都市の自然環境論
2 ! >
都市研究報告6
0 , 1975
都 市 の 自 然 環 境 論
一一東京の大震火災問題を中心に一一
中 野 尊 正
自
1
まえがき...・H・−−…...・H・.....・H・−−…...・H・−−…...・H・・ ・ 2 5 2
浜田の業績・H・H・H・H・.....・H・・・・・・・H・.....・H・−−………25 3
大震火災の被害想定…...・H・...・H・・・・・・・・・・H・...・H・・ ・ 2 7
1 .
ま え が き都市の自然環境論一一東京の震災問題を中心に一一
(都市研究報告5
6 , 1 9 7 5 , p. 3 7 〜 5 3
)において,震災 問題の全般を概観し,大震火災が対策の第一重点として 取上げられていること,このことについて多くの試みが なされていることを展望した。ここには,東京の大震火 災問題について精力的に活動した浜田稔の業績を紹介し つつ,極力,浜田の作成した資料を再編利用して,大震 火災問題を中心に,東京を例とした都市の自然環境論の 方法論的整理をおこないたい。河角 庚(前東京都防災会議地震部会長,
1 9 7 2
年12
月1 2
日没)と協力して,浜田稔(前地震部会専問委員,1 9 7 4
年12
月3 0
日没)が東京の大震火災問題に力をつくし たことは,世人の震災問題への関心を高めたうえで高く 評価されているところである。しかしその考え方が体系 的に紹介されているわけではないので,まず浜田の業績 からのべることとしたし、。2 .
浜 田 の 業 績浜田の業績の第1は, 「本造家屋の火災は温度は高い が高温の継続時聞が短いから,延焼を防ぐだけなら屋根 不燃とともに,外壁モノレタル塗りでよいという考えか ら防火木造を提唱(昭和1
2
年〕した」ことである。こ の方法は「きわめてわずかな建築費の増額で延焼を防ぐ というのがなによりの特長であり,集団緩燃化の効果を ねらったもので純木造市街地の危険を回避するのにひじように適したものであった。」
「 」内の引用文は浜田のまとめた「東京大震火災へ の対応一一主として現状および将来の避難計画一一」
次
4
都市構造とその耐火性の向上…...・H・...・H・....・H・・ ・ 3 3 5
震災被害想定一一対策考察の前提として…....・H・・ 4 2 6
あとがき一一避難は対策として有効か?一一…・・ 4 5
(日本損害保険協会 昭和
49
年3
月3 6 7
頁」からのも のである。みずから認めるように,効果の期待できる方 法であったし,法的にも昭和14
年に初めて防空建築規則 に取り上げられた。しかし, 「新築への適用だから密集 市街地の更生にはほとんど寄与せず,かつ適用地域が指 定制で郊外への市域の発展地域には指定が行なわれなか ったのでこれまた効果はなしまた防空防火上,防火改 修も企てられたがきわめてわずか」であった。技術的に は有効性を認めても,行政施策を通じて広域的に防火木 造が普及,定着しなかったことに今日の問題の一つがあ ることを示している。東京の住宅地等に意外に裸木造家 屋が限につくことを経験された方も多いと思うが,ある 延焼シミュレーシヨンでは東京西部の地域が野放し延焼 になれば,一面の焼野原と化するという。広域が防火木 造化してはじめて効果を発揮する方法であるが,次第に 普及してきたので,さらに耐火建築の普及に努力すべき であると浜田はのべている。耐火造がひじように増加してきたことは,昭和3
3
年か らのわが国の経済成長の波にのるとともに,多年にわた る各方面の不燃化の努力が実を結んできたものだと浜田 は考えている。しかし,昭和42年末で木造:非木造は,7 0 . 5: 2 9 . 5
で,東京都23
区が木造都市であることを指摘 している。昭和48
年度調査結果を図示した東京消防庁の 資料も,周辺部に木造家屋の密集していることを示して いる。また浜田は,耐火造が都市内では繁華街に偏して いるし,一般に木造と混在していることは延焼P
スタが 大きいので,今後いっそう質のよい防火蓄積にはげまな ければならないといっている。この点に関連して浜田は 木造建築物量の今後の推移を表1
のとおり示している。この表は,周辺部では昭和4
5
年実績にくらべてさらに木26
都 市 研 究 報 告 第58 〜 6 2
号 表1
昭和45年実績を1 0 0
とする木造建築物量比の今後の推移(浜田,
1 9 7 4
単純化)計 計 一 回 央 総 総 一 都 一 代 京 区 一 東 お 一 千 中 部︑
υ
都
港
108.1%
9 8 . 7
26.9 7 3 . 7
I
7 9 , 2
昭和65年
(推定)
1 0 2 . 7%
7 8 . 1
4 6 . 1 3 6 . 1
新 副都心部l渋
文 中 間 部
l 豊
l
台下 町 部
I :
仁2
ロ ロ
荒 目
宿
l
谷 i
75.6 88.1
1 2 . 5 5 1 .
