Ⅰ
はじめに災害時の栄養・食生活支援は、被災者の栄養状態 を改善、もしくは良好に保ち、健康状態を維持する ことを目的としている(図 1 ①)。被災者の栄養状 態に影響する要因として、まず、被災前の栄養状態 が挙げられる(図 1 ②)。わが国の場合、高齢者の 一部に見られる低栄養や、若年女性のやせなどを除 いて、たんぱく質・エネルギー栄養状態に不足は見 られない。しかし、国際機関が策定している非常時
の栄養マニュアルは開発途上国での援助活動を想定 している場合が多いため、被災者によく見られる栄 養問題もたんぱく質・エネルギー栄養失調(protein energy malnutrition; PEM)や微量栄養素欠乏な ど、もともと開発途上国に特徴的なものが多く挙げ られている1)。わが国における栄養・食生活支援活 動の参考となるように、ふだん栄養状態の良い集団
(previously well-nourished population) の 被 災 時 の栄養リスクについての知見もまとめる必要があ る。本稿では、被災時の栄養リスクの中でも、スト
実践事例報告
受理日:平成 21 年 4 月 8 日、採択日:平成 21 年 11 月 10 日
連絡責任者:須藤紀子 〒 351─0197 和光市南 2─3─6 国立保健医療科学院生涯保健部 TEL 048─458─6195 FAX 048─469─3716 E─mail:[email protected]
ストレス負荷時の食事摂取量の変化と 必要な栄養素
─被災者への栄養・食生活支援のために─
須藤紀子*1、澤口眞規子*2、吉池信男*3
*1国立保健医療科学院生涯保健部、*2岩手県県央保健所、*3青森県立保健大学健康科学部
総 説
Noriko Sudo*1, Makiko Sawaguchi*2, Nobuo Yoshiike*3
*1Department of Health Promotion, National Institute of Public Health;
*2Ken-o Public Health Center, Iwate Prefecture;
*3Faculty of Health Sciences, Aomori University of Health and Welfare
要旨:災害時の栄養・食生活支援活動の参考となるように、被災者の栄養リスクについての知見をまとめた。被災 のようなライフイベント発生時には、ストレスによる食欲低下と共に、食事やその準備にかけられる時間の減少、
調理意欲の低下によって、食事摂取量が減少する。しかし、時間や調理意欲のなさに、ファストフードやインスタ ント食品を選択することによって対応するとエネルギー摂取量は増加する。ストレスが慢性化すると、ストレスか らの回復をめざして食欲は増進する。ストレス対処行動として菓子類の摂取が増加するので、摂り過ぎに注意が必 要である。ストレス負荷時は脳のエネルギー源となる糖質と必須アミノ酸を含む良質なたんぱく質を十分に摂取す る必要がある。微量栄養素では、生鮮食品を含む多様な食品を摂取することで、ビタミン B1、ビタミン B6、ビタ ミン C を確保する。特に平常時から不足しがちな鉄とカルシウムには注意が必要である。
キーワード:災害時の栄養・食生活支援、被災者の栄養状態、被災時の栄養リスク、ストレスによる食事摂取量の 変化、ストレス負荷時に必要となる栄養素
Changes in Food Intakes and Required Nutrients under Stress:
to Support Disaster Victims with Food Assistance
レスによる食事摂取量の変化と、ストレス負荷時に 特に必要となる栄養素に焦点を当てて解説する。
ストレスによる食事摂取量の変化
Ⅱ
