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全文

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 ベルギーでは,1830年の建国以来,北部のオ ランダ語系住民と南部のフランス語系住民のあ いだの対立が国を揺るがし続けてきた。単一国 家として誕生したベルギー王国が,憲法改正を 重ね,1993年についには連邦制国家へと移行し たのも,言語を異にする二民族間の対立が原因 である。そして現在,北部フランデレン地域に おいて,さらなる自治拡大の要求が強まり,連 邦からの分離独立を求める声が上がっている。 これまで制度上の妥協や工夫を重ねることに よって平和裏の共存が図られてきたこの国で, もはや「独立」という言葉はタブーではなく なったのだ。2006年12月には,フランス語圏の 公共テレビ RTBF が「フランデレンが一方的な 独立を宣言した」という架空のニュースを流 し,市民が一時パニック状態に陥るという事態 が発生した1 。この前代未聞の珍事は,冗談と して受け取るにはあまりに深刻な,この国の亀 裂の深さを内外に悟らせることとなった。さら に,2007年6月の総選挙の後には6ヶ月にもわ たって連立政権が成立せず,国家はまさに存続 の危機に直面しているのである。  本稿では,このようなベルギーの危機的状況 において,その危機の根幹をなす言語問題に焦 点を当てる。言語による対立の経緯を歴史的に 概観することからはじめ,国民の言語習得や学 校での言語教育制度についてその現状と問題点 を明らかにしたい。地域間の相互理解のために 言語教育が果たすべき役割と可能性とは何であ ろうか。 1.多言語国家ベルギーの現状と歴史 1.1.言語分布と国家の仕組み  西ヨーロッパのほぼ中央に位置するベルギー は,ゲルマン・ラテン両民族が接する地域であ る。北部のフランデレン地域2 にはオランダ語 (およびその方言)を話すゲルマン系の人々, 南部のワロニー地域3 にはフランス語(および その方言)を話すラテン系の人々が多く暮らし ている。フランデレンとワロンを南北に分かつ 言語境界線は,ローマ帝国へのゲルマン民族侵 入の結果,紀元5世紀頃に生まれたものが,ほ ぼそのままの状態で現在に至っていると言われ ている4 。そしてこのフランデレン人とワロン 人の間の言語・文化的な対立が,ベルギーとい う国の歴史を動かしてきたのである。  ベルギーの約1050万人にのぼる人口の言語別 内訳は,オランダ語が56%,フランス語が38%, ドイツ語が0.4%,他の欧州言語4%,その他 2%となっている5 。図1に見えるように,北 部のオランダ語と南部のフランス語とが国をほ ぼ二分している6 が,東部にはドイツ語圏地域 も存在する。これは,第一次大戦後のヴェルサ 【特集 危機における思想・文化】

多言語国家ベルギーの危機と言語教育

小 松 祐 子

世界民族問題事典(2002 年 , 平凡社)p.1030 図1 ベルギーの言語地図

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イユ条約でドイツからベルギーへ割譲された地 域である7 。首都ブリュッセルは北部フランデ レ ン 地 域 に 位 置 す る が,約100万 人 の 住 民 の 90%はフランス語話者である。ブリュッセル首 都地域は,法的には仏・蘭二言語併用地域とさ れており,道路標識や商店の看板をはじめ,あ ら ゆ る 表 示 は 二 言 語 で な さ れ る。最 近 の ブ リュッセルには,欧州連合など国際機関関係者 やマグレブ,アフリカ諸国からの移民が増加し ており,住民の多言語化が進んでいると言われ る8  この国はこれまで,言語問題を反映した複雑 な政治機構を作り出してきた。1970年以降だけ で五度の改革を重ね,1993年からは立憲君主国 でありながら連邦国家であるという稀な政治体 制をとっている。連邦政府の下に,主に政治・ 経済を所管する3つの地域圏政府―フランデレ ン,ワロニー,ブリュッセル首都―と,主に教 育・文化を所管する3つの共同体政府―フラン ス語圏,オランダ語圏,ドイツ語圏―とが分立 している。フランデレン地域圏政府とオランダ 語圏政府とは領域が重なるため,両者共通の政 府となっている。連邦政府を含めると計6つの 政府があるというから驚異である。  憲法には公用語は明記されていない。憲法第 189条に,「憲法の法文はフランス語,オランダ 語,ドイツ語で作成される」とあることから, これら三言語が公用語の扱いを受けることがわ かる。しかし,ベルギーは国家としては多言語 の国であるが,地域レベルでは基本的には一言 語主義であるという点に注意をしなくてはなら ない。憲法第4条には「ベルギーには4つの言 語地域がある」とある。この4つの言語地域と は,フランス語言語地域,オランダ語言語地域, ブリュッセル首都圏二言語地域,ドイツ語言語 地域である。ブリュッセル首都圏二言語地域を のぞき,3つの言語地域では地域ごとに一つの 言 語 を 使 用 す る「領 域 性 原 理 principe de la territorialité」がとられている9  ベルギーでは,数多くの言語法によって,公 的文書作成や行政サービスに使用すべき言語, 少数者保護のための特別制度が,事細かく定め られている。網の目のように張り巡らされたこ れらの「言語法の整備こそが国家存続の要で あった10 」と言われるほどである。 1.2.フランス語による支配とオランダ語復権 運動(19世紀)  次に複雑な政治制度を生み出してきたこの国 の歴史的な経緯を整理してみよう。  欧州の中心に位置し,商交易が盛んで豊かな この一帯は,5世紀以降,フランス,オースト リア,スペインといった列強によって次々に支 配を受けた。列強の緩衝地帯としてオランダ (ネーデルラント王国)から中立国としての独 立を認められたのは,1830年であり,比較的新 しい国家である。そして国家誕生の瞬間から, この国は言語問題という火種を抱えてきた。  1831年のベルギー憲法は,第28条に使用言語 の自由を謳っていたが,実際はこの憲法自体が フランス語で書かれており,国の実質的な公用 語はフランス語となった。フランス語は,議 会,政府,行政,司法,軍隊において使用され た。その理由として以下を挙げることができ る。1)独立の指導者層はすべてフランス語話 者であり,フランスの市民革命(7月革命)の 影響を受けていた。2)オランダから独立した という経緯から,オランダの影響力を排除する ことが望まれた。3)当時はフランス語が権威 ある国際語であり,他の言語に優越すると考え られていた。またフランス語は17世紀からアカ デミー・フランセーズによる言語整備が進んで いた。4)一方,オランダ語の標準語化は進ん でおらず,方言差が激しかった。5)さらに, オランダに支配される前のベルギーはフランス の支配下にあった(1795−1815)ため,フラン ス語による統治の基盤ができていたとも考えら れる。  建国時のベルギーは,フランスにならい,国 王を中心とし,フランス語を基盤とした近代国 民国家の建設を目指した。では,なぜフランデ レンの人々はベルギー独立に参加したのか。こ れは,主に宗教的な理由によって説明される。 オランダは新教国であったが,フランデレンの

