HLL 型からアクセント史を考える
佐藤栄作
0. 問題のありか
日本語アクセント史をとらえるとき、調素観の大きな弱点は、 4 種類の声拍に 認められる位置の制約であるとされる。確かに、音調の山の部分が二つ以上に分 かれないということを大前提としても、降拍・昇拍の偏在、昇拍の数の少なさは 明らかである。
しかしながら、アクセントに関わる事象の「偏り」はこれだけではない。衆知 の通り、各アクセント型に所属する語の数は均等ではなく、極端な「偏り」を見 せている。その代表として、いわゆる「アクセントの体系変化(以下、体系変化)」
前における 3 拍体言 HLL 型の所属語の少なさが挙げられよう。これについて、
金田一春彦 (1960) は、「現在京都語で● 00 型が最も優勢な型であるのを思い合 わせると、著しいちがいである。」と述べている。ただし、続けて「しかし、「力」
という語がこの類であったろうことはあらゆる点から見て矛盾がないし、この型 が存在しなかったという疑いのかかるすきはない。」とも述べている。
院政期の京都アクセントにおける 3 拍体言 HLL 型は、『国語学辞典』 (1955 東京堂)の「国語アクセント類別語彙表」においては第三類(二十歳類)とされ た型であるが、金田一春彦 (1974) の「類別語彙表」=「金田ー語彙」では、一 つの語群としてのふるまいが認めづらいためか、「類」として立てられていない。
この HLL 型の少なさは、調素による解釈であろうが核による解釈であろうが、
説明が難しいことに変わりはない。
体系変化前の体言のアクセント型については、秋永一枝他(1 998) ならびに坂本 清恵 (2000) で確認できる。それによれば、 1 拍体言、 2 拍体言とも、平らな型 (L 、 H 、 LL 、 HH) が多く、頭高型は予想外に少ない。 3 拍でも、 HHH 型、
LLL 型がほぼ四分の一ずつを占めるのに対して、 HLL 型は 3 パーセント程度 にとどまる。秋永一枝他 (1997) に基づいた「早稲田語類」における各語類所属 語数とその内訳は、以下のとおりである。 (X は現代東京での類別の例外、△は 同京都での例外、#は現在使用されていないもの)
計 無印
x • #
第 1 類 HHH 2 1 9 1 1 9 1 1 8 9 第 2 類 HHL 6 1 6 2 0 3 5 第 3 類 HLL 1 3 6 3 4
7 4 5 2 0 7 6 5 2 L
H H L L L H H L L L L
類類類類
4 5 6 7
第第第第
5
0 7 4 8 3 2 2 6 7 5 2 6 1 1 6 7 3 6 5 2 3 1
「早稲田語類」で第 3 類と認定した語は、わずか 13 語にとどまる。そのうち 現代ではほとんど使用されない語(諸方言間の比較に用いることのできない語)
4 語を除くと、「黄金(こがね)」「力」「小麦」「飽(あはび)」「山葵(わさび)」「春 日(かすが)」「二十(にじふ)」「三十(みそぢ)」「通草(あけび)」の 9 語に過ぎ ない。複合語等を除いた日常語となると金田一の言うように「力」 1 語に限られ てしまう。
もちろん、これは、さまざまな条件をクリアする語が少ないというだけであっ て、 HLL 型が、体系変化前も 3 パーセント程度は存在しだのだから、大きな問 題ではないと考えることもできるかもれない。しかし、先の金田一の言のとおり、
現在京都において HLL (3Hl) 型は、最も優勢なアクセント型であることか らすれば、やはり体系変化前の少なさは注目に値する。特に、江戸以降において は、 3H2 型の 3Hl 型への移行(統合)が進行し、ほぼ終了しているとされる。
坂本清恵 (2000) によれば、 3Hl 型は、体系変化後には約 30 パーセント、現代 京都では約 40 パーセントを占めている。このアクセント型が、なぜ、院政鎌倉 時代においては、弱小のアクセント型であったのか。何かが「変化」したと考え なければ説明がつかないのではないか。
アクセントの体系変化とは、語頭から 2 拍以上低拍が続くアクセント型が高起 に転じる変化である。 3 拍第 5 類 LLH は、語頭隆起が生じ、最終的には HLL 型に変化することが知られている。これはいわば、所属語数の少ない HLL 型を 補うかたちでの変化とも言えよう。あるいはアクセント型の乗っ取りである。 3 拍第 4 類 LLL が HHL 型に変化するのも、類似した変化であるといえる。なぜ、
低起であった LLH 、 LLL は、高く始まるように変化したのか、 LLL (低平)
の場合、 HHH (高平)との区別ということが問題になるが、 LLH の場合、そ のままでもよかったのではないか。
本稿では、体系変化前の HLL 型所属語の少なさと、体系変化による HLL 型 の生成、その後の拡大などについて、 HLL 型を切り口として、京阪式アクセン
ト、伊吹島アクセント、諧岐式アクセントを見直していきたいと思う。
1. 池田要のアクセント把握と讃岐式アクセントから
l 少ないとはいえ、坂本清恵 2000 によれば、秋永他 1997 掲載の体系変化前の HLL は、資 料として 132 (全体の 3%) 、語数で 94 (全体の 4 %弱)存在する。
‑192‑
筆者の母方言である香川県西部、三豊郡三野町2大見(おおみ)のアクセントで は、高起式音調は、全く下降しない平らな音調を含まず、全体としてだらだらと 緩やかに下降していかなければならない。よってこれを「下降式」と称する(佐 藤栄作 1996) 。大見方言(もう少し広くいえば高瀬方言)を含む讃岐式アクセン ト地域のほとんどが、この「下降式」の特徴を備えていると思われる。この地域 では、「下降式」は、自然下降に逆らう「非下降式」と対立している。下降式の 基本音調は、ほぼ自然下降に従うのであるが、下降の開始点は 2 拍目から 3 拍目 にかけて (2 拍目内部か)にあり、それゆえ「非下降式」との音調上の差異は、
