監査人の利益相反と独立性の原則についての一考察
著者 瀧田 輝己
雑誌名 同志社商学
巻 58
号 6
ページ 193‑205
発行年 2007‑03‑15
権利 同志社大学商学会
ドウシシャ ダイガク ショウガッカイ
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000007370
監査人の利益相反と
独立性の原則についての一考察
瀧 田 輝 己
はじめに
蠢 公共の利益とクライアントの利益
蠡 監査人が公共の利益を第一に考えなければならない理由 蠱 独立立性の堅持に対する各種脅威
蠶 独立性の原則の内容 要 約──結びに代えて──
は じ め に
監査人は,Aと
B
という利害が相互に対立する二人(あるいは二つの組織)の間に 挟まれて,「あちら(Aを)立てれば,こちら(Bが)立たず,こちら立てれば,あち ら立たず」というような二律背反の状況にしばしば立たされる。こうした状況も,煎じ 詰めて考えると,監査人自身にとって,あちら(A)を立てた方が有利か,こちら(B)を立てた方が有利かという選択の問題に置き換えることができるのである。
仮に,監査人が
A
を立てることにしたということは,自分にとって,Aを立てる方 が有利であると考えて(判断して)その選択をしたということを意味している。Aを 立てた場合,少なくともA
と当該監査人との間では利害の対立は生じないはずであ る。しかしながら,通常,選ばれなかった(立てられなかった)Bと当該監査人との間 には対立が生ずる。この対立はA
を立てることによって得られる監査人の自己利益とB
の利益との間の対立であると言い換えることができる。したがって,このケースは,結局,利益相反の問題として捉えることができるのである。
このような,監査人が直面する二律背反の状況の具体例として,同一の監査人が二つ の互いに利害が対立するクライアント(例えば,仕入先と得意先という取引関係にある 二つのクライアントなど)と監査契約を結び,それぞれの監査業務に従事している場合 がしばしばあげられる。監査人が,一方のクライアント(仮に,クライアント
A
と呼 ぶことにする)に対する監査業務遂行の過程で,そのクライアントA
に関する重要な 情報を知り得たとする。この情報を他方のクライアント(仮に,クライアントB
と呼 ぶことにする)が知れば,そのクライアントB
は事前に,その情報にかかわる問題に 対処するための措置を講ずることができるので,相当の利益を得る(または損失を防ぐ(397)193
ことができる)こととなる。反対に,クライアント
A
にとっては,その情報が漏れれ ば,不利益を被ることになる。こうした状況に立たされた監査人は,この情報を
B
に伝える(漏らす)べきか,ど うか,つまり,Aの利益を優先させて伝えないか,反対に,Bの利益を優先させて情 報を伝えるか,極めて困難な選択をしなければならない。監査人にとっては,AもB
も,ともに重要なクライアントであり,とりわけB
は経済的に大口のクライアントで あるときには,この選択はきわめて重要な問題とな1
る。
Ⅰ 公共の利益とクライアントの利益
このケースのように,Aと
B
という二つのクライアントの間に監査人が挟まれる場 合では,業務遂行上知り得た情報を漏洩してはならないという倫理規定(守秘義務)に 従って,通常,監査人は情報を漏らしてはいけないと判断することになろう。この判断 は,外面的には,守秘義務を果たすか,果たさないかという監査人の選択であり,監査 人の倫理観の高さに大きく依存する判断であるかのように見えるが,内面的には,A とB
という二つのクライアントのうち,監査人がどちらの利益を優先させるかという 判断,さらにいえば,どちらの利益を優先させる方が監査人自身にとっては有利かとい う判断であるともいえるのである。(1)情報の公開か,守秘義務か
上記の,二つのクライアントの例をさらに敷衍すると,情報公開の要請と守秘義務の 要請との間に挟まれた監査人のケースとみることができるのである。つまり,上記のケ ースおいて,クライアント
B
を「一般大衆」と読み換えて見ると,情報を一般大衆(クライアント
B)に向けて広く公開するという行動をとるか,クライアント A
のため に守秘義務を貫くという行動をとるかという鐚藤に監査人は悩まされる事例と読み直す ことができる。情報公開は一般大衆すなわち社会の要求を満たすことになるし,守秘義 務を貫くことはクライアントの要求を満たすことになる。したがって,このケースで は,監査人は社会とクライアントのうち,どちらかを選ばなければならない。つまり優 先順位を決めなければならない。いずれを選ぶにしても,どちらか一方(例えば,Aすなわちクライアント)の肩を
