世界大戦後の短期間の間に高い生産性を実現し、他国に比べて優位に立 つことができたのか」についての研究は、政治、経済、経営などの多くの分野からの多 くのアプローチによって、多くの仮説が表明され、論じられている.ここでは詳しくは 述べないが、戦後初期の日本の政治経済運営には米国が深くかかわったが、その米国の 学者による日本の労働研究では、

James C Abegglen

の著書( 『

The Japanese Factory

1958

)から生まれた「三種の神器」説や、トヨタの「看板方式」や、 「

Just in Time

」 を研究した

Janes P Womack

の著書( 『

The Machine That Changed The World

1990

)に示された「リーン生産方式」など、日本の特殊性にその力点を置いた論説も多 かった.小池(

1981

)によれば、 「当時国内でもこれら海外の論説に影響を受けた通説 が流布されていた」 (はしがき

p

1) .石田光男(

2003

)も、戦後の日本の初期の労働研 究は、対等な契約に基づく労使関係、年功的熟練の解体などといった「近代化」の達成 にあり、その「 『近代化』のモデルは欧米近代化」 (

p 54

)で、非欧米的なもの、つまり 日本的なものは「前近代的」とみられていたとして、当時は欧米の考え方が正しいとす る風潮があったことを説明している.

これに対し小池

(1981)

は、 「わたくしは、わが国の企業にはめざましい人材形成の方 式があったと考える.それ故に日本経済に「活力」があったし、いまもある、と思う」

p 28

)と記しているように、この問題の解明に人材形成の面からアプローチし、製造

(4)

業の現場を観察、そこに存在する技能の獲得を通じた人材形成のしくみを一般化して理 論化し、これを更なる調査や国際的統計比較で実証していく研究をつづけた.小池によ り製造現場で発見されたこの理論が「知的熟練論」である.石田(

2003

)はこれを、ジ ャパンの「経済的『富裕』の『種明かし』 」 (

p 54

)と形容している.

前掲の「知的熟練論」要約の後半部分が「知的熟練論」の中心的な概念の説明であ

る.小池が現場観察により確認したという「戦後につくられた、生産労働者が『知的熟 練』を獲得するしくみとその獲得を促進する『長期の競争』のしくみ」が、小池の「知 的熟練論」の中心的な概念である.小池は、他国と日本の製造業の生産性の差の多く は、他国の労働者の技能と戦後に日本企業内部で育成された労働者の技能の差により生 じたもので、日本の生産労働者が持っている技能こそが「知的熟練」であると論じてお り、この「知的熟練」を持つ生産労働者を育成する企業内のしくみと、その長期にわた る育成を促すしくみである「長期の競争」を、現場観察により発見したと説明してい る.そして、このしくみにより育成され、 「知的熟練」を獲得した生産労働者こそが、

製造ラインの停止時間を極小化し、新製品投入までの時間も短縮し、製造現場の生産性 を他国対比大きく向上させている、と論じており、 『日本の熟練』

(1981)

では、 「他国も その方式をとろうと思えばとれる.ただし、その転換にはかなりの時間がかかる.しば らくは日本の持ち味である」 (

p 2

)と記している.

小池(

2005

)は、 「個別事例へ立ち入って観察し、そこで職場のベテランの話をじっ くり聞く.それによって、なぜ、どうして、という点までおりていくとおもわぬことが 見えてくる.それにもとづき一般的理論を構想した.一般理論として

2

点強調したい.

知的熟練と長期の競争である.そしてこのふたつに日本の労働経済のめざましい持ち味 がある」 (

p

ⅲ)と明確に、 「知的熟練」と「長期の競争」を強調している.この記述か らみても、 「知的熟練論」とは、 「知的熟練」と「長期の競争」という2つの概念を中心 に構成された理論であることは間違いなかろう.なお、小池(

1987

)は、 「知的熟練」

研究の経緯に関し、 「わたくしは前から、熟練形成の国際比較を行いたい、と考えてい た.労働の問題の核心は熟練の内実であり、たとえば職場の効率を大きく左右する、と 思っていた.にもかかわらず、それはほとんど明らかにされておらず」 (

p

ⅰ) 、 「

1983

年初冬から、日本の職場をまわり、仮説づくりをはじめた」 (

p

ⅱ)と記述している.

2. 「知的熟練」という概念

本項では、前項で述べた2つの中心的な概念のうち「知的熟練」に関して詳しく確認 していく.

(1)さまざまな熟練論

小池は、研究の初期である『日本の熟練』 (

1981

)のはしがきで、 「要(かなめ)の議論 は、働く人の熟練である. 「日本的熟練」とはいわない」 (

p

2)と記述しており、この段 階では「知的熟練」という言葉は使っておらず、単に「熟練」と記している.そこで、ま ずは「熟練」研究の流れを確認してみる.

日本の労働問題研究で「熟練」という概念の有力な主張者は、氏原正治郎であろう.

氏原の「熟練」は、 「手工的熟練」と「知識的熟練」の

2

つの段階に分かれており、 「手

工的熟練」は「カンやコツ」という「経験によって体得された熟練」で、 「知識的熟

練」は「客観的な知識や技能」という「教育によって教えられた熟練」である( 『日本

(5)

労働問題研究』

1966

pp367

369

) .

「手工的熟練」では, 「理由はよくわからないが、結果そうなる」ということを生産 労働者は経験的には知っているが、そのしくみの原理は理解していない.一方、 「知識 的熟練」では、 「結果がそうなるのは、こういう理由があるからである」としくみの原 理を理解していると,氏原は2つの「熟練」の違いを説明している.

おそらく小池は年代的にも氏原の「熟練論」の影響を受けていると思われるため、小 池の「知的熟練」の概念は、氏原から山本潔へつながる系譜上にあると考えられる.し かし、氏原の「熟練論」は、野村(

2001

)が「 (親方労働者による)手工的万能的熟練

(

親方は手工的熟練者であると同時に知識のある経営者でもあった

)

が崩壊した後、どの ように企業内分業と「熟練」が成立するのか、ほとんど検討しなかった」 (

p8

)と指摘 しているように、本格的な機械制工業の時代への対応としては未完成なものでもあっ た.山本の「熟練」研究と小池の「知的熟練」は、この未完成の氏原の「熟練」研究を 引き継いだものであり、氏原の「熟練」研究の発展形ともいえよう.

