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The Buccaneersの彷徨う人々 : Edith Whartonのデ ィアスポラ的視座

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The Buccaneersの彷徨う人々 : Edith Whartonのデ ィアスポラ的視座

著者 石塚 則子

雑誌名 同志社大学英語英文学研究

号 79

ページ 39‑59

発行年 2006‑03

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000008536

(2)

The Buccaneers の彷徨う人々

―Edith Wharton のディアスポラ的視座

石 塚 則 子

 Edith Whartonの死後に出版された未完の小説The Buccaneers(1938)は,

ピューリッツァー賞を受賞した代表作『無垢の時代』(The Age of Innocence) と同時代,つまりウォートン自身が幼少時代を過ごした1870年代を舞台に,

新興成金の娘たちがニューヨークの旧上流社会,さらには海を越えて,イギ リスの貴族階級の世界を「侵略」していくプロットが展開される。個人(と りわけ女性)の自立と社会との確執をテーマにした彼女の代表作『歓楽の家』

(The House of Mirth),『お国の習慣』(The Custom of the Country),『無垢の時 代』と重なる部分が多いが,ウォートンの作品の中ではあまり取り上げられ ることはなかった。89000語ほど書かれたところ(29章の半ば)で,1934年 末にウォートンが筆を絶ったので,遺された構想メモをもとに全体像を推測 することしかできないことが批評の対象として取り上げられることを妨げて いることは事実であるし,1 また1920年代後半以降,経済的理由から大衆雑 誌に短編や中編小説を売り込むことに熱心なあまり,それ以前の作品群に比 べて晩年の作品の質の低下は否めないというのがウォートン研究の通説であ る。

 批評家たちの中には,もし完結していれば,ウォートンの代表作になって いたに違いないとの評価もある一方で(McDowell 42, 139),以下のJohn Updikeのようにその稚拙な構造や内容の不整合や雑多な筋を指摘するものも ある。

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The Buccaneers as it was left is a pretty mess––an ambitious canvas spottily covered with pastel sketches. It wasn’t just the infirmities of age that prevented Edith Wharton from completing it but its own internal contradictions and proliferating loose ends. A novel should grow its complications from a stout central stem, and the stem here was manifold from the start. . . . as Wharton executed the plot its multiplying ramifications diffuse the action to the consistency of froth.(199-200)

確かに,雑多な背景をもつ多くの登場人物が錯綜し,場面がアメリカの避暑 地サラトガ,ニューヨーク社交界,さらにイギリスのロンドンや田園地帯と いうように目まぐるしく変わる。また一方,結婚こそが女性の「天職」と期 待する社会のジェンダー観に疑問を呈し,結婚は女性を男性の所有物とし,

女性の自立を阻むと弾劾してきたウォートンの作品の中で,The Buccaneers は新しいジェンダー観を提示しているとフェミニズム批評では最近評価され ている(Goodman 142, Wershoven 210)。本論では,生涯にわたり女性の自立 と結婚をテーマにしたウォートンが,Morton Fullertonとの恋愛や自らの離婚 を経て,また第一次大戦をはさんでアメリカとヨーロッパ両方の文化の中で 暮らしながら,絶筆となったこの作品でどのようなmarriage plotを展開して いるかを考察していきたい。またそこから最晩年の作者ウォートンの大西洋 両岸,つまりヨーロッパとアメリカに対する視座が明らかになるように思わ れる。1933年に自伝『顧みて』(A Backward Glance)を発表したあとで,晩 年の孤独感を照射しながら,old New Yorkを扱った以前の作品とは違った観 点から,ウォートン自身にとっての本拠である1870年代のアメリカとヨー ロッパを舞台に彷徨う人々の居場所と主体定位を作品化しているように思わ れる。

I

 1920年に出版された『無垢の時代』では,1870年代のニューヨーク上流

(4)

社会に対して抵抗と居心地の良さの両方を感じるNewland Archerが,対照的 な二人の女性,May WellandとEllen Olenskaの間で揺れ動くさまが,アー チャー自らが語り手となって展開される。離婚してヨーロッパ社会から舞い 戻ってきたエレンに惹かれるアーチャーは,ニューヨークの社会に対して違 和感を覚えながらも,「想像力に対して心を閉じ,経験に対して感情を閉じて しまう無垢」(146)を保持するように育てられてきた,いわば社会の申し子 ともいえるメイと結婚し,結局はニューヨーク上流社会の保守的なダイナミ ズムへの忠誠を棄てることはできない。こうした語り手アーチャーのニュー ヨーク社会に対する揺らぎを通して,ウォートンは,偽善をうまく隠蔽しな がら「平静な外観」(10)を装い,新興成金の台頭や時代の変化に対して社会 の秩序を守ろうとする「堅固な小要塞ニューヨーク」(31) を批判しながらも,

旧きよき伝統への郷愁を滲ませながら描いている。

 ウォートンは自伝『顧みて』の中で,第一次世界大戦を経て身も心も疲弊 してしまった自分が,戦後の社会を受け入れ,また創作を再開するためには,

一度現実から離れる必要があったと述べている。その「一時的な現実逃避」

は,「もうすでに消え去ってしまったアメリカ」(369)の記憶を作品化するこ とであった。自らが生まれ育った旧きよきニューヨークを再構築しようとす る姿勢は,『無垢の時代』の冒頭のシーンに象徴的に表れている。そこでは,

