著者 上ノ山 賢一
雑誌名 經濟學論叢
巻 63
号 4
ページ 575‑593
発行年 2012‑03‑20
権利 同志社大學經濟學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013645
【研究ノート】
内生成長における習慣形成と貨幣成長
上ノ山 賢 一
1 は じ め に
貨幣経済の成長モデルにおいて均衡の性質と政策の関係は重要である.そ の理由の1つとして,恒常成長を達成する均衡経路が一意に決定されないサ ンスポット均衡が貨幣の存在によって引き起こされる可能性があることが挙 げられる.Woodford (1994)はCash-in-Advance制約(以下CIA制約)を用いて,
ま たMatsuyama (1991)やFukuda (1993)はMoney-in-the-Utility-Function( 以 下
MIUF)において,効用関数における貨幣の影響を通じて均衡の不決定性が生
じること,さらに貨幣供給を名目貨幣供給量の維持を目的とするか,もしく は名目利子率の維持を目的とするかで政策の影響が異なることなどを示して いる.これらの分析から貨幣経済における均衡の性質を分析することは,金 融政策の影響を分析する上で重要だと考えられる.また貨幣の導入によって 均衡の不決定性が生じるケースだけでなく,消費の外部性によって均衡の不 決定性が生じる可能性も近年の研究で明らかとなっていることから,消費の 外部性が存在する貨幣経済における金融政策の影響を分析することも同様に 重要だと考えられる1).
本稿では,このような動機を踏まえ,金融政策が経済成長に与える影響と 消費の外部性の一種である消費習慣の関係について分析する.具体的には
1) 本稿のモデルのように消費の外部性を世代重複モデルに導入した研究として,Abel (2005)は
消費者の世代内と世代間の外部効果を分析しており,de la Croix (1996)は親の消費水準の上昇 が子の効用に負の影響を与えるケースの分析を行っている.
Diamond (1965)型の内生成長モデルに,親世代の消費水準の上昇が子世代の効 用に負の影響を与える消費の外部的習慣形成と今期の自身の消費水準が来期 の効用に負の影響を与える内部的習慣形成を導入したモデルにおいて,政府 がインフレ率の上昇を目的として貨幣供給を増加させた場合,内生成長率は どのような影響を受けるのかを見る.
貨幣のモデルへの導入にはMIUFやファンダメンタルズが0である政府 紙幣の設定などがあるが,本稿では世代重複している家計の老年期における CIA制約を仮定している.その主な理由は以下の2点である.1点目は貨幣の 導入が均衡の性質を決定することを避けるためである.MIUFモデルの場合,
貨幣から受ける効用のパラメータや,消費とともに構成される効用関数の形 状によって,均衡の不決定性が生じることが明らかとなっている.本稿では,
均衡の不決定性が習慣形成による消費の外部性によって生じているケースに 注目するために,貨幣のモデルへの導入自体が均衡の安定性の性質に影響を 与えるわけではないCIA制約を採用した.2点目は解析の単純化のためであ る.CIA制約ではなく,ファンダメンタルズが0である政府紙幣をモデルに 導入し,本稿と同様の分析を行うことは可能であるが,その場合,動学方程 式は2本となる2).CIA制約の場合であれば後の節でみるように動学方程式は 1本となり,2本の場合と比べて,均衡の安定性分析は容易となる.
モデルの結果から,次のような結論を得ている.まず,貨幣の存在にかか わらず,均衡の性質や動学モデルの安定性は習慣形成のパラメータの大きさ に強く依存する.つまり外部的習慣形成の導入によって均衡が複数となる可 能性がある.特に内生成長率がより高い均衡では恒常成長経路が局所的に不 決定となるサンスポット均衡が発生する.さらにインフレ率の上昇を目的と した政府の貨幣供給の増加が成長に与える影響は,均衡の性質に強く関連し ている.均衡が一意に決定される場合には,貨幣供給の増加は,インフレ率
2) Mino (2008)は,消費の外部性を世代重複モデルに導入し,ファンダメンタルズが0であるは
ずの政府紙幣がバブルを伴って恒常成長均衡が達成されるケースを分析しているが,動学方程 式が2本となっている.