氏原の「熟練」研究を受け継いだ山本は、 『日本における職場の技術・労働史—

1854

1990

年-』 (

1994

)で「熟練」の歴史的変遷を、 「徒弟修養型熟練」 、 「養成型熟練」 、

OJT

型熟練」と区分した(

pp228

230

pp271

272

) .そして「

OJT

型熟練」を、

「 『標準作業手順』を基準として、日々の作業のなかで、

on the job training

(以下

OJT

とよぶ)で技能を習得し、熟練度をたかめていく」 (

p59

)ものとしている.

製造現場における「熟練」概念には、さらに時代を遡れば、テーラーが示す「伝習的 熟練」という概念も存在する.

1912

年にテーラー式科学的管理法を調査するための特別 委員会において、テーラーは「このいろいろな職に従事している工員たちは、まず習っ て一人前になったのである.習ったというよりも、言い伝え、見習いでじょうずになっ たのである、 (中略) 、

100

年前と同じやり方で覚えるのである」 ( 『科学的管理法(新 版) 』上野陽一訳・編 ―同著内収録「テーラー式およびその他の工場管理法を調査す るための特別委員会における速記」 (委員会速記原著

1912

、同上野陽一全訳

1933

新版 発行

1969

p357

)と証言している.この「伝習的熟練」概念は、生産労働者が仕事の 中で自然と先輩から引き継いでいる技能のことを示しており、氏原「熟練論」の「手工 的熟練」に近い.テーラーはこの技能を経営者側が形式知化して、最良の形を労働者に 模倣させることで労働生産性を向上させることを目指したのである.そして効率的な生 産が出来た場合の賃金率を高く設定した新しい出来高払賃金を提唱した(同著内収録

「出来高払試案」 (

1985

年デトロイト市の

ASME

大会にての発表全訳)

pp3

5

) .これ が「科学的管理法」であり、経営者側が熟練形成に能動的な点で「伝習的熟練」とは異 なる.テーラーのこの管理法に関しては、労働者の人格を認めず、ただ効率性のみを追 求するものとして批判する意見もあったが、同著の訳者でもある上野は、同著のはしが きで「テーラーは生産労働者を機械のように働かせるために『科学的管理法』を研究し たのではなく、 『暖かい感情を持っていた』 」としている.この時代の生産労働者は無知 であり、テーラーは「伝習的」な技能継承による年功的なしくみを廃止し、生産労働者 が平等に競争できる環境を作り、誰でも一流の労働者になれることを目指したのであろ う.

これに対し小池が現場で発見した事実をもとに構成したとする「知的熟練論」では、

(6)

「ふだんの作業」において

OJT

を行ううえでの「標準作業手順」という形式知は企業 側が提供していても、 「標準化されているのは『ふだんの作業』にすぎず( 『もの造りの 技能』 (

2001

p10

) 」 、 「知的熟練」の獲得にいたるには、 「いわれたとおり作業するだけ でなく、ラインの各人の創意工夫が肝心」 (

p10

) 、 「機械的なオリエンテーションではな く、ベテランとの

1

1

の訓練が必要」 (

p12

) 、 「ベテランによる

1

1

の訓練では終わ らない.そのあと自分で工夫する、 (中略) 、機械の電気配線図を広げ勉強する.こうし た職場での自己啓発こそ枢要な方策」 (

p12

)とあるように、労働者側が熟練形成に能動 的に取り組まなければならないとしている.

これは、後述するように「知的熟練」が、テーラーの「科学的管理法」のように「形 式知化された手順を早く上手に行うだけの受動的な技能」ではなく、突然発生するあた らしい問題にも対応しうる「暗黙知的で高度な技能」であるがゆえに、

OJT

の中で得る

「経験」を

Off-JT

で自らが理論的に整理し理解することで再利用が可能なように学 ぶ、という能動的な積み上げが必要であることによる.

各種「熟練論」研究の流れは以上だが、小池はなぜこの「熟練」という概念に、 「知 的」を冠したのだろうか.以下、その理由を確認していく.

(2)問題の「原因推理力」と「知的熟練」の命名

小池は『仕事の経済学(第

3

版) 』 (

2005

)の冒頭の第

1

章第1項「ブルーカラーの技 能」の中で、 『もの造りの技能』 (

2001

)における現場観察から得たものとして、 「くり かえし作業ばかりでなんの技能もいらないかに見える量産組立職場でもよく観察する と、あきらかにふたつの作業が認められる.それは、 『ふだんの作業』と『ふだんと違 った作業』である」 (

p12

)と記し、 「ふだんと違った作業」について、 「半日みている と、問題も変化も案外にひんぱんにおきている.生産を順調に続けるには、この問題と 変化を良くこなすことが求められる. 『問題への対応』と『変化への対応』を『ふだん と違った作業』とよぶ」 (

p12

)と整理している.

「問題への対応」に関しては、まず「ごくふつうの問題とは、 『品質不具合』や『設 備不具合』である」 (小池

2005

p12

)とし、とくに「品質不具合」のうち、誤品(つ け間違え) 、欠品(つけ忘れ)が、現場ラインにいるブルーカラー労働者により発見さ れるのと最終工程の検査員による品質チェックで発見されるのとでは、再度現場ライン に戻しての作業が発生するか否かという点で、作業工程全体にかかる時間に甚大な差が でると説明している.小池は、 「問題をこなす技能」についての説明の中で、この「不 良品の検出も技能のひとつの要素である」 (

p15

)としており、加えて簡単な「設備不具 合」を保全員にたよらず現場のブルーカラー労働者が直してしまう、という技能につい ても「不良の直しも知的熟練のひとつの要素である」 (

p14

)と記しているが、そのうえ で「一般化していえば、問題処理の中でもっとも重要な技能は、問題の原因推理力であ る」 (

p14

)と強調している.

そして小池(

2015

)は、 「原因推理力の内実は設備や生産のしくみの知識である.設

備や生産のしくみのどこかで具合がわるいから、問題がおこる.さらに、それまでさま

ざまな問題をこなした経験も推理力に大切だ、そうじて問題処理は会社への忠誠心など

ではなく、きわめて技術的で設備や生産のしくみの知識と分析力を要する.この知的な

性質ゆえに知的熟練と名付ける」 (

p14

)と記述し、 「知的熟練」命名の理由を明示して

(7)

いる.