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人々は旧教徒であり,当時は宗派の違いのほう が言語の差に勝ったのである。  独立後は,鉄鋼,石炭の資源を有するワロ ニー地域が,産業革命を経験し国の牽引役とな り,独立の立役者であったワロン人たちが国の 要職を占めた。フランデレン地域においても, 政治的社会的エリート階級はフランス語を話 し,オランダ語は中下層階級の話し言葉であっ た。「フランス語は客間で,オランダ語は台所 で11 」と言われるほど,社会的な言語差別は激し く,オランダ語系住民らは数のうえではマジョ リティであったにもかからず,社会生活におい て不利益を蒙った。  やがて,抑圧されたオランダ語系住民の間 に,文化的・社会的な要求が高まっていく。19 世紀後半には,フランデレンの言語文化の地位 向上を求める地域主義的な社会運動(フランデ レン運動またはフラームス運動)が広がった。 オランダ語系住民が裁判の内容を一言も理解で きぬままフランス語で死刑を宣告され,処刑後 無実が判明するという事件も起こり,オランダ 語系住民の言語権の要求は高まる一方であっ た12  その後,オランダ語を使用する権利が次第に 法的に認められるようになる。1878年には行政 で,1883年には教育でオランダ語の使用が認め られた。さらに,1893年の普通選挙法成立によ り,人口で多数を占めるフランデレン人たちが 議会で議席を獲得する。その結果,1898年に, ついにオランダ語はフランス語と同じ国の公用 語としての地位を認められるに至った。  しかし当時のフランデレンではオランダ語の 標準語化が進んでいなかった(東部と西部とで は同じオランダ語系の言語であっても意思の疎 通が難しかった)ことや,フランデレン地域と ワロニー地域の圧倒的な経済格差を背景に,こ の平等は象徴的意味しか持たず,フランス語は 依然として優位を保った。たとえば軍隊では依 然フランス語により上官の命令が下された。こ のため兵士らは命令を理解できず,第一次大戦 では深刻な問題を引き起こした。 1.3.地域別一言語主義の追求,さらには連邦 制へ(20世紀)  19世紀末にフランス語とならびオランダ語が 国の公用語として認められたが,この二言語主 義は失敗に終わった。なぜなら,市民生活にお けるフランス語の優位は続き,ワロン人がオラ ンダ語に関心を示すことはなく,フランデレン 人だけが二言語主義の負担を強いられたからで ある。教育に関しては,子供の将来を考えてフ ランス語で教育を受けさせようとする親が多 く,フランデレン人のフランス語への切り替え が続いていた。  一方,なかなか標準語化が進まなかったフラ ンデレン語の問題については,20世紀初頭に隣 国オランダの標準オランダ語を採用することに よって,言語的な基盤が固められた。この結 果,1930年代に成立した一連の言語法により, 教育(1932),行政(1932),司法(1935),軍隊 (1938)の分野で「領域性の原理」,つまり地域 別一言語主義が適用されるに至った。それまで は二言語の平等を謳いながらも,実際の使用言 語選択は個人の自由に任されていたのが,この 原理を導入することにより,各地域ではそれぞ れの言語を使用することが義務となった13 。教 育においても,両親が子供の教育言語を選択す る余地はなくなり,フランス語への切り替えに ストップがかけられた。高等教育のオランダ語 化も1930年にようやく実現し,それまでフラン ス語で行われていたヘント大学の教育がオラン ダ語で行われるようになった。  第二次世界大戦後は,ワロニー地域を栄えさ せてきた重工業が斜陽化する一方,フランデレ ン地域には先端的な産業が発達し,ワロン人と フランデレン人の経済力が完全に逆転すること となった。1960年代には両者の対立が一段と激 化していった。1963年に言語境界線を法的に固 定するための言語法(ジルソン法)が制定され, 30年代に制定された一連の言語法による「領域 性の原理」がさらに強化された。ジルソン法に より,ベルギーは4つの言語地域に分割され た。また,1968年には,15世紀から存在する伝 統あるルーヴァン大学がオランダ語部門とフラ

