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15 

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(1)

山梨県中央部における産業の立地と雇用の動向

著者

浅見 良露

雑誌名

筑波大学人文地理学研究

7

ページ

96- 108

発行年

1983- 03

その他のタイトル

Loc at i on of I ndus t r y and t he Tr end of

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Pr ef ec t ur e

(2)

山梨県中央部における産業の立地と雇用の動向

I は じ め に

1

- }

Q■jヲQゥjヲA Q Gェiセ

1

- 2 研究対象地域

E

山 梨 県 中 央 部 に お け る 雇 用 の 動 的

} [ - } 従 業 者 数 の 推 移

J I - 2

従 業 者 数 の 空IM'j(fぅ分: 1jf

J I - 3

新 鋭 求 人 数 の 推 移

1[- 4 新 規 求 人 の 空 間 的 分 布

J

[

産 業 立 地 の 諸 形 態 と 雇 用 へ の 効 果

直- } 注 業 立 地 の 諸 形 態

亜 2 工場の誘致

J[ - 3 工 業 団 地 の 建 設

J[ - 4 卸 売 団 地 の 建 設 百 五 日 び

l

は じ め に

1

- 1 従 来 の 研 究 と 本 研 究 の

i

ヨ的

地 域 に お け るj造業構造の変化は,通常, 農 業 地 域 に お け る 工 業 の 立 地 , あ る い る 重 工 業 の 立 地 と い う 過 程 を 通 じ て 実 現 さ れ る . そ れ に 伴 っ て そ の 地 域 に お け る 造 も ま た 河 様 の 過 程 を 通 じ て 変 化 す る

地 域 に お け る 労 働 市 場 の 研 究 の フ レ ー ム ワ ー ク は , 数 人 の 地 理 学 者 に よ っ て 示 さ れ て い る , た と え おけ も し く は 就 業 構

セセヲ@ Ho lr η a n d ¥Vei ssgl as 1) は, モデルのための図式を示し, レベノレが, 内 生 的

は 人 口 移 動 - 人 口

.

Jlu

勤により され, そ れ に 付 加 さ れ る べ き 政 策 的 な も の と し て , 転 出 や し い 仕 事 , 財 政 援 助 に よ る 企 業 閉 鎖 の 延 期 , 雇 用 の 配 置 と

補 充 を

i

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化す一るとし、う目 とりあげているの.

j

j戒に才すけ は, :l也j或tこまョける

の 分 析 は , 次 の 三 つ の カ テ コσ リ ー に 分 け る こ と が で き る . 1の カ テ ゴ リ ー あるいは労働市場の分析で, 次 の 二 つ の ア プ ロ ー チ か ら 行 わ れ て い る . 一 つ は , 労 働 需 要 か ら の ア プ ロ ー チ で , た と え ば 地 域 の 産 業 構 造 の 変 化 に 伴 う の変イ! 二3) な ど が 論じられる. もう一つのアプローチは, 労働供給慎JIか ら の ア プ ロ ー チ で , 地 域 の 人 口

じるものである. たとえば, 都 市 の 産 業 別 人 口 ら , 者 勾 必 要 最 小 就 業 者 数 の

H

お じ を 行 っ て い る 研 究 が み ら れ るj )

2のカテゴリーは,地域雇用のそデ、ノレの構築で, 産 業 活 動 の レ ベ ル の 変 化 や 地 域 間 賃 金 格 差 に ウ労働力人仁│ の地域的分布に関するモデルの構築5) や, iセ

し た 地 域 雇 用 モ デ ル の 構 築aが み ら れ る6)

3の カ テ ゴ リ ー は , 大 都 市 陸 ! の 構 造 と 有 ・ 就 業 構 造 と の 関 係 で あ る . 郊 外 の 成 長 に 伴 う 大 都 市 留

jfj WI 「GiセQ ャ XI

らj〆しる. こオしらのうち, 111引こ 1およ

wセ j jキ サ ゥ

2の カ テ ゴ リ ー に お け る 研 究 の 多 く は , い ず れ も 都 な分析が行われてし、 る. そして,士山戒の

(3)

96 人 文 I山 県 学 研 究 環

て と り あ げ ら れ て い る . 特 に 労 働 需 給 ! 期しては、いく らオしている9)

し か し な が ら , 小 地 域 レ ベ ル 内 に お い て はy 上 述 の よ う な 賃 金 格 差 な ど と は 異 な っ た 説 明 原 理 に も と づ い た 雇 用 の 分 布 が 展 開 さ れ て い る こ と が 予 想 さ れ る . 特に,イセス○

地 域 に お け る 産 業 の や 空 間 的 配 置 な ど に 変 化 が み ら れ る こ と が 種 々 の 文 献 等 で 指 摘 さ れ て い る た め , こ の よ う な 小 さ な 地 域 レ ベ ル で 地 域 の 庭 用 動 向 を 分 析 す る 場 合 , ま ず そ の 笑 態 を 再 把 握 す る こ と が& 、安であると考えられる

そこで、本研究においてはp 数市町1;す か ら な る よ う な 比 較 的 規 模 の 小 さ な 地 域 を と り あ げ3 そ の 地 域 に お け る 産 業 の 立 地 と 雇 用 の 動 向 を 概 観 し , 若 干 の 事 例 に も と づ い た 考 ー 祭 を 行 う . 対 象 地 域 と し て は , 甲 府 盆 地 を 包 含 す る 山 梨 県 中 央 部 を と り あ げ る . その際, i ) 工場誘致や工業団地建設に伴う, 雇用面からみた地域へのインパグト, i i ) 一 地 方 都 市 で あ る 甲 府 市 と そ の 周 辺 農 村 と の 関 係 , たとえ ば 甲 府 市 か ら 周 辺 農 村 へ の 雇 用 機 会 の 遠 心 的 拶 動 の 存 在 の2 点、が問題となる

1

-

2

研 究 対 象 地 域

*1i万 究 の 対 象 地 域 で あ る 山 梨 県 中 央 部 と は , 第l 図て示すような, 28Thi H] 村 か ら な る 地 域 と す る10)

o I Okm

セセ@ 1立[i 研究対象地 i或

埼 玉 県

一 一 一 然 界

一 一 一 一 市 町 村 界

題努銃計官主界

- : 甲 府 盆 地

: ; ¥¥1 1 1‘ い て の 範 囲

「 一 一1甲府軍最重量

L _ _ J

安定所

管 轄 区 域

QセRRN QN Qi 2. -J:)II 3. +Iel生 4. / ¥切 5. 朝日 6. 北 新 7. ;(.1r五[J出 8. :W尖 9. 東 10. 悌111