また小池は、 『人材形成の国際比較』 (

1987

)においても、 「最も中心的な手続きは、

異常の原因の推定である.原因がわかったら、そこを処置しなければならない.この技 能は部分的に技術者のものとも共通し、 『知的熟練』とよぶことにしよう」 (

p12

)とい う表現で、ほぼ同義の記述を行い(小池は時により「問題」を「異常」と表記してい る) 、 『もの造りの技能』 (

2001

)でも、 「日本ではしばしば匠の技こそ、という声が高 い.たしかに、 (中略) 、匠の技はすばらしい.だが、実際の職場で効率に大きくものを いうのは、ごく少数の匠の技よりも、かなりの人に養成される、すぐれて知的な推理力 をおもんじる技能であった」 (

p.2

)と記している.

上記をまとめると、 「ふだんと違った作業」の中の「問題への対応」は、①「不良品 の検出」 、②設備の「不良の直し」 、③「問題の原因推理力」などであり、そのうちもっ とも重要な③「問題の原因推理力」は、設備や生産のしくみの「知識」とさまざまな問 題をこなした「経験」から生み出されるものである. 「知的熟練」の「知的」とは、こ の「知識」と「経験」にその源泉があった.以下、この「知識」と「経験」の積み上げ の手法及び「知的熟練」の形成をみていく.

(3) 「知識」と「経験」の積み上げと

OJT

Off-JT

小池(

2001

)は

OJT

の必然性に関して、 「知的な技能形成の主要な途は、職場内のは ば広い実務経験( 「

on the job training

」 、以下

OJT

とよぶ)である.聞き取りを行った 多様な職場の圧倒的多数がもっとも重視していた.まだ充分わかっていない問題をこな すことが真の技能の中枢である以上、研修コースや訓練センターが容易にできるはずが ない」 (

p12

)と論じている.また、小池は、 「真に効率に影響するのは、ライン作業の なかでの問題処理

on-line problem solving

である」 (

p10

)とし、他国が日本の効率性の 原因とする、カイゼン、提案制度、

QC

サークルなどの

off-line problem solving

の手法 ではない、とも記している.現場でのはば広い

OJT

で「経験」は積み上げられてい く.

ここで、もうひとつの「ふだんと違った作業」である「変化への対応」も考察する.

小池(

2001

)は、 「変化をこなす技能」を以下の4つ(

a b c d

)に分類して説明してい る(

pp15

17

) .まず「

a.

生産方法の変化」への対応で、 「イ

.

あらたな機械の選択、ロ

.

機械の配置、ハ

.

職務の組み直し、二

.

あらたな作業手順の設定、ホ

.

設計への発言」の5 つに細分化し、特に二とハは「説明するまでもなくベテラン作業労働者の知恵と経験が いきる」としている.ついで「

b.

生産量の変化」への対応を、 「イ

.

一人が職場内の多く の作業をこなせる技能、ロ

.

職場の

15

人の作業を

12

人の職務に組みなおすノウハウ」

の2つにわけて説明、 「

c.

製品構成の変化」への対応については、 「治具や工具を取り換 える段取りかえ」を例にとり説明、 「

d.

人員構成の変化」への対応については、 「イ

.

欠勤 者への対応、ロ

.

経験の浅い人を教えること」の2つに整理して説明している.

「変化をこなす技能」のレベルもかなり高く、これらをすべて経験し、身に着けるに

は相当の年月が必要と考えられる.また、 「変化をこなす技能」が

OJT

で身につくので

あれば、 「標準作業手順」におとしたマニュアル化も可能なように考えられるが、実際

には変化のパターンは常に変化しており、マニュアルの陳腐化が早すぎてそれは不可能

であろう.

(8)

ここまで、はば広い

OJT

による「経験」の積み上げを確認してきた.一方、小池

2005

)は、 「

OJT

のもうひとつの重要な側面は『深さ』である.問題をこなす技能の 修得である」 (

p30

)としており、職場で直面した問題につき、短い報告書を書き、職場 会議で討議を行う事例や、保全作業へ参加して、次第に面倒のない問題を自分でこな し、それが機械の構造を知るよい機会となり、 「経験」の積み上げに役立っていく事例 などをあげている.深い

OJT

による「経験」の積み上げである.

では、氏原のいう「知識的熟練」である「客観的な知識や技能」つまり「設備や生産 などのしくみの理解」 、 「教育によって教えられた熟練」つまり研修などの

Off-JT

で獲 得する「理論的知識」に関してはどう考えるのであろうか.小池(

2001

)は、 「

Off-JT

ももちろん技能形成に欠かせない.ただ、それこそが技能形成の主役、という意見は聴 かれなかった」 (

p13

)と前述の

OJT

主力説を唱えているものの、以下のごとく短期の

Off-JT

と社内の

Off-JT

の理論コースについて、それぞれその補完的有用性を評価、と

くに短期の

Off-JT

については極めて高く評価している.

短期の

Off-JT

に関しては、 「

OJT

を補うのが短い間にさしはさむ

Off-JT

である、 (中 略) 、研修コースの役割は、実務経験を整理し体系化するにある.実務では多くの問題 に直面する.その原因推理には理論を要する、 (中略) 、初歩の理論でよいのだが、それ を学び応用して問題の原因推理力を高めていく」 ( 『仕事の経済学(第

3

版) 』 (

2005

p31

)として、 「知的熟練」を構成する重要な技能である問題の原因推理力を高めるに は、

OJT

と組み合わせて実施することを高く推奨している.