被災時の食事は、食品の流通やライフラインが復 旧し、調理ができるようになるまで、分配食料に依 存するため、その内容が被災者の栄養状態に大きな 影響を及ぼすことが予想される(図 1 ③)。過去の 被災地からの報告によると、分配食料はパンやおに ぎりなどの主食が中心であり、野菜が不足してい た2)。しかし、たとえ分配食料に栄養学的配慮がな されていたとしても、被災者がそれを十分に摂取し なければ、栄養状態は悪化する(図 1 ④)。冷たい おにぎりや弁当は、特に高齢者には食べづらいもの であった2)。しかし、このような分配食料の内容の 問題以外にも、被災による不安や恐怖などの心理的 ストレスによって嗜好や食行動が変化し、食事摂取 量が増加もしくは減少する可能性が考えられる(図 1 ⑤)。
ラットでは拘束ストレスによって摂食量が減少す ることが知られているが、ヒトでは精神的ストレス が加わると、ストレスの種類や強さにより、食事摂 取量は減少、増加あるいは不変と様々な反応を示 す3)。ストレスの主要な伝達・反応経路は、自律神 経(交感神経)系と視床下部─下垂体─副腎皮質系 に大別されるが、急性ストレスの場合は前者、慢性 ストレスの場合は後者の経路で伝達される4)。急性 ストレスにさらされると、交感神経が刺激され、交 感神経末端からノルアドレナリンが分泌される。ノ ルアドレナリンは摂食の引き金となる視床下部外側
野の摂食中枢のブドウ糖感受性ニューロンの活動を 抑制する5)。この機構がストレス刺激による食欲不 振の神経生理学的な説明とされている。同時に副腎 髄質からはノルアドレナリンとアドレナリンが分泌 され、交感神経の作用を増強する。その結果、血圧 上昇、瞳孔拡大、発汗、立毛、呼吸促進などが起こ り、身体は臨戦態勢となる。このような状態では食 欲は抑えられ、食事摂取量も減少する。一方、慢性 的なストレス刺激は、まず脳の視床下部に伝達さ れ、副腎皮質刺激ホルモン放出因子(corticotropin- releasing hormone; CRH)の分泌を促す。CRH は 脳下垂体前葉に作用し、副腎皮質刺激ホルモン
(adrenocorticotropic hormone; ACTH) を 分 泌 さ せる。ACTH によって最終的に副腎皮質からコル チゾールが分泌される。コルチゾールはストレスホ ルモンとも呼ばれ、ストレスがかかった時に分泌さ れるため、ストレス負荷の生化学的指標としても用 いられる。コルチゾールにはストレスからの回復を めざして食欲を増進する働きがあるため、食事摂取 量は増加する6)。このように、ストレッサーの種類 によっても食事摂取量は異なってくる。図 2 の「内 分泌系」の部分には、以上のことを簡略化して示し た。
一方、Macht は、ストレスの強さによって食事 摂取量の変化の仕方が異なり、強いストレス下で は、食欲は抑えられ、食事摂取量は減少するが、そ れ以外の場合は増加するとしている7)。この増加 は、普段ダイエットなどで食事制限している者や、
図 1 被災者の栄養状態に影響する要因
健常者
嗜好・食行動の変化
生理的変化 有病者 疾病の悪化
⑤
被災前 の栄養 状態
②
不安や恐怖などの心理的ストレス
④ 被災時 の食事 摂取量
③ 分配食 料の内 容
① 被災者 の栄養 状態
⑥ 被災時 の栄養 必要量
図 2 食事(エネルギー)摂取量の変化をもたら すライフイベントの影響
ライフイベント
②買物・調理・食事にかけられる時間↓
④(震災時)調理環境・調理意欲↓ ストレス
ノルアドレナリン コルチゾール 内分泌系
食欲↓ 食欲↑
急性 慢性
食事(エネルギー)摂取量↓ 食事(エネルギー)摂取量↑
③食品選択 ①ストレス対処行動