11 .伊勢 12. [111万 13. iえ)11 14. 池IIi 15. 千 域 16. [IセI 17. 二Ht l l l . 能 泉 . ' [ 吉本 18. 中11)11 1 9 .m恒 22. 大 23. tiiulJTlf 24. LLJ梨Tlj 25.主 的TIJ 26. 宅下/:'1 hHlIlJ 27. !l) 計百1I1J 28.司王手J i l UJ 31 . 八代町 32. ェjセIiiJ 33. r判おIIT 34. 35: 三珠町 36. TIT)II大!IIIlIlT 37. J¥(I秘111] 40. 敷ふうi町 41 サゥセャ 42. 11自治IIIIJ 43, EEI'市IfIJ 44. 八111村 45. 1:;:1 HQIIIJ 46. 'iρ; ,'"1(111] 49. f X涜[11]・ 50. -;三;)Ili'J 51. -;i;安村 ( 50・51は1i J f 究会l 象地峡> '1J

(4)

山梨県中火.nl¥におけるJ i }楽の立地とj作用の却-,IliJ J

97

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色川カが州刊:叫lh応i長ん川必或: である ま 九 州 と し て 比 較 附 / 同 : し た 地 形 を な し て い る た め3 外 的

な引きと 1)')(1'] な到, j

セG[GゥZ ゥセ

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l

[ 山 梨 県 中 央 部 に お け る 雇 用 の 動 向

1

I

- ]

従 業 者 数 の

H

t

本 対 象 地 域 を 合 む 山 梨 県 の 民 業

1

1

l

i

込ーには,

1958

年以米, 労働集約時1;)な,

i

炭是楽業: 一 一 食料{品「;品こ弘占製製一).造

i

退遣

i

主f.. .卸

3

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ヲ ェ イZi セiセ

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山 , 日 .

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日日:,¥iセ A ェ RZOャ W Q [ Q R I

a) 第2・3次産業一公務を除 く( 山梨県中央部) 千 人 L :

J

第3次 産 業 ( 卸 小 売 業 公 務 を 除 く )

セセv@ 1 F::::J 卸 小 売 業

200ト じづっ誌業・建 設 業

阪 矧 製 造 業 150

1 9 6 3 1 9 6 6 1 9 6 9 1 9 7 2 1 9 7 5 1 9 7 8 1 9 8 1

b) 製 造 業 ( 山 梨 県 全 県 )

ト'.: 1そ の 他

千 人

1

1

金属系

100 セ@ 件出機械系

50

[:; : J繊 維 系

医訟

3

食 料 品

1963 1978 1981

;J¥21立i 従 業 者 数 の ほ 移 資料: '!'l i・業所統計調査報告

QZtセ@

2

l zl a)

は, 山梨県中央部における,

1960

年 か ら

1

9

81

年 ま で のF 第

2

次 産 業 お よ び 第

3

次 産 業 の 従 業 者 数 の 推 移 を 産 業

j I

7

J

に 示 し た も の で ある . ま た第

2

1z

1

b)

は ,製 造 業 の 従 業 者 の 業 桁5] 1J11#成 を , 主 要 な 業 種 に つ い て 表 わ し て い る. 本 対 象 地 域 の 範 聞 で は デ ー タ が 得 ら れ な い の で ,山 梨 県 全 体 につ い て 示 し で あ る.

1960

年 に お い て は , 製 造 業 の 従 業 者 数 は 全 体 の

25%

,年

1

1

小 売 業 の 従 業 者 数 は 全 体 の

3 0 %

7

f

jJ

小 売 業 以 外 の 第

3

次 産 業 の 従 業 者 数 は 全 体 の

3

1

% を 占 め て い た 製 造 業 にお いては , 繊 維 系 工

ャゥセ Mィ

学・金 属・機 械 系 工 業 の シ ェ ア は か な り 低 い . このように

1960

年 に お い て は , 依 然 と し て 製 紙・絹織物・木 工業; などの! 経工業が首位を ,:'::i め3 機械 系 工 業 な ど は ま だ こーく少 数 で あ っ た こ とを示して い る

1

9

8

1

年におし 、ては, 従 業 者 数 は ,

J 960

年 に比

べ ほ ぼ 倍 治 し て い る 各 産 業 別 構 成 比 は ,

1960

4

三のそれとほぼ同じであるが , 製 法 業 内 部 で は

iセ i セ G■ N

や家具ー工業 , 衣服一工業は 比 較 的 従 業者数がや

1

1びている反面1, 繊 維 ( 衣 服 以 外 ) ・木 材・紙ノミルフ。工 業 などの従業者数は減/ } ' しており, こ の よ う な 在 来 工 業 の 衰 退 に 伴 う 震 用 の 減 少 と, それに対ーする金

- 機 械 系 工 業 の の 1111び と が 対 照 的 に 現 わ れ て い る

(5)

98 jセr

1975年 の 間 に 雇 用 の 停 滞 が み ら れ る も の の , iiE年的にほぼ単純地力/ l している.

は , 各 産 業 と も 雇 用 が ほ ぼ 何 一 比 率 で 増 加 し て お り 2次産業のシコープ 持 し て い る . 1972年以降, 製造: 業の雇用が停滞し, 1975{ fl;J、¥1年は居

H

刊 の

1960年 か ら1972{ j三まで 通 じ て 約3 7 %を k;W

3

ik

f

多っ

て い る . 製 造 莱 の 応 用 に の 兆 候 > / / - " 現 わ れ る の は1978(,¥三1; J 、昨になってからである

者 数 の 山 梨 県 全 体 に お け る 推 移 に 着 目 す る と , 1960年 に お い て 製 注 業 の 半 数 ζ 2 5,000人 〉 を 占 め て い た繊維系工業の従業者は, 1960年から 1981年 ま で に 約3分の 1 ( 8,000人 ) づ 去 し て , 19811,¥ミに 業 の2 0 % ( 17,000人 〉 に な っ て い る . そ れ に 代 わ っ て , 機 械 系 工 業 の 従 業 者 は に お け ' る5,000

人 〈 製 造 業 全 体 の1 0 %) から3,1000人増加して, 198]年 に は36,000人( 製造五芝全体の4 0 %) に 達 し て いる. 単純に計算すれば, 織主

i

i : 系 工 業 の 労 働 力 の 減 少 分 は , 機 械 系 工 業 に よ っ て 完 全 に 吸 収 さ れ て い る こ と に な っ て い る . しかし, 1960年 ご ろ ま で 大 き な ウ エ イ ト を 占 め て い た 製

2

糸 業 にJ:')し、てf; : J : ,労働 力 の 大 部 分 は 若 年 女 子 で 、 あ っ た が , そ の 後 , 結 婚 に よ る 離i殻等によって, iセi@ セ

{ じさせて現在に至っている13) 一 方 , 金 属 ・ 機 械 系 工 業 の 労 働 力 の 多 く は 男 子 ー で あ り 7 し た が っ て ,

繊 維 系 工 業 か ら 機 械 系 工 業 へ の 労 働 力 の 註

i

安 の 移 動 は ほ と ん ど な い と 考 え ら 札 る .

