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(1)

個別観察を通した母語獲得過程について : 弱い連 続性仮説は日本語に当てはまるか、Kの観察から

著者 根本 貴行

雑誌名 英語英文学研究

巻 19

ページ 28‑43

発行年 2013‑10

出版者 東京家政大学人文学部英語コミュニケーション学科

URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009703/

(2)

個別観察を通した母語獲得過程について

−弱い連続性仮説は日本語に当てはまるか、Kの観察から−

根 本 貴 行

1. はじめに

母語獲得過程については、健常者であれば多少の時間的な誤差があるも のの、概ね一様の習得過程を経ることが観察されている。概略、生後3,

4か月あたりから口腔内でコンコンと音を鳴らしたり、アーウーと唸るよ うな音声を発する喃語の時期を迎え、1歳に近づく頃、単語を発するよう になる(一語期)。そして2歳前には、単語が二語続けて発せられる段階 を迎える(二語期)。この段階を過ぎ三語期を過ぎると、発せられる文が 爆発的に長くなる。また、文の長さが長くなるばかりでなく、文法的な発 達も一様であることが観察されている。例えば、Deprez and Pierce (1993) における観察では、英語母語話者の2歳から3歳にかけて、発話の 中で主語が欠落する現象を取り上げているが、こうした現象は成長ととも に次第に減少していく。同様に、英語の否定文の獲得程を見ても、2歳前 後で否定語を文頭に置く No I see truck.1 のような発話がみられるが、次 第に否定辞が文中に現れるようになり、成人の文法へと発達していく。さ らに、3歳前後では不規則変化動詞を規則変化使用するという過剰生成時 期が観察されるなど、母語獲得過程に関する発達過程の特徴を挙げると枚 挙に遑がない。このような段階を経て、人は例外なく5,6歳くらいまでに 母語を習得する。

多くの文献で挙げられている通り、母語習得の過程では、子供にとって

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接することができる言語資料が極めて欠乏している。それにもかかわらず、

母語が成人と同じ状態に発達すると、未経験の文(聞いたことも見たこと もない文)を産出したり、理解することができる(プラトンの問題)。そ ればかりか、原理的には無限の文を産出することが可能となる。さらに、

5〜6年という極めて短期間で、かつ一人ひとりの言語環境に関係なく一 様な習得過程を経て母語を習得することができるといった事実を、言語理 論は説明しなければならない。母語獲得過程の観察から、人は生得的に言 語を取得するシステム(Language Acquisition Devices: LAD)を有して いると考えられている。Chomsky (1995) によれば、生成文法では、個別 言語の文法が説明されるだけでなく(記述的妥当性)、母語の発達過程も 説明されなければならい(説明的妥当性)。人が生まれた段階(あるいは 文法の初期状態S0)で生得的に備わっている言語知識を子供はどのように 用いてことばを獲得していくのであろうか。以下で見るように、生得的な 言語知識(普遍文法)がことばの発達過程においてどのような状態である のか、あるいは子供にとってどの程度利用可能なものであるのかを検証し ていかなければならない。本稿は、筆者の娘、佳澄(以下K)のことばの 習得過程やデータベースCHILDESをもとに、いくつかの言語現象を取り 上げ、幼児の文法発達過程において、それぞれの段階でどのような構造が 仮定されるか考えていきたい。普遍文法と各範疇(語彙範疇と機能範疇)

が生得的に備わり、語彙の発達とともに文法が利用可能となると考えられ る、いわゆる強い連続性仮説と、機能範疇は成長とともに獲得されると考 える弱い連続性仮説について、言語習得過程のいくつかの言語現象を取り 上げて検証していきたい。

2. 弱い連続性仮説の考え方

母語習得の過程を考える際、大きく分けて二つの立場に分かれる。いわ ゆる連続性仮説とこれと反対の立場をとる、非連続性仮説と呼ぶ立場があ

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(野村 2004) 。前者では、概略、言語の生得性を踏まえた立場であり、