冬のシーズンになると,「小さくて不便」(3)にもかかわらず,歴史と伝統が ある音楽院(The Academy of Music)に旧上流階級が着飾って集まる絢爛な スペクタクルが繰り広げられる。しかし,その一方で「高額な建設費と壮麗 さ」で新しいオペラ劇場ができるらしいという噂が象徴的に示すように,ご く一部の由緒ある家柄の一族が頂点となった階層構造をもつ,「まだ割れ目一 つなく,足がかりもない,つるつるすべる小さいピラミッド」(49)のように 見える社会にも,実際には新興成金や由緒ある一族と縁続きになった怪しげ な出自の者が侵入し始めていたのであった。しかし,『無垢の時代』では,時 代の変化に身を任せつつ,また外の世界に惹かれながらも,「小さいピラミッ

(5)

ド」に留まるアーチャーの視点で語られることで,失われたニューヨーク社 会の美徳,つまり社会の秩序や伝統に対する保守的な視座が前景化されるの である。さらに最後の一章では,若い世代が台頭し,自由に大西洋を往来す ることが可能になった1920年代に時間を移し,過ぎ去った1870年代を回顧 して自らの社会における位置をアーチャーが確認することでさらにアー チャー/ウォートンのold New Yorkへのノスタルジアが浮かび上がってく るのである。ウォートンが創出した作品世界は,ごく限られた狭い世界であ りながらも非常に濃密なものである。

 同じ1870年代を舞台にしながらも,The Buccaneersでは,アーチャーや メイと対極にある,ニューヨーク上流社会に入り込もうとする「侵略者」た ちに視点が置かれ,冒頭のシーンは由緒ある上流階級の避暑地のニューポー トとは対照的な,「いろんな人が入り混じり,雑然としている」(4)サラトガ のホテルである。2  新興成金のセント・ジョージ家とエルムズワース家の二 姉妹とクラソン家の娘3の五人が一団となって,父親がウォール街で稼いだ 財を後ろ盾に,まずニューヨーク社交界,そしてさらには大西洋を越えて,

社会的地位のある男性との結婚を目指すのである。Book I では,1873年に 五人の娘がイギリスから家庭教師のLaura Testavalleyを迎え,“drawing- room accomplishments” (51) などの社交マナーをしつけられ,格式あるニュー ヨーク社交界への進出を試みるが,結局は旧勢力に排除されてしまう。Book IIでは,その二年後の1875年にめでたくイギリスの貴族と結婚したクラソ

ン家のConchitaを足がかりに,四人の娘が今度はローラと共に「社交界への

野望」(156)を胸に大西洋を越えて,“new band of marauders”(103)としてイ ギリス上流階級への「冒険」(103)に乗り出す。社会的地位や伝統ある貴族と の血縁を求める一方,全く違う考え方をもち「伝統などに対して無知であり 階級などに鈍感な」(159)アメリカ娘の一団と,財政的に逼迫しながら格式や 財産を維持しようと腐心するイギリス貴族たちの双方の思惑が絡む結婚狂想 曲が展開され,イギリスとアメリカの風俗習慣の違いやお互いに対する偏見

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や無知が戯画化されている。しかしながら,小説の中盤から異なる文化的背 景を持つグループ間の摩擦から,社会の中で自らの居場所を求める個人のあ りように焦点が移っていく。特に,貴族階級の中でも最も格式があり,“The greatest match in England”(161)であるTintagel公爵とセント・ジョージ家の 末娘Annabel(通称Nan)とGuy Thwarteに焦点が当てられる。Book IIIで は,そのさらに二年後イギリス貴族と結婚したそれぞれのアメリカ娘たちが,

旧弊な因習に閉塞感を感じ,経済的にも困窮する姿が描かれる。そして,最 も地位のある貴族と結婚したナンが,公爵夫人としての自分に違和感を感じ,

自由を求めて公爵家を出て,さらにはGuy Thwarteに対する真の愛に目覚め る過程へと物語の展開軸が移っていく。このあたりでウォートンは筆を置い ている。遺された構想メモによると,ローラが自らの結婚を諦めて,若いナ ンとガイの恋愛を成就させるために,南アフリカへの駆け落ちを実現させる という結末である。

 Carol Wershoven は“Edith Wharton’s Final Vision: The Buccaneers”の中で,

この作品は伝統に縛られた世界と闘う,社会に波紋を投げかける立場の女性 たちが団結して,従来のウォートンとは違った「新しい,楽観的なパターン」

を繰り広げていると論じている(209-10)。さらに,新しいものと伝統的なも のが融合し,未来に対して明るい展望を提示しているという(210)。確かに,

イギリスの貴族Seadown卿をめぐって,アメリカ娘のVirginia St. Georgeと

Lizzy Elmsworthは争っていたが,以前から愛人であると噂されていたLady

Churtの出現で,Lizzyが自分の野望を犠牲にして,Seadown卿とVirginiaの

キューピット役に徹する。またアメリカ娘たちは,家庭教師のローラや,ロ ンドン社交界にやってくるアメリカ人を長年サポートしている,イギリスに

帰化したJacky Marchなどの支援で,それぞれお目当ての結婚相手と結ばれ

る。さらに,結婚してからも互いに協力し合い苦難を乗り越えようとする。

最も地位のある貴族と結婚したナンが公爵家を出て,ガイとの恋愛を成就す ることができるのも,ガイの父との結婚を諦めて二人のために自らの恋愛を

(7)

