東 南 ア ジ ア研 究 9巻3号 1971年12月
資 料 ・研 究 ノー ト
最 近 の ベ トナ ム共 和 国 に お け る
若 干 の専 門的 ・技 術 的職業 につ いて1
)
中
野
秀 一 郎⇒
ー
SomeProfessionalandTechnicalOccupations in theRepublicofVietnam
by
HideichiroNAKANO
ま え が き
"SociologyofProfessions"(専 門戦 の社 会学 )の研究 日的 は きわ め て 多様 で あ るけ れ ど も, これ を発 展 途 上 国 の研究 に結 びつ け て考 え る場 合 , 特 に それ は当該 社 会 の "近 代 化 = (なか ん ず く, 意 図的 な社 会変革 )とそれ を推 進 してゆ く ``担 い手 '' の問題 と関連 して重 要 に な る。 礼
会 の modernization が 職 業 構 造上 の Professiollalization を生 み, また逆 に professions
の形 成 が
社
会 の modernization を推 し進 め る要 因で もあ る とい L')相互 因果 性 は 当 然 な議 論 で あ る と して も, さ らに professions は それ 自身機 能 的 に 工特殊 化 され た 役 割 (functionally specified roles)を越 え て,全 体社 会 の変 動 に拡 散的 (diffuse)な影 響 力 を もつ こ とに よ って - 1)- ト理 諭 や 近 代化 の人 材 理 論 と贋 極 的 に つ なが ってゆ くので あ る。 もち ろん, ``専 門職 cJ) 社 会学 日 が 意 図す る分析 は,専 門 職側と クライ ア ン ト側 の両 方 につ い て, フ ィール ド ・ワー ク を 含め た充 分 な研究 蓄積 が なけれ ば 完成 しな い/浴,今 回 の報 告で は,南 ベ トナ ム社 会 に .肯け ,LIJ この よ うな将 来 の研究 のた裾 こ,若 干 の基 礎 的 資料 の整理 を行 な ってお きた い と考 え る。 さて,1963年11月 に Diem 大統 領 の第一共 和制 が崩 壊 して以来 , 政 治 的 混乱 が続 い ていた 南 ベ トナ ムに お い て,1967年 Tieu大 統 領 に よる第二 共 和制 が成 立 して,軍 事 政権 の交代 劇 に * 関西学 院大 学 社 会学 部 1)本稿では,(1)教員,(2)医療関係者,および(3)一般高級技術者を中心に考察す る.なお,本文中の諸資料 は,主 として,筆者が1971年 7月および8)lの2カ川用ベ トナム共和国に滞在 した時に収集 した もので ある。 447東 南 ア ジ ア研 究 9巻3号 終 止符が打 たれ た ことは,社 会 ・経済発展 に とって何 よ り大切な条件であ る政治 的安定 を, 曲 りな りに も保障す るもので あ った。 もっとも
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年 に成立 した第二 共和制下 にあ って も,氏 に南 ベ トナ ムの既成事実 とな っていた "大規模 な アメ 1)カの軍事介入日, さ らに1
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年 のテ ト 攻 勢を ピー クとす る共産側 ゲ リラの浸透 に よって, この社会 の 「近代化」 は著 しく阻害 され て いた といわ ざるをえない。 しか し,不幸 な経験 であ った とはいえ,そ の間,軍 事技術 ・軍事行 動 を通 じて の近代技術 ・近代合理 的思考 の移入 ・定着 は,南 ベ トナ ム社会 の近代化 の将来 を考 え る場合,無 視で きない基底 的影響 を この社会に与 えた と思われ る。 す なわ ち,社 会 の機能 的 技 術化 は, この時期 を "幼 時的体験" として漸次進展 しつつあ るか にみ え るか らであ る。 他方, この社会 の道徳 的基盤は, アメ リカの莫 大 な物質財 の投 入 (軍事援助)が もた らした 物質主義 と,不安定 な社会情 勢 の生 んだ汚職 (corruption) とエ ゴイズ ム (kinship-particu・ larism)の蔓延 に よって,社 会的 ・国家 的統合 の観 点 よ りして も,著 しい破壊 を蒙 った とい う べ きであ る。 しか し,1
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1
年 の 「国防省秘 密文書」 の暴露 を一つ の明示 的な契機 として, アメ リカの信 用は全面的に低落 し, いわゆ る 「ベ トナ ム化」 は, 自主独立 の民族主義 的感情 に よっ て当然事 として受け入れ られ てゆ く一方,近代化 のために必須不 可欠な "自助" の精神 の民族 的高揚 を育 てつつあ る といえ るので あ る。 この よ うな情 勢下 にあ って, 「近代化」 を希求す る知識人 は,諸悪 の根 源で あ る旧態依然 た る教育制 度 を批判 し,新 しい理想 を提 唱す る。す なわ ち, フ ラ ンス植民地下 に確 立 され た古 い フラ ンス型 の教 育制度は,(1)人文 ・哲学尊重 の,(2)人工 的 ・形式 的 ・保守的な,(3)エ リー ト中 心 の,教 育体制 であ る と批 判 し,社会 的事実 に関す る究極的真理 は "社会は変化す る"であ る とい う認識 に立つべ きであ るとして,"発展 的 プ ロセス" と しての教育 の実現 を唱え る。 また, 伝統的な共 同体的民主主義 (communalautonomy)を理想 とす る自治的民主主義 を育 て る教 育に よって "isms"の対立 を避 け るべ きだ と し,すべ ての大衆 に開かれ た普遍 的教育制度-それ こそが新 しい産業社会 にふ さわ しい高度専 門技術者 の養成 につなが る- を主張す る。2) そ こには, 明 らかに,長 い 内戦 と貧 しい経 済- の訣別 としての 「近代化」 の希 求,植民地支 配 - の訣別 としての新 しい民族主義 的感情 の高揚 と自負がみ られ る し, 同時 に,変化 を創 り出す 要 因 としての教育,問題 を解決 してゆ く手段 と して の教育 とい う強 い実践 的要請が うかが え る のであ る。3) 社会 ・経 済発展 の基礎要 因 としての科学 お よび諸技 術 の教育 に対す る要請 は,それがいわば 近代化 の戦略 ポイ ン トであ るだ けに, ひ ときわ 目立 って 強 い ものであ ることはい うまで もな い。 既 に産業社会 におけ る情報 (化)社会化 の傾 向を 目のあた りに してい る知識人た ちは, 知2)DuongThienTone,"Social& CulturalFactorsinEducationalChange in Vietnam,"Van Hank
Bulleiin,March-April1970,Vol.II,#3-4,pp.25-38.