l50.6 56.6 68.9 74.4
22.6 1 7 . 2 7 . 1 2 1 . 8
周 辺 部 大 世 田 谷 中 杉
板 練 足 葛
江 戸 川 北
京
87.0 90.6 96.8 97.4
67.3 1 5 1 . 0 1 1 2 . 1 1 2 9 . 6 1 1 3 . 7
62.8 1 1 6 . 8 1 3 1 . 6 1 2 8 . 6 1 0 3 . 8
J l l
76.6 76.3 7 2 . 3 7 8 . 7
造建築物量がふえる地域の広いこと,中間部では昭和5
5
年推定で45年と大差のないこと,下町部や新宿では著しく減少すること,千代田では木造建築物が消滅すること を示している。このうち,周辺部について浜田は, 「現 在では,広い空地で,避難地に好適と思われるところが
回
96.8 125.9 l l O . 8 l l 7 . 0
橋 馬
1 0 9 . 6 9 4 . 1
立
l l 3 . 9 1 1 9 . 9 1 1 9 . 6 1 1 1 . 2
飾あっても,今後どんどん木造に侵蝕される。そして無策 であるとそのときになって避難地難にあえぐことになる だろう。今日の優れた施策のみが明日の安全を与えるの である」とのべている。浜田の指摘をまつまでもなく,
周辺部の多くは,関東大震災以降,とくに昭和3
0
年後半 から今日までtこ全面的にスブロール化して今日の状況を つくりだしてしまったものである。非木造の防火性能が より高い建築物が繁華街やCB D
を中心に増大したこと はたしかであるが,何1 0
倍もの広大な面積が延焼危険の 大きな地域になってしまったこともまたたしかなのであ る。浜田の防火木造の提唱は高く評価できる業績である が,点としての防火木造を面にひろげるということにつ いては,結果として行政的には「無策」のまま今日に至 っているといわざるをえなし、。
浜田の業績の第
2として,大震火災の被害の検討をあ
げることができょう。この仕事は東京消防庁火災予防対 策委員会(委員長故内田祥三)において浜田が地震関 係小委員長として,河角の協力をえてまとめたものであ る。 「東京都の大震火災の被害の検討J
という報告とし て,昭和36
年に公表されているし,同じ名称の報告とし て,昭和42年に補訂,公表されている。この内容につい ては後述するが,これらの報告と河角の69
年周期説が,東京の震災対策の原動力となったことは否定できない。
地震災害は時たま発生するにすぎないので,防災行政に よくみられる後おい行政では対応できない。予測,想定 が何等かの科学的根拠によって示され,それをある種の よりどころとして施策を考えざるをえなし、。
69
年周期説 にしても,大震火災の被害想定にしても,科学的には批 判はあっても,行政当局が時間とのたたかいのなかで,行政行為のよりどころとして利用したことは,他にかわ るべき根拠が示されなかった以上,当然のことであろ う。
浜田の業績の第
3
は東京都防災会議地震部会を中心と する一連の避難に関する調査研究である。地震火災から 人命を救う道が避難と避難してきた人々を収容する避難 場所の確保にあることを力説し,東京都への具体案を提 示し,その実現のために努力されたことはよく知られて いることである。改善を要する点など数多く指摘されて いるし,その維持,確保が容易でないことも事実である が,現実的には浜田案を基礎にして行政がおこなわれて いる。以上
3
点のほかにも挙げるべき業績はあろうが,この 小論との関連からそれらにはふれなし、。浜田が震災問題 とくに大震火災問題に深くかかわった根底には,他の震 災問題の専門家と同様,関東大震災の被害をつぶさにみ た体験がきいている。浜田は明治35
年3
月30
日大阪市ι
生まれ,関東大震災当時は東京帝国大学工学部建築学科
都市の自然環境諭
27
の学生であり,大正14
年3
月卒業後も,内田祥三の直弟子として防災建築の研究に専念した。昭和2年4月には 助教授,同
5
年1
月に工学博士の学位を授与され,同15
年1
月には教授に昇進し,同37年3
月停年退官後は東京 理科大学教授として没年まで,防災の研究と教育にあた った。政府や自治体の各種委員会等で活躍し,昭和46
年 9月には内閣総理大臣より防災功労賞をうけ,同48年5 月には日本建築学会大賞を「都市防災における火災工学 の発展に対する貢献」によって授与されている。内田,河角,浜悶と相ついで死亡したため,東京防災の支柱は 今ややせ細った感がある。
3 .
大震火災の彼害想定浜田の「東京大震火災への対応一一主として現状およ び将来の避難計画一一」によると,東京消防庁火災予防 対策委員会は昭和
3 0
年に設置され,部外の専門家を加え て活動L
ていたが, 34年から東京都の大震火災被害の検 討を開始した。その推定結果はこの種の問題を扱った第 1号であり,それ自身の意義はもとより,また関連の研 究や調査を引き出す契機ともなり,きわめて有意義であ ったと自認している。直接的には東京都防災会議地震部 会と国の消防審議会の被害推定へと活用され,防災対策 の根拠となったことをさすものである。火災予防対策委員会の推定は,地震の強さを関東大震 災の程度とし,冬の夕食時,
3 .5m/s
の東京の年間平均 風速程度の風という条件で,全出火件数6 5 1 ,
消火不能 件数1 2 2
(ともに昭和36
年),全出火件数7 3 2 ,
消火不 能件数1 4 7
(ともに42
年)を考え,その多くが下町地域 に分布しているという結果を出している。この結果をさ らに検討した「東京都の大震火災の様相について」 (都 防災会議地震部会の第1
次答申 昭和42年6月1 6
日)の なかでは,冬の夕食時以外に,夏・冬の早朝および夏の 夕食時についても検討している。のちの第4
次答申(昭 和47年7
月25
日)では8 . Om/s
,一部12m/s
の場合につ いて検討している。これらの結果では,下町地域が広く 焼失する可能性のあることを示している。消防審議会(会長伊能芳雄)が昭和4
5
年3
月に答申 した「東京地方(関東地方南部〉に大地震が発生した場 合,とるべき方策について」では,昭和42年3
月の火災 予防対策委員会の報告の考え方や内容がほとんどそのまま取入れられている。
このことは,国も地方自治体も,河角・浜田の考えを 地震火災対策の基礎として重視したことを意味するとも いえる。これらを通じてとられた基礎条件は下記のとお
りである。
a .