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1 このような事例に直面したときの監査人の倫理的な対応について,次の文献に興味深い記述がなされて いるので参照されたい。
L. A. Ponemon, D. R. L. Gabhart, Ethical Reasoning in Accounting and Auditing, CGA-Canada Research Foundation, 1993, pp. 41−43.(瀧田輝己他共訳『会計士の倫理と推論』税務経理協会,1999年,73−76 ページ。)
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持てば,他方(Bすなわち一般大衆)と監査人との間には現実的な利害の対
2
立が生ずる ことになる。ただ,一般的には,クライアントの利益を重視すれば,監査契約の継続に とって,有利に働くことが予想され,監査人自身の利益に跳ね返ることになるから,監 査人とクライアントは利害が一致する。監査人とクライアントの利害が一致するのであ れば,「公共の利益か,クライアントの利益か」という問題は,結局,公共の利益か,
監査人の自己利益かという選択であり,公共の利益と監査人の自己利益との間の利益相 反の問題に還元できるのである。この利益相反の状況においては,通常,監査人は自分 自身にとってヨリ有利となる結果を選好すると考えられる。
しかし,監査人が自己利益を優先させることに正当性はあるのであろうか。この点を 明らかにするためには,監査人自身の利益も含めて,誰の利益を優先させるかを決める 基準が明確にされなければならない。つまり,このときの優先順位を決める基準は何か ということがここでの重要な課題となる。その結果として,監査人が自己利益を優先さ せることの根拠を明確にされると思われる。
(2)公共の利益か監査人の利益(営利)か
この場合,プロフェッショナルは公共の利益を第一に考えなければならないので,社 会の利益を優先させなければならないということがしばしば言われ
3
る。自己利益を抑制 しても,公共の利益に貢献するというのがプロフェッショナルであるというのがその理 由である。ここではたらく原則は,ビジネスよりも社会全体の利益を重視し,「自己利 益を抑えても,公共の利益に貢献しなければならない」という利他主義的なプロフェッ ショナリズムである。つまり,監査という職能は,監査人が利己心に基づき営利を追求 するのを当然とするビジネスではなく,公共の利益に資することを当然とするプロフェ ッショナルの職務であ
4
るという考えを前提としている。この守秘義務か情報公開かとい う二者択一的な選択は,プライバシーの保護かアカウンタビリティの履行かという社会 政策上の(いわばマクロ的な)選択問題として主張することももちろん可能ではある
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2 GaaはM. Davis Conflict of Interest ,Busines and Professional Ethics Journal 1を引用しつつ 利益相反 を現実的利益相反(actual conflict of interest),潜伏的利益相反(latent conflict of interest)および潜在的 利益相反(potential conflict of interest)に分けて検討している。この点について次を参照されたい。
J. C. Gaa,The Ethical Foundations of Public Accounting, CGA-Canada Research Foundation, 1994, pp. 99−
100.(瀧田輝己訳『会計倫理』同文舘,2005年,183−184ページ。)
3 例えば,日本公認会計士協会の「倫理規則」の前文では,「公認会計士は,監査及び会計に関する職業
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専門家として,公共の利益に資するため,その専門能力に基づき誠実かつ公正に業務を行い,社会の健 全な発展に寄与することを使命とする。」(傍点は瀧田)と記述されている。この「倫理規則」は,平成 19年に施行すべく改定作業がなされているが,「改定倫理規則」(公開草案)においても,この文言は まったく変更されずに残されている。また,世界各国における主要な会計士団体の倫理規則も,多少の 表現は異なっても,同様の記述が見られる。