1

1

-

2

従 業 者 数 の 空 間 的 分 布

こ の よ う な 山 梨 県 中 央 部 に お け る 雇 用 の 拡 大 が ど の 地 域 で 展 開 さ れ て い る 泊 五 を 不 し た も の が 第

3

凶 である. このi玄! は? 山梨県中央部における 2次 ・ 第3次 産 業 の 従 業 者 の 市 寸 万JI分 布 を1960年と

1981年 に つ い て 表 わ し た も の で あ る . 1960年 に お い て は , 市 を は じ め , J:irK

U

l- . LLJ 梨 - 五 の 各l

J

i

お よ び 石 和 町 ・ 市 川 大 門IBJ ・│ 狭西の山麓lil)の 各HIJi寸に従業者; が多く分布していアこ.

こ れ ら の 市HJJ村の各産業の雇用者数を, 全 国 に 対 す る 立 地 係 数 に よ っ て 検 討 す る と ) 111) 11大1

11

] 111J

}

増 穂 町 で は 建 設 業 お よ び 製 造 業 の 立 地 係 数 が 高 く な っ て お り , 石和!日]やl扶自の抑形I l!J .1訂版1!lf . 鰍沢

Ill]で は サ ー ピ ス 業 の 立 地 係 数 が 高 く な っ て い る 工 業 統 計 の 従 業 者 数 を 分 析 す る と ,

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-JII

大I'IIJ1¥1

r

で は 和紙製造業が, iヲゥ iQQt セ[■エ N こ れ に し , 1981年 に お い て は, 1960年の場合に比べて, 甲 府 市 お よ び そ の 周 毘 のIllTi寸 に お け る 雇 用 者 の 増jJllが顕; 許に現われてい

る( 第31玄j b) ) .

1981年 の1960年に対ーする従業者数の増加率が最も向いのは? ヨ三組j 寸. IIj '訂

n

r

r

. 昭和1l1J ・竜王1I1Jーなど、

甲 府 南 西 側 の 各Il l HJで, 1960年の6セQV 次 に 増1JIι 手 が 高 い の は , 八 代1I1T 街J 去 IJ IIJ

- 石和I!lTな ど 峡 東 の31!IT村である. 逆に, 雇 用 者 の{IIIびが最も低いのは, 勝Ji日除; 券如?討j沼召 i打り刊町!l引川T .イ戸鰍P可敬可

R

i

桁沢尺問i!リり川iり可J .一)巾!バ山JI川 大11

門 l

日 司1I

i

Aェ ャj ヲ]{ f}H r Q ャセ ェ Q{A ゥ ゥ j ェ

な ら び に田日i33ヨ宮富i町lJ叶可i町汀[ 宇. 竜王1I問1I町i月T勾における在釘卸I1小 完 業 の 従 業 者 数 の 急 増 に よ る も の で あ る . 石市WIT N jゥセゥ

11

IJの そ れ は , 主 と し て サ ー ビ ス 業 の 従 業 者 数 の 急 増 に よ っ て い る . 前者の場合は,

I

!u

):

工 業

i

ヨjJ也なと センターの建設がその背景となり,

1

走 者 の 場 合 は , 泉 ヨ

L

w

,! J -としての成長が その背景ーとなっている. ) j 券沼IlJ} . ゥセ Q Qi t QQ サGii 処 設 業 の 従 業 者 数 が 大 き く 減 少 し た こ と や3 鰍 沢IJITfこ お け る 繊 維 ・ 木 材 工 業 の 従 業 者 数 が 減 少 し た こ と な ど に よ る . IIUII

(6)

山梨県中央官11における jft 業 の 立 地 と 雇 用 の 動" (I/J

1

7

b ) 第2 ・3次 産 業 一 公 務 を 除 く

c) 製 造 業 ( 1960年)

d) 製 造 業 ( 198r年)

1

0

1

0

0

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0

0

0

99

の草E 凶 l _,./しJ - 0 I Okm

」一一ー..._ _ _ _ _ _ J

セ S 資料:第2 図 に同じ

減 少 の た め であ る.

]I

-

3

新 規 求 人 数 の 推 移

エヲセ@ 4 図は, 甲 府 公 共 職 業 安 定 所 に お け る 新 規 求 人 数 お よ び 新 規 求 職 者 数 の 推 移 を 示 し た も の で あ

る. 甲府公 共 職業 安 定 所 の 営

il

告区域は, セセ@ 1 図 で 示 し た よ う に 本 対 象 地 域 の ほ ぼ 中 央 部 を 占 め て い る

QU PPPセTP PPP ョョ

1964

年 .

1968

年 .

1973

年 に 大 き な ピ ーグ が み ら れ る.

学 卒 求 人14) は,

1964

年と

1968

年 と に 大 き な ピ ー タ が み ら れ , そ れ 以 後 は 激 減 し て い る . 一 方 , 一 般 求

人 の 方 は , 長 期 的 に み れ ば

1

3

0

00

人 前 後で、ほぼ 一 定 し ているが,

1973

年 に は

2

2

500

人 と いう大き なピ

ー クがみら れる ほか ,

1

9

6

7

{1

三に小さなピ ー グ,そして

1977

年 に は ト ラ フ が み ら れ る . 経 済 企 画 庁 に よ

る景気 の基準日付 に よ る と ,わ が 国 の 景 気 のトラフは,

1962

年 .

1965

年 .

1971

年・

1975

年に 記 録 さ れ

て お り , こ れ ら の 求 人 のITVJき と ほ ぼ 一 致 し て い る15)

一 方 ,求職 者 数 のHJ=.移 は

4

1

I

b) に 不 さ れ る 通 りで, これによると , 仁

i

こ1・高 校 卒 業 者 数 の 求

i険者 数 は 毎 年

2

000

人, 一 般 の 求 職 者 数 は街ー年

8

000

人 前 後で, 求 人 数 の 動 きと りほぼ一定し た {

(7)

人 女 Jls I&l j社

l

究 班

a) 建設業

4 ,000 r

100

40,000

a) 新芦見求人数

学卒求人

一 般 求 人

1 9 6 5 1970 1975 1980

セ@

T

b) 新 規 求 職 者 数

20,000

10 ,000

1 9 6 5 1970 1975

n

H

J

第4

l

'Xl Jhャセ@ ::-j<:ノ¥数および新規求職者数の推移

( q3 府公共職業安定所管轄区域〉

注 : 1976年まで、の一一般求人および一般求職は) 百年

集計,そのi也は益手三度集計. 1976年の一般求人は,

暦 年 集 計 お よ び 年 度 集 計 をl

i

:

:

i

資 料 : 山 梨 県 商 工::J5'働 部 職 業 安 定 諜 ・ 雇 用 保 険 諒

「労働市場年報J

求人倍率は, QYWTセ

も, RセS S

2

倍 を 下 回 っ て 全3り ? 求 人 数 の 低 迷 傾 向 が 現 わ

;

J -

している.