3)DuongThienTong,''ObstaclestoEducationalModernizationinVietnam," Van Hank Bulletin,
Jan.-Feb.1970,Vol.Ⅰ,♯1-2,pp.19-25. 448
中野 :最 近 の/ミトナ ム共 和国にお け る若 干 の専門的 ・技 術的職業 につ いて 識 と技 術 に関 して未 来学 的展 望 を もってお り,特 に後進 性 離脱 の手 段 と して の技 術 的発展 の可 能性 に は高 い期 待 を抱 い てい る。 しか し, 同時 に かれ らは いわ ゆ る先進 型社 会 に発生 して い る 公 害 問題 を熟知 してお り, したが って,社 会 的技 術 や組 織 に 関 して も充 分 な発 展 が必 要で あ る こ と も知 ってい る。 そ して, こ うした認 識 が植 民地 支 配,経 済 的 貧 困, 長期 的 内戦 を経験 して い る人 々に よ -つて確 認 され た時 , どの よ うな形 の イデ ア と して結 実 す るか とい う一 つ の典 型 的 な見本 は Ton ThatThienの論 文 が 見事 に示 しで 、、る。4) か′出 土,経 済 的発展 と進歩 の基 盤 と して の科学 技 術 の重 要性 を指 摘 したあ とで,社 会 的技 術 の 相対 的遅 れ を問題 に して, 19世紀 的 な r経 済人」 の概 念 と, それ を補強 した 用屯粋 科学 」 の 概 念 を攻 撃 す るo それ/らは 国内的 ・国際 的搾 取 を導 いたば か りで は な く, 意 識 的 ・無 意識 的 に 現状維 持 に責 献 した 「技 術者」
・「
利
学 者」 を生 み 出 した という 。 そ うした伝 統 に乗 ったベ ト ナ ムの教 育 制 度 は, 「本 質 的 に は末 の制 度 の継 承 で あ り, それ に フ ラ ンスの オイル とア メ リカ の ビネガ -が ベ トナ ムのバ イキ ンと一 緒 に まぜ ら行て,死 のサ ラ ダが で きあが った5
)
」
と酷 評 す る。 人 間 意志 の表 出 と しての社 会 的現実 を確 認 した あ とで, か れ は 「強 い社 会的 日的意識」を もった社 会科学 者 の 出現 を期 待 して,G.M yrdalの "Social policy has been primary,
socialtheory secondary.日 とい う引 用 を行 な って い る。 さ らに, かれ は企 業 家 精 神 と知 識 の
近代化 (-経 済 発展 ) の重要 性 を指摘 しつ つ も,物 理 (tilelieofthings)と道 理 (thelieof men)の両 方 の科 学 の必 要 を強 調 し, ドグマを排 した新 しい価 値 の創造 作業 と して の教 育 とい う格 調 高 い 主張 を展 開す るので あ るO こ うして,不 幸 な体 験 を媒 介 に した 「近代 化」 の イ ンパ ク トで は あ ったに して も, この社 会 に おけ る "世俗 的技 術化 " の進 展 に は見 るべ き ものが あ り6), それ が アメ リカの地 位 の相対 的 ■● ● ● 低 下 に伴 う "ベ トナ ム化 " (ア メ リカの い うベ トナ ム戦 争 のベ トナ ム化 で は な い 自助 と独 立 と い う民 族 主 義 的感情 に支 え られ た もの) の進 展 とあ い ま って, 漸 次的 ・連 続 的 な成果 を生 み 出
4)TonThatThien,"Technology,the SocialSciences,EducationandtheFutureofVietnam,"Van
HanhBulletin,Oct.-Nov.-Dec.1970,Vol.II,#10-ll-12,pp.ll-41. 5)ibid.p.25. 6)軍事的技術 (自然科学的 ・工業技術的 ・組織論的技術を含めて)の分野はい うにおよばず,通信 ・交通 あるいは政府 ・官庁におけ る電子計算機の導入など,社会の楼能的技術化 (知識社会化の傾向)は底流 的に前進 している。例えば,米に代表 され るような不安定で非連続的な outputと他の安定的 ・連続的 な outputを比較 してみ ると(1960年を100とした値), -ー_、年Ii⊇llli岩次=⊇l′ 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 米 の 生 産 量 100 無線 通 信 局 数 ・ 100 大 学 生 の 数 . 100 電 力 生 産 ; 100 8 0 8 3 8 0 5 7 2 3 2 5 3 9 5 9 9 0 5 1 3 2 00 3 7 6 8 9 8 1 1 2 2 7 3 6 1 9 0 4 9 2 2 1 5 0 7 4 0 7 0 5 1 1 2 1 8 0 8 0 0 3 7 3 1 1 1 1 5 0 3 7 0 2 5 1 1 1 1 1 3 3 2 8 9 1 3 0 1 1 1
以上,Vieinqm StatisticalYearbook1970,NationallnstituteofStatistics,p.33,p.109,p.117,
pp.160-161.の数値 より算出。
東 南 ア ジア研究 9巻3号 し うる軌 道 に 入 り始 め た のが 今 日の南 ベ トナ ム社 会 の姿 で あ る とい え よ う。 以 下 に お い て専 門 的 ・技 術 的職 業 の現 状 が報 告 され るの は, 上 に み た よ うな背 景 に お い て で あ る。 Ⅰ 専 門 的 技 術 的 職 業 の た め の 教 育 1. 教 育 制 度 ・教 育 事情 の概 観 Thien 氏 に よ って 酷 評 され た 現 行 の教 育制 度 は, しか しなが ら, 若 干 の前 進 を示 して い る よ うに 思 わ れ る。 い うまで もな く, 近 代 化 の促 進 要 因 の中 で 最 も重 要 な もの は教 育 で あ るが , 教 育 は そ の成 果 が短 期 的 に 結 実 しな い た め , しば しば 好 待 遇 を期 待 で きな い。 け れ ど も, ベ ト ナ ムの現 在 の人 口構 成 7)か らみ て, 初 等 一 般 教 育 の拡 大 充 実 は 必 須 で あ る し, そ の近 代 化 の要 請 の大 き さか らみ て, 高 等 教 育 の充 実 も疑 い もな く急 務 で あ る といわ ざ るを え な い。 初 等 教 育 で は ,6-10才 の児 童 に対 して5年 間 の義 務 教 育 が 課 せ られ てお り, そ の後11-17 才 の 中等 教 育 期 間 に は,(1)通 常 のバ カ ロ レア (Baccalaur6at)へ の コ- ス,(2)技 術 バ カ ロ レア
