近世小豆島の醤油釀造業-香川大学学術情報リポジトリ

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全文

(1)

一撃と醤油及び真の起源

︵1︶

醤油の轡は竃釆将に通じ扇制養物之毒∴如ご称之㌘酵撃﹄患摘はれるが、元木東持回有の調味料であつ

てーその月本・支那・印優に慶するものには、夫夕呉れる特色を有する。本邦に於ける昏倒の起源に裁ては、眈

ヒシオヅカせ に大賀/の制には朝廷に皆院が設けられて、大鰐職の別院として灘皆・鼓・未皆のことを掌ってゐるのが見られ

る。併しながら∵辟智恵る意味に於て今月用ゐられる醤油の起諒とはいひ難い。

ー 近地小鼠畠の醤油醜貌業 や

近世小鹿島の醤油醸造業

′ 七穴五 四 三 ニ ー 番と浄油及び其の起源 近地小豆島僚油の概観 小豆島啓油藤出統制の間組 豪商若狭屋傘兵衛と高椅丸着荷門の契約 文化宋に於ける常抽醸遁利益の算定 小豆島額油の販路と其の開拓 語 療 ヽ

︵八五︶ 八五

(2)

︵八六︶八大

範†入管第一雛

い計警護愈︵鬱、及び料理物語︵錮閤︶にようて末裔と襟油L姦比すれ誓

︹利潤警芽園倉酎幣束浄

了介七 常設比豆捉血、今遠沈大貫州斗妙應磨去レ皮、格好山斗、〓硬汚レ水、豆蓼況合金レ麹、別用二堕二升六合水丁斗T、

00000

肺患レ浦冷定、和レ宜攣牽レ棉、毎日向レ陽挽至こ十飴Hヽ密哲子日而成、俗謂二比之儀未攣 常 抽 邁法用〓大豆三斗、水教鹿、以二新二十四斤一幹、奄成レ茸、毎†斤入二購入斤井水四十斤∴位階成レ油収二取之∴ 000、了メ守ナセテ 大葬醤 用こ興宮十斗∴炒熟、水域牛凋同家爛1以こ大葬糾二†斤、絆勺飾下レ翫用二泰豆汁嘉剤、切片燕熟萄蓑晒鵜 毎血ヰ入二撃方井水八舟、偶成レ興、甜而竹清、 000 晒、別用二堕㌢水虻机義姉、冷定戚レ エブリ 棉、捜二豆蓼之麹∴毎日以こ槌赦叫授レ之﹂夏七十五日、冬管日柄成、搾レ之取レ抽、其油色檀味不レ奨、山沸養♪之 収し桶、経レ宿則色深県、而昧亦美也、用二其痕義和二飽水︶愴レ之搾レ油、謂二之二帝常抽一、産愚劣、凡市原之箇 油常用こ小野血、用二大学者昧芥レ任、然病人吃レ之不レ妨、請求黎及病油者、本朝庖厨〓H不レ可レ無智也、猶三 \ 寒人倫二雁油∴ 0〇.〇 ︹料理物語蒜牒︺ 正木ひ心痩大穿白〓刀∵夜水にかし、さは′∼と聾しいかきにあげてむす、冬且八合かしくひはづか けえクモ水にてあちひほしJ、よ巻ほどにい少て.、こまかにさらイ∼と引わり、 して、あつj五分程にむらもなくひろげ、上下にうどんの粉二合五勺ふりてねさせ、はなよくつきたる時おこし、あら ′1とくだ・き、少し㌢にほ㌧、花のちらざるぞうにしで、かみぷくろに入繚ノ何時にても五日まへに、とうじ四合、麟 試合冗句、水仙升入?くヶ供冬庶十臥十畢日前よし、右とうじレほみづを、ぐらくとわかしよくさまし、楠にても、

・・・.一∵∴.

.\

(3)

クぽにても作り入、日あたクにをき、首空ハ度もかき供、色のつき供までそとにをく、但東升とも仕供へば、亜三食

づゝ入よく膵

上︺ 正水醤油 大慧貰自につきいり引わる、華基斗みそのどと、くにる、小警弄も白にして引わ

る、′右之大豆に供て蓼のこにあ帖せ、こを土へふり、叔のうへにをき、にぼとこの栗をふたに←て、ねさせ候、よくね供

循灘は支那よb侍来せし︳鱒凝放きと七ろであるが、僚が静油にまで恐達し、芝自家用料としでヾはなく ・■

はヾ、嘩八列水試斗入っくり供、同二番ニハ堕四升水蟄斗こうじ四封入、三十日をきて凍げ供血

︵3︶ヒシホ

と見えるが、﹁苗壌類苑﹂飲食部十二の所詮では啓を眉義して買字義米、小穿、酒、稗等ヲ和シテ傘シタルモ

ノ﹄とし、襟油に就ぃては﹃大豆ヲ発熱シ、天変ヲ警テ、春芸粉末トレクルモノト、柏倉セチ麹ヲ作L、熟

スル完ビテ水ヲ合セ、捜ヲ加妄撹勺シ、毎日数次槌枚斤以テ浪合スルコト七十除目、而シテ糟ヲ車乗よ盛リ

テ、麒搾シテ摘汁ヲ取りタル㌢義醤油卜朽シ、其響軒ヰテ吏ニ製シタルヲ、二番哲禦桐∴叉味警り製

クマク

シソルヲ豆油

芸纂.㌫食にも雪如く﹃漂塞造とて、誉とき造り。むを尋とす、醤油簑品の中に仕。み、軟い小不

に草りて上るをよしとす﹄といふのが古米い定淡であらう。

︵4︶

商‖叫とし七販資さるうに至った時代に瀧ては、大鰐に於て足利の末期にその醸造法が普及せちれ、穂川の初期に

︵5︶

既に館柴化せるものと見られよう。産地に就ては、紀州の場蔑・京都・下総の野甲銚子掃噴の関野∴備前・

′′

讃披い小豆島等相次いで有名となり、政利ば地溝的欝翠を亨に過ぎなかったものが、次第に京瓢・大阪・江戸

近粒小説風の衝油醸造業 ︵八七︶ 八七

(4)

等の中心都市に進出を固つたものと思はれる。於都にづいで見れば、撃氷・正徳の頃既に百数十軒の層油機造豪

があり﹂貿磨年間には隆盛を極め、京都醤油株仲間が出発、地方より進路し来れる備前哲治な甘と紛議を醸して

ゐるが、蟹麿六年には、埜尿地迫り啓油仲間を親株とし∵偲園儲油屋は戌に加入哲許される事によつて紛糾が落

着してゐるⅥ然し、文化年間に入っては更に右の外、瘍蔑・掛州等の哲油も俊入し、蔑めに京都地道や哲油仲間

は永いなる恐慌を受けるに重つた。此れは京都の場合であるが、此の事は他の大都市に裁ても、略々同様の啓訂

∵ ︵6︶

言ひ得るのであつて、徳川中期以後、各産地の皆油は全問的商品化を始め、各産地の領主は喝産額励の趣旨か

ら、極力保護を加へ来ったものである?協横笛油に封する紀州藩の保護の如きその著例といへよう。

こ 近世小豆島醤油の概観..

小豆島の啓油に就七は、銚子のそれの如く、紀州の湯浅より侍はりたりと謂ひ、或は文緑年間に始まるといふ

も、此等に就では敬すべき確驚なる文献を炊き何れと旦貫か得ない。唯、比較的多数の古文苔を所蔵せられる安

田村高橋象文書に典接して本稿をすゝめ度叶。先づ、それに従へば、交些ハ年≡Hの醸造原石三十八石山hハ斗であ

︹註︺

り、其後十九年文政十〟年にば其の九倍、三百四十四石三斗となり、此の問の通計三千三十二石九斗仙升となつ

へγ︶ てゐる。いま、其の各年吹′の造石高を示せば次の如くである。 第十八管 第′﹁離

文 他 六 巳 年

三 † 八 石 六 斗 ︵原石︶ ︵八八︶ 八八

(5)

近世小豆島の啓油醸造業 同 同 同 同 国 岡 持ト同 同 文 同同 同 同∵同 同 同同 政 ヽ

十九 八 七、六′五 四.三 二 十\ヤ 十卜 十 十 九 八 セ

フロ 四 三 二

年 年 率 年 年 年 率年 年 年 年 年 率 年、年 年 率 年

四寸キお四斗五封

入”十 五 石

六 十 七 石 八 \ヰ

甘 ∵石 二 斗

首 六 石 ﹁ 斗

首 廿 四 石五 升

首四±エ石七斗七封

入十石ノ七斗七升

官十六石∵斗六升

九 七∵三 石 四 斗

′官五石九斗七升

官三十七石三斗

冨五十三石二孤∴ 升 こ官六十三石二月山升

二■首大 石 九 升

三富八十六石六斗三升

三百三十三石九斗

︵八九︶ 八九

(6)

