感染症における PI3K-AKT シグナル伝達の意義
北海道大学遺伝子病制御研究所癌生物分野
野 口 昌 幸 木 脇 圭 一
(平成 20 年 2 月 6 日受付)
(平成 20 年 2 月 25 日受理)
Key words : PI3K-AKT signal transduction, infectious disease, cell survival
要 旨
PI3K-AKT シグナル伝達系は細胞外からの様々な刺激により膜リン脂質を介して活性化される細胞内シ グナル伝達系で,PTEN,LKB1,TSC1!2 などのがん抑制遺伝子ならびに PI3K,AKT,FOXA,TCL1 eIF4E などの原がん遺伝子の制御をし,これらの遺伝子群の変異や活性化はヒトの様々な悪性腫瘍の原因と なることが知られている.最近ウイルス感染をはじめとする感染症において細胞内にあるこの PI3K-AKT 活性シグナル伝達系をウイルスあるいは感染病原体がたくみに利用し,細胞死(Apoptosis),感染の遷延化
(latent infection),腫瘍化(malignant transformation)さらには結核菌における多剤耐性の成立などに関 与していることが注目されている.我々はヒト T 細胞リンパ芽球性白血病の原因遺伝子である TCL1 が細 胞内のアポトーシス制御の要のセリンスレオニンキナーゼ AKT の活性化補助因子であることを示した.こ の TCL1 遺伝子は,HIV ウイルス感染症,EB ウイルス感染症などのウイルス感染症において其の活性が上 昇し,AKT の活性化を介してこれらウイルス感染症の病態の発現や修飾に関与している.感染症における PI3K-AKT シグナル伝達系の働きを明らかにすることにより新たな薬剤耐性菌問題などの難治性感染症に 対する新しい治療への道標を与える可能性がある.
〔感染症誌 82:161〜167,2008〕
はじめに
PI3K-AKT シグナル伝達系は様々な成長因子,増 殖因子により活性化され,膜リン脂質の働きを介し細 胞内の細胞増殖と細胞死を制御する中心的な役割を 担っている.この PI3K-AKT は細胞増殖,細胞周期,
蛋白合成,糖代謝など様々な細胞反応を制御し,その 制御機構の破綻は多くの疾病の原因として知られてい る.この PI3K-AKT シグナル伝達系にかかわる分子 の遺伝子変異は悪性腫瘍をはじめ糖代謝異常,自己免 疫疾患,統合失調症など様々な疾病の原因となってい ることが知られている.PI3K-AKT シグナル伝達系 は従来悪性腫瘍などの原因として注目されている細胞 内シグナル伝達系であるが,最近この PI3K-AKT 活 性シグナル伝達系の感染症特にウイルス感染における 意義が注目されている.本総説では PI3K-AKT の最 近の研究の動向に注目しとくにそのウイルス感染,細 菌感染症に関する意義について概説する.
PI3K-AKTシグナル伝達系
生体のホメオスターシスは細胞の増殖と細胞死との バランスの上に成り立っている.様々な成長因子,増 殖因子により活性化される PI3K-AKT 細胞内シグナ ル伝達系は膜リン脂質の働きを介し細胞内の細胞増殖 と細胞死を制御する中心的な役割を担っている.中で も PI3K(Phosphoinositide 3-kinase)により活性化さ れるセリンスレオニンキナーゼ AKT(Protein Kinase B)は細胞死(アポトーシス)を制御する要の細胞内 シグナル伝達因子である.この PI3K-AKT シグナル 伝達系の遺伝子変異あるいは発現異常などによる制御 の異常はすい臓がん,白血病,前立腺がんをはじめヒ トの様々な悪性腫瘍の発症に深く関与しており,創薬 へ向けた分子標的として期待されている1).
PI3K
PI3K は膜のリン脂質をリン酸化する酵素群であり,
P85 と p110 の 2 つのサブユニットからなる,PI3K は イノシトール基の第 3 位のリン酸化を促すリン酸化酵 素である.様々な細胞外からの成長因子や増殖因子が 其の活性化を起こすことが知られている.