(Baccalaur6at technique)へ の コ- ス, お よび (3)農 業 ・芸 術 な どの 中 等 教 育 の コ- スが あ る。(1)お よび(2)の コー スは, 各 々前 期 (lire cycle)と後 期 (2ecycle)に分 か れ , 後 期 に は 特 定 バ カ ロ レア 〔(三一)実 験 科 学 科,(b)物 理 数 学 科,(C)文 学 科 の いず れ か , た だ し(2)の コー スで は 技 術 科 一 種 類 のみ 〕 の受 験 を 目指 す た め に , 生 徒 は各 々の専 門 科 へ 分 割 され るので あ る。
高 等 教 育 は 大 別 して(1)通 常 大 学 の学 部 コ- ス,(2)大 学 レベ ル に 対 応 す る技 術 ・職 業 学 校 コ-スお よび(3)そ の他 の コー ス, に分 け る こ とが で き る。(3)の コー スの 中心 は,航 海 ・商 業 な どの技 術 学 校 と初 等 ・中 等 教 育 の た め の教 員 を 養 成 す るい わ ゆ るEnseignementNormalとで あ る。
就 学 生 徒 学 生 数 お よび教 員 の数 は,1969-70年 度 で表 1の よ うな分 布 を示 して い るが , この 数 字 は いず れ の場 合も 過 去 の数 字 に 照 らしてほぼ 最 高 の値 を示 してい て, 教 育 の着 実 な発 展 は 否 定 で きな い ので あ る。8) 教 育 は, い うまで もな く長 期 的 な投 資 を 必 要 とす る金 のか か る事 業 で あ る。 貧 困 な経 済 と長 7) 年齢 l0- 415- 9:101 14:151 19E20-24:25-尋 30-34b5-39:40以上
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D)1 18 1 15 日 l L 9 E 8 F 7 1 6 1 5 I21 (1963年)source:AnnuaireStatisiiquedel'Enseignement,1964-65,p.59. 5才か ら19才の初等 ・中等教 育対象人 口は総人 口の35%に達す る。
8)MouvementEducaiif,1968-1970,Minist色redel'Education,1970,Juilletより作成O 参考 までに,生徒 ・学生総数(含む幼稚園児)の移椎を示 してお こう。 年 度 生徒 ・学童函数 (単位1000人) E3 ;6:?113ifp
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12,7781 1969
-1970 3,004 ちなみに 教員 1人当 り生徒 ・学生数は, 日本の場合 (1969年度), 4年制大学 18.1, 高等専門学校 13.4,高校21.6,中学校21.3,小学校26.0- 以上 『日本国勢図会1970』 より算出- であ る。LIJ野 :最 近 のベ トナ ム共 和国 にお け る若 干 の専門的 ・技 術的職業 につ いて 表1 教 育 現 勢 1969-1970 初 等 教 公 立 ; 私 立 生 徒 数 ! 1,949,352 i 456,912 教 員 数 ! 37,693 教 員 1人当 り 生 徒 数 男 女 別 7,384 61.9 尚 等 教 育 計 2,406,264 45,077 53.4 育 学 生 教 員 教 員 1人当 り 学 生 数 中 等 教 育 公 立 私 立 ・ 計 229,181 403,040 E 632,221 4,824 !■ 11,436 ド 16,260 38.9 技 術 職 業 教 育 l ・■■・
-4
5
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5
9
0
H 業 ・林 業 ・畜 産 教 育 学 生 教 員 教 員1人当 り 学 生 数 0 5 0 2 8 6 1 5 24
7,886 1 1,794 教 員 養 成 教 育 小学課程 中学課程 計 1,606 95 5,656 188 30.1 期 的 内戦 に苦 しむ この社 会 で は,教 育 事 業 の運 営 は至 難 のわ ざ とい って も過 言 で は ない。 人 口 1700万 の この 国で, そ の35%が 初 等 ・中 等教 育 の対 象 人 口で あ る とい う困難 な状 況 を抱 えて, とに もか くに も5カ年 の義 務 教 育 で85.8%の就 学率 を達 成 してい る9)こ とは驚 くべ き こ とで あ る。 加 え て, そ の厳 しい予 算 に もかか わ らず10-, ベ トナ ム共 和 国で は公立 の初 等 ・中 等教 育 は 無料 で あ る。 しか し,表 1よ り明 らか な よ うに, 中 等教 育に な る と私 学 へ の依 存度が 極端 に 大 き くな る Lll), 高 等 教 育 は い まだ少数 者 にLか そ の扉 は 開かれ てい ない。 また教 員不足 (資格 不足 ) の 9) op.cit.,p.13. 10) 国家予算 (歳出)の内訳から ,軍事費と教育文 化費を取 り出 して,総 支出に 対 する割合 をみると次 の ご とくである。 " 支 事 l年
仙総
叩
度 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 l 22,018 25,890 28,856 47 ,780 64.010 86,190 110,840 138,049 12,006 13,625 14,281 28 ,513 38,520 52,820 71,875 91,591 (54.5) (52
.
