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著者 安村 直己

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植民地期メキシコにおけるインディオ騒動の政治経 済学 : 1774年トマルマナルコ村(チャルコ地方)

の事例

著者 安村 直己

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 19

号 2

ページ 173‑257

発行年 1994‑10‑28

URL http://doi.org/10.15021/00004203

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安村  植民地期 メキ シコにおけるインディオ騒動の政治経済学

植 民 地 期 メ キ シ コ に お け るインディオ 騒 動 の 政 治 経 済 学     一1774年 トラルマナル コ村(チ ャル コ地方)の 事例一

安 村 直 己*

The Political Economy of an Indian Rebellion in Colonial Mexico:

The Case of Tlalmanalco, Chalco Region, in 1774

Naoki YASUMURA

Historians studying Mexican Indian village communities under co- lonial rule have recognized that Indian rebellions are one of the keys to understanding their ways of living and thinking. William Taylor was the first to realize the importance of Indian rebellions. Having systematically analyzed a large number of cases, he postulated a set of general characteristics which he attributed to the Indian community- oriented mentality. In other words, he explained the frequency of In- dian rebellions in colonial Mexico in terms of community autonomy and solidarity, which he thought derived from the mentality of the Indians.

Since Taylor's study was published in 1979 there has been discussion about whether his model has general validity in time and space. Eric Van Young, in trying to revise it, has given more importance to the in- creasing economic inequality in the interior of Indian village com- munities during the second half of the 18th century. He argues that rebellions served to repair community solidarity in jeopardy by displac- ing accumulated internal tensions toward external targets.

In my opinion, Van Young has contributed considerably to our understanding of Indian rebellions by locating them in a more precise historical context, in contrast to Taylor's static model. But Van Young has approached rebellions in the same manner as Taylor in two points.

国立民族学博物 館第4研 究部

Key Words : Indian rebellion, colonial Mexico, community politics, agrarian problems, Bourbon reforms

キー ワー ド:イ ンデ ィオ 騒動,植 民 地 期 メキ シ コ,共 同 体 内政 治,土 地 問 題,ブ ル ボ

       ン朝 諸 改 革

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First,both have aimed to generalize about Indian rebellions after analyz- ing many cases, without paying much attention to the particular cir- cumstances under which each rebellion evolved. Second, each of them started from the supposition that the Indian village community was a

"closed corporate community" characterized by communal landholding , limited membership, and an egalitarian way of thinking, and they were not so much concerned with how particular communities deviated from such a supposition.

In this article, avoiding such a generalizing approach, I will focus my analysis on the case of the Indian rebellion of 1774 in Tlalmanalco

(Chalco region) . My aim is to make clear the concrete historical proc- esses which led villagers to take such a recourse. On the other hand, I will start the analysis without any a priori model of the Indian village community. Contrary to Taylor and Van Young, I will reconstruct village life in the light of the facts revealed in archival sources referring to the rebellion, putting emphasis on the community's internal economy

and politics as well as on its relationships with the outer world.

The main part of this article consists of three sections. The first describes some transformations which central Mexican Indian society suffered after the Spanish Conquest, for the purpose of situating the Tlalmanalco rebellion in a historical perspective of longue dui*.

In the second, I will describe as concretely as possible how this rebellion evolved and what happened to the community after its ap- parent abortion, revealing community political conflicts and some exter- nal actors' intervention in them. Also it will become clear that the entire community did not participate in the rebellion, but only a small fraction.

In the third section, I intend to explain how internal politics and ex- ternal intervention influenced the course of the rebellion, throwing light on the agrarian problems of the Chalco region that Indian village com- munities suffered during the second half of the 18th century, as well as on the impacts of the Bourbon reforms introduced by Jose de Galvez to the rural society of the region. In this way it will become clear that the Tlalmanalco rebellion cannot be interpreted only in terms of Indian com- munity-oriented mentality, but that also its relation to the political economy of the community and the external world at that epoch must be considered.

In the final part, I will indicate some problems that need to be ex-

amined more profoundly in the future.

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安 村    植 民 地 期 メキ シ コに お け るイ ンデ ィオ騒 動 の 政 治経 済 学

は じめ に 1.歴 史 的 背 景

  1‑1.先 ス ペ イ ン期 の ナ ワ ・イ ンデ ィオ        社 会

    1‑1‑1.政 治 構造     1‑1‑2.社 会構 造     1‑1‑3.土 地 所有 構 造

  1‑2.ス ペ イ ンに よる 征 服 の イ ンデ ィ オ        社 会 へ の イ ンパ ク ト

    1‑2‑1.ア ル テ ペ トル へ の カ ピル ドの       導 入

    1‑2‑2.社 会 構 造 と土 地 所 有 構 造 に お       け る連続 性 と変 化

    1‑2‑3.イ ンデ ィオ 社 会 の細 分 化   1‑3.チ ャル コ地 方 の 歴 史

    1‑3‑1.征 服 か ら植 民 地 統 治 の 制 度 化

      へ

    1‑3‑2.ス ペ イ ン 人 に よ る 土 地 の 集 積       と ア シ エ ソ ダ の 形 成

    1‑3‑3.イ ン デ ィ オ 村 落 共 同 体 の 現 実 2.  トラ ル マ ナ ル コ騒 動

  2‑1.  トラ ル マ ナ ル コ文 書 の 性 格 と構 成   2‑2,  トラ ル マ ナ ル コ騒 動 の 経 緯     2‑2‑1.塔 の 解 体 決 定 に い た る プ ロ セ

      ス

    2‑2‑2.総 代 官 マ ル テ ィ ネ ス の 報 告     2‑2‑3.尋 問 調 書 の 内 容

    2‑2‑4.批 判 的 考 察   2‑3.騒 動 後 の 駆 け 引 き(1)     2‑3‑1.ベ ラ ス ケ ス の 請 願 書     2‑3‑2,マ ル テ ィ ネ ス の 反 論

   2‑3‑3.解 体 反 対 派 の攻 勢    2‑3‑4,解 体 推 進 派 の 結束    2‑3つ.批 判 的 考 察  2‑4.騒 動 後 の駆 け 引 き(皿)

   2‑4‑1.イ ンデ ィオ総 合 裁 判所 の対 応    2‑4‑2.ベ ヲス ケ ス らの再 攻 勢    2‑4‑3.総 代官 グ ラ ハ ー レス の対 応    2‑4‑4.批 判 的考 察

 2‑5.  トラル マ ナ ル コ騒 動 の 構 図 3.  トラ ルマ ナ ル コ騒 動 の政 治 経 済学   3‑1.チ ャル コ地方 に お け る土 地 問題    3‑1‑1.土 地 訴訟 の数 量 的 分 析    3‑1‑2.イ ンデ ィオ 同士 の 土 地 訴訟    3‑1‑3.政 治 的党 派 と土 地 問 題    3‑1‑4.インディオ 村 落 共 同体 と外 部            世 界

  3‑2.1760年 代,1770年 代 の ヌエ バ ・エ         スパ ー ニ ャの政 治 状 況

    3‑2‑1.ブ ル ボ ソ朝 諸 改 革 と総 巡 察 使            ホ セ ・デ ・ガ ルベ ス

    3‑2‑2.チ ャ ル コ地 方 に お け る ブル ボ            ン朝 諸 改革

  3‑3.騒 動 へ の道

    3‑3‑1.1760年 代 の村 落 共 同 体 内 の政            治 情 勢

    3‑3‑2.新 しい勢 力 配 置 と外 部 世 界     3‑3‑3.従 属 的 党 派 の戦 略 と して の 騒            動

  3‑4.  トラル マ ナ ル コ騒 動 の歴 史 的意 義 お わ りに

  は   じ   め   に

  1785年 の こ とで あ る。 ヌエバ ・エ ス パ ー ニ ャ副 王領(植 民 地 期 メキ シ コの呼 称)の

首 都 メキ シ コ市 か ら北 方 に25キ ロほ どの 地 点 に 位 置 す る クア ウ テ ィ トラ ソ とい う村

で,インディオ のた め の礼 拝 堂 に 置 か れ て いた 聖 母 マ リア像 を カ トリ ックの 司祭 が修

復 しよ う と した とこ ろ,村 の イ ンデ ィオ が この措 置 に 反対 して一 斉 に 蜂 起 した。 この

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聖 母 像 に手 を加 え る こ とは そ の破 壊 に等 しい所 業 であ り,修 復 され た像 は もは や い ま の も の とは別 物 に な って しま うの だ,と い うの が彼 らの言 い 分 で あ った。 生 命 を 落 と しか ね な い状 況 下,司 祭 は村 か ら逃 亡 し,こ の地 の治 安 回復 を 目的 と して メキ シ コ市 か ら竜騎 兵 連 隊 が 派 遣 され るに お よ ん だ 【GIBsoN 1964:134】。

  こ の事 件 は,鎮 圧 のた め に軍 隊が 動 員 され て い る点 を除 け ぽ,植 民地 期 メ キ シ コに おけ る一連 の イ ンデ ィオ騒 動 の特 徴 を浮 き彫 りに して い る。 外部 の者 か ら見 れ ば ほ ん の些 細 な 出来 事 や 善 意 か ら と られ た措 置 が,イ ンデ ィオ村 落 共 同 体 を して過 剰 な まで の反 応 を と らせ,そ れ が 蜂 起 に まで発 展 す る ケ ース は,日 常 茶 飯 事 と まで は いか な く とも,史 料 の 中 には 少 なか らず そ の姿 を現 して い るの で あ る。 この 現 象 は,イ ンデ ィ オ村 落 共 同体 の存 在 形 態 や そ れ が置 か れ て いた よ り広 い社 会 ・経 済 ・政 治 的文 脈 との 連 関 を探 る うえ で,1つ の重 要 な 手掛 か りを提 示 して い るに も関 わ らず,長 い 間,歴 史 研 究 の 対 象 と され て こな か った。 こ う した 研 究 状況 を一 変 させ た の が,テ イ ラー の