1 拍目の高さ、 1 拍目から 2 拍目への音調の方向ではなく、主に 2 拍目から 3 拍 目にかけての音調の方向に現われる。
讃岐の「下降式」はこのような特徴を持って「非下降式」と張り合っているた め、讃岐式アクセントでは、 2 拍目の次で急激に下降するアクセント型は、アク セントの滝の位匿が前過ぎて、「下降式」の音調の特性を示すことができない。
2 拍目を 1 拍目より若干でも下げれば、 HLL 型と紛れてしまう。 2 拍目の次で の下降をはっきりと主張するために、 2 拍目は 1 拍目より低くできない。しかし、
2 拍目を 1 拍目と同じ高さにして、そのまま急激に下げれば、結果として、語頭 からアクセントの滝までの音調は、「非下降式」の特性を帯びてしまう。すなわ ち、 H2 型と L2 型とは中和してしまうのである。「下降式」と「非下降式」と の 2 式の方言アクセントにおいて、 3 拍語に限らず、高く始まる 2 型 (HHL …) は、「下降式」であることを示し得ないのである(実は、頭高型= 1 型もこの点 については同様である)。
他方、京都アクセントにおいては、 3H2 型の 3Hl 型への統合がほぼ終了し たとされ、周辺地域においても、 3H2 型→ 3Hl 型が進行しつつあるとされる。
アクセント変化における下がり目の位置は、後退する方がより自然な傾向である とするなら、これは逆向きの動きである。なぜ、このような変化が起こるのか。
筆者は、池田要氏のアクセント観、アクセント表示を分析する中で(佐藤栄作 他 (2002)) 、讃岐式アクセントと似たようなこと(実態と把握)が、京阪アクセ ント地域においても想定できるのではないかと考えるようになった。 3H2 型か ら 3Hl 型あるいは 3L2 型への変化は、 H2 型の回避であり、 3H2 型の消失 を意味する。 3H2 型が消え去れば、 1 型は 3Hl 型、 2 型は 3L2 型のみとな
り、讃岐式アと実質的に変わらない。
京都アクセントの高起式は「平進式」と呼ばれることがあるが\京都アクセン トの高起式音調は、自然下降に逆らう伊吹島アクセントの「平進式」音調と異な り、わずかならば緩やかな下降をともなってもよいようだ。よって筆者は、京都 2 三野町は、 2006 年 1 月 1 日をもって、高瀬町、詫間町など周辺 6 町と合併し、三豊市とな る,詫間町は松森 1995 で取り上げられているが三野町と接する。同論文の志々島も詫間町。
3 上野善道 (1989b) など。
アクセントにおいては「平進式」を用いず、「非上昇式」と呼ぶ。この「非上昇式」
は、讃岐式アクセントの「下降式」と変わらない程度の下降音調として実現する 場合も認められる(佐藤栄作編 (1989) 収載の福井藤兵衛氏など)。讃岐式の「下 降式」との違いは、下降しない音調を含むか否か(許容するか否か)であるとい える(佐藤栄作 (1996)) 。京都アクセントの高起式(非上昇式)音調が自然下降 に従うことを許容するならば、京都アクセントの H2 型においても、讃岐式アク セントとほぼ同様のことがあてはまるのではないか。京都アクセントの場合、低 起式(上昇式)の語頭がしつかりと低いため、讃岐式アクセントのように、 H2 型と L2 型が「中和」してしまうことはないが、 H2 型はやはり不安定なアクセ
ント型となってしまうのではないか。
すなわち、京都アクセントにおける 3H2 型→ 3Hl 型 (3
L
2 型も)は、高 起の基本音調が、自然下降を許容するようになったことによって生じた変化では ないかと推定する。坂本清恵 (2000) によれば、体系変化後、 4 拍体言で最も勢力 の大きかった HHLL 型が、現代京都においてはほぼ半減している。すなわち 4 H2 型→ 4Hl 型(その他も)も同様の現象であり、原因はやはり高起の基本音 調の変質によるのではないか。京阪アクセント諸地域の高起式音調の下降の度合 いと、 3H2 型回避の度合いの関係についての調査を行ってはいないが、理論的 には、そういう仮説が立てられるのではないかと考える 40もし、この仮説が成り立つなら、翻って 3H2 型が確固として存在し得た時代 の京都アクセントの高起式音調は、まさに高平調であったことになる。そうでな いとしても、少なくとも、現在の高起無核の音調とは異なる音調であったはずで ある。おそらく京都アクセントは、高起式の基本音調が自然下降に従う音調を含 まない時代を経て、それをも許容する時代に入っていったのであろう。
2. 有標と無標
しかしながら、ここまではいわゆる「昇核現象」の説明をしただけであって、
3Hl 型など、 Hl 型が少数派であったことの解明にはなっていない。かつて、
京都アクセントの高く始まる音調が、まさに平進の高平調であったとするならば、
H2 型のみならず、 Hl 型も、安定的に存在していたはずだからである。
再び体系変化前の京都アクセントの 1 拍体言から 3 拍体言までを見てみると、
これも坂本清恵 (2000) がまとめてあるように、アクセント型の占有率=所属語数 が、体系変化後とは大きく異なる。体系変化後は、低起式の比率が下がり、高起 式が圧倒的多数となるが、体系変化前は、高起と低起の比率はほぼ半々である。
前述の「自然下降に従う」というのは、その音調が無標の音調であることを示す
4 ただし 2 拍動詞第 1 類には「 00 ました」をはじめ、いくつか H2 型をとる。さらに 検討の必要あり。
‑194‑
と考えるのが自然であろう。現在、讃岐式においても、京阪式アクセントにおい ても、高起式の音調の方が低起式の音調よりも無標に近いといえる。しかし、そ うだとするならば、 3H 2 (HHL) 型をしっかりと持っていた時代、すなわち 自然下降を許容しない時代の京都アクセントの高起式は、無標であったとはいえ ないのではないか。