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ンス語部門の二つに分裂し,フランス語部門は ワロニーの地へと移転した。教育言語の地域化 は,初等教育から高等教育に至るまで徹底して 行われたのである。  その後は,地域の自律化が進み,60−70年代 には伝統三政党の言語別分裂と地域言語政党の 勃興によって,地域分離化に拍車がかかること となる。1970年の憲法改正を皮切りに数次にわ たる国家再編を経て,1993年の憲法改正によっ てベルギーは正式に「共同体と地域圏からなる 連邦国家」となった。 1.4.国家存続の危機  今日では,ワロニー地域の失業率はフランデ レン地域の2倍に上り,両者の経済格差は広が る一方である。フランデレンの人々は,自分た ちの稼ぎが吸い上げられ,ワロン人たちへ社会 保障費として振舞われていると考え,強い不満 を持っている。南北の分離を望む声は今やフラ ンデレンでは珍しくなく,北部独立をとなえる 極右政党フラームス・ベラング(旧フラームス・ ブロック)が選挙得票数を伸ばし,存在感を増 している。  2007年6月の総選挙で,南北地域間の連帯を 訴えた連立政権の与党各党が敗北を喫した。一 方,躍進したのが,保守系野党のキリスト教民 主フランドル党である。同党は,フランデレン の利益を優先し,地域の権限拡大(一部の課税 権と社会保険運営を連邦から地域に移管する 等)を主張している。ところが,選挙後,この キリスト教民主フランドル党党首イヴ・ルテル ムは,7月,10月と二度にわたり組閣を試みる が失敗する。連立政権を作るための交渉は,ワ ロン側の反発に遭い決裂した(連邦政府では閣 僚の言語別割当て人数が決められており連立を 要する)。このため6ヶ月間にわたり連邦政府 不在の状態が続くという,異常事態となったの である。事態解決のため,国王は6月の選挙で 敗北したフェルホフスタット前首相に組閣担当 を命じ,ようやく12月に3月までの期限付き暫 定政権が発足した。が,今後の展開は予断を許 さない。ベルギー連邦の存続を望む市民(主に フランス語系)は,デモ行進や署名活動を行い, 家々の窓にベルギー国旗を掲揚し連帯を訴えて いる。  ここまで,多言語国家ベルギーが辿ってきた 道のりを紹介した。現在ではフランデレンとワ ロンの経済格差が,両者の対立を激化させる主 な原因となっていることは否めない。しかし議 論の根底に絶えず存在するのは,両者の言語的 文化的な対立である。この国に,国家連帯の基 盤となるべき言語文化アイデンティティの共有 がない,ということが問題なのである。そこで 以下にはこの国の最近の言語状況を詳しく見る こととする。 2.ベルギー人の言語能力 2.1.フランデレン人の不満:「オランダ語を学 ばないワロン人」  言語問題に悩まされ続けてきた多言語国家ベ ルギーにおいて,人々はどのように他者の言語 を学んでいるのか。この問いに対し,しばしば 指摘されるのが,フランデレン人とワロン人の あいだの言語能力格差である。  19世紀から20世紀初頭にかけて,この国の二 言語主義が失敗に終わったことは上述したが, 当時の不平等な状態は現在でも続いていると考 えられている。フランデレン人らは,自分たち だけがフランス語を学び,ワロン人がオランダ 語を学ぼうとしないことに不満を募らせている のである。たとえば,次期首相候補者のイヴ・ ルテルムがフランスの新聞 Libération のインタ ビューで語った次のような発言は,フランデレ ン人らの率直な意見を代弁したものと考えられ る。「ベルギーはオランダ語を抑圧し,言語と して認めてこなかった。フランス語系の指導者 たち,国王までもが,オランダ語を流暢には話 せない。(中略)フランス語系の人々は新しい現 実に適応するべきだ。しかし彼らはオランダ語 を学ぶ知的状態にはないらしい14 。」  また最近では,ミス・ベルギーに選ばれたフ ランス語系の女性がステージ上でオランダ語の 質問に答えられず,観客から大ブーイングを浴

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びたことが広く報道された15 。コンテストはフ ランデレン地域の都市アントウェルペンで行わ れていた(なおこの都市はとくに極右政党支持 率が高いことで知られている)。これもオラン ダ語系住民の不満を表す象徴的な出来事であっ た。 2.2.ベルギー人の言語実態に関するデータ  ベルギー国内では1947年の国勢調査以来,住 民の言語実態に関して,信頼できるデータが長 く存在しなかった。この背景には言語境界線の 設定に関わる問題があった。1947年の国勢調査 の結果,フランデレンの人々に不利な言語境界 線変更が行われたため,フランデレン人らはそ の 後 の 国 勢 調 査 を ボ イ コ ッ ト し た の で あ っ た16 。その後,言語に関する調査はこの国にお いてはタブーとされてきた。  しかし最近では,信頼できるデータとして, 欧州委員会によるヨーロッパ人の多言語実態に ついての調査報告書 Eurobaromètre(2001年版お よび2005年版)がある17 。この調査結果をもと に,ベルギー人の言語能力に関する数字を割り 出す作業が何人かの研究者によって行われてお り18 ,いずれもフランス語系住民のオランダ語 理解が足りないことを指摘している。その内容 を以下に紹介する。 2.3.言語能力格差