4 Gaaはこの問題にゲームの理論(囚人のジレンマ)を用いて接近している。(J. C. Gaa, Ibid., pp. 39−
45.,瀧田,前掲訳書,2005年,69−79ページ。)
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が,監査制度という特定の領域に限定すれば,少なくとも監査業務を遂行する過程で は,プライバシーの保護かアカウンタビリティの履行かといういわば国家レベルでの選 択の問題に監査人が直面することは,まず,ないといえよう。個々の監査人のレベルで は守秘義務か情報公開かという問題はいわばミクロ的な次元で利己心に基づいて情報を 公開しないか,プロフェッショナルとして,公開の方を優先させるかという問題なので ある。
Ⅱ 監査人が公共の利益を第一に考えなければならない理由
(1)客観性の原則
これまで考察してきたように,監査人の選択は結局,監査人にとっての自己利益の比 較秤量によって優先順位が決定されるということであれば,監査人も結局,利己心に基 づいて自己利益の最大化を目指して行動するということが認められるかという点が問題 となる。この点に対して,それを否定する一つの基準は客観性の原則である。そもそ も,社会が期待する監査人の役割というのはクライアントの利害も,社会の利害も,そ して監査人自身の利害もすべて公平に考慮するということを前提にしている。その意味 で,監査人というものは,極めて客観的な立場でその役割を果たすものと一般に期待さ れている。こうした考え方,主義は,しばしば客観性の原則あるいは道徳主義の原
5
則と よばれる。この原則によって,監査人は,少なくとも自身の自己利益を最優先すること が抑制されるのである。ただし,客観性の原則は自己利益を優先させることを抑制する が,公共の利益を優先させるところまでは積極的に要求するものではない。公共の利益 を優先させるためにはもう一つ別の基準が必要である。
(2)社会契約優先の原則
ここで,もう一度,本当に監査人は自分の利益を抑えて,公共の利益に貢献しなけれ ばならないのであろうか,そうだとすれば,何故,プロフェッショナルである監査人は 自己利益よりも公共の利益を優先させなければならないのであろうか,ということを検 討する必要があろう。
会計プロフェッションは社会との間に契約(社会契約)を結んでいると考えられるか ら,その一員である監査人は社会契約書(例えば,会計プロフェッションに関わる法令 や諸規定)に謳われている役割を果たすことが義務づけられている。監査人としては社 会契約に従って,役割を果たすということが社会に貢献するということであり,そのよ
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5 J. C. Gaa,Ibid.,p. 65.,瀧田,同訳書,117−118ページ。
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うな社会的役割を果たす見返りとして,会計プロフェッションには監査サービス市場に おける独占権が与えられ
6
る。ただ,社会契約は,個々の監査人のレベルでの社会との契 約というよりも,全体としてのプロフェッションと社会との契約であり,そのプロフェ ッションの一員となり続けるためにプロフェッションが組織する協会と契約を結ぶとい う間接的なかたちで個々の監査人にはかかわってくる。
とはいえ,社会契約によってもたらされる独占利益も,協会との契約に基づいて,最 終的には個々の監査人に分配されることになるので,監査人が,社会から期待されてい る役割を果たすことは,結果的に公共の利益のみならず,監査人自身の自己利益にもつ ながる。すなわち,会計プロフェッションの一員である以上,経済的な独占利益を享受 できるわけである。このことは,監査人個人にとっても,社会契約の方を私的契約より 優先するモチベーションが起こりうることを意味する。言い換えれば,会計プロフェッ ションの一員であり続けるためには,社会契約を第一に考え,その社会契約の枠内で,
自己利益を最大化するように私的契約を締結しなければならないという規範(優先順 位)が監査人に課せられることを正当化するのである。