犠牲にするローラの存在があったからこそである。閉塞的な貴族社会の生活 に自らを埋没させることを良しとせず,周囲の女性たちに支えられながら,

大胆にも家を飛び出すナンの行動は,結婚という制度と苦闘し自らの主体性 との葛藤に孤独に耐えるウォートンの他のヒロインたちとは異なり,この作 品では女性同士の連帯や新しいジェンダー観が前景化されている。

 その一方,『無垢の時代』のEllen Olenskaや『歓楽の家』のLily Bartのよ うに,孤独のうちに社会から排除されていく女性像を通して,ジェンダー化 された社会のダイナミズムを描いてきたウォートンが,The Buccaneersでは,

時代とともに変容していく社会の中での個人の生の模索に焦点を当てている ように思われる。つまり,ウォートンはニューヨークのサラトガに代表され る新興成金とニューポートの旧社交界,あるいは大西洋を越えてやってきた アメリカ人とイギリス貴族社会といった勢力争いを描いてはいるものの,そ の描写は非常に平板で戯画化されている。『歓楽の家』の創作意図が,如何に 社会が個人(とりわけ女性)を抑圧し追い込むかを描いたことにある( A Backward Glance 207)のとは対照的に,The Buccaneersにおいては,それぞ れの社会を移動(彷徨)する,あるいはそれぞれの社会の周縁で生きる個人 の有り様や生の模索が語られる。

II

 作者ウォートンは,幼い頃からヨーロッパとアメリカを移動し,大西洋を 70回以上も往来したという(Bentley 150)。『顧みて』の中で,Henry James に「振り子のような女性」と呼ばれたエピソードを挿入しているほど(177), その人生の大半が旅や移動の連続であった。4 幼少期の半分ほどをヨーロッパ 各地で暮らし,結婚後も毎年旅に出ていたし,季節ごとにニューヨークと ニューポートそれぞれの住まいに暮らしていた。1902年に,自ら建築家と共 に設計に携わり,マサチューセッツ州レノックスに庭を含めた壮大な屋敷 (The Mount)を建て,暫くは執筆活動や親しい友人との交流によって,比較

(8)

的自律した平穏な日々を過ごしていた。しかし,1908年ごろより夫との関係 が悪化し,1912年にThe Mountを売却してからは,ヨーロッパでの滞在が 長くなり,次第に居をヨーロッパに移すことになる。The Mountの存在が彼 女にとってどれほど大切か,伝記の著者であるR. W. B. Lewisは,「The Mount を売却することは,アメリカでの最後の居場所と自分の根幹をなす部分を失 うことであることを,ウォートンは認識していた」と記している (Lewis 307- 08)。

 The Mountを売却した後,ウォートンはパリ郊外の家やプロヴァンスの別 荘などを転々とし,またヨーロッパの友人宅を訪ね歩いたりして,再び移動 が多い暮らしに戻る。第一次世界大戦中は慈善活動や前線での視察に奔走し,

一箇所に定着するような暮らしとは縁遠かった。また以前から自動車に関心

があり,5 車で様々なところに精力的に出かけて,ジェイムズに“the Angel of

Devastation”(Lewis 247)と言わしめたことは有名な逸話である。季節ごとに 住まいを移動し,またその合間にヨーロッパ,エーゲ海,北アフリカなどへ 旅行に出かけるといった移動の連続の人生であった。

 晩年のウォートンとヨーロッパを論じた論考の中で,Shari Benstockは ウォートンにとってのアメリカとヨーロッパを以下のように分析している。

Wharton’s sense of what it was to be European or American was quite specific to her time and place, conditioned by social class and economic status, gender and education, religious and political beliefs. Her subjectivity was patterned by these forces, and to pull away from an America she considered restrictive and stifling toward the rich cultural heritage of Europe was not simply liberating; it was also in some way self-destructive. It required that the fabric of subjectivity be rewoven to create a new pattern of connections between the social and its representation (or “aesthetic”). Wharton embraced this lifework, making a double text out of it. She wrote the text of her (European) self in the future tense, projecting it on the screen of her imagination, while

(9)

at the same time rescripting the (American) contexts of her youth and middle adulthood. (emphasis added; 21)