画期 的 な業 績 で あ った[TAYLOR  1979】。

  テ イ ラーに よれ ぽ,メ キ シ コ中央 部 お よび 南 部 オア バ カ地 方 に お け るイ ンデ ィオ村 落共 同体 は,18世 紀 に は以 下 の よ うな特 徴 を 備 え て い た。 そ の内 部 で は 共 同 体 的土 地 所 有 を基 盤 と し,成 員 間 の経 済 的 不 平 等 が一 定 限 度 内 に抑 え られ,コ フ ラデ ィア と呼 ば れ る カ トリ ックの信 徒 会 や 祭 礼 な どを 通 じ,共 同体 へ の帰 属 意 識 が 日常 的,周 期 的 に確 認 され る。 他方 で,16世 紀 中 葉 か ら後 半 にか け て ス ペ イ ン王 室 に よ り植 民 地 統 治 が 制 度化 され てい く過 程 に お いて,行 政機 構 の末 端 に 位 置す る村 落 共 同体 に 対 して 社 団1)と して の法 的地 位 が与 え られ るが,こ の事 実 はインディオ 共 同体 が 植 民 地 期 を 通 じ,多 様 な機 能 を担 う,自 律 的 で凝 集 性 の 高 い組 織 と して 存 続 す る こ とに 寄 与 した [TAYLOR  1979:21‑24, chap.2Jo

  この よ うな特 徴 を 持 つ村 落 共 同 体 は,外 部 か ら の干 渉 に よ って共 同体 内部 の諸 関 係

が 危 険 に晒 され る と き,蜂 起 す る。 直 接 の原 因 は多 様 であ り一 般 化 しがた いが,イ ソ

デ ィオ の反 応 の背 後 に は 共 同体 の 自律 性 を第 一 義 と考 え るイ デ オ ロギ ーが 存 在 して い

た と推 測 す る に足 る共 通 の パ ター ソが,結 果 と して の騒 動 に は 見 られ る。 この イデ ナ

1)  こ こで い う 「 社 団」 とは歴 史 学 上 の 用 語 で あ り,き わ め て単 純 化 す れ ぽ 以 下 の よ うに 説 明

  され る。 西 欧世 界 が 中世 か ら近 代 へ の 転 換 を遂 げ る過 程 で 新 た に 生 成 しつ つ あ った 一 次 的 社

  会 関 係 は,従 来 の社 会 編 制 の枠 組 み か ら逸脱 す る可 能 性 を 秘 め て いた 。 中 央 集 権 化 を 進 あ て

  い た 各 国 の 王権 は こ う した 新 た な 集 団 の 存在 を正 式 に認 定 し,一 定 の 特 権 を 付 与す る こ とY'

  よ って 従 来 の枠 組 み に従 って統 制 可 能 な 団 体 と して これ を 把 握 しよ うと した 。 この 団 体 を 社

  団 と呼 ぶ が,従 来 か ら存 在 して い た 団 体 も王権 に よ って社 団 と して扱 わ れ て い った 。 スペ イ

  ンに よ る征 服 後 の メキ シ コ とい う文 脈 で い え ぽ,イ ンデ ィオ社 会 を支 配 す るに あ た りスペ イ

  ン王 室 は,ア ル テ ペ トル とい う先 スペ イ ン期 の政 治 的単 位 を イ ンデ ィオ村 落 共 同 体 とい う社

  団 と して再 編 した と い うこ とに な る。 この 過程 に つ いて は,第1章 で 詳述 す る。

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安 村   植 民 地 期 メキ シ コに お け る イ ン デ ィオ騒 動 の 政 治 経 済 学

ロギ ー は 成 員 全 員 に 共 有 さ れ て い る か ら,蜂 起 は 自 然 発 生 的 で あ り,成 員 の 大 多 数 が これ に 参 加 し,明 確 な リー ダ ー シ ッ プ は 形 成 され な い 。 直 接 の 原 因 が 排 除 さ れ れ ば, 速 や か に 終 息 に 向 か う。 侵 害 さ れ た 自 律 性 の 回 復 が 目的 で あ る か ら,他 村 と共 同 す る こ と は な い し,地 方 のスペイン 人 役 人 を 攻 撃 す る こ とが あ っ て も植 民 地 統 治 の 正 統 性 を 問 題 とす る こ と は な い[TAYLOR  1979:115‑1391。

  テ イ ラ ー の 業 績 に 刺 激 を 受 け,そ れ と 対 比 さ せ な が ら イ ン デ ィ オ 騒 動 論 を 展 開 した の が,ヴ ァン ・ヤン グ で あ る 。 メ キ シ コ西 部 の グ ア ダ ラ ハ ラ地 方 に お い て18世 紀 に 発 生 した 一 連 の 騒 動 の 分 析 を 通 じ,彼 は 以 下 の よ うに 論 じ て い る 。 こ の 地 方 の イ ソ デ ィ オ 村 落 共 同 体 は 基 本 的 に,ウ ル フ が 定 式 化 したclosed  corporate  communityの 諸 特 徴 を 備 え て い る2)。 富 に は か ぎ りが あ り,し た が っ て 一 部 の 者 へ の 富 の 極 端 な 集 中 は そ の 他 の 成 員 の 生 存 を 脅 か す の だ とす る 思 考 様 式 が,こ れ ら の 特 徴 の 根 底jarVある[Vax YouNG  1984:61]。 しか し,18世 紀 に 入 る と イ ン デ ィ オ 人 口 は 着 実 に 増 加 し,共 同 体 に よ っ て 分 与 さ れ る 地 片 か ら の 収 穫 で は 生 存 を 維 持 で き な い 貧 困 層 が 拡 大 す る。 ス ペ イ ン人 セ ク タ ー の 経 済 活 動 に 参 加 す る こ と を 余 儀 な く さ れ た 貧 困 層 の 内 部,さ ら に は 彼 ら と依 然 と し て 必 要 以 上 の 土 地 を 保 有 し て い る 富 裕 層 の 間 で,富 の 不 平 等 が 顕 著 に な る。 共 同 体 の 課 す 諸hの 義 務 は ま す ます 負 担 に 感 じ ら れ る よ う に な り,村 を 捨 て る 者 が 出 て く る と と も に,上 記 の 思 考 様 式 の 許 容 範 囲 を 超 え た 経 済 的 格 差 の 存 在 は 富 裕 層 と貧 困 層 の 対 立 を 激 化 す る[VAN  YOUNG  l984:62‑68,74‑75]。

  か く し て 村 落 共 同 体 は 崩 壊 の 危 機 に 瀕 す る。 し か し,インディオ 富 裕 層 は こ れ を 座 視 す る わ け に は い か な い 。 彼 らは そ の 富 を,共 同 体 と ス ペ イ ン人 セ ク タ ー の 媒 介 者 と して の 機 能 に 負 っ て い た か ら で あ る 。 他 方 で,だ か ら と い っ て 共 同 体 の 崩 壊 を 阻 止 す る た め に 自 ら の 富 を 貧 困 層 に 分 配 す る つ も り も な い 。 貧 困 層 に は,共 同 体 が 意 味 した 自 律 性 の 夢 は 捨 て が た い も の で あ り,現 状 は ど うで あ れ,共 同 体 と い う枠 組 み 自 体 の 解 体 は や は り避 け た い とい う認 識 が あ る 。 こ こ に,富 裕 層 と貧 困 層 の 利 害 は 矛 盾,対 立 を は ら み つ つ も,共 同 体 を 維 持 す る 必 要 性 と い う点 に お い て は 一 致 を 見 る の で あ る 。

内 部 に 溜 ま っ た 緊 張 を 外 部 に 向 け て 転 移 す る こ とに よ り共 同 体 の 一 体 性 を 再 確 認 し, そ の 内 部 崩 壊 を 先 延 ば しす る 役 割 を 担 った の が 騒 動 で あ り,富 裕 層 は 自 己 の 富 と地 位 を 守 る た め,貧 困 層 は 自律 的 な 生 存 を 回 復 す る とい う夢 を か け,一 時 的 に 団 結 し て 蜂 起 す る の で あ る[VAN  YOUNG  1984:56‑61,75‑79)。

2)  ヴ ァ ソ ・ヤ ソ グは以 下 の よ うな特 徴 を挙 げ て い るが,そ れ らは 大 筋 に お い て テ イ ラー が指

  摘 す る要 素 と一 致 して い る。a.土 地 所 有 に お け る共 同体 規 制 の強 さ, b.外 部 に対 す る閉 鎖

  性,c.共 同 体 に よる祭 礼 の 開 催, d.エ ン ドガ ミー, e.過 度 の 富 の 私 的 集 積 に 対す る 制約 。

  なお,こ の概 念 そ の もの に つ い ては 当然 の こ とな が ら ウル フが よ り詳 しい[WOLF  1957】。

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  テイ ラー と ヴ ァン ・ヤン グの見 解 の基 本 的 な 相違 点 は,騒 動 に お い て,イ ンデ ィォ 村 落 共 同 体 内部 に おけ る経 済 的格 差 の存 在 とそ れ に伴 う社 会 的 対 立 の激 化 とい う要 因 が 果 た した 役 割 を ど う評 価 す るか,騒 動 は 自然 発 生 的 で あ った か否 か,に あ る3)。し か し,そ の 問題 を措 くな らば,両 者 は イ ンデ ィオ騒 動 の行 動 面 に見 られ る共 同体 成 員

