No.148 2014
富山市科学博物館
TOYAMA SCIENCE MUSEUM
立山連峰の氷河と万年雪 福井幸太郎・飯田 肇
秋の剱岳三ノ窓氷河
立山連
れん峰
ぽうの氷
ひょう河
がと万年雪
福井幸太郎・飯田 肇(富山県立山カルデラ砂防博物館)
■我わが国くにで初めて認みとめられた現げん存そんする「氷ひょう河が」 今から 11.5 万年前~ 1.2 万年前、地球全体 の気温が今よりも 5 ~ 7℃も低かった最終氷期 とよばれる時代には、日本にも、日本アルプス や北海道の日高山脈に約 400 もの氷ひょう河が が発達 し、カール(氷ひょう河がの侵し んしょく食でできた円形の窪くぼ地ち) やモレーン(氷ひょう河がの運んだ土ど砂しゃでできた丘おか)な どの氷ひょう河が地形ができました。しかし、最終氷期 が終わって温おんだん暖な気候が続く現げんざい在の日本に氷ひょう河が は存そんざい在しないと考えられていました。
近年、電波で氷の厚あつさを測はかるアイスレーダー や誤ご差さ数センチメートルで位置がわかる測そ くりょう量用 GPS など新しい機器を使った観かん測そくが立山連れん峰ぽう の万年雪で行われるようになり、いくつかの万 年雪は、流動する氷体を持つ氷ひょう河がであると判はん明めい しました(福井・飯田、2012)。現げん在ざい、氷ひょう河が と して学がくじゅつ術的に認みとめられているのは剱つるぎ岳だ けの三ノ 窓まどひょう氷河が、小窓まどひょう氷河が、立山の御ご前ぜん沢ざわひょう氷河がの 3 つで す。
今回は立山連れん峰ぽうとその周辺で見られる氷ひょう河がと 万年雪(図 1)についてお話しします。
■ 氷ひょう河がとは
高い山の窪くぼ地ちや谷間では、冬に降ふり積つもった 雪が夏でも融とけきらずに残ることがあります。
この夏を越こして残る雪のことを「万年雪」、学が く 術じゅつ
用語では「多年性せい雪せっ渓けい」といいます。国内有 数の豪ごう雪せつ地帯である立山・剱つるぎ岳だ け周辺には日本で もっとも多くの万年雪が分ぶん布ぷしています。とり わけ、大量の雪が吹ふきだまる稜りょう線せ んの東側に国内 トップクラスの規き模ぼを誇ほこる万年雪がみられます
(図 1)。
万年雪は、雨が多かったり猛もう暑しょだったりした 年に消えてしまうものも多いですが、なかには 10 年以上も存そん在ざいし続けるものがあります。こ のような寿じ ゅみょう命が長い万年雪の底の方には、積
もった雪の重みで下の雪が押おしつぶされ、氷の 塊かたまり
「氷体」ができます。
氷体は、厚あつさ 30 m 近くまで成長すると重力 の作用を受けてゆっくりと谷や斜しゃ面めんを流れはじ めます。この流れる氷体のことを「氷ひょう河が」とい います。
なお、氷ひょう河がの氷はゆっくりと下流へ向かって 流れていき、やがて融とけて消えてしまいますが、
消えた分の氷が上流側から流れてきて補おぎなわれま す。このため、氷ひょう河がが流れ続けていても消えて しまうことはありません。
図1:立山連れん峰ぽうの氷ひょう河がと主な万年雪の分ぶん布ぷ
■極東最さい南なん端たんの 氷ひょう河が 現げん
在ざい
、地球上にはおよそ 20 万の 氷ひょう河がが存そん在ざい し、陸地の約 10%を覆おおっています。 氷ひょう河がが分ぶん 布ぷしている場所は、南極やグリーンランドのよ うな「寒い場所」、もしくはパタゴニアやニュー ジーランド南島のように寒さはそれほどでもあ
りませんが「雪が多い場所」です(図 2)。
日本周辺の極東地ち域いきでは、 氷ひょう河がはロシアの カムチャッカ半島より北の地ち域いきにのみ分ぶん布ぷする と考えられてきました。今回発見された立山連れん 峰ぽう
の 氷ひょう河がは「極東最さい南なん端たんひょう氷河が」ということが できます。
■なぜ立山に氷ひょう河がが存そん在ざいできるのか?