晩年にイギリスに帰化したジェイムズと違って,40歳を過ぎてからの余生を ほとんどヨーロッパで過ごしたにもかかわらず,ウォートンは祖国との絆を 絶った,いわゆる「国籍離脱者」ではない。夫との関係悪化により,The Mount を維持することが困難になり,またアメリカにはない,豊かな歴史や伝統あ る文化に惹かれて,ヨーロッパに渡るが,6 モダニズムの「故国離脱者」のよ うにヨーロッパ文化に帰属意識がもてないわけでもない。ヨーロッパとアメ リカ双方に地縁を保ちつつ,両方の文化と自己との関係性を常に模索し,両 方の文化や社会に対して複雑な視座を構築したように思われる。7 それ故,窮 屈なニューヨーク上流社会を離れて,知的生活や豊かな歴史や伝統文化を有 するヨーロッパにウォートンが移ったことは,単に自己を解放したにとどま らず,ある意味「自滅的」とBenstockは論じているのである。

 アメリカからヨーロッパへ移動することは,文化を越境し,その「外地」

に居場所を確保する,つまりは異郷での主体を構築することになる。ウォー トンの場合,ヨーロッパの文化的規範に回収されたり,あるいはどちらかに 定住しその文化に組み込まれていくこともなく,アメリカとヨーロッパの両 方の文化的規範の緊張関係の間で,流動的な位置にいたように思われる。そ れがある意味,「自滅的」と評することもできるが,大西洋の両岸の文化の中 で,またモダニズムが台頭し19世紀的なパラダイムが政治的にも歴史的に も崩壊する中で,ウォートンは自己意識を変容させていったのではないだろ うか。The Mount売却以降の1910年代,ヨーロッパの友人との交流を深め,

戦時中は慈善活動などで精力的に動き回っていたものの,1930年代になっ て,親しい友人や親族を失うことで,アメリカ,イギリス,フランスなどに 対する地縁が一つずつ消滅し,孤独感を募らせていったように思われる。

 晩年のウォートンの文化的越境の状態は,Bruce Robbinsが主張するような

「何にも忠誠心を持たない抽象的な空虚さよりも,様々なものへの忠誠心が重

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なり合っている濃密さ」(qtd. in Kaplan 126)を有するコスモポリタンでもな く,Mary McCarthyがやや軽蔑的に定義した,「自分自身の国をめったに考え ないし,考えるとしても嫌々ながら」であり,「自国から逃げ出したと思って いる」(qtd. in Kaplan 106)故国離脱者でもない。「本拠」と「外地」の間で,

どちらにも定着することなく,アンビヴァレントな視座を有するウォートン は,単に故郷から離れているということを表す,「異郷生活者」(exile)として 単純に類型化できないように思われる。

 元々「ユダヤ人の離散」という歴史的宗教的意味を持っていた「ディアス ポラ」は,ポストコロニアリズムやカルチュラル・スタディーズの論者によっ て広義に解釈されるようになり,非ユダヤ的コンテキストでも流通するよう になってきた。上野俊哉は『ディアスポラの思考』の中で,ディアスポラを ユダヤの歴史的民族的政治的ニュアンスを中立化しながら,以下のように定 義している。

ディアスポラとは起源の土地と物理的,空間的に切り離されていなが ら,観念的,精神的,倫理的には強く起源の場所と結びついている状 態を指している。それは伝統,歴史との徹底した隔絶を前提としてい ながら,それらと記憶において結ばれている。(76-77)

1 9 3 0 年代当時はアメリカとヨーロッパ間の移動は自由であったものの,

ウォートンは結局大戦後のアメリカを二度しか訪れなかった。さらに,第一 次世界大戦やモダニズムの影響で,ウォートンが心の拠りどころとしていた 戦前のアメリカやヨーロッパの伝統や文化は崩壊してしまっていた。本拠と 外地のどちらにも根を下ろさず,両方のシステムと緊張関係/アンビヴァレ ントな関係を保つ,流動的な位置を「ディアスポラ」と広義に解釈するなら ば,彼女の本拠であった1870年代ニューヨークや大戦以前のヨーロッパは もはや記憶の中にしか存在せず,どちらにも帰還不能であった。それゆえ,

1870年代のアメリカとヨーロッパを作品化することで,ウォートンは当時と 1930年代のヨーロッパに対し,「ディアスポラ」的視座を有していたと考え

(11)

られないだろうか。晩年を迎え,移動の連続であった人生を振り返りながら 1933年に『顧みて』を発表した後,The Buccaneersにおいて,自己意識の萌 芽を経験した,1870年代のニューヨーク社会の記憶を辿り,故国とヨーロッ パの両方に対する最晩年の心境を投影しながら,文化を越境することと自己 意識の関係を作品化しているように思われる。

III

 小説の中盤から作品の視点は,主にナン,ガイ,ローラに焦点が当てられ る。この三人はそれぞれの事情で,生まれ育った土地を離れて移動を経験し,

他の登場人物とちがって,結局定住の地をもたないことになる。ナン以外の アメリカの娘たちは,ヨーロッパとアメリカをまたにかけて物質的豊かさを 大胆に求めていった『お国の習慣』のUndine Spraggのように,社交界の動 向や流行以外のこと,つまりヨーロッパの伝統ある芸術や建築などに興味を 示さない。しかし,18歳のナンはイギリスの田園風景や古い屋敷に接するこ とで,アメリカにない古さや伝統に感動し新しい発見をしていく。8 またガイは,