また、社内の

Off-JT

の理論コースについて小池(

2001

)は、 「高度な技能の形成に必

要な

Off-JT

は、その職種の専門分野の理論的なコースである」 (

p13

)として、金型の

構造の知識、成型機の知識、ロボットの構造、制御の理論などを事例として挙げ、アン ケート結果を用いて、 「社内の

Off-JT

の理論コースが案外に評価されている」 (

p13

)と 記している.そして、ロボット化や情報機器を使った職場になればなるほど、トラブル の原因推理において、 「もし機械の構造、電気系の配線などの基礎知識があれば、見当 がつきやすい」 (

p11

)とし、 「高度な実務経験を要するほど、高度な研修コース、つま

Off-JT

を要する」 (

p21

)とも論じているが、一方で、 「もっともあくまで実務経験を

補足するにすぎない.研修だけではとうてい職場の仕事をこなせず、他方、実務経験だ けでもなんとか仕事をこなせる」 (

p21

)とし、

OJT

とセットの短期の

Off-JT

よりは、

その必要性を低く評価している.

上記を整理すれば、 「問題をこなす技能」と「変化をこなす技能」は、①「はば広い

(=多くの職場で数多い作業を経験する)

OJT

」と、②「深い(=問題対応の経験を多 くこなす)

OJT

」で「経験」が順次積み上げられ、

OJT

の間にさしはさむ③「短期の

Off-JT

」でこの「経験」の理論的整理、体系化がなされ、暗黙知として応用可能な「知

識」としても定着化し、やがて「知的熟練」となっていく.実際、小池は「そうじて知 的熟練の形成は、実際にはそのキャリア、すなわち長期の仕事経験にほかならず、 」

(p.31)

と記している.一方、完全な座学である④「社内の

Off-JT

の理論コース」は、小

池の記述からすれば、現場のブルーカラー労働者の「知的熟練」形成の必須事項として

は求められてはいない.以下では、この

OJT

で積み上げる「経験」や短期の

Off-JT

理論化された「知識」と「知的熟練」の関係について確認していく.

(9)

(4) 「経験」と「知識」の「知的熟練」への転換

上記では、現場でのはば広く、深い

OJT

で「経験」を積み上げ、短期の

Off-JT

でそ れを理論的に整理、体系化し、暗黙知として応用可能な「知識」としても定着化させて いく、という「知的熟練」の形成局面をみてきた.一方、この「経験」や「知識」が発 揮される局面を考えると、 「経験」や「知識」は「ふだんの作業」でも十分発揮されな がら、 「ふだんと違った作業」の「問題への対応」や「変化への対応」においても「知 的熟練」として発揮されている.つまり、あるブルーカラー労働者の「経験」や「知 識」は「ふだんの作業」と「ふだんと違った作業」で別々なものなのではなく、 「ふだ んの作業」において、はば広く、深い

OJT

で積み上げてきた「経験」が、短期の

Off- JT

で理論的に整理、体系化されて「知識」としても定着していき、これらがある一定の

「はば」と「深さ」にいたると、 「ふだんと違った作業」での「問題」や「変化」をこ なせる「知的熟練」としても活用されるようになっていくものである、と考えられる.

この、

OJT

で積み上げた「経験」群や理論的に定着化した「知識」群は、その形成段階 では一作業ごとに後述の「仕事表」により、その形成結果が確認され、獲得されていく が、それはいつ総合的に「知的熟練」と呼ばれるような技能になるのであろうか.

この「経験」群と理論的に整理され定着化した「知識」群とが「ふだんと違った作 業」で「知的熟練」として発揮できるようになるタイミングに関して、小池(

2001

) は、量産組立職場の現場での聞き取りや観察を通じて得た、 「監督者レベルを別とした 平のひとたちの技能」 (

p7

)のレベルを使い、以下のとおり、転換点を表現している.

レベルⅠは、 「ひとつの仕事しかできない、ラインの速さにおくれずなんとか作業で きる、 『期間工』レベル」 (小池

2001

pp6

7

)というものである.レベルⅡは、 「職場 内で3-5ていどの職務をこなし、しかも品質不具合の検出ができる、欠品の箇所も見 いだし、レベルⅠにくらべればはるかに効率に貢献する、若手本工層にあたり、つぎの レベルⅢの技能を形成するひとつのステップになる」 (

p7

)というものである.この小 池の記述によれば、レベルⅡでできるのは、品質不具合の検出までであり、 「知的熟 練」の本質である「問題の原因」のうち「不良の直し」や「問題の原因推理」はまだで きない.よって、レベルⅡまでは「ふだんの仕事」の範囲内にあり、その労働者が持つ

「経験」群と「知識」群は「知的熟練」の域にはいたっていない.

レベルⅢからは、レベルⅠ、Ⅱと違い、 「ふだんと違った作業」において問題究明な どの「知的熟練」と呼べる技能が発揮されている.小池(

2001

)はレベルⅢを、 「職場 内のほとんどの職務をこなせ、品質不具合の問題究明もできる.原因がわかれば再発も ふせげる.設備の不具合も、面倒でなければ保全をまたず自分で処理できる.その形成 にはやや長期の経験を要する.職場内職務が

10

15

前後とすれば、

10

年ほどはかか る.長期の雇用を条件としよう」 (

p7

) 、という高度な技能レベルとし、レベルⅣは、

「モデルチェンジなど新しい製品に乗り出す場合、あらたな機械をいれ、当然機械の配

置をかえる.仕事の手順もあらたに工夫し決める」 (

p7

)こともできる、 「一部の人しか

到達しないという点で、レベルⅢとは異なる」 (

p9

) 、という極めて高度な技能レベルで

ある、としている.この記述からすれば、レベルⅢでは「問題への対応」 、レベルⅣで

は「変化への対応」を実現しており、技能レベルⅡとⅢの間に、技能レベルⅠからはば

広く、深い

OJT

で積み上げられた「経験」群と短期の

Off-JT

で理論的に整理され定着

(10)

化した「知識」群が「知的熟練」と呼ばれる技能に昇華する転換点があることになる.

ここで重要なのは、レベルⅢやⅣでも、 「ふだんの作業」でのはば広いく、深い

OJT

による「経験」の獲得は続いていることである.技能レベルⅢ、Ⅳに関しては、 「職場 の多くの工程を経験し、現在の職場の問題点の予想は前工程の経験をベースにして、そ の場での対応は後工程の経験をベースにして行うことができる」との形容もされてお り、これは、現場での

OJT

で経験する職場数を増やしながら「経験」のはばをひろげ て「問題の原因究明能力」を高めるという、レベルⅠ、Ⅱでの「経験」の積み上げ方法 と変わらない.ある労働者の

OJT

による「経験」の積み上げは、 「ふだんの作業」と

「ふだんと違った作業」において継続していることを重ねて示している.