まず氷ひょう河がの分ぶん布ぷに必要な「寒さ」から立山を みていきます。立山カルデラ砂さ防ぼう博物館では、
立山最さい高こう峰ほうの大お おなんじ汝山や ま( 標高 3,015 m) でデータロ ガーという機械を使って無人気象観かん測そくを行って います。その結果、年間平へい均きん気温は- 3 ~- 4℃
であることが判はん明めいしました。この値あたいは富ふ士じ山さん(-
6.4℃)や大雪山(- 4 ~- 5℃)に次いで国 内 3 番目の低さです。夏の平へい均きん気温も 8℃程てい度ど と低く、立山は氷ひょう河がが分ぶん布ぷ可か能のうなほど「寒い」
場所であるといえます。
つぎに「雪の多さ」についてみていきます。
室堂平では毎年もっとも雪が深くなる 3 月がつに積 雪調ちょう査さが行われています。過か去こ 30 年間の平へい均きん 積雪深は約 7 m であることが分かっています。
この積雪深を降こう水すい量に換かん算さんすると約 3,000 mm になり、雪が多いことで多数の氷ひょう河がが分ぶん布ぷして いるパタゴニアやニュージーランド南島の降こう雪せつ 量に匹ひっ敵てきします。
気温条じょう件け んだけで見ると富ふ士じ山さんや大雪山の方が 立山よりも氷ひょう河がの分ぶん布ぷに適てきしていますが、雪の 量は両山さん岳がくとも立山の半分もありません。この
図 2 地球上の現げん在ざいの氷ひょう河が分ぶん布ぷ。塗ぬりつぶした範はん囲いと点線で囲った範はん囲いに氷ひょう河がが存そん在ざい。樋ひ口ぐち(1977)より。
ため、両山さん岳がくには氷ひょう河がが存そん在ざいしていません。「寒 くて」なおかつ「雪が多い」という氷ひょう河がの分ぶん布ぷ に必要な二つの条じょう件け んがそろっている立山は国内 でもっとも氷ひょう河がの分ぶん布ぷに適てきした場所であるとい えます。
つぎに立山連れん峰ぽうとその周辺にみられる 3 つの 氷ひょう
河がと 7 つの万年雪についてそれぞれの特と くちょう徴を みていきましょう。
■剱つるぎ岳だ け 三ノ窓ま どひょう氷河が
三ノ窓ま どひょう氷河が は、剱つるぎ岳だ けの八ッ峰みねと三ノ窓まど尾お根ね の間の氷食谷を埋うめる氷ひょう河がです(図 3)。長さは 1,600 m 以上、幅はばは 100 m、標高は 1,700 ~ 2,400 m です。登りきるのに 3 時間もかかります。
三ノ窓ま どひょう氷河が は、厚あつさ 70 m、長さ 1,200 m に 達する巨きょ大だい氷体をもっており、氷体は 1 ヶ月げつ間 で最大 30 cm 流動しています。氷体の規き模ぼは 国内最大であり、三ノ窓ま どひょう氷河がは国内最大の「氷ひょう 河が」だといえます。
三ノ窓ま どひょう氷河がは、豪ごう雪せつ地帯に位置し、さらに八ッ 峰みね
と三ノ窓まど尾お根ねという急きゅうしゅん峻な尾お根ねに挟はさまれてい
るため、積雪期に「雪な崩だれの巣」と化します。5 月がつ
や 6 月がつにこの氷ひょう河がに行くと、全面が雪な崩だれのデ ブリ(積もった氷の塊かたまり)に厚あつく覆おおわれ、とりわ け、より切り立っている八ッ峰みね側から、凄すさまじ い量のデブリが流ながれ込こんでいました。この雪な崩だれ による膨ぼう大だいな雪の集積(積雪深にして 20 ~ 25 m)が、氷ひょう河がの形成に大きく寄き与よしているよう です。
10 月がつになると積雪は大部分融とけきり、氷体 が一部露ろしゅつ出してクレバス(氷の割われ目め)やムー ラン(氷ひょう河がにできる縦たて穴あな)といった氷ひょう河が特有の 地形が出しゅつ現げ んするようになります。
■剱つるぎ岳だ け 小窓ま どひょう氷河が
小窓ま どひょう氷河がは、剱つるぎ岳だ けの三ノ窓まど尾お根ねと池いけノ平たいら山(標 高 2,561 m)南東面の間の氷食谷を埋うめる氷ひょう河が です。長さは 1,200 m、幅はばは 200 m、標高は 2,000