準男爵家の一人息子で,魅力的だが経済力が乏しいため結婚相手としては最 低との評判の男性(“one of the most fascinating detrimentals in England” )(131) である。自然に恵まれた魅力的な屋敷(Honourslove)を所有しているが,そ れを維持するために外交官になる道を諦めて鉄道会社の技師として南アメリ カへ赴任し,そして数年後またイギリスに戻ってくるのである。家庭教師の ローラは,政治的理由でイギリスに亡命した「イタリアの革命家」(40) を祖 先に持ち,格式ある貴族の家や上流社会への進出を目論むアメリカの新興成 金の家庭などを転々としながら家庭教師をしている,いわば社会の周縁で自 立した暮らしをしている女性である。

 ガイと知り合ったものの恋愛の対象として意識する前に,ガイは南アメリ カに旅立ってしまい,ナンはふとしたきっかけで出会ったイギリスで最も格 式ある家柄のティンタージェル公爵と結婚する。しかしながら,公爵との結

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婚は,格式と規律に拘束される生活を彼女に強いることになる。結婚後の二 年間は,思い描いていた貴族社会での幸せな暮らしからはほど遠く,彼女は 新生活における自分の処し方に当惑する。結婚して“Annabel St. George”か ら“Annabel Tintagel”になる「不思議な変容」(242)に困惑し,公爵夫人と しての自己像に違和感を覚えるのである。イギリスの貴族社会という「新し い世界」に「移植され」(242),自分を取り巻く社会的条件が変わったこと で,彼女の主体性も変容を迫られる。ナンの自己意識の動揺は,トランスカ ルチュラルな移動に起因すると同時に,「公爵夫人」として従属した地位に なったこと,つまりジェンダーの要素も一因である。現に,夫であるティン タージェル公爵は,ナンが貴族階級というものを全く知らないがゆえに彼女 と結婚し,新婚当初,まるで趣味の時計いじりと同じように,妻を思うまま にコントロールできると思い込んでいる。しかし,ナンはティンタージェル 公爵夫人としての生活,つまり夫を支え貴族としての格式を維持していくた めの日常に溶け込むどころか,常にその仕組みに疑問を抱き続ける。さらに,

夫や義母の忠告に逆らって,伝染病の使用人を気遣って外出したことで流産 を経験し,「世継ぎを産む」という公爵夫人としての大切な役割を果たせず苦 境に立たされる。この情況を,ウォートンは「三番目のアナベル」(“a third

Annabel”)(259)が生まれたと表現する。つまり,ナンは過去の自己とも,現

在の自己とも隔絶した孤独な自己におちいっていくのである。

. . . there was the new Duchess isolated in her new world, no longer able to reach back to her past, and not having yet learned how to communicate with her present. (262)

 こうして,結婚と文化の越境によって,ナンの主体意識は宙づり状態とな る。そして,ウォートンはこのナンのアイデンティティの混乱を描いた後に,

ロンドン社交界に大西洋を越えてやってくる“the lovely transatlantic invaders”

(243)の受容の様子を描いている。依然としてアメリカ人に対する抵抗はある ものの,イギリス社交界は次第にアメリカの文化を受け入れ模倣し始めてい

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るのである。二年程前は難色を示していたにもかかわらず,いまやアフタ ヌーン・ティーに代わってアルコール度の強いお酒とポーカーゲームでアメ リカ人の客をもてなし,若いご婦人たちはテニスに興じ,また喫煙の習慣も ダイニングルームや書斎にまで広がってきた(243)。貴族と結婚しシードン 卿夫人となったナンの実姉ヴァージニアは,クリスマスに素人の黒人ミンス トレルショーを企画しているという(243)。確かに,ナンの孤独や自己認識の 混乱は,結婚という制度によって自己変容を迫られたことにも由来するが,

ウォートンはイギリスでのアメリカ文化の受容を背景にして,ナンの主体定 位の揺らぎを異文化への移動によるものであるかのように描いているように 思われる。

 さらに,ナンが伯爵家を出てまず身を寄せるところは,Mrs. Glenloeの家 である。Mr. Glenloeは一年のほとんどをカナダで暮らし,息子たちは世界各 地で仕事に携わり,イギリスの邸には妻と娘たちだけしか住んでいない。そ のため,グレンロー夫人は世界中を移動し,イギリスの家には世界各地から 持ち帰った物産が飾られている。窮屈な伯爵家を出たナンにとって,その家 の自由な雰囲気,雑多な文化が混在している空間に,束の間癒されるのも至 極当然であるように思われる。

 ウォートンは,ナンの結婚後の自己意識の混乱と,ガイのブラジルから帰 還後の再適応へのとまどいを並置して描いている。ガイは,南アメリカでの 滞在中にパキータというブラジル人の女性と結婚し,当初は「イギリス本国 との絆を断ち切って,ブラジルで鉱山の所有者として新しい生活を始めるこ とを考えていた」(269)が,妻の死によってイギリスに戻ることになる。帰 国後,ガイは4年間の空白を埋めることができずに当惑する。

His father’s challenge, calling him back suddenly to his old life, the traditional life of a Thwarte of Honourslove, had shown him for the first time how far from it all he had traveled in the last years, how remote had become the old sense of inherited obligations which had once seemed the very marrow of his

(14)

bones. (266)

イギリスとはまったく違う遠い異国で暮らしてきたために,帰国後,南米に 渡る前の自分との整合性がとれず,以前は自分にとって大切であった先祖 代々継承されてきた義務も今は疎遠に感じられるのである。

. . . strive as he would he could not yet fit himself into his place in the old scheme of things. The truth was, he was no longer the Guy Thwarte of four years ago, and would probably never recover that lost self. The break had been too violent, the disrupting influences too powerful. Those dark rich stormy years of exile lay like a raging channel between himself and his old life, and his father’s summons only drove him back upon himself.