S0 の段階から自然言語に備わっている諸原理が利用可能であると考える。

一方、後者では、子供の成長とともに文法も発達していくというものであ る。さらに、連続性仮説の中にも立場を異にするものがある。すなわち、

自然言語における諸原理に加えて、機能範疇のすべてが S0の段階から利 用可能であるとする立場と、Radford (1990) やDeprez and Pierce (1993) などが述べているように、機能範疇は発達過程において獲得され利用が開 始されるとする立場である。

Deprez and Pierce (1993) では、英語やフランス語、ドイツ語、オラン ダ語のサンプルをもとに否定文の発達過程考察している。観察によると、

英語を獲得途上になる子供は、2歳前後に見られる否定文では否定辞が文 頭に現れることがある。

(1) a. Not have coffee.

b. No I see truck. Deprez and Pierce (1993)

Deprez and Pierce (1993) によると、このような発話エラーが現れる段 階でも、子供は大人と同様の文構造を利用しているという。(1b) の構造は (2) のように考えられる。

(2) [IP [NegPNo [VP I [V’see truck ]]]]

大人の文構造と同様に、機能範疇のIPとVPの間に否定辞を有するNegPが 仮定されている。主語が動詞句内VP指定部に生成し、意味役割が動詞か ら付与されるのは大人の文法と同じである。しかし、この時期の子供の文 法では主語は動詞句内に留まりIPへ上昇しないため、否定辞が文頭に生じ る否定文となる。Deprez and Pierce (1993)によると、この考察は、否定

辞を Comp に仮定するBloom (1970)などによる考察より好ましい帰結を

(5)

得ることができる。すなわち、もし否定辞がCompにあると仮定されれば、

否定辞以下にIPがあり、その結果否定辞に続いて助動詞が続く語順の出現 が予測される。

(3) a. *No(t) can John leave.

b. *No(t) is Kitty sleeping. ibid

しかしDeprez and Pierce (1993) は、(3) のような例は子供の発話には 見られないと述べている。さらに、否定辞をCompに仮定すると、大人の 文法になる過程で否定辞がCompから文中へ移動することを保証しなけれ ばならないが、Deprez and Pierce (1993) による仮定では、否定辞は大人 の文法と同じ位置に生じており、子供の主語DPをIPへ上昇させる知識

(能力)の有無により大人との差異が説明されることとなる。

また、フランス語に見られる否定文の獲得過程では、動詞が時制を持た ない非定形の場合は、動詞は否定辞より右側に生じ(4a)、定形動詞の場合 は、動詞は否定辞を超えてIP主要部に移動するため、動詞が否定辞に先行 する(4b)。

(4) a. Pas manger la poupée. (1;9) not eat the doll

b. Veux pas lolo. (2;0)

want not milk ibid

(4) のような事例から、Deprez and Pierce (1993) は言語獲得の極めて 早い段階からIPの利用は可能であると結論づけている。その一方で、Why can you do it? のように疑問詞と助動詞を伴う疑問文は2歳を過ぎた頃の出 現となるため、CPの利用はIPに比べて遅いと述べている。さらにDeprez

& Pierce (1993) はドイツ語母語話者の母語発達初期段階における観察か

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らも、CPの利用開始がIPに比べて遅いと述べている。すなわち、22ヶ月 頃のドイツ語話者の三語期におけるデータによると、90%以上の発話にお いて動詞が文末に置かれていることが観察される。ドイツ語では、動詞が IP主要部まで上昇すれば動詞は文末に現れ、IPとVPの中間にある否定辞 が文頭に来ることが予測される。さらに動詞がCP主要部まで上昇し主語 DPがCP指定部まで上昇すれば、動詞は否定辞を越えて文頭に現れ、「主 語DP−動詞−否定辞−目的語DP」の語順をとることとなる。これにより、

いわゆるV secondの現象が発現することが説明される。三語期の発話の 90% が文末動詞の形式であるとすると、この時期において、CPの利用が まだ完全には開始されていない可能性がある。