〆 三千三十二石九甘⊥升

︹竪\資料に制約せられる美め、之蓉以て小豆島黎抽醸造の囁矢とするの外はない。但し、文化・文政年間にはご撃隼 ︵8︶ノ 啓油の使用は飴程普及して満たのであつて一、文政入牢乙酉1膏、橋本敬簡普通の﹁経済随筆﹂第十四、醤油の事 にも↓常油を倹するは傍受は損也、.二条以上よク拾二匁位覚レ発飼たる時一棺の醤油へ味淋にても上酒にても二

升程入大釜にて待と教返し、櫓成とも正成とふ入置て迫ふべし琴⋮かびる事なし、風味視せず煎物を致サ前に準

都度々々酒麹を細るに及ばず、急速の用に防のたぎかたるへぜせぽ物の斗ゆ吸物なども輿薪もて煎立るカを侍ず

出凍る徳あク、みしほ聴かくぞ杯へ掛け、ひ、たしものに掛るに、なま醤油より老人小鬼病人等に心腹にあたる事

なく優にして宜し﹄とあク、其の後防止の方按に就ても既に研究されてゐる。元来、遽速の差こそぁれ、儒者Ⅵ

供には何れの轡油も必ず徽を鐘ずるのであつて、徽預防津に就ては、今日に於ても未だ完倉なるものなく、薮田

︵9︶ 博士の﹁7ル・アクワール﹂酸位が比較的完全とい.はれる程度である。

文化い文政年間の達石高斯の如く、今日では文政十養女産額の約手偶、三十五萬石を度し、我が国に於ける

/・登楼舶の約、㌦割をおむと謂はれる。

いま1文化六・七年の小豆島に於ける昏油庶料の相場について見るに、杢竺石に付六十卑小穿嘉に付凶

十六匁、惑弄に付二分〇六毛、窒昧蒜に付七分↓粕十〆に付三匁五分、忍撃抱に付四分となつでゐるが、

天板行の遊資に放ては小樽︵八升詰︶↓挺につき三分即ち趣上物昏油小樽代償六匁六分の甲五パーセ※トに首

\ ︵10︶

り、大将︵三斗二升詰︶についても其の代償二土ハ匁の約川・六パーセント、左二分となつてゐる。併しなが

第十八億第∴﹁鑑

同 寸 ㌣ 年 三甘四十四石、三斗 ︵九〇︶ 九〇

(7)

戯盛におもむきしかを察知するに飴りある。

﹁1芸頂坂計る乳首二軌願

大 阪 霜 鳥 問 屋

同 長堀井弛ノ海北例 同 京町堀四丁目難波稀少東北側 天満十町自筋 同 束威儀入檜西詰少北まがサ両角 問 債見堀頂の圃椅 同

ら∵営利此等は専業約径轡油搭載解法込みしかといんに左横ではなく、木船・捜胎或は手繰糖等に大将五挺或

ぼ十挺・小樽十挺或は二十挺と積載し、之芙坂に廻行して得意兜へ大望・四樽、小樽蒜より十樽位宛水揚

L歪ものと誉れる。常時眈に大坂には、嶋屋新鼻蛸謂鴎瞞︶・酎芸街︵軍嶋琵兵衛︵銅

蠣電撃大和屋望街忽咽︶∵淡路屋琴︵班礪謂

︶等の得責苦専用高橋針書灯㌃

︵‖︶ るが、文政年間に慧と次の如く大阪訂打に於ける得意発四十二軒む欝する。橋本屋文右街門の得意先のみにて

も斯様で篭から、茎に鳥崇西に同著の綬翌し文政末窟てはぷ何荒速度的に小富慧憤近業が

傑 丸 問 両横脱誤岐屋町 同 近世小豆島の啓抽醸造薬 山 内 堕 崖

山 口

紙 屋

よ し や 中.崖 伊

冨 田 ′崖 徳

阿 波這苧 償 \ 薯∵ 安 有 有 郎

兵 兵

︵九こ 九劇 戯 循 門

葡 門

助 荷 衛、衛 衛

(8)

第 十 八 管 同 同 同 同 同 同 同申開 同 同 同 同 同 同 何 周 同 同 九 條 立褒堀阿波椅北詰少シ北へ入 瓦町北御堂姦門筋少シ西入南側 隆平梅南へ入西側 新町西瓜Tノ嫡年丁程内南側 江ノ子嶋亀井椅酉語 安土地町さなへ椅筋少西北側 瓦町御堂筋少シ東へ入北側姦 さなへ椅北話奴シ鋳潰側

天満東田町

今癌 叫 阿波座椅太郎助梅北側 天溝十血†日佐伯濱付三筋内 道頓堀戎構北語少シ東 天輔市ノ町いけ市ノ濱上ケ 束堀久太郎町 第 叫 就

博 細 金 欠 贋 狭 場 鼠 和 荒 河

大 河 大 魚

料∵和屋路腐

植泉物

︵九二︶ 九〓

崖 伊 兵 務

崖 琴 松

和 屋 佐 兵 館

内∴崖 文 具 循

崖佐 兵 覇

和屋 安 兵 衛

波 屋

内 屋 吉 兵 簸

崖崖

崖崖

多屋

息屋綺

儀 伊 率

屋 菩

兵兵卒兵丘三共 /ヽ

山 衝 八 街 衛 七 衛 衝

(9)

盤に天保三年辰寵月の高.橋家文革﹁椿油牒﹂によれば、上記の稀島阿波屋五郎兵衛・京町堀山内標兵衛・蓋人

∴近世小豆島の療拍醸造米 同 同 同 同

同 同 同 同◆同 同 同 同 同 同 同 同

南堀江四郎兵葡町 町 上 東亜高渡橋北詣少シ北 江ノ子嶋乗務免罪檜山筋上′辻下 碍島地津橋北話

中 之 囁

天滅相屋椅筋二塞門少束小嶋屋町 せんだんの木棺簡詰劇筋内 南癌江草手町 江 堀

中 嶋 新 家

天満五丁目横付 瓦町井地少西北側 北清二丁目濱付

讃 大 大 将 息イ佃 申 播 河 招 松 解 鳴 子由 啓 阿

濱 昆 黒 鼠 利 屋 岐

屋 屋 笹

久 仁 鳳ノ長

政 八 清

徳 兵 忠、兵

安 兵

忠 兵 屋 /書

兵け兵兵兵

兵三兵

兵 兵 ︵九三︺ 九三

介 衝 街 荷 荷 衛 緒 療 衛 街 助 屋 衛 郎 衝 街

//

(10)

第十八懸 第 丁取

︵九四︶ 九四

藤山口屋代助・きの図槍締屋吉成・九條淡路屋革七等の外合計五十二軒の得億先に増加し、′島内に於ても、由年

の﹁萬党帳旨次に従へば九右衛門・小判撃由兵衛・贋光寺・登助・荘撃周千徳三郎・池ふじ・準亨下学

外重等多ての得意兜が鬼える。

如くで明治絆新の密集を迎人たる頃には、京阪神牒面\の裔螢も頓に増加し、隠遁石数も亦著しく増加し、明治

一二年草加部稲田大部各村醸造家ょり通商司役所への迫高書上帳に依れば、其の戸数七十五其の迫高壷六官九十

九石六斗を計上し、更に右以外西部各村の螢党人及び遭石高を合算すれば、∵戸数百辛苦戸、迫高こ璧ハ千七百石

︵13︶ に達㌻るものと恩ほれる。明治工年に垂れぼ、⊥艮西英三郎∴向椿油三治等の蟄起にょサて柴久眈が銀将せら

れ、醸造誉盛となり蒜感造家教団百飴戸の多きに至った£網はれるⅧ而して、明治鼎八毎には、組合に於て

沓油性追試験場が設櫨せられ、煤煙よりは五ケ年楷抵にヱ撃千国の補助を受け、四十年こすには都立、四十

三年掴〃には願立に移管せられて、工共訳晩場と改められ、焼く山般斯貴著の研究所たらしめ、褒麹の改早酵

母の増琴製品の鑑別等を行ひ、哲油界の面目竺新するに至つ年のである。濃に大正年間に至れば、小豆島昏

通同柴組合持ノ於ては、し資本金五萬鳳を接出、預定願迫高を二千石とし、特た小豆島沓油研究所皆苗羽村拡設題

し、壷油試験場技術点監督の下に輿品の管地研究・醒由蛮藩の養成を行ったのであ

月、盈安物盛岡柴組合法による小五島醤油製造同栄細合成立後の製通商及び同債格・.組合員数を点せば次の如し

︵用︶

である。

(11)

おわ如ぺ輿迫高及び製造債格は逐次地均しJ組合負数は携減七て大賓本的箇条が小資本的常共に代りしあとを

● 由∴大/周 年 次 明治三千四年虚 聞 三十五ク 伺 三十六ク 同 三十七ク 回 三十八ク ︼同 園 同 園 同 近性小豆島の俸油醸造米 同 三ク 岡 四ク 三十九ク 四十 ク 四†∵々 四十二ク 四十三ク 四†四ク 正元ク ニク ヽ 小豆島啓油製造同業鱒合成総・︵明治三十四年†二月設立︶