総 説
別刷請求先:(〒060―0815)札幌市北区北 15 条西 7 丁目 北海道大学遺伝子病制御研究所癌生物分野
野口 昌幸
Fig. 1 PI3K-AKT signalpathway and itsactivation
PI3K (Phosphoinositide 3 Kinase)isa family oflipid kinaseswhich phosphorylates the 3’ OH group ofthe inositolringsofthe inositolphospholipids.Activation ofthe PI3K by extra-cellulargrowth hormonesproducesPtdIns(3,4,5)P3,which bindsto the lipid-binding module ofpleckstrin homology domain (PH domain)ofAktand sub- sequently activatesitsdownstream signals.Aktisa wellestablished survivalfactor exerting anti-apoptoticactivity by preventing release ofcytochrome cfrom mito- chondria and inactivating FKHRL,known to induce expressing proapoptoticfactors such asFAS ligand.Otherthan itsanti-apoptoticeffect,Aktplaysa multiple rolesin regulating intracellularresponsesincluding cellcycle regulation,glycogen synthesis, angiogenesis,telomerase activity,and so forth.
膜リン脂質は通常細胞膜上に存在することが知られ て お り,第 3 位 が リ ン 酸 化 さ れ た イ ノ シ ト ー ル は AKT キナーゼの N 端にある Pleckstrin Homology ド メイン(PH ドメイン)と呼ばれる機能ドメインに結 合する.このイノシトール環の第 3 位のリン酸化を受 けた膜リン脂質は AKT の PH ドメインに高い親和性 を持つことが知られている(Fig. 1).
様々な細胞外からの成長因子や増殖因子による刺激 により細胞内に存在していた非活性型 AKT は細胞膜 近傍に移行し,膜リン脂質が結合,その構造上の変化 が 起 こ る 結 果,PDK1(Phoshoinositide dependent kinase 1)により AKT の 305!308 のアミノ酸残基が リン酸化を受けることで AKT の活性化が惹起され る.最近これらの膜リン脂質ならびに PDK1 は細胞 膜ばかりではなく,核膜上にも存在することも報告さ れ,AKT の活性化は細胞膜ばかりでなく,核内部に おいても引き起こされる可能性も示唆されている.
この PI3K ファミリーキナーゼ群には(class 1A,
1B,II,III)が存在し,これらの分子はそれぞれ特 異的な基質を認識する.3 つの PI3KCA,PI3KCB,
PI3K3CD 遺 伝 子 は そ れ ぞ れ 類 似 し た p110 サ ブ ユ ニットをコードしている.その結果,3 つの p110 サ
ブ ユ ニ ッ ト と 7 つ の adaptor 蛋 白 で あ る p85α,
p85β,p55γサブユニットが存在することが知られて いる.この PI3K シグナル伝達系は発生学的に酵母や 単細胞生物など進化の過程でもきわめて保存されてお り,細胞内の小胞体の輸送などに関与している2).
AKT
AKT は細胞外からの刺激により細胞膜へ移行し,
膜リン脂質(PIP3)が結合し,PDK1(Phosphoinositide Dependent Kinase 1)の働きにより AKT のスレオニ ン 308 基とセリン 473 基がリン酸化されて活性化され る.高等生物では様々な細胞外刺激によりこの PI3K の PI3K が活性化され,GSK,mTOR,IRS1,FOXA P27,eNOS をはじめ様々な分子に対するシグナルを 伝達する.この PI3K シグナル伝達系は PTEN,LKB 1,TSC1!2 などのがん抑制遺伝子,ならびに PI3K,
AKT,FOXO,TCL1 eIF4E などの原癌遺伝子の活 性の制御をしており,これらの遺伝子群の変異や活性 化はヒトの様々な悪性腫瘍の原因となる.
活性化された AKT は FKHR(Fork Head Tran- scription Factor),BAD,Nur77 をはじめとする細胞 死を制御するさまざまな標的分子のリン酸化を介して アポトーシスや細胞増殖を制御する.膜リン脂質 PIP3
Fig. 2 Biologicalfunction ofthe Protooncogene TCL1 We demonstrated thatthe protooncogene TCL1,whose biological function was previously unknown other than thatitunderlieshuman T cellprolymphocyticleukemia (T-PLL),directly interactswith the PH domain ofAktand functionsasan Aktkinase coactivator,which enhances Akt kinase activity to promote Akt-dependent cellular survival.In addition to T-PLL,TCL1 isover-expressed in EBV-infected B cell lymphoma, and AIDS related lymphoma.