モデル地震として関東大地震( 1 9 2 3
)を考える。b.
発生時刻として火気使用の多い季節,時間帯を考 える。C
,木造家屋の倒壊率は沖積層の厚さと関係する。d.
木造家屋の倒壊率は出火率,延焼火災率へと関連 する。飛火は考慮しない。e .
木造家屋の地域別倒壊率は関東大地震時にくら べ,建物の改良によって小さくなる(25%減)。f.延焼火災は風速と建物混成状況に支配される。
g,木造家屋の棟数は課税台帳により,必要な補正を 加える。
h.耐震耐火建物の構造的破壊は考慮しない。
i.都民の初期消火率を60,%とみなす。
i .
工場,自動車等の火気からの出火は考えない。k.野放し延焼に対しては避難しか方法がない。
I.避難は計画的におこなう。
m.
全員避難できるスペースを考える。n .
地震水害は考えていない。以上の各項についての説明はさけるが,若干の備考的 なコメントが必要であろう。
①沖積層の厚さに関するデータには物理的配慮はされ ていなし、。また,この考え方をとると洪積台地上では倒 濠率は
O
になる。②示された倒壊率は全潰率である。
③課税台帳の木造家屋棟数には非課税分は含まれない し,集合住宅の場合には一棟とされ,属人的な性格をも っ被害の予測上では若干の補正が必要であり,住宅数,
世帯数などにも注目する必要がある。しかし火災の性状 に限定すれば補正するまでもない。
④非木造の構造的破壊はないわけではない。
⑤自動車,工場等からの出火は絶無とはいえないが,
自動車火災についてはのちに実験をおこなって出火危険 が小さいこと,タンクローリー車でも同様であることを 証明している。
しかし,筆者は工場等とくに中小工場等からの出火は 考えるべきだと考えている。また,飛火も考えるべきだ し,倒壊率を25%減にして考えるのは,
2
階建,それも つぎたし2
階建がふえたり,白アリの害がふえている現 状では疑問がある。全員避難のためのスペースを考えることはよいが,避難場所の安全性,私有地を含む点で維 持管理に疑問が残る。
以下,これらの諸点のうち,重要なものについて議論 しておきたい。
表
2
は関東大震災時の埼玉県下の被害例を示す。鴻玉 県下には地震火災による被害が発生しなかったし,震度 も東京より少し小さいので,焼失区域の広かった東京の 被災地における木造建物の地震動被害を考えるのに好都 合だからである。表3,表 4に河角,浜田が火災予防委 員会に提出し,計算の基礎に使用された数値を示す。河角が提示し,浜田が出火延焼の想定の根拠とした全
第5
8 〜 6 2
号図1 延焼時間と焼失面積,人口密度1万人/
2 k m iの
場合の被災人口。 (実線のうち,1 4 7
件の場合は 浜田,他は中野)都市研究報告
3 0 0
万人間 恥
楓 鍵 役 人 ロ 闇
寸お延焼拡大火災になると,建物の構造,地域構造,気象条 件などが延焼速度を左右することはこれまでもよく研究 されているところであり,その東京における体系的調査 研究は浜田によってすすめられた。焼け止まるまで延焼 をつづけるので,同じ気象条件下では,出火点の数が多 ければそれだけ早く延焼面積が大となる。浜田の研究結 果を示すと図
1
のとおりである。図l
には概念的に3 0 0
火点,6 0 0
火点,卯O
火点、の場合を合せ示してある。建築 物からみて不燃性の高い地域一ーたとえば千代田,中央 の両区一ーが延焼をまぬがれるとしても,9 0 0
火点で全 域がほぼ焼失するのに25
時間前後,また台地上では全く 延焼火災がないとしても,1 0 〜 20
時間で谷底や低地地域 が焼失するということになる。野放し延焼状態にしない こと,出火源対策,消防対策が如何に重要であるかは明 らかである。また,焼失に関する被害推定には2
3
区の始の57 .7 1 r : ! / , ,
約60 k m 2
についてのデータを用意すれば,さまざまなケ ースが概算できるが,6 0 k m 2
の焼失には鋭治延焼火点の 場合で3
時間40
分位,6 0 0
延焼火点の場合で約5
時間,3 0 0延焼火点で約 8
時間,このことによって家財を失な う人は約1 .5
万人X60km?
=約90万人,火点数が多いほ ど避難が困難となり,避難にともなう死傷者が増大する ことになる。また,6 0 0
火点によって2 4 0
加2
がやけると なると約3 6 0
万人が家財を失なうなどの悲惨な被害が17
時間程度で発生することにもなる。住宅数で約1 1 3
万, 建物棟数で約1 0 0
万棟の焼失である。1
棟平均2 0 0
万円 の損失としても2
兆円,3 0 0
万円として3
兆円,5 0 0
万円 として5
兆円の損害ということになる。1
時間数1 ,0 0 0
億円の損失でもある。現状では野放し延焼火点数の如何が大震火災を左右す
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i
員率は当時の市域について2.03%である。低地部のみの 旧区では0. 1 7 〜 5.93%
の幅があり,台地と低地の入りま じる地域では0. 1 2 〜 2.41%
で,低地部のみの地域より低 率である。この値は表2
に示す埼玉県全域の全潰率5. 8 2
%,半潰率4
.75%
にくらべてはるかに小さく,低地部の みの郡,たとえば南埼玉郡の全潰率1 0 . 4 5
%,北葛飾郡 の8.80%よりも小さい。埼玉県下の町村について詳しく みると,低地部のみに立地する戸田村の全潰住家率19 . 8 6
%,非住家を含む全潰率3
3 .1%.