るために,新規求ノ¥数を産業月i J に分析する. 穿!;5

図 は , 新 規 求 人 数 の 推 移 を 産 業 日1J i : こ表わしたもの である. この図か再うはし、くつかの

4

寺徴的な劫きが み ら れ る . 第1 の 特1

1:徴 的 な き は ,

お け る 長 期 的 低 落

f

頃r1: 百である. 好況とは現状を る が , 不 況 に な る と 求 人 数 が 低 下 し ?

1975 1980

年 人 b) 食 料 品 製 造 業

2 ,000γ

OL

1965 1970 !9 7 5 1980

人 c) 繊 維 製 造 業

:

:

:

1

Q

J

E

J

t

q

d

人 d ) 金 麗 製 造 業

2

:[

戸 、 、 世 田 司 -_斗

1975 1980

年 人 e) 機 械 製 造 業

人 t ) 製 造 業 ( b ) - e) を 除 く )

2

q

人 g ) 卸 ・ 小 売 業

: i : : 7J

人 h ) 第3次 産 業 (g ) お よ び 公 務 を 除 く )

1980年 に は1967年 の 半 分 に な っ て い る 機 械 系 工 UQセ|

lト 古 川 間 七 人 数

i

.

:

i

:

:

1976il三までは! 百年集計3 そオfし以降は年度集計3 業を除く製造業全{ 本に! 司慌の傾向がみられる 1976{ j二は両方を併記. 資料: 第41習と

l

司じ.

一 方 2の特{ 数311

(8)

QQ Q ャ[ュ セ|jェ 101

QYWS Zア Gij zヲ [ MM MQQ エャ セ i j jョ

1977

年 をト ラ フ と し て , 求 人 数 が 急 速 に4写増

加 す る と いう動きがみられる .

t

P

;

3?:欠J:主主

2

の 求 人 に も

l

司j 策の傾向がみられる.

また ,エヲ セ [@ 3の 特 徴 的 な到] きと して 、 建 設 業 の 求人 の3 景 気 の 波 の 影 響 を ほ と ん ど 受 けない ,一 貫 し

て安定した成- B

tf

頃│旬が j 出向できる . このように,

1971

年 か ら

1974

年 に か け て の 好 況

JJJj

1977

年以後と

ゥセセ 3次jlI ;:業 ,そ れ に 建 設 業 の 求 人 の

1

r11び が 目 立 っており,逆に 繊 維・ 食 品に

代 表 さ れ る よ う な 軽 工 業 部 門 の 求 人 は 衰 退 傾 向 にある この よ うに3 この 地 域 の労

1

r

r

v

J' お 要 は

3 全 体 的 にみ れ ば,

1

9

7

2

' - - "7

3

11:三の 好 況JVJと例外と す れ ば , 微 増 傾向を維持・して いる が, そ の ウ エイ;ーは , 建 設 業 ・第3( 欠産業の方が向くなっていく傾向にある . 特

に,

1977

1

1

三以 降 の 機 械 系 工 業 の 立j也による求 人のれ1'1び ゃ, ■ セ

3

次 産業の 求人の

1

1

1'1び が,

1973

年 以 降 の 労 働 需 要 の 急 務 に 歯 止 め を か け た と い え る

I[

-

4

新 規 求 人 の 空 間 的 分 布

QAエセ@

2

卸i に おいては3 山梨県に お け る 従 業 者 の 分布 を,

1960

年と

1981

年 と に つ い て 比 較 検 討 し た が3

木 11(iでは, .1

981

年 の 時 点 にお け る新 規 求 人の 空 間 的 分 布 を 明ら かに す る 規 求 人 の 分 布 を微 細 なj也

j或 ス ケ ー ル で 11文り上げて集計 した 既 存 の ヂ ー タ は 存 在 し な い の で3 ここ では , 甲 府 公 共 職 業 安 定 所 で 発 せ ら れた 求 人票のうちj

1981

7

)

"

l

に完 結16) した分をJ l

l

いて集計を -)た . そ の 件 数 は

32919

ニで ,求 人数は令官

1

-715

人である. これによ って ,各判こごとに ,事 業 所の所在地,そ のj産 業 , 求 人 職 種 ,求人数,

10 km

X 10-4

磁強詔95

-… 司 ー

… '

' 一

:日::::=14 8 - 7 1

i: 1 2 4 - 4 8 :

卜""-1 0 - 2 4

加6 1玄I ク jヲス[ャセ Hャ YXQ ゥZ ェ↑N W iZAZゥ B i[セij Gャ S jャ エ

(9)

102

人 文 地 迎 合f. 研 究 班

性 別 が 求 め ら れ た . そ し て そ の デ ー タ を も と に , その求人数 を- ! lj!I

I

J

村 ( 1干

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irll'

に つ い て は 統 計 区 〉 ご

とに集計 した.

それによると ,新規求人数は,

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) f 聖子の

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1

よjj色 に 集 中 し た 分 布 を 示 す が , 通 常 , そ の 地 域 に お け る 従 業 者 数 が 多 く な る と , そ れ に 従 っ て オ 主 人 数 も 多 く な る そ こ で , そ の 地 域 の 求 人 数 と , そ の 地 i戒の全 従業者数との比をとることによって, そ の 地 域 の 相 対 的 な 求 人 数 を 得 る こ と が で き る .

t

it

6

1

習は, こ の よ う に し て 得 ら れ た 相 対 的 な 求 人 数 の 分 布 を 表 わ す . ただし, 全 従 業 者数については,

1981

年 の 甲 府市の統計区別の数値がまだ公表さオ℃ていないため,

1978

年 の数値をYFJいたーこの│玄lに よると, 相 対 的 な 求 人 数 は3 甲府市1:1コ心部よりもむしろその周辺注目に多く分布している. 特に, EI =I府

l n

T

l Y flj

地 の 縁 辺 部 お よ び 甲 府 市 南 部 ・ 玉 穂 村 . 1五富'日J] ・E("3凶UJ} ・経I1坂[ l りなどに集中している.

このような3 相 対 的 に 求 人 数 の 大 き な 地 域 と い う の は , 産 業 の 新 た な 立 地 も し く は 雇 用 者 の 新 陳 代 謝 が 盛 ん で3 労 働 力 に 対 す る 投 資の 盛 ん な 地 域 で あ る とj村釈 す る こ と が で き る. し た が っ て , こ の 図 によって3 この地 域 の 雇 用 の立地が, 者1)心 か ら 郊 外 へ 移 動 し て いること がわかる. そ し て 逆 に , 甲 府 市 の 中 心 市 街 地 に お け る 相 対 的 な 求 人 記( の低さは, この地j域或に主お宇Uしい、て ,新たに労{ 働副助J需3嬰婆2E;を三生1::ミみみ、

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1

1

け- ブ力]

が 弱 ま つ て い る こ と を 意i

味床する.

直 産 業 立 地 の 諸 形 態 と 雇 用 へ の 効 果

]l - 1 産 業 立 地 の 諸 形 態

前章においては, QYVP QYXQセ S I[エis ェ サセ[Z[Mj

甲 府 市 周 辺 の 各 町 村 に お け る3 製 造 業 を 中 心 と し た 雇 用 の 卯IJl が特徴的で、 あることを出向した.I この ような雇用の 増 加 の 背景 としては , 次 の 二 つ が 考 え ら れ る .