 Van Parys and Wauters(2006)によればフラ ンス語系住民とオランダ語系住民の間には,相 手の言語を習得している割合に明らかな不均衡 が見られる。上述したフランデレン人の不満を 裏付ける数字がここには見られる。フランス語 系住民の21.5%しかオランダ語を習得していな いのに対し,オランダ語系は半数以上の52.2% がフランス語を習得しており,その差は30%に 上る。この差に年齢による変化はなく,図2に 見 ら れ る よ う に65歳 以 上 で28%,45∼64歳 で 32%,25∼44歳で31%,15∼24歳で31%となっ ている。  図3の地域別(フランデレン,ワロン,ブ リュッセル)の4言語習得状況の比較でも,高 い値を示しているのはフランデレン地域で,平 均言語習得率は56%となっている(この数字に は母語としての習得も含まれる)。ワロニー地 域は34%であるが,実際には母語のフランス語 に偏っており,他の言語を習得している割合が 低いことがわかる。  二言語併用地域のブリュッセルでは,実際に は人口の9割近くがフランス語を母語とする が19 ,ワロニー地域よりも多言語性が高いこと が確認される。ドイツ語については,ドイツ語 共同体を含むワロニー地域においてドイツ語の 習得率がもっとも低いことが注目に値する。ド イツ語母語者以外のワロニー地域住民がドイツ 語を学習することは稀であることがわかる。 2.4.英語の躍進  習得言語に関するデータで目を引くのは, 図2 ベルギー:フランス語系住民(FR)がオランダ語(NL) を,オランダ系住民(NL)がフランス語(FR)を,そ れぞれ「よく知っている」,または「大変よく知っている」 割合(年齢別) Van Parys & Wauters (2006)

図3

ベルギー地域別言語能力:オランダ語,フランス語,英 語,ドイツ語を「よく知っている」,または「大変よく 知っている」と回答した人の割合 Van Parijs (2007)

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英 語 の 躍 進 で あ る。先 程 の 図3で は,ワ ロ ニー,ブリュッセルにおいて英語がオランダ語 を抜き第二位を占めていることが注目される。 自国語よりも英語のほうが学ばれるのである。 フランドルではフランス語が辛うじて二位を 保っているが,英語が肉迫している。次の図4 ではオランダ語系住民の若年者が高齢者に比 べ,飛躍的に英語力を向上させていることがわ かる。一方,フランス語系住民の英語習得率に はこのような伸びは見られない。英語習得率に ついては,他の欧州諸国でもベルギーのオラン ダ語系住民と同じ傾向が明らかとなっている。 図5に見られるように,欧州全体の傾向とし て,年齢が下がるにつれ,英語習得率は飛躍的 に向上しているのである(24%から59%へ)。  言語普及には自己強化のメカニズムが働くと 言われている。つまりその言語を知る人が増え れば増えるほど,その言語の使用機会や言語に 対する学習意欲が増加し,結果として学習者は 更に増えることとなる。英語が今後ともますま す普及を続けるであろうことは否定しようのな い傾向である。  フランス語系住民は英語が比較的苦手である が,Van Parys & Wauters(2006)はこれを母語 のフランス語が国際的に通用する割合が高いこ とに起因すると説明している。実際,フランス 語は欧州域内で英語に次ぐ第二位の言語であ る20 。これに対して,オランダ語はオランダと フランデレン地域以外にはほとんど用いられて おらず,母語者以外でオランダ語に通じている 国はドイツのみである(ドイツ人の0.65%がオ ランダ語を話す)。しかし,今後欧州の拡大に 伴い,域内の言語勢力図に変化が起こる可能性 が高い。フランス語の勢力が弱まることが予想 されているのである。旧欧州(15カ国)におい ては15.23%の回答者がフランス語を学ぶべき 言語としているのに対し,新規加盟10カ国にお いては5%にとどまっている。フランス語系住 民にとっても,今後は英語習得のニーズが高ま ることが予想される。  なお,ベルギーのオランダ語圏地域とフラン ス語圏地域の間の英語力格差は,これとまった く同じ傾向が,オランダとフランスにおいて見 られるということが大変興味深い。欧州委員会 の調査によれば,オランダでは,英語の習得率 が60%であるのに対してフランスでは31%であ り,これはベルギーのオランダ語系住民とフラ ンス語系住民の英語習得率にそれぞれきわめて 近い数字である21 。オランダ語と英語がともに ゲルマン系の言語であるということが,習得し やすさに影響している可能性がある。また,母 語が同じであることが,他の言語(ここでは英 語)を学ぶ意欲や必要性に共通の傾向を与える とも考えられる。 3.ベルギーの学校における言語教育 3.1.第二言語22として何語を学ぶか  オランダ語圏とフランス語圏の住民の間の言 語習得状況に差があること,また両地域ともに 図4 ベルギー:フランス語系住民(FR)とオランダ系住民 (NL)が英語(EN)を「よく知っている」,または「大 変よく知っている」割合(年齢別)

Van Parys & Wauters(2006)