の上昇を通じた将来の投資利潤の低下によって貯蓄が低下し,内生成長率が 低下する.その一方で,習慣形成による消費の外部性が強く,複数均衡とな る場合には,高成長率の均衡において,内生成長率が上昇する可能性がある ことが明らかとなった.つまりその均衡においては,家計は今期の消費のか わりに貯蓄を増加させ,一層高いインフレ率を達成することで,親世代の消 費水準の一層の低下を通じた外部習慣による効用への負の影響の緩和と,今 期の家計自身の消費水準の低下を通じた内部習慣による効用への負の影響の 緩和をもたらそうとする.
本稿は習慣形成と内生成長の関係を分析したde la Croix (1996)を基礎として
いる.de la Croix (1996)は主に,外部的習慣形成や内部的習慣形成が内生成長
率にどのような影響をもたらすのかを議論の中心としており,貨幣成長が経 済成長率に与える影響は分析していない.またMino (2008)は,CIA制約では なく,バブルの存在を通じた金融政策の影響を分析しているが,ある期間に おける消費の世代間の外部性を分析しており,期間を超えた消費の外部性を もたらす消費の習慣形成の観点で議論をしていない.そこで本稿は,動学シ ステムの均衡の性質と金融政策の影響の関連を消費の習慣形成の観点から分 析するという意義をもつと言える.
本稿の構成は以下のとおりである.第2節では,内部習慣と外部習慣を含 む効用関数について説明し,続いて貨幣保有が必要となるCIA制約と政府の 貨幣供給について説明する.さらに生産関数を特定化する.第3節では家計 の行動について分析し,世代重複経済における動学システムとその均衡を導 出する.さらに習慣に対する選好パラメータの大きさによって恒常成長とな る均衡が複数存在する可能性について調べる.第4節では,政府のインフレ 率の上昇を目的とした貨幣供給の増加が,恒常成長率に与える影響について 分析する.第5節は結論である.
2 モ デ ル
2. 1 習慣形成と効用関数消費者の効用は自分の消費水準と親の消費水準を観察することで外部的に 与えられた習慣消費の水準にも依存するとしよう.さらに内部的習慣として 自身の消費水準が来期にも影響を与えるとする.具体的には3期間生存する 代表的個人が存在する世代重複型の経済を想定する.各個人は若年期,中年 期,老年期を過ごす.各個人は,若年期には消費と労働をせずに,自分の親 である中年期の個人の消費水準を観察する.中年期には,各個人は労働を行い,
消費と貯蓄をする.同時に自分の親の世代である老年期の個人の消費水準を 再び観察する.老年期では消費のみを行うとする.人口は集計して1に基準 化される個人が無数に存在し,人口成長はないものとする.
ここでt期世代の代表的個人の効用は以下のように表されるとする.
Ut=u(ct, ht)+βu(xt+1, ht+1), (1)
ここでctは中年期の消費であり,xt+1は老年期の消費である.さらに β は 時間割引率である.また,htとht+1はそれぞれt期とt+1期の消費習慣の水 準を表すものとする.以下では効用関数の形状をRyder and Heal (1973)にした がい,subtractive form (分離型)として以下の効用関数を仮定する3).
Ut=(ct−θ0ht)1−σ
1−σ +β(xt+1−θ1ht+1)1−σ
1−σ ,θ0,θ1,σ>0, σ≠1 (2)
ここでσは異時点間の代替の弾力性の逆数である.またθ0とθ1はそれぞ れ中年期と老年期における外部習慣のパラメータである.中年期の習慣消費 水準は,若年期に親世代の消費水準を観察することで習慣化された消費水準
3) 習慣形成としての消費の外部性を導入するには以下のようなmultiplicative form (非分離型)
でも分析が可能である.
Ut=(ctht−θ0
)1−σ
1−σ +β(xt+1ht+1−θ1)1−σ
1−σ , σ>1, 0<θ0,θ1<1
この効用関数を用いたモデルの均衡の安定性や,習慣形成パラメータと成長の関係の分析,
subtractive formの効用関数のケースとの比較についてはIkefuji and Mino (2009)を参照されたい.