製 造高

石 七八、五嵐〇 七七、三〇九 七九、五六八 八託、七五〇 八、﹁八三〇 九八、七〇〇 山〇二、三二五 ′一〇四、六五〇 一〇四、大恵○ 血〇六、四四〇 一〇八、八四二 仙 〓ニ、四九五 一二〇、仙九一ニ 〓二、二仙八 一四二、〇八四 ﹁

岡 野 格

円 八四三、八四七 六七五、五〓八 七敢二、三四四 九八五、充00 ﹁〇二二、八〇〇 ﹁吏九五、八〇〇 ﹁四三〓、五五〇 山、七二大、七二五 ﹁七二大、七二五 ∴八〇九、四八〇 ﹁入五〇J一〓由 山、九二九、四劇五 二、〇四二、二八− 二、〇六〇、七〇六 土、四一五、四こ八 ︵九五︶ 九五 組合員数 仙五八 州、四六 〓ニ八 ごこ三 仙三三 ここ四 一三三 二七 〓山七 〓〓・脚 、叫八 山”い.. 州 ﹁田 山 山○ 仙〇四

(12)

となつてゐるが﹂

村四七、.坂手相二、福田村三、大部鱒〓、北浦村二∵四海柑二∵滞崎柑∴土庄町二、池田働凹、二生村∴

金島村一を数へる。斯くの如く魚然醸造を鬼ざる町村は、

のみとなつてゐる。

見るゐセあるが、

第†八替 ∵塵界 ﹁奴 二 三 四 五 大 七 八 †∪ −﹁ノ ー〇 大正四年十二月調査に於ける﹁昏油鯵査定高一党﹂ L

昭和十五年には組合員数百十七、開展町村別・にして、

本.年査定高 ノ 点 一〇、八二二、こハ五 七ヽ七四四、九六五 六、六叫七、劇八九 五、八九七、三四八 四−〓鵬○、五五五 三﹂三ハ三、九■劃こ ニ、七三九、八〇四 二、六仙 て⊥二九 ﹁八八八、四七六 仙、八二七、四七〇 同 同.苗草、西 安 西 安 草 笛 町 羽 壁 田 田 壁 羽 村 村 村 村 村 村 村 村卜矧 ︵九六︶ 九大 へ15︶ に従へば、其の序列次の如く

丸 金 港 抽 株 式 曾放

鳥醤油製造棟式曾二敢

安 田、醤 油 株.式 曾 証 漕∵水懲∵油 株 式 曾 紀

高 橋 撃 四 郎

水 野 邦 次.郎

八 木岬 宗 十 郎

木 下 忠 次 郡

内.梅醤油 株 式曾祀

小豆島常拍株式曾杜

西村七、草壁町山七、安田村〟九、苗羽

(13)

三 小豆島醤油移也統制の問題

文政より天保にかけて、・早くも島内東西に同共著続出し、放資上競争の弊を生するに至れるため、

九月に克各醸造家は其の移出に橡印を用ゐる事とし、賢私塾筆凡打ぽ替油間屈組合を組織し、年行司を 〆 /

置き組合の主任たらしめ、東西棉般を甚介し、船主に安住む負はしめる等の敢締方法を講するに至つ賢女政年 ,

聞には、既出の如く大阪市内償於ても、すでに四十二軒の得意蒐及有し′てゐたが、いま東胡替納屋仲間連中の天

保二重辰十一月に作成せる申合せ事項を見るに女の如きものがある0音 ︵16︶

窯細管油屋申申合二重

†、鹿骨申相談何事一元管相決の義達背串間数保革 ﹁・組合庫烏大阪並二何方二而茂用向有之節ハ年行司役相勤可申軍 T、集曾事並二諮用共年行司よク泡状可数寄 二∵常油積入西舶と同船二噴入致間数事 i、地方部小質共大阪安直没高下二脂し可申食事 て∵船積之節椙敷相汲水室へ相渡可申軍 山、積入之棺舶二而盗れ又ハ墳入之節取落シ槍供分其粛よ少沸へ可申事 仙、船二而さし出来舛欠有之節ハ醤油崖損河致血並二大阪入洛癒し三豊学年一言欠厚東廠とも稀舶引請間数事 一、穣舶蹄帆供節早速年行司へ相達し先鞭取僻事 近世小豆島の務抽醸造業 ♂ へ九七︶ 九七 〆

(14)

︼、噴荷之節頑健り棉数滅シ供時ハ注文之櫓数二應しへし可申事

て明格舗取之螢贈旗相牧夫.々割合勘混之上踊取渡致供軍

二血合用向大我茸り撃壷合等二替ケ間数裁決而致間数学

者之候々堂可相守事由〓相背供者有之時ハ早儀組合可相除もの血

天保三重辰十劇月書日

一、荷墳之義ハ帝油代勘定相済供上二而墳入可数等

一、大阪二而明櫓請取之節萬ヤ請飯盛ひ致し櫓不足之節ハ其贈舛へこ可致事

﹁東組西組連中二不加外醤油良か頑入供養西組之醤油墳入供舶へ東組之轡拍噴入間敷僕等

一、組合連曙之外西組連中と癒合不致供共組合之荷物墳飴り供節ハ組外之督油破入噺可申事

第十入管 欝 則 渋

東組常油塩瀬﹂開

明 石 屋

典⊥Y 三 太 斎 再 ⑳

磐 田∴這誓

槍 本ふ匡

文 宥

檜 本 屋

葵 ︵九八︶ 九八 門.⑳ 衛 政 ⑳

赦⑳

(15)

大阪方面の購入問屋筋の資掛代金漸次膠着し来り、其の債棒の回収

三年に奴迫石高二掲六千六百九十九右六斗を慶するに至り、英後再び明治初期資本主義胎生期の粗製濫費にょ名 、

た。此の時に普う、高橋文右掛門漑攻節に述べる如く、天保六年大阪の豪商暦数屋年兵衛と

ほこ竃凝屋の〟手買受としで其の購入権を確認する代り、従来の滞貸ば全部同人に於で其伊興償を引請ける事

となつ莞恐らし、若狭屋としては其の盲放資による猶虜利益を見越したのであらう。かくで島醤油商は愁眉

を開い牢のであるが、以後顕蛍の治続大いにあが少、・忍道にお賜むい究明清和年に濾各地に小周鰻作られ、同

危機を鰐験しっ1途に明治十仙年には同志相惰り柴久敢を組赦する、に至った。併し乍ら常初の組合は必ずしも囲

裡として強固なる組織ではなかった卓見えノ、明治十六雪︼有には更に是を強化せる跡が見られる。即ち同年伺月

︵W︶

には安田相島椿軸三治以下富国拾蟹名の同乗者相寄り組合の坤合規則を認めてぁるのであるが、裁に高橋和.二郎

斯くの如く生産者側偲天保欝初組合組織によりて自らの生産礫制・

近世小豆島の醤油醸蔑築

薯 田 屋

炭 野 塩

庭 木 屋

移田統制を為しノ来りたるむ、消費者側特に

︵九九︶ 九九

兵 衛 ⑳

∴、に一

顧 、門 ⑳

(16)

第十八啓 第劇狼

︵60︶60

氏の好意により稀覇の資料たる時の申合規則を入手し得たから次に其の全文を掲げることゝする。

表紙には、変域脂讃岐図小豆郡醤油醸造商﹁柴久敢同盟申合規則﹂︵明治サ六年三月三日︶とあり、全文井国債

より射り、現時嵐制離合墓の断構単発凍らしめるものがあるが、軋に惣代の権限計る寄︵餌頼誹︶貸附金

の制度春サる風脚八︶、牒金の制を設けある事︵綿六︶∵第八睾戯由の項∵其の肇二條に惑登壇ル感ハ本

郡産出ノ石貨墟二眼ル他ノ盛▼ヲ用声へカラス﹂と規定せるは経臍春情異なるも現時の疏制経済的見地よりしで極

めて興味洗きところ自給白魔の保鼓的立場よりせるものと考へられる。更に其の用語・経費・疲費等に就いては

常時を偲び得るもの多々透り、第甘八條に於ては傭夫の労資・運漕食陀就いで其の等級を定め、罰則の項には、

組慧碧城め︵謂︶、統制莞針移出に封して吟荷主・触感の讐に慣芭Å諾意後に運漕途中水草の

常による荷主へ、の損膚睾で針、其の計警船頭に魚はし警ゐる︵購鰍︶。

発久 社 同盟 申 合 規 則

結 社大 意

故小豆島生産之督油クルヤ従前大我ノミ需要アサシカ近来人智之進歩卜事物ノ開化スルニ従テ切磋痍磨醸造ノ術者練シ 愈市場之信蒐チ待テ.欺路年々三関ケ遂二束海北陸南海山陽西海之諸道工友フ此時孟買製造ソ数昔日二百倍シ殆ント隆 ノ、 盛ノ期チ見ントス然り而テ同盟中二同申合規則チ設ケ各自之チ確守シ将来驚慣チ落サス倍組成ノ域二進ジトス而テ其規 則クルヤ未ク仝ク普予感サス乏二囚テ歳月ノ久夫在々濫汲二流レ弊寄常盤送二該規則チシテ裔餅二展セシム加之我名産