6
)
(49.4) (59.6) (60.1) (61.2 ) (64.8) (66.3) 1,175 1,348 1.387 2,239 2,298 4,293 4,909 6,194 (5.3) (5.2) (4.8) (4.6) (3.5) ( 4.9 ) (4.4) (4.4) 単位 1 00万VNS 出典 :Vietnam StaiisiicalY
earbook 1970 より作成 。 ll)公私比は, 生徒数で約36:64,教員数で 30:70。初等教育ではこの比は,生 徒 数で81:19,教員数で
8 4 :16と公立 の比率は きわめ て高い 。 451東南 アジア研 究 9巻3号 問題 は初 等教 育か ら高 等教 育 に まで,慢 性 的に広 が ってい る病 的症状 で あ る。
2.
専 門 的 ・技 術 的教育 1)高等教 育につ い て す でに概 観 した よ うに,高 等教 育 は大 別 して3種類 に分 け る ことがで き るが, これ をや や詳 細 にみ てみ よ う。 (1) 大学 学 部 コー ス大学 は 国立3 (Saigon,Hue,Can-Tho), 私立2 (Dalat,Van Hanh)の合計5枚 で12), 教 育学 ,法学 ,文学 , 理学 , 医学,歯 学,薬学, 建 築学 ,政 治 ・経 済学 , お よび仏教学 の10学 部 を擁 し,学 生総数 は
3
7,
887
人(
1
9
6
9
年現在 )- 内,女 子1
0,
4
06
人- で あ るが,表2
13) でみ る よ うに,総合大学 の様 相 を呈 す るのほわず か に サ イ ゴ ン大学 のみ で, 例 えば ,仏 教 系 の VanHanh大学 は,1
96
4
年 に仏教 研究 の カ レ ッジ と して設 立 され ,仏教学 ,芸 術,社 会科学 の3
学 部 を擁す る大学 に成長 し(
1
96
9
年現在 ), 次 いで 教 育学 部, 理学 部 の2
学 部 を加 えん と し てい る全 く新 しい大学 であ る。 教 育 の課程 は大 学 に よ り学 部 に よってか な り相違 す るが , サ イ ゴ ン大学 の例で説 明す れば, 4年 間 の教 育で いちお うの資格 (Licence)が与 え られ るのは文学 , 理学 , 法学 の3学 部で あ り,法学 部で は さ らに2年 間 の大学 院教育 (6tudessup6rieuresde droit- 公法 ・私法 ・ 政 治経 済学 の3専 門 に分かれ る- ) の後, 国家試験 に よって裁判官,検 事,弁 護士 の資格 を 表2
大学別 ・学部別大学生数 計 Van Hanh 計 1,
5
6
2(34.5) ll,
5
0
9(19.8) ll,
0
1
1(36.1) 7,
7
5
0(22.4) 1,
6
8
2(14.3)2
3
9(46.4) 2,264(51.5 ) 554(4.6 ) 1,034(24.7)2
8
2(17.7) 27 ,404
(28.8) I3,29 7 (2
2
,
2
)
I
1,949(27.3) l2,718
(29.8) 12 ,519(16.6) 1 37,887(27.4 ) ( )内は女子学生
の% 12)HoaHao大学 (ホア/、オ教団系)が, 1970年に1230名の学生を擁 して開校 したが, ここには教育学, 国際関係,経営計画および文学の各学部がある。農学,医学,商業,銀行学,神話学の学部およびHoaHao教教義研究センタ-が建設中である.TheVietnam Gurdian,Åug.24,1971. 13)AnnuaireSiaiisiiquedel'Enseignemeni1968-69,p.51.