筆者は、かつての京都アクセントの高起式は有標であり、先に述べたことは、
その無標化の進行(高起式の無標化あるいは無標の高起式の成立)と言い換える ことができると考える。後世と異なり、高起式(「高く始まる」グループ)が有 標であったことが、かつて 3Hl 型所属語が少数であったことを考える手がかり にならないだろうか。
一方、低起式(「低く始まる」グループ)は有標であろうか無標であろうか。
現代の京都アクセントにおいては、低起有標と考えてよいだろう。讃岐式アクセ ントでは、「非下降式」が有標とできる。京都アクセントにおいて、高起が有標 であった時代、低起も有標だったのだろうか。
アクセントの体系変化は、先に触れたように低起(語頭から 2 拍以上低拍が続 く場合)が高起に転じるという大変化である。しかし、「低く下げる」、「低く下 げて始まる」という弁別特徴が、「高くはしない」にポイントを移すならともか く、一気に「高く始まる」に転換するのは不自然であるともいえよう。服部四郎 (1951) は、院政期のアクセント資料において、「平平平」、「平平上」と声点のさ されたアクセント型の具体的ヒ°ッチを、中中低、中低高のように想定している。
中井幸比古 (2003) は、院政期の京都アクセントの体系を論じる際、「平平..」
と平声が連続して付されているものを、「自然下降」を有するものとした。また、
当時の「低起」は、後世の「低起」と異なり、有標とは言いがたいとも述べてい る。また「平平」「平平平」を、現代の伊吹島アクセントなどの「下降式」の音 調にひきつけてとらえようとする研究もある 5。他方、屋名池誠 (2004) は、平安時 代京都方言のアクセント体系を、「その後ろから低くなる」、「そこまで低い(抑 圧の限界)」の二つの特異点によって解釈しているが、「抑圧の限界」という発想 は、「普通は高くはじまる」を前提としている。
このようにさまざまな仮説が提出され、推定がなされているが、高起が有標で あった時代、低起(とされているもの)は無標であったという考え方を筆者は採 りたい。指定がなければ、ピッチは「中」から始まり、「高」の指定があれば「高」
から始まる。体系変化前の日本語のアクセントはこのようであったと想定するの がもっとも自然であるように思われる。
3. 体系変化前を考える
5秋山英治(2000) 、この発想は早く山口幸洋( 1969) に見られる。
HLL 型が少ないことを明らかにしていくためには、いわゆる体系変化前のア クセント体系がいかなるシステムであったかを明らかにしなければならない。 3 拍体言を例にとれば、その代表的なアクセント型として以下の 7 つが挙げられる が、名義抄などの声点資料における声点は、いかなる音調、ヒ゜ッチを記そうとし たものだったのだろうか。前章での「高起有標、低起無標」説を導入し、後の体 系変化とのつながりを考慮すると、「高」の指定と音調の「急激な下がり目」(以 下「下がり目」 6 とする)によって型が区別されるアクセント体系が浮かび上がっ てくる。
「高」の指定とは、まさにその拍を「高」で発音することであり、語頭におい ては、「高起」すなわち高く始まることである 7。この考え方は、「高起有標、低起 無標」を、実は、語頭の「高」指定の有無であったとする考え方である。「高」
指定は語頭以外にもあるとする。語頭以外の「高」指定の場合、「高」を際立た せるために、直前を低くするように実現していたと推定する。
音調の「下がり目」は、「高」指定より後の拍(音節) 8 の境界に置かれる。こ の場合にも、「下がり目」をはっきりさせるために、前後がしつかり高低で実現
されたものと考える。
語頭の「高」指定は「上」声点で表示され、「高」指定のない語頭は「平」声 点で表されたと考える。また、語頭以外の「高」指定は「上」、「下がり目」の前 後は「上平」が差され、それらに関わらない部分は、直前の声点と同じものが差
されたものと推定する。
拍を「 O• 」とし、仮に「高」指定の拍を「◎」、「下がり目」を「↓」で示すな らば、 3 拍第 1~7 類は、以下のように表せる。
類別 声点 解釈 拍の高さ
第 1 類上上上
• 00 H O O (HMM)
第 2 類上上平 ◎〇↓〇H H L
第 3 類上平平
•• 00 H L O (HLM)
第 4 類平平平0 0 0 0 0 0 (MMM)
第 5 類平平上00 • O L H (MLH)
第 6 類平上上 〇◎〇L H O (LHM)
6 いわゆる「アクセントの滝」を生じさせるものをこう呼ぶことにする。川上萎(1995) の
「降り契機」に近いが、「次を下げる」のでなく、「そこで下がる」のニュアンスを込め た。
7上野善道(1989 a) の「始起特徴」に同じ。
8 すでに「 3 拍語」などと用いているように、本稿では、 CV 構造を基本とする日本語の単 位を「拍」とする。等時性を認めた上での呼称ではない。
,以下、本稿では「 0 」は低拍を意味しない。
‑196‑
第 7 類平上平
0 •• 0 LHL
「高」指定があれば H 、なければ0 、「↓」の前後では HL 、その他は 0。こ の 0 は、語頭においては非高、他においては非高、非低であったはずだが、仮に M (中の高さ)で表すことも可能であろう。
筆者の考えは、声点資料においては、各拍に高低が付されているように見える が、高さが指定されていた(それ自身が高さを主張する)拍と、そうでなかった
(自らは高さを主張しない)拍とがあったとする仮説である。このことは、語ア クセントは、ある高さの拍の連続として形成されるものではなかったという主張 であると同時に、語全体にかぶさる「方向性(向き、式)」はこの時点では成立 していなかったとする考えである児体系変化以降の京都アクセントの「高く始 まる」グループは、高起式という方向性(「向き」)を含むものとしてまとめられ るが、その前段階として、語頭の「高」指定にとどまる段階を認めるのである。