(17)

マヽ ノ侶蒐チ各地ノ市警失ヒ蒜ノ衰警速力ントス撃垂ア同志肇相謀り該規則サ改正シ大芸集チ挟撃金隆警源

泉二期ヒントス

希 望 費

第−條 同盟仲間之替策ハ各自醸造璧於テ皆業スルプ以テ役凰サ挟撃シ各自宅二於テ社務ヲ執行スル声ノ三 第二條 本社ハ発久社卜渋シ本部安田好学相松七番地.ノ内意徳地二設置ス

第 二 聾役 員 ′理 容

第﹂ニ條 同盟申投票チ以テ左J職員チ公撰ス 惣代二名 取細二名曾計係璧名 要員各村憩名1ス︵但哲業人ノ名誉ヨワ数村連合スルーアルヘシ︶ 第四條役員任期ハ漏ニケ年卜蒜期必ス改弼スル声ノトス︵但任期中事故欠点アルトキハ臨博集曾ヲ開牒後任す撰 拳スルモノトス︶

第 三 茸 役 員 職 務

東五條′惣代ハ仲間百般ノ事務サ緒理シ叉曾議案テ教附スル毛ノトス︵但通信社復等之溺アルテ以テ改撰毎三共姓名 チ敗買地へ通報スルモノトス︶ 第六供取締ハ仲筒中醸造高チ愴登シ荷物之迭状及社中鍍察等之事チ掌ル︵但惣代病気事故アル抒ハ英代理クルヘシ︶ 第七條曾計掛バ食感之出納チ掌ル毎年肝後年季讐精算表ヲ響か朋雷へ報告スル毛ノ主′︵但同盟申請時源ノ

見開サ乞フ者アルトキハ掛三共霹二應スヘシし

第八條 要員ハ取締二威シ醇重商チ調査シ亦貸間金ノ利子取越メ等/轡7紫ル

第 四 牽 阪

\近世小豆島の衝油醸造業 − ︵仙﹂U一︶仙O﹂ ′\ノハトリトじ′ニ′.ぎ.

(18)

﹁アルヘシ︶

第十二條涯甘申ハ組竺同之惣代トシテ猫裁之欄テ輿へタルニ付軍ノ成否云ヨり女人チ非警へカラス

第 五 章 集′

、曾 第十三條∵集合チ別テ定式計臨時骨ノ毒トス定式愈ハ、委員以←/得昌仙ケ毎二空ハ月十土月チ以テ集雪ル苧ノトス 毎倉三日以前チ以テ朝鱒スルモ÷ス︵偲臨時集曾蒜ノ軽挙⋮ヮ同盟山路奮香美ルデト叉復員ノミ集曾スル モノトアルべシ︶

第十五條 定式及臨時集曾土於テ決議シタル條件ハ必ス同盟申履行スルコト

第 六 奇 恵

壷十六條組合規則確守ノ雫シテ邁り高官石二付ニケ盆金玉園ノ信認雷差出ス可シ六但五ケ壁間感収スルト警時

第十叫條

第九條販費先卜璧ク候約チ取警後爽取引上倍々儒賢慮クシ雪像警訪ソ信管失ハサル横務テ雄藩;ルモノ

トス

第十傑 同盟仲間\晶チ製法スル物品之淀→シテ輸出ノ除去之印黄チ似テ桟轟へ貼月スヘシ 、\

第十八巻 解 叫 訝

醸造物慣ノ昇降二言直組改約ノ舞阪更地へ派出スル時蒜代取締各〓範トス︵他部今芸り要員同行㌃ ︵∵Uニ︶鵬〇二

(19)

之情況二百り年働チ伸絹スル。トアルヘシ

許姦晶クヘシ︶

第十義信認金ご鱒申燵ナル者へ相常習言麿スル毛ノ去︵但砥墓参ハ琵ノ手

第三條倍寵金利子ハ線テ祀警充ル†錐車敵政ノ金警應シ賦課禁墓スルモノ去

第七欝同温・進退

竿九條組合仲間タラント欲スル⋮惣代芸へ億へシ惣代之チ同堅股へ協警ハ故障蔓於テ東急

セシメ連名簿へ調印セシムヘシ

第〓十條同乳申軍政アヮテ靡休警ナ薯ルトキ義金チ琴ルハ勿論て警叢取乱ノ毒薫撃ル

ーl於チハ容易二返決セス

第 八聾・醸

苧蒜慧ハ人巷食ノ重言蒜璧罷アルモノニ付警観望護スヘシ

管こ條慧桶之憲蒜慧誉裏芸シ前後錯攣ラサル様致置クヘシ

管三條慧三周ユル讐本郡顔出ノ石釜攣1限ル他ノ攣用ふでカラス

蕃甘四候毎年爾度㌘朋漂慧高チ調査スル竜ノ妄想調軍塞帳へ造石高チ記載シ慧人チシテ捺印⋮︶ 一

策 九 費 経

苦慮蛋ハ毎年爾度㌘朋警チ以テ異学醸造高二笠スルモノ三

第廿六條 役員給料嘗分友之如シ J

近世小京島の療抽醸造業

年給 金拾 五 蹴

同 金紗 こ 閻

︵仙・〇三︶一〇三

(20)

食サ今日甲家チ新シテ明日乙家へ傭ハルルノ弊恕テルチ以テ斯ク等級誉ル軋以ナリ

雷九仮借犬不正Eノ研箸テ放逐玉女ルトキ其理由テ物権へ罫へ姦代ハ共催所鷺晶合高へ骨ケ不正警シ

テ傭使ス、ルーナカラシュ伯嵐チ私怨或忘頗蒜因シタルトキハ此隈ニアラズ︶

第十二単′遮

第ニパ⋮⋮⋮り⋮三拾圃毒ラ孟裏ラサル達約金チ出サ

第仲﹁條 前作三園テ成分一スルモノ宥之如シ

同盟中不都合ノ所為アル十年ハ惣代ヨ基議蒜アルト警蘭悔悟二軍7サル者

伺盟仲間ヲ除名シタル者卜窃二本撃鹿ススル取引テナシタルモ′

同盟中日前乏小利二碧空ノ物曽販寧ン健康ヲ菅又組竺統′儒学失ヒクル者

弟廿八條 トス

第寸八替 第 仙 教

曾 計 掛

第廿七條 役見渡塑日常宏之如シ

但派出申臨時入暫ハ如細晶戟スぺシ而シテ各委員調寛之上祀誓紙入ル者トス

解† 章 雑

同署。於テ傭使セ〝撃糞ノ霊雪道清書毎年爾度㌘朋急こ附シ其等攣定メ常二増減セサ″モノ

︵偲常時僻穴故意ノ風チ長シ甲家二傭使前年給要図ナル蒜拾蒜成ハ宗固辞卜乙家最長相思ノ給テ

叫日 金五 拾、践

阻∵∴金五 拾 銃

年給1 金八 ︵叫〇四︶仙①四 ′ 、 璧

(21)

追 加

四 豪商若狭農事兵衛と高橋文泰衡門の契約

既に遡ドたる如く、天保常初の生産者側の組合統制も、天保六年頃に至り以前よりの大阪得意先への資鞠代金

甚しく停滞して、非常なる悲運に際禽、まさに島醤油界ば全域の危機に濁せんとしたので優るか、此の時に常

︸向偏㌃衛牒蔓ハ肛計に軍奮若秋屋軒篇︵脚農篭警撃て右停滞層代霊警五

︵脚〇五︶一〇露

近世小成鳥の衝拍醸造業

第冊二條 組合中決議ノ上翰出チ停l−:スル搾密二輪出スル者叉蓬状チクシテ輸出スルモ荷主ハ其金高拾分之〓塑甥ハニ

拾分之を方㌃慣ハシムヘシ

第肝三慄 仕切金ハ蹄港ノ日訂り四日以内二必ス荷車へ手渡スヘシ著シ暦日ヲ経過ヌル挿入劃日金高官図工付金武拾餞 \、 充礫ハシム可シ 第肝四億 湛漕中水手/好許羊やサ愈吏へ砲毛チ典へ メ.クル舟ハ就中荷物遅滞チ停止スルモノトス 前條之規則故意檜液壱ント欲スル﹁アルキハ仲間申協儲之上之チ改正スル﹁チ格へシ 右之條々確守履行スルノ詮トシテ各自異姓名チ訂シ調印スルモ′正 明治十六年二官吏軋

安 田 村

高/ 椅 以 下 官

弼 三 治

四 折 壁 名

(22)