情報の公開か,守秘義務かという選択の問題に立ち返ると,情報の公開か,守秘義務 かという選択は社会との間の社会契約の継続とクライアントとの間の私的契約の継続と を比べて,どちらが監査人の自己利益を大きくするかということに基づいて優先順位を 決定する問題であり,結局のところ,社会契約がもたらす自己利益と私的契約がもたら す自己利益の比較秤量の問題であると理解できよう。前述のように,公共の利益を第一 に考えているということは,それによる独占利益の享受を私的契約によるクライアント 維持という自己利益より大きいと考え,社会契約の継続の方を重視しているということ である。
Ⅲ 独立性の堅持に対する各種脅威
ところで,近年,各国で監査人の利益相反をあらかじめ避けるための方策が講じられ ている。『プロフェッショナルとしての行動規程』あるいは『客観性,誠実性及び独立 性の規程』あるいはまた『独立性の規程』など呼び名はまちまちであるが,監査人とし ての客観性,誠実性,および独立性を要求した倫理規程の改正が世界各国で行われてい る(あるいは,すでに行われた)のがその例である。共通していえることは,監査人が 独立性を堅持しつつ役割を果たすときには判断の客観性が要求されているということで あり,客観性の外観はあらゆる利益相反の排除であるという点である。そして,客観的 な判断を阻害する脅威を,(1)自己利益の脅威,(2)自己レビューの脅威,(3)威嚇の
────────────
6 J. C. Gaa,Ibid.,pp. 31−32.,瀧田,同訳書55ページ。
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脅威,(4)擁護の脅威,(5)馴れ合いの脅威の
5
つに分類し,それらを避けるための予 防対策(safeguard)が展開されている。その予防対策によって,独立性に対する脅威を 許容できる水準まで引き下げようというねらいである。(1)自己利益の脅威
監査人が何らかのかたちで,クライアントから経済的な利益を享受している場合に は,監査人は自己の経済的利益のために,公共の利益をないがしろにする可能性があ る。例えば,監査人が意見を表明するために,追加的な手続を実施する必要があるケー スでは,コストを誰が負担するかという点で利害の対立が生ずる。監査人の立場からい えば,追加コストをクライアントが負担するのが最善なわけである。監査人は(公共の 利益のために,すなわち,正当な注意を払って意見を表明するという公共の利益のため に)コストを自分で負担して追加手続を行うべきか,(自己利益のために)コストを負 担してまでは追加手続を行うべきでないか,二者択一的な選択をしなければならない。
このような場合には,監査人は利己心に基づいて,公共の利益よりも自己利益(経済 的利益)を優先させて,客観的に(精神的独立性を維持した)監査を実施できない危険 性がある。つまり,公正な監査が行われないのではないかという恐れが生ずる。この種 の不安を自己利益の脅威という。自己利益の脅威は監査人の利己心と公共(一般投資家 に代表される)の利益に資するという使命感との間の鐚藤であるように思われる。しか し,実は,前述のように,クライアントから得られる経済的利益と公共の利益に資する ことによってもたらされる自己利益との比較秤量の問題なのである。
ここで,クライアントから経済的な利益を受けている例は,金銭の授受とはかぎらな い。会計事務所がテナントとして入っているビルのオーナーである会社を監査する場 合,あるいは,監査人が株式を所有し,株主となっている会社を監査する場合なども含 まれる。前者の場合は,家賃の支払先がクライアントであるというケースであるが,ク ライアントに有利な判断をする可能性が高く,そうなると,公共の利益とクライアント の利益との間に利害が衝突する。公共の利益を守る見返りとして,監査人にもたらされ る独占利益と,クライアントに有利な判断をすることによって持続して受けることので きる経済的利益との間の利益相反である。
後者のケースでは,監査人の意見が株価に影響することになるから,株価によい影響 を与えるような意見を表明する危険がある。つまり公共の利益に資することによっても たらされる監査人の自己利益と投資家(株主)の立場で受ける自己利益(株価の上昇に よる利益など)との間の利益相反である。
自己利益の脅威は公共の利益よりも自己利益を優先させるという利益相反の生ずる最 も代表的な恐れである。これらの脅威は,監査人とクライアントとの間での特定の経済
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的利害関係や家族関係を禁止や,クライアントに提供する業務すべての監査委員会への 開示などによって軽減されるのであ