であると想定する.また老年期の習慣消費水準は,中年期に観察した親世代 の老年期の外部的な消費水準と,自分の中年期の消費による内部的に習慣化 された消費水準に依存すると仮定する.つまりhtは,ct−1だけに依存し,ht+1 はctとxtに依存するとしよう.すなわち各習慣は以下のように形成されるも のとする.
ht=ct−1 (3)
老年期の習慣水準は以下のようにctとxtに依存し,それぞれについて単純な 増加関数であるとする.
ht+1=h(ct, xt) (4)
つまり中年期と老年期の代表的家計は,それぞれ自分の親世代の中年期と老 年期の消費水準を観察することで,その一部が習慣的な消費水準となってし まい効用を低下させる負の外部性があるということになる.以下では,習慣 の持続に関してh(ct, xt)をsubtractive formとして以下のように特定する.
h(ct, xt)=xt+η θ1
ct, η>0 (5)
ここでηは内部習慣のパラメータである.
2. 2 CIA制約と予算制約
老年期の個人は労働所得がないことから,消費をする際に消費水準の一定 割合の貨幣が必要であるCIA制約があると仮定する4).老年期のCIA制約は Hahn and Solow (1995)に従い,以下のように設定する.
Mt+1≥Ϲpt+1xt+1, 0<Ϲ<1 (6)
ここでϹは総消費に対して貨幣が必要となる比率である.Mt+1とpt+1はそれ ぞれ,t+1期における名目貨幣残高と物価水準である.貨幣は政府によって
4) Ϲ=0の場合には,習慣形成のみが導入されたモデルとなる.またϹ=1のときには,老年 期の全ての消費に対して貨幣が必要であるが,世代重複モデルではその場合,将来資産の保有 は全額が貨幣となり,資本保有が起こらない.Crettez, Michel and Wigniolle (1999)は,2期モ デルにおける若年期の消費に対してCIA制約が存在しているケースなど,世代重複モデルと CIA制約の関係について分析している.
各時点で発行され,中年期世代の代表的家計に一括の移転支出 τ として分配 されるとする.
ptτt=Mt+1−Mt (7)
上式から実質移転支出と実質貨幣保有残高mの関係は,
τt=(1+ɛ)mt+1−mt (8)
となる.ここで ɛ は,政府がターゲットとするインフレ率pt+1/ptであり,そ れが達成されるまで貨幣が発行されるとする5).
家計の中年期の個人は1単位の労働を非弾力的に保有しており,そこから 得られる労働所得を消費と貯蓄にまわす.老年期において,各個人は自分の 貯蓄の全てを消費する.したがって,老年期と中年期の予算制約はそれぞれ 以下のように与えられる.
ptct+ptst+Mt+1=ptwt+ptτt (9)
pt+1xt+1=(1+it+1)ptst+Mt+1 (10)
ここでwt, stならびにit+1はそれぞれ,t期における実質労働所得,貯蓄,そ して名目利率である.貯蓄は全て時期の資本になるとし,減耗率は簡単化の ため1としておく.上式を組み合わせることで,代表的個人の生涯予算制約 は以下のように導出される.
ct+ xt+1
(1+rt+1)− mt+1
(1+rt+1)+(1+ε)mt+1=wt+τt (11)
2. 3 生産関数
生産関数は,以下のように単純なAK型の内生成長生産関数を仮定する.
5) この設定を用いる理由は,動学システムにおける均衡導出の解析の単純化のためである.本 稿のモデルは内生成長モデルであり,生産関数は単純なAK型を用いていることから,(14)の ように均衡では実質利子率は一定である.したがって本稿の設定する金融政策は,名目利子率 をターゲットとする金融政策と同じである.さらにターゲットとするインフレ率を設定するこ とで,動学システムから成長率とインフレ率はそれぞれ内生的に決まる.さらにその結果,(7)
からそれぞれの均衡における名目貨幣供給率も一意に決定される.したがって,名目貨幣供給 率をターゲットとする金融政策として本稿のモデルを設定したとしても,インフレ率は内生的 に決定されることから,貨幣供給の増加による成長率への影響の分析は本稿の分析と同様のも のになる.
yt=AktϷ(ktNt)1−Ϸ, A>0, 0<Ϸ<1 (12)
ここでytは総生産,ktとNtは資本と総労働投入である.またktは,資本によっ てもたらされるRomer (1986)型の生産外部性を示している.各個人は同質で あるとし,各個人の労働の投入は全て1であると仮定する.均衡ではkt=kt が成立することから,社会的総生産は以下のようになる.