第十八巻 第 ﹁況

︵仙〇六︶仙○声

ノ ケ年々既を以で償還の引講を懇請すると共に、若戯屋併は爾後大隊積登の醤油を全部二千にて引静けること、t

且現金取引の契駒を結んだ℃

其の約定次の一札︵〓の如く、更に小農島聾油屋朝倉せりも票数屋傘兵衛へ契約澄文、約定㌦札の寄︵≡を渡

しぁり、従つて醤油屋仲間に於ても、天保六年八月、﹁束西醤油屋中申合尊﹂︵三︶を定め、横胎よりも﹁音入中側

札之事﹂︵凸︶を差入れてみる。斯くで薯狭屋挙兵衛との契約数せ奏し、姦勢回復して文右衛門は家柴諷啓子兵作

に謀り、自らは地方子弟の教育に専念し、意を寺子屋教育に傾注したのであるが﹂弘化・琴氷・安政の年間には

文右衛門の方発を固守して島にば年々甑遷家増加し、彼は安政二年五月二十七日、八十〓威の高齢を以て此の世

を去ってゐる。

一、東西組内衆申先年点遁甘茶し醤油忠犬阪表咋積驚匿資被成候所此度相故事前方三間崖可致殴及示談約定窟之遵

﹁是迄黎油送り兜滞之分倫亦置啓之分共手前方匝付替引受二致シ別紙之邁五ケ年王制渡可申候

て帝油直殴之養ハ是造幣兼り焼直段蓉以取捌可致供尤代品物連ひ等買先ふ彼盈申轟有之時ハ外督抽二引くらへ滅失ケ

相働檻段相究督捌可数瞬然ル時ハ啓油櫓数何軍歴分有之恢共此方わ引溺置外方こ而得意へ取頸胡可致低

、噴入之衝油積撃︼而jし︵支︶出発仮称着荷女御瑛二可相成供水揚激憤後さ七盲︶出光供時ハ手前方三城可申供命亦 夏分二限らず醸造ひ痛、う等肴之時者管領御引替可被成倹約寧︼如座供尤硫茸り其船二限党建之分l蔽障有之供節モ

御引合可及中條待共克之建之分ゴ申分窄之供而も私方わ引受如何亦こも執斗可任侠

︵18︶ ︵こ 約 定−札 ㌧之 事

(23)

﹁仕牒之義密入船吹常夫々箕盗り伸明撃取舶芸人欝莞有之警荒警上ケ政孝速仕初念粕漬シ則日出

舶可溶致供

前文之過重約定少し茂笠演義竺不正之箇ぬ有禁思裳讐完成恢然ル上霊後ふ嘩二賀意を正閏笥致僻鳥

後念約儲仙札併而如仲

兄保六年末六月

叫▼泉西阻内我々共進りせ成し低額拍之義足迄寒地わ積秀驚直送り致死低所此度英詐殿電劉之上已後手元におゐて出

爽僚先着不餞御許わ碩迭可申約空相達無御座候依之其地わ是迄組内ゑ直送り之菅野油代霞琴芝分備水滞之

巽其御許芸引受別慧差隠僚経文之邁可被相渡仕儀二御座低誓書茂組内雷共蒜寄合せ雷管約定一

泡少し茂邁婆仕間繍候

∵∵常抽造り方之儀者組内蒜空中合七是迄仕残ヅ牒下空相成木申楼元牒を張込入念仕込力可致恢橋詰方之儀も遂々

吟政策等望楼芙孟買可致供待轟音分無御座候棲息度相改可申供徴昌然笠鳥放賢凪供ハ、其段承

サ可申候倫亦夏向三相成供而代呂物時候の痛等も衣之時着陸分解り夫′々わ引受英許殿わ少しむ迷惑掛ケ串間敷候光

義頭立曾之上不行届無之様御唄許可被致快事上限之掛沓御立替御薯普御計ひ可幣・傲∵

東 泊 商 屋 純 近瞳小官島の浄油鹿追業

内 御 衆 申

︵19︶

︵こ︶ 約 定 l 札 之事

若 狭 隆

牛 ︵仙〇七〓〇七 衛 欄

(24)

第寸八巻 第∵渋

/ 二〇八︶6八

﹁何問ニ界隈諸方直選亦選奨仙切他留致間数供警手形之内少も外牒歪楼船頭ね屠鶴間御故郷謂取可被下供

血、仕切直段之儀考是迄定褒東リ供現銀麒嘗以徒働被御差出約定にて御座候着艦段点諸悪りもの口踵として八升詰資

檎蒜銀三豊厘先任切彗而何級御引取相封二御座供周共役御取斗可被致供尤己来額物蓼大豆之高段下直手相成

東兜冒り直下ケ等之儀申出候節者英御許迷惑−京相成校及相野可申帳

﹁仕切銀之儀モ金子戌以荷物税登之朝顔ね相渡シ可被下瞭

金相ロモ英紆之上直嘩と相究御座快藤石其段御坂計可被致恢

﹁積麓堪頭雀彗而潰薦等致候哉毎署之儀蒜此度改約罪過堅周馬脚御座瞬間警取斗之儀そ駐而秀致間数之著

亦造園ケ間数取斗候儀於有之者塘預妃も組内周校之儀二面−鹿茸鼻面致供与相賞り可申侯待モ恩召次藤御取斗被成

候共申分無都塵廟

堵 叫、此度簡西組内熟談之上諸事中空メ相封之J引受支配問屋被致供儀こ付永世不相攣相□蒜物積送り取引可数的空

御座候得潜其御許不取斗之儀無之こおゐてモ我等予警至迄不相替取引二及可申候倍亦劉渡銀等皆野三相威儀迫荷

迭り相止メ可中林輿申儀そ瀧而申出間数候伺以攣約之儀等竜頭無御座候儀ニ険待ぞ篤御安心被下度是七相認メ置可

中晩

前番之遼東西共組内蒜盤ク中食御産俄間少シ昂進攣致間数供讐仲間之内心得攣−扁義堂人二而も建約致侯者於有 明 供て眼前之儀モ勿論後日三相□之共蒜ナ廃品成憐約写−御座振放別紙取直候其許殿ね引受玄ケ年別渡シ詑文銀違約 / 複数細波シ不被成供共親内蒜少しも申分無御座候間苺串御膠手工御飯計被成候明敏障申欄間敷依馬後詮約竺札差入

申所 加俸

︵幻︶ 讐︶ 東西療油屋申軋合審

(25)

二∵幣油此度Å大阪著痍塵義兵衛殿店迭リニ決先致銘く々他国ね加囲異教恢滞納茂来申七月迄三悪兜取立多少不足銀去相成供 共他東急度相止メ可申催事 血、滞積之竜巻東西年行司より日限相定船頭わ尊付解させ滞積入早々出船可魚致僻事 ﹁鹿替銀入用之儀茂有之恢節ハ出船之糊荷主わ悪食可数寄 一、贈下着之節船頭早々荷主わ相答ね兜贈取鹿東 叫、仲間血統之用向二伸上限数供節入用金之義日別音感霊聖相定尤此別其牢之構管概数王制月申串 ﹁醤油積入之節槽数食入相改水虫ね相渡鳥積入萬山番油並明櫓共撃−而紛れ又ハ取落シ槍低分英潮解へ∼可中等 て浄油穣入供内銘々膠手こよ少多分ハ勿論仙挺二痍二而茂問屋へ無沙汰二爾直法り致間数供詭二進上物と申侠而滞船 頭心得な普分ふ椅入敢闘敷候軍 て醤油伶呂物下分館二話方細等問屋より不足申釆僚節ハ相互二宜敷機吟味可致供連中ノ内山入鹿嫁有之候而茂惣連中 わ相應り傾放吟疎致し船頭中わ葦申開供上者積入之後大阪二而何崖分館品有之僻と蹄良次帝可中温事 血、組合中醤油破撃苑容顔決而頓入港数間綿串並三野文綺人無之舶わ横入致間数候事 ソ ー、此度約定相逮無之尤迫而加入数應もの有之依年ハ仲間入振舞料と心て金子五聞出銀可褒致殴相極供寧 宕之通璧相定供上者何事二木寄連中相決侠儀速習致間数快事崗仙不筋之者於有之者達申打寄相調之上弼筋達供者ハ早速 連中相はぶき僻事猶有様恵問屋点金子借用致僚分ハ後々借用致供ものゝ不急三相成院政取次人ニハ不拘連中Å取立返済 可籍致供有之候々相互1−達背食無之約定昏依而如件 サ 天保六年末八月 近世小直島の撃油醸造業 日 威 ⑲ ︵一〇九︶劇〇九

(26)

第 十 八 魯 第 親 \

堕 酪新 √州穂 播 炭

檜 本 屋

吉 田 屋

四 二 叫○︶仰 山○

緑 木 達

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葡 門 ⑳

忠 波・普 及口勘本′蕊磨昔野

庭 崖− 犠 由 塩 屋 崖

左 左

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次 五、 太

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耶 衛 門 r門郎 郎 郎、、衛

⑳ ⑳

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(27)