中野 :最 近 血/くトナ ∴」用日月におけ る告十 のE.Ⅵ7加I,J・技 術臼′州立業について
獲 得 す る こ とが で きる. した が って
,
博二王号 は文 ・理学 部 で は 4年 , 法 学 部で は (丹 :・の人′
芋教TJTの後, 論文 (thさse)に よ -)て取 得す るO 他 方,これ に対 して, 医学 部は 7年 で教育 がJJlと結 し
て医学博士 (Dip16medeDocteurenM6dicine) を え, 断 ・薬学 部 で は各 々 5年 で Dir)161ne を うるが,建 築学 のそれは 6年 を 要+ るので あ る. サ イ ゴ ン大学 の場 合,教 育学 部 で は, 中 等
教育後期 (2e cycle)を担 当す る教 員 の鉦武コ- スは3牛, 中等教 育前期 (lire cycle)担当
J)コー スは1隼で あ る。 人J芋学
部
- cJ)入J、轟.t, バ カ .jレア1
1
対等者に 仝 tl
l
汗
仙二闇放さ九 てい ,Lか,収容 能 力U)点 か ら も, 教 育 , 医学 ,酢芋
, 薬学 の 各学 部 で は 入学 試 験 が あ り, そ の門
は狭 い。 入学 に 制 限 の ない 学 部 の場 合で も,学 年が進 む につれ て脱 落者 の数 が増 え る有 様 は,例 えば , 法学 部 の傷
合U)汰 の統 計14)に よ って も明 らか で あ ろ ')0 法 学 部 学 生 数 い 年 生 2年生 3年生 4年生 合 計 二 二二 二 一 二 二 三 二 (2) 技 術 ・職 業学 校 コー ス 技 術 ・職 業高 等教 育 は, 大学 レベ ル J) dip18me を獲得 で きる/ロト制 J)5種類uj高 等刑 "
j学 校 と,1年 あ るいは 3年 で完 了す る幾 種類か の専 門学 校か らな る。 前 者 はす べ て国立 で ,化 学 ,土 木 ,電 気,工 業 美術 お よび 農林 畜 産 の各 高 等専 門学 校が あ り こ こで4年制 の課程 を修 了す る と,各 々の分野 の高級技術者 資格 (DiplGmed'Ing6nieur)を 取 得す る こ とがで き る。 1969牛現在 の学 生数 は 次 の ご と くで あ る。 土 木158,電
気116, 化学30, 工 業 美 術135, 農林 畜産349, 合計788て あ る。 1・n (3) そ の他 の コー ス2
年制の教 育機 関 と しては, 化学 ,土 木,掲 気 , それ に航 海 の各専 門学 校 が あ り (これらは 中 等教 育後 期 の一 部 と大学 教 育 の- 年 次 に対応 す る),また3年制 の国立商業専門学 校 もあ る。 も ち ろん私立 の教 育機 関 で,例 えば ,商 業 英 語 ,商 業 ,そ の他 の職 業技 術 を教 え る学 校 も若 干 あ る。 高 等教育
で は ないが , 農業 技 術 の普及 に は 特 に 力 を入 れ てお l), 農 業技 術者 の 養 成 の たaJ) に,中
等普 通教 育 の前 ・後期 に対応 す る中 等農業学 校 が, Billll-Duollg,Bao-Loc,Can-Tll(1,Hue,Tay-Ninllの5地 区 に設 立 され て い て,約2,7OO名 (1969牛現在 ) の学 生 を擁 してい る。
そ のほ か に高 等美 術学 校 な どが存 す るが, 特 に 教
育
学 部 以外 の教 員養 成 機 関 と して, いわ ゆ る Enseignement Normal に触 れ ておかねば な らない。 これ には 4年制 の高 等師範学 校 と 214)ibid.,および同 じ統計年鑑の1967-68年版 より.
15)ibid.,p.61.
東 南 ア ジア研 究 9巻 3号 年制 の学芸学校 ,それ に特 に 山岳 民族 を教 育す る教 員 を育 て る2年制 の学芸学校 が あ る。 これ らの教 員養成機 関に おけ る学 生数 は表 316)の ご と くで あ る。 表3 教員養成機関の学生敬 4年制高等師範学校 (男子) 学 年 前期担当教員養成 後期担当教員養成 計 2年制学芸学校 (男女) 1 I 43 1 43 1 年 男 l 女 男 2 : ・ 42 11 53 3 二 12 t 計 122 Saigon Qui-Nわon Vinh-Long Long-An 小 計 山岳民族のための 教 員 養 成 学 校 9 5 5 2 1 2 4 8 9 5 2 2 1 7 合 計 1 820 3 8 6 7 4 1 8 1 2 4 2 2 2 1 9 7 5 6 0 00 0 9 5 9 4 2 1 2 7 8 3 5 1 7 5 1 0 0 7 2 2 3 1 8 7 2 2 6 8 7 6 3 4 5 4 6 5 5 5 5 5 2 (4) 留学 につ い て 最後 に留学 の問題 につ い て一般 的に触 れ てお こ う。 い うまで もな く,後進型社 会では, そ の 高 等教育 の重要 な一部分 を留学 に負 ってい る。 留学 生 の数 は年 に よって異 な る とは いえ,それ は概 して小 さな大学 をひ とつ構成す るほ どの数 であ る。 最近 の数 字 でみ る と1967年度 の 2,059 名を ピー クと して,毎 午 l,000人 以上 の学生 が外 国で勉強 してい る。 これ らの学 生 はいわ ゆ る 私費 留学 生 と何 らか の形 の奨学 金 を も らってい る学 生 とに2分 し うるが,今 は これ をひ とま と め に して考察 の対 象 にす る。 そ して,掛 こ(1)専攻 科 目と(2)留学 先 を検 討 してお こ う。 なぜ な ら, こ うした要 因は将 来 南 ベ トナ ム社 会に与 え られ るで あ ろ う留学 の成果 と して の文化 的 イ ンパ ク トの種類 を規 定す るか らで あ る。 1962年か ら1969年 まで の留学生 の数 は次 の通 りで あ る。17) 年 盲 T 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 留学生総数 l 1,072 1,014 1,305 759 1,347 2,059 1,375 1,761 まず専攻 科 目の推移 をみ るに, 1965年頃 まで最上 位 を 占め て いた のは教 育 (学 ) で あ るが, 16)ibid.,pp.61-62. 17)Vietnam SialislicalYearbook1970,pp.122-123. 454