~ 2,300 m です。厚あつさ 30 m 以上、長さ 900 m と三ノ窓ま どひょう氷河がに次ぐ規き模ぼの氷体をもっており、
氷体は 1 ヶ月げつ間で最大 30 cm 流動しているた め現げん存そんする「氷ひょう河が」といえます。
小窓ま どひょう氷河がも秋になると、クレバスやムーラン といった氷ひょう河が特有の地形が表面に現あらわれます(図 4)。クレバスの断だん面めんを観察したところ、表面 から深さ 1 ~ 2 m までが積雪で、その下には 気き泡ほうを多数含ふくむ青白い氷層そうがクレバスの底まで 続いていました。氷体の上に載のっている積雪 には、年層そう(1 年間のうちに積もり融とけ残った 積雪層そう)が 1 ~ 2 年分しかなく、氷体は 1 ~ 2 年程てい度どで急速に形成されるようでした。
図 3 剱つるぎ岳だ け東面。写真左が三ノ窓ま ど氷ひょう河が、右が小窓ま どひょう氷河が
図 4 小窓ま どひょう氷河がでのクレバス内部調ちょう査さ
■剱つるぎ岳だ け 池いけノ谷たん右俣また雪せっ渓けい 池いけ
ノ谷たん右俣また雪せっ渓けいは剱つるぎ岳だ け西面の剱つるぎ尾お根ねと早月尾お 根ねに挟はさまれた深く切きれ込こんだ氷食谷を埋うめる S 字形の細長い雪せっ渓けいです。雪せっ渓けいの長さは 1,000 m、
幅はば
は 50 m、標高は 1,900 ~ 2,200 m です(図 5)。
池いけ
ノ谷たんは「行けぬ谷」の当て字として池いけノ谷たん と名付けられたほどアプローチが困こん難なんな谷で、
馬場島から白しら萩はぎ川がわを 2 時間以上かけて遡さかのぼり、さ らに 5 時間以上藪やぶ漕こぎをしてようやくたどり着 けます。
池いけ
ノ谷たん右俣また雪せっ渓けいは下流部に厚あつさ 50 m、長さ 400 m の氷体をもっており、氷体は 1 ヶ月げつ間で 15 cm 程てい度ど流動していて氷ひょう河がである可か能のう性せいが極 めて高いことが分かっています。
この雪せっ渓けいは剱つるぎ岳だ けの西面にあるため、氷ひょう河がとし て認みとめられれば富と山やまの平野部や北陸新しん幹かん線せんから 眺なが
められる貴きちょう重な氷ひょう河がになります。
■剱つるぎ岳だ け 長ちょう次じ郎ろう雪せっ渓けい 長ちょう
次じ郎ろう雪せっ渓けいは剱つるぎ岳だ けひがし東面の八ッ峰みねと源げん次じ郎ろう尾お根ね の間の氷食谷を埋うめる雪せっ渓けいです。途とちゅう中の熊くまノ 岩(標高 2,550 m)で右俣またと左俣またに分かれます。
全長 1.5km に達する長大な雪せっ渓けいですが、秋の 終わり頃ごろには大部分消失することがあります
(図 6)。
明治 40 年に参さん謀ぼう本部陸地測そ くりょう量部の柴しば崎さき芳よし太た 郎ろう
一行が 5 万分の 1 地形図作成の測そ くりょう量のために 剱つるぎ
岳だ けに登と うちょう頂した際さい、大山村(現げん富と山やま市)出身の 山さん
岳がく
ガイド宇う治じちょう長次じ郎ろうに導みちびかれて通った雪せっ渓けいが この長ちょう次じ郎ろう雪せっ渓けいです。登と うちょう頂の様子は新田次じ郎ろうに よって「剱つるぎ岳だ け点の記」として小説化され 2009 年には映えい画が化されました。
この雪せっ渓けいでは、2013 年 8 月がつ下げじゅん旬 にアイス レーダー観かん測そくを実じっ施ししました。熊くまノ岩直下に長 さ 300 m、厚あつさ 18 m 程ほどの小さな氷体をもって いるようですが、この程てい度どの厚あつさの氷体が流動 している可か能のう性せいは低く、長ちょう次じ郎ろう雪渓は残念なが ら氷ひょう河がではないようです。
■剱つるぎ沢さわ雪せっ渓けい 剱つるぎ
沢さ わ雪せっ渓けいは剱つるぎ沢さ わ小屋 ( 標高 2,400 m) のやや 下流~真ま砂さご沢ざわロッジ(標高 1,780 m)付近まで 2 km 以上にわたってのびている日本最大の多年 性せい
雪せっ
渓けい