の 団結 とい う点 で は一 致 してい る し,さ らに重 要 な こ とに,問 題 へ のア プ ロー チ に お け る共 通 性 が 見 出 され る の であ る。 多数 の事 例 の分 析 を 通 じ,イ ンデ ィオ 騒動 の一 般 的 な諸 契 機 を 明 らか に し よ うとす る態 度 が,そ れ で あ る。 こ の指 向が 学 問 的意 義 を有 す る こ とは い うまで もな い。 しか し,彼 らは 一 般 化 を 急 ぐあ ま り,1つ の共 同体 が 騒 動 へ といた る過 程 を そ の具 体 相 に お い て,す なわ ちそ の共 同体 の 内部 の 状 況 と外 部 と

の連 関 に即 して 叙 述す る こ とを しな い4)0

  本 稿 の 目的 は,メ キ シ コ市 か ら南 東 に30キ ロほ どい った地 点 に位 置 す る,チ ャル コ

地 図1  メ キ シ コ全 図 【GIBsoN  1964:xi1(筆 者 に よ り一一部 修 正)

3)  こ れ ら の 相 違 に つ い て は 別 に 論 じた こ と が あ る の で,こ こ で は と りあ げ な い 〔YASUMURA   1991Jo

4)  テ イ ラ ー,ヴ ァ ン ・ヤ ン グ と も に そ の 後,個 別 事 例 の 分 析 を 行 っ て い る[TAYLOR  l988;

  V」田YOi3NG  l986】。 しか し,そ れ ら で と りあ げ られ て い る の は,こ こ でインディオ 騒 動 と   呼 ん で い る カ テ ゴ リー と は 性 格 を 異 に し,む し ろ テ イ ラ ー が 騒 動(rebellion)と 区 別 し てin‑

  surrectionと 呼 ん だ カ テ ゴ リー に 類 す る も の で あ る 。 ま た,彼 ら 以 外 に も イ ン デ ィオ の 反 乱   を 扱 っ て い る 研 究 者 は い る が,や は りinsurrectionを 対 象 と し て い る[CasTRO  1990;

  Castxo  et al.1992)。 本 稿 で のインディオ 騒 動 とい う用 語 を 定 義 し て お く と,テ イ ラ ー の 描   き 出 し た 騒 動 と 類 似 して い る が,自 然 発 生 性 と 団 結 性 に つ い て は これ を 定 義 か ら 排 除 し て い   る。 そ の 理 由 は,行 論 中 明 ら か と な る 。 な お,メ キ シ コ独 立 以 後 の 騒 動,反 乱 も 扱 っ た 論 文   集 と し て はKatz[1988]が あ る。

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安村  植民地期 メキシコにおけるイ ンデ ィオ騒動の政治経済学

地 図2  メ キ シ コ盆 地[Grssox  l964:xi1(筆 老 に よ り一 部 修 正)

地方 の トラル マナ ル コ村 で発 生 したインディオ 騒 動 の叙 述,分 析 を 通 じ,メ キ シ コ史 に お け る上 記 の研究 動 向上 の空 隙 を埋 め る こ とに あ る。 第1章 で は まず,ス ペ イ ンに よる征 服,植 民 地化 が イ ンデ ィオ 社 会 に与 えた イ ンパ ク ト,お よび そ の後,18世 紀 に い た る ま で に この地 方 が辿 った 歴 史 的道 筋 につ いて 述 べ る。 第2章 で は,1774年 に ト ラル マ ナ ル コ村 で 発生 した 騒 動 の 経緯 を 明 らか にす る と と もに,そ の 背 後 に は政 治 的 対 立 が存 在 して いた こ とを浮 き彫 りに す る。 第3章 で は,18世 紀 後 半 の チ ャル コ地 方 にお け る深刻 な土 地 問題 と共 同体 の外 部世 界 の動 向を 背 景 と して,ト ラル マ ナ ル コに おけ る共 同体 内 の政 治 的対 立 が 騒 動 へ と発 展 して い くプ ロセ ス を 明 らか に す る。 最 後 に,今 後 に残 され た 問題 を指 摘 す る こ とで,本 稿 の結 語 に代 え る こ ととす る。

  本 論 に 入 る前 に,参 照 した資 料 に触 れ て お くと,第1章 で は先 行 研 究 に 依拠 して い

る が,第2章 以 下 の 記 述 は 基 本 的 に,筆 者 が メキ シ コ国 立 総 合 文 書 館(Archivo

(9)

General  de la  Naci6n)の 土 地 問 題 セ ク シ ョン(以 下,脚 注 で はTierrasと 略 す)と 刑 事 裁 判 セ ク シ ョ ソ(以 下,脚 注 で はCrimina1と 略 す)で 調 査 した 一 次 史 料 に 立 脚 し て い る 。 こ れ ら の 一 次 史 料 は 現 在 公 刊 さ れ て い な い た め,参 照 し た 箇 所 に 関 して は, セ ク シ ョ ン名,参 照 した 箇 所 の 巻 数(vol.一 と 記 す),文 書 番 号(exp.一 と記 す),可 能 な 場 合 は フ ォ リオ 番 号(f.一 と記 す)の 順 で 脚 注 に お い て 出 所 を 示 す こ と と す る 。

1.歴 史 的 背 景

1‑1.先 ス ペ イ ン 期 の ナ ワ ・イ ン デ ィ オ 社 会

  先 スペ イ ン期 メキ シ コ中央 部 で は ナ ワ トル 語 を 母語 とす る ナ ワ ・イ ンデ ィオが 定住 農耕 を基 盤 と して生 活 して いた 。 この ナ ワ社 会 に 関 して は,従 来,スペイン に よ る征 服後 に コ ソキ ス タ ドー ルや カ トリッ クの聖 職 者,スペイン 人 官僚 な どが書 き残 した ク ロ ニ カ と呼 ばれ る歴 史 書 の 中 の記 述 に基 づ い て 議 論 が 為 され て きた 。 そ れ に対 し, 1970年 代 の半 ば か ら,征 服 後 にイ ンデ ィオが ナ ワ トル語 を アル フ ァベ ッ トで表 記 す る 形 で作 成 した 文 書群 を利 用 して,インディオ の 観 点 か ら先 スペ イ ン期 のインディオ 社 会 を再 構 成 しよ うとす る試 み が 展 開 され て い る。 この試 みを 通 じ,従 来 の見 解 は か な りの修 正 を 迫 られ て い る のが 現 状 で あ り,こ こで は新 しい潮 流 の 旗手 の1人 であ る ロ ックハ ー トの 研 究 に依 拠 しなが ら,必 要 な 範 囲 で,スペイン 人 に よる征 服 に 先 立 つ14, 15世 紀 の イ ンデ ィオ社 会 の存 在 形態 を 明 らか に して お こ う 【LocKHART  1992】 。

  1‑1‑1.政 治 構 造

  イ ンデ ィ オ 世 界 の 中 心 を 占 め て い た の は,ア ル テ ペ トル(altepetl)と 呼 ぼ れ る 政 治 体 で あ った 。 ア ス テ カ の よ う な 帝 国 的 組 織 も ア ル テ ペ トル の 集 合 体 に す ぎ ず,そ の 意 味 で ア ル テ ペ トル は,イ ソ デ ィオ 社 会 の 基 本 構 造 を 理 解 す る た め の 鍵 と な る 。 こ の 社 会 の あ ら ゆ る 分 野 に お い て,よ り高 次 な 構 成 体 を 形 成 す る に 際 し て は 次 の よ うな 組 織 化 原 理 が 存 在 して い た 。 そ れ は 全 体 が,a.ほ ぼ 均 等 で,ほ か と 明 確 に 区 別 さ れ,

自 己 充 足 的 な 構 成 部 分 か ら 成 り立 ち,b.シ ン メ ト リカ ル に 配 列 され る こ と に よ り, c.す べ て の 部 分 が 共 通 の 基 準 点 と 同 一 の 関 係 を 結 ぶ こ と に な る が,d.部 分 の 間 で は 序 列 と周 期 的 な ロ ー テ ー シ ョン に 基 づ く差 異 化 が 進 む,と い う も の で あ る 。 ア ル テ ペ

トル で は こ の 原 則 が 貫 徹 し て い る。

  い ま,最 も 単 純 な,ア ル テ ペ トル の 基 本 形 を 想 定 して み よ う。 そ の 基 本 的 な 成 立 要

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安 村    植 民 地 期 メキ シ コに おけ るイ ンデ ィオ騒 動 の政 治 経 済 学

件 は,一 定 の 支 配 領 域,一 一組 の 構 成 部 分,ト ラ トア ー 二(tlatoani)と い う称 号 を 持 つ 世 襲 の 大 首 長 の 存 在 で あ る。 そ の 統 一 性 を 支 え て い る の は,共 通 の 歴 史=神 話 的 伝 承 で あ り,そ れ に よ れ ぽ,ア ル テ ペ トル の 成 員 は1つ の 民 族 集 団 を 起 源 と し て い る が, そ の 後 様hな 理 由 か ら放 浪 を 余 儀 な く さ れ た 。 放 浪 中 に 複 数 の 下 位 集 団(カ ル ポ リ calpolli)に 分 か 乳 て い き,定 住 と 同 時 に ア ル テ ペ トル を 形 成 し た 。