の脱リン酸化酵素であるがん抑制遺伝子 PTEN の異 常は高頻度に AKT を活性化し,モデルマウスにおい ても高率に腫瘍を発症する.実際,PI3K-AKT 細胞 内シグナル伝達系により PTEN,FOXO,TSC1!2,
TCL1 をはじめとする多くのがん遺伝子(Oncogene)
ならびにがん抑制遺伝子(Tumor Suppressor Gene)
などのがん関連遺伝子が制御されている.単一の遺伝 子の異常としては p53 あるいは Retinoblastoma 遺伝 子などはがんの原因遺伝子として重要であるが,ひと つの細胞内シグナル伝達系としてはこの PI3K-AKT- mTOR をつなぐシグナル伝達系のもつヒト疾病の原 因としての生物学的重要性は高く,このためこのシグ ナル伝達系に存在する様々な分子を分子標的とする薬 剤の開発が進んでいる.
TCL1
TCL1 遺伝子はヒト T 細胞芽球性白血病において t(14:14)(q11:q32),t(7:14)(q35:q32)あ るいは(14)(q11:q32)転座を起こす遺伝子座の中 からその責任遺伝子としてクローニングされた.ヒト T 細胞芽球性白血病は高齢者に発症する予後の悪い極 めてまれな白血病で,このヒト T 細胞芽球性白血病 では TCL1 ならびに TCL1B 遺伝子が T 細胞受容体 のプロモーター下流に転座し,T 細胞系に TCL1 が 過剰発現することが知られている.この TCL1 遺伝 子はヒト白血病以外に HIV ウイルス感染症,EB ウイ ルス感染症において其の活性が上昇し,これらウイル ス感染症に伴う腫瘍化やその他の様々な病態の発現に 関与している可能性がある.
我々はこれまで全く機能の分かっていなかったプロ トオンコジン TCL1 が AKT と結合し,AKT の活性 化を促す「AKT 活性補助因子」であることを報告し た.この結論は TCL1 が AKT を介した細胞分裂,ア ポトーシス抑制を促進し,白血病やヒトリンパ系の腫 瘍の病因となっていることを明らかにした2)3).(Fig.
2).また,NMR chemical mapping 法による構造解 析を進め AKT-TCL1 共結晶構造と膜リン脂質との機 能の解明を進め4)5),プロトオンコジン TCL1 が AKT に直接結合し,重合形成を促進し,TCL1-AKT 複合 体内部で TCL1 が AKT 活性化する分子学的な機序を 明らかにした.これらの研究の結果,TCL1 と AKT の結合と TCL1 の重合形成が共に AKT 活性補助因子 としての機能(アポトーシスの抑制,細胞増殖,AKT の核内移行など)に必要不可欠のものであることを示 した6)7).さらにアミノ酸ランダムライブラリーと Re- versed Two-hybrid 法を応用した構造と機能の解析,
NMR 法に基づき AKT に特異的に結合し AKT 活性 を抑制するペプチド AKT-in を同定した.これま で AKT を特異的に阻害できる薬剤はなく,この AKT
特異的阻害剤 AKT-in は,AKT に特異的に結合し,
膜リン脂質 PIP3の結合を抑制し,in vivoで腫瘍細胞 の増殖を抑制し,マウスの生命予後を改善することを 示した1)4).
プロトオンコジン TCL1 分子はヒト T 細胞リンパ 芽球性白血病の原因遺伝子として同定された経緯があ るが,それ以外に HIV ウイルス感染症,EB ウイルス 感染症などのウイルス感染症において其の活性が上昇 し,これらの感染症ならびにその遷延化に伴う腫瘍化 に重要な働きをしている可能性が示唆されている.