Jll口町の同じく1 4 . 9 2
%, 24.4%
,芝村の23.29%, 55.8%,草加町の11 .96%
15.6%
,粕壁町の1 7 .7 0 %. 2 5 . 9%
と,何れもきわめて 高い値を示す。主として台地部をしめる浦和町では0. 9 9
%. 1.3%
,志木村の0.1%, 0.1%,大宮町の0.07%な どは東京地域のそれとよく符合する。低地部であっても 鳩ケ谷町の2.01%, 2. 9%
,越ヶ谷町の2.85%, 4.4%, 北部の加須町のo . 235%, 1 . 2%
など比較的低い値を示すものもある。
このようにみてくると,旧東京市の平均全潰率2.03%
は再検討が必要ではないかと考えられる。なお,河角に よれば震度Iは東京で
6 . 6
,浦和で6 . 4
,千葉で6 . 2
,横 浜7 . 3
,川崎7 . 1 .
鎌倉7 . 6
である。また,埼玉県下で は全潰率を大にする特別の条件があったかどうか,同じ ような条件は東京になかったのかどうかも検討が必要で あろう。こうした条件の1
っとして考えられるのは砂地 盤の液状化である。程度の強弱はあれ,東京の低地部で は広く液状化の可能性が知られていることは別稿でのベ た。振動解析理論にしたがって計算された梅村の報告で は,倒壊率(全壊棟数十%半壊棟数の全棟数に対する比 率)は低地部で10%をこえる地域が広い。現2
3
区平均で みても6 〜 7 %
程度と考えられる。嶋の予想震度図を基 に試算しても損壊率にして5. 5 〜 8.5%
程度である。木造家屋の倒壊が出火率に関係すると考える考え方で は倒壊率の如何が推定出火件数を支配するし,大震火災 の推定を左右することになる。また,課税対象木造家屋 の棟数では,震災時の火気使用設備数にくらべてはるか に少ない数となり,使用中の火気数の想定値から推定す る出火件数とも合致しなくなる。さらにまた,木造家屋 の倒壊率と出火率との相関は低く,より偶然的な条件に 左右されるという考えもある。これらの諸点を考える と,大震火災の出発点となる出火メカニズムについて は,さらに基礎的な研究が必要というべきであろう。と はいえ,出火要因のないところには出火は考えられない ので,出火要因の地域分布を基礎にして出火源を設定す ることはできょう。出火要因は木造家屋内の火気使用設 備以外にも多数あることは常識的にもよく知られている
ところである。
出火源が何であれ,消防活動によっても消火しえない
2 8
2
凹I O C
日 開 矢 面 渦
都市の自然環境諭
29
表2
関東大震災時の埼玉県下の被害例(震災予防調査会報告より〉 ( )内は非住家を含む。玉 全 戸 数 | 全 潰 住 家 全壊非住家 百 分 率
1
半 潰 住 家 | 半 壊 非 住 家 | 百 分 率 北 足 立 郡 !山2 , 0 7 6 i 7 . 1 9 1 , 8 1 7
!1284 7 . 3 0
川 越 市
5 , 4 5 2 20 I 5 o . 3 1 C o . 5 ) 2 1 o . 06
入 間 郡 |1 9 , 2 2 9 1 6 3
I2 3 3 2 . 0 6 1 4 2 440 3 . 03
比 企 郡l 6 , 7 4 0 1 3 2
加 叩1 8 1 1 7 1 3
・九秩 父 郡 1
1 9 5 1 I ‑ 0 5 1
一 | ‑ Io o
児 玉 郡 印6 ‑
I5 o 1 3 ‑ ,
ー0 0
大 里 郡 川s 2 9 21 o . 2 2 1
I1 2 0 ・ 1 2 2 7 , 2 0 7 2 9 2 3 3 2 2 . 29 3 6 1 I 5 2 8 3 . 27
南 埼 玉 郡2 3 , 0 1 4 1 , 3 1 4
1,0 9 6 1 0 . 4 5 7 6 6
!628 6 . 06
北 葛 飾 郡 山5 1 8 5 2 5 0 0 8
鉛7 5 1
I 側8 . 0 5
総 計1
即29 4 , 7 5 2
I 山5 . 8 2 4,027
日0 4 . 7 5
一 一 一 一 一 一 一 一 一 一
町村の例
浦 和 町
2 , 6 5 6 2 6 8 o . 9 8 7 ( 1 . 3 ) 1 6 5 o . 8
ワ ラ ビ 町1 , 1 2 5 7 7 5 7 6 . 8 4 ( 1 1 . 9 ) 7 1 4 5 1 0 . 3
戸 田 村799 1 2 9 1 3 5 1 9 . 8 6 ( 3 3 . 1 ) 1 2 8 1 0 9 2 9 . 7
芝 村5 8 0 1 3 2 1 9 2 2 3 . 2 9 ( 5 5 . 8 ) 9 5 5 5 2 5 . 8
志 木 村7 1 2 1 ‑ 0 . 1 ( 0 . 1 ) 1 一 0 . 1
白 子 村4 8 4 1 1 0 . 2 ( 0 . 4
〕一 一 0 . 0
鳩 ヶ 谷 町1 , 1 9 3 2 4 1 1 2 . 0 1 ( 2 . 9 ) 5 3 2 3 . 1
草 加 町1 , 053 1 2 6 38 1 1 . 9 6 ( 1 5 . 6 ) 42 9 4 . 9
野 田 村4 3 5 2 4 1 8 5 . 5 2 ( 9 . 2 ) ‑ 5 1 . 2
川 口 町3 , 2 7 3 488 3 1 1 1 4 . 9 2 ( 2 4 . 4 ) 649 7 1 2 2 . 0
大 宮 町4 , 020 3 6 0 . 0 7 4 ( 0 . 2 ) 1 1 o . 5
