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現代中国の日本語教育史 大学専攻教育と教科書をめぐって

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(1)

― 1 ―

書 評

ページ上部に印刷業者が飾りを入れるのでこの2行の余白をカットしないこと

田中祐輔著

現代中国の日本語教育史 大学専攻教育と教科書をめぐって

国書刊行会、2015年発行、421p.

ISBN:978-4-336-05942-0

本田 弘之

1

.二つの充実した、しかし、異なる内容をもつ大著

本書は、A5版421ページという厚みのある書籍である。その内容は、「序論:中国日本 語教育六十年史」と中国の大学に設置された日本語学部(学科)の教育と日本の国語教育 の関係について論じた「本論」の二部構成となっている。なお、大学の日本語学部(学科)

での教育を、本書では中国での呼称に従い「大学専攻教育」としているので、この書評も 以下同じ呼称を使用することとする。

この2部構成のうち「序論」の日本語教育六十年史は、その題名のとおり中華人民共和 国成立(1949年)から2011年ごろまでの日本語教育事情を調査し、報告したものである。

一方、「本論」は、中国の大学専攻日本語教育において、日本の国語教育がどのような役 割を果たしてきたのか、ということを教科書に取り上げられたマテリアル(素材・題材)

の分析から具体的に明らかにしようとしたものである。

この二部は、それぞれに質・量ともにきわめて厚みのある内容をもっている。おそらく 著者の田中祐輔氏は、前半は「調査報告」にすぎないという謙虚な気持ちにより、「序論」

と名付けたのであろうが、評者は、「第一部」「第二部」と名付けてもまったくおかしくな いほど充実した読後感をそれぞれにもった。つまり、本書は、無意味に厚いのではなく、

二冊の著作として出版されてもよいほど充実した「二つの内容」をもったがゆえに厚くなっ たのだ、ということができる。

しかし、この前後二つの内容は、性格も内容もかなり異なるものであって、そのつなが りにちょっとした違和感を覚えたことも事実である。なぜ、このような二部構成にしたの だろうか、という疑問については、最後に考えることとして、まず、それぞれの内容につ いて評していきたい。

2

.「序論」について

「序論」は、中華人民共和国から2010年代にいたる中国の日本語教育史を調査し、まと

書評の右ページ上部飾りは、

「書評」の文字のみ右寄せで入れる。

― 1 ―

書 評

ページ上部に印刷業者が飾りを入れるのでこの2行の余白をカットしないこと

田中祐輔著

現代中国の日本語教育史 大学専攻教育と教科書をめぐって

国書刊行会、2015年発行、421p.

ISBN:978-4-336-05942-0

本田 弘之

1

.二つの充実した、しかし、異なる内容をもつ大著

本書は、A5版421ページという厚みのある書籍である。その内容は、「序論:中国日本 語教育六十年史」と中国の大学に設置された日本語学部(学科)の教育と日本の国語教育 の関係について論じた「本論」の二部構成となっている。なお、大学の日本語学部(学科)

での教育を、本書では中国での呼称に従い「大学専攻教育」としているので、この書評も 以下同じ呼称を使用することとする。

この2部構成のうち「序論」の日本語教育六十年史は、その題名のとおり中華人民共和 国成立(1949年)から2011年ごろまでの日本語教育事情を調査し、報告したものである。

一方、「本論」は、中国の大学専攻日本語教育において、日本の国語教育がどのような役 割を果たしてきたのか、ということを教科書に取り上げられたマテリアル(素材・題材)

の分析から具体的に明らかにしようとしたものである。

この二部は、それぞれに質・量ともにきわめて厚みのある内容をもっている。おそらく 著者の田中祐輔氏は、前半は「調査報告」にすぎないという謙虚な気持ちにより、「序論」

と名付けたのであろうが、評者は、「第一部」「第二部」と名付けてもまったくおかしくな いほど充実した読後感をそれぞれにもった。つまり、本書は、無意味に厚いのではなく、

二冊の著作として出版されてもよいほど充実した「二つの内容」をもったがゆえに厚くなっ たのだ、ということができる。

しかし、この前後二つの内容は、性格も内容もかなり異なるものであって、そのつなが りにちょっとした違和感を覚えたことも事実である。なぜ、このような二部構成にしたの だろうか、という疑問については、最後に考えることとして、まず、それぞれの内容につ いて評していきたい。