[四 1,:最 近 の ベ トナ ム共和伸 こお け る苦 I十 の専門 的 ・技 術 的職 業 につ い て それ 以 降は科学 ・技術 の高 等教 育,行政 ・政策 (学 ),それ に 鉱 業 (学 ) な どの頗 著 な優 位性 が否 定 で きない。 この時期 を 通 じて比較的安定 的 な専二攻科 目は, 農学,医学 ,政治 ・哲学 , 経 折学 な どであ るが,それに して も最近数 年間 の技 術 的科 目 - の大 きな関心 は,留学 に反映 した この社 会の近代化 - の要 請 の大 きさを示唆 す る ものであ る。 他方, 留学 先 に関 して も日立 -,た変化Jが入 L'),fL;u',D lf)G;I)午 以前 には,留学 生 の
%∼夕
をが フラ ンスで勉強 していた。 そL て, これ につ づ いて アメ リカと台糖 が重 要な留学 先であ ー〕た。 ところが,1966年以降 に な ると, アメ リカの村対 的優位性 は 否 定 で きないに して も, 留学 先 の多元化が 口立 ちは じめ, ベ ルギ ー, マ レ- シ7, 日本, 酉 ドイ ツ, スイ スな どが ベ トナ ム留学 生 を多量 に引 き受け始め た。 ちなみ に,1969牛の留学 生 1,761人 の留学 先 を右表 に紹介す るが, この うち ベルギ ー, H本,西 ドイ ツの数値 は1962年以 降 の数値 に照 ら して最高 の 値 であ る。18) 留 学 先 国 名 L留学 生数 ア メ リ カ 西 ド イ ツ ロ 木 ベ ル ギ -マ レ ー シ′ア ス イ ス フ ラ ン ス オース 1、ラリア 台 I,'''flt カ ナ ダ フ ィ リ ピ ン ニュージーラン ド タ イ イ ギ リ ス イ ン ド イ タ リ ア シ ン ガポ ール オ ラ ン ダ そ の 他 6 0 8 5 3 0 8 6 5 4 2 2 1 4 3 1 1 1 1 7 1 8 0 2 5 7 9 4 6 1 3 3 9 8 6 5 4 1 9 計 r 1,761 2)教 育者 の教 育 す で に指摘 した よ うに,良い教 員 の不足 は この社 会 の教 育制 度 の上か ら下 までを貫 く人
問題
で あ る。 初 等教育 レベルでは,37,69:3人 の教 員の うち16,186人 (43% )が 正規 の有 搾格者 にす ぎず, 中 等教 育 レベルは,4,824人 中3,221人 (67% )が有 資格者 であ る。19) 高等教育 に な る とこの事 情 は い っそ う悪化 し,大学 教 員 の場 合, 何 とか人材 を確 保 してい るサイ ゴ ン大学 の場 合を除 け ば どこと もに教 員不足 に悩 んで い る。 実際, この国 の大学 で教育 にたず さわ るこ とは一 種 の奉 仕 であ る。 Ph.D.や 研究歴 を もつ有能 な学者 は,兵役 を避 け た り,旅行 の自由の制 限 をおそ れ て外 国で働 く場 合が 多い。かわ らは,海 外で は,US$600-1200 (permonth)の報酬 を得 て仕 事 につ いてい るのか普通 で あ り,わ ざわ ざ月 US$80(VNP 3万)20)の給料 で教 え るた め に帰 国す る気 は もち合 わせ ろ とい うほ うが 無理 で あ ろ う。 また大学院 で勉強 し,学 位や研究 の訓練 を受 けた若者 た ちは,何 とか兵役 を のがれ て本 国で働 く場合 で も,外 国企 業や政府企 業 の高級職 員 と して働 くことが多 く, この場合,かれ らの月給 は約 US令 200-400(VNP8万-1
5
万)が普 通で,大学 は こ うした人材 を獲 得す るため に, これ らの企業体 と金 銭的 な競争 を 18)ibid.19)MouvemeniEducatif1968-1970,pp.17118.
20)ベ トナムのピアス トルは, 1971年8月現在, ほぼ 日本円と等価であったが, 円 り切上げによって実勢
東南 ア ジア研究 9巻3号
す る こ とが ほ とん ど不 可能 な現状で あ る。 したが って通常,大学 は,教 育を片手 間 とす る有 能
な人材 か, さ もな くば,生活 に追 われ て過 重 な教育 負担 を余儀 な くされ てい る教 員に依存せ ざ るを えない とい うわけであ る。21)
初 等 ・中等教 育 の教 員 の養成 は,す でにみ た通 り,大学 の教育学 部 とEnseignementNormal で行 なわれ るが, 教 育学 部 におけ る中等教育教 員志願者 は, ベ トナ ム語一 中国語, 歴 史一 地 哩,英語,仏語,数学 ,物理- 化学
,自
然科学 の7部 門に分かれ て教 育 され る。 大学 の教 員につ いては, そ の学歴 や 資格 を 明 らか にす る ことは きわめ て難 しいが,今 日まで のベ トナ ムに おけ る高 等教 育 の事情 を考 え るな らば , 国外留学 の経験 を もつ人 々が相 当に多 い ことが想像 に難 くない。 例 えば, 手 元に あ る VanHanh大学 の社 会科学 部 (1967-68年に開講- 政治学 , 社 会 学 , 経 防学, 商学 お よび人類学 の5学科 を 開 いてい る) の 1970-71年 次教授 リス ト (Danh SachGiao Su'Ni仝nKhba197O-71,VienD