製造現場全体の「知的熟練」度合いを直接的に判定するのは難しいが、このように技 能レベルに置き替えた「知的熟練」への転換点の判明があれば、製造現場全体の「知的 熟練」度合いが、 (量産組立職場ならば、 ) 「全生産労働者を分母としたⅢ・Ⅳの生産労 働者の割合」という数字として解明できる.小池によれば、この技能レベルは現場にお いて、技能の「はば」と「深さ」を測る「仕事表」で表現されている.

ここまでをまとめると、 「知的熟練」は「ふだんと違った作業」において「問題」や

「変化」をこなすことで発揮されるが、それは技能レベルⅢやⅣで新たに獲得するもの ではなく、技能レベルⅠ、Ⅱではば広く、深い

OJT

で積み上げた「経験」群と、これ

が短期の

Off-JT

で理論的に整理され定着化した「知識」群が「一定量」にいたると、

技能レベルがⅢにあがり、同時にその「経験」群と「知識」群が「知的熟練」に昇華す るものである.小池は、積み上げるべき「経験」群と「知識」群の「一定量」を数値で は示していないが、ⅠからⅣの具体的な技能レベル要件とともに、技能レベルでⅠとⅡ の労働者はまだ「知的熟練」に至っていない「経験」と「知識」を保有しており、技能 レベルでⅢとⅣの労働者は「知的熟練」を保有していることは明示している.これによ り、製造現場全体の「知的熟練」度合いの計測も可能となる.これに関し小池(

2001

) は、 「残念ながら、今の経済学では技能のレベルを数量的に示すのに成功していない.

しかし、技能レベルⅢの実際の役割を明らかにすれば、それが欠けたときになにがおこ るか推量でき、数値にまさる内実をもって効率への影響がみえてこよう」

(p.8)

と述べて いる.以下では、この製造現場全体の「知的熟練」度合いにより、その製造現場全体の 生産性がいかに変化するかを確認する.

(5)現場の「知的熟練」と「統合方式」の関係

小池は、上記の量産組立職場での調査を『仕事の経済学(第

3

版) (

2005

) 』の中で、

レベルⅠは、その職場の管理監督者を除いたメンバーの「

4

分の

1

を限度とみた.それ

をこえると問題の処理が最終検査にまわり、効率ははなはだしく低下する、 (中略) 、レ

ベルⅡも

4

分の

1

とみた」 (

p18

)と記している.また、この調査の出自である『もの造

りの技能(

2001

) 』では、 「レベルⅢ以上は概して

5

6

割ほどをしめる.さらにその形

成は時間がかかり、その養成にあたるレベルⅡをふくめれば、すくなくとも

4

分の3て

いどが長期の技能形成を要する.この比重を維持しないと効率に大きく響く」 (

p7

)と

し、生産性の高い職場構築のための「知的熟練」を持つ生産労働者のあるべき割合を説

明している.これは、 「高い効率を求めるなら、高度の技能の持ち主が、職場のメンバ

ーの半分余ほどをしめる必要がある.その高い技能の養成も考えれば、少なくとも

4

(11)

3

を正社員にすることになる」 (

p20

)ということである.

そして小池(

2005

)は、職場の生産労働者に占める「知的熟練」を獲得した労働者の 割合を上記のようなレベルで維持し、 「問題への対応」や「変化への対応」などの「ふ だんと違った作業」を現場の生産労働者自身が行える場合を「統合方式」とよび、行な えない場合を「分離方式」とよんでいる.ただし「統合方式」は、現場の「生産労働者 が『ふだんと違った作業』の一部をも担当する.その全部ではなく、面倒な部分は修理 専門の保全担当者や技術者にまかす」 (

p21

)としている. 「統合方式」では、一部であ っても「知的熟練」が発揮されることで、近代の機械制工業の現場ラインの機械停止時 間を減少させ、労働生産性を高めるという点で、 「知的熟練」がもっとも体現された生 産方式である.前述の小池の記述とあわせて考えれば、この「ふだんと違った作業」の

「一部」にでも「知的熟練」が発揮され、生産性向上に寄与し、 「統合方式」と呼べる 状態にいたるのには、 「知的熟練」を持った生産労働者が職場の労働者の半分余ほどを しめることが必要である.

本章の冒頭で述べたとおり、 「知的熟練論」の構築目的は、 「なぜ日本の製造業が第二 次世界大戦後の短期間の間に高い生産性を実現し、他国に比べて優位に立つことができ たのか」の解明であるから、この「統合方式」が成り立つための「生産労働者に占める

『知的熟練』を獲得した労働者の割合」が示される意味は大変大きい. 「日本製造業優 位」の答えが、 「日本の製造業の現場では、 「知的熟練」を持った生産労働者が現場の

50

%程度をしめているから、生産性が高い」などと、数字で示されるからである.

しかし、現代の日本国内工場の製造現場を考えれば、労働コストの上昇、人手不足の 状況などからみて、 「製造現場で働く労働者の

4

分の

3

を正社員化する」ことは、なか なかに難しいことであろう.ここに、製造現場に外国人ブルーカラー労働者が増加して いく中で生産性を維持向上するために、 「外国人ブルーカラー労働者は『知的熟練』を 身につけられるのか」を探る本稿の研究の本質的意義が存在する.

(6) 「知的熟練」成立の条件

これまで、 「知的熟練」の形成方式を中心に見てきたが、どんな企業のどんな職場で も「知的熟練」が形成されるわけではない.小池(

1981

)は、 「他国もその方式をとろ うと思えばとれる.ただし、その転換にはかなりの時間がかかる.しばらくは日本の持 ち味である」 (

p 2

)と記している.この記述は、 「知的熟練」の形成方式が成立するに は、一定の条件が必要であり、当時の日本はこれを満たしていたが、他国はまだ満たせ ていなかった、という小池の主張を示している.

小池(

2005

)は、技能の核心が「知的熟練」となるのは賃金カーブが「右肩上がりの 労働者グループ」 (

p12

)であるとしており、当時の右肩上がりの賃金カーブの労働者グ ループに入るのは、 「大企業男性ブルーカラーと規模を問わない男性ホワイトカラー」

p6

)である、としている.つまり、本稿の趣旨に沿い製造業のブルーカラーを中心に 考えれば、 「知的熟練」研究の対象とする職場は「大企業」となる.