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.「序論」について

「序論」は、中華人民共和国から2010年代にいたる中国の日本語教育史を調査し、まと

書評の右ページ上部飾りは、

「書評」の文字のみ右寄せで入れる。

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書 評

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ヘッダーは印刷業者で入れます

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めたものとなっている。その調査は、詳細な資料踏査と広範囲におよぶ日中両国の関係者 へのインタビューによって行われており、それに費やした時間と費用、そして著者の努力 には、まったく頭が下がる。しかし、その非常に地道な努力の成果として、いままで、関 係者が、それぞれの立場から断片的にしか伝えてこなかった中国の日本語教育現代史がき わめて明確に浮かび上がってきた。これは、後世に残すべき記録として貴重な成果である といえる。

その調査について、特に注目するべきところは、いままでほとんど報告されることがな かった建国直後から文化大革命、そして日中国交回復にいたるまでの時期に「どこで、誰 によって、どんな日本語教育がおこなわれてきたか」という事実を、多くの関係者の証言 によって、リアルに描きだした点である。

1945年の日中戦争の終結まで日本が「満州」をはじめ、華北および上海などで、戦略的・

積極的に展開していた日本語教育については、乏しいながらも資料や記録が発掘されてき ており、何人かの研究者によって実態の解明が進められている。しかし、敗戦と同時に日 本が主宰する日本語教育は消滅した。その後、1972年の日中国交回復まで、従来の日本語 教育研究では、まったくの「日本語教育空白期」となっていたのである。しかし、実際に 中国国内で日本語教育が消滅したわけではなかった。そこで、この空白期の日本語教育に ついて、実際に関わった人たちの証言を集め、さらに貴重な写真の提供を受けてそれを裏 付けていった田中氏の作業は、まさに日本語教育史の空白期を埋める作業となった。

この時期の日中関係は、国交がない状態であったから、そこで日本語教育がおこなわれ ていることも、日本では、ほとんど知られてはいなかった。しかし、そこでは、日中戦争 後に何らかの意志をもって残留した日本人や、香港経由でひそかに中国に渡った日本人(教 師)が活躍していたのだ。

その事実については、1980年代に、中国に日本語を教えにいった評者なども見聞きして はいるが、あくまで断片的な情報をうわさ話のように聞かせてもらっただけであり、その 全体像を明らかにすることは、難しいと考えていた。

しかし、田中氏は果敢にその難題に挑戦し、「難しいこと」が「不可能なこと」ではない ことを証明した。その成果がこの「序論」となっているのである。これは、この何年かの 日本語教育史研究の中でも大きな成果であるといえよう。

なお、この「序論」には、日本語教育関係者のインタビューのほかに、田中氏が当時の 雑誌から発掘したり、当時の関係者から提供された貴重な写真が数多く収録されており、

それらが調査報告の価値をさらに高めている。

3.「本論」について

「序論」とは異なり、「本論」は教科書という基礎資料をもとに、机上で緻密な努力を重 ねて構築された研究成果をまとめた「研究論文」となっている。その調査研究の手法はまっ たく対照的であるが、成果をまとめるまでに大変な時間と労力を要した点は共通している。

さて、他の地域には見られない中国の専攻日本語教育の大きな特色として、「『精読』も しくは『総合日本語』と呼ばれる科目がカリキュラムの中心を担う主幹科目とされている」

150

早稲田日本語教育学 第23号

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(p.151)ことがあげられる。

その精読の授業内容をみると、多くの時間が文学作品の読解によって占められている。

しかし「世界全体の日本語教育を見渡しても、大学専攻日本語教育の通常カリキュラムの 中で、古典も含む文学教育がこれほどまでに重視され」(p.310)るケースは、めずらしい。

田中氏は、既存研究の言説分析により、そのような文学偏重の専攻日本語教育が生まれ た理由が、「日本語の模範的な表現形式、日本文化、日本人の思考を文学作品の内に見出し、

古典文学から近現代文学まで学ぶことを重視する教育思想が教師間、『教学大綱』、研究者 間で広く共有されている」ためであることを見出す。しかし、そのような教育思想の源泉 はどこにあるのであろうか。

そこで、田中氏が目を付けたのは、精読の教科書には、日本の「国語」教科書に使用さ れている文学作品と同じものが、きわめて多く使用されている、ということであった、そ の理由を知ることにより、前述した「文学を重視した専攻日本語教育」の理由も解明され るであろう。したがって、本論のリサーチクエッションは「中国の専攻日本語教育の教科 書の学習素材が日本の国語教科書に掲載されている素材と重なりあうのはなぜか」という 点におかれた。

その理由を解明する方法として、まず広く日中の教科書を渉猟し、そこに使用されてい る素材(作品)を詳細に比較対照している。それも、単純に素材(作品)がどのぐらい一 致しているか、ということだけではなく、作者、様式(評論・小説・随想・古文)また、