aiHQCVanHanh,PhanKhoaKhoaHOCX
∼aH
8i)- もっ とも, この場合 も専 任 と非常勤 とを区別す る ことが で きないけれ ども- にあ る 40名 の教 員を専 門,学 位,教 育機 関な どで分類す ると次 の よ うに な る。 専 門 5 法学 文学 哲学 経済学 農経 商学 歴史学 政治学 社会学 経営学 不明 人 数 博 士 号 保 持 者 8 1 2 6 1 2 2 4 5 2 7 3 1 1 3 10
2 4 2 0 1 教 育を受 け た場所 (機 関)で は, サ イ ゴ ン 12, フ ラ ンス (あ るいは パ リ)8,米 国 8, ベル ギ ー 1, ニ ュー ジー ラ ン ド4, スイ ス 2, オ ラ ンダ 1,小 計 36,不 明4で あ る。40名中18名が 何 らか の博士号 (Tien Si)を もち,2
4
名 (58%)が各 々国外で高 等教 育 を受 け てい る。 ちな み に, サイ ゴ ン以 外で博士号 を受け てい る ものは,博士号 を もつ ものの うち1
3
名で あ る。 この よ うに,専 門職 と しての大学 教 員 の養 成 は,現在 まで の ところ,特 に留学 に依存す る傾 向が強 いが, この傾 向は今後 と も相 当長 く持 続す る可能性 が大 きい と思われ る。 3)医師, 薬剤 師,歯科 医 の教育医師, 薬剤師,歯科 医 の教 育は 大学 の学 部 におい て行 なわれ るが, 医学 部 は Hue,Saigon
医 学 部 1 ∴ ∴ 志 願 者 男 女 計 3,881 1,282 5,163 470 403 873 3,332 2,130 5,462 入 学 者 女 ㌦ 4 13 -{ 21 3 1 計 7 1 0 8 7 7 2 2 9 3 2 7 2 0 1 1 2
21)DeanoftheFacultyofSocialSciences,"TheSocialScienceatVanIIanhUniversity."VanHank
Bullelin,1970,Vol.II,#7-8-9,pp.23-31. 456
中野 :最近 のベ トナ ム共和国 におけ る若干 の専門的 ・技 術的職業 につ いて の両 大学 に, 薬学 部 と歯学 部 は Saigon大学 にあ るにす ぎない。 したが って, これ らの学 部-は 多 くの志願 者 が殺 到 す るので入学 試験 が課せ られ る こ とに な るが, そ の競争率 部-は きわめ て高 い。 1968-69年 のサイ ゴ ン大学 の場 合 は上 の表 の ごと くで あ る.22) この よ うに して入学 した学 生達 の現 勢 は次表 の ごと くで あ り, これ には医学 部 で5人 ,薬学 部 で 9人 の外 国人が 含 まれ てい るo'13)(ちなみ に, ユニ
大
学 の医学 部在学 生数 は226人 , こ この 医学 部 は6年制 であ る。) l 準備の年 280 (22.8) 1年
269 (17.1) 2年
; 165 (12.7) 3年 206 (13.5) 4年 ; 174 (13・2) 5年 193 (9.8) 計 F 1,453 (15.0) 63 (57.1) 316 (44.9) 79 (44.3) 433 (53.11) 44 (47.7) ! 617 (50.5) 32 (34.4) 566 (53.0) 21 (38.1) 332 (55.4) 239 (46.4) . 2,264 (51.5) l ( )内は女子学生の割合を%で示す iFに よ って異 な るが, 女 子学 生 の比率 は薬学 部で平均 約51% ,歯 学 部 で46% , 医学 部 で15% を示す。医学 部で は7年 の教 育 の後,卒 業 試験 を経 て, 医学 博士 (Dip16medc DocteurenM占 de-cine)を,歯 学 部 お よび薬学 部 では5年 の教 育 の後,卒 業 試験 を経 て各 々Chirurgien-Dentiste,
pharmacienの Dip16me を うる こ とが で きるが, こ うした試 験 に合 格 しで 学位 を とる ことに 成 功 した ものは1968年 の場 合, 医学 部179(0), 酢 学部23(5),薬学 部236 (131),--( )内は
女
子 の数 。 した が って医師 の場 合 これ に ユニ大学 の15名を加 え て, この年 ベ トナ ムで誕 生 した医 学 博士 は194人 とい うことに な る。 これ は, この社 会 の医師 集 団 の約 10.4% に当 た る数 で あ る。
なお,海 外 で の教 育 につ い ては,Vietnam StatisticalYearbookでは, 医学 は社 会学 と同
一 カテ ゴ リ- (y-tざ,x71--IlSiう に分類 され,て い るので,直接 にはつか み類 いが
,
特 に医療 関 係 全 体 (例 えば ,nurseeducationの ご と き も含 め て) の専 門 的訓 練 のため に留学 して い る ケー スを HealthStatisticalYearbook25)に よ ってみjuf,1969年現在,19名の専 門家 が海 外 で訓練 を受 け てお り, そ の留学 先 は, 口本 2, アメ リカ 12, ベ ルギ - 4, マ レ- シ ア 1 とな -)て い る。
4)高級技 術者 の教育
22)AnnuaireStaiisiiquedel'Enseignemeni1968-69,p.51. 23)ibid.,p.53.
24)ibid.,p.54,p.56.