小池(

1981

)は、 「ブルーカラーのホワイトカラー化」 (

p15

)が進んでおり、この流

れは「中小企業にもある」 (

p42

)としているが、これは、戦後日本の民主化近代化によ

る、貧富の格差縮小、結果としての全般的な学歴の高度化、つまり欧米にはない「日本

特有」のブルーカラー生産労働者の高学歴化が、 「知的熟練」を持つ労働者層の形成に

(12)

は好条件であったからともいえよう.このブルーカラーのホワイトカラー化に関して小 池(

1981

)は、 「はば広いキャリア形成が部門内の標準化を生み出す.ブルーカラーが はば広いキャリアの故に、部門のしくみを理解する.ブルーカラーはホワイトカラーに 近づく」 (

p40

)と説明している.小池(

2005

)は、 「知的熟練」を身に着けられるブル ーカラーの学歴条件に関して、 「必要条件はそれほど高くない.学校教育

9

年ていどか と考える.そう考える根拠は

1960

年代の日本の職場の経験による.そのとき知的熟練 を形成しはじめていた.あの高度成長をなしとげた職場の働き手の中核はこの教育レベ ルであった.なお、必要技術がその後高まり、このレベルは

12

年程度と上がろうが、

学校教育よりも、むしろ知的熟練の形成をうながす経営側と労働組合の政策が肝要であ ろう」 (

pp21

22

)としている.この点を踏まえると, 「知的熟練」形成のためには,外 国人技能実習生でも最低

9

年の学校教育は必要であろう.

また「知的熟練」は、企業や国家経済にもその形成に関して条件を要求する.小池

1987

)は、 「知的熟練」を生み出す日本の技能形成方式が他国で実施される場合の条 件に関して、 「何よりも重要な条件は、やや規模の大きな企業中心ということである」

p29

)と記述している.これは「知的熟練」には長期を要するため、労働者側からみ ても安定性がなければならないからである.ついで、 「企業の操業年数が短くては困 る」 (

p29

)という条件を示している.これは、 「知的熟練」を獲得するしくみが、職場 の中で持ち場をかえていくという型(

OJT

)をとり、それは職場の慣行でなければなら ず、この慣行の形成には時間がかかるからである.

3

つ目が「学校教育の普及」 (

p30

) であり、この理由はすでに述べたとおり、機械や生産のしくみを知るうえで、一定の知 的水準が欠かせないからである.小池は、この『人材形成の国際比較』 (

1987

)では、

「就学年数を

9

年」 (

p30

)と置いている.さらに

4

つ目の条件としては、 「経済発展初 期特有の、あまりに激しい労働力不足の時には、この方式を保つのがむつかしい」

p30

)を提示している.これは、経済発展初期、熟練の高い労働者は不足し、その流 動がはなはだしいため、こうした段階では、労働者は長期を考える必要も余裕もないか らである.そして、 「知的熟練」が成り立つ条件に関し、小池は最後に、最も重要なも のとして、上記の4条件以外に「主体の意図と政策」 (

p30

)を挙げている.これは、労 働者が「知的熟練」を効率的に獲得できる企業では、経営側もそれらが行われやすいし くみを提供している、ということである.

以上、 「知的熟練」の成立条件をまとめると、労働者側で、①就学年数

9

年以上の学 力、企業側で、②長期に亘る業績の安定性、③

OJT

が職場の慣行となる程度の操業経過 年数、④豊富な熟練度の高い労働者の存在、⑤技能形成を行う意思と政策、となる.次 項ではこのうち⑤技能形成を行う意思と政策、つまり「知的熟練論」のもうひとつの中 心的な概念である「長期の競争」をみていく.

3. 「長期の競争」という概念

小池は、前項までみてきた、国内外の生産現場の詳細な観察と統計データからの分析

により「知的熟練論」の実証を進めると同時に、労働者がこの「知的熟練」をどうした

ら身につけ、発揮してくれるか、というしくみについても理論化を行っている.それ

が、 「知的熟練」獲得のしくみとともに「知的熟練論」を構成するもう一つの中心的な

概念である「長期の競争」のしくみである.本項では、多岐にわたる「長期の競争」の

(13)

しくみのうち、本稿の趣旨に沿い、ブルーカラー労働者に絞って、これを確認してい く.そのため、報酬と技能形成の関係に関して、 「人的資本理論」や「効率賃金理論」

「内部労働市場論」などの基礎理論をもとに小池が導き出しているブルーカラー労働者 のキャリア形成論も引用する.

(1)長勤続と査定付き定期昇給

まず、労働者がこの「知的熟練」をどうやって身につけていくか、であるが、労働者 が「知的熟練」にいたるうえでの導入部分でもある技能レベルⅠ、Ⅱで「経験」を身に つける方法は

OJT

であり、これを短期の

Off-JT

で「知識」としても定着化させてい く.しかし、これらがレベルⅢ、Ⅳで発揮される「知的熟練」に昇華するには、長い期 間が必要であることは上述のとおりである.小池は、生産労働者がこの長期間の

OJT

による技能形成を乗り切るには、企業側がこれを促す一定の人事報酬制度を用意する必 要があると論じている.

小池(

2001

)は、 「知的熟練」を作り出す長勤続を支える人事報酬制度について、 「問 題と変化をこなす技能の一段と高度な形成が今後のポイントである、 (中略) 、技能形成 の促進には、向上した技能の評価が欠かせない、 (中略) 、職場の実務経験それ自体を評 価するほかない」 (

p14

)とし、この評価の試みとして、前述の量産組立職場の「経験の はば」と「問題への対処」というふたつの軸で、4つの技能を示した、と記述してい る.そして「促進策に報酬はかかせない.うえ(筆者注: 「経験のはば」と「問題への 対処」というふたつの軸と4つの技能)の評価にもとづき基本給を整理し資格給(

pay

for job grade

)とする、 (中略) 、4つの技能が社内技能資格となりえよう.資格ごとに

一本の基本給ではなく、範囲給(

range rate

)とする.はばの大きさは

50

%でも

100

% でもよい、 (中略) 、要は上限と下限を明記する.そして技能資格ごとの基本給の範囲は 大きく重なり合う.範囲給のあいだは査定付きの定期昇給、 (中略) 、上限に達したら、

昇格しないかぎり基本給は頭うちとなる」 (

pp14

15

)と給与の仕組を記している.