次章以降、弱い連続性仮説の枠組みを保ちつつ、具体的な発話記録をも とに母語発達の過程を見ていきたい。その中で、この枠組みが支持される とすれば、発話の記録からどのような文構造が幼児期に考えられるかを考 察していきたい。

3. 模倣から規則の構築へ(Kの発話記録から考えるいくつかの可能性)

いずれの理論においても、言葉の発達において模倣を完全に否定してい るわけではない。すなわち、語彙や音声の摂取においては周囲からの刺激 によりそれらの取得が促される。事実、鉄道が好きな筆者が「デンシャ」

を繰り返し語りかけた結果、一語期を迎えたKは「パパ」「ママ」を発す るのにやや後続した12か月頃に「デンチャ」を発した。一般的に、両唇音 が早く発話されるといわれているが、「デンチャ」には破裂音や破擦音が 含まれていることが興味深いところである。調音が難しい摩擦音 [∫] が、

破裂を伴いより容易に調音できる[t∫] に代わっているのは、全般に見られ る子供の特徴である。

一般的には18か月頃に二語期を迎えるといわれているが、Kについては 21か月頃に二語期が始まった。初めて二語文が観察されたのは「ママだっ

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こ」である。文の構造としては、「ママ」は呼びかけであり、純粋に「だ っこ」と構成素を成すまとまりとはなっていないが、複数の単語が線形上 続けて発話された初出であった。平均より遅れて21か月頃に二語期が始ま ったものの、この時期には「は?」や「これは?」のような疑問を意味す る発話が行われていたことである。尚、これらの発話は上昇調の音調で発 話されている。大人による刺激に「これは何?」や「これは?」というも のは考えられるものの、「は?」(「φ は?」φ=これ)といったように、

主語DPを省略し助詞のみの発話があったとは想像し難い2。わずか21か月 の幼児が構成素に相当する統語上のかたまりを認識して、機能範疇の助詞 のみを発話として利用し、音調を付加することで疑問を述べていたことは、

何らかの考察が必要だと感じる。観察された中には少なくとも「* φ れ は?」という発話は見られず、線形上の音の連続のうち、任意に末尾の

「は」のみを取り上げて発話しているわけではないように思われる。一方 で、CHILDESデータベースにおいて、CHI: (i)t's a kite. (CHI=Anne 1;10) のような発話が観察されていることを考えると、この時期に主語の みを取り出し削除規則を適用していると単純に結論づけるわけにはいかな い。なおKによる発話は、22か月で許可を求める「いーい?」、23か月で 自分のことを「かわいい?」というような同意を求めるものが観察され、

26か月で「パパ行った?」(パパは行ったことがある?)とい発話がみら れた3

ここで「は?」の構造を考えてみたい。「は?」という発話において、

音調が上昇調になり疑問の形態になっていることから、もしこの発話が成 人の疑問文と同じようにとらえるとするならば、以下のような文法操作が 行われていることになる。発話のコンテクストとしては、yes/no疑問文の 状況と、疑問詞疑問文の両方の状況が観察されたことから、(5ab) のよう な構造が仮定される。

(8)

(5) a. [CP[TP [vP [vP これ は φ(触っていい) ] T] φ(か・の)Q C]

b. [CPOP [TP [vP [vP これ は φ(なに) ] T] Q C]

(5)aについて、許可を求めるような疑問文として解釈するのであれば、

CにQ素性があり、この素性によって上昇調の音調が具現化されたと考え る。一方、この発話を疑問詞疑問文と解釈するならば、疑問オペレータの 移動はフェイズ (位相)ごとに行われることになる(Chomsky 2001)。

Deprez & Pierce (1993) によると、機能範疇の利用は早い段階から可能で あるものの、CPの利用開始はTP (IP) にやや後続すると考えられている。

実際、Kによる過去時制文の初出は23か月の「おいしかった」であり、疑 問詞を伴う発話の初出は25か月の「パパどこ行ったの」、続いて26か月頃 には「パパ、なにやってんの」などが観察されている。このことから、23 か月頃Tが利用され、26か月頃Cが利用されていることは明らかである。