上 尾 町7 0 3 1 7 o . 1 4 2 ( 1 . 1 ) ‑ 5 o . 7
吹 上 村5 0 5 4 2 0 . 7 9 ( 1 . 2 ) 2 ー 0 . 4
熊 谷 町4 , 3 3 0
ー2 0 . 0 ( 0 . 0 5
〕1 ‑ 0 . 0 2
妻 沼 町6 9 2 ‑ 1 o . 0 ( 0 . 1 ) 一 一 0 . 0
加 須 町850 2 8 o . 2 3 5 ( 1 . 2 ) 1 ‑ o . 1
岩 槻 町1 , 4 0 7 5 8 2 6 5 . 3 6 ( 5 . 9 ) 1 8 7 1 . 8
粕 壁 町1 , 1 8 0 2 0 9 96 1 7 . 7 0 ( 2 5 . 9 ) 2 0 6 1 3 5 2 9 . 0
越 ヶ 谷 町630 1 8 1 0 2 . 8 5 ( 4 . 4
〕5 8 42 1 6 . 0
吉 川 町9 2 2 46 3 7 4 . 9 7 ( 9 . O ) 7 6 3 5 1 2 . 1
第58~62~}
河角が被害想定の基礎にした諸数値
人 口 | 棟 数
(大1
1 .1 1 . 3 1 ) I c
大10 .1 2 . 3 1
〕 都市研究報告3 0
表
3
百 分 率 % 延面積(坪) 全潰家数
! 区 日 区 新
3 . 0 9 409
1 3 , 2 3 6 6 0 3 , 9 3 3
1 6 , 0 7 1 6 3 , 5 6 3
麹 町
2 . 5 8 1 , 2 6 2
4 8 , 8 7 6 4 7 7 , 2 5 9
2 3 , 0 0 4 1 6 9 , 1 3 6
回神 代 国
千
1 , 0 8 1 , 1 9 2 3 9 , 0 7 5
2 3 2 , 6 9 9
計0 . 3 2 8 2
2 6 , 0 7 7 6 4 1 , 6 0 2
2 6 , 5 7 4 1 5 2 , 9 0 2
0 . 1 7 8 6
5 0 , 7 4 9 6 7 8 , 3 2 9
1 , 3 1 9 , 9 3 1 2 6 , 3 3 2
5 2 , 9 0 6 1 5 9 , 9 9 2
3 1 2 , 8 9 4
橋計 央 京
中
0 . 8 1 7 3 3 , 0 8 3
3 1 , 3 8 2 2 1 7 , 4 4 1
芝
2 . 4 1 2 5 , 7 5 5
4 4 2 , 6 1 3 1 5 , 118
9 6 , 2 3 5
麻 布1 . 2 0 1 8 8
1 5 , 7 0 8 2 8 5 , 6 0 6
1 2 , 2 5 7 69,897
赤 坂 港
1 , 4 6 1 , 3 0 2 5 8 , 7 5 7
3 8 3 , 5 7 3
計0 . 2 4 48
2 0 , 5 4 5 2 5 3 , 4 9 9
1 2 , 0 6 2 8 4 , 8 5 5
谷 四
0 . 1 2 2 4 7
3 4 , 5 1 3 5 0 1 , 8 4 5
2 0 , 7 9 5
牛 込宿 新
7 5 5 , 3 4 4 3 2 , 8 5 7
計
0 . 3 0 1 4 4
48,637 5 1 2 , 7 3 6
小石川
0 . 3 9
… I 3 4 . 4 6 8 I 臼5 ,1 0 1 I 7 4
|湖 ω
|
川 ん
3 0 [_--~90, 770- ~l-- 49~04~ I -~ム|
l
山1 6 I … I 1 2 , 9 9 5 I
2 . 7 3 1 . 2 4
5 . 9 3 1 4 9
3 8 , 6 3 3 5 3 4 , 8 3 3
l,
0 4 7 , 5 6 9 7 4 0 , 5 3 3 2 2 , 5 2 8
46,743 3 1 , 3 8 1 3 4 , 6 2 2 6 6 , 0 0 3 1 4 9 , 1 9 4
3 2 6 , 2 8 5
下谷|
墨
2 9 0 , 8 1 7 5 0 7 , 7 7 8 2 1 6 , 9 6 1
郷草
所
計
計 本
浅
本 京
東
回
文
ぷ 品 、 E ヨ
4 . 2 1
)
||
深 江 東
2 . 0 3
る。十勝沖地震のあと,高山その他が十和田市について調査した結果て、は,石油ストーブは使用中のものが総数 の
15.8%
に当る9 3 6 i
固,うち出火したのは使用中のもの の0 . 9 5 . %
に当る9
個,すべて消火されたという。この結 果を昭和43
年1 2
月の東京2 3
区の石油ストーブ数 (1世帯1
個として)3 , 1 6 7 , 3 9 1
台,7 0
qぎが冬の夕食時に使用中 として2 2 1
万台,十和田市と同じ出火率とすると2 1 , 2 0 0
件の出火になるという。これが十和田市の1 7 1
]のように4/9
を自力消火するとして,残り1 1 , 7 7 8
を消防隊が消火 できるかどうかは疑問であり,これを契機として石油ストーフの問題が大きくとりあげられたという。
そのーっとして石油ストーブの振動出火実験がおこな われた。結論をいえば,石油ストーブは家が倒れない限 り出火をなくし,または消火し得ることが明らかになっ た。浜田は「問題は倒壊時にあり,倒嬢までを考える と,自動消火式の普及を急がねばならなL、」といってい
3 5 8 , 4 3 9
2 , 4 7 8 , 2 3 3
総 計都市の自然環境諭
3 1
竺~_I
871‑$%
I c噛~k〕ふふ-J~~;~ I Jl附~I~ 火焼 l 点計1 5 9 I
i.20 i
附 ) 10 .