小池のいう資格給(

pay for job grade

)は、 「基本給は個々の仕事ごとに決めない」

p15

) 、技能で決める.つまり、小池のいう資格とは技能レベル(=能力)である.資 格給で範囲給にするのは、一定期間同一の仕事をしていても、その間の技能の向上や経 験の積み上げを勘案して報酬を払うためであり、 「仕事給」ではこれを実現できないか らである、と説明している.一般的な職務給では、せいぜい同一資格内の基本給の上下 の範囲は

20

%程度の差だが、小池は

2

倍でも良いとしており、これは、例えば新人とベ テランがまったく同じ仕事をしていても、形成してきている技能( 「職能のはば」 )は大 きく異なり、その結果、問題への対処などに「おどろくほど差が出る」 (

p15

)からであ る、と説明している.こうしてみると、小池のいう資格給は、その労働者がもつ職能の 積み上げに対して基本給が増えていく、基本給は下がらないのが普通だから、事実上の

「技能レベル」を獲得すべきモノサシとした「職能給」であろう.

定期昇給に査定を付けるのは、定期昇給により長勤続するほど給与は右上がりに上が っていくことで長勤続へのインセンティブは増すが、査定がないと、人よりも頑張って

「技能」を身につけるインセンティブは増さないからである.小池の観察によれば、こ

の査定には、前述の「仕事表」が使われ、 「職場で張り出されることもあるので、なお

一層の公平な評価がおこなわれる」と述べている.

(14)

(2)同一企業内でのキャリア形成の継続( 「企業特殊熟練」と「内部労働市場」 ) つぎに、どうしたら労働者が身につけた「知的熟練」を発揮してくれるかであるが、

小池は、 「同一企業内でのキャリア形成」にそれを見出している.小池(

2005

)は、人 的資本理論、内部労働市場論、効率賃金理論などの基礎理論をベースに、 「企業特殊熟 練(ある企業に特有な機械のクセや人のクセに習熟すること)は主にキャリアの組み方 としてあらわれる.ここでキャリアとは、長期に経験していく仕事群をいう.企業特殊 熟練は小さくせいぜい熟練の

10

20%

ていどと想定する.それでも充分内部労働市場は 成立する」

(p158)

としている.

また、小池(

1981

)は、 「ホワイトカラーとちがい、ブルーカラーには役職の階段が 少ない.そこでその持ち味はむしろヨコへの広がりに見やすい.わが国大企業ブルーカ ラーの持ち味は企業の中で幅広く関連する仕事を経験するという点にありそうだ」

pp35

36

)と述べ、 「 『知的熟練』を養成する現場での実地訓練(

OJT

)を効果的に進 めるには、簡単な業務からむつかしい業務に、ひとつの業務からその周辺業務へと、幅 広い経験を計画的に積ませやすい同一企業での長勤続が良い」と整理している.

加えて、 「長い職業的生涯において、どのような仕事群を経験するかが、熟練形成に おいて決定的に大切である.その一連の仕事群をキャリアとよぼう.キャリアのタテと ヨコの広がりが肝要となる.そして、キャリアを広げるのは、おそらく企業内でしか成 就しまい.いつやめるかわからない人に、どうして深いキャリアや広いキャリアを用意 できようか」 (小池

1981

p37

)として、この同一企業内での長い

OJT

期間を「キャリ ア」と表現し、「キャリア」を形成するための長勤続を「知的熟練」形成の必須条件と している.

そして、労働者が長い時間をかけてキャリアを形成するがゆえに、 「少し企業が傾け ば、キャリアが伸びず挫折するおそれがある.キャリアを守るために、企業に強い関心 を持たざるをえない」 (

p38

)という考えにいたるとしている.こうして、生産労働者は 同一企業内で自分のキャリア形成の途を守るために、身につけた「知的熟練」を発揮し 続けるわけである.小池(

2001

)は、この「生産労働者の長期のキャリア形成」に関し て、 「日本の職場の労働者は、

10

15

年をこえる長期に、じつにすばらしい技能を形成 していることをこの報告は明らかにしている」 (

p3

)として、その存在を明示してい る.また、 『仕事の経済学(第

3

版) 』 (

2005

)でも、 「本来の競争はきわめて高度な技能 の発揮をめぐるものであり、その形成には時間がかかる」と「生産労働者の長期のキャ リア形成」の必要性を論じている.

本項を整理すると、

OJT

で「経験」を積み上げ、短期の

Off-JT

でこれを理論的に整 理し、体系化した「知識」として定着させ、さらにこれらを「知的熟練」に昇華してい くためには、長い時間がかかり、脱落せずにこれを継続させるには、右上がりの賃金カ ーブの下、技能の獲得に対し報酬を付加する「査定付き定期昇給」が必要である.これ により、長勤続が進んでいくと労働者に「企業特殊熟練」が形成されていき、これによ り社内に「内部労働市場」が形成され、これがさらに「同一企業内でのキャリア形成」

を産むというサイクルが出来上がる.このように、小池が調査したブルーカラー労働者 においては「知的熟練」形成のしくみと「長期の競争」のしくみは、不可分である.

以上、本章では、小池の「知的熟練論」を、その中心的な概念である「知的熟練」の

(15)

形成のしくみと、それを促す「長期の競争」のしくみにわけて説明してきた.次章で は、東証

1

部上場の食品製造業

A

社の技能実習生を対象として,現行の技能実習制度の 下での技能形成の仕組みを紹介する.