筆者は、 HLL 型所属語がかつて少数であった理由を、「高起で下がり目なし」
のアクセント型の特性が、本来は「高起式」という方向性ではなく、語頭の「高」
指定のみであったことによるのではないかと考える。ただしそれならば、語頭
「高」以下は「中」へ向かう「自然下降」となり、現在の高起式無核の音調と類 似したものとなってしまい、前章で「自然下降」に従わないと推定したことと矛 盾することになる。この点については、方向性による「式」がまだ成立していな い段階では、そもそも「高平調」か「自然下降」かは問題にならなかったと考え る。かつての高起無核音調(「高起で下がり目なし」)は、第 1 拍の「高」指定の みで他と区別されるものであったと推定する。
4. 類別以前
秋永一枝他(1 997) において、体系変化前の 3 拍名詞第 1 類と第 3 類とのゆれは、
それほど認められない(第 1 類と第 2 類の方が多い)のであるが、商起無核の音 調が頭高音調と区別しづらい時代があったとすれば、第 3 類 HLL 型所属語の少 なさが説明できるのではないかと考える。
桜井茂治 (1975) 、 (1994) は、古代のアクセントにおける平ら音調の比率の高さ を指摘し、原始日本語のアクセントとして、「高高」「低低」など平ら音調を想定 し、そこから「高低」「低高」などが派生したとする仮説を立てている。添田建 治郎 (1996) は、逆に、日本祖語のアクセントとして、「上昇」「下降」の 2 種を想 定し、その相似形である「高低」「低高」が、後に「高高」「低低」に転じたとす る。上野善道 (1989 a) は、高起式の音調が「下降」を有していた(「下降式」で あった)とし、「平進式」が後に成立したと考える。
10 「向き」についての考え方は、川上萎(1997) など参照。
こうした説は、一見、相容れないもののように見えるが、基本的な出発点とし て、「高起」については、「高高」「高低」の区別のなかった「高 0 」 (HO) から、
後に「高高」「高低」が区別されるようになったと考えれば、ほぼ共通の土俵が 設定できるのではないだろうか。
「高」指定がなされたものについては、次の段階として、それがどこで「低」
に転じるかが弁別的特徴に加わり、語頭「高J指定の一群は分派した上で、「高 起式」アクセント型グループに再編されるわけである。 HOO (実音調としては HMM か、以下仮にそのように表示)から、 HHH 、 HHL 、 HLL が分派•生 成し、「下がり目」の位置と有無で張り合う体系が成立して行ったのではないか。
このように、語頭の「高」指定より、頭高型 (2 拍目が「低」)の成立が後であ るとすれば、 HLL 型のかつての勢力が小さかったことが説明できると考えるの である。
• 00
(HMM) → HHH 第 1 類• 00 (HMM) •
◎〇↓ 0 (HHL) → HHL 第 2 類•• 00
(HLM) → HLL 第 3 類「低く始まる」グループ、 3 拍体言では第 4 類~第 7 類はどう考えられるだろ う。上記の仮説では、「低く始まる」は「低」指定があるのではなく、語頭に「高」
指定がないにすぎない。第 4 類は「高J指定のまったくないもの、第 5~7 類は、
語頭より後ろに「高」指定のあるものであった。「高」指定の前では、次の「高」
を際立たせるため「低」となる。よって 2 拍目が「高」指定のものは、結果とし て低起性を有することになる。
また、語頭の「高」指定のグループが、「下がり目」の有無と位置によって分 派したように、語頭以外の「高」指定の場合も、「下がり目」を持つものが生じた。
つまり、 LHH と LHL とは、ともに OHO(O ◎ 0) から派生したと推定する。
末尾に「高」指定がある場合は、「高」指定を際立たせるために、直前の「低」
だけでなく、「高」拍自身が途中から下降するケースもあり、それが固定したも のが「降」 (F) であると推定する。
000 (MMM)
•000 (MMM)
00 • (MLH) • 00 • (MLH)
(00 •• (MLF)
〇◎ 0
(LHM) • 0 • 0 (LHH)
〇◎↓ 0
(LH L)
第 4 類 第 5 類 第 10 類)
第 6 類 第 7 類 同様にすれば、 2 拍体言、 1 拍体言は次のように示せる。
‑]98‑
2 拍体言
• 0 (HM) • • 0 (HH)
第 1 類•• 0 (HL)
第 2 類0 0 (MM) • 00 (MM)
第 3 類〇◎ (LH)
• O • (LH)
第 4 類〇◎↓ (L
F)
第 5 類 1 拍体言• 0 (HM) • • 0 (HH)
第 1 類•• 0 (HL)
第 2 類0 0 (MM) • 00
(MM→ LM) 第 3 類〇◎ (LH)
• O • (LH=R)
第 4 類(0 •• (LF=R))
1 拍体言の場合、「 1 拍」は長呼される 1 音節であったから、 2 拍語とほぼ同 様に考えられる。ただ LH=R (昇)は H に統合されたため、その分、第 3 類が 第 1 、 2 類との区別をはっきりさせる必要が生じ、 M ではなく、 L (低起性)を 有することになったと考えられる。
以上から、おおよそ、「高」指定が語頭にあるもの→「高起」、「高」指定が第 2 拍にあるもの→「低起」となり、「高」指定が第 3 拍以降にあるもの→「中」
で始まる→後に「高起」へ、という流れが見て取れる。 1 、 2 拍体言の HL 型(第 2 類)の数は、 3 拍体言における HLL 型(第 3 類)ほど少なくはないが、やは り HO から生じたと考えたい。
語類以前の音調型として HO などを設定することの理由とまでは言えないが、
2 拍体言についていえば、複合語の後部成素となる場合のふるまいに対応してい る可能性がある。 2 拍体言が複合語の後部成素となる場合、第 1 、 2 類、第 3 類、