一 つ は 位 置 的 - 交 通 的 要 因 で あ る .

UJ

梨県1= j : I 央部は,東京大都市

I

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のi十l心者

1

¥i ' 1l 東京 か ら 四 方 約

100

ォュ [ ゥ iセ イャG ェ

工 場 地 域 と し て の 役 割 を も っ て き て い る . こ の 近 接 性 の 上 昇 に 対 し て 大 き な 役 割 を 果 た し た の がlこ:11

自動車 道 の 関 連 である. この道路 の 関 J . : i l l に伴って, 京 浜 市 場 の み な ら ず , 中 京 . I主1

i?

1

iili

J易ーに対する 近 j妾性もまた上昇しており3 卸 売 業 な ど を1:1コ心に, 京 j兵市場と1:1:1京・│支出

iTli'

J易との両方を

J

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i

イャ セゥ}

した企業が数例みられる .

もう 一 つ は,山梨県による , 工業主ζ土也に│到する政策的背景で ある . これは , 産 業 立j也 お よ び 雇 用 地 加の 契機とな るものである . そ の 一 つ は 工 場 の 誘 致で, イ j QセQ Q }Q }

場 用 地 を確保し, 工 場 を 誘 致 す る と い う も の で あ る . いま 一つは工業在日: 血 の 建 設 で ,

1968

j

i

三から

1981

年 に か け て 三 つ の 工 業 団 地 が 計 画 ・ 造 成 さ れ て い る . さ ら に こ れ に 類 す る も の と し て , 山 梨 県 に お け る物流の拠点として,

1974

年より 山梨

1

県 流 通 セ ン ター ( 卸売 1] ]地 およびトラ y タター ミナノレ〉が建設 されている . このような三つの政策的手雪 景にも と づ い た 産 業 の 立 地 が ,iN li ュ セ ョZIャZ j jZj (,こ,大きな 役割を 果 た し て い る と 考 え ら れ る.

(10)

iu wセ iiセi ゥx■[ ャャゥ Zj jャイゥェ 103

1

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[

- 2

工 場 のi誘致

{ZQ]QY iセi| -1一 村 一 工 場

J

を 目 標 に 山 梨 県 に よ っ て 工 場 の 誘 致 が 図 ら れ て い る17)

された工場数は,

1957

i:

1

ミから

1972

年 ま で の

I

U

j

7

1

工場を数え,

1980

年 ま で に 約

9

0

工 場 に 達 し て い る. その多くは金問・機械系工業で, jヲjMゥ jiiゥ iセ]ゥ QXI このような工場会誘 致によって,

1957

,1

1

三から

1972

,1

1

ミの

1

M

]

に操業を開始した工場会において雑保された雇用者数は, 操 業 開 始 の従業者数の県防値で,

7

000

人 を か ぞ え る19) この数十ま,第

2

間 的 に 示 さ れ た

1972

年 に お け る こ の

i;(

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F

;:;JJ;l;

X 工場の位置合

500人

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• 10

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5km

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7

1

玄i A工 場 の 従 業 者 の 分 布 ( 従 業 者10人 以 上 を 有 す る 常 住 r!Till J 村のみ〉および労働力人口に対する' . J fJl合( 1 975年〉 資 料 : 同 工 場

n

o

年 の あ ゆ みJ . 国勢調査報告

地j或 の 製 造 業 従 業 者 数 の

1 5 %

にお よぶ( また,

1957

i:

j

三から

1972

年ま で に お け る 製 造 業 従 業 者 数 の 増 加

分の

3 0 %

におよぶ) . このように,

よ る 雇 用 者 数 の 増 加 はy 雇 用 者 数 の 増 加 量 全 体 に 比 べ れ ば , 大 き い と は 言 い 難 い が3

J易の立士山こ

f

:

l

e

し ? あ る い は 商 業 活 動 が 活 発 に な って3 こ れ ら の 庭 用 が 創 出 さ れ る ことを考慮すると,

う 本 対 象 地 域 に お け る 雇 用 増 大 の 効 果 は 決 し て 小 さ く な い と 考 え ら 1,0る.

次 にF こ の よ う な 工 場 誘 致 に よ る 雇 用 の

J

広大のy 空 間l'j/jな 影 響 に

I

J

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-

J

するp 一 つ の 事 例 を あ げ る .

7

1

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は3 櫛 形 町 に 所 在 す る

A

工場( 桜械系〉の,

1975

年 に お け る 従 業 者 の 居 住 地 の 分 布 を 表 わ し て い る20) 従 業 者 の 辺 勤 聞 は 中 巨 摩 郡 や 甲 府 市 に 及 ん で お り ,

7 0 %

以 上 が , 半 径

6 k m

以 内 の 市11!T村ーか

ら 通 勤 し て い る . また,

I

司図では, 各 市 寸 の 労 働 力 人 口 に 対 す る 割 合 を 示 し て い る が , こ の 図 に よ ると, 芦 安 村 の

1 0 %

を は じ め と し て3 揃 形 ・ 白 根 ・ 若 草 の 各 町 の 労 働 力 の

2

%

以 上 を 吸 収 し て い る . このように, 一企業の立地による茂: 村地域へのインパグトは大きく, し か も , そ の 距 離 逓 減 性 が 明 確

お け る 労 働 力 吸 引

i

習 は 比 較 的 狭 小 で3 か っ そ の 間 内 に 集 中 的 に 雇 用 の イ に 現 わ れ て い る . こ

ンノミタトを与えている

I

l I - 3

山梨県仁

:

1

1央 部 に お い て は ,

1

9

6

8

""""1

9

7

0

年に,

I

1

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司: 工業問地( 甲府

-

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・昭和 ll!J および玉総村〉・ l手間

( 1

'

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1

西1l!T) の 1次 石 油 シ ョ ッ グ を

( 昭和1111]") の 三 つ の 工 業 団 地 の 建 設 が 計 四 さ れ た . しかし

1973

年 き 詰 ま り を 見 せ た こ と 等 に よ り , 入 居 企 業 の 操 業 の は か な り 遅 れ , 工 業

1

]

ν

虫 が 以 降 , 甲

V

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工 業 団 地 が

1979

年 以 降 , 釜 無 工

(11)

104 人 女 地 nH学 ji_汀 究 明 !