  通 常,ア ル テ ペ トル は4,6,8と い っ た 偶 数 個 の カ ル ポ リか ら成 る 。 各 カ ル ポ リ は 固 有 の 神 を 信 仰 す る と と も に,地 形 や 民 族 名 か ら と った 固 有 の 名 を 持 つ 。 固 有 の 称 号(テ ウ ク トカ イ トルteuctocaitl)を 持 つ 首 長(テ ウ ク トラ トア ー 二teuctlatoani) が 各 カ ル ポ リに は お り,カ ル ポ リの 神 に 対 す る奉 仕 や 世 俗 の 行 政,軍 事 を 司 る 。 首 長

の 周 辺 に は 貴 族 層(ビ リpilli)の 形 成 が 見 ら れ,首 長 を 補 佐 す る 。 各 カ ル ポ リは ア ル テ ペ トル 内 の 特 定 地 域 を 排 他 的 に 占 有 し,カ ル ポ リの メ ソバ̲'/r対 し て 地 片 の 用 益 権 を 配 分 す る。 カ ル ポ リは 外 婚 制 の 単 位 と し て の 親 族 集 団 で は な い が,内 婚 の 比 率 が 高 い 。 ま た,1つ の ア ル テ ペ トル に,別 の 民 族 に 属 す る人hが 加 わ る こ と も あ った よ う で,そ の 場 合 に は 新 た な カ ル ポ リを 形 成 し,固 有 の 民 族 意 識 を 保 持 し て い く。 ま た, カ ル ポ リは,20,40,80,100と い っ た 数 の 世 帯(household)か ら 成 る 地 区 に 区 分 さ れ,土 地 の 配 分 や 徴 税 に 携 わ る 責 任 者 が 置 か れ る が,こ の 単 位 は 流 動 的 な も の で あ り,

した が っ て と く に これ を 指 す 単 語 は 存 在 しな い 。

  各 カ ル ポ リは 原 理 的 に は 独 立 の 団 体 と して 対 等 な 関 係 に あ り,ア ル テ ペ トル に 対 し て 果 た す 義 務 も平 等 で あ り,カ ル ポ リを 単 位 と し て 個 別 に 遂 行 さ れ る。 た と え ぽ,戦 争 に 際 し,各 カ ル ポ リは 首 長 の 指 揮 の 下,個 別 に 戦 闘 に 参 加 す る 。 他 方 で,ア ル テ ペ

トル に 対 す る義 務 の 内,労 役 奉 仕 の よ うに と くに 継 続 的 な 性 格 を 有 す る も の に 関 し て は,各 カ ル ポ リが 一 定 の 序 列 に 基 づ き,周 期 的 な ロ ー テ ー シ ョ ソを 組 ん で これ を 行 う が,こ の 序 列 は 本 来 平 等 な カ ル ポ リの 間 に 差 異=・階 層 化 の 契 機 を 持 ち 込 む 。す な わ ち, す べ て の カ ル ポ リに と っ て 共 通 の 基 準 点 で あ る と 同 時 に,ア ル テ ペ トル を 体 現 す る 存 在 で あ る トラ トア ー 二=大 首 長 に 対 す る 奉 仕 の 順 番 の 中 に,カ ル ポ リ間 の 階 層 が 顕 現

す る の で あ る 。

  ト ラ トア ー 二 は 出 身 カ ル ポ リの 首 長(テ ウ ク トラ トア ー 二)で あ る と 同 時Y',全 カ

ル ポ リの 上 に 君 臨 す る と い う,二 面 的 な 性 格 を 有 して い る 。 そ の 出 身 カ ル ポ リが 序 列

の 第 一 位 を 占 め る こ と が 多 い と い うほ か に,彼 が 個 別 首 長 と 区 別 さ れ る の は,後 者 の

側 面 に お い て で あ る 。 す な わ ち 彼 は,す べ て の カ ル ポ リか ら貢 納 を 徴 収 す る 権 利 を 有

す る 点 で,そ の 他 の 個 別 首 長 とは 区 別 され,ま た す べ て の 貴 族 が 彼 の 宮 殿 に 赴 い て 恭

順 の 意 を 表 す る と と も に,平 民 も交 代 で 宮 殿 で の 奉 仕 に つ く の で あ る5)0

(11)

  自律 的 な カル ポ リの遠 心 的 傾 向 を抑 え,ア ル テ ペ トル の一 体性 を維 持 す る役 割 を 果 たす のは,ト ラ トア ー 二だ け で は な い。 異 な る 自然 条 件 が近 距離 に並 存 して い る メキ シ コ中央 部 で は,1つ の アル テ ペ トル の内部 で生 産 物 の分 化 が見 られ ,そ のよ うに特 化 した 余 剰 生産 物 を交 換 す る場 と して の市 場 が,ア ル テペ トル の統 合 を促 進 す る要 因 と して考 え られ る。この市 場 は トラ トア ー 二 の管 理 下 に 置 かれ,各 カ ル ポ リが ローテ ー シ ョンで は な く,同 時 に特 産 品 を持 ち寄 る とい う形 で運 営 され る。 また,各 カル ポ リ の神 に 優越 す る ア ル テペ トル の神 の存 在 も,同 様 の機 能 を果 た して い た。 この 神 は,

トラ トア ー 二の 出身 カ ル ポ リの 神 で あ る こ とが 多 いが,全 カル ポ リの成 員 の信 仰 の対 象 で あ り,ロ ー テ ー シ ョンに従 って奉 仕 が 行 われ る。 トラ トアー 二に近 い人 物 が この 神 の祭 祀 を 司 り,神 殿 を 管理 す る。

  トラ トア ー 二の宮 殿,ア ル テ ペ トル の神殿,市 場 は 大 抵,近 接 して お り,こ れ は都 市 化 の進 展 を想 起 させ るが,ア ル テペ トル の組 織 化 原 理 は,構 成 部 分 か ら自立 し,逆

に これ を支 配 す る 中核 とい う意 味 で の都市 の成 長 を許 さな か った 。

  以 上,ア ル テ ペ トル の基 本 形 の特 徴 を概 観 した が,ス ペ イ ン人 に よる征 服 時 点 の メ キ シ コ中央 部 で は,複 数 の アル テペ トル が集 ま っ て形 成 され た,複 合 アル テ ペ トル が 支 配 的 な政 治形 態 であ った。 こ う した 政 治体 が形 成 され て くる背 景 に は,北 方 か ら絶 えず 新 た な 民族 集 団が 流 入 し,彼 ら とす で に定 住 して いた 集 団 の間 や さ らに は ア ル テ ペ トル の 間 で軍 事 的 対 立 が生 じた結 果,防 衛 上 の必 要 か ら個 別 ア ル テペ トル の連 合 が 進 んだ こ とが考 え られ る。 複 合 ア ル テペ トル とそ の構 成 部 分 と して の個 別 アル テ ペ ト

ル(以 後 これ を部 分 アル テ ペ トル と呼 ぶ)の 関係 は,個 別 アル テ ペ トル とカル ポ リの 関 係 に類 似 して い る。 しか し,次 の よ うな相 違 も存 在 した。 複 合 ア ル テペ トル に は, そ の 全体 を統 括 す る人物 が見 あた らな い の で あ る。 序 列 の最 高位 を 占め る部 分 ア ル テ ペ トル の トラ トア ー 二が,複 合 アル テペ トル の儀 礼 上 の 長 とな る こ と もあ った が ,こ の ポス トは個hの 部 分 アル テ ペ トル か ら貢 納 と労 働 奉 仕 を受 け る権 利 を 伴 わ ず,ま た 序 列 に基 づ く ロー テ ー シ ョンに従 って 部分 ア ル テペ トル が これ を 持 ち回 る こ と もあ っ た 。 さ らに,部 分 アル テ ペ トル間 に は 激 しい対 抗 関 係 が 存在 して いた こ と も指摘 され

る。

  この よ うに統 合 の た め の制 度 的 契 機 を欠 い てい た複 合 ア ル テペ トル が,個 別 ア ル テ

ペ トル 以上 に遠 心 的 傾 向 を帯 び て い た こ とは い うまで もな い 。 そ れ ゆ え に,複 合 アル

5)  しか し,ト ラ トア ー 二の 権 力 あ る い は優 越 は 絶 対 的 な もの で は な く,そ の二 面 性 は,清 水

  の い う 「平 等 者 の 中 の第 一 人 者 」的 性 格 に 由来 す る と考 え られ る  【 清 水   1989]。そ の こ とは,

  トラ トア ー 二 の血 筋 が 絶 え て も アル テ ペ トル は 独 立 の 政 治 体 と して存 続 し,貴 族 層 の 合 議 を

 経 て新 しい トラ トア ー二が 選 出 され る こ とか ら も窺 われ る 【LOCKHART  1992:18]。

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安 村  植 民 地 期 メキ シ コに お け るイ ンデ ィオ騒 動 の 政 治経 済学

テペ トル は絶 えず 崩 壊 の 危機 に晒 され て お り,こ の よ うな遠 心 的傾 向を 抑制 す る手 段 と して,部 分 アル テペ トル の トラ トア ー 二の 間 で通 婚 が 行 われ た の で あ る。 この通 婚 関 係 が 積 み重 ね られ る うち に,ト ラ トア ー 二家 間 の血 縁 関 係 が 強 ま り,場 合 に よ って は 同一 人物 が複 数 の部 分 ア ル テペ トル の トラ トア ー 二を 務 め る こ と もあ った。

  個 別 アル テ ペ トルが 複 合 ア ル テペ トル に移 行 した 経 緯 として は,人 口の増 大 に伴 い 1つ の 民族 集 団 が分 化 した ケ ー スや,ア ル テ ペ トル 間 の戦 争 の結 果 と して征 服 者 集 団 と被 征服 者 集 団が 統 合 され た ケー スな どが考 え られ るが,い ず れ に せ よこの移 行 は不 可 逆 的 な 性 格 の もので は な く,そ の逆 のパ タ ー ン も存 在 した の で あ る。 そ して,こ の よ うな複 合 ア ル テ ペ トル の 間 の支 配一従 属 関 係 の集 積 に す ぎな か った 帝 国 的組 織 は, 必 然 的 に不 安定 要 因 を 内 部 に 抱 え る こ と とな った。