“You’ll have to give me time, sir––I seem to be on both sides of the globe at once,” he muttered at length with bent head. (266-267; emphasis added) ナン同様,ブラジルから帰還したガイは,以前イギリスにいた頃の自分と,

ブラジルで過ごした四年間の自分と,さらに戻ってきて父の期待にそうべく 下院議員としていつの日か政界に出ることを目指す未来の自分の間で混乱す る。自己意識の宙吊り状態が「同時に地球の両半球にいるような気がする」

という表現に如実に表れている。

 トランスカルチュラルな移動による自己意識の揺らぎに困惑する二人に とって支えとなるのは,自然と融合したイギリスの古い伝統的な家や土地に 対する愛着と,それによって結び付けられたお互いに対する強い思いである。

もともと南アメリカへ旅立つ前から,ガイにとってHonoursloveに対する愛 着は特別なものであった。

. . . all were thick with webs of memory for the youth whose people had so long been rooted in their soil. And those frail innumerable webs tightened about him like chains at the thought that in a few weeks he was to say goodbye to it all, probably for many months. (109)

その土地に根ざした先祖の記憶は,その場所を介してガイ自身と深く結びつ

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いている。そして,その場所で初めてガイと出会ったナンは,その空間の魔 力にかかったようにガイに対して強い絆を感じる。歴史のないアメリカで 育ったナンにとっては,非常に新しい感覚である。

He had not said much, but with him also Nan had felt instantly at ease. In his answers to her questions she had detected a latent passion for every tree and stone of the beautiful old place––a sentiment new to her experience, as a dweller in houses without histories, but exquisitely familiar to her imagination.

(136)

 Susanne W. Jonesは,ウォートン作品における空間と人間心理の呼応関係 に着目しThe Buccaneers論を展開しているが,ナンとガイの出会いの場面に ついて,歴史があり,自然と融合したHonoursloveに対する言葉で表せない 深い感情がこの二人を結び付けたと分析している(16-17)。Jonesは,こうし た歴史感覚こそ,この作品のテーマであり,生涯を通じて空間と人間心理の 呼応関係を描いてきたウォートンの描きたかったものであるとしている。

ウォートンはこの感情を“the beyondness of things”(137)と作品で表している。

ここでいう“the beyondness of things”とは,特定の時間や空間や文化を超越 した,土地を介して体感できる歴史感覚のように思われる。ある意味,越境 的コンテキストにいる人間にとって,本質主義への回帰を思わせる感覚であ る。Caren Kaplanが19世紀的文化と評する,親から子へと受け継がれる伝 統,つまり血縁関係を志向するものである(116)。代々継承してきた先祖の土 地に対する愛着,それこそがブラジルでの波乱に満ちた暮らしから帰還した ガイにとって,もう一度自己を確認する契機となるのである。

As he stood there, looking out over the bare November landscape, and the soft blue hills fading into a low sky, the sense of kinship between himself and the soil began to creep through him once more. What a power there was in these accumulated associations, all so low-pitched, soft and unobtrusive, yet which were already insinuating themselves through his stormy Brazilian years,

(16)

and sapping them of their reality! (267)

 しかし,ウォートンはこの二人をイギリスの田園に根付かせることなく,

離婚訴訟のスキャンダルから逃れて,南アフリカへと旅立たせるのである。

ウォートンがどの程度意識したかは推測できないが,ディアスポラ言説の筋 書きを援用すれば,ガイとナンは本質主義的なアイデンティティを覆して,

雑種的なアイデンティティ,つまり居場所によって自己意識を再構築し,本 拠への帰還が不能なまま,アイデンティティよりも帰属意識(提携関係)に よって生きていくという読みも可能ではないだろうか。そうして,血族的な 起源や地理的な起源に頼らずにガイとナンはディアスポラ的生を模索するの である。しかし,残念ながら作品はガイとナンがお互いのアイデンティティ 不安を抱きながら再会し,恋愛の対象として意識し始めるところで未完のま まとなっている。

 The Buccaneersを執筆する前に書いた自伝『顧みて』の中で,最初の短編 集を書いた時の心境をウォートンは以下のように書き綴っている。

At last I had groped my way through to my vocation, and thereafter I never questioned that story-telling was my job, though I doubted whether I should be albe to cross the chasm which separated the nouvelle from the novel.