我々はウイルス感染に伴う TCL1 の発現上昇のメカ ニズムを探る目的でヒト TCL1 遺伝子の 5 転写調節 領域の解析を進めた.ヒト TCL1 の転写調節領域に は TATA BOX を 持 ち,NFκB,AP1 な ど 誘 導 型 遺 伝子調節に必要な DNA 結合配列を持つ.生理的条件 化下では TCL1 は受精直後の胚芽細胞や ES 細胞にお いてきわめて高い発現があることが知られている.こ の胚芽の初期段階での TCL1 依存的な AKT の活性化 が発生初期の分化段階で重要な生物学的な役割を担っ ている可能性に注目してその転写レベルでの制御の分 子機構の研究を進めた.その結果,発生初期の神経細 胞ならびに免疫系細胞などのきわめて限局した高い発 現をする TCL1 遺伝子の発現には AKT 活性化を介し た Negative-Feed back による発現制御の分子機構が 重要であることを明らかにした8).
Fig. 3 Viralinfection and PI3K-AKT network activation In addition to directinvolvementin tumorigenesisby ge- netically altering human cancer, the PI3K-Akt network underliesthe clinicalmanifestation ofdifferentstagesof tumorigenicviralinfection,such aslatentand chronicin- fection, and malignant transformation of Epstein-Barr, hepatitis C, hepatitis B, human immunodeficiency virus (HIV).The moleculesabove are among those involved in PI3K-AKT activation via viralinfection.
しかし,TCL1 の発現制御において重要なことには この TCL1 発現に関する feedback regulation は生理 的な条件化でのみ認められ,EBV 感染細胞はじめと する病的条件下では認められず,これらのウイルス感 染などに付随して TCL1 が恒常的に高い発現をきた しているひとつの要因であることが推測された.この ように TCL1 転写調節領域にあるこれらのウイルス 反 応 性 の Cis-regulatory element が HIV あ る い は EBV などのウイルス感染に際して TCL1 の発現を誘 導し,活性化が遷延化する結果,これらのウイルス感 染症において TCL1 遺伝子の発現が誘導され,PI3K- AKT シグナル伝達系を活性化し,これらのウイルス 感染症における遷延化,ならびに腫瘍化などの病態に 関与している可能性がある.
PI3K-AKTシグナルとウイルス感染
これらの EBV あるいは HIV などのウイルス感染症 における TCL1 を介した PI3K-AKT シグナル系の活 性化以外にも最近 PI3K-AKT シグナル伝達系が感染 症における其の感染の遷延化ならびに病態に様々な修 飾をしていることが判明し,その病態生理学的な意義 が注目されている(Fig. 3).
B 型肝炎は日本ならびにアジア諸国で重要な感染症 であり,その遷延化はヒト肝臓がん発症の重要な原因 として知られている.Chung らは B 型肝炎ウイルス の構成蛋白である HBX が PTEN の活性を抑え,その 結果 PIP3の蓄積をきたし,AKT を活性化させ,acti- vating protein(AP)-1 ならびに nuclear factor(NF)- kappa B を活性化することが癌化ならびにがん細胞の 浸潤性に重要であることを示した9).
血液製剤を用いた輸血後肝炎など現在の大きな社会 問題でもある C 型肝炎の遷延化は慢性肝炎,肝硬変,
さらには肝癌の発症につながる.肝癌発症の分子機構 の詳細は明らかではないが,肝炎の発症から肝癌の発 症に至るまでに約 30 余年が必要であるということか ら,肝炎ウイルス感染それ自体が肝癌を発症させてい るのではなく,肝炎の遷延化による慢性肝炎あるいは 肝硬変の段階での何らかの付加的な誘引が発ガンに必 要であると推測されている.この点で Street らは C 型肝炎ウイルスの構成蛋白のひとつである NS5A が PI3K(p110)と結合し,その結果として AKT の活 性を上昇することが肝癌発症の重要な付加的なプロセ スであると推測している10).