7
る。
(2)自己レビューの脅威
かつて,「自己監査は監査にあらず」という戒めがあった。どんな場合でも,自分の 行ったことについては,客観的な判断(評価)は難しく,どうしても客観的にレビュー することができない,というのがこの戒めの存在理由であった。自己レビューの脅威と いうのは,このような恐れ,ないし危険性を意味している。
監査手続には,クライアント(正確にはその経営者)の行った会計処理を監査人が正 しいと考える会計処理と照合して適正性を判断するというプロセスが必ず含まれる。そ こで,自分の行った仕事を自分で監査するときには,同一人が,同じ業務を二度行うこ とになるような手続きが含まれる。同一人が,同じ業務を繰り返す時には,(思い込み などにより)誤りを見損じる危険性が大きい。また,仮に,誤りを発見したとしてもそ れに対して適正に処置しない(自分のミスを認めない)危険性もある。とりわけ後者の 恐れは利益相反と強く関連している。すなわち自らの誤りを認めることによって失われ る利益と誤りを隠蔽することによって失
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利益 との比較秤量の結果,公共の利益のために誤りを認めるということをせず,自らの利益 を守るために誤りを隠蔽するというかたちの利益相反である。
自己レビューの具体的な例としては,監査人がかつて役員あるいは責任のある立場に ある従業員であったクライアント(監査客体)を外部監査人(監査主体)の立場で監査 する場合をあげることができる。会計書類の作成に責任のある立場であった者が,外部 監査人となって,それらの会計書類(監査対象)について監査をする場合である。
また,内部監査をアウトソーシングしている会社の場合,その内部監査を引き受けて いる会計事務所が外部監査人として,その会社の監査を行うときにも自己レビューの脅 威が生ずる。広く知られているように,リスク・アプローチによる監査では,固有リス クと統制リスクと発見リスクの関数として監査リスクを評価し,その評価に基づいて適 用する監査手続を決定することになる。そこで,監査人が内部監査業務を引き受けてい る場合には,リスク・アプローチによる監査手続の一つとして,当然,内部統制(内部 監査は内部統制の一部を構成する)の評価が含まれるわけであるから,必然的に当該監 査人による外部監査は自己レビューとなるのである。
さらにまた,監査人がマネジメント・アドバイザリー・サービスを提供しているクラ イアントの監査を行う場合も自己レビューになる可能性が高いといえる。とりわけ,マ
────────────
7 会計倫理研究会,「会計士の独立性−各国の倫理規定比較− 独立性の原則」『月間監査研究』日本内部 監査協会,第30巻 第1号(2004年1月),102ページ。
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ネジメント・アドバイザリー・サービスの内容が内部統制システムの構築または評価に 関するものである場合に,内部統制システムについての評価,さまざまなアドバイス,
自己レビューとなる可能性を極めて高くする。上述のように,リスク・アプローチによ る監査が内部監査システムの信頼性に基づき監査リスクを評価して行われるのであるか ら,自己レビューとなる可能性は極めて高くなるのである。
自己レビューの脅威は監査人に対してクライアントの経営者と同じ立場で行動してい るとみなされる行為を禁止し,クライアントからの独立性を強く堅持することによって 軽減され
8
る。
(3)威嚇の脅威
クライアントから,次年度の監査契約を継続しないということをほのめかされるよう な場合には,監査人はクライアントの圧力に屈し,虚偽の報告をしたり,監査意見とし て不実の記載をしたりする恐れがある。こうしたクライアントからの圧力に屈する危険 性を,威嚇の脅威という。
たとえば,監査人の全収入に対して,一つのクライアントから受け取る報酬の占める 割合が大きい場合は,契約を破棄されたり,報酬を下げられたりすることは,営業面 で,監査人にとっては大きな圧力となることを意味する。この圧力によって監査人が客 観的にレビューすることは難しくなる。