第 4 、 5 類の 3 つに分かれるという指摘がなされたことがある(和田賓 (1943)) が、ここでの HO 、 00 、 OH にちょうど対応している。特に、第 3 類のふるま いを「高」指定がどこにもないアクセント型の特徴とみることが可能かもしれな
し·ヽ
「高」指定とその前後の「低高」「高低」、弁別特徴としての「下がり目」の成 立、「低起」の発生といった流れの中で、高さの指定のない拍がなくなっていき、
さらにそれらをつなぐようにして「向き」を含んだ「高起式」「低起式」が成立 していったのであろう。成立したばかりの「高起式」の基本音調は、高く平らな 音調であったと推定される。こうして Hl 型は認知され、また拡大していく基盤 が形成されていった。
5. 体系変化と HLL 型
平安院政時代は、「高」指定と、「下がり目」が働くアクセントであったが、鎌 倉期京都において、「高」指定も「下がり目」もないアクセント型 (00 、 00 0) の末尾に「次を「高」指定扱いにする特性」(「昇り契機」)が生じたと考え る 11 。 3 拍を例にとれば、
000 (MMM) • 000 (•) (MML+H)
3 拍第 4 類の音調はMML となり、第 2 類の HHL に近づく。一方、第 5 類は、
MLH に「下がり目」が生じて HLH となり、所属語の少なかった HLL 型に近 づく。アクセントの体系変化をこのようにとらえたい。
類別 声点 院政 鎌倉京都 音調
第 1 類上上上
• 00 • • 00 H H H
第 2 類上上平 ◎〇↓ 0•
◎〇↓〇H H L
第 3 類上平平•• 00 • •• 00 H L L
第 4 類平平平000 • 000 (•) MML • HHL
第 5 類平平上00 • • 00 • MLH • HLH • HLL
第 6 類平上上 〇◎〇•
O ◎〇L H H
第 7 類平上平 〇◎↓ 0
• O •• 0 L H L
伊吹島アクセント、讃岐式アクセントは、院政期においてすでに京都アクセン トとは枝分かれが終わっていた可能性もあるが、 000 型等の末尾の「昇り契機 l が生じなかったと考えれば、伊吹島・讃岐式アクセントが名義抄アクセントから 枝分かれしたとしても矛盾は生じない。
語末の「昇り契機」が生じなければ、 000 はそのまま単なる「自然下降」に 従う音調をとる。 HOO から HHH 、 HHL 、 HLL が分化した段階で、 HHH は高平調になっており、伊吹島アクセントでは、この高平調と「自然下降」に従 う音調とが張り合って統合しなかった。張り合うことによって「下降式」が成立 した。讃岐式では、この対立がなくなり、高平調 (HHH) は「下降式」 (HH M) に統合した。高平調の存在しなくなった讃岐式では、 HHL は下降式との張 り合いが保ちにくくなり、 HLL 、 LHL 、 HHMへと変化していくことになる。
また、伊吹島・讃岐においては、第 5 類MLH → HLH の多くは、高い部分が
「一峰化」(後部がやや低くなるので「ダウンステップ」と称される 12) して HH M に変化したと推定される。先に成立した「下降式」音調 (HHM) が、 HLH
→ HHM をそそのかしたと考えれば、「下降式」音調の存在しない京都等におい て「ダウンステップ」が生じなかったことも説明できる。第 5 類は、伊吹島では
11川上薬(1965) 、 (1995)参照。
12松森晶子 (1993)
‑200‑
HHM である第 4 類と、讃岐式では同様に第 1 、 4 類と統合した。ただし、 HL H から京阪式アクセントと同じように HLL へ変化した語もあった(後述)。
以上、次のようにまとめられる。第 4 類を MMM→ HHM と表示したが、音調 の上では大きな変化はなかったとも考えられる。
伊吹島アクセント
類別 ギ戸、占'
‘ ‘
院政 音調 第 1 類上上上• 00 H H H
第 2 類上上平 ◎〇↓〇
H H L
第 3 類上平平•• 00 H L L
第 4 類平平平000 MMM • HHM
第 5 類平平上
00 • MLH • HLH • HHM(HL L)
第 6 類平上上 〇◎〇L H H
第 7 類平上平 〇◎↓〇
L H L
讃岐式アクセント
類別 士戸』占9 9 ヽ 院政 音調
第 1 類上上上
• 00 HHH • HHM
第 2 類上上平 ◎〇↓〇
HHL • HLL·LHL·HHM
第 3 類上平平•• 00 H L L
第 4 類平平平
000 MMM • HHM
第 5 類平平上
00 • MLH • HLH • HHM(HL L)
第 6 類平上上 〇◎〇L H H
第 7 類平上平 〇◎↓〇
L H L
2 拍体言も同様に考える。
京阪式アクセント
類別 声点 院政 鎌倉京都 音調
第 1 類上上 ◎〇 ◎〇
H H
第 2 類上平 ◎↓〇 ◎↓〇H L
第 3 類平平0 0 00 (•) ML • HL
第 4 類平上 〇◎ 〇◎L H
第 5 類平東 〇◎↓ 13 〇◎↓L F
13 語末の「↓」は「降拍 (F) 」を示すもの。もともとは語末の「高」指定の一部の語末下 降が固定したもの。
伊吹島・讃岐式アクセント 伊吹島 讃岐式
類別 声点 院政 音調
第 1 類上上 ◎〇
H H • HM
第 2 類上平 ◎↓〇
H L
第 3 類平平
0 0 MM • HM
第 4 類平上 〇◎
L H
第 5 類平東 〇◎↓
L F
1 拍体言では、京阪式と伊吹島に差がなく 14、讃岐式では後に第 1 類と第 2 類 が統合することになる。この統合は、 1 拍で「下降式」の音調を示すことが困難 であったためであろう。
京阪式アクセント・伊吹島アクセント
類別 声点 院政 音調
第 1 類上
• H (HH)
第 2 類東
•• F (HL)
第 3 類平
0 M • L (LM)
讃岐式アクセント 類別 声点 院政 第 1 類上
•
第 2 類東••
第 3 類平 〇
6 .