図5

ヨーロッパ年齢別言語能力:欧州 25 カ国内で普及

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英語がその存在感を増していることが,上に確 認された。そこで今度は,このような現状を生 み出してきたベルギーの言語教育制度を見るこ ととする。とりわけ第二言語に何語が学ばれる かに注目しよう。  ベルギーの義務教育は6∼18歳で,初等教育 (6年間)と中等教育(6年間)に分かれる。 教育を管轄しているのはオランダ語,フランス 語,ドイツ語の各言語共同体であり,各言語地 域 で は そ の 地 域 の 公 用 語 が 教 育 に 使 用 さ れ る23 。二言語併用地域のブリュッセルでは,教 育にはフランス語かオランダ語のいずれかが使 用され,もう一方の言語が必修である。  ブリュッセル以外の各地域で母語の次に学習 すべき言語,つまり第二言語は,次のように定 められている24  −オランダ語圏地域ではフランス語  −フランス語圏地域ではオランダ語,ドイツ 語または英語  −ドイツ語圏地域では,ドイツ語学校ではフ ランス語,フランス語学校25 ではドイツ語  ここで注目されるのは,オランダ語圏,ドイ ツ語圏では国内の他の言語共同体の言語が学ば れているのに対し,フランス語圏では他の共同 体の言語ではなく英語を選択することができる 点である。フランス語圏では第三言語の学習は 必修ではないため,フランス語系の人々は,英 語を選択することによって,学校教育において 自国の他の二つの公用語は学習しなくてすむこ とになる。   ただ実際のところ,統計資料によれば26 ,フ ランス語圏における第二言語としてのオランダ 語選択率は決して低くはない。過去にはほとん どの生徒(1996年度には95%)が第二言語とし てオランダ語を学んできた。これは個人の選択 というよりも,各学校に設置された言語クラス がほとんどの場合オランダ語クラスであったた めである。ただこの教育が成果を上げてきたか どうかは,先に見た習得率の数字が物語るとお りである。  ところが今日,英語学習への関心の高まりを 背景に,ベルギーフランス語圏においても英語 の設置クラスとそれを選択する生徒の数が年々 増えている。フランス語圏の学校では,1996年 度から1999年度の間に,第二言語としてのオラ ンダ語選択率は95%から74%へ,ドイツ語は 2%から1%へ減少したのに対し,英語が3% から25%に増加したことが報告されている27  2005年の欧州調査28 でも,子供に母語以外に 習わせたい言語として,ベルギーでは次のよう な言語が挙げられている(二言語選択)。英語 88%,フランス語50%,オランダ語27%,スペ イン語9%,ドイツ語7%,中国語2%,イタ リア語1%,アラビア語1%。この結果を見て も,今後ますます英語選択者が増えることが容 易に予想される。これは,次に見る言語の相互 学習主義という観点からは,残念な傾向である と言わざるを得ない。 3.2.言語の相互学習主義について  多言語国家ベルギーにおいて,フランス語系 住民だけが,第二言語として自国語を学ぶこと が義務付けられていないことは注目すべき点で ある。地域間の相互理解のためには,互いの言 語を学びあうことの意義は大きく,これを制度 的に保証することは重要なことと思われる。こ の点において,ベルギーのフランス語圏はこれ まで共存のための努力を怠ってきたと言われて も仕方がないだろう。そして今後,英語の普及 がますます進むならば,フランス語系住民の国 内の他の言語に対する理解はこれまで以上に損 なわれる危険がある。  この問題については,同じく多言語国家のカ ナダやスイスの例が参考となるだろう。これら の国では,学校教育で母語以外の国語を第二言 語として学ぶことを,国家統合のための重要な 政策と見なし,これを義務付けてきた。  カナダの場合には,フランス語系住民の分離 独立運動を鎮めるために,連邦レベルで徹底し た英仏二言語主義を実現している。学校教育に おいては,フランス語圏地域では英語,英語圏 地域ではフランス語が,それぞれ必修の第二言 語として,初等教育から教えられている。実際 には,圧倒的な英語優位の影響ゆえか,フラン

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ス語系住民の英語習得に比べ,英語系の人々の フランス語習得が十分ではないという不均衡が 指摘されている。しかし,一部にはイマージョ ン教育(第二言語のフランス語で一般教科を教 える)によって目覚しい成果が上がっていると ころもある。  スイスでは,1970年代から小学校で第二言語 に母語以外の国語を学ぶという原則が定めら れ,各州で守られてきた。初等教育の第4学年 または第5学年から,ドイツ語圏ではフランス 語を,フランス語圏,イタリア語圏,ロマン シュ語圏ではドイツ語を学ぶ。これによって, スイスでは,英語を学ぶ前に二つ目の国語を学 ぶことが原則となり,母語プラス2言語の習得 をめざすという欧州の目標の先駆けとなってき た。しかし,最近ではこのトリリンガルの伝統 に,英語化の波が暗い影を落としている。英語 の学習を,自国語の学習に優先させようという 動きが見られるのである29 。この傾向が相互言 語学習の伝統を覆し,国家の統一を危険に陥れ ることを憂える人々は少なくなく,激しい論争 が展開されている。  カナダとスイスでは,多言語国家の結束のた めに言語を学びあうことが,政治的意思によっ て実現されてきた。しかし,現在このような相 互主義に,英語の躍進による影響が見られるこ とが危惧される。英語中心のグローバリゼー ションが進むなか,コミュニケーションを効率 よく行うことだけを目的とするのであれば,全 員が英語を学ぶことが望ましいだろう。そし て,人々が英語を学べば学ぶほど,互いの言語 を学ぶ必要はなくなることになる。しかし,コ ミュニケーション上の利点以外の面で,他者の 言語を学ぶことの意義を考えることが,多言語 環境のなかでは有益であるはずだ。他者の言語 を学ぶことは,相手の文化に対する偏見を粉砕 し,理解と寛容の精神を生み出すことにつなが るのではないだろうか。言語を学びあうという 点で,参考になるのは欧州の言語政策である。 次にこれを紹介する。 3.3.欧州の言語政策のなかで  ベルギーの言語教育政策を語る際に欠かすこ とができないのが欧州レベルでの政策である。 欧州の言語政策には,欧州評議会によるものと 欧州連合によるものの二種類があるが,いずれ においても,欧州諸国の相互理解を進め,平和 的かつ発展的な統合を実現するために,多言語 主義に基づく言語教育を重要な優先課題と見な している。また実際,単一市場拡大と域内の移 動自由を実現する開かれた欧州建設において は,多言語の需要がますます高まっていること も事実である。  このため欧州では,言語習得の目標を,「すべ ての EU 市民が母語のほかに2つの EU 言語を 習得すること」と定めている30 。なぜ2言語を 学ばなくてはならないのか。母語のほかに1言 語だけを学習する場合には,英語に集中する可 能性がきわめて高いからである。ところが,欧 州は,域内の言語的文化的な多様性を自らの財 産と考えており,これを維持・活用しながら統 合と発展を実現することを至上命令としてい る。したがって英語一言語主義を退け,互いの 言語を尊重しあう多言語主義をとるのである。 このためには,欧州市民が学習する言語は英語 だけであってはならない。さらにもう1言語の 学習が必要となるのである。そしてこの言語に は,「使われることや教えられることが少ない 言語」の習得を含めることが推奨され,少数言 語を尊重する姿勢が明確に示されている。ま た,母語の次に学ぶ言語には英語を選ばないこ とも推奨されている。英語はいずれ必要にせま られて学ぶ機会があるであろうから,学校での 必修科目にはむしろ意図的に英語以外の言語を 学ぶ機会を持つことに意味がある,という考え 方である。  ところで,欧州評議会では,多言語主義を 指 し て 通 常 使 わ れ る マ ル チ リ ン ガ リ ズ ム (multilingualism)ではなく,プルリリンガリズ ム(plurilingualism)という言葉を用い,両者を 区別している。日本では「複言語主義」と訳さ れているこの言葉は,多言語能力についての新 しい考え方を示している。従来の「多言語主義