このような状況では,いわゆるオピニオン・ショッピングの問題が発生しやすい。オ ピニオン・ショッピングとは,自分の求めるような監査意見を表明してくれる会計事務 所を選んで,監査契約を結ぶというクライアントの行動である。会計事務所としては大 口のクライアントであれば,失いたくないと思うだろうから,どうしても当該クライア ントからのオピニオン・ショッピングの圧力に屈する可能性が高くなるのである。
同様に,会計士(監査人)が(例えば,いわゆるヘッド・ハンティングによって)ク ライアントに就職することが決まっているような場合にも,客観的なレビューができな くなる恐れが生ずる。このようなケースにおいては,監査人のレビューに客観性を失う 恐れが生ずるのである。
この威嚇の脅威は煎じ詰めて考えれば,自己利益の脅威の一変形である場合が多い。
したがって,公共の利益と監査人の自己利益の対立すなわち利益相反によって,監査の 客観性が失われる典型的な例の一つである。
威嚇の脅威は,一つのクライアントから受け取る監査報酬が監査人の報酬全体に対す る割合を制限すること,関与パートナー以外のパートナーによるレビューを実施させ,
同意を得ること,会計事務所内での協議を行うこと,会計事務所とクライアントの双方
────────────
8 同稿,102−103ページ。
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200(404)
で健全な社風を確立することにより軽減され
9
る。
(4)擁護の脅威
監査人がクライアントの利益となるように行動することが,直
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接
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,監査人の利益につ ながるという場合がある。こうしたケースでは,クライアントの擁護は直ちに監査人の 自己利益に繋がるので,自己利益か公共の利益かという監査人の利益相反が生じる一つ ケースと考えられる。このケースもまた,監査人によるレビューは第三者的に行われな いという恐れが生ずるケースである。この危険性が独立性に対する擁護の脅威と呼ばれ るものである。擁護の脅威は監査人とクライアントとの間に利害が一致するときに生ず る。
例えば,監査人が同一のクライアントに対して,監査契約のほかに税務業務の代理を 行っている場合には,クライアントの擁護者として,あるいは代弁者として監査人は行 動しなければならなくなることがある。税務上知り得た情報を各種利害関係者に公表し ないということは,各種利害関係者(公共)の利益よりも,クライアントの利益を優先 させる(この場合は課税当局の要求を満たさない)ということであるので,結局,クラ イアントを擁護するために公共の利益を損ねたということになる。
また,クライアント会社の取扱商品の販売促進に,監査人が一役買う場合にも同じよ うな脅威が生ずる。例えば,監査人が汎用の会計ソフトパッケージの販売代理をしてい るような場合に,このパッケージには重大な欠陥があって,監査人が,そのことを知り ながら,クライアントにそのパッケージを販売するときには,クライアントの利益と監 査人の自己利益との間の利益相反が生ずることになる。また,このケースで,反対に,
会計ソフトのパッケージを販売するソフト会社の監査をする場合には,擁護の脅威によ る利益相反が生ずる可能性がある。
さらに,例えば,会社が発行する有価証券の売買を斡旋したり,仲介したり,あるい は会社と共同出資して企業を立ち上げるときなどにもこの種の脅威が生ずる。また,内 部監査を請負っているクライアントの監査では,前述の自己レビューの脅威のほかにこ の種の恐れも起こる。
擁護の脅威はクライアントを擁護する業務を提供している者が同時に監査業務を提供 することを制限することにより軽減され
10
る。
(5)馴れ合いの脅威
監査人がクライアント,特にその経営者と親密になればなるほど,哀願,懇請に屈す
────────────
9 同稿,103ページ。
10 同稿,103ページ。
監査人の利益相反と独立性の原則についての一考察(瀧田) (405)201
る可能性が高くなる。このような恐れを馴れ合いの脅威という。例えば,頻繁に経営者 と食事をともにしたり,社会通念上認められる範囲を超える高価な贈り物を受けたり,
ということはこの馴れ合いの脅威が生じる元になる。経営者と親しく交際している監査 人は,どうしても情にほだされて,客観的に監査を実施することはできなくなる傾向に あるので,経営者と親密になるとそれだけ馴れ合いの脅威が大きくなり,客観的な監査 の実施を危うくする。馴れ合いによって,精神的独立性が犯される可能性をひとつの脅 威と感じるわけである。