Meanwhile I felt like some homeless waif who, after trying for years to take out naturalization papers, and being rejected by every country, has finally acquired a nationality. The Land of Letters was henceforth to be my country, and I gloried in my new citizenship. (119)

ウォートンは小説を書くことで自分の居場所を確保する一方で,ヨーロッパ とアメリカの間で移動を続け,創作へのエネルギーに変えていったように思 われる。移動以外は,それぞれの家や別荘で午前中は執筆活動をし,午後は 親しい仲間とのドライブやガーデニングに没頭していたようだ。P e r c y Lubbockがガーデニングに対するウォートンの情熱について以下のように書

(17)

いている。

Her house, her garden, her appointments were all perfect––money, taste and instinct saw to every detail; yet the sense of a home was not there, and I think that perhaps it is a quality one always missed in her surroundings [ . . .].

(40)

Lubbockが意図したところは,「居心地のよい家庭らしさ」が感じられないと

いう意味であろうが,深読みするならば,ウォートンは「居心地のよい本拠」

を生涯探し求めていたのではないだろうか。創作を通して,個人とその社会 とのありようを描いてきたウォートンにとって,彼女自身の居心地の良い場 所は創作の世界だけだったのであろうか。「もはや故国をもたぬ人間にとって は,書くことが生きる場になる」(qtd. in Kaplan 119)と述べたのは,サイー ドがディアスポラ知識人のモデルとするユダヤ系ドイツ人のテオドール・ア ドルノである。第一次世界大戦後のモダニズムの中で,親しい友人や親族に 先立たれ孤独感を増す晩年のウォートンにとって,一箇所に定住することな く移動を繰り返し,しかも自らの故郷ともはや記憶によってのみ繋がってい るとき,それはディアスポラ的といえないだろうか。そんな視座からThe Buccaneersを読み解けば,その複雑で一見まとまりがないように思われる人 間模様も読み解けていくように思われる。

*本稿は2005年11月5日に同志社大学(京都)において開催された日本アメリカ文 学会関西支部11月例会において口頭発表した原稿に加筆修正をおこなったものであ る。

01 Cynthia Griffin Wolffは,「この未完の作品の最大の欠陥は,完結したらローラの 話なのか,ナンのロマンスなのか確定できないことにある。と論じている(Note 72,

441)。確かに,残りの13を書き進めていたならば,ローラの役割がストーリー

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の展開の中で重要になっていただろうと推測される。また結末での南アフリカへの 駆け落ちがナンを中心に語られるのか,あるいは新しい世代に未来を託した旧世代 ローラの自己犠牲に焦点が当てられるのかによって,作品の解釈も変わっていくと 思われる。

02 St. George家は娘たちが小さいころからホテルで暮らすことが多かったが,最近に なって世間体のためにニューヨークに家を構えた(56)。テキストからの引用は,The Complete Works of Edith Wharton24巻を用いたが,引用のページ数は,この版の 底本となっているD. Appleton-Century社発行の1937年版を用いた。

03 Conchitaの母親は噂では離婚歴があり,父親についてはその出自が明らかではな

く,南米でコーヒー園を経営しているとも言われている。但しウォール街でのMr.

Clossonの影響力は強く,その関係からニューヨーク社交界が注目している。Mr. St.

Georgeも投機的目的で,娘たちがConchitaと付き合っているのを許している(83-

84)

04 Bentleyは以下のように,ウォートンの移動の多い人生を評している。“Wharton lived a good portion of her life in the mobile space of travel routes” (150).

05 最初の原稿料で自動車を購入したほど,自動車に対する関心は高く,「金持ちのお

もちゃ」とみなされていた自動車をいち早く購入した(Bentley 165)

06 Benstockは,ウォートンがヨーロッパへ渡った理由はその文化へのあこがれより

も,結婚生活の行き詰りやMorton Fullertonとの恋愛など私的な要因が強いと分析し ている(27)

07 ウォートンは同時期にパリにいたガートルード・スタインたちのサークルを避け,

フィッツジェラルド以外の故国離脱者といわれる人々とは誰とも会っていないし,

ヘミングウェイも知らなかった(Bell 62)

08 例えば,ナンとヴァージニアがConchitaの嫁ぎ先のAllfriarsを訪れたとき,ナン は不思議に,その古くて威厳のある屋敷に感動を覚えるのである。

Her soul opened slowly and timidly to her kind, but her imagination rushed out to the beauties of the visible world; and the decaying majesty of Allfriars moved her strangely. . . . she never felt herself matched against things greater than herself, but softly merged in them; . . . She lay for a long time listening to the mysterious sounds given forth by old houses at night, the undefinable creakings, rustlings and sighings which would have frightened Virginia had she remained awake, but which sounded to Nan like the long murmur of the past breaking on the shores of a sleeping world. (133-134)

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引用文献

Bell, Millicent. “Edith Wharton in France.” Wretched Exotic. 61-73.

Benstock, Shari. “Landscape of Desire: Edith Wharton and Europe.” Wretched Exotic. 19-42.

Bentley, Nancy. “Wharton, Travel, and Modernity.” A Historical Guide to Edith Wharton. Ed.

Carol J. Singley. Oxford: Oxford UP, 2003. 147-179.

Goodman, Susan. Edith Wharton’s Women: Friends and Rivals. Hanover: UP of New England, 1990.