H ェj セ I_ セ I Q ォN

あるが,国! 是正 コ二業団地の一部には,

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1

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1

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J " 街地から移転してきた工場等も合まれる こ れ ら 三 つ の 工 業 国 土 也 に お い て は ,

1972

年 か ら

1974

年 ま で に

8

事 業 所 が 操 業 を 開 始 し , 約

900

名(う ち 県 内

J

F

f

J

800

; f , ) の 庭 用 が 和 さ れ て い る . また)

1977

J!I三から

1983

1:

1

ミまでに

3

1

事 業 所 が 操 業 を

1

m

始 ( 予 定 を 合 む 〉 し ,

300

::t, ( うち県内採用約

5

500

名 〉 の 雇 用 が 京

IJU

J

( 予 定 を 合 む 〉 さ れ て い

R QIセ

2

1

玄a) に よ る と )

1

9

7

2

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三から

1

9

8

1

年 ま で に

j

l

幼11し た 製 造 業 の 従 業 者 数 は

4

742

人であるので,

S セN この} 邦矧

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刊刊-J丹[り

i

にjお弓け- る製巡業j厄語一l語

て い る こ と に な る . iQ セQI} 繊維工業を仁

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1

1

心 と し た ;}!)

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の 雇 用 が 大 き く 減 少 し て い とj ので〈女主4図 的 を 参

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官) , こ れ ら の 工 業 団 地 の 建 設 は , この11

J切 に お け る 製 造 業 の 雇 用 の 現 状 維 持 に 大 き な 役 割 を 果 た し ア こ こ と に な る .

これら三つの工業団± 也のうち,

1980

年までに分訟を完了し,

1

9

8

1

9

月 現 在

2

2

事 を 開 始 し て い る

町レ νー __:トー L

dコ yうユら移

i

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去または

これ し

うち,

1

6

事 業 所 が , 高 - 機 械 系 の 工 場 で 近 畿 地 方 か ら 進 出 し て 台 た 事 業 所 は2あ

り3 そ

J

オ〆しに対対φして,円甲干干宇3ヨI滑斤苛7市!巨-iQZ ェQ j l ゥs QNA ェセ

たものカが三

2

ある. こ の よ う に 芋1甲

1

干J府}市!打

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内の企企吟

3

業i長主のj比: 土ヒ率が

3

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タ%五と

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而‘ 可月7率干担〈であり' また, 移 転 企 業 は

1斗 の も の に 限 ら れ る と し ¥ う 特 徴 が あ る

県外カ〉らの進出工場? 主, 県 内 企 業 と の 結 び つ き く3 全 事 業 所 の 下 請 工 場 の

7 8 %

が 県 外 に 存 在 す る. こj i rul土,進出l以 前 G9 所 在 地 に あ る 下 詰 工 場 を そ の 主 ま 使 用 し て い る た め で あ り , その翌日

r

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の 一 つ は 技 術 i二の問題のためで、あるようである. したがうて, これらの県外均三らの企業の進出: にド1'- う , 生 産 国 で の)1支 及 効 果 ー は ま だ 乏 し い よ う で あ る

こ れ ら の うち

8 0 %

は 県 内 保 用 で あ る . 現 在 採 用 の 工 員 の 職 種 は , 機械告; 旦

u

工 お よび女子の検査コこが:::i三日とある. 大部分の事業所が進出後! 日jもなし、ため, 従 業 者 の 年 齢 は 比 絞 的 若 く ,

3

5

歳 未 満 が

7 0 %

I

-

1

1

める. 笥: 年約

300

人 の 従 業 者 がI迫力行しているが,労働力は不足傾向にあり,採用予 る 充 足 率 は

70

先 長 に 満 た な い の が 現 状 で あ る22) 特 に 高 校 卒 業 者 の 充 足 率 が 低 く な っ て い る . こθコょう: こ,こ 地における話用事情は,

1

9

8

]

9

月 の 点

jえの労留すj需 要 が 労 働 供 計 三 をJ二

1

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1

っ て い る よ う で あ る . この事情が,

1978

年 以 降 のp 製 造 業

1

1

1

栄 者 数 の 直し傾向に反映さオーしているようである.

したカ主って,

1980

年 前

J

後 に お け る

2

次 注 業 の 雇 用 の 停 滞 傾 向 は , セゥAッ は , 製 造 業 の 伴

iW

i

と い う よ り も む し ろ , セ

3

ᅫェ t ゥ hsセi }

うに忠、オコオしる.

-

4

卸 売 団 地 の 建 計

J!γ 牛

、、一,

は , 第

3

からみると,

3

そ1,"しCD

ミ の 地 域 に お い て は 成 長 の 若 し い 計

1

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で あ る . 経 済 変 動 の 影 響

(12)

山梨県中央部におけ るj託業 の 光地と j出

m

の1I iJJ /rlj

105

セ[ァ@ 8121 Q{ OQN Hャ YWRセQYWX I 資料: 事業J i

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計 調 査 報 告

業 の 雇 用 の 成 長 率 と は , ほぼ同じで, RセUE N しかし I叩'1甲刊j=

η

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刊 ヨ府有 市!中こ千中:J

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:ド)心、 詰L心出部1)7)ω泊かユら そ

の交列郊

l

l

夕外、トトへと, セi iャ QZQ Q ]

大 き な 差 異 が み ら れ る

5

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E 8 図

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, この地域における) 1972: : :1えから1978年にかけての卸小うで業の従業者の噌JJ j)率を示す. 甲 府市中心部や,山総の/ l I

T

1

寸の雇用j民力 11本 は,地域 全体 の 平 均 を 下

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り,甲府 i'i5'の! 日

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1TJ屋

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などで は マイ

ナスの増力/]J与を示している.

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セ QュM[[ t ャ ￯G ャ GイG エセG iiャ t TUPE

竜王[ l ] TN ￯ ヲェ ゥ iMxセ .昭和[1fT' 松 市 /lITでは, 100 % を 上 回 る 与 を 示 す. これら の地 区は ,

ゥ A QQ Q セi QQ [W シ ャG ど 尚日1荷討業{機涙茨司能

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道草ノミイパスや工業宣

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宣団

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地のi処処設?にこ斗f: ! 午: い, ゥ fi GᅬM H セ [

uj [ セ■⦅GャN j N 1976年 から1980

■G i yiZi ] Q WQ セfI Gᅬ M ( うち3事業所はサ ー ビス業〉が移

i

l

i

ぶして入居したもの

で , 従 業 者 は 合 計1. 450人 である . 移転元は , その大部分が ,甲府ilX 1:1:1心 部 の 問 屋 倒 で あ る . 大 部 分

スセU H[イi↓ i ゥャ セ ャ￯ Z Zョ

(13)

106 人 女 池 田 学 研 究 明i

は,

1972

年から

1978

年にかけて, ャ PWVa ェZ セャェjャ ャ それに対して,

1

:

1

1

1

問屋街を合む

土J

1

1

j並区においては, iiセj ゥ XPW ェ N このように,剖

1

・小う

E

QQ |Gャ QセQ 新?となる扇

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羽の創造を伴うこ とは少ないようである

卸売業の立地移動が, 移 動 先 で の 新 た な 雇 用 を 導 か な い も う 一 つ の は3 卸売業のも にあるようである. 卸売業の場合は,従業者の大部分に専門的知識を要求されるために,

jおこ多大な

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寺1' M

1

と費用を要する. そ の た め , 従 業 者 の 雇 用 も , 製 造 業 に お け る 技 の よ う に , 広 い 地域スケーノレで、行われる. したがって, 移 転 先 に お け る 雇 用 へ の イ ン パ グ ト は 少 な く , ま た , 経 済 変

動 に 伴 う 従 業 者 の 変 動 も 少 な い と い え よ う

日 「 結 び

本稿においては,山梨県中央部における,

1960

年 以 降 に お け る 雇 用 の 動

1

1

なを概観し,産業の立地の へ の 効 果 を , 統 計 デ ー タ お よ び 宕 干 の 事 例 に も と づ い て 考 察 を 試 み た . そ の 結 果 次 の よ う な 傾 向 が見出された.