です。 融ゆう雪せつ末期の面積は、支し流りゅうの平へい蔵ぞう 谷、長ちょう次じ郎ろう谷、別べっ山さん谷、真ま砂さご沢ざわ谷を合わせると
図 5 池いけノ谷たん右俣またせっ雪渓けいの深いシュルンド(岩がん壁ぺきと雪せっ渓けいの隙すき間ま)
図 6 縮しゅくしょう小した 10 月がつちゅう中じゅん旬の長ちょう次じ郎ろう雪せっ渓けい。写真中央 上が熊くまノ岩
40ha に達します。
この雪せっ渓けいでも 2013 年 8 月がつ下げじゅん旬にアイスレー ダー観かん測そくを実じっ施ししています。武たけ蔵ぞう谷出合付近で 厚あつ
さ 22 m、平へい蔵ぞう谷出合付近で厚あつさ 20 m の氷体 を確かく認にんできましたが、雪せっ渓けいの規き模ぼの割わりには薄うすい 氷体しか持っていないという意外な結果になり ました。このため 氷ひょう河がである可か能のう性せいは低いよ うです。
剱つるぎ
沢さわ
雪せっ
渓けい
は 4 つの大きな支しりゅう流をもっている ため集水面積が大きく、雪せっ渓けいの底には水量が多 い川が流れています。この川の浸しん しょく食によって雪せっ 渓けい
の底がえぐられスノーブリッジが発達し(図 7)、古い氷が残らず氷ひょう河がになれないと考えられ ます。
■剱つるぎ沢さわ はまぐり雪
戦後、立山の万年雪の中で最初に詳しょう細さ いな調ちょう査さ が行われたのがはまぐり雪です。はまぐり雪は 剱つるぎ
御ご前ぜん小ご舎や(標高 2,750 m)の北側の剱つるぎ沢さ わの源げん 頭部に位置します(図 8)。その形と表面にみ られる縞しま模も様ようからはまぐり雪という名前がつき ました。
1962 年、1963 年の富と山やま大だい学がく、北海道大学の 調ちょう
査さで、大きな発見がありました。はまぐり雪 は小さな万年雪であるにも関わらず、秋には全 層が氷化していること、氷体中に 10 層そう以上の 汚層そう(年層)があり、氷の年齢は 10 年を越こえ ることが明らかになったのです。
この調ちょう査さ に参加した北海道大学の吉よし田だ順五
教きょう
授じ ゅは、年層そうの変化から、はまぐり雪が年 4 m 程てい
度ど滑かつ動していて、小さいながらも現げん存そんする
「氷ひょう河が」であるという論ろん文ぶんを 1964 年に発表し ました。当時のテレビ、新聞は「日本にも氷ひょう河が が現げん存ぞんしていた」と大きく報ほう道どうしました。
しかし、この説は京都大学の今西錦きん司じ教きょう授じ ゅに より「流動を定量的に実じっ測そくしたわけではなく、
はまぐり雪は氷ひょう河がとは言えない」と否ひ定ていされま した。その後、名古屋大学の調ちょう査さではまぐり雪 は流動していないことが確かく認にんされました。
■立山 御ご前ぜん沢ざわひょう氷河が
御ご前ぜん沢ざわひょう氷河がは、立山の主しゅ峰ほう、雄お山やま東面の御ご前ぜん 沢ざわ
カールにある現げん存そんする「氷ひょう河が 」です(図 9)。
長さは 700 m、幅はばは 200 m、標高は 2,500 ~ 2,800 m です。末まっ端たんには、通つうしょう称サル股またモレーンとよ ばれる氷ひょう河が地形が存そん在ざいします。この氷ひょう河がは、雄お 山やま
山さん ちょう頂
から眺ながめることができます。
御ご 前ぜん沢ざわひょう氷河が は、上流部に厚あつさ 36 m、長さ 200 m、下流部に厚あつさ 27 m、長さ 400 m の 2 つの氷体を持っています。両氷体とも 1 年間に 20 cm 前後流れています。三ノ窓まどひょう氷河がや小窓まどひょう氷 河がほど活動的でないものの、現げん在ざいでもかろうじ て流動しているため現げん存そんする「氷ひょう河が」として認みと められています。
御ご前ぜん沢ざわひょう氷河が の下流部には、氷体の側面を観 察できる奥おく行ゆき 15 ~ 20 m の洞どう穴けつがあります。
この洞どう穴けつにもぐってみたところ、気き泡ほうを含ふくむ白 い氷と透とう明めいな氷が交こう互ごに出てくる縞し まじょう状(年層そう?)