3 拍体言第 5 類の変化音調
H (HH) • (HM) • (HL) F (HL)
M • L (LM)
松森晶子 (1993) は、佐藤栄作 (1986) の讃岐(大見)アクセントの 3 拍体言第 2 類が HLL 、 LHL となっている点などに注目し、院政京都アクセントの HHL と合わせて、祖体系の第 2 類を HLL と推定している。松森は、 HHL から讃岐 の HLL が生じたとするのは、不自然であり、 HLL → HHL の方が自然な変化 であると考えている。
しかし、すでに述べてきたように HHL → HLL は、京阪式アクセントの代表 的な変化である。讃岐式アクセントにおいて早くに、 HHL → HLL が起きてい てもまったく問題はない。一般論として、アクセントの滝(「急激な下がり目」
の実現したもの)は「後退」するのが自然であるとしても、すでに述べたように、
14 上野善道 (1985) によれば、伊吹島アクセントの 1 拍体言には、 HH 、 HL 、 LH に加えて I‑IM (下降式)が存在するが、筆者は後に加わったものと考える。
‑202‑
高起式の基本音調が「緩やかな下降」を有している場合、 HHL と HLL·LH L との弁別はしづらくなり、変化してしまうのである。
つまり、讃岐式においては、商起式基本音調が、早くに「下降式」音調となっ たと考えれば、松森のように論を立てる必然性はまったく生じないのである。
ただし、松森も指摘するように、讃岐式アクセント、伊吹島アクセントにおい て 3 拍第 5 類が、大きく二つのグループに分かれることは気になる。確かに、伊 吹島アクセント・讃岐式アクセントの 3 拍第 5 類は、地点によって語の出入りは あるものの、下降式無核型(讃岐式では 3HO 型と表示可)と、 3Hl 型(京阪 式アクセントに同じ)が多い児
松森は、下降式無核型となるものを a 群、 3Hl 型となるものを b 群とし、ニ つに分かれる理由を考えている。松森晶子 (1995) では、次のとおり。(別表も参 照)
a 群ー油、命、心、涙、帯、枕、火箸、胡瓜 b 群一飽、鰈、錦、紅葉、朝日、眼、姿、情け
松森晶子 (1997) では、次のように一部変更されている。
a 群ー油、五つ、従兄弟、命、神楽、胡瓜、心、涙、火箸、第、枕、
眼
b 群ー朝日、飽、哀れ、鰈、姿、簾、情け、錦、紅葉、山葵
この a 群、 b 群にはいくつか問題が存する。まず、「飽」「山葵」は、院政期の 資料で「上平平」と声点が差されているから、第 5 類とはいえない(「早稲田語 類」では第 3 類)。また「紅葉」は近世以降の資料でしか確認できない(第 2 類 相当ともいえる)。「従兄弟」は院政鎌倉の資料で「平平平j「平平上」等であり、
第 5 類とは認めにくい。よってこれらはここからはカットしなければなるまい。
また、「火箸」は伊吹島では下降式無核型だが、讃岐式諸地点では多く 3LO 型
(非下降式無核)である。
院政期に LLH 型であったことが確認でき、現在、確実に伊吹島・讃岐で HL L 型であるものは、 b 群から「飽」「山葵」「紅葉」が消えることで数が限られて くる。さらに「哀れ」はもと LLF
(ML
F) 型の第 10 類、「朝日」「鰈J「眼(ま なこ)」は複合語であり、これらを祖語までさかのぼる分析の対象とはしづらい。また、「眼」「錦」は現代において日常語とは言いがたく、馴染みが薄いために 3 H 1 型(いわゆるマイナス 3 型)となった可能性もある。条件が加われば、該当 する語の数が減っていくのは当然であるが、それでも、第 5 類(体系変化前 LL 15ただし「柱」「蛍」「欅」は 3L2 型をとるなど、 2 つのアクセント型に限定されてい るわけではない。
H
(MLH)) の語で、伊吹島・讃岐において、 LLH (MLH) → HLL が確 認できる語は多くないというのが筆者の結論である。また、 a 群 b 群の振り分けであるが、松森晶子 (1995) では「「情け、胡瓜、心、
姿、眼」などは、方言によってその所属が変わることがある」とあり、松森晶子 (1997) にも「朝日、鰈、心、姿、情け、眼」などは、「方言によって、 a 群、 b 群への所属が逆になっている場合がある」とある。つまりは、 3 拍体言第 5 類の 語のうち、讃岐式アクセントの周辺全域において下降式無核型となる語、あるい は全域で 3Hl 型となる語というものは、ほとんど実在していないようだ。
すなわち、語群として a 、 b が認められるというよりも、 3 拍体言第 5 類には HHM型だけでなく HLL 型になっているものがある一あたりが適切な表現だ ろう。もちろん、 HLL 型となっている語が例外にしてはかなり多いということ は事実であるが、 a 群、 b 群の所属(振り分け)をもとに、枝分かれの順番や時 期を推定することはきわめて難しいように思われる。
秋山英治 (2000) は、高松アクセントにおける 3 拍第 5 類語について、音韻環境 によって 2 つのアクセント型に分かれているとする。確かに高松の b 群相当(他 の讃岐式の HLL 型と対応する LFL 型)の語は、「下げ核」が後ろにずれる場 合と同じ音韻環境のものがほとんどである。つまり、 MLH → HLH→ HHM と いう「ダウンステップ」が生じる前の「 HLH 」型になり得なかった音韻環境と、
後の時代に「下げ核」が後退する音韻環境とが高松方言では結果として重なって いたということになる。しかし、それを伊吹島や他の讃岐式アクセント全体に適 応させることは難しいだろう。
7. まとめと課題
以上、筆者が主として HLL 型に関連して考えたことをまとめたものである。
具体性に乏しいことは承知している。ただし、先学の成果を合わせ見ていくと、
上記のような仮説や考えに導かれていった。論の中心は、なぜ HLL 型所属語は 少なかったのかであったが、最も重大なのは、「下げ核」と「式」ではそれが説 明できないという点である。
筆者は、アクセント型の弁別に働く要素•特徴として、「高」指定の有無と位 置→加えて「高」指定後の「下がり目」の有無と位置→「高起」「低起」の 2 式 と「下がり目」(「下げ核」 16) の有無と位置という流れを想定している。 HLL 型の消長という視点でみるならば、 HOO と未分化であった段階→ HLL 型の成 立→高起式音調の「自然下降」への接近による HHL 型の衰退と HLL 型の増加 という流れになる。京都の 3 拍についてあらためてまとめると以下のようになる。
16 本稿の筆者も、次を下げる働きを直前の拍が担っていると考える場合は「核(下げ核)」
と呼ぶが、直前の拍が担っていると考える必要がない段階においては「下がり目」を用いた。
‑204‑
「「」は「高起」、「」」は「低起」を表す。「高」指定のみの段階が、年代として いつごろになるかは未解決である。ここには示していないが、江戸以降、 HHH
(高起無核、高平調)は HHM (自然下降)をも含むようになり、それがひきが ねとなって HHL → HLL などが進行すると考える。
?