1. 山梨県中央部における従業者数は,

1

9

6

0

年から

1981

年にかけて倍増した. yセGiIャャヲdjij

維 系 工 業 の 従 業 者 が 半 分 近 く に 減 少 し た 反 国 ¥ 機 械 系 工 業 お よ び 第

3

次産業の従業者数が大きくイ

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び ている. 労働市場においても, 繊 維 系 工 業 を は じ め と す る 軽 工 業 部 門 の 新 規 求 人 数 は 長 期 低 落 傾 向 に

S T S ェZi セャェj iQ

を示している. 機械系工業における新規求人数( ,j : ,

1

次石

1

1

1

1

ショックを機に したが,

1977

年 以 急_l 二昇している.

2

.

従 業 者 の 増 加 は3 甲 府 市 周 辺 の 各i町村において著しくy 在 来 工 業 に 特 化 し て い た

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村にお ける従業者の

1

111びは鈍化している, 既 存 の 従 業 者 数 に 対 し て 相 対 的 に 新 規 求 人 数 が お い の は , 甲 府 の 市 街 地 の 縁 辺 部 や そ のJmJ辺の

1

1

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村 で 逆J主にi甲1'苧1ヨ3j府有T市

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3. 山梨県中央部における雇用の増加H'こ 大 き な 役 割 を 果 た し て い る と 考 え ら れ る 三 つ の 業 立 地 形 態である,工場の誘致, 工 業 団 地 の 建 設 お よ び 卸 売 団 地 の 建 設 の 雇 用 へ の 効 果 を 若 干 の 事 例 に も と づ いて考察したところ3 次のような特徴が見出された. i ) 農 村 へ の 工 場 の 誘 致 はp その近

i

坪に対して きなインパグ トを及ぼすが, それが及ぶ範囲は比較的狭小である. i i ) 工業団地の建設と, そ れ に 伴 う 雇 用 の 増

lJn

(

1970

年代において著しく, 特 に

1970

年 代 後 半 に お け る 従 業 者 数 の

1

1

1

1

びに大き

i i i ) 卸売団地の建設は, 雇 用 者 の 分 布 の 都 市 中 心 部 か ら 郊 外 へ の 移 動 を 促 進 さ せ る が3 雇 用 者 数 の 増 加 に は あ ま り 結 び つ い て い な い よ う で あ る .

このように,機械系工業の雇用の増加が, 織部

t

工業の低} 存による雇用者数の減少を術完し,この地 域 に お け る 雇 用 者 数 の 増 加 を も た ら し て い る . ここで得られたこれらの結果け,地域におけ4る

m

・ノ¥口

における

(14)

llj GZャK セw[iiZャ QQ 107

lui を 強 制 す る こ と の 有 効 性 している

詐Il!日i;,

4

(

.

iillll り な ら び に 現 地 で の 討 議 をrflい た 筑 波 大 学 奥 野 降 史 教 授 ・ 斎 牒 功JJ)J 教 段 お よ び 大 学 院 の 方 々 , な ら び

に 調 査 にiilll協力闘いた1)(;11系者の方々に i111礼!こpしi二げます.

注 - 参 考 文 献

1 ) H o l m, E. a n d Wei s s gl as, G. (9 71) : Pl alト

ロi ng' f or l ocal l abor ma r k e t s t he l ocat i ol l

of e mp lo y me n t i n t ime a n d space. Ec onomi c

Ge og r a phy, 53 , QYYセRPVN@

2) QQQ シセG ョャ○

j易のiJ.[; 台、の比較・検

;H

を行っている

松111 松男( 1979) 弘樹n! i J 場の111引官

H

#

j

主についての分

N Qセ{l 25 , QYUセRP QN@

3) 伊 東 壮 ( 1970) :IIJ 梨

W

(

J2l t業

l

l1ii主の変動. iJl梨 大 乍 教 背 中 川 町 究 報 節 目 号 , WSセXP@

石 原 不 一 ( 1966) 地域開発と労働移動. 1]木汚{動1品

会雑誌, No. 20 , RセQP @

4) 新IIl t二一点目(1974) 都市人と都市! 大j必!}t:J(:}: 小

就業者一一地方都市の人仁11、

lli@

に関する研究・] 一一

|Giャエセ[ RRRMG 39,.-...,45.

5) HQ YWRI QSセG

布の計iii 経 済 学 的f1'(析流通経済論集, 7 -2 , SRセTXN@

6) Whit e, E. N. a n d I-le wi ng s, G. J. D. ( 1982)

S pa c eぺime e mp lo y me n t model l i ng S o me r

e-sul t s us i ng s e e mi ng l y unr el at ed r egr es s i on

es-t i mat or s . J our na! of Regi onal Sci eηce, 22, RXSセSPRN@

7) T ul pul e, A. H. ( 1 969) : Di s per s i on of i ndus回

t ri al e mp lo y me n t i n t he Gr eat er L o n d o n ar ea

Qj ↓ Zwセ@ tl:( 1970) : T)if 出 3 )

棋 111 忠夫・土屋文雄( 1979) : 甲府盆地における製糸業

の現状とその変佐野山梨大学教育学部如究報告,

t

4

t 30

Jふ11'0 分間( 人文・社会科学系) , 85---92

佐j捺俊雄( 1 980) : 地域経済の成長と就業機会一一朕北

モテール定住iお か ら の 見 通 し 一 一 . 経 済 地 理 学 年 報 ,

26, 167"""' 179

12) 伊 東 壮 ( 1970) :TiiT掲 3)

13) 横 田 忠 夫 ・ 土 屋 文 雄 ( 1979) : 前掲 11)

14) 学 卒 求 人 と は , 中 学 校 ・ 高 等 学 校 卒 業 予 定 者 を 対

象 と し た 求 人 で あ り , 一 般 求 人 は3 学 校 卒 業 予 定 者 以 外 を 対 象 と し た 求 人 で あ る . し た が っ て3 高 等 教 育 機

関 や 専 修 学 校 等 の 卒 業 予 定 者 の み を 対 象 と し た 求 人 数

は,どちらにも合まれない.

15) 1975年 以 後 の 虫 気 の 基 準 日 付 は , ま だ 公 式 に は 算

定 さ れ て い な い が3 小峰の試算によると, 1977年およ

び1981年が景気の谷( トラフ〉となっている.