Human immunodeficiency virus(HIV)ウイルス の構成蛋白分子である gp120 も PI3K の活性化を促す ことが知られている.然るに PI3K-AKT シグナル伝 達系の抑制は HIV ウイルス感染における post-viral の進入ならびにウイルス因子の発現を抑制することが 分かった.このようなホスト―ウイルスとの関係は
HIV 感染症における新たな治療標的となる可能性が ある11).HHV-8-GPCR は KSHV によってコードされ るケモカイン様の受容体である.Couty らは HHV-8- GPCR は proinflammatory!proangiogenic factors の 分泌を促し,KS の原因としてがん発症の誘引因子と して関与している可能性を指摘した12).一方,Epstein- Barr ウイルス(EBV)の構成蛋白のひとつとして知 られる LMP2A は Ras!PI3K!Akt シグナル伝達系を 活性化し,Bcl-xL や Bcl-2 を安定化し,B-リンパ球の 細胞死を抑制する.この EB ウイルスの構成蛋白であ る LMP2A は,Ras 伝達系をも活性化することとも報 告されており,LMP2A 分子による PI3K-AKT シグ ナル伝達系の活性化と合わせて B 細胞の悪性化に重 要な役割を担っている可能性がある13).さらには EBV 感染,あるいは HIV に関連して其の活性が上昇する TCL1 も,ホスト細胞の AKT の活性を高めることで 細胞死に対して抵抗性を高く保ち,ウイルス感染にお いて其の遷延化と腫瘍化の素地を与え,その病態修飾 に重要な役割をなしている可能性がある.
生体のもつウイルス感染ホスト細胞のウイルスに対 する防御のメカニズムの一つとして重要なものに感染 したホスト細胞の細胞死とこれらの死細胞のマクロ ファージによる排除システム(scavenger system)が ある.この scavenger system が効率よく機能するた めにはマクロファージがウイルスによる細胞死の誘導 に 対 し て 抵 抗 性 を 持 つ こ と が 必 要 と 考 え ら れ る.
Tyner らはケモカイン Ccl 欠損マウスを用いた研究に よりケモカイン Ccl の欠損によりウイルスのクリアラ ンスが遅れ,その結果として気道の感染が遷延するこ とを報告し,ケモカイン Ccl がインフルエンザウイル ス感染におけるウイルスのクリアランスに重要な働き をしている可能性を示した.すなわち,ケモカイン Ccl からの AKT 活性化がウイルスのクリアランスに重要 な働きをしていることが推測される.このようにケモ
Fig. 4 Virus-induced PI3K-AKT network activation and itsrole in viralinfection
Hostdefense againstvirusesdependson the targeted celldeath ofinfected hostcellsand subsequentcellular clearance by macrophages. By effectively activating the PI3K-AKT network,virally infected cellscan pre- sumably avoid theirown virus-induced death.Antiapop- toticPI3K-AKT signaling may,thus,allow scavengers to controlthe hostcell-to-cellinfectiousprocess.Obser- vation willfacilitate the developmentofpharmacologi- calcompoundsforAKT-TCL1 asa moleculartargetfor infectiousdiseases.
カインシグナルを介した AKT の活性化による感染死 細胞の除去がホストと感染細胞間の炎症の遷延化など の病態に重要な役割を担っている可能性がある14).
同様に Influenza A ウイルスは上気道,下気道への 非常に感染性の高い single-stranded RNA ウイルスで ある.Toll-like receptor(TLR)3 がインフルエンザ ウイルスの viral replicative を認識する可能性が示唆 され,Influenza A virus と dsRNA により TLR3 の発 現が誘導され,インフルエンザ感染の病態の修飾に関 与している可能性を報告している.同じく急性気道感 染の原因として重要な Adenovirus や RS ウイルス感 染も気道あるいは肺胞上皮細胞の PI3K-AKT を活性 化することが知られておりその病態発現に関与してい る15)16).
これらのウイルスによる PI3K-AKT 活性化の意義 は一元的な説明は困難であるが,ひとつの可能性とし ては感染したホスト細胞を庇護することにより細胞死 を予防し,ウイルスのホスト細胞内での増殖を助ける などの可能性も考えられる.また一方ではこの PI3K- AKT シグナル伝達系の活性化がヒトの様々な悪性腫 瘍の原因となっている点でこれらウイルスの感染に伴 う PI3K-AKT シグナル伝達系の活性化がこれらの感 染症に伴う発ガンの背景となっている可能性も推測さ れる(Fig. 4).