yt=Akt (13)
資本の純収益率は,私的企業の限界生産性と等しければ,dyt
dkt=rt+δが成立 する.このとき資本の準収益率である粗利子率Rtは=dyt
dkt Rtとなる.さらに kt=ktが均衡では成立することから,
Rt=ϷA (14)
が成立する.つまり定常状態では時間を通じて粗利子率は一定となる.同様 に均衡における実質労働所得は以下のように導出される.
wt=(1−Ϸ)yt
Nt =(1−Ϸ)Akt (15)
生産関数はAk型であることから,均衡では持続的成長が達成される.
3 動学システムと恒常成長均衡
3. 1 動学システム本節ではsubtractive formでの効用関数を仮定し,動学システムを確認する.
t−1期に生まれた個人は,t期において,
Ut=(ct−θ0ct−1)1−σ
1−σ +β(xt+1−θ1xt−ηct)1−σ
1−σ (16)
をCIA制約式(6)と予算制約式(11)の下で最大化する.
最大化問題の一階条件を組み合わせることで以下の式が導出される.
(ct−θ0ct−1)−σ=β(Rt+1+ηE)
E (xt+1−θ1xt−ηct)−σ (17)
ただし
E≡(1−Ϲ)+ϹϷA(1+ɛ) とする.
ここで次節以降の分析のために以下のように定義をしておく.
φ≡ β(ϷA+ηE) E
1 σ
(18)
(18)より,
dφ
dɛ <0 (19)
が成立する.
また最大化の一階条件から以下の式が導出される.
ct=Hkt−kt+1, H≡(1−Ϸ)A− Ϲ
1−Ϲ ϷA (20)
均衡の存在を保証するために,H>0であると仮定する.
ここで動学システムを導出するために zt+1≡kt+1
ct (21)
を定義する.さらに(20)と(21)から ct
kt= H
1+zt+1 (22)
となる.したがって(17)と(22)から本モデルの経済における動学システムは 以下のように導出することが出来る.
zt= ϷA
(1−Ϲ)θ1+(φ+η)H− ϷA
(1−Ϲ)(H−θ1)zt+1 φθ0(1+zt+1)
(23)
3. 2 恒常成長均衡
恒常成長となる均衡では,ct, xtそしてktが同じ率で成長する.したがって
ztは均衡において一定となる.そこで,均衡におけるztをz*とする.(23)式より,
均衡でのz* は以下のように導出される.
z*=
ϷA
(1−Ϲ)θ1+(φ+η)H− ϷA
(1−Ϲ)(H−θ1)z* φθ0(1+z*)
(24)
これをz*に関して整理すると,
z*=ζ± ζ2−4φθ0μ
2μ (25)
となる.ここでζとμは以下のように定義している.
ζ≡φH+ ϷA
(1−Ϲ)θ1−φθ0
μ≡φH+ ϷA
(1−Ϲ)(H−θ1)
均衡におけるz*が存在することを保証するために,以下の式が満たされるこ とを仮定する.
ζ2−4φθ0μ>0
また均衡における内生成長率g*は,yt+1/yt=kt+1/ktであるから,(20)と(22)
よりz*によって以下のように示される.
g*= z*H
1+z*, ∂g*
∂z*>0 (26)
以上の設定からCIA制約と習慣形成を持つ世代重複モデルの均衡の安定性 は以下のようにまとめられる.
命題 1
subtractive型で習慣形成が効用関数に導入された世代重複モデルにおいて,
θ0=0の場合,もしくはH<θ1の場合,均衡は1つであり,その均衡は大局 的に不安定である.一方,H>θ1の場合,2つの定常均衡が存在し,高成長 均衡は局所的安定であり,低成長均衡は局所的不安定である.