  本 稿 で 扱 うチ ャル コ地 方 で の 実例 を 見 て み よ う。13世 紀 か ら14世 紀 にか け,複 数 の 移 民 の波 が この地 方 に 押 し寄 せ て は定 住 を 開 始 した。 彼 らは 必 ず し も同一 の民族 集 団 に帰 属 して は い なか った が,こ の地 で の歴 史 の共 有 を 通 じて 新 た に チ ャル カ族 と して の民 族 意 識 を培 って い くと と もに,4つ の複 合 アル テペ トル か ら成 る,政 治 ・軍 事 上 の連 合 体 を 形成 す るに お よん だ 。 この4つ は,創 設 年 代 順 に 序 列 を 付 け られ,そ の 首 位 の座 を 占め て い た のが トラル マ ナ ル コであ った。 複 合 アル テペ トル は それ ぞ れ,さ

らに下 位 の 部 分 ア ル テペ トル に 分 かれ て いた 。 トラル マ ナル コの 場 合,部 分 アル テペ トル の中 で 最 も有 力 であ った トラ コチ ャル カは,さ らに6つ の 部 分 に分 かれ,そ れ が 3つ ず つ 半 族 に組 織 され,半 族 が それ ぞれ トラ トア ー 二を有 し,そ の うち の1人 が6 つ の部 分 全 体 を 統括 す る役 目を 果 た して いた6)0

  1‑1‑2.社 会 構 造

  ナ ワ トル語 の 親族 名 称 の分 析 を 通 じ,ロ ックハ ー トは,先 スペ イ ン期 の ナ ワ ・イ ソ デ ィオ社 会 では な ん らか の親 族 組 織 を指 す よ うな一 般 的 な名 称 も,機 能 的 な実 体 と し て の親 族 集 団 も存在 しなか った と主 張す る。 そ の よ うな社 会 構 造 に お い て基 本 的 細 胞 と して機 能 して い た の は,カ リ(calli)と 呼ぼ れ る居 住 単位 で あ った 。

  カ リとい う語 は 本来,物 理 的 な居 住空 間 と して の建物 を意 味 す るが,1つ の家 屋 を 指 す こ と もあれ ぽ,複 数 の家 屋 か ら成 る家 屋 複 合 体 を 指 す こ と もあ った 。 い ま,4つ の家 屋 か ら成 る家 屋複 合体 を 想 定 して説 明 して い くと,4つ の家 屋 は中 庭 を 囲む よ う に して 立 って お り,そ れ ぞれ が 中庭 に 通 じる戸 を持 って い る。 この複 合 体 全体 と個 々 の家 屋 の 双方 が カ リと呼 ぼれ る。 複 合体 全体 を1人 の 人物 が所 有 してい る場 合 もあれ

6)  この小節の記述はLockhart【1992:14‑28]Yこ基づ く。

(13)

ぽ,こ の 複 合 体 に属 す る複 数 の 人 物 が個 々 の家 屋 を保 有 して い る場 合 もあ る。 複 合 体 と個 々 の カ リの 関 係 は,ア ル テペ トル とカル ポ リの 関 係 に類 似 してい る。 す なわ ち, それ ぞれ の カ リは そ の保 有 者 の 下,一 定 の 自立 性 を保 持 し,そ れ らの 間 の関 係 は 基 本 的 に平 等 であ り,mテ ー シ ョンに従 って複 合 体 に 対 す る義 務 を 分 担 す る が,複 合 体 の長 は1つ の カ リの保 有 者 で あ る と同時 に,全 体 を 代表 し,統 括 す る役割 を負 うので あ る。

  ロ ッ クハ ー トは この よ うな性 格 を 有す る カ リを,householdと 規定 す る。 複 合 的 世 帯 と単 純 世 帯 の いず れ が 一般 的 で あ った か は 定 か で は な く,ラ イ フ ・サ イ クル に従 っ て 同一 の 世 帯 が2つ の形 態 の間 を移 行 す る こ と もあ った。 カ リに は 宅地 と中庭 のほ か に,カ リに 属 す る耕 地 の うち最 も重 要 な地 片 が 隣接 して い るの が 普 通 で,こ の耕 地 は カ ラ リ(callalli)eカ リの 土地 と呼 ぽ れ た。

  複 合 的 カ リの場 合,そ の構 成 員 は な ん らか の 血『 姻 族 関 係 で 結 ば れ てい た 。 しか し,親 戚 に近 い意 味 を持 つ 語 の本 来 の意 味 が,「 そ の 人物 と同居 す る人 々」 で あ る こ とか ら分 か る よ うに,インディオ に とって は 一 緒 に住 ん でい る,あ るいは 世 帯 を 共 に して い る とい う事 実 の方 が,一 緒 に住 む 理 由 よ りも重 要 であ った。 これ は,イ ンデ ィ オ社 会 に お い て血 縁 原 理 が か つ て考 え られ て い た ほ ど重 要 な 役 割 を果 た して い なか っ た こ とを 示 唆 して い る。 また この点 は,親 族 名 称 に おけ る特徴 か ら も窺 わ れ る。 す な わ ち,基 準 点 と して の エ ゴか らの視 点 で の み,そ れ を取 り囲 む 関 係 の総 体 が 一 時 的 に 分 類 され るた め,エ ゴを 超 え た集 団,す な わ ち親 族 集 団 とい うもの が名 称 上 も客 観 的 に も存 在 しえ な い の であ る。 した が って,親 族 関係 とい うもの は きわ めて 柔 軟 に 組織 され た の で あ り,た とえぽ,兄 弟 姉 妹 とイ トコや祖 母 ・祖 父 と大 オバ ・大 オ ジを 指 す 語 が 同 一語 で あ った り,血 縁 関 係 を 示 す 名 称 が しば しば 姻 族 関係 に拡 大 して 適 用 され た りす る とい った 状 況 が 生 まれ た の であ る。 カ リ,カ ル ポ リ,ア ル テペ トル が 編 制 さ れ る う.'Z..で 血 縁 原 理 が 希 薄 で あ り,成 員 資 格 に柔 軟 性 が 見 られ た 背 景 に は,こ うした 親 族 関 係 の形 態 が 存 在 して い た。

  カ リの 財産 の相 続 に 関 して は,以 下 の よ うな特 徴 が 見 られ た。 女 子 と男 子 は 同 等 の 権 利 を 有 し,子 供 の 間 で均 等 分 割 相 続 が行 われ る。 親 の 財産 は子 に伝 え られ,妻 は夫 の財産 に対 して権 利 を 有 さな い。 相 続 は 原則 と して直 系血 族 の ライ ンに 沿 って 行 われ る。 しか し,こ こで も親 族 関 係 に お け る柔 軟 性 が 影 響 を及 ぼ し,現 実 に は傍 系 や姻 族 が 相 続 す るケ ー ス も少 な くなか った の で あ る7も

  先 ス ペ イ ン期 の 社 会構 造 は この よ うに,自 立 性 と流 動 性 の高 い カ リを基 礎 細 胞 と し,

7)  この小節 のここまでの記述 はLockhart[1992:chap.31に 基づ く。

(14)

安 村   植 民 地期 メキ シ コに お け る イ ン デ ィオ 騒動 の政 治経 済 学

そ の集 合 体 と して の カル ポ リ,ア ル テペ トル とい う形 で編 制 され て お り,そ の意 味 で 地 縁 的 な性 格 を色 濃 く帯 び て い た。 しか しそ れ は,血 縁 的,身 分 的 な社 会 編 制 が 見 ら れ な か った とい うこ とを 意 味 す る もの では ない 。 平 民層 と貴 族 層 とい う2つ の大 きな 社 会 階層 へ の分 化 が,他 方 で 進 展 して いた ので あ る。

  貴 族 一 般 を 表 す ビ リ とい う語 は,本 来,子 を 意 味 して お り,こ れ は 貴 族 が 首 長 (teuctli)の 子 であ る と観 念 され て い た こ とを反 映 して い る。 現 実 に,す べ て の 貴 族 が 首長 の子 であ った のか,首 長 か ら数 え て何 世 代 目 まで の子 孫 が 貴 族 と見 な され てい た の か は不 明で あ るが,貴 族 は 自 らを1つ の親 族 集 団 に属 す る もの と考 え,自 らを 平 民 と区 別 した 。 す な わ ち,首 長 の家 を 意 味 す る テ カ リ(teccalli)に 属 す る こ とが, 貴 族 の身 分 を保 証 した の であ る。 テ カ リとは また,特 定 の土 地 とそ こに住 む 平 民,貴 族 に対 す る一 種 の領 主 権 を 意 味 して い た。 首 長 は 土 地 と平 民 に 対 す る この支 配 権 に よ って そ の権 威 と身分 を維 持 し,貴 族 は彼 を補 佐 す る こ とでや は り一 定 の土 地 と平 民 に 対 す る下 級 支 配 権 を行 使 した の で あ る。 そ して,ス ペ イ ン人 に よ る征 服 時 に は,こ の 領主 権 は カ ル ポ リの規 制 か ら離 脱す る傾 向 を示 し,そ の下 に置 か れ た 土地 と平 民 は, 首長 の家 産 で あ るか の ご と く扱 われ るに お よぶ ので あ る。 そ して,貴 族 で あ り,首 長 で もあ る トラ トア ー 二を 頂 点 と して,イ ンデ ィオ社 会 は 成 層 化 され て い くの で あ る [LOCKxaxT   1992:101‑110]0