敗血症,多剤耐性菌とPI3K-AKTシグナル伝達系 PI3K-AKT シグナル伝達系はウイルス感染のみな らず,細菌感染症における多剤耐性菌や敗血症などの 重症感染症の病態にも様々な生理学的な修飾をするこ とが注目されている.
重症感染症として知られる敗血症(Sepsis)の病態 発現においても PI3K-AKT 活性経路が重要な働きを している可能性が示唆されている.敗血症は様々な疾 病において免疫不全状態に合併し致死的となる重篤な 感染病態である.この敗血症においては 多量のリン パ球が死滅し,その結果,免疫系の機能が重篤に低下 し,其の病態に重要な関与をしていることが推測され ている.リンパ球に AKT を過剰に発現したところ,
Th1 系のサイトカインを誘導し,アポトーシスによ る細胞死を効果的に抑制できることが報告され,この ようなリンパ球庇護の治療法が新しい敗血症の治療の 方向性を与える可能性がある17).
多剤耐性菌は肺結核,MRSA その他の細菌感染症 において解決しなくてはならないきわめて重要な臨床 的な課題である.最近多剤耐性のバクテリア(mul- tidrug resistant bacteria)の発育に PKB!AKT 活性 系が関与していることが報告された.この報告では,
細胞内に存在するバクテリアによって AKT-PAK4 が 活性化され,細胞内に存在する病原体を庇護し生存へ
導くよう作用しているシグナル伝達系の存在が明らか になった.このことから AKT の阻害剤を用いること により,肺結核,あるいはサルモネラなどの菌体の発 育を抑制しすることができる.近年の抗生剤療法はホ スト自体の細胞内シグナル伝達系よりむしろ菌体自体 を標的としている感が強い.PI3K シグナル伝達系は 単細胞生物では細胞内の小胞体の輸送などに関与して おり,菌体組織内の AKT のシグナル伝達系に注目す ることにより,細菌感染においてもホスト細胞を感染 病原体から守ることが可能で,新たな感染防御に関す る治療の標的とすることができる可能性が示唆され た18).
結 語
PI3K-AKT シグナル伝達系は悪性腫瘍をはじめと する様々なヒト疾病の病態発現やその修飾に関与して いる.ばかりでなく,C 型肝炎,B 型肝炎,HIV ウイ ルス感染,さらには気道感染症の原因として知られる RS ウイルスなどの感染症に際して,細胞内に取り込 まれたこれらウイルスの蛋白の一部と結合しその活性 を促す.その結果,これらのウイルス感染症に伴う,
慢性感染(chronic infection)や感染の遷延化(latent infection)などの病態の修飾のみならず,悪性化(ma- lignant transformation)において重要な役割を担っ ていることが注目されている.一方,急性気道感染症,
敗血症,多剤耐性菌などの病態の発現やその修飾にも 関与しているなどの報告も相次ぎ,今後の感染症治療 において新たな分子標的ならびに治療の道標を得るこ とができるであろう.
文 献
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30.
PI3K-AKT Network Roles in Infectious Diseases Masayuki NOGUCHI & Keiichi KINOWAKI
Division of Cancer Biology, Institute for Genetic Medicine, Hokkaido University
The PI3K-Akt network, which is activated by cytokines or growth factors, mediates intracellular signals to regulate a variety of cellular responses, including antiapoptosis, proliferation, cell cycling, protein synthe- sis, glucose metabolism, and telomere activity. Genomic mutations, alterations of the PI3K-Akt regulatory network, underlie such diseases as cancer, glucose intolerance (diabetes mellitus), schizophrenia, and!or autoimmune diseases. In addition to direct tumorigenesis involvement by genetically altering human cancer, the PI3K-Akt network underlies the clinical manifestation of different stages of tumorigenic viral infection, such as latent and chronic infection, and malignant transformation of Epstein-Barr, hepatitis C, hepatitis B, and human immunodeficiency virus (HIV) viruses. We summarize updated knowledge on the PI3K-AKT network underlying different phathological viral and!or bacterial infections. Antiviral activity engendered by suppressing of PI3K-Akt activity, rather than directly targeting anticancer activity via oncogenes, may thus open up ways to prevent malignant transformation by tumorigenic viral infection.