郎・⑳

考望二十軒のうち、欝還せる棒本旨次郎・新屋署左篠門じ璧裳郎の票答晶斯韓に篭軋られ

なかには丸金へ合同せられたものもある。

聡世小景島の牽抽醸造業

始 桝 ノ 藤 松 炭

新 停田 槌莱常

塩 屋ノ 塩 屋 最

若 者

大應三 助策

彦 竹島定

志 塩 屋

申 崖 市 ユi 四 市 二 鵬 こ十干 衝 荷 衛

門 七 門 門

⑳ ⑳ ⑳

那 郎 ⑳ ⑳ 郎 ⑳ 甜′⑳

(28)

五 文化末に磨ける昏油璧迫利釜の算定

︵22︶ 詰年間に於ける敵地仕込署割合について見るに、大鰹草通醸造法把於て貧富斗、小歩升斗、

∴東西醤油崖御仲間衆申

悪質糖品警雫俄羞仕切銀之儀容勿論物肯不取斗イ之誉2候得ば我々共引請各様方わ加藤介相掛申間数快

食念奥番数し置申供

組香約窄によダ横顔よ

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︼、各棟此度真阪慕露呈啓油私共御慧雫僚機相賢質蒜芸雫陵墓奉存候然ル上着御宿物町嘩二

致し管下サ随分忽す附出憎可仕低空仕切銀大阪間慧相改編叡候御荷主様方ね隣島次第早速御渡可申供伺文明

楯之儀大恢斤迭奴之晋蛮慧箕真倉せ御渡し可申候蒙雪付無廃校可任侠覆日誌富加件

天保六年八月

第寸八億 第・血 批 ︵21︶

︵四︶ 雷 入 申−、札 之 事

職 田 屋

鰻⋮

碓 園 丸

璃 屋 二 〓こ㌻叫二 郎 贈㊥

(29)

升、火二石の割合とじ、育造緑地法︵薄口︶にあつては、小墾ハ斗、大豆囲斗、塩川斗五升、水一石の比率を泉

し、右左年迫り診き搾る

を為す事は勿論であつて、唯此の外大豆の代りに大豆粕・魚肉奥の他各種の貨自質原料、小穿の代打に天変・裸

′ ︵臼︶

褒二向姶︰玉萄黍・米糖・変・甘薯・其他各磁の澱粉質原料が研究せられてゐるやうである。

い、ま文化十年頃に於ける仕込醤油の第∵攻的紙原慣を枚討するに、﹂石に.つき七十七匁六分五厘であつて、之

が牒上高僧完卜八貨介意よ基経的琵憧引ける曇十恵七分を感官るに、苧八雲警

なつて此魔に級別ハ盆の算定が可能jなるのであるが、

入と見て牽引けば、山石に観き凍り純利益三十六匁拘分が算出せられ乱。

︵一︶ 川管 油 化込 方 割 合 〆 こ 口 合 百四十∵匁七分 近世小草魚の笹油醸蓮華

∴大 豆 銀

外 〆 ヽ 小 穿 外

七 十 五 匁

六匁七分五度 八十丁寧七分・五厘 五.†五 匁 ノ 四匁九分濫厘 五十九匁九分五度 ロ セ ン ‖H セ ン ︸ 二 二千二 〓ニ

(30)

二∵盟 てー薪 合 七†七匁六升五度 ︵こ︶ 文 一、上正味 劇 石

第十入管 第 仙 汲

側石二付 七十匁八分五犀

て二番笹抽上仙石のかす典十二〆、二番血石之仕込七粕三十三〆二仕込上〓贋造し順廻シ三二度泉ほ卑

此舛 六斗六列六合

此内 〓 斗早々 引

す塾∵ 四斗⊥ハ升こハ谷 正味壁上 四斗こ升丘口血.

代銀 二.十 丁匁

外 二 劃匁八分九陸、ロセ ン

九 匁 ノ ロ セ ン

芦 二十二匁八分九厘 此町営匁七分仙石立付みつ五じ劉口ロリ六斗大刀一−入ル ク

〃⊥ニ 分 薪 代

上 、ケ

代 銀 嘗 目

匁 五 血石二伸 五地中代仙匁八分 二⊥四︶二 ∵四

(31)

近世小宴息の常油醸造醜 .列 〆 山、七 匁 二 分 合 首四十八匁八分七厘

r

差引残 四十八匁思慮 .刃﹁■ュ 狙二讐工斗一.ニ升ロロ味仙斗二刀

代 銀 †ニ匁

内 銀 外 ク 〃・ ク ク 首ニ†嵐匁七分 葵二 十九匁五分九慮 単二斗ノ内荒仕込二七列引 此正 ※ ノ・一− ̄血∴ 内 †〓竿六分温厚 三†六匁﹁四分 二

茸 匁 七 分

山 匁 二 鹿 十 ∵匁⋮四分 匁 血

二 匁 五 靡

ニ ′仙 匁 八 分 ロ セ ン

†三 匁八 分 かす十八〆四匁血 前之北込鉱一二軍傘劇劉之利息引 洩 り 利 金 袋選外諸道具いたみふろ すたゎ′に入る 槽尾ノ手間水代共

隠密シ運質

□ 大我掛∵ヮ物 ︵仰 ご聖二ふ肯

(32)

も 備考±︶※印〆引乳残っての謂叙は、夫々訂出の基となる数字よク繰下の数字を差引牒たかものを示す。例へば、 土管油、こ番醤油、かす等仙切を含めての線韓慣甘四十入匁八分七厘より大阪掛り物†仙女四分、税窒サ運賃五 匁七分、楢屋の手間水代二匁、すたりに入れる鵬匁、袋英他諮儀典のい宜みゑろこ匁五厨、其他劇匁二度の管用 計二十三匁仙分七厘を差引けば、首二十吏匁七分となク。死に、二心に庇いての第仙次的原慣七十七匁六分玉屋 とばらみ合せて之を差引けば四†八匁五度の政利益が算定される。

三︶ 蒜常拍の琵慣官C九匁三番醤油の純利協完匁五分九涙、優り常油十三匁八分、かす七竺分の合

計は首四十九匁草分九原となって、前掲の首班十八匁八分七塵とは七分二辟の誤差を見るのであるが、此の粘此

の釜の所秋雲慧三郎氏と藷の灘智慧るも要に確たる経論に應到達し誓い。恐ら㌃、原帳簿方

の計算遽ひに非ずやと恩はれる。 誼 ︵一あ常油仕込方割合に於ける合て七十七匁六分立厘竺石分原料の第⋮吹的絶原償と見られる。即ちヾ大豆及び 小蓼二石分の合計際償が官四†叩匁七分となり、其の平均七十匁八分五度に媚代五匁及び薪代忘八分を附加して 七十七匁六分改暦とせるも紆である。而して子細に検討するとき、大一息及び小蓼に就いては大々︵文相∵口鰻九パー セン、寸を計上してゐるが、三︶の褒上の場合に観いでも、犬晶猫の系列に九パーセ㌃の口銭を計卜してゐるか ら全工程を同仙の醸達家に於て経懲するとせば、其の利益は最終に計上やる三十六匁四分より温かに大度るものと な聖強かくの如き藤合に於て恐らくは自己資本であらうと考へちれるものを、他人資本と見て十叫匁六分正座の 利子計上を悠せる如きは、今日故が囲の脱供計算に於て虻為さゞる所であゎ、新嘗帳簿の比較研究に極めて興味深 きものと思はれる.。 / 第十八巻 鱒二て就 ハ血 二ハ︶﹁〓ハ

(33)

︵24︶、 小島郵恕薩よるとー島醤油の主な名販路亮太阪・納戸・靡鳥・琴土竿伊操及び九州√朝鮮でぁつて、島醤

油金額の四分は大阪、二分は沖戸、蒜は贋島、∴部は土佐J仰後に残飯の蒜は九州及び海外に移出せられた

とするのであるが、い嘉穂璽著∵菟十藁票月晋㌣豊﹂︵謂蒜︶に接ぷ、落琵年間、周年

街門胎、紳徳丸︵離別配︶などによつて江戸昆遠景蒜が纂遺賢れるり即ち、同年若廿。には壕

印慧江戸行革、七月豊沼活写と㌢て軒帳簿窟米

今順次大阪﹂窮鳥。土隼九州各方面への販路開拓について述べる。

︵こ大敗方向 大阪方面へは既に天保年間より移出せられたと上ろで掛るが、取引の旺藤となれるは明治灘

薪後−特に明治十一年小貫島柴久敢の設置以後の寄で熱海。この東大阪薗油滴仲間には位柴組あり、紳戸には繭

/ 佐倉あり、共に小計島柴久敢と取引を残し、島僚油の塵慣は頓に高まつたと謂はれ、薬久計に非加入の袈遭元は/

外聴員と榊へられ概賠及び取引兜せ異にし異端視されてゐたり

︵こ︶ 蘭島方酎 此の方面は従来素塊這迭胎の澱航に際し∵少数の醤油を碩入れ音戸港附近にT販賛し.更に

梢島方面へ疎放せられたるものである寮、相見るべきものあるに至ったのは典久耽が阪紳方面と取引協▼定後であ

って∵然も製造元と奴安着の随意放引S程度に止まれ、大甫元年十酬月、此の地方との取引を碇蟹なら七めん焉

近世小豆島の笹油艶麗策

大 小豊島醤油の販路と其の開拓

︵仙 丁七︶〓七

(34)