  以上 述 べ て きた こ とか ら明 らか な よ うに,先スペイン 期 のインディオ 社会 は,自 律 的 で 相対 的 に見 て均 質 な基 礎 細 胞 を 基盤 とす る地 縁 的編 制 原 理 と,富 の不 平 等 を 前 提 と し,そ れ を固 定化 な い しは 拡 大 す る傾 向 を有 す る身分 的,血 縁 的 編 制 原理 の拮 抗 の 上 に 築 か れ て いた の で あ る8)0

  1‑1‑3.土 地所 有 構 造

  ナ ワ社 会 に おけ る社会 構 造 の二 面 性,す なわ ち平 等 性 と階 層 性 を支 え て い た の が, 土 地 所 有構 造 で あ った。 メ ソア メ リカに お い て は共 同体 的土 地 所 有 が そ の土 地 制 度 の 根 幹 に あ る と考 え られ て きたが,ロ ックハ ー トは ナ ワ トル語 文 書 に即 しな が ら,共 同 体 的 とい う用語 の意 味 を探 ってい く。

  ア ル テ ペ トル は そ の 領 域 内 の す べ て の 土 地 の 根 源 的 所 有 者=残 存 権(residual rights)者 であ り,そ の資 格 の 下 に カル ポ リに 対 して特 定 地 域 を配 分 す る。 しか し現 実 に は,土 地 を成 員 に 分 配す る基 本 的 な 団体 は後 者 であ り,カ ル ポ リ内の 土 地 は カ ル

8)先スペイン 期 イ ンデ ィ オ 社 会 に お け る 成 層 化 に 関 す る 記 述 はLockhart【1992:94‑110】 に 基   づ く。

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ポ ラ リ(calpollalli)と 呼 ば れ る。 理 念 型 と して の カル ポ ラ リの運 営 は,次 の よ うに 要 約 し うる。 そ の 最 も肥 沃 な 部 分 は,カ ル ポ リの指 導者 に よ り,ほ ぼ 同 じ大 き さの区 画 に分 け られ る。この区 画 は,4な い し6人 家族 を扶 養 す るに足 る面 積 を 有 して い る。

そ の うえ で,カ ル ポ リの成 員,正 確iには世 帯 主 に対 し,そ の身 分 に 応 じて これ らの 区 画 が 配分 され る。 こ うして配 分 され た 耕地 は原 則 と して,保 有 者 の 身 分 に関 わ らず, 土 地所 有 団 体 と して の カ ル ポ リに 対 す る納 税 義 務 を 負 って い る。 カル ポ リは土地 保 有 の 実態 を把 握 す るた め に土 地 台 帳 を 作 成 し,そ のた め の技 術 と して 固 有 の測 量法 を発 達 させ た。 また カル ポ リは,い った ん 配分 した区 画 を 再配 分 す る権 限 を 有 して い た。

す な わ ち,あ る区 画 の耕 作 を 成 員 が放 棄 した 場 合 や,大 規 模 な 人 口移 動 が 生 じた際 に, 成 員 の必 要 に 応 じて 区画 の再 配 分 を 行 った の で あ る。

  以 上 の記 述 は,先 ス ペ イ ン期 の 土 地所 有構 造 が 共 同 体 的 であ った とす る見 解 を支 持 す る もの で あ るが,し か しこれ は,カ ル ポ リが意 の ま まに土 地 を 再 配 分 で きた とか, 土 地保 有 権 の移 動 に お け る最 大 の メ カ ニズ ム が,カ ル ポ リに よる再 配 分 で あ った こ と を 意 味 しな い。 カル ポ リに よる所 有 権 の 行使 は,土 地 保 有 の私 的 性 格 が 強 ま るに つれ て 制 限 され て い った の で あ る。 した が って,成 員 の必 要 に応 じて カル ポ リが絶 えず 土 地 の 割 り替 え を行 うこ とは なか った 。 この こ とは,土 地 保 有 権 の 移 動 の メカ ニズ ムに お い て相 続 が 最 も重要 な手 段 であ った こ と と関 連 して い る。 す なわ ち,あ る区 画 に関 し,相 続 人 が お り,耕 作 お よび納 税 の 義務 を負 うの で あ れぽ,カ ル ポ リは相 続 に 介入 せ ず,相 続 人 の数 に 比例 して区 画 の 細 分 化 が進 み,世 帯 間 の保 有 面 積 の 不平 等 が広 が

って も,事 態 は 放 置 され る の で あ る。

  カル ポ リの土 地 再 配分 機 能 の限 定 は,割 り替 えが 行 わ れ る際 の手 続 きに も見 る こ と が で きる。 あ る区 画 の保 有 者 が土 地 を 放 棄 した と しよ う。 まず,カ ル ポ リの外 部 の者 か,あ る い は 内部 の保 有地 を持 た ない 住 民 が,そ の事 実 に気 づ く。 そ の 周辺 の土 地 保 有 者 の 同意 の下,彼 は 問題 の土 地 の耕 作 を 開始 す る。 そ して,カ ル ポ リ当局 に対 して 既 成 事実 の承 認 を 求 め,そ の うえ で アル テ ペ トル 当局 の承 認 を求 め る。 アル テペ トル 当 局 は,彼 を問 題 の 土地 の新 しい保 有 者 と して承 認 す る と,測 量 を 行 い,土 地 台 帳 へ の 登 録 を行 う。 新 しい保 有 者 は,周 辺 の 住 民 と当局 の 代表 者 を招 き,宴 を催 す 。 これ が,カ ル ポ リに よ る土 地割 り替 え の実 際 の 手 順 で あ り,そ こでは 個 人 の イ ニシ アチ ヴ が 先 行 し,カ ル ポ リは既 成 事 実 を 事 後 的 に 承認 す るに と どま って い る。 また,保 有権

の移 転 に際 し,当 該 区 画 の 周辺 住 民 の知 識 と合 意 が 不 可 欠 で あ る点 も,見 逃 せ ない。

  土 地保 有 権 の確 立 の 度合 い とい う観 点 か ら土地 を 分 類す る な らぽ,以 下 の よ うに ま

とめ られ る。 私 的 保 有 権 が最 も強 固 に 確 立 して い る のは,ト ラ トア ー 二を頂 点 とす る

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安村  植民地期 メキ シコにおけ るインディオ騒動 の政治経済学

貴 族 層 の土 地 で あ る。 彼 らが保 有 して い る土 地 は,本 来,ア ル テ ペ トル,カ ル ポ リの 土 地 で あ り,そ の意 味 で課 税対 象 とな る もの で あ り,ま た 耕 作 を放 棄 す れ ぽ カル ポ リ に よって再 配分 され るべ き土地,あ るい は 家産 で は な くて 公 共 の 目的 のた め に 官 職 に 付 随 す る形 で 割 り当 て られ た 土地 で あ る。 しか し,貴 族 層 が カル ポ リの規 制 を 離 脱 す るのに 伴 い,両 者 の 区別 は 曖 昧 に な る とと もに私 的保 有 地 と して の性 格 を強 め,免 税 され る と と もに 割 り替 え の対 象 外 に置 か れ る傾 向 も進 展 した 。 平 民 層 の場 合 で も,家 屋 に隣 接 す る こ との 多 い,最 も肥沃 な耕 地,す な わ ち世 帯 の存 続 の 基盤 を成 す カ ラ リ 以外 の,マ ー ジナ ル な耕 地 につ い て は売 買 が 行 わ れ て お り,こ う した売 買 を通 じて 新 た に世 帯 に 付 け 加 え られ た土 地 は,や は り課 税 お よび 割 り替 えの 対 象 外 に あ る土 地 と 考 え られ る よ うに な って い った よ うで あ る9)0

  他方 で,カ ラ リの場 合,同 一 世 帯 に何 世 代 もの 間 と ど まる ことが 多 か った ため,保 有 権者 と しては カル ポ リの規 制,す な わ ち課 税 と再 配 分 を免 れ る とす る傾 向が 強 ま っ た よ うで あ るが,他 方 で,カ ル ポ リの立 場 か らは,そ の所 有 権 の行 使 し うる土 地 と し て定 義 す る原 則 が維 持 され た よ うであ り,こ の二 面 性 は 同一 区画 に対 す る2通 りの呼 称 に反 映 され て い る。 す な わ ち,世 帯 の観 点か ら見 た カ ラ リ(居 住 単 位 カ リの土 地)

と,カ ル ポ リに対 す る納 税 関 係 を反 映 した カル ポ ラ リ(カ ル ポ リの土 地)が それ で あ る。 さ らに これ ら以 外 に,宗 教上 の 目的 や 戦争 の ため に割 り当 て られ た 区 画 も存 在 し た。

  以 上 の記 述 か ら,先スペイン 期 の土 地 所 有構 造 に おけ る共 同 体 的性 格 が か な り限定 され た もの で あ り,共 同体 的 土 地所 有 とい う枠 組 み の 中 で私 的 土 地保 有 がそ の地 歩 を 固 め つつ あ り,カ ル ポ リーアル テペ トル の所 有権e残 存 権 に対 抗 しつ つ あ った こ とが 明 らか とな った 。さらに 付 け 加 えれ ぽ,平 民 が カ ル ポ リか ら土 地 を配 分 され るに際 し, 名 目上 の保 有 老 は世 帯 主 とされ た が,複 合 世 帯 の 場 合,個 々 の家 屋 を保 有 してい る メ ソバ ーは,そ の 土地 の特 定 部 分 に 対 して一 定 の 権 利 を有 して これ を 占有 して いた の で あ る。 そ の意 味 で,構 成 部 分 の 自律 性 とい う組 織 化 原理 は土 地 所 有 構造 の末 端 に まで お よん だの で あ り,他 方 で カル ポ リに よ る土地 分 配 に お け る身 分 に 基 づ く格 差 と私 的 土 地保 有 権 の強 化 は,インディオ 社 会 の 階層 性 に 対 して経 済 的 基 礎 を 与 え た の で あ っ た10)。