附4 5
〕I 3 I 1 c s) I 6 0 4
!1 . 2 1
i1 0 ( 0
〕i 0 . 2 0
〔仏20
〕2
i1 0 ( 2
〕!3
悌 I1 . 1 8
i2 ( 2
〕0
阪0 )
! ‑i 2(3
〕I2
~l_ 0 , , : ・co) ! 0 . 1 6 ( 0 1 6 )
I , !3 ( , ~J 1 0
お
6 I o.ηI 8 ( 2) I o . 1 6 ( 0 . 1 2 )
!7 I 2 ( 2) I 9 2 7 9 I 1 . 0 8
I1(0)
Io
倒(0.
伯〕i 1
I ー(3)
I1
い 1 1 7 0 . 7 5
7 4 9 2 , 0 8 4
る。この結論は石油ストーブに問題があるのではなく,
使用する人,使用法や使用する建物に問題があるという ことにもなる。 「使う人やその人の住む家」とし寸前提 があってはじめて石油ストープが存在するということを 全く逆にとらえているともいえる。人間が,倒壊するこ ともあるかもしれない建物のなかに住んでいるといった 火災につながりやすい漂境のなかで石油ストープを使用 する以上,使用者の注意以上に石油ストーブそのもの
1 0 1 2
0 . 2 5 ( 0 . 2 5
〕1 4
1
1 ( 0) 5
1 0
が,危険地域内での使用禁止,制限など出火源対策の一 環として取上げられるべきであろう。石油ストーブの性 能改善の一部は東京都火災予防条例施行規則(昭和4
8
年7
月1日から実施〕および JI S
の改正(昭和47年9
月1日〕によっておこなわれ,昭和5 4
年には全部自動消火 式の新器種に更新されることになっている。 し た が っ て,自動消火式石油ストープの性能に問題の重点がうつ ることになるO
その感震装置は周期0. 3 〜 0 .7
秒の範囲の3 2
都 市 研 究 報 告 第58 〜 6 2
号 表4
浜田が被害想定の基礎にした諸数値(⑨,⑮は中野による)① ! ② ! ③
1
④I l
木 造 建 築 物 |倒 壊 率 | 修 正 倒 壊 率
%1
棟 数 | 倒 壊 棟 数 千 代 田p hυ
凸
H d A U n w u o o h U 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 6 0 0
A U
A h υ
ハ
U
司A n u n U A U n v n u n U A U n v
中 央
港 品 川田
大 目
黒 世 田 谷 渋 谷
新 中 杉 文 豊
宿 野 並 京 島
j
ヒ 1 . 0 0 . 9
板練 台 荒 足 墨 江 葛 江
橋 馬 東 川 立 回 東 飾 川
I
3 . 0
O O A U A
リハ
U t i q ο
1 . 5 5 . 5 8.0 2 . 0
戸
0 . 6 8 0 . 7 5 0 . 6 8 0 . 6 4 0 . 7 5 0 . 6 0 0 . 6 0 0 . 6 0 0 . 6 0 0 . 6 0 0 . 6 0 0 . 6 0 0 . 6 0 0 . 7 5 0 . 6 8 0 . 6 0 0 . 7 5 2 . 2 5 1 . 1 3 4 . 1 3 6 . 0 0 1 . 6 0 2 . 2 5
⑤ 関 東 地 震 時 換算出火率%
1 7 , 9 7 7 2 4 , 1 7 9 4 5 , 5 5 9 8 0 , 0 8 5 1 4 0 , 9 4 8 5 7 , 1 3 4 1 3 6 , 1 0 6 5 1 , 7 2 9 7 3 , 4 2 5 6 7 , 9 6 3 1 0 1 , 7 4 9 4 5 , 1 4 5 6 7 , 1 7 6 7 9 , 6 3 2 88,877 8 0 , 9 6 4 5 2 , 3 9 3 5 6 , 5 3 4 9 6 , 4 6 9 6 0 , 5 6 7 64,279 8 8 , 0 9 8 8 1 , 6 8 6
1 2 2 1 8 1
o . 0 1 1 0 . 0 1 2
o . 0 1 1 0 . 0 1 1 0 . 0 1 2 0.010 0.010
o . 010 0 . 0 1 0 0 . 0 1 0 0.010
o . 010 0.010 0 . 0 1 2
o . 0 1 1 3 1 0
5 4 5 l , 057 3 4 3 817 3 1 0 4 4 1
a u n u
i
O 1 7
a
性n O
のL
403 5 9 7 6 0 4 486 3 9 3
o . 0 1 0 0.012 0 . 0 2 8 0 . 0 1 7 0.044 0.059 0 . 0 2 1 0 . 0 2 8 1 , 2 7 2
1 , 0 9 0 2 , 5 0 1 3 , 8 5 7 1 , 4 1 0 1 , 8 3 8
計I -~I- 1
ふ可−−−−-~… i
振動の加速度が
1 5 0
カツレ以下でt工作動せず,2 0 0カ
ツレで、 は作動すること,また,移動式では2 0 0
カeノレ以下で 動せず,3 0 0
ガノレで、は作動することになっている。下限 値の高い移動式に問題が残りそうである。大震火災の被害から都市を守るためには,個々の建物 は勿論都市としての不燃性体質の強化が必要なことは誰 しも同感するところである。①建物の不燃化,②広い道 路の建設,③空地の拡大,④不燃街区の形成,⑤消防力 の増強,⑥出火源対策の強化等がし、われている。①〜④ は建築,都市計画関係者が熱心に説き,都市構造の改