証明
まずθ0=0の場合,(17)と(22)から,z*は明らかに一意に決まる.この場 合zt zt+1平面において,dzt+1
dzt
︱
zt=z*=0となる.したがって均衡は大局的に不 安定である.次にH<θ1であるとする.(23)の右辺は,パラメータを除きzt+1のみに 依存していることから,
zt=G(zt+1) と表すことにする.ここで
G´(zt+1)=
(ζ+φθ0−μzt+1)2 φθ0H φ+η+ ϷA (1−Ϲ)
>0, G(0)= φθ0
ζ+φθ0
>0 となる.ここでH<θ1の場合にはμ<0であることに注意すると,
G˝(zt+1)=
(ζ+φθ0−μzt+1)3 2φθ0H φ+η+ ϷA
(1−Ϲ) μ
<0
である.したがって,H<θ1の場合には,G(zt+1)は第 1 図のような形状を 第 1 図
G(zt+1)
zt+1 zt+1
zt zt G(zt+1)
45° 45°
第 2 図
している.第1図よりzt=zt+1となる均衡z*は一意に決まることが明らかで あり,さらにdzt+1
dzt
︱
zt=z*=G´(z1*)>1 であることから,この均衡は大局的不安 定である.最後にH>θ1の場合にはμ>0であることに注意すると,(27)からG˝(zt+1)
>0となる.この場合,G(zt+1)は第 2 図のような形状となることから均衡は 2つ存在する.ここで(26)より,z*の値がより大きな均衡では,より高い成長 率となる.第2図より,均衡におけるG(zt+1)の傾きから,高成長均衡のz*は,
局所的に安定的であり,低成長均衡z*は局所的に不安定であることは明らか である. □
命題1の結果は,習慣形成のパラメータの大きさによって均衡が単一均衡 のケースと複数均衡のケースがあることを示している.また均衡が複数とな るかどうかは,内部的習慣形成のパラメータηやCIA制約のパラメータϹの 大きさではなく,外部的習慣形成のパラメータθに強く依存していることが わかる.また単一均衡の場合,均衡は不安定であることから均衡経路は一意 で決定的であり,複数均衡の場合には高成長均衡において均衡経路が複数存 在するサンスポット均衡となる.以下の節では,単一均衡と複数均衡のそれ ぞれのケースにおいて,インフレ率の上昇が内生成長率にどのような変化を もたらすのかを分析する.
4 インフレ率と内生成長率
本節では,均衡の安定性とインフレ率の変化が内生成長率に与える影響と の関係について注目する.つまり単一均衡のケースでは,インフレ率の上昇 は内生成長率を低下させること,複数均衡のケースでは,成長率がより高い 均衡において,インフレ率の上昇が内生成長率を上昇させる可能性があるこ とを確認する.
(26)をインフレ率εで微分すると以下のようになる.
∂g*
∂ɛ=∂g*
∂z*
∂z*
∂φ
∂φ
∂ɛ (27)
(19)と(26)と(27)から,インフレ率の変化によって成長率が上昇するか否か は,∂z*
∂φの符号に依存していることがわかる.以下では,単一均衡になるケー スと複数均衡となるケースのそれぞれについて,インフレ率上昇が内生成長 率に与える影響を考察する.
単一均衡のケースが成立する場合,習慣形成のパラメータの大きさによっ て均衡となるz*は,前節での分析からさらに2種類に分けられる.θ0=0が 成立する場合の均衡におけるz*と,φの変化がz*に与える影響とはそれぞれ 以下のようになる6).
z* =ζ μ, ∂z*
∂φ=H
μ>0 (28)
H−θ1<0が成立している場合の均衡におけるz*とφの変化がz* に与える影 響とはそれぞれ以下のようになる.
z*=ζ− ζ2−4φθ0μ
2μ (29)
∂z*
∂φ=
2μ
(H−θ0)−(ζ2−4φθ0)−12 {ζ(H−θ0)−2θ0μ}
>0 (30)
命題 2
(24)の下で均衡z*が一意に決定される場合,その均衡においてインフレ率 の上昇は恒常成長率の低下をもたらす.
証明
補論を参照のこと. □
6) 均衡におけるz*は正の値をとることから,θ0= 0が成立する場合にはH−θ1<0が成立しな
いことに注意されたい.
これらの結果と(27)から,単一均衡となる場合には,インフレ率の上昇は 恒常成長率を低下させることがわかる.直観的には以下のように考察される.