しかし、この状況にかなり先行して、21か月の頃の発話が(5) で示した

ようにCPまでを完全に利用できる状態であるのだろうか。(5) で取り上げ

た例に関して、「の?」や「か?」、または単に名詞を上昇調で発話すると いったバリエーションがKの発話に見られたわけではなく、(5)で挙げた発 話に限られて観察されたものである。すでに述べたように、主語DPの

「これ」と格助詞「は」を認識して、「これ」のみを省略された発話は興味 深いものであるが、上昇調の「これは?」という発話全体は、周囲からの 言語刺激の音調を含めたコピー(模倣)である可能性が考えられる。20か 月を過ぎたばかりの幼児が、削除や移動といった統語操作を利用している という仮定は自然ではない。Deprez and Pierce (1993) が幼児の否定文の 語順の分析で述べている通り、仮に幼児にとってIPの利用が可能であって も、幼児は動詞句内にある主語DPがIP指定部に移動させることができず、

幼児特有の否定文の語順が説明されると述べている ((2) を参照)。移動や 削除といった統語操作が利用されず、IPやCPも利用不可能であるとすれ ば、「は?」という発話は、言語環境における刺激をもとに行われた模倣

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ということになろう。

弱い連続性仮説のもとでは上述のように「これは?」という上昇調を言 語環境下におけるコピーとしてとらえざるを得ないが、別の立場から、21 か月前後の発話記録を見てみると、21か月以前の発話はほとんどが名詞で あるのに対して、21か月を過ぎて二語期になってからは述語や動詞が含ま れるようになっている点が興味深い。

(6) 17か月 クック、ちーち(チーズ)、とっきゅ(特急)、じーじ

18か月 たーきーたーきー(来た来た)

19か月 にゃんにゃん、てっち(あっち)、おいちー(おいしい)

よっこらしょ

20か月 ねんね

21か月 まんまんまん(アンパンマン)

これは? わ?( は?) ママだっこ、 ないない(いらない)

22か月 開けて、貸して、ママない(ママがいない)

23か月 あんまんまんがいい(アンパンマンがいい)、しぇんしぇ書 いて(先生書いて)おいしかった、パパいないね、ママ昨日 でんちゃ見ちゃった、ままかわいい、あっち行こう、(木琴 のバチを探して)あれがない、

(7) a. *SUM: otoochan wa ? 1;9

b. *MOT: sumiharechan otoochan ni itaita shita no kiitegoran.

*SUM: itaita shita ? 1;10

SUM = target child CHILDES

二語期になって述語を伴うような発話が始まると、必然的に命題を表明し たり、ある種の発話行為を伴う文を発するようになる。Rizzi (1997) によ れば、発話行為に関する文機能を決定する範疇ForceP はCPの一部である。

(10)

こうして見てみると、極めて早いうちにCPの利用が開始されている可能 性が示唆される。CHILDES データにおけるNojiサンプルにおける1歳9か 月(21か月)の発話にも、(7a) のような例が見られる。帰りが遅い父親に 関して、母に何度も繰り返し尋ねた発話である。さらに、(7b) では空主語 のうえで疑問文が発せられている。これらの例や(5) で取り上げた発話も、

可能性としてはCPにおけるQ素性の要請による音調の上昇の可能性を再考 させられる。ここでは、CPの利用開始とほぼ同じ時期に現在の出来事と 過去の出来事を区別する発話も見られることから、TPの利用も開始され ている可能性がある4

Deprez & Pierce (1993) によると、空主語現象は動詞による統率によっ て主格が付与される場合に具現化する。英語母語話者の幼児期には、VP 指定部に主語DPが生成され、既定の位置においてVにより格が付与されて いるため空主語現象が観察される、成長に伴い、Iとの照合により格が認 可されるようになるにつれて空主語が減少していく。従って、空主語は、

削除される主語DPがVP内に留まっている場合にのみ発現すると考えられ る。日本語においても主語DPがVによる統率で格付与されるとすれば、空 主語が現れる。

(8) [CP[TP[vPφ(otoochyanha) v [VP itai itai si ] T -ta ] Q-C]