善,都市改造という形で政策化されている。⑤は①〜④ におされている感があるし,⑥は規制等の処置はとられ ているが充分ではなく,大震火災の危険が高いと考えら れている。①〜④には莫大な経費と時聞がかかるので,
また⑥には経済・産業との関係があって抵抗が強いこと もあるので,差当り⑤の消防力の強化が必要と考えられ ている。それも,自力消火を強化する方向が不可欠と考 えられている。
都市の自然環境論
3 3
平物均火平災時⑥出年火率間建% 社会事⑦情修の変率化%
に 伴 う 正 夏出季火昼⑧件食時数
2 . 6 4 2 5 . 2 0 . 5 6 2 . 2 0 9 6 . 4 0 . 3 6 1 . 420 7 . 1 0 . 2 7 1 . 0 6 5 9 . 4 0 . 2 5 0 . 9 8 6 1 6 . 7 0 . 2 2 0 . 8 6 8 5 . 0 0 . 2 0 0 . 7 8 9 1 0 . 7 0 . 2 7 1 . 0 6 5 5 . 5 0 . 3 0 1 . 1 8 2 8 . 7 0 . 2 0 0 . 7 8 9 5 . 4 0 . 1 9 0 . 7 4 9 7 . 6 0 . 2 5 0 . 9 8 6 4 . 5 0 . 2 6 1 . 0 2 5 6 . 9 0 . 2 3 0 . 9 0 7 8 . 7 0 . 2 7 1 . 0 6 5 1 0 . 4 0 . 2 2 0 . 8 6 8 7 . 0 0 . 3 6 1 . 4 2 0 8.9 0 . 3 3 1 . 3 0 6 2 0 . 7 0.27 1 . 0 6 5 1 7 . 5 0 . 3 0 1 . 1 8 3 3 1 . 5 0 . 3 4 1 . 3 4 1 5 0 . 9 0 . 2 5 0 . 9 8 6 1 8 . 2 0 . 2 4
i0 . 9 4 7 2 1 . 7
4 .
都市構造とその耐火性の向上上記①〜④に示される都市構造の耐震耐火性を向上さ せることは,地震火災の対策にとって超長期の目標であ ることは誰しも否定しなし、。とくに木造家屋が密集し,
過去に大火の経験の多い東京ではその当否は問うまでも ないであろう。全体としては耐火建物は増大している が,一方木造家屋も広域化して,問題は解決がついてい ない。別に稿をあらためて土地利用問題の一環として論 ずるので,ここでは大震火災問題との関連において,問
⑨ ⑩
k叫当り出火件数 倒出壊火棟数件当数り
5 . 2 / 1 1 . 5=0. 4 5 0 . 0 4 3 6 . 4 / 1 0 . O=O. 6 4 0 . 0 3 5 7.1/19.1=0. 3 7 0 . 0 2 3 9 . 4 / 1 5 . 8=0. 5 9 0 . 0 1 7 1 6 . 7 / 4 1 . 7=0. 40 0 . 0 1 6 5 . 0 / 1 4 . 4=0. 3 5 0 . 0 1 5 1 0 . 7 / 5 7 . 8=0. 1 9 0 . 0 1 3 5 . 5 / 1 5 . l=O. 3 6 0 . 0 1 8 8 . 7/18.0=0.48 0 . 0 2 0 5 . 4 / 1 5 . 7=0. 3 4 0 . 0 1 3 7 . 6 / 3 3 . 5=0. 2 3 0 . 0 1 2 4.5/11.4=0.39 0 . 0 1 7 6.9/13.0=0.53 0 . 0 1 7 8 . 7/20.6=0.42 0 . 0 1 5 1 0 . 4 / 3 1 . 9=0. 3 3 0 . 0 1 7 7 . 0 / 4 7 . 0=0.15 0 . 0 1 4 8 . 9 / 1 0 . O=O. 89 0 . 0 2 3 2 0 . 7/10.3=2.0l 0 . 0 1 6 1 7 . 5 / 5 3 . 2=0. 3 3 0 . 0 1 6 3 1 . 5 / 1 3 . 9=2. 2 7 0 . 0 1 3 5 0 . 9 / 2 1 . 3=2. 3 9 0 . 0 1 3 1 8 . 2 / 3 3 . 9=0. 5 4 0 . 0 1 3 2 1 . 7 / 4 5 . 2=0. 4 8 0 . 0 1 2 0 . 5 2 0 . 0 1 5
題の所在を指摘する程度にとどめたい。
図
2
は,東京2 3
区の都市構造を,中高層化類型と市街 地化類型の組合せで示したものである。表5
は昭和45
年 の木造建築物の延面積の都,2 3
区計,各区面積に対する%を示す。課税対象の物件であるから,実数は若干多い かもしれなし、。木造建物棟数率を
4 1
年2
月28
日現在のも のに推定補正した値は表6
に示すとおりである。当時,木造棟数率がきわめて高い比率にあったことはたしかで ある。その後,中高層の非木造棟数はふえたとはいえ,
木造率をいちじるしく低下させるものではなかった。
3 4
都 市 研 究 報 告 第58 〜 6 2
号 表5
木造建物延面積率(昭和45
年) (浜田の改変)¥A
面積\.bi[s
延吋biB/A ¥ % 1 4 1
年%
|東京都 l ,
~., . , . ,
Ii
| 総 計 l "'"'・| |
2 3
区計;5 7 7 .o 9 I 1 1 1 . 5 1
I2 0 . 3 6 I 2 2 . 1 4
千代田:ー 1 引 1 3 . 引 1 5 . 5
中央'
1 0 .