Jones, Suzanne W. “The ‘Beyondness of Things’ in The Buccaneers: Vernon Lee’s Influence on Edith Wharton’s Sense of Places.” Symbiosis 8.1 (April 2004): 7-30.

Joslin, Katherine and Alan Price, eds. Wretched Exotic: Essays on Edith Wharton in Europe.

New York: Peter Lang, 1993.

Kaplan, Caren. Questions of Travel: Postmodern Discourses of Displacement. Durham: Duke

UP, 1996. 村上淳彦訳『移動の時代―旅からディアスポラへ』未来社,2003年。

Lewis, R. W. B. Edith Wharton: A Biography. New York: Fromm International Publishing, 1985.

Lubbock, Percy. Portrait of Edith Wharton. New York: D. Appleton-Century, 1947.

McDowell, Margaret B. Edith Wharton. Boston: Twayne Publishers, 1976.

Updike, John. “Reworking Wharton.” The New Yorker 4 Oct. 1993: 198-212.

Wharton, Edith. The Age of Innocence. 1920. New York: Charles Scribner’s Sons, 1970.

–––––. A Backward Glance. 1933. New York: Charles Scribner’s Sons, 1985.

–––––. The Buccaneers. 1938. The Complete Works of Edith Wharton. Ed. Yoshie Itabashi and Miyoko Sasaki. Vol. 24. Kyoto: Rinsen Book, 1989. 26 vols. 421-797.

Wershoven, Carol. “Edith Wharton’s Final Vision: The Buccaneers.” American Literary Realism 15.2 (1982): 209-20.

Wolff, Cynthia Griffin. A Feast of Words: The Triumph of Edith Wharton. Oxford: Oxford UP, 1977.

上野俊哉 『ディアスポラの思考』筑摩書房,1999年。

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Synopsis

The Wandering Characters of The Buccaneers : Edith Wharton’s Diasporic View

Noriko Ishizuka

Set in the 1870s, Edith Wharton’s posthumous and incomplete text of The Buccaneers deals with a marriage plot different from that of her previous

novels. While The Age of Innocence (1920) records Newland Archer’s conflict between social order and personal fulfillment through his attachment to two contrastive woman figures and justifies his adherence to the old New York code to pay homage to conservative social dynamism in the 1870s, The Buccaneers focuses on the social intruders who ambitiously challenge

tradition-bound high society both in America and England. Beautiful but undisciplined American daughters of the nouveaux riches challenge the English aristocracy with their social ambitions for “happy” marriages after their failure in Old New York. Forming a strong bond to help one another in a totally different cultural milieu, they achieve brilliant social marriages, which eventually turn out a dreadful mistake.

With many characters with varied cultural backgrounds on both sides of the Atlantic, the story develops ramifications under social milieus of hybridity.

The middle of the novel marks a shift from a comic tone of cultural amalgamation to an individual conflict between social order and personal fulfillment. Married to one of the most distinguished dukes, Annabel Tintagel (né St. George) undergoes an identity crisis and cannot get along with her new identity as a duchess. Her inner turmoil results from being reduced to a

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subordinated gender role, but Wharton seems to add another factor to Annabel’s unsettlement: transculturation. Guy Thwarte, with whom Nan develops an attachment through their shared kinship toward the soil and historical buildings, also finds his old traditional life at Honourslove disrupted after he comes back from his four-year life in Brazil: he can neither recover the lost self nor fit into a designated future role as an heir. Both of them, after being transplanted from one culture to the other, find their subjectivity in dangling, not being able to achieve any sense of rootedness.

The inner turmoil of Guy and Nan seems to project Wharton’s sense of dislocation in America and Europe after the World War I. Except the period when she was settled in the Mount at Lenox, Massachusetts, Wharton spent most of her life on travels or switching residences by the seasons. After the sale of the Mount in 1912, she took up her residence in France. Unlike modernist expatriates, she did not remain rootless. Through her transcultural experiences, Wharton had to create a new pattern of connections in exlie, constructing an ambivalent point of view on modernist Europe and America.

Such view of hers seems diasporic without any Jewish historical context: she is away from “home” in a spatial and temporal sense but adheres to some attachment to “home” in moralistic, emotional terms. Her “home” is Europe and America in the 1870s, in which the core of her self was nurtured. Though physically located away from the heritage of her “home,” she still associates herself with it by memory. With her decline in health and deaths of her close friends and relatives in the 1930s, she seems to be in desperate need to get back to her “home” by writing The Buccaneers yet foregrounds the characters who find their subjectivity in dangling transcultural contexts.

Guy and Nan seek some relief from identity crisis in their attachment to the soil. However, Wharton does not allow them to settle in rural England in

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search of a place for their union but drives them out of England to South Africa without any immediate prospect of returning to their “home.” Though Wharton was not able to complete the text, her projected conclusion in which Nan and Guy elope and presumably find a union of true minds and conceptions far away from England might reflect some social changes that had taken place in the course of Wharton’s lifetime. While some feminist critics regard this optimistic ending of the promising union as unique in Wharton’s marriage plots, the ending seems to project her sense of dislocation in her last years:

she never recovers any solid sense of “home” but faces the need to remold her subjectivity in different transcultural contexts.

参照

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