感情的な摂食を行う傾向がある者に見られる。スト レスによって食事量の制御ができなくなったり、ス トレスによって生じる感情の変化を摂食によってコ ントロールしようとするために食事摂取量が増加す る(図 2 ①)7)。後者のようなストレス対処行動と しての食事では、特に甘いものや8,9)、脂肪分やエ ネルギー密度の高い食品10)が摂取される傾向があ る。援助食料の中には大量の菓子類が含まれ11)、被 災者側もストレスの中で、甘いものや嗜好品を欲し がる者が多いと考えられるが、分配には注意が必要 である。新潟県中越沖地震では、援助食料の菓子類 を被災者が自由にアクセスできる場所に放置してお くと過剰摂取につながるため、おやつの時間を決め て貼り紙をし、調整を行っていたが12)、保健所や被 災市町村の栄養士によるこのような食生活の管理は 重要である。
このほか、ストレスとは別に時間的な要因も影響 する。ストレスをもたらすようなライフイベントが 発生すると、平常時に比べ、食品の購入・調理・食 事にかけられる時間は減少する(図 2 ②)13)。ライ フイベントとは生活の変化を余儀なくされる出来事 であり、配偶者の死、けがや病気、転職、多額の借 金、被災などである。このような出来事が生じた時 は変化への適応に追われ、十分に時間をかけて料理 や食事をすることはまれである。食事摂取量は食事 時間の長さに正比例するため14)、ライフイベント発 生時には食事摂取量は減少することが予想される。
この時、エネルギー密度の高いファストフードや市 販の弁当、インスタント食品を利用することによっ て時間のなさに対処すると、エネルギー摂取量は増 加することが考えられる(図 2 ③)。
時間的要因以外にも、震災などの自然災害の場合 は、ガス・水道・電気などのライフラインや調理設 備が途絶・損壊し、調理環境に影響を及ぼす。新潟 県中越大震災の被災者には、インスタント食品やレ トルト食品の摂取頻度の増加が見られたが15)、調理 環境が整わないことや被災によるショックで調理意 欲が低下したためと考えられる(図 2 ④)。
ストレス負荷時に必要となる栄養素
Ⅲ
栄養素の摂取不足の評価は、必要量との比較によ
ってなされる(図 1 ⑥)16)。人体は恒常性が保たれ ているが、前述したようなストレスによる内分泌の 変化は認められる。また、被災時には疾病の悪化が 多く報告されるが、罹患時は健常時に比べ、栄養必 要量が増加する。このような被災時の栄養評価や食 事計画は何に基づいてなされるべきであろうか。世 界 保 健 機 関(World Health Organization; WHO)
は被災者(emergency-affected population)のため のエネルギー、たんぱく質、微量栄養素の必要量を 示している17)。エネルギーとたんぱく質必要量につ いては開発途上国用と先進工業国用の 2 種類が示さ れているが、これは単に人口構成を変えてあるだけ で、被災前の栄養状態の違いを反映させたものでは ない。また、基となっている必要量の算出にも被災 による生理学的、もしくは行動学的変化という要素 は加味されていない。通常使用されている食事摂取 基準でさえも限られた研究結果を外挿して策定して いるのが現状である。ヒトに被災ストレスを負荷 し、出納実験を行って栄養必要量を推定するのは不 可能である。そこで、生化学的なレベルからストレ ス負荷時に摂取が推奨される栄養素について考えて みる。
前述したように、ストレス反応には脳─神経系が 深く関与しているが、脳と神経系は糖質のみをエネ ルギー源とする。脳の重量は体重の 2% しか占めな いが、安静時のエネルギー消費量は約 20% と高率 である18)。しかし、脳のブドウ糖貯蔵量は少なく、
基礎代謝時の消費においても 10~15 分で枯渇して しまう量である18)。糖質の摂取が不十分な場合、体 内では必要なエネルギーを供給するために、たんぱ く質を分解してブドウ糖をつくりだす。ストレス時 に骨格筋などの体たんぱく質が糖新生の基質として 過度に異化されるのを抑制するために、グルコース の投与が有効であることが示されている19)。以上の ことから、ストレス負荷時には十分な量の糖質を摂 取することが重要である。
たんぱく質を分解してブドウ糖をつくりだす働き をするのが、ストレス負荷時に分泌されるノルアド レナリン、アドレナリンなどのカテコールアミンや コルチゾールなどの異化ホルモンである20)。異化ホ ルモンの作用によって血糖値が上がり、身体や脳に