若年の消費習慣が存在せず,中年期の消費習慣のみが存在する場合,もしく は親が老年期世代の消費の習慣に依存する場合,効用関数から,自身が老年 期になった時の消費水準は親世代や自分の中年期の消費習慣に強く依存する ということになる.貨幣供給が増えることで,親世代の老年期家計の消費水 準は減少し,現世代の中年期の消費水準も下がることになる.親世代の消費 が低下することで外部習慣による効用への負の影響が抑えられることから,
来期の消費水準が一層低下しても構わないということになり,現世代は今期 のインフレを通じた消費の減少を補おうとする.その結果,その世代の貯蓄 が減少し,資本形成が阻害されることで恒常成長率が低下するということに なる.
複数均衡のケースが成立する場合(24)より,定常状態でのz*は(25)となり,
各々の均衡におけるインフレ率の影響について以下の結果が得られる.
命題 3
外部的習慣形成のパラメータが(H−θ0)<0を満たす場合,高(低)成長均 衡においては,インフレ率の上昇は内生成長率の上昇(低下)をもたらす.
証明
(25)より,高成長率を達成する均衡のz*を φ で微分すると以下のようにな る.
∂z*
∂φ=
2μ
(H−θ0)+(ζ2−4φθ0)−12 {ζ(H−θ0)−2θ0μ}
(31)
この式から習慣の嗜好パラメータの導入によって導出されたサンスポット 均衡において,(H−θ0)<0が満たされる場合には,∂z*
∂φ<0 が成立し,イン フレ率の上昇は内生成長率の上昇をもたらす.
一方,低成長率の均衡となるz*をφで微分すると以下のようになる.
∂z*
∂φ=
2μ
(H−θ0)−(ζ2−4φθ0)−12 {ζ(H−θ0)−2θ0μ}
(32)
ここで
(H−θ0)−(ζ2−4φθ0)−12 {ζ(H−θ0)−2θ0μ}<0 と仮定する.この条件を整理すると,
θ0<θ1
となる.しかし複数均衡が成立し,(H−θ0)<0が満たされる場合には,θ1
<H<θ0が成立することから矛盾となる.したがって(32)の右辺の符号は 正であり,(19)と(26)と(27)から∂z*
∂ɛ<0 が成立し,インフレ率の上昇は内 生成長率の低下をもたらすことがわかる. □
低成長均衡の場合の金融政策が与える成長率への影響は,単一均衡のケー スと同様であると考えられる.一方,習慣パラメータが大きい経済の高成長 均衡においてインフレ率の上昇が成長率を上昇させるという影響は以下のよ うに考察される.高成長均衡の場合,低成長均衡に比べて高いインフレ率と 資本ストックの消費に対する割合が高い均衡となっている.ここで,インフ レ率の更なる上昇は2つの影響をもたらす.1つはインフレ率の上昇による 直接的な消費水準の低下の影響である.つまりインフレ率の上昇による今期 の実質消費の低下を通じた効用への負の影響と,来期の実質の資本収益の低 下を通じた老年期の実質消費の低下による効用への負の影響である.もう1 つは,消費習慣の外部効果である.より高いインフレ率が達成される場合に は親の実質消費水準はさらに低下することになる.その結果,来期の外部習 慣による効用への負の影響が一層抑えられることになる.また今期の消費を 減らすことで,来期の内部習慣からもたらされる効用への負の影響も抑えら れる.そこで家計は今期の消費を減らす一方で貯蓄を増やし,来期の消費を 増やす.それによって外部習慣と内部習慣を通じて,インフレによる今期の 消費の低下と来期の消費水準の低下による効用への負の影響を緩和しようと
する.以上の結果,貯蓄の増加を通じて資本形成が進み,成長率は上昇する.
5 終 わ り に
本稿では,消費の習慣パラメータを導入した世代重複型内生成長モデルに おいて,貨幣供給の増加を通じたインフレ率の上昇が内生成長率に与える影 響を分析した.分析からは,貨幣が老年期において必要となるCIA制約が導 入されていたとしても,外部的習慣パラメータの大きさによって,複数均衡 が生じる可能性があることが明らかとなった.さらに習慣形成が存在し,均 衡が一意に決定される場合には,インフレ率の上昇は内生成長率を低下させ る一方,複数均衡が存在し,均衡経路が不決定となるような高成長率をもた らす均衡においては,インフレ率の上昇は,外部的習慣形成の影響を通じて 内生成長率の上昇をもたらす可能性があることが明らかとなった.こうした 結論は,名目貨幣供給率の上昇,もしくはインフレ率の上昇を目的とした政 策が経済厚生を高めるとは限らないことを示唆している.貨幣的要因により 均衡が複数となり,サンスポット均衡が起こるケースと同様に,習慣形成と いう世代間の消費の外部性を通じても,政策の影響は均衡の性質に依存する ことが明らかとなったことから,金融政策の影響を分析する上で消費の外部 性の大きさを考慮する必要があるといえる.