院政 鎌倉京都 室町京都f
• 00 • • 00
HHH →「 000• HHH~
• 00 •
◎〇↓ O → ◎〇↓ 0 HHL →「 00 ↓ O• HLL
ヽ◎↓ 00 →•• 00
HLL →「 O ↓ 00000 → 000 → 000 (◎) HHL →「 00 ↓ 0
• HLL 00 • • 00 • • 00 •
HLH →「 O ↓ 00〇◎ 0
• O • 0 • O • 0
LHH →」 000• LLH
¥ ,
0 •• O • O •• O LHL •J
00 ↓〇本稿は、体言について言及するにとどまったが、動詞、形容詞についても、ほ ぼ同様の観点から見ていけるはずである。たとえば、讃岐式では、動詞の活用形 についても、 H2 型が回避されるため、高起の中に L2 型が混入していたり、 H 2 型を抜かして Hl 型と H3 型とでゆれていたりする場合がある。まさに、下降 式の基本音調がもたらした特徴といえる。
また、高松方言の 3 拍形容詞第 2 類が下降式無核となることは、先の 3 拍体言 第 5 類に準じて考えれば理解できる。しかし、丸亀方言など他の讃岐式アクセン ト地域でそうなっていない理由を考える必要が出てくる。そもそも、讃岐式アク セントの諸地域においては、体言のアクセント体系はきわめて近いのに、用言の アクセントが大きく異なっているのはなぜか。こうしたことを明らかにすること が、まずもって当面の課題である。大きな課題であるが、引き続き考えていきた し‘。
中井幸比古 (2003) 、屋名池誠(2004) は、体系変化前の京都アクセントについて、
R 、 F を含め、きわめて整然とした解釈案を提出している。本稿の仮説は、 R 、 F について十分に説明できていない。また本稿のように 3 拍から出発するのでは なく、 2 拍、 1 拍からはじめて、 1 拍+ 2 拍、 2 拍十 1 拍の複合を考慮しつつ 3 拍を考えるのが道筋ではないかとのご批判もあろう。筆者もアクセント型の生成、
アクセント体系の成立における複合語の役割は大きいと考える。複合の問題、さ らには「式保存」も含め、「高」指定のみで積極的な語頭の「低」は存在しなかっ た(「非高」あるいは「次拍の高のための低」)とする本稿の考え方によって、そ れらがしっかりと説明できるのか、そうした点の検討がまずもって急務であると 考えている。
参考文献
秋永一枝・上野和昭・坂本清恵•佐藤栄作・鈴木豊 (1997
• 1 9 9 8 )
『日本語アクセント史総合資料』索引篇・研究篇 東京堂出版 秋山英治 (2000) 「四国北部諸方言アクセントの成立過程」『国語学会 2000 年度
秋季大会研究発表会発表原稿集』
池田 要 (1942) 「近畿アクセント形式観の問題ー「漸層観」に就いて一」『日本 語のアクセント』中央公論社
池田 要( 1951) 「近畿アクセントの体系」『国語アクセント論叢』法政大学出版 局
上野和昭・秋永一枝•坂本清恵•佐藤栄作・鈴木豊 (2000) 『池田要 京都・大 阪アクセント資料 五十音順索引』アクセント史資料索引 14
上野善道 (1985) 「香川県伊吹方言のアクセント」『日本学士院紀要』 40-2 上野善道 (1989 a) 「下降式アクセントの意味するもの」『東京大学言語学論集』
‘88
上野善道 (1989b) 「日本語のアクセント」『講座日本語と日本語教育
2
日本 語の音声と音韻(上)』明治書院川上 秦( 1965) 「いわゆる低低低型から高高低型への変化」『音声学会会報』 117 川上 蓑 (1995) 『日本語アクセント論集』(汲古書院)
川上 蓑( 1997) 「高さアクセントの記述一段、向き、契機、核など一」『音声研 究』 1-2
金田一春彦 (1960) 「国語のアクセントの時代的変遷」『国語と国文学』 37-10 金田一春彦 (1974) 『国語アクセントの史的研究原理と方法』(塙書房)
坂本清恵 (2000) 『中近世声調史の研究』(笠間書院)
桜井茂治 (1975) 『古代国語アクセント史論考』(桜楓社)
桜井茂治 (1994) 『日本語音韻・アクセント史論』(おうふう)
添田建治郎 (1996) 『日本語アクセント史の諸問題』(武蔵野書院)
中井幸比古 (2002) 『京阪系アクセント辞典』勉誠出版
中井幸比古 (2003) 「アクセントの変遷」『朝倉日本語講座 3 音韻•音声』朝倉 書院
服部四郎 (1951) 「原始日本語のアクセント」『国語アクセント論叢』法政大学出 版局
松森晶子 (1993) 「日本語アクセントの祖体系再建の試みーいわゆる「下降式ア クセント」成立に関する考察をもとにして一」『言語研究』 103
松森晶子 (1995) 「下降式アクセントの由来と四国東北部諸方言の系統一 3 モー ラ語第 5 類の 2 種の音調型をもとにした考察ー」『東京大学言語学論集』 14 松森晶子 (1997) 「徳島県脇町・三加茂町のアクセントと本士祖語のアクセント
体系」『国語学』 189