エネルギーが供給され、ストレスと闘う、もしくは ストレスから逃げることが可能な状態となる。しか し、糖質やたんぱく質の摂取が十分でなく、これら のホルモンが長期間にわたり分泌され続けると、体 内のたんぱく質分解が亢進し、免疫力の低下を招 く21)。このように、ストレス下ではたんぱく質代謝 が変化し、必要量が増加する。よって、たんぱく質 を十分に摂取することは、ストレスによる消耗を補 い、身体を構成するたんぱく質や免疫力を維持する ためにも重要である。
また、たんぱく質の構成成分であるアミノ酸は、
アドレナリン、セロトニン、ギャバ(γ─アミノ酪 酸)などの神経伝達物質の原料となる。これらの神 経伝達物質は、ストレスと闘うやる気を起こした り、感情を制御して精神を安定させたりする作用を 持つもので、ストレスから身を守るために重要な物 質である。なかでもセロトニンは他の神経伝達物質 とは異なり、必須アミノ酸であるトリプトファンが ないと合成されない22)。トリプトファンは慢性スト レスにさらされると枯渇しやすいため、ストレス負 荷時にはトリプトファンを多く含む食品を摂取する 必要がある。
しかし、トリプトファンだけを十分に摂取してい ても、糖質が不足すると、トリプトファンは血液脳 関門をスムーズに通過できずに、セロトニンを十分 に合成できなくなる。糖質を含む食事を摂取する と、血糖値が上昇し、血糖値を下げるホルモンであ るインスリンが分泌される18)。インスリンにはチロ シン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン といった長鎖の中性アミノ酸(large neutral amino acids; LNAA)を筋肉中に取り込む作用がある18)。 一方で、トリプトファンは細胞中には取り込まれ ず、血中アルブミンと結合したまま、血液中にとど まる18)。トリプトファンと LNAA は血液脳関門を 通過する際に必要なアミノ酸輸送体をめぐって拮抗 するため、血清 LNAA の割合が低いとトリプトフ ァンの脳への輸送と脳内でのセロトニンの合成がス ムーズになる18)。したがって、糖質を十分に摂取す ることは、脳にエネルギーを供給するだけでなく、
ストレスへの応答に必要な神経伝達物質を合成する ためにも重要である。
避難生活で起こしやすい微量栄養素欠乏
Ⅳ
糖質、たんぱく質といった主栄養素だけでなく、
ビタミン、ミネラルといった微量栄養素も生体内化 学反応の酵素の補因子として重要である。例えば、
いくら糖質を摂取しても、ビタミン B1がなければ ブドウ糖を酸化してエネルギーに変換することがで きない。また、ビタミン B1と神経との関係は、その 欠乏症を見ればわかる。ビタミン B1の欠乏が主因 となる疾患は脚気とウェルニッケ脳症で、両者とも 神経障害を来す23)。過労などにより神経の興奮が高 まる際には、ビタミン B1の消費量が増加するとい う報告がある24)。また、ストレス対処行動としての 甘いものの過剰摂取もビタミン B1を消費する25)。 被災時は神経が休まらず、分配食料もおにぎりやパ ンなどの精製穀類に偏る傾向があるため、ビタミン B1不足には特に注意が必要である。
アミノ酸が神経伝達物質の原料となることは前項 で述べたが、ノルアドレナリン、アドレナリン、セ ロトニンなどのアミンは、脱炭酸酵素によってアミ ノ酸から二酸化炭素がとれることによってつくられ る。この脱炭酸酵素の補酵素がビタミン B6である。
したがって、このビタミンは神経伝達物質合成の鍵 を握るビタミンと呼ばれ、脳の働きに大きな影響を 与えている20)。
ビタミン C は高い還元力を持ち、コラーゲン合 成に関与する水酸化酵素の補因子である第一鉄を還 元型に保つ上で、不可欠な役割を担っている26)。コ ラーゲンは結合組織の主な構成成分であり、体たん ぱく質の中で最も量が多く、総たんぱく質量の 1/3 を占める27)。たんぱく質なので、前述したように、