め、.窮鳥及奥地方取引細係潜説こ丸とせる勘箇禽を組織したが、十分なる効娯を奉げ得なかった。

ハ三︶ 土佐方南 土佐方面は、明治十二年柴久眈と高知醤油組合とが取引せるに始まゎ、爾来盛んに淑引せら

れた

而七し、明治川十年頃には再び取引数を増加するに至り、四十充血二月には腰費上の弊習を時宜せんとしで土佐

地方取引関係者一国となつて進薬包を組織し取引上の流山を個った。

︵四︶ 九州方面 高橋家文書、文化十四年﹁皆油暁﹂に虎へば、既に此の頃、島原へ璃を積送し、肥後大豆を

購入せしあとが見られ、.同帳簿に墜二月甘二日﹂互恵・妙法りな甘の項浄も見あれる。而して此の方面は、明治初

年以後となつて素地稗迭に便乗tて少数の啓油を迭つねのであるか、汽他の航海頻繁と写るに従って、和紙の往

来減じ丁為に濱の販路境頗の慧買得なかったが、′大正摩問に至り門司及び別府軋支店を設く唱に黍つた。

元水、醤油の簡耕代金に就ては﹂往々其の回収延滞じ頗る困髄なる状態に陥りがちのものやあるが、小豆島簡

約組合に於ては他願に廃盤して・其の取引数汲も頻繁なる神戸及び大阪両苗た、前者は大iE州年四月∵Rlに、筏者

は同年五月ごり鱒、替地飯塵取締閉む設直し、荷横取締の方法を講ずるに至つたりい塵其の取締の方法に就いて

述べんに、代金の受渡は荷渡後十五日以内.とし、約束手形飯川や璧蒜荷渡後六十日以内の決済を許し之を過ぐ

る者には爾後の荷法りを停止した?而し七組合員より/は潤荷の都度之凌組合へ坤唐し、助走臍の上は更に其旨屈

取る寄とした。取締所閃時の効凝に就ては﹂其後可成り取引状態が改普されれか、欧州戦後の不況と従来の曹習

第十八懸 欝 血 戟 ︵劇 ∵<︶㌻︷八

(35)

慣去り経きため猿1・一部不履行のものも生骨た。然し潅がら、取締の勒行に1つれて販密着側に於てや⊥時に多数

の商品を注文す、る番なく所要数量を順次要求するに至り、其の遅速虎ついても時せの進歩に仲ひ、帆胎より磯城

蜜許せられる如く、幕末には既に九州方面へ移出して時々の飴裕堅不してゐたのでぁる。

虔質の醤油を髄造するために何ょりも喫緊なる筍は、良き原料の確保である。高橋和三郎氏も其の稀本∴︼小豆

島醤油元組誌↑躍氏の骨組父橋本屋文右衛の審鮭を述べ﹃舵機所産者有腰有琴業琴琴等氷見特良質激花崗石山下

着良水何物可以得利用之材夙夜講究﹄と謂はれる如く、安田にぬ良質の水源地あ少、墟も亦次の仕切賓に採って

胎とな少、遠敷往復も間断なく街はれる事となつた。

_ 丁隼京場内濾攣二宮五拾俵 九 匁 替 代六拾文鎮三賞官五拾目 近世小豆島の醤油醸造業

内 首式拾六匁

資匁 八 分

賦拾∴斌 匁

七 綺

ノ切 上 切 道 上 筍.手 口 質/繰、銃 語 ︷則 ﹁九︶仙 劃九

(36)

蒼び吏佐就ては以上の如くで雪が、更に大豆及び穿に警は、東歪朝簸ける増産につと瀾、歪の分

は明細丸・低音丸・磯五郎船遠雷丸・大黒丸・長久丸・下村桝屋舵・衆力丸・忠人舷・長久塊新七・辰晶舵

等の紡踵によつて響⋮と交換に原料を持躍れるものせ思はれる。大豆など変化十四年にぼ鳥原より肥後大豆を購

明よ紳 丸..

助 殿

高橋和三郎氏の所見セは己三月六日の\己は寛政九年である﹂とされる。猶明神丸は乱羽馬水の贈であ㌫が、今日の

贈乗伸商にも巌て呼ばれる如く、明神丸を姓の如くし、明紳丸兵助と富つたので掛らう、ぐ

残 而 大給文践武貰九首八拾四匁試分

有之混代銃麓相液相野

申上供以上

第十八巻 第 γ教

拾 六 匁

〆∵百六拾五匁八分 弓

己二 月六日

疲 †\六匁分引 筑前い⊥屋 忠 ︵〓山○︶二山○

(37)

︵26︶ ︵25︶

入せるあとが見え、更に攻政六年には島内に於て安穿を試作してゐる。安穿を使へぇ例は、次の文政五年花月十

九㌣夢十二射簑警羞やととあ払底ょつても骨かれ、よう。凄か計於ける橋本屋︵絹詑︶の議蒜

の仕込は宙三十七石三斗であるが、二十四回に立つそ仕込まれてゐる。

の如くである。

蛋苦言宣言萎l掌喜讐仕込臣

同∵四同 同 同

同 寸一日

同 ′止−二 日

同 廿 日

同 廿 二 日

五月†七 日

何 十九日

近世小官鱒の常油醸造業 月 八 日 九 ′ 日

十七日

十九 日 四 日 茄 日 五 七 玉 石 二 七 石 四 四 石′ヒ 七 四石 二 五 / 玉 石 二 王 五

七 石ニー斗

石 石 斗 斗 石 斗 石 斗 石 石 十 十十九 八 七 六 方 四 三 ニ.初 避 退、遥 遠 造 造 避 退避 退 遭 遇 大議地 ル雰地及珊石 大豆地 爪容聞及明石 犬帯地 小容地闇渉大和田歩赤石二歩 同 国 何 問 司 同 何 問 岡 田 同 矧 阿 面 大瑠地 、 小歩こ石二卦安歩三斗ナめし ︵〓ヤご一二則

其の内繹、仕込時期及び顔料を示せば次

(38)

八姦門.萬屋蕾助・豊惣兵街1義賊等苦り妄田蒜戒、肥土山︵顆鐸如︶に松屋藤右街門、姦屋に至

邸土之庄に備前屋雷兵衛・下津屋洋治郎・墟屋寧兵衛・五平次等があ少、更に伊蕃末に潜鹿屋二面、池周に藤

昇助次郎二此花に桟痘衛門1坂乎Ⅵ住吉丸ヰ音・住吉鬼平五郎・観音丸忠三郎1勝越正和糸屋利右衛門等の名が

見える。.既に此の頃に於ける島内昏油礎進発の殿盛さが窺はれる。天保三年頃に廉ける簡油の倍格はと見るに、

い恵高橋家文書、文政六年﹁轡胸板﹂

罫 月 廿、九日 ふハ 牒 三′ 日

周 十二日

八 月 十 日

同け 十一日

同 廿六日

由 廿七日

九 ′月 六 日 同

同一廿 日

同 廿 ∵日

.﹁ 月 山 首

解十八巻∵第∵獣

四 七 七 三 h・. 五 七 三 六 五 六 石 七 六 石 三 石 西 石∴一 石 由 石 四

に掠って、血・の頃に於ける儀本屋の得意偲に放で見るに∵相田には萬屋

H﹁ 石 斗 斗 石 石 ﹂. 石 石 石 ︰十 † 三造

十四遣

寸五 滝

寸六邁

†七造

† 八 遣

十九造

廿 遺

骨 丁定誓 廿 二 遺 骨 tニ遺 骨四∴遣 簑買八芸 大豆龍 爪歩地 問 伺 り可 同 阿 国 同 へ以下記浜セス︶ ︵〓〓一︶〓〓血

(39)

極上醤油にて・五味七澄の分∵澄升に就き銀八分七重蕊才であ旦武者儲油バ現銀安の場合は璧升に就き荘分七

撼八栗才

る如く、常時に於ける貸倒れ、利子観念の明確jが親扱譲れる。

現琴粕 六匁三分五度賃

辰十一月五日横初

醤油の醸造版東に於て貸倒れがいかに問題となり瞥戒されたかは、夷保六年若狭屋牛兵衛占高橋文右衛門の契

約に於て如賓に親政された所であるが、企党運営借用金の利子も亦、第五項に示せる如く、筒別の頬造利益算

に計慮に入れられたところである。斯く幕末に於ける小豆島の哲油醸造界は、天保の危横を髄験する事止せり、

︵盤︶ 覚

一極 上 帝 油

∵ 同 現組頭血 ﹁同 劇 賦 番 額 油/ 一同 現銀資之都 側 ∴霞 印 上 近故小豆島の常油醸造業

五升成合 漁 賦升八合四匂

正味七萱ノ脅 正味七〇ノ分 正味六九ノ分 蟹汁一︼伊 銀八分七奄五オ 費升−−付 入分七厘五毛 唐升三村 外分大底試毛玉オ 登升三相 六∵云”∵革 登升千舟 虫分七厘八竜六オ 〆 ︵〓二ニ︶ユニ三