また,経営者と近い血縁関係にある親族が監査人である場合,換言すれば監査人の近 親者が経営する会社を監査するときにも馴れ合いの脅威が生ずる。また,監査人と近い 血縁関係にある親族が株主であるような会社の監査を行うときにも,馴れ合いの脅威は 生ずる。さらに,監査人が,将来,クライアントの経営者としての雇用関係を結んでい るような場合にも同様のことが言える。
このようなことがないように監査人は常に独立不羈の態度を維持し,業務にあたらな ければならない,と独立性の原則は要求している。
馴れ合いの脅威は関与パートナーの定期的交代,クライアントと監査人の家族との間 での特定の雇用関係を制限することにより軽減され
11
る。馴れ合いの脅威を排除すること は,監査人に要求される,身分的独立性の基準の一つである。馴れ合いの脅威は,他の 脅威と異なり,経済的な利益相反ではなく,心理的な鐚藤を監査人に生じさせる例であ る。この鐚藤が精神的独立性の維持を脅かし,客観的な判断を阻害する恐れとなる例で ある。
Ⅳ 独立性の原則の内容
──「独立性の基準」を遵守することと独立性を堅持することの違い──
さて,伝統的に,独立性は精神的独立性と身分的独立性および経済的独立性の三つに 区別されてきた。身分的独立性と経済的独立性は一般に外見的独立性と呼ばれる。した がって,独立性は大きく精神的独立性と外見的独立性に分けられることになる。
このうち,精神的独立性が維持されたかどうかは,前述の客観性の原則に従ってさま ざまな判断がなされたかどうかによって判定される。精神的独立性は監査人の心の状態 であり,外見からは,堅持されているか,いないか,(あるいは,堅持されていたか,
いなかったか)明らかにできない。概して精神的独立性は監査人の行動(判断)やその 行動の結果が目安となって,堅持されているか否かが判断されることになる。判定がい かに困難であろうとも,また,いかに外見的独立性が維持されていようとも,精神的に
────────────
11 同稿,103ページ。
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202(406)
現実的利益相反
潜伏的利益相反
潜在的利益相反
精神的独立性違反(本来の独立性の原則を侵害)
外見的独立性違反(「独立性の基準」に抵触)
経済的独立性違反 各種脅威
身分的独立性違反
独立していなければ,監査が適正に行われたとは各種利害関係者は思わないであろうか ら,独立性が犯されたかどうかの判定は,本来は精神的独立性が維持されて監査が実施 されたかどうかの判断にかかっているといえる。
他方,外見的独立性の問題では,監査人本人が本当に客観的かつ独立的に行動したか どうかが問題とされるのではなく,その可能性が問題とされるのである。外見的独立性 の基準に抵触する監査人はおそらく客観的かつ公正に監査を実施できないであろうと推 定され,それをあらかじめ防ぐために基準への準拠が要求されるわけである。
前述のように,独立性が犯されたということになるのは,本来は精神的独立性が維持 されずに監査が実施されたということであり,このような状態というのは,現実的な利 益相反の状況になったときと言い換えられる。これに対して,外見的独立性の基準が満 たされないということは,潜伏的および潜在的な利益相反が生じるということと同義で ある。潜伏的および潜在的利益相反が現実の利益相反にならないようにするためにそれ らを元から断とうとすることを目的に外見的独立性の基準を満たすことが要求されるの である。つまり,潜伏的および潜在的利益相反を排除するために外見的独立性の基準が 存在しているわけである。ということは,外見的独立性の基準に抵触することは,取り も直さず,本来の独立性,すなわち精神的独立性を犯す脅威となるということであ
12
る。
以上から,利益相反と独立性違反の関係を図示すると次のようになる。
なお,この図から明らかなように,外見的独立性の基準が満たされないときというの は,経済的独立性の基準に抵触するときと身分的独立性の基準に抵触するときがある。
具体的には,自己利益の脅威,自己レビューの脅威,威嚇の脅威,擁護の脅威,馴れ合 いの脅威の状況が生ずるときであるといえる。そこで,潜伏的および潜在的利益相反と 各種の脅威および独立性の基準との相互の関係を図示すると次のようになる。
────────────
12 この点に関連して,瀧田輝己「独立性の原則の基礎概念としての利益相反」『経理研究』(中央大学経理 研究所)第49号(2006年1月),17−19ページ(特に19ページ。)もあわせて参照されたい。