読後の設問の比較や刊行年代、学習段階(基礎・高年級)などを区別して統計的に詳細な 比較をしている(本論第一章~第六章)。

こうして、日本の国語教科書が明らかに中国の専攻日本語教育に強い影響を与えている ことが、きわめて明確に示される。その分析の過程に、やや冗長にすぎるのではないか、

と思われる部分もないではないが、このような冗長さを厭わぬ研究姿勢が、田中氏の信条 なのであろう。

それでは、中国の専攻日本語教育が、日本の国語教育の強い影響下に形成されたのは、

なぜなのだろうか、田中氏はこの疑問の答えとして、三つの仮説を立てる。一つは、国交 回復後、日本から中国に赴いた(主に高校の)国語教諭(各地の教育委員会の日本語教師 派遣事業)が影響を与えたという説である。もう一つは、国語教科書に採録される作品に 共通する中立性・合理性・普遍性・規範性が、中国の教育関係者に好まれたという説、最 後に1945年以前に「国語」的な日本語教育を受けた世代が残した影響ではないかという 説である。田中氏は、この三つについて、それぞれ実態調査と分析・考察をおこない、そ れぞれに影響を与えたことは明らかであるが、要因をどれか一つに絞ることはできない、

という結論を得ている。この結論には、別の角度から長年、中国の日本語教育を見てきた 評者も同意したい。

4.二部構成がもつ意義と小さなサプライズ

冒頭、述べたとおり、本書はやや主旨の異なる二つの内容を一冊にまとめたものとなっ ており、その点において若干の違和感を禁じ得ない。しかも「序論」「本論」は、それぞれ

151 書 評

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ヘッダーは印刷業者で入れます

― 4 ― 非常に優れた内容と量をもっている。

評者は、初めての読後、これを二冊に分けて出版することを考えてもよかったのではな いか、などと思ってしまったのだが、再読するうちに、その考えは日本語教育、しかも中 国の日本語教育事情に詳しい評者の勝手な感想であり、田中氏にとっては、この書籍を二 部構成の大著とする必然性があったのだ、ということが理解されてきた。

戦後の日中関係の発展に日本語教育が大きな役割を果たしてきたことは、日本語教育の 関係者なら誰もが知っている。当初は留学生、現在はそれに観光客という立場も加え、毎 年、数万人から数百万人単位の中国人が訪日する。これに中国での日本語教育の普及が強 く関係していることは、明らかである。また、精神的な面でも中国人の日本理解に日本語 教育(学習)が寄与してきた部分は大きい。

しかし、一般の(日本語教育に縁をもたない)日本人には、日中関係の根底を支えてき た日本語教育の姿があまり見えていないと思われる。したがって「中国の日本語教育に国 語教育が与えた影響」を論じても、読者は日本語教育関係者に限られ、国語教育や日中交 流事業の関係者には、あまり関心を持たれない可能性が否定できない。

けれども、国語教育や日中交流事業の関係者にも、ぜひ本書への関心をもってもらいた い、と考えた田中氏がとったストラテジーが、本論に加え「序論:中国日本語教育六十年 史」を書くことであったのではないだろうか。確かに当時の関係者へのインタビューと写 真を数多く掲載した「序論」をおくことによって、日本語教育を専門としない人たちにも 広く関心をもってもらう効果は、十分にあると思われるのである。そのような意義を考え ると、この書籍が二部構成であることが十分に納得できる。つまり「序論」は日本語教育 を専門としない人たちへ、中国でおこなわれてきた日本語教育の重要性を伝えるための メッセージとして機能しているのである。

そして、その効果は、十分にあったと思われる。本書は、2016 年6月に「大平正芳記 念賞特別賞」を受賞した。故大平正芳氏は「北京日本学研究センター」の前身である「日 本語研修センター」(通称「大平学校」)の設立を決定した人物である。本書の108ページ でもその経緯が語られているが、その名を記念した賞が本書に与えられたのは、正にふさ わしいことであったと思う。

ところで、以上のような田中氏の考えを評者が理解することができたのは、「あとがき」

に、田中氏のご尊父が国語科教員であり、神奈川県派遣により大連外国語学院に赴き、そ れに幼少の田中氏も同行した、とあるのを読んだ瞬間である(p.364)。田中氏が日本語教 育の研究者だけではなく、日中間の交流事業に関係した多くの人々に、本書を読んでもら いたい、という気持ちがこの大著の末尾の一節ににじみでていることを感じたのである。

さて、それに気づいて「序論」を再読すると、ご尊父が大連で教壇に立っていたときの 写真がちゃんと掲載されている。つまり、この書籍では、田中祐輔少年とその家族の三十 年史も、通奏低音のようにひそかに語られていたのであった。

(ほんだ ひろゆき 北陸先端科学技術大学院大学グローバルコミュニケーションセンター)

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早稲田日本語教育学 第23号

参照