ストレスがかかるとエネルギーを産生するために分 解されてしまう。また、血清ビタミン C レベルも 様々なストレスにより低下する21)。ビタミン C が 欠乏すると、コラーゲン合成におけるリジンやプロ リンの水酸化が低下し、コラーゲンの合成が不足す ることにより、創傷の治癒が遅くなる28)。被災時に は、ストレスにより、コラーゲンが分解され、ビタ ミン C の消費量は増加する一方で、建造物の倒壊 や避難時の転倒などにより、負傷することが多い。
コラーゲンの修復に必要なビタミン C を十分に摂
取する必要がある。
ビタミン C は副腎に高濃度に存在し、ノルアド レナリン、アドレナリン、コルチゾールといった副 腎から分泌されるホルモンの合成に関与してい る29)。しかし、強いストレスにさらされると副腎の ビタミン C は枯渇してしまう。ストレスと闘う臓 器である副腎の機能を維持するためにもビタミン C の摂取は重要である。
副腎、下垂体に次いで、白血球はビタミン C が 最も高濃度に存在する臓器である30)。白血球中のビ タミン C は、感染や炎症時の食細胞による捕食現 象や好中球の活性化の際に産生される活性酸素種
(reactive oxygen species; ROS)を除去する強力な 抗酸化因子である。特に冬場の避難所では感冒の流 行が懸念されるが、ビタミン C のサプリメントに よって感冒にかかる頻度が有意に減少したという報 告もある31)。ビタミン C は新鮮な野菜や果物が供 給源となるが、被災後はこれらの食品が入手しづら くなる15)。先に述べたビタミン B1不足も食事が主 食に偏重した時に起こりやすい。これらのビタミン 欠乏は生鮮食品を含む多様な食品の摂取により予防 可能である。輸送や保存が困難な生鮮食品をどのよ うに被災者に提供するかは今後の課題である。ま た、被災者に対して、サプリメントを提供すること の有用性についても調べていく必要がある。
国民健康・栄養調査結果によると、鉄欠乏性貧血 が 男 性 の 23.6%、 女 性 の 14.9% に 見 ら れ る ほ か32)、カルシウムの摂取量はほとんどの年齢階級で 目標量を下回っている33)。被災時には、主食中心の 分配食料に依存するため、ふだんから不足しがちな ミネラルの摂取がより困難となる。
鉄が欠乏すると、ヘモグロビン濃度が低下するこ とにより、酸素運搬能が低下し、ブドウ糖の利用効 率が悪くなる18)。また、鉄はエネルギー産生に関与 する多くの酵素の補因子である34)。抗体産生など、
免疫にも関与している35)。ビタミン A は感染症の 予防に重要であるが36)、ビタミン A の前駆体であ るカロテンをビタミン A に変換するにも鉄が必要 である35)。さらに、鉄はセロトニンやカテコールア ミンの合成および作用にも関与している37)。鉄欠乏 は平常時においても最も多く見られる微量栄養素欠
乏であるが36)、パンやおにぎりなどの穀類が中心 で、ヘム鉄を多く含む動物性食品など多様な食品が 摂取できない被災時には、より増加すると考えられ る。
カルシウムはブドウ糖と同様に、脳で重要な働き をする。細胞外液中のカルシウムイオンは神経細胞
(ニューロン)の細胞膜に存在する電位依存性カル シウムイオンチャンネルを通じて細胞内に取り込ま れ、陽イオンが流入したことによって生じる電気シ グナルによって、シナプス小胞からノルアドレナリ ンやアセチルコリンなどの神経伝達物質が放出され る38)。カルシウムが不足するとイライラすると言わ れているが、カルシウムには脳神経細胞の興奮を抑 制する働きがあり、欠乏すると病的な興奮状態が起 きる39)。脳神経細胞内に十分なカルシウム量が維持 されていれば少々のストレスがかかっても精神的動 揺や興奮状態は起こりにくい39)。しかし、精神的ス トレスや肉体的ストレスをかけると、腸管でのカル シウムの吸収率が減少することが報告されてお り20)、ストレス時に分泌されるコルチゾールやノル アドレナリンはカルシウムの尿中排泄を促進す る19)。以上のことから、ストレス下では積極的にカ ルシウムを補給する必要がある。