ここでは過去を示すマーカー「た」が発現していることから、(7a) の構造 (8) のように考えられる。この時期、機能範疇CPとTPが利用可能であ り、上昇調の発話はCのQ素性による要請である可能性がある。すでに見 たとおり、Kによる発話である(5) の構造も、また (5) の主語が空となっ ている発話も、上昇調は(8) と同じように考えられる可能性がある。

(11)

4. ルールの完成へ(Kの発話から)

Kのことばの発達に伴い、どの程度のルールが備わっているか折を見て 確かめてみた。2歳6か月の時点で、否定疑問に対する応答が日本語パタン となっている。英語では、Isn’t Mary busy now? のような否定疑問に対し て、Yes, she is./No, she isn’t. とMaryの事態に合わせた応答をする。つま り、事態が肯定の内容であれば、応答もYesであり、事態が否定の内容で あれば応答はNoとなる。一方日本語では、応答は事態に対するものでな く、発話に対するものである。「花子は忙しくないですか。」に対する応答 は、事態において花子は忙しくないという否定内容であっても、「花子は 忙しくない」という発話そのものが真であるため「はい」という応答が期 待され、「はい、忙しくないです」のようになる。

(9) 父:おうちでじっとしないよね。

K:うん、しない。 2;6

次に、Kが2歳11か月で、主要部パラメータが整っているかを確かめて みた。

(10) 父:モグラって知ってる?

K:知ってる。

父:ブタは知ってる?

K:知ってる。

父:じゃ、モグラブタって何だろう?

K:ブタ。 2;11

他にもいくつか架空の複合名詞で試してみたが、どれも応答は主要部後続 の文法から予測されるものであった。主要後続の日本語では、複合名詞の

(12)

場合、後続する名詞が主要部となり、先行する名詞は主要部名詞の種類や 限定を示す解釈がなされる。3歳になる頃にはこうした解釈が可能になる ことが示される。

次に、3歳4か月になると、形容詞に「の」を付けた表現が見られなくな った。それまでの形容詞表現では、「青いの靴下」や、「おおきいのぶーぶ」

など、形容詞に「の」が付されて発話されていたが、これらの「の」が観 察されなくなった。

3歳を過ぎると創造的な発話が多くみられ、「冷蔵庫を開けておくと、ピ

ーってなるんだよ」など、家庭内で親が言ったことがない発話などが見ら れた。また、3歳6か月に助数詞の使用に関して、Kに尋ねてみた。

(11) 父:1ぴきから数えてください。はい、どうぞ。

K:1ぴき、2ひき、3、4、

父:ちがうちがう。

K:3びき、4ひき、5かい 父:笑

K:6ぽん 父:笑

このケースは、具体的な状況で発話を促したのではなく、単に助数詞を用 いて数えるよう指示したのみであったが、期せずして「匹」と「本」につ いて、それらが正しく発せられることが観察できた。

またライマンの法則の完成を思わせる出来事がこの時期に起こった。ラ イマンの法則とは、複合名詞を作る際、後続する名詞が濁音を含まず、さ らに和語である場合、後続する名詞の語頭が濁音化するという規則である。

例えば、「本だな」「肩ぐるま」などがこの規則に当てはまり、後続の名詞 の語頭が濁音化している。「ビジネスホテル」や「コンパクトカメラ」は 後続する名詞が和語でないため濁音化していない。「一人たび」や「花た

(13)

ば」などでは、後続する名詞に濁音が含まれており語頭は濁音化していな い。Kが絵を描いており、その絵が何の絵か尋ねると「家ずし」だと答え た。近所に「家ずし」という店があるわけでもなく、架空のお寿司屋さん を描いていた状況である。ここでは未知の複合語を発話する際、ライマン の法則が適用されたことが伺える。Kは別の状況で、「カニじゃなくて、

ガニだよ、ガニー。ガニ、ガニ、ガニ」とふざけることもあった。

最後に、3歳6か月にKに対して疑問詞疑問文を含む文が解釈可能であ るかを確かめるため、以下のような問答をした。

(12) a. 父:なぎちゃんは、何をりょうりょうが食べたと言ったの?