9)売 買 に 際 し て も個 人 間 の 取 引 が 先 行 し,カ ル ポ リ,ア ル テ ペ トル の 当 局 が そ れ を 承 認 し,   あ た か も割 り替 え で あ る か の よ う な か た ち で 手 続 き を と っ た ら し い[LOCKHART  l992:154]。

10)  こ の 小 節 の 記 述 はLockhart【1992:141‑163]に 基 づ く。

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1‑2.ス ペ イ ン に よ る 征 服 のインディオ 社 会 へ の イ ソ パ ク ト

 スペイン に よる征 服 と植 民 地 支 配 に 関 して は,す で に 数 多 くの研 究 が 積 み 重 ね られ, 現 段 階 で は 各分 野 で定 説 が 確 立 され て い る。 こ こで は それ らを 繰 り返 す煩 を避 け,イ

ソデ ィオ 社 会 が この過 程 に お い て 示 した変 化 と連 続 性 を,行 論 上 必 要 な範 囲 で叙 述 し て い く。 イ ンデ ィオ社 会 に 直 接 影 響 を与 えた 制 度 と して は,エ ソコ ミエ ソ ダ,コ レ ヒ ミエ ソ ト,カ トリッ ク教 会 組 織,レ パ ル テ ィ ミエ ソ ト,コ ソ グ レガ シオ ンな どが挙 げ られ るが,研 究 の現 段 階 で従 来 の 見 解 が最 も厳 しい批 判 に晒 され て い るの は,カ ビル ド(参 事 会)と 呼 ぼれ るスペイン 本 国 の都 市 自治 制 度 の イ ンデdオ 社 会 へ の導 入 とそ の イ ソパ ク トを ど う評 価 す るか とい う問題 で あ ろ う。 した が って本 節 で は,先 ス ペ イ ソ期 の ア ル テペ トル が この制 度 の 導 入 に よっ て いか な る形 で再 編 され た の か,あ る い は存 続 した のか に 焦 点 を絞 り,そ の うえ で この政 治 構 造上 の変 動 が 社 会 構 造 お よび土 地所 有 構 造 に ど う反 映 され た のか を 論 じる。 最 後 に,こ の流 れ の 中 で成 立 す るイ ンデ ィナ 村落 共 同体 が17,18世 紀 を通 じて 辿 った道 筋 の概 略 を 述 べ る こ とにす る。

  1‑2‑1.ア ル テ ペ トル へ の カ ビル ドの 導 入

  1521年,エ ル ナ ン ・コ ル テ ス 率 い るスペイン 人 コ ン キ ス タ ドー ル と一 部 の イ ン デ ィ オ の 連 合 軍 の 手 に よ り,い わ ゆ る ア ス テ カ 帝 国 の 頂 点 に 位 置 して い た テ ノ チ テ ィ トラ ソが 陥 落 す る や い な や,ス ペ イ ン王 室 は 莫 大 な 人 口 を 抱 え る メ キ シ コ 中 央 部 の イ ソデ ィ オ 社 会 を い か に 統 治 す べ き か と い う問 題 に 取 り組 む こ と を 余 儀 な く され た 。 問 題 は 少 な く と も2つ の,相 互 に 関 連 す る側 面 を 有 して い た 。

  コ ル テ ス は テ ノ チ テ ィ トラ ソ陥 落 後,カ ト リ ッ ク の 教 え を 広 め,事 起 これ ば 王 室 に 対 し て 軍 役 を 勤 め る 義 務 と 引 換 え に,一 定 の 地 域 の イ ン デ ィ オ か ら 貢 納 と賦 役 を 徴 収 す る 権 利 を 認 め る エ ン コ ミ エ ン ダ制 を メ キ シ コに 導 入 し,大 小 様 々 な エ ン コ ミエ ソ ダ を 身 分 と功 労 に 準 じ て 報 賞 と して コ ン キ ス タ ドー ル に 分 け 与 え た 。 コ ル テ ス 以 下,コ

ソ キ ス タ ドー ル た ち の 目的 は,エ ン コ ミエ ン ダ 内 の イ ン デ ィ オ の 搾 取 を 通 じ て で き る

だ け 短 時 日 で 富 を 蓄 積 す る と と も に,エ ソ コ ミ エ ン ダ を 封 建 所 領 化 す る こ と に よ っ て

貴 族 と し て の ス テ ー タ ス と生 活 様 式 を 維 持 す る こ とに あ っ た 。 これ はスペイン 王 室 に

と り,二 重 の 障 害 を 意 味 し て い た 。 政 治 的 観 点 に 立 つ と,中 世 の 分 権 的 政 治 体 制 を 克

服 し,王 権 を 頂 点 とす る 中 央 集 権 体 制 の 確 立 を 目 指 し て い たスペイン 王 室 か らす れ ば,

ア メ リカ 大 陸 に 強 大 な 封 建 領 主 が 出 現 す る こ とは 許 容 で き な い 事 態 で あ っ た 。他 方 で,

カ リ ブ海 の 島 々 に お け る経 験 は,エ ン コ メ ソ デ ー ロ(エ ン コ ミエ ソ ダ 受 領 者)に よ る

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安村   植 民地期 メキシコにおけ るインディオ騒動の政治経済学

苛 酷 な搾 取 を放 置す れ ぽ,イ ンデ ィオ人 口は急 速 に 減少 して い くこ とを 教 え てお り, それ が メ キ シ コに お い て再 現 す るの を 防止 す る のは 急務 で あ った 。

  この二 重 の障 害 を克 服 す る途 を 模 索 す る 中 で,イ ンデ ィオ社 会 を 再 編 す る必 要 が 認 識 され て い く。 エ ソ コ メ ソデ ー ロ集 団 の権 力 を抑 止 し,スペイン 王 室 の メキ シ コに お け る主権 を確 立 す るた め の手 段 と して,イ ンデ ィオに 対 す る布 教 を使 命 とす る諸 修 道 会 に 大 幅 な特 権 を 授 与 し,こ れ らを エ ソ コ メ ソデ ー ロY'対抗 す る政 治 集 団 に組 織 す る 方 針 が と られ る と と もに,両 者 の対 立 を 利用 しつ つ 王 室 の利 害 を最 優 先 させ る官 僚 機 構 が整 備 され て い く。 しか し,こ れ だ け で はインディオ を エ ソ コメ ンデ ー ロの貧 欲 か ら守 るに は 十分 とは い えな か った。 イ ンデ ィオ そ の ものを 法 的特 権 を有 す る政 治 集 団 と化 し,彼 ら 自身 が 積 極 的 に エ ソ コ メ ソデ ー ロに対 抗 してい く制 度 的基 盤 の 構 築 が 必 要 とされ た 。 ま た,16世 紀 を 通 じて きわ め て 小 さな人 口を 擁 す るに と どま った ス ペ イ ン人 が,巨 大 な人 口を抱 えたインディオ 社 会 を 支配 して い くに は,イ ンデ ィオ社 会 の 既 存 の 機 構 を利 用 して間 接 統 治 の た め の行 政 単位 を創 出 しな け れ ぽ な らなか った 。   ここ で 目を 付 け られ た のが,インディオ 社 会 の 側 で は ア ル テペ トル で あ り,ス ペ イ

ンの伝 統 に お け る都 市 自治 制 度,す なわ ち カ ビル ドで あ った 。 アル テペ トル に カ ビル ドが 導 入 され る こ とに よ りイ ン デ ィオ社 会 は,スペイン の法 的 枠 組 み の 中 で一 定 の特 権 を付 与 され た 社 団 の体 系 と して 再 編 され る とと もに,旧 ア ル テペ トル の 内部 で は 自 治が 認 め られ る こ と とな っ た。 本 稿 に お い てイ ンデ ィオ村 落 共 同体 と呼 ん で い る組 織 は,こ の段 階 で 形 成 され て い くの で あ る。

  従 来,こ の カ ビル ドの導 入 は,複 数 の 役職 者 に よる団 体統 治 と役 職 者 の選 挙 を通 じ て の任 免,任 期 の 限 定,再 選 の禁 止 等 の 原則 を もた ら した 点 で,先スペイン 期 の政 治 構造 の本 質 的 な 変 容,す な わ ち スペ イ ン化 に おけ る画 期 を成 す もの と され て いた 。 こ うした立 場 を と る論 者 に と りこ の変 容 は,1人 の トラ トア ー 二が 支 配 す る村,支 配 の 客 体 と して の村 か ら,集 団 指導 体制 に基 づ き 自 らを律 す る主 体 と して の村,合 議 体 と して の 村 へ の移 行 を 意 味 した の で あ る 【ZAVALA  y  MixAxDA  1991:143】。 これ に 対 し ロ ックハ ー トは,ス ペ イ ン本 国 に お け る カ ビル ドの形 態 とメキ シ コのインディオ 社 会 に導 入 され た カ ビル ドの そ れ との 間 に見 られ る差 異 に着 目 し,ア ル テ ペ トル とい う政 治 構 造 が 基 本的 には 温 存 され た と考 え る ので あ る 【LoCKHART  1992:28‑471。