;J¥

峰隆夫( 1983) : Iヨ本経済の成長と循境. 経済セミナ

ー, No. 336, 26"""' 31.

16) 求人の完結とは, ;-1と人の充足・中止によって求人

が終7す る こ と , お よ び , 求 人 の 未 充 足 の ま ま 3カ月

が経過し3 求人が終了することの両方をさす. なお,

こ れ ら の う ち , 他 の 職 業 安 定 所 か ら の 述 絡 求 人 は 除 外

Regi onal St udi es, 3, RUセTPN@ した

8) E r id日o n,R. A. ( 1 982) : E mp lo y me n t dens i t y 17) l ' 一村一工場

J

というのは,一つの市町村に少な

var i at i on i nt he Bal t i mor e met r opol i t an ar ea.

Env i r onmenl a n d P Iαnni ng A , 14,591---らも1.

9) た と え ば Cl ar k,G. L. ( 1981) :T h e d e ma n d

a nd s uppl y of l abor a nd i nt er st at e r el at i ve

wag es : a n empi r i c al anal ysi s. E c onomi c Geog1'

a-phy, 57, 95,...._,112.

10) 以 下y 木稿においては, 1'L11梨県:1=11 央部」をp こ

こにあげた28ilifilT村とする. なお, この対象j世j戒に は , 行 政IZ:lFijの都合上,周辺のれ: 干のLlilむを合んでい

る. また甲府市については, I必要に応じ, ili内を22の

セォ、│ゥイャG N

11) 本対象J il!.J戒を含むL 11梨県の注業げiiiE を11文り上げた 論 文 と し て , 次 の も の が み ら れ る

金I{¥'Nll':l ( 1965) : 山梨県の工業. 地nll,6 5 -6 , 7む,...,75.

く と も 一 つ の 工 場 を 誘 致 す る と い う も の で , 県 内 の 工

ャゥエヲャセセ

、デ

9

18) 金 属 機 械 工 業 , 特 に 電 子

1=1: 1しているのは,第 1 に,これらの産業が 55'jifVJ力Jfu

r

P

J

産 業 で あ る こ と , 第2 に , 自 然 条 件 が こ れ ら の 産 業 に

過 し て お り , こ れ ら していたこ

とによる

19) 山梨県商工部: [ 1山梨県工業現勢j ; 山梨県商工労

i

r

l

Li 梨の商工業一一工業編一- j により集計

20) I可工場

n

O

"l

三のあゆみJ により作成.

21) ただし, 1981 年 現 在 の 従 業 者 数 ( ま た は 予 定 数 )

の 合 計

(15)

108 人 文土也 王!日午{ ぷ! 究

W

L o c a t io n of I n d u s t r y a n d t he T re n d of E mp l o y me n t i n t he

Ce nt r a l P a r t of Y a ma n a sh i P r e f e c t ur e

Y os hit s uy u A S A M1

1n t hi s paper, t he t r ends of e mpl oy me n七 s i nce 1960 iηt he cent r al par t of Y a ma na s hi

Pr ef ec t ure ar e i nvest i gat ecl t o consi der th e ef f ect s oi t he l ocat i ol l of i ndus t r y t o t he

e mplo y me nt bas ed 011 c ens us dat a a nd s o n:ゴe exampl es .

T h e r esul t s der i ved ar e as fo11O¥¥1s:

(1) T h e n u mb e r of per s ons e mpl oy e d i n t he cent r al par t of Y a ma na s hi Pr ef ec t ur e i n

1981 ha d i ncr ea sed to t ¥vi ce as ma n y as ¥v er e e mpl oy e d in 1960. Al t houg h t he n u mb e r of

per s ons e mpl oy ed i n t ext ile manuf ac t ur i n g i n 1981 ha d dec r eas ed by hal f as man y i n

1960, t he n u mber of per s ons e mpl oyecl i n "l113Chi ner y manuf ac t ur i ng a nd i n t he t er t i ar y

sect or g-re w r api dl y

Al s o, i n t he l abor ma r k e t‘ t he n u mb e r o f nevv j ob of f er s bas been decI i ni ng f or a l ong t i me i nl i ght manuf ac t ur i ng, especi al l y in t ext i l e, and it has Iコeen grO¥vi ng s t eady in const r uct i on a nd i n t he t er t i ar y sect or i n s pi t e of t he r emar k abl e f 1uct uat i ons af f ect ed

b y bus i nes s cycl es. T h e n u mb e r of n e w j o b of f er s i n ma c hi ner y ma nuf act ur i ng we r e i n

a s l ump cl ue t o t he f i rst oi l s hoc k, but t h e y g r e w r api dl y agai n i n t he year af t er 1977.

(2) T h e n u日l ber of per s ons e mp10y e d h a s been g r owi ng st eacl y i n t he s ur r oundi ng r ur al ar ea of t he cent r al ci t y, Kof u. But t he g r ov v t h i n per s ons e mpl oy e d wa s s10w i nt he ci t i es

or t owns ¥v hi c h s peci a1ized i n t he t r adi t i o口a1 i ndust r i es. T h e ar ea i n whi c h t he n u mb e r

of ne¥v j ob oI fer s is rel a t i vel y hi gh i口 c ompa r is on t o t he exi st i ng n u mb e r of per s ons

empl oyec l is cl est ri but ecl on t he ur ban f r i ng e of Kof u a nd t he out er subur bs. But i nt he

cent r al par t of Kof u, t he n u mb e r of ne¥v j ob of f er s is r el at i vel y 10w. T hi s f i ncl i ng s

ug-gest s t he out war d mo v e me n t of t he l oc at i on of e mploy me nt f r o m t he ci t y cent er t o t he

subur bs.

(3) 1n t he cent r al par t of Y a ma n a s hi Pr e f c t ur e, it woul d be r egar ded t hat t hr ee t ypes of i ncl ust ry locat i ons exi st, t he i nt r ocl uct i or l of f act or i es, t he es t abl i s hment of i11.d ust ri a l

par ks a nd t he es t abl i s hment of whol es al e cent er s, whic h pl ay a11. i mpor t ant par t i n t he grO¥v t h of e mpl oy me nt . T h e ef f ect s of t his t o t he g r owt h of e mploy me nt we r e di scussecl

bas ed on s o me case st ucl i es. T h e cl eri ved f i ncl i ngs ar e as f o11ows

i) T h e i nt r oduct i on of f act or i es t o t he r ur aI ar ea ha d ma n y i mpac t s on t he e mpl oy

-me n t of t he nei ghbor hoocl, al t hough s uc h a r e a s af f ect ed we r e r el at i vel y s ma ll.

i

i ) T h e 11.e w e mplo y me nt due t o t he e s t a b1i s hme nt of t he i ndust r i al par ks wa s at a

pea k i nt he 1970' s, especi al l y i n t he l at t er par t .

iii) T h e es t abl i s hment of t he whol es al e c ent er s i nduc ed t he out war d mo v e me n t of t he

Figure

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