出I 2 . 1 3 I 2 i . 1 9 i 2 3 . 4
港 ;1 9 .
必 I3 . 5 0
I1 7 . 9 7 i 2 2 . 0
都心部新 宿
1 8 . 0 4
副都心部|| 渋 谷
1 5 .1 1 i
巧
d F b
ワ ゐ ヴ4
39
お山山
お
︒ ︐ ヴ
お4
唱
i Q O
p h−
u q δ
l文 京
1 1 .4 4 3 . 4 3 I 2 9 . 9 8 I 3 2 . 3
:品川'.
1 6 . 2 4
中間部| !|目黒!
1 4 . 4 1 :
l豊 島 !
1 3 . 0 1 I
5 . 6 0
I3 4 . 4 8 i 3 8 . 5 4 . 0 4 I 2
泡.0 4 I 3 0 . 8 4 . 8 1 I 3 6 . 97 I 4 1 . 5
台東'1 0 . 0 0 4 . 1 2 4 1 . 2 0 ' 4 5 . 3
下町部墨 田 江 東 荒 川 | 大 田 世田谷 中 野 杉 並
7 4 2 6
F b Q d q d q υ
一
2 1 3 2
一
8 8 9 2 2 6 0 3
一
Z Z 1
.a
−
2 1 3 2
一
3 0 9 2
一 ハ U
句
A︒ ︒
︒ ︒
一
0 0 4 7
一 司
EA句lA
一
1A
旬
i q O 4 4 ハ U O O
弓 ︐
e R υ 一
5.8.5 1 4 5 1 3
1 3 . 8 2 ' 4 . 4 5 3 2 . 2 0 ' 3 3 . 5 2 8 . 8 8
!4 . 3 4 ! 1 5 . 0 3 i 2 1 . 9 3 . 7 4 3 6 . 1 7 I 3 8 . 9 1 0 . 3 4
j
ヒ I2 0 . 5 5 I 5 . 1 9
12 5 . 2 6 2 1 . 6
周辺部| | | |板 橋
I 3 1 . 9 0 I 5 . 8 5 I 1 8 . 3 4 1 9 . 4
練 馬I47.00I 5.831 1 2 . 4 0 ' 1 0 . 7
足 立葛 飾 江戸川
5 3 . 2 5 6 . 0 1 5 . 4 8 5 . 4 0
1 1 . 4 7
!1 1 . 9 1 6 . 1 7 I 1 6 . 4 1 1 . 9 8
I1 1 . 3 3 . 9 0
4 5 . 0 6
1 ) 4 1
年%は昭和41
年2
月28
日現在のものに公有建物 および未課税対策物を推定補正した木造建物延面積 率を示す。江東区については埋立空地を除いた面積 を用いている。2
〕 周辺部の41
年%の低いものは未宅地化の面積が大 きいためで、ある。3 ) 4 1 〜 4 5
年の建築ブームの期間に,木造建物延面積率は全体として若干低下したが,練馬,江戸川両区 は若干上首加している。
表
6
建築物棟数( 4 1
年2
月2
泡日現在に推定補正,浜田より改変)| 木 造 | 吋 | 計 |木造率 千代田|
1 1 . 9 1 1
I3 6 6 3 I
山中 央
I 2 4 , 1 7 9 I 5 , 4 1 3 I 2 9 , 5 9 2 I 8 1 . 7 1
港I 4 5 , 5 5 9 I 6 , 4 6 1 I 5 2 , 0 2 0 I 8 7 . 5 8
品 川8 0 , 0 8 5
1 4 0 , 9 4 8
3 , 6 9 1 6,079
83,776 1 4 7 , 0 2 7
大 田目 黒
I 5 7 , 1 3 4
世田谷|1 3 6 , 1 0 6
9 5 . 5 9 9 5 . 8 7
FhυFhd
ph un 4
R U
巧
d
nunU
4生 ヴ
dヴ
FD
可A
凸汐 凸M d n
汐phυqδ
噌E4
nU
唱
i
川 明 邸 内4 q t uηoausιτ Aazaun汐
1 4 7 9 9 9
0 0 0 o n u n u a u n汐
8 5 3
氏u n t n u
FD
巧d a u n汐 句
︒ 巧
︐
dヴ
4 a
告 の4
nU
唱
i
凋性
︐
︐
︐
Fhdaaτ唱E4
白 日
Fhυηδの
4 q L E O
ヴd
A
守 口
wd
唱
i q O
勾d
FD
月
d 氏
U谷 宿 野 渋 新 中
杉 並
I 1 0 1 , 7 4 9 2 , 2 3 6 I 1 0 3 , 9 8 5
文 京豊 島 北 板 橋 練 馬
1 , 8 1 6 4 6 , 9 6 1 6 9 , 0 1 9 8 2 , 7 0 3 9 2 , 8 1 4 8 2 , 3 4 1 4 5 , 1 4 5
6 7 , 1 7 6 7 9 , 6 3 2 8 8 , 8 7 7 8 0 , 9 6 4
l , 8 4 3 3 , 0 7 1 3 , 9 3 7
1,3 7 7
2 , 8 9 1 5 5 , 2 8 4 5 8 , 8 1 2 I 9 9 , 4 4 9
台 東5 2 , 3 9 3
!荒 川 足 立
5 6 , 5 3 4 2 , 2 7 8 9 6 , 4 6 9 2 , 9 8 0
9 7 . 8 5 9 6 . 1 4 9 7 . 3 6 9 6 . 2 9 9 5 . 7 6 98.33 9 4 . 7 7 9 6 . 1 3 9 7 .
。。墨 田