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(マルチリンガリズム)」では,複数の言語をそ の母語話者の能力にまで達することが目指され るのに対して,「複言語主義(プルリリンガリズ ム)」では,個々人の言語体験に応じて,複数の 言語を部分的であっても身につけること,そし てそれらを組み合わせて新たなコミュニケー ション能力を作り出すことが積極的に評価され るのである。  そして,このような開かれた複数言語能力を もつ欧州市民を育てるために,欧州が力を入れ ているもう一つの重要な言語政策は,早期教育 の導入である。初等教育の早い時期から母語以 外の言語を学ぶことが推奨されている。また, 欧州評議会は,複言語主義実現のための道具と して,域内の言語学習や教育に共通の指針を与 える『欧州共通参照枠』や学習者が言語習得を 自己評価するためのノート『ポートフォリオ』 を開発してきた。これらの考え方や道具は,ベ ルギー国内の言語教育にも今後ますます反映さ れ,採り入れられていくであろう。欧州連合で は,言語学習・教育を奨励するためのさまざま なプログラム31 が実施されているが,ベルギー がこれらのプログラムに積極的に参加している ことも,付け加えておこう32 3.3.フランス語圏の言語習得強化策  先に見た習得率の統計が示すように,フラン ス語圏の言語教育は十分な成果を上げていると は言いがたい。オランダ語系住民の過半数が学 校教育を通じてフランス語を実用レベルまで習 得するのに対し,フランス語系住民のオランダ 語は学校で少しかじった程度で,実用に耐えな い場合が多いのである33 。この状況を改善する ため,フランス語圏では近年,言語習得の強化 を目指した複数の対策が実施されている。早期 教育の開始,イマージョン教育の導入,マー シャルプランの三つを挙げることができる。  フランス語圏では1998年から第二言語教育の 開始年齢が12歳から10歳に引き下げられ,初等 教育第5学年から週に50分授業2コマの授業が 実施されている34 。参考までに図6にベルギー の各言語地域における義務教育の言語学習年齢 を掲げておく35  言語教育の早期化は,欧州の言語政策でも奨 励されており,今や世界的な潮流となりつつあ る。欧州委員会の調査でも,多数のベルギー人 が 初 等 教 育 で の 第 二 言 語 学 習 を 望 ん で お り (77%)36 ,早期教育導入は社会的な承認を得 ていると言える。しかし,早期化により自動的 に成果が得られるわけではないことに注意しな くてはならない。実際,ベルギーフランス語圏 ではすでに,1986年にパイロット・プロジェク トとして,10歳からのオランダ語教育導入実験 が行われたが,教員不足により失敗に終わった という経験がある37 。今後,早期教育が期待さ れる実績を上げるためには,教員研修の充実や 教育手段の改善が必要となるだろう。  フランス語共同体では,同じく1998年の改革 によってイマージョン教育が導入された。イ マージョン教育とは,二言語主義の国カナダに おいて1960年代以降成果を挙げた教育方法であ り,一般教科を第二言語で学ぶことによって, 教科内容とともにその言語を習得することを目 指すものである。2006年度にはベルギーのフラ ンス語共同体に属する初等学校97校,中等学校 55校がイマージョン・プログラムに参加してい る38 。大半はオランダ語クラスであり,英語, ドイツ語のクラスも見られる。フランス語共同 体における全学校数(2900校)からすれば少数 の試みではあるが,発展が期待されている39 今後はイマージョンを担当できる教員の養成が 図6 言語学習年齢

Eurydice - Commission européenne (2006), p.25.

(上からフランス語圏ベルギー,フランス語圏ブリュッ セル,ドイツ語圏ベルギー,オランダ語圏ベルギー,オ ランダ語圏ブリュッセル)(上下段に分かれる部分は,上 段が必修,下段は選択)