K:お団子。どろのお団子。

b. 父:なぎちゃんは、何をりょうりょうが食べたか言ったの?

K: −(首を横に振り、否定の応答)

(13) a. [なぎちゃんは、[何を りょうりょが食べた と] 言った の-Q]

b. [なぎちゃんは、[何を りょうりょが食べた か-Q] 言った の-Q]

関節疑問文の解釈として、いわゆるwhの島の条件が文解釈上計算されて いるかを試したものである。疑問詞オペレータは疑問の解釈を受けるため、

終助詞との照合をしなければならない。(12a) のLF構造である(13a) では、

疑問詞が終助詞へ非可視的に移動し照合を受け、疑問詞疑問文と解釈を受 けている。(12a) に対するKによる応答も疑問詞疑問文のそれとして発話 されている。一方、(12b) では疑問詞が文末の終助詞ではなく、より近い 従属節内の終助詞「か」と照合しており、文全体では疑問詞疑問文として の解釈とならない。(12b) で見るとおり、Kはこの文をyes/no 疑問文とし て正しく解釈して応答している5。この時点で、Kの文法は成人のそれと同

(14)

じものであり、故にこの時期にはフェイズ(もしくは境界接点)に関する 計算が大人と同じように行われていることがわかる。すでに言及した通り、

統語要素の移動は位相(フェイズ)ごとに、かつ循環的に行われる。

(13a) では、疑問詞は従属節Cの周縁部(edge)を経由し主節Cまで達して いる。一方 (13b) では、疑問詞オペレータは従属節のCにおいて終助詞に より解釈され、主節まで移動することが阻まれる6。Kの応答からは統語論 が予測する通りの計算が行われていることが考えられる。

5. 文法の発達、まとめと感慨

これまで見てきたいくつかのサンプルより、3歳を過ぎると成人の文法 と同様の統語計算をしているように思われる。興味深いのは、2歳を前に 見られる、K の21か月目における「これは?」や「は?」や、CHILDES データに見られる21か月頃の「お父ちゃん いたいいたい した?」など、

機能範疇を利用した説明が必要と思われる発話が発現する段階である。こ の段階では機能範疇のTP のみならずCP も利用されていると考えられる ことができる。さらに、疑問詞オペレータが関わる派生が存在するならば、

位相ごとの書き出し (Spell-out) による循環的な移動が関係することとな る。一般的に人の認知能力には模倣やゲシュタルト的な作用があるといわ れている。ゲシュタルト的な作用は、部分よりも全体を認識する能力であ り、この能力は幼児から普遍的に備わっていると思われる。位相とは命題 を基準としてとらえられると考えられており、ある種のまとまりとして認 識される集合である。文法の獲得過程において、こうした認知能力が作用 していると考えることも可能かもしれない。こうした能力が普遍的かつ生 得的に利用可能であれば、2歳を前にした段階でも(5) や(8) といった文派 生を仮定することも可能であろう。

ここまでのデータを見る限りでは、正確に機能範疇の発現時期が限定で きるわけではない。弱い連続性仮説を支持するとすれば、わずかな時間差

(15)

をおいてTPに続いてCPが利用可能になっていることとなるが、可能性と しては弱い連続性仮説を否定するものになるかもしれない。英語と異なり、

助詞により格付与され助動詞が動詞と接辞化する日本語においては、機能 範疇の発現が異なり、Deprez & Pierce (1993) が述べる機能範疇の発現予 測は日本語には当てはまらないかもしれない。

2007年生まれの佳澄は臨界期の6歳を迎え、既に未経験の文を生成する ようになった。親の知らない保育園での出来事を熱心に陳述し報告する姿 がけなげである。言語理論はこれまでの膨大な数の個別観察の上に成り立 っており、子供の母語発達は臨界期までに成人の文法に達することは自明 のことである。こうした理論の元で、わが子に寄り添いことばの発達をつ ぶさに観察できたことは興味深くも貴重な経験であった。喃語から語彙に、