体内のカルシウム不足の原因は摂取量の不足だけ ではない。加工食品を多用すると、それに添加され ているリンの摂取量も増加する。生体内のカルシウ ムの大部分は骨に存在し、骨はカルシウムの貯蔵庫 となっているが、リンの過剰摂取は尿中へのカルシ ウムの排泄を高め、骨塩量を低下させる。被災後 は、保存や輸送に便利で、調理の簡単な加工食品や インスタント食品を利用する機会が増加する一 方15)、牛乳・乳製品は要冷蔵の場合が多く、備蓄や 援助食料には含まれにくいため、平常時にも増して カルシウム不足に注意する必要がある。
今後求められる調査研究
Ⅴ
災害時の栄養・食生活支援をより適切かつ円滑に 行うための「災害栄養」という学問分野を発展させ るために一番重要なことは、被災地における公衆栄 養活動の取り組みをエビデンスとして蓄積していく ことである。なかでも図 1 の「①被災者の栄養状
態」、「③分配食料の内容」、「④被災時の食事摂取 量」といった情報は、被災時にしか収集できない貴 重なデータであり、行政栄養士による把握と管理が 求められる。しかし、災害発生後の現場では、自ら も被災した栄養士が、損壊・停電した建物の中から 備蓄食料を運び出し、不規則的に届けられる雑多な 援助食料と共に、傷みだす前に、避難所間でなるべ く差が生じないように配慮しながら振り分けていく のが精一杯というのが現状である40)。
少数配置の行政栄養士が、災害時においても、栄 養評価や食事計画などの専門性を生かした業務に従 事できるようにするためには、関係機関や専門職団 体からの人的支援が必要である。新潟県では中越大 震災による食生活への影響を調べるため、発生後わ ずか 4 カ月後には食生活実態調査を実施している。
県と災害協定を結んでいる新潟県栄養士会が調査員 となって実施されたが、このような人的支援体制が 整っている自治体は少数派である。被災者支援の中 心となる市町村を対象に行った全国調査によると、
都道府県栄養士会と人的支援に関する協定を「締結 している」もしくは「現在協定締結を検討中」と回 答したところは 3% に過ぎなかった41)。また、行政 栄養士が他機関との連携づくりをする際には、異動 によって担当者が変わった場合でも継続して支援や 育成ができるような体制づくりが必要である。その ためには行政栄養士全体が危機管理意識を共有し、
地域のコーディネーターとなることが求められる。
本稿の「Ⅱ.ストレスによる食事摂取量の変化」
では、ヒトを対象とした研究のレビュー論文を引用 した4,7)。個々の研究を見てみると、手術や学力試 験前の不安やストレスが食事摂取量に及ぼす影響を 調べた研究もあるが、多くは電気ショックやホワイ トノイズ(音声などに混入するノイズの中で、すべ ての周波数帯域においてエネルギーが均一に混入し た雑音)、作業課題を与えることによって人為的に 恐怖やストレス、抑うつ状態をもたらし、それによ る変化を見たものである。同じ恐怖や不安、抑うつ 感でも自然災害によるものとは程度や性質、持続性 が異なる。自然災害による影響は、災害発生の現場 においてのみ調べることが可能であるため、データ の収集・蓄積が非常に重要となる。
謝 辞
本研究は、平成 20 年度厚生労働科学研究費補助 金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)「災害・
重大健康危機の発生時・発生後の対応体制及び健康 被害抑止策に関する研究」(研究代表者:大井田隆)
の分担研究として実施されました。
文 献
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13─18(2009)