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課題となるだろう。  さらに,学校以外でも言語習得を強化するた めの取組みが見られる。現在ワロニー地域にお いて,第二次大戦後の西ヨーロッパ復興計画の 名を冠した経済活性化活動計画「マーシャルプ ラン」が実施されており,その重要部分が人材 育成,とくに言語教育の奨励に充てられてい る40 。雇用支援機関(ハローワーク)が実施を 担当し,2009年までの4年間,毎年1500万ユー ロが,義務教育最終学年の生徒や求職者の語学 研修奨学金,求職者への語学教室受講券などに 拠出されている。オランダ語,英語,ドイツ語 の三言語が優先学習対象とされている(特殊な 場合に限り中国語やアラビア語なども認められ る)。言語能力が,ビジネスチャンスを増し,経 済を立て直すための重要な資源であると考えら れているのである。 終わりに  今から数ヶ月または数年後には,ベルギーと いう国はもはや存在しないかもしれない。欧州 統合の進展と,地域民族主義の高揚とによっ て,その中間に位置する「国家」の存在意義が 問われている。コソボ独立宣言をきっかけに, 今後も各地で民族独立の動きが強まる可能性は 高い。一方で,超国家組織としての欧州は,多 言語主義・複言語主義を重要な施策とし,域内 の言語を学びあい,交流を深めることによる有 機的な統合と発展を目指している。これら二層 のあいだにあって,しばしば欧州のミニモデル にたとえられるベルギーという国が,分裂を食 い止め,国家統合を見出すためには,やはり欧 州と同じように言語政策に力を入れる必要があ るだろう。  本稿では,ベルギーの言語紛争の歴史的な経 緯,人々の言語能力や言語教育の現状を見てき たが,この国において今必要とされるのは言語 の相互学習主義を実現することであると思われ る。そのためにはフランス語系の人々の努力が 求められる。連邦の維持を望むなら,彼らが今 なすべきは,国旗を掲げて祈るだけでなく,オ ランダ語を尊重し学ぶ姿勢を見せることだろ う。何よりも学校教育において,「隣人の言語」 を優先的に学ぶことを義務とし,強化すること が重要である。英語化の波が押し寄せるなか, 言語の相互学習は政治的な意志によって実現し なくてはならないだろう。さらに,カリキュラ ムや学習内容を欧州基準にあわせ,学習効果を 高める努力も欠かせない。と同時に,相互主義 を推進するには,他者の言語を学ぶことが,重 荷ではなく,特権であるとするような,考え方 の転換を行うこともきわめて大切である。相互 交流を増すことによって隣人の言語を学習する 動機や機会を増やし,正の循環を作り出すこと が肝心であろう。  そして,ここまでに述べてきたことは,遠い ベルギーという国の特殊な問題であると考えて はならないだろう。グローバル化の進む今日に あって,私たちが多言語環境に向き合わなくて はならない状況は増える一方である。単一言語 国家と思われてきた日本でも,外国人居住者の 増加に伴い,多言語化はすでに始まっている。 どのように国内の他の言語と付き合っていくか という問題は,今後は私たちにとっても,考え なくてはならない現実的な課題となる可能性が 高いのである。多言語国家ベルギーの問題を考 えることは決して無駄ではないはずである。 参考文献

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1 Cf. La sécession de la Flandre, un canular de la

RTBF, Le Nouvel Observateur, 14 décembre 2006. La RTBF fait sensation avec une politique-fiction, Le

Monde, 14 décembre 2006. Le soir où la RTBF explosa, La Soir, 14 décembre 2006.

2 ベルギーの北部地域は,フランス語ではフランド ル,英語ではフランダースと呼ばれるが,現地語の 発音に則り,ここではフランデレン(Vlaanderen) とする。 3 現地語(フランス語)では,地域名をワロニー,住 民をワロンと呼ぶ。 4 詳しくは河崎・クレインス(2001)を参照。

5 INRA - Commission europeenne (2006), pp. 139-141. 6 図1に見えるようにワロン地域内にはオランダ語 圏の飛び地が存在する。このフーロン地区はもと はフランス語圏であったものが,1963年の言語境界 線確定時に,オランダ語圏に編入された。現在もフ ランス語系住民が多数居住しており,フランス語圏 への復帰を要求し,オランダ語系住民とのあいだの 衝突が続いている。1988年には武力闘争にまで発 展し,内閣が総辞職するという出来事があった。 7 本稿ではドイツ語圏の問題は詳しくは扱わない。 ドイツ系の民族運動がタブーとなっていることも あり,ドイツ語圏の問題は語られることが少ない。 ただ,人口割合では1%に満たないにもかかわら ず,オランダ語とフランス語の対立にあやかり,公 用語として扱われているベルギーのドイツ語は,世 界で最も優遇された少数言語であると言われてい る。 8 Janssens (2008), p.2. 9 各言語地域に含まれる自治体名は,「行政に関する 言語使用の総括的法律」(1966年)に規定されてい る。渋谷編(2005),p.278-279. 0 Ibid., 岩本和子氏による解説,p.273. 11 梶田(1987),p.34. 12 森田編(1998),pp.399-400. 13 ブリュッセル地域,言語境界線地域,および言語マ イノリティを抱える自治体のみで二言語主義が許 された。

14 «D’un Etat unitaire à un Etat fédéral», Interview

d’Yves Leterme par Jean Quatremer, Libération, 18 août 2006. 引用部分はブリュッセル郊外地域に移住 したフランス語系住民の問題について語ったもの である。住宅難のブリュッセルから郊外に移住す るフランス語系住民の数は増える一方である。ブ リュッセルを一歩出るとそこはフランデレンの土 地であり,領域性の原則から言って,彼らはオラン ダ語を学び使用する義務があるのだが,そうしてい ないことに対してフランデレンの人々は不満を募 らせている。この問題は BHV 問題(Bruxelles-Hal-Vilvorde 問題)と呼ばれている。

15 Scandale autour de Miss Belgique: «Elle ne parle

pas le néerlandais!», Libération, 17 décembre 2007.