さらに語彙が連なり二語文、そして複雑な文を発するようになるそれぞれ の瞬間を観察できたことは、当然期待されることとは言え、驚きと喜びの 連続であり、子育てと言語研究を通して感慨深い喜びを得ることができた。

ことばという側面からわが子を見守ることができ、改めて言語学との出会 いに喜びを覚えている。

ここで論じたことは個別ケースであるが、より詳細に考察しなければな らない言語現象の発現(あるいは発現順序)があることに、改めて言葉の 不思議な側面を見た思いである。

参考文献

Bloom, L. (1970) Language development: Form and Function in Emerging Grammars. MIT Press.

Chomsky, N. (1995) The Minimalist Program.MIT press.

Chomsky, N. (2001) Derivation by Phase, In Ken Hale: A Life in Language, ed.By Ken Hale et. al. MIT press

Crystal, D. (1997) The Cambridge Encyclopedia of Language.

Cambridge University press.

(16)

Deprez, V., Pierce, A. (1993) Negation and Functional Projections in Early Grammar, Linguistic Inquiry 24.

Fromkin, V., Rodman. R., Hymas. N. (2011) An Introduction to Language 9thedition, Wadsworth Cengage Learning press.

野村泰幸 (2004) 『プラトンと考える言葉の獲得−成長する文法・計算す

る言語器官』くろしお出版

Radford. A. (1990) Syntactic Theory and the Acquisition of English Syntax: The Nature of Early Child Grammar of English. Blackwell.

Rizzi. L. 1998. On the fine structure of the left-periphery. In Haegeman. L. Elements of Grammar. Springer.

データベース

Child Language Data Exchange System (CHILDES) http://childes.psy.cmu.edu/

1 コンテクスから、文頭の否定辞は前文照応的否定ではなく、文否定の否定辞 として考察する。詳細はDeprez and Pierce (1993) を参照。

2 助詞の使用はほぼ同時期に観察され始めた。

「まんまんまんがいい」 (アンパンマンがいい) 1 ; 9

3 22か月頃から音程に注意しながら歌を歌うようになった。ピッチアクセント

の言語である日本語において、上昇調の発話が見られる時期と音程の獲得に は関連があるかもしれない。ピッチアクセント以外の言語におけるピッチや 強勢の獲得と歌の初出に関する観察は興味深い。

4 Kに関しては、26か月に「もうパンパン」(もうお腹いっぱい)や「ずっと

りょうりょう」(ずっと涼子ちゃんといっしょ)のように時副詞が現れるよ

うになった。単純な過去と非過去だけでなく、アスペクト的な時制の区分も

備わっていると思われる。Crystal (1997) は、比較構文を用いた発話ができ

るためには、比較ができる認知的能力が備わる必要があると述べている。

(17)

また、3歳4か月では、旅の終わりに列車が自宅最寄り駅に近づいた時、その 旅が楽しかったかどうか尋ねられたKは、 「まだ楽しい」と応答した。旅の終 わりが近づくとその旅を過去の出来事として認識してしまう成人の慣習があ る中で、時間の認識が芽生えたばかりの子供の発話に純粋なものを感じた。

5 (12a) の内容と比較すると、応答結果の真偽値は正しくない。Fromkin

(2011) によると、行動主義的な母語獲得過程の説明における強化 (reinforce-

ment) に関して、親は文法的な強化には関与せず、真偽値の強化により多く

関与する傾向が強いという。一般的には、(12b) のように (12a) と比べて真 偽値が異なる場合に、親の強化が行われると思われる。しかし、母語獲得に おいて考慮すべきなのは、経験や強化のみでは獲得困難な文法事項がいかに 獲得されるかということである。

6 (13a) において、疑問詞オペレータが主節のCに至るまでにvP位相の周縁部

を経由していることになる。vP位相が計算に含まれているかということを今

後様々な言語現象から考察をしていきたい。

参照

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