しかし本稿での分析や結論は,効用関数の形状や貨幣のモデルへの導入方 法に強く依存している可能性がある.本稿における効用関数の形状は,家計 自身の消費から得る効用と習慣形成から得る負効用が分離されたものとなっ ている.家計の消費からの効用と習慣形成からの負効用が非分離型となって いる効用関数の場合についても,本稿と同様の検討が必要である.さらに貨 幣のモデルの導入に関しても,金融資産のファンダメンタルズがゼロである ような政府紙幣が供給され,バブルが発生している状況における政策の効果 の分析などが必要である.習慣形成を通じた消費の外部効果と金融政策の関 係の議論を精緻化する上で,こうした分析を検討することは重要であると考
えられる.
6 補 論
命題 2 の証明
θ0=0が成立する場合には,(28)より∂z*
∂φ の符号が正となることは明らか である.
H−θ1<0 (μ<0)の場合,消費の習慣形成が存在し,単一均衡となる.こ の時,均衡z*をφで微分したものは,(25)より以下のようになる.
∂z*
∂φ=
2μ
(H−θ0)−(ζ2−4φθ0)−12 {ζ(H−θ0)−2θ0μ}
(33)
まずH<θ0のケースから分析する.
ζ(H−θ0)−2θ0μ<0 (34)
かつ,
(H−θ0)−(ζ2−4φθ0)−
1
2 {ζ(H−θ0)−2θ0μ}>0 (35)
であると仮定する.ここで(35)の条件を整理すると,
θ0<θ1 (36)
となる.一方,(34)を整理すると,
φ(H−θ0)2− ϷA
1−Ϲθ0(H−θ1)+ ϷA
1−Ϲ H(θ1−θ0)<0 (37)
となる.この式の左辺の前2項は条件から符号が正となり,この条件が満た されるには,
θ0>θ1 (38)
が成立しなければならない.しかし,この条件は(36)と矛盾している.したがっ て,(34)が満たされている場合には,
(H−θ0)−(ζ2−4φθ0)−12 {ζ(H−θ0)−2θ0μ}<0
となる.以上から,(34)が成立するならば(33)の符号は正となる.また ζ(H−θ0)−2θ0μ>0 (39)
となる場合には,(33)の右辺はH<θ0,μ<0であることに注意すると符号 が正となることが分かる.
次にH>θ0のケースを分析する.
(H−θ0)−(ζ2−4φθ0)−
1
2 {ζ(H−θ0)−2θ0μ}>0 (40)
を仮定する.この時,この条件は以下のように整理される.
θ0>θ1
しかし,H>θ0かつμ<0のときには,θ0<H<θ1が成立していること からこの条件が満たされることはない.したがって,このケースでは,
(H−θ0)−(ζ2−4φθ0)−12 {ζ(H−θ0)−2θ0μ}<0 (41)
が成立し,(33)の符号は正となる.以上の分析から,H<θ0の場合にも∂z*
∂φ の符号は正となる.
したがって(19)と(26)と(27)から,単一均衡の場合にはインフレ率の上昇 は均衡における内生成長率を低下させることがわかる. □
【参考文献】
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(かみのやま けんいち・同志社大学経済学部)
The Doshisha University Economic Review Vol.63 No.4 Abstract
Kenichi KAMINOYAMA, Habit Formation and Money Growth with Endogenous Growth
Using the framework of an overlapping generations model with habit formation, we will analyze how money growth affects the endogenous growth rate. In our model, we find that money growth decreases the endogenous growth rate in the unique equilibrium case. In addition, multiple equilibria may exist. In the higher growth equilibrium, money growth raises the endogenous growth rate, while in the lower growth equilibrium, it decreases the endogenous growth rate.