図1 利益相反と独立性違反の関係
監査人の利益相反と独立性の原則についての一考察(瀧田) (407)203
自己利益の脅威
威嚇の脅威 擁護の脅威
自己レビューの脅威 ミスの隠蔽 ミスの見損じ
馴れ合いの脅威
経済的独立性の 基準に抵触
身分的独立性の 基準に抵触 経済的利益相反
心理的葛藤 潜伏的および
潜在的利益相反
各種の脅威のうち,一つでも生じたら,独立性は犯された(独立性はない,あるいは 独立性の原則に違反する)と一般にはいわれる。しかし,本来の独立性が犯されたので はなく,外見的独立性の基準に抵触するというのが正確な言い方である。そして,これ らの脅威が生じないようにすることが監査人には,要求され,具体的には独立性の基準 に抵触しないことが要求されるわけである。
ただ,ここで注意しなければならないのは,これらの各種の脅威を抱くのはあくまで も社会,すなわち投資家をはじめとする各種利害関係者であるということである。そこ で,端的にいえば,これらの利害関係者に脅威を感じられることがないようにするとい うことが監査人の「独立性の基準」の内容であるということに留意しなければならな い。
要 約 ──結びに代えて──
一般に利害関係者を論ずる場合,企業(すなわち,クライアント)を取り巻く利害関 係者を措定し,監査人にとっての利害関係者について論ずることはない。そこで,利害 関係といえば,企業(クライアント)とそれを取り巻く利害関係者との間の関係をい い,監査人との間の利害関係を意味しない。監査人には,クライアント会社(私的契約 上の依頼人)と各種利害関係者すなわち社会(社会契約上の依頼人)という二つの依頼 人が存在する。そのことから,監査では,監査人とクライアント会社との間の利害の対 立だけではなく,監査人と社会との間の利害の対立もあり得る。そこで,監査人はクラ イアントだけでなく,企業を取り巻く各種の利害関係者の両方から独立していること
(第三者性ないし客観性)が要求されるのである(客観性の原則ないし道徳主義の原 則)。
本稿では,まず,監査人とクライアント会社と各種利害関係者という三者間の利害関 係原初形態を検討し,監査人がクライアントの利益と公共の利益とのどちらを重視する か,という問題を整理した。すなわち監査人の利益相反をニ律背反という角度から考察 してきた。さまざまな状況で生ずる利益相反は,結局,監査人の利己心と公共の利益と
図2 潜伏的および潜在的利益相反と本来の独立性に対する脅威および独立性の基準の関係 同志社商学 第58巻 第6号(2007年3月)
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の間の対立であると理解できた。このことをさらに分析して,監査人の利己心と監査人 の公共の利益に資さなければならないとする使命感との対立というように表層的には見 えるが,深層的には,利己心と,公共の利益に資することによる監査人の自己利益との 比較秤量の問題であると結論づけた。
続いて,本来の独立性は精神的独立性を意味し,それは客観性の原則に基づく監査の 基本的な要素であると指摘し,監査人に利益相反が生じている状況というのは監査人が 堅持しなければならない本来の独立性に対するさまざまな脅威を生じさせている状況で あるということを見た。
最後に,「独立性の基準」への準拠性と本来の独立性の原則の遵守との違いを検討し た。そこでの結論は,前者は主として外見的な独立性を犯さないことの要求であり,潜 伏的利益相反や潜在的利益相反の排除であり,後者は精神的独立性の堅持の要求である というものである。また,さまざまな脅威は本来の独立性(すなわち精神的独立性)を 維持できなくする危険性を意味し,したがって脅威が生じたからといって,直ちに本来 の独立性(すなわち精神的独立性)が維持できなかったということを意味するわけでは ない。あくまでも,脅威は本来の独立性を犯す恐れがあるということであるということ も結論として導き出した。
監査人とクライアントとの間の利益相反,あるいは監査人と各種利害関係者(すなわ ち公共の利益)との間の利益相反の問題を語るときに必ず触れなければならない問題に 監査人の誠実性の問題がある。また,監査人の誠実性を明らかにする場合,監査人が備 えていなければならない道徳心とは何かという問題も残されている。こうした点につい て,近い将来,別の機会に明らかにしたいと思う。
監査人の利益相反と独立性の原則についての一考察(瀧田) (409)205