の氷体や氷に生えている地衣類など興きょう味み深ぶ かいも のが観察できました。
図 7 スノーブリッジが発達する剱つるぎ沢さわ雪せっ渓けい
図 8 10 月がつ下げじゅん旬のはまぐり雪
■立山 内く ら の す け蔵助雪せっ渓けい
内く ら の す け蔵助雪せっ渓けいは、富ふ士じノ折立(標高 2,999m)の 北東側、内く ら の す け蔵助カール内にある万年雪です(図 9)。長さと幅はばは 150 m、標高は 2,700 ~ 2,850 m です。
10 月がつ頃ごろ、この雪せっ渓けいに降おり立たつと、表面には ツルツルの氷が露ろしゅつ出していてアイゼンなしでは 歩けないほどです。また、深さ 20 m に達する 10 数個このムーランが開いていて、雪どけ水が 音を立てて流ながれ込こんでいます。
名古屋大学等の調ちょう査さ グル-プは、1979 年、
1980 年、1986 年、1988 年の秋にムーランに 潜もぐ
って内部の氷の構こう造ぞうを調べました。氷ひょう壁へ きには いくつもの層そう構こう造ぞうや礫れき層そうが見られました。深さ 5 m 付近には特に厚あつい礫れき層そうがあり、それを境さかいと して上部の氷層そうは水平に堆たい積せきしているのに対し て、下部の氷層そうは下流に向けて急傾けい斜しゃでのし上 がるような構こう造ぞうをしています。
また、この礫れき層そうを境さかいに下部の氷の粒りゅう径が急きゅう激げ き に大きくなっていました。このような氷体の 構こう
造ぞう
は、氷ひょう河が として流動していた痕こん跡せきであり、
内く ら の す け蔵助雪せっ渓けいは流動していた氷ひょう河が氷が融とけ残って 保ほ存ぞんされているものだと考えられています。い わば 氷ひょう河がの化石ともいえるものです。
ムーランの底の氷体中には、長さ数 mm の木もく 片へん
・葉片へんが含ふくまれていました。放ほう射しゃ性せい炭たん素そ同位 体を使って年代を測そく定ていしたところ、約 1,500 年
~ 1,700 年前のものであるという結果が得られ ました。ムーランの底の氷体は日本最古の氷ひょう河が 氷ということができます。
■鹿か島しま槍やりヶ岳たけ カクネ里雪せっ渓けい
カクネ里雪せっ渓けいは、後うしろ立山連れん峰ぽう、鹿か島しま槍やりヶ岳たけ(標 高 2,889 m)の北壁へき直下にある大規き模ぼな万年雪 です(図 10)。長さは 700 m、幅はばは 250 m、標 高は 1,800 ~ 2,150 m です。
1955 ~ 1958 年に地理学者の五百沢さわ智とも也や氏が 現げ ん地ちちょう調査さを行い、秋には氷体が露ろしゅつ出し、クレバ スやムーランがみられるなど氷ひょう河がに類るい似じした構こう 造ぞう
を持つ氷体があることが報ほう告こくされました。日 本の地理学関係者の間では、氷ひょう河がの可か能のう性せいが高 いと考えられています。また、今西錦きん司じきょう教授じ ゅも、
図 9 立山東面。写真左が御ご前ぜ ん沢ざ わ氷ひょう河が。右が内く ら の す け蔵助雪せっ渓けい