  ア ル テペ トル へ の カ ビル ドの導 入 は,ま ず ゴベ ル ナ ドー ル とい う職 の創 設 か ら始 ま

った。 しか し,こ の名 称 お よび これ に 相 当す る よ うな職 はスペイン 本 国 の カ ビル ドに

は存 在 しな いの で あ る。 ロ ッ クハ ー トは この相 違 を,スペイン 王 室 が アル テ ペ トル に

お け る トラ トア ー 二の存 在 を考 慮 に 入 れ,そ の機 能 を 利用 し よ う と考 え た こ とに 由来

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す る と説 明 す る。1530年 代 の半 ぽ 以 降,ゴ ベル ナ ドール職 は急 速Y'  般 化 して い くが, 当 初 は 従 来 の トラ トア ー 二を この職 に任 ず るの が通 例 で あ り,そ の場 合 には 終 身 制 と

な った 。 しか し,ト ラ トア ー 二=ゴ ベ ル ナ ドール が没 す る と,先 ス ペ イ ン期 と同様, 後 継 者選 定 の 問題 が 表 面化 す る。 複 数 の 候補 者 とそれ を 支 持 す る党 派 争 いが 激 化 した 場 合,スペイン 人 当局 者 が 事 態 の打 開 に乗 り出 し,後 継 者 を 決 め る役 割 を果 た さ ざ る を え な い が,当 該 アル テペ トル の歴 史 と現 状 に通 じて い ない 当 局者 の決 定 は 恣 意 的 な 性 格 を 帯 び,ま た対 立 す る党 派 は そ の無 知 に つ け込 ん で状 況 を 操 作 し よ う とす る。 複 合 アル テ ペ トル で あ った 場 合 に は事 態 は さ らに複 雑 に な る。 ゴベ ル ナ ドール職 を トラ

トア ー 二の 地位 と分 離 し,再 任 を禁 じる と と もに成 員 に よる選挙 とい う原 則 が 導 入 さ れ た 背 景 に は,こ う した 事 情 も作 用 した と考 え られ る。

  ゴベ ル ナ ドール職 の性 格 お よび選 定 方 法 の 変 化 は,非 トラ トア ー 二集 団が ゴベ ル ナ ドー ル職 を 務 め,旧 貴 族 層 が そ の権 力 基 盤 を 拡 大 して い くこ とに 寄 与 した だ け で は な い。 イ ンデ ィオ社 会 内部 の 問 題 に 関す る政 治 的 介 入 の機 会 を スペ イ ン人 に与 え る方 向 に も 作 用 し た の で あ る 【CxnvEz OROZCO  l943:17‑19;GIBsoN  l964:175‑179;

ZAVALA y  MIRANDA  l991:148】。 従 来 の見 解 は こ うした点 に着 目 して イ ンデ ィオ社 会 の本 質 的 な 変 化 に つ い て語 るの だ が,ロ ッ クハ ー トは 以下 の点 を 指摘 しつ つ これ に反 論 す る。 先 ス ペ イ ン期 にお い て も トラ トア ー 二の 継 承 問題 をめ ぐ り党 派 争 い が繰 り広 げ られ,テ ノチ テ ィ トラ ソや テ ス コ コ とい った 帝 国 組 織 の頂 点 に 位 置 した アル テ ペ ト ルが これ に 介 入 しt調 停 を 行 うこ とは稀 で は な く,スペイン 人 当 局 は そ の役 割 を継 承 した にす ぎな い 。貴 族 層 が 継 承 者選 定 に際 して 発 言 力 を 有す る と い うの も,同 様 に先 ス ペ イ ン期 の慣 行 で あ った 。 また,正 式 の継 承 者 が 決 まる ま で の間,ト ラ トア ー 二の 任 を遂 行 す る トラ トア ー 二代 行 の制 度 は,任 期 の 決 め られ た ゴベ ル ナ ドール と類似 し て い る。 こ の よ うな伝 統 が先 スペ イ ン期 に存 在 して い た か ら こそ,新 しい制 度 が 急 速 に一 般 化 す る と と もに,深 く根 付 く こ とが で きた の で は な い か。 さ らに,先 ス ペ イ ン 期 に お い ては トラ トア ー 二は 終 身制 で あ り,し た が って 継承 問題 で敗 れ た ほ か の候 補 者 は亡 命 や 暗 殺 の 憂 き 目に遭 うと と もに,亡 命 先 で 陰 謀 を企 て る な ど,ア ル テペ トル に と り不 安 定 要 因 とな って いた が,ゴ ベ ル ナ ドール 職 が 選挙 に よる任 期 制 で再 任 禁 止 とい うこ とに な れ ば,す べ て の候補 者 が順 番 で,し か も平和 的 に こ の職 に 就 け る こ と に な り,こ の 不 安 定要 因は 除 去 され る とい う積 極 面 す ら認 め られ る。

  ゴベ ル ナ ドー ル の 下 に は,ス ペ イ ン本 国 で す で に存 在 して い た ア ル カル デ と レ ヒ

ドー ル とい う職 が 導 入 され,こ れ に書 記 を加 えてインディオ 村 落 共 同体 の カ ビル ドが

構 成 され る こ と とな った。 この アル カル デ と レ ヒ ドール に 関 して も,スペイン 本 国 の

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安 村    植 民 地 期 メキ シ コに お け る イ ン デ ィオ 騒動 の政 治 経 済 学

モ デ ル とインディオ 共 同体 の モ デ ル の間 に は 相違 が存 在 して お り,ロ ッ クハ ー トは ゴ ベ ル ナ ドール の場 合 と 同様 に,そ こに先スペイン 期 か ら の連 続 性 を 見 出 して い る。 先

スペイン 期 の ア ル テペ トル の貴 族 二高 位 役 職 者 は カル ポ リとい う地 縁 的 な 団体 を 代 表 し,そ の地 域 内 で任 務 を遂 行 して い たが,スペイン 本 国 の アル カル デ や レ ヒ ドール が 都 市 の支 配 す る範 囲 内 の特 定 の地 区 を代 表 す る,あ るい は そ の地 区 を 管 轄 す る とい う

こ とは なか った 。 ア ル テペ トル を村 落 共 同体 に 再 編 す る に際 し,ス ペ イ ン王 室 は ア ル テペ トル に1つ の 中 心 を設 定 す る こ とを求 め,人 口が 最 も密 集 して い る地 点,す なわ ち単独 ア ル テペ トル で あれ ば トラ トアー 二の帰 属 す る カル ポ リ,複 合 アル テ ペ トル で は最 も有 力 な部 分 ア ル テペ トルを,村 落 共 同 体 の 主 邑(cabecera)と 認 定 し,残 りの カ ル ポ リや 部 分 アル テ ペ トル を そ の属 邑(sujeto)と 見 な す 方 針 を と った。 これ に対 しインディオ 側 は,ア ル カル デや レ ヒ ドール を主 邑 と属 邑 か ら選 出 させ,そ れ ぞ れ の 地 域 を 代表 させ る とい う形 で対 応 した 。 これ らの役 職 は 村 落 共 同体 内 の一 定 の 地 域 を 代 表 して い る点 でスペイン 本 国 の モ デル か ら逸 脱 してお り,先スペイン 期 か らの 伝 統

的政 治 構 造 を踏 襲 してい る,と ロ ッ クハ ー トは 主張 す る。

  以上 を ま とめ る と,スペイン に よる征 服 後 に 成 立 した イ ソデ ィナ村 落 共 同体 の 政 治 形 態 は,ア ル テ ペ トル の伝 統 に ス ペ イ ンの都 市 自治制 度 を 接 ぎ木 した産 物 と見 る こ と が で き る。 では,こ の政 治 形 態 の 中枢 で あ る カ ビル ドは いか な る機 能 を有 してい た の で あ ろ うか 。

 スペイン 王 室 はインディオ に 対 し,貢 租 を納 め る義務 と賦 役 を 行 う義 務 を課 す と と

もに,エ ン コメ ソデmら の搾 取 か ら彼 らを守 るべ く,そ の権 利 を 定 め て い った 。 ア

ルテ ペ トル が所 有 して い た土 地 は 原 則 と してす べ て村 落共 同体 に引 き継 が れ,カ ビル

ドが これ を管 理 す る こ と とされ た。 他 方 で カ ビル ドは,村 落 共 同体 内 で貢 租 と賦 役 を

徴 収 し,植 民地 当局 に 引 き渡 す こ とを 義務 付 け られ,こ の義 務 を果 た して い る か ぎ り

に おい て,植 民地 当局 は カ ビル ドに よる共 同 体 内部 で の 自治 に は干 渉 しない こ と と さ

れ た 。 また,村 落 共 同体 の権 利 が侵 され る よ うな場 合 に は,カ ビル ドが 共 同 体 を 法 的

に代 表 し,訴 訟 を起 こす 。 共 同体 の 内部 で は,カ ビル ドが 共 同 体 全体 に 関わ る公 共 的

な活 動 を 統 括 し,必 要 に 応 じて 成 員 に対 して 労 役 を課 し,市 場 や教 会,水 の供 給 や 道

路 の整 備 とい った 日常 的 な管 理 業務 を行 った 。また,共 同 体 内部 で の治 安 維 持 の た め,

カ ビル ドには 警 察 ・司法 権 が 認 め られ て いた 。 カ ビル ドの機 能 は 世 俗 的 な行 政 問 題 に

と ど ま らなか った 。 カ ト リッ クの ミサや 祭 礼 へ の出 席,宗 教 上 の義 務 の遵 守 を チ ェ ッ

クす る役職 者 も,カ ビル ドに は置 か れ て い た の であ る。 カ ビル ドの こ う した活 動 の財

政 的 基 盤 と して,共 同 体 金庫 とい う制 度 が導 入 され,ス ペ イ ン王室 に対 す る貢 租 とは

参照

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