(40)

伺. 萎

す る 第† 八巻

事なく寧ろ

る 常 一

第三項

新 詳

諭せ

業 の る ヽ 如 く と 、 立

甘r’ 山 年 に り 柴 久 計

な 増 る さ 醸 造

を ぼ

、 (

西)

一 二

結醤油伺柴合

を 馬

髄の礎 パ 一

大正四年度

小豆島督油製造同業組合\成徳 五、五〓九 組合数決許裾 轡 澗 製 漁 村N

石 山四二、〇八四

円 こ、四﹂五、四二八

岡 澤 絡

人 側〇四

(41)

︷竃︺ ︵1︶ 和漢三オ固曾、官滋、 ハ2︶ 古肇頬苑﹁飲食部﹂八三六可恵○束 近世小豆島の衝油餞造築 同 同 同 同 同 同 同 同 昭 同 同 同 憫 rT一ク 十 二 ク †三 ク 十 四 ク

和元 ク

二 〃 十九 八 七 六 五 五 四 三 クノク ク ク 通観 五﹂八三仙 八、九七二 〓、〇八八 〓ハ、四六六 仙九、七三〇 三﹁八七山 二五、劇二八 こ﹁四木三 二二﹂四三四 二四、二二六 こ四、ニュハ ニ六、七九丁 四三、四五七 四〇、二七五 三九、〓七 一二六、五〇〇 一山三、五四七 劇五二、八±大 棚九五、劇〇六 血五九、七九四 土○瓦、叫七九 山八九、〇四四 山入九、六六六 二一山八1七三〇 二/劇九、七二ハ ニ二四﹂○掴三 二四六、七二四 二七三、九託○ 二六九、五入入 二七七、七五四 こ、小五〇﹂茄00 鱒二〇五、八五九 閂三〇二、七山五 入、〇九六、八九九 五、閤八〇、九三四 六、九三九、〇五〇 六、〇六八、三、二脚 六、〇八八、〓七八 七、二脚八、〇九〇 七、六四六J 二ハ 竜、四一五、八二三 八、.二ハ六、五六四 九、二五九、五仙〇 八、五七二、入九八 七︵七七七、山 仙こ ︵∵二五︶山二五

九九九九 九九九一九九九九九九

○三四ニニ亭0 0ニニ 四声八

(42)

︵7︶ ︵8︶ ︷9︶/ ︵10︶ ︵〓︶ ︵6︶ ・︵5︶

第十八替 第 仙 兢

同上、八重ハ克と八四〇革

小野博士﹁近世地方経済史料﹂第咄巻四七九頁 辟野博士﹁最新醤油味噂馳走法﹂五五九月 高橋家文昏、資料副本欝四監 同 上、資料副本第三既 番抽の支那よぅの俸兼に就ては、相野博士は其の醸蓮的見地から次の如く述べるQ

買那では、周の時代か、ら打撃をつたと云ふことで空から、裳の哲油量那から警もので慧らしい。即

ち、嘉の啓抽の菅方が︰今日蒜の菅方と大同小異であるから、最初支那から莞した時には、溜の如巻

形式であつ竃のが、大富鞄窟放し易く、溜となっても窓奥を伸び易い㌧ので、其の後段々改良されて、奔の

如きもの考浪合し㌃、製鞄を容易法らしめた結果、今日の如姦拍に芳したもので′誓と掌る。今日で晶

、、、、、、′、、1 1 1、1 1 1、 1 1 ←1 1 1 ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ?軍産地以外の信州又は東北地膚於て、最上啓油の事晶と構するが如肇は、此の慧拘息を物語るものであ 、ヽ、ヽヽ

ると思はれる。﹄︵同博士著﹁厨新醤油味吟醸走法﹂七杢

更に相野博士は′、固着、同賞に本都督抽の起源に就て﹃足利義時の頃即芙永年間に、京都で初めて彗た﹄と

謂はれる。其他日本経済史尉典、上巻八三二真協署。

大赦嘉古本財政篤農﹂警、六警御警、芙﹂には、享保十妄丙午四月、既に薗藷温の攣

酒じ水油・魚油・綾錦義紬養新嘉紬・兼→妹瘡∵塵感・下蝋燭“紙の諾音義富商のう美人れ

られてをク、醤油問屋が認定されてゐる。

高橋家文苔

︵ご二ハ︶二二ハ

(43)

︵12︶ ∴∵ ︵14︶ ・︵15︶ ∧16︶ ・八け︺ 近世小豆島の帝油醸造業

上、資料副本策八狭

小鼠郡誌、山ハ四三只

同 上、六五二見

同一、上、六室二束

高棒家文番、資料副本第九渋

此の時、明竿六等月言の冨十嘉の島内慧慧商に就て竺衆久杜同盟申合規則﹄十芸以下視警

れてゐるから燐誓いと鱒ず次に記して見るぷち、吉相京橋讐治・高賃率・城仁苧雷萱ハ・杉

野葦・賢寅撃高松武重歪興太郎・高給恩威・山本彗甲纂衝撃川西1専炭山寧ふ坂蜜

五郎り鳥望嘉︵休軍馬裳草雷撃那・林松藤・高酪吏奴・蛮菊攣開田太響㌧宗莞郎⊇之

庄村︵森契書簡羽村忘芸大即・雫仁平・坂下中立郎・島松警部立木讐・木下鹿女融・木下英太

郎・翠鳥並樹∵左由虚慮・雫芙郎・木下佐苧奪彗郎嘉島ヤ富久八こ護七宗豪富蒜

雫望甲山墨二郎・雫笑野驚機三郎ノ品藍三郎り片望苧雫望郎l・絵本五撃︶、音江村

︵志輿き、蜜柑︵穿七郎︶贋瀬茂寧・校倉仁三郎︶・墓相︵算庄三郎∴垂月彦次郎・鷺仁芸・芽伊

十郎・算源吾、田浦柑︵巣鴨字七上腕放て片城柑︵山本鱒音忘上村人藤本鸞・望空野山電代苧空

町鋼苧1休業、成儲慧姦策、姦兵三郎“中質苧欝琴大椅市琴大倉春級1承麗、成慧苧

休業、申醸庄赦−休幾、萩治平→大川亘︶、苗︵鼻翼二郎い中田竺甲悪霊郎∵蔑九重悪竺

郎・池田藤苧三好姦・岡田文四郎−慧1山崎琴岡村嘉恵1底塊、松山文三郎1休業、聞嵐十郎・八木 驚︶、琵︵水野金ヤ松盟ハ宗・藁軍丸鮭作並郡イ廃藩、松田源率矢形金入夫形笑那小紋田 ︵山こ七︶山二七

(44)

文次郎・県鳥書七・山本松撃高椅慧小松杓久四郎・藷卯之松“是ね久主如→ふ遂、田中長五郎︶、浦野付

蒜口璽申八木義治︶、ニ雷︵武部新→郎︶1油田村︵平完膚・岡田文ヤ毘望郎・蒲生柑︵問罪庄

左・周猟女八郎・中塚藤太郎︶、大部柑︵班婁五郎・宮西歪郡・J野鶴畜・竹内藤ヤ弛西多三郎山鳥田源披

川崎山琴森本賢・川崎霊郎・川崎帝王郎小棒讐五平英警・田富干改名井出善次郎ハ英孫次郎・

大森芸・小山代撃玉川望郎ふ口莞郎・小部抒房膝姦・西村大串山本望郎・舛田久平・西細

萱郎ニュ掌次郎・禁書︶′、雷牲︵常貰き、欝相室木但面相基準莞叉ギ益琴、着床

嘗・山慧太郎・暮久太郎︶・合計首四拾慧。雷追加、苗羽村︵鎖治竿郎じ富停九離︶池田村㈹由計

撃馬越村︵望銀轡讐慧T︶∴丘柑︵望倉宗︶遠ノ宮村︵森突︶∴長濱村︵高椅禦郎︶。

︵18︶︵19︶︵讐︵引︶︵讐山高繚家交替 ︵23︶ 栂野博士﹁最新督抽疎略穣追放﹂五七異 へ封︶ 小豆郡諒、.六四玉東 ︵讐高檜家文聾、文化†四年﹁醤油帳﹂ ︵讐 伺

上、文政六年一瞥浦幌﹂

蓑︶︵軍︶高橋家文替 ︵空 曹州隊商工水産課編、商工奨覧二六月 ︵警変異郡記東二暦編、二重︼衰

︵附垂本研究に就いて、替川願醤油工策組高富、三歪衝氏及び高夢二郎氏よ基料貸輿止っい遠大な為→

援助を添うした。好く御躇を申上げねばならぬ。

弟十八巻 第 叫 股

︵〓山八二二八

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