16 この件については,河崎・クレインス(2001),p.12 6-7に詳しい。

17 INRA - Commission européenne (2006). こ の 調 査 は,2005年11月∼12月に,当時の EU 加盟25カ国と 2007年に加盟するブルガリアとルーマニア,および 加盟候補国のクロアチアとトルコにおいて,15歳以

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上の市民28,694人(うちベルギー人は1000人)を対 象に実施され,2006年2月に結果が発表された。各 国住民の言語能力や言語学習意欲を問うアンケー ト形式の調査である。言語能力については,対象言 語を「よく知っている」「大変よく知っている」な どの選択肢を選び回答する,自己評価形式がとられ て い る。自 己 評 価 の 利 点 と 問 題 点 に つ い て は

Ginsburgh & Weber (2006) を参照のこと。

18 Van Parys & Wauters (2006), Van Parijs (2007),

Ginsburgh & Weber (2007), Janssens (2008) など。

19 Janssens (2008) のブリュッセルのフランス語勢力 とオランダ語勢力についての分析によれば,85− 90%がフランス語話者であり,そのうち3割がフラ ン ス 語 を 母 語 と し な い。オ ラ ン ダ 語 話 者 は10− 15%に上る。 20 ポルトガル人の12.5%,イタリア人の12.2%,英国 人の8.2%,ドイツ人の7.2%,スペイン人の7.1%が フランス語を話す(Commission européenne 2006)。 21 INRA - Commission européenne(2006), p.142. 英語

以外の言語については,オランダでは,ドイツ語 23%,フランス語2%の順に習得されている。フラ ンスでは,スペイン語5%,ドイツ語4%,イタリ ア語2%の順となっている。 22 本稿では,母語以外の言語を,第二言語,第三言語, 第四言語のように表すこととする。すでに引用し た欧州委員会の資料では,母語以外の言語を指し て,フランス語で langue étrangère,英語で foreign

language という単語が使用されている。日本語で は通常「外国語」と訳されるが,ベルギーのような 多言語の国(母語以外の自国語が複数存在する国) においては適切な表現ではない。「他言語」「異言 語」などと訳すべきかもしれないが一般に普及した 用語であるとは言い難い。なお,ベルギー連邦教育 制度法では「第二言語 la langue seconde」という語 が使われている。 23 1963年7月30日の教育制度法(1982年改正)第4条。 http://www.tlfq.ulaval.ca/axl/europe/belgiqueetat-loi63. htm に掲載のテキストを参照した。 4 Ibid. 第9条。 25 ドイツ語地域にはフランス語話者を多数抱えるた め,フランス語学校の設置が認められている(Ibid. 第3条)。

26 Blondin & Straeten (2002), p.20. 7 Ibid.

28 INRA - Commission européenne (2006), pp.107-8. 29 1997年,チューリッヒ州が方針を転換し,州法適用 により小学1年から英語学習を導入した。この決 定は,全国に激しい議論を巻き起こした。なお,そ の後チューリッヒ州では,2006年11月に州民投票で 小学校での言語教育を英語1言語だけにする案が 58.5%で却下された。よって現在でも,小学校で英 語とフランス語の2言語が学ばれている。しかし, 小学校で母語以外に2言語を学習することには負 担が大きすぎるとする声が強く,フランス語学習 を 中 学 校 へ 延 期 す る こ と を 希 望 す る 者 は 多 い (Forster, 2005)。 30 1990年に EU のリンガ・プログラムではじめて掲げ られた目標が,その後も繰り返し強調されてきた。 EU と欧州評議会が2001年に共催した「ヨーロッパ 言語年2001」の新教育プログラムにおいても,この 「母語プラス2言語」の習得が目標として定められ た。 31 ジョイント・プログラム(外国語学習のための学生 交換プログラム),ぺトラ・プログラム(語学教員 交換プログラム),エラスムス・プログラム(学生・ 教員交換プログラム)などが挙げられる。 32 詳しくは平尾(2000)を参照。 33 この問題に関しては,両地域における第二言語教育 のカリキュラムや教授法の違いについて,さらに詳 しい具体的な調査が必要となるだろう。これにつ いて,中村(2002)は自らの留学経験に基づき,オ ランダ語圏とフランス語圏の言語教育を比較紹介 している。オランダ語圏ではテキスト解釈法を中 心とする文学教育の伝統に,近年ではコミュニケー ションに重点をおく教授法を加え,高度な授業が行 われているのに対し,フランス語圏では文法訳読法 を中心とし,内容的にも「オランダ語圏のフランス 語に比べ劣っている」(p.89)と述べている。 34 詳しくは Blondin & Straeten(2002)を参照。 35 図6に示されるところを以下に簡単に説明する。 ブリュッセルとドイツ語共同体では,1963年の言語 法により早期言語教育が定められた。ブリュッセ ルは二言語併用地域であるため,またドイツ語共同 体はワロン地域に含まれフランス語を必要とする ためである。これらの地域では,8歳から第二言 語の学習が必修とされている。フランス語圏地域 で1998年のデクレによって,第二言語教育の開始年 齢が12歳から10歳に引き下げられたことは本文に 記したとおりである。オランダ語圏では現在も12 歳,つまり中等教育から第二言語が必修となる(が, 実際には学校長の判断により任意で初等教育から 第二言語教育が行われる)。オランダ語圏では,13 歳からは第三言語(通常は英語)の学習も必修,フ ランス語圏では14−16歳で第三言語,16−18歳で第 四言語の学習を選択することができる。

36 INRA - Commission européenne (2006), p.111. 第二 言語学習開始年齢についてベルギー人の希望は, 「0−5歳がよい」13%,「6−12歳がよい」77%, 「13−19歳がよい」10%となっている。

37 EURYDICE - Ministère de la Communauté française

(2001),

38 フ ラ ン ス 語 圏 共 同 体 政 府 の 教 育 サ イ ト(http://

www.enseignement.be/)より(2008年2月に確認)。

39 詳しくは Blondin & Straeten - Ministère de la Communauté

française de Belgique (2002) を参照。

40 詳しくは Detaille, Stéphane (2006), Le plan langues

du «Plan Marshall», Le Soir, 22 août, p. 6. お よ び Région wallonne, communauté française (2005), Les actions prioritaires pour l’avenir wallon. (http://gov. wallonie.be/code/fr/action_prio.pdf)

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