Ⅱ「外国人技能実習生」の技能形成方式

前章で確認してきた小池の「知的熟練論」によれば、製造業の生産現場で高い生産性 を実現するには生産ラインを極力止めないことが重要で、ラインを極力止めないために は、ブルーカラー労働者が保全担当者や機械メーカー担当者を呼ばずとも一定限度は

「問題」や「変化」に対応できる「統合方式」の導入が肝要となる.すでに説明したよ うに小池は、この現場のブルーカラー労働者が「問題」や「変化」をこなす技能を「知 的熟練」と命名し、 「統合方式」を行ううえでは、この「知的熟練」を持つブルーカラ ー労働者が、職場のメンバーの半分余ほどをしめる必要がある、としている.一方で、

すでに日本の製造現場には技能実習生が多数存在し、現在予想されている日本の生産労 働人口の減少傾向からみれば、さらに技能実習生が増加する可能性は高い.よって、小 池の「知的熟練論」に沿い、日本の製造現場の生産性を維持していくためには、職場の メンバーの半分余ほどを「知的熟練」の技能の持ち主にすることが必要であることか ら、この増加する技能実習生が「知的熟練」を形成できるか否かは極めて重要なポイン トとなる.

前章で確認してきたように、小池による「知的熟練」の技能形成方式は、現場でのは ば広く、深い

OJT

による「経験」の積み上げと、短期の

Off-JT

によりこれを理論的に 整理し、応用可能な「知識」として定着化させていくことである.そして、技能レベル がⅡを越えてⅢとなってくると、この積みあがった「経験」群と「知識」群は「知的熟 練」として応用されていく.小池は、それには長い時間がかかるため労働者の長勤続を 維持することが重要であり、定期昇給で右肩上がりの賃金カーブを作って長勤続にメリ ットを持たせる一方、 「技能形成の促進には向上した技能の評価が欠かせず、促進策に 報酬はかかせない」として、定期昇給に査定を付けるべきだとしている.これらにより 出来上がった長勤続のしくみの中で「企業特殊熟練」を通じて「内部労働市場」が形成 され、労働者はますます長勤続になって「経験」と「知識」の積み上げが進んでいく.

このしくみは、小池によれば、前述の第1章2項(6)で論じた5つの成立条件をみ たせば、日本の工場のみならず、外国の工場でも適用可能である.一定の条件さえそろ えば、現場労働者のだれでも「知的熟練」を形成できる可能性があるところに「知的熟 練論」の汎用性があり、そうでなければ、就学年数

9

年程度のブルーカラー労働者であ る職場のメンバーの半分余ほどを「知的熟練」の技能の持ち主にすることは難しいであ ろう.

序論で述べたように、小池は、製造現場における母国人(日本で働く日本人、外国で 働く母国人)に対して、この「知的熟練論」のしくみの調査は行ったが、母国人以外の ブルーカラー労働者に対する調査は行っていない.本章では、具体的な職場として筆者 が関係している

A

社の実際の現場を採り上げ、

A

社の外国人技能実習生を対象として調 査を行い、その「技能実習生」の技能形成方式を述べる.

1.検証を行うサンプルについて

(16)

(1)技能実習制度の仕組み

技能実習制度では、表1のとおり技能の獲得レベルが明確に示されており、表2のと おり技能検定試験を通じてその技能の獲得状況を把握するようになっている.よって、

技能実習生の技能と「知的熟練」の獲得につながる技能レベルとの比較が容易である.

<表1: 「技能実習生等の名称と技能レベルの表示」>

<表2: 「技能実習生等の名称と技能検定試験の対応」>

また、技能実習生は、技能実習法にもとづく「技能実習計画」により、 「標準作業手 順」にもとづいた

OJT

を多くの職場で計画的におこなっており、これは「知的熟練」

の獲得につながる技能形成方式と類似している.

(2)

A

社の概要と

A

社を調査対象とした理由

A

社は、東証

1

部上場の食品製造業グループ会社の連結子会社で、公表されている直 近決算の売上は約

17

百億円、正社員約

2

千名、臨時従業員約7千名(臨時従業員は工 場の現場作業者で、自社雇用パート、派遣社員、技能実習生を含む) 、国内だけで

20

以 上の工場があり、全国規模で食品の多品種大量生産を行う企業である.

A

社は中国工場 の現場社員教育のために実習制度を活用し始めたが、現在では将来的な海外進出もにら み、工場のない国からも実習生を受け入れている.

A

社をサンプルに選んだ理由は以下 四つである.

①A 社の属するそう菜製造業は、日本の実習生全体の

9.3%を占め、業種別ではもっと

も技能実習生が多く(2020 年

12

19

日現在の「外国人技能実習機構」HP の「令和元 年統計調査」による) 、A 社も技能実習生約

2

千人(現場作業者全体の約

3

割)を受入れ ており、十分な調査対象数が確保できる.また、A 社は「統合方式」による効率化を進 めるには、現場作業者の

5

割を「知的熟練化」する必要があり、3 割を占める技能実習 生の教育には熱心である.

A

社の商品製造過程は、食材の調理後は、 「この食材を組み合わせて大量の製品を作 り、最終ラインで品質検査をする」という量産ライン作業であり、第一章で小池が技能 レベルの具体例を示した、 「加工した部品を組み合わせて製品を作り、最終ラインで品 質検査をする」量産組立職場のライン作業と、製品の製造プロセスという点ではほぼ同 じであり、現場での作業を比較しやすい. 「問題」や「変化」も同様に存在する.

A

社は技能実習生の技能形成に真摯に取り組んでおり、技能実習機構による現場監査 も全て問題なくクリアしており、また企業責任による失踪者は一人もいない.よって、

企業の技能実習生の取り扱いの粗暴さによる技能形成への影響を考える必要がない.

A

社は、以下のごとく、小池が示す「知的熟練」成立の5つの条件を満たしている.

<表3:

A

社と「知的熟練」の

5

大成立要件>

在留ビザ名称 技能実習1号 技能実習2号 技能実習3号 特定技能1号 特定技能2号

在留可能期間 1年 2年 2年 5年 5年

技能レベル 技能を修得 技能に習熟 技能に熟達 相当程度の知

識又は経験 熟練した技能

(厚生労働省・出入国在留管理庁(2020年10月4日)HPより筆者作成)

在留ビザ名称 技能実習1号 技能実習2号 技能実習3号 特定技能1号 特定技能2号

技能検定 基礎級 随時3級 1級 特級

検定レベル 基礎の技能 初級の技能 上級の技能 管理監督者

(厚生労働省・OTAFF(2020年10月4日)HPより筆者作成)

随時2級 中級の技能

参照

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