‑206‑
屋名池誠 (2004) 「平安時代京都方言のアクセント活用」『音声研究』 8-2 山口幸洋 (1969) 「伊吹島方言の二拍名詞のアクセントについて」(日本方言研究
会第 12 回発表原稿集)
和田 寅( 1943) 「複合語の後部成素としてみた二音節名詞」『方言研究』 7 佐藤栄作・坂本清恵・上野和昭・鈴木豊・秋永一枝 (2002) 『池田要 京都大阪
アクセント資料分析編』アクセント史資料研究会
佐藤栄作 (1985) 「香川県伊吹島方言のアクセント体系を考える」『国語学』 140 佐藤栄作 (1986) 「香川県高瀬アクセントについて一三野町大見の体言のアクセ
ントから一」『山手国文論孜』 7
佐藤栄作 (1987) 「高松アクセントについて (1) 」『神戸山手女子短期大学紀要』
30
佐藤栄作編 (1989) 『アクセント史関係方言録音資料』アクセント史資料研究会 佐藤栄作 (1996) 「ゆるやかな下降調の聴き取りと内省について」『言語学林 1995
-1996』三省堂
ー愛媛大学教育学部一
3 拍体言第 5 類一松森 1995 、 1997 の a群、 b群一
語湿 漢字―釜町早稲松森松森 1 伊吹観音大見―詫間詫蘭l丸亀濡松―ー一三云‘
讐 表記五語 1塁語 19951997 注1:2 注3ー一注4f注5 1注6 1注6 炉主
いのち命 5 15 la la IFO IHO、 H1 、 HO IHO IHO IHO IHO H1 IHO ‑ ‑‑ ‑‑‑ かぐ 5―神楽― 5― 5 a H1 H1 H0 , H1 HO H1 きゅうり胡瓜 5 5 a ※ a FO Ho
̲ H
O H0 │HO HO HoB H̲ ̲ 9 ̲
なみだ涙 見—_5 a a F__9_旦9.HO̲̲HO HO H
Q ̲ ̲
H O ̲ ̲ HQ̲̲̲ ほうき 箸 5 5 a a FO 控2-H O ‑ HO HO HOB! : : i Q ̲ ̲
ひばし火箸 5 15 la la IFO ILO ILO ILO IHO ILO ILO ILO まくら 枕 5 15 la la IFO IHO IL2 I I IHO [HOB [HO こころ 心 5 5 |a※ a# FO HO HO HO HO H1
I m =
H1(X)
いっう五 5 5X │ a FO HO Ho Hb
—
H0 |Ho—- -l Fi -o —
あぶら油・脂 l5X l5X la la IFO IHO IHO IHO IHO IHO IHO !HO lb ※ |a# IH1 IH1 IHO 、 HO jH1 IH1 、 |L2F IH1
馴:
x
5 ‑ 5 5
‑ 5
‑ 5 5
冒
5l< 5x │ 5 1 謡5 b 5 b 5 b ※ 5 b ※ 5 b 5X王
a H2 HO HO HO L2F IH13 b b H1 H1 H1 H1 H1 L2F IH1 3 b H1 H1 H1 H1 L2F │H1 10• b H1 H1 H1 H1 L2F佐藤 5
b H2 H1 H1 H1 H1 L2F IH1
注 1 佐藤栄作( 1985)での調査。上野善道(1985) より「神楽」「蕎」「枕」「情 1ナ」「衷 れ」「紅葉」を補った。
注 2 佐藤調査( 1988 年)、話者は高橋福ー氏(大正 6 年生)、一部平井泰子氏(
昭和 10 年生)。
注3 佐藤栄作( 1986)での調査、一部佐藤義憲(昭和 4 生)。
注4 佐藤調査( 1988 年)、話者は白川春市氏(明治41 生)。
注5 松森晶子(1995) 。
注6 中井幸比古(2002) によった。高松の「情け」「哀れ」は佐藤栄作(1987)での 調査。
松森※一「方言によってその所属が変わることがある」
松森#一「方言によって、 a群、 b 群への所属が逆になっている場合がある」
‑208‑
アク 資料名 1 アク 資料名 2
型 1 型 2
LLH 名義.人紀.巫私.古今.袖中.四座. LHH 人紀.
LLH 名義.袖中. HLL 近松.京ア
LLH 和名名義色葉 LHH 名義.
LLH 和名.名義.古今.四座 HLL 謡曲.平節.近松.束ア.
LLH 和名.名義. LHH 名義.
LLH 和名.名義. HLL 近松.京ア.
LLH 和名.名義,人紀.四座, HLL 謡曲平節大観近松.界 LLH 名義.字鏡.人紀.倶舎.巫私.丙私.四 LHH 名義.巫私.
座.
LLH 和名.四座 LLL 和名.名義.人紀.巫私.
LLH 和名.医心.名義大般 LLL 和名.
LLH 和名.名義.字鏡.人紀.四座. HLL 補忘平節近松.只ア.
LLH 名義. HLL 平節.泉ア.
LLH 和名.名義. LLL 和名
LLH 名義.解脱.袖中.顕拾.四座. HHL 解脱近松.
LLH 名義. 霜 LHH 名義.
LLH 和名. .人紀. HLL 平節.京ア.
LLH 和名名義 LLL 和名.
“9..字鏡人紀京アー
LLF 四座.
LLH lb起.
疇平節.大観.近松.京
HHLI 乎酉. HXL