25) Nil?'lGi'ImTh6flg K'-,r-T〆 19('19,】T'・六 1一・TF
東南 ア ジア研 究 9巻 3号
いわ ゆ る高 度 な科 学 的 ・職業 的技 術 を修得 させ るため の工学 系教 育 は,建 築学 を除 けば ,理 学 部 の物 理 一化学 系 の学科 におけ るそれ を唯一 の例外 と して,す べ て大学学 部 の外 に置 かれ て い る。 4年制 の5種 の高 等専 門学校 が それ で あ り,す で に触 れ た よ うに,化 学 ,土 木 ,電 気,
工 業 美 術 , 農 業 の
5
種 で,各 々4
年 間 の教 育 で技 師 のdi
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を 獲 得す る こ とが で きる。 5種 の高 等専 門学 校 の1969年 現在 の学 生数 は 次 の表 の ご と くで あ る。26) 土 木 男 女 計 電 気 男 女 計 ∴ ∴ ‥ ∴ 了 1学年 2学年 3学年 4学年 99t 93 70 63 21 66 36 18 一 17 10 9 一 49 26 9 一 5 2 6 1 9 7 6 2 2 2 3 一 50 33 27 25 0 3 7 5 3 2 3 1 8 1 1 5 7 7 1 3 1 3 5 3 1 1 1 ⋮ 3 これ らの専 門学校 も志願者 が 殺到 す るため 激 しい入学 競争 を展 開す る こ とに な るが ,1969年 の統 計 で は化 学 と農業 では それ ぞれ 志願 者 の8.4% ,4.4%が入学 を許 され た にす ぎず , これ 以 外 の専 門学校 に 関す る同 じ値 の平 均 は5.8%で あ る。ち な み に建 築学 部 のそれ は 17.0%で あ る。 ほか に社 会技 術者 の養 成 とい う点 で重要 な ものに, 大学 レベ ル の 官僚 養 成 機 関 で あ るNI
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が あ り, 1968-69年 現在 で525人 (男439, 女86) の 学 生 を擁 し, 中等教 育 ではあ るがNSC(
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)
が あ って, 142人 (男 89, 女 53) の学 生 を擁 してい る。 後者 - の入学 は きわ め て難 し く,1969年 では 志願 者 の 6.2%が 入学 を許 され た にす ぎない。 ⅠⅠ 専 門的 ・技 術 的職 業 従 事者 の活 動 1.労 働事情 の概 観 内戦 が貴 重 な人材 を消耗 す る中 で, 近代 化 ・工 業 化 を推 し進 め てゆ く持 続 的 な力 と して の質 の高 い労 働者 を獲 得す る こ とがか な り困難 な仕 事 で あ る こ とは想 像 に難 くな い。 実 際 , 国家 公 務 員 の著 しい増 加 とひ き くらべ る と27',一 般 の私企 業 労働者 の数 はそれ ほ ど増 加 していない。 す なわ ち, 第 一 次 産業 の雇 用労 働者 を除 いた場 合 の数 でみ る と, この社 会 の労 働者 人 口は,26)AnnuaireStaiistiquedel'Enseignement1968-69,p.61. 27)国家公務員の数 (非常勤雇用 も含む)
1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969
121 143 179 219 210 208 222 単位 :1000人
中野 :最近 のべ 7-ナ ム共和 国 におけ る若干 の専 門的 ・技 術的職業 について 1960年 に518,290, 1966年 に623,136で , 大 き くは 変 化 して い な い 。 表 4に 示 す の は , 産 業 別 労 働 人 口 (労 働 力 の構 成 ) お よび サ イ ゴ ン- の労 働 力 の 集 中 度 を 明 らか に した もの で あ る。28) 労 働 人 口構 成 の推 移 を 知 る資料 は 多 くな い が , 表 5は 産 業 別 に 1960年 を 100 と した 1966年 の 値 を 示 して い るの で , この表 に も とづ い て 若 干 の コメ ン トを 加 え て お こ う。 す な わ ち , 全 国 的 に み て 農 業 の企 業 化 が 進 行 して い る よ うに み え るが , これ は 主 と して 漁 業 表4 被 雇 用 労 働 者 人 口 iiia D 壁_業 別 -」 全 国 サ イ ゴ ン 農 漁 業 鉱 業 製 建 電 水 造 築 ガ 気 業 業 ・ 遺 ス 動 銀 不 通 ● ● ● 業 険 輪 商 保 運 ス 亘 ど " 計 ? 農 鉱 製 建 竃 水 商 保 運 サ 行 産 信 業 漁 業 造 築 ? 気 ス 遺 業 ・銀 行 険 ・不動産 輸 ・通 信 計 282,307(31.4) 1,513(0.1) 119,556(13.2) 130,585(14.4) 3,173(0.3) 102,848(ll.3) 118,684(13.1) 146,777(16.2) 905,443(100) 73(- ) 15(- ) 49,314(14.9) 69,584(21.0) 2,586(0.7) 40,097(12.1) 1
1
2,464(34.2)5
6,6 38(17.1) 330,771(100) サ イ ゴ ン へ の 集 中 度 (%) 2 2 5 ︻ 41 ・ 53 ・ 81 ・ 】 ( )は%
,- は negligible 表5 1960年 を 100とした1966年 の産業別労働人 口の値 全 7 8 5 1 8 4 4 0 6 2 1 1 1 2 1 51 104 448 128 (実数 905,443) 国 04 一 〇1 48 39 1 1 3 1 62 228 223 158 (実数 330,771) 28)雇用労働者人 口に関す る全国的な調査は1966年に労働省に よって行 なわれ たのが最 も新 しい。その調査 結果は :Ki7e^mJ ,accAng-Nhl:n XL'-NghiをpTu・Tot.tn-Ql:bvc.Navm 1966
,B
6 Lao-DaTng.(全国企業労働 者 調査 1966年,労働者)1970年 の Vielnam Staiisiical Yearbookの労働人 口関係の統計ははば これに よってい るO若干の分 析的 コメン トも含んでい るので, ここでは頃資料を利用 したO表 4は筆者が これ らの資料に もとづいて 作成 した。
東南 ア ジア研究 9巻3号 におけ る企業化 の伸びであ る。 土 木建築は特にサイ ゴンで
1
9
6
0
年 の3.
5
倍であ り,サ ー ビス業 の進 出 も顕著であ るが,後者 は米軍 の急増 とも関連 してい る と推測 され てい る。運輸 ・通信 な ど情報化傾 向はサイ ゴンを中心 に伸びてい る。 商業 の場合は,特 に小規模 な もの,地 方に分散 してい るものを,1
9
6
6
年 には充分 カバ -で きなか った ことも留意 さるべ きであ るとい う。29) さて,privatesectorの労働者 を約9
0
万 とみ,それ に政府 の雇 用す る公務 員2
2
万を加 え, さ らに初等 ・中等教育に従事す る約4万8千 の教 員を加 え ると,ほほ南 ベ トナムにおけ る重要 な 被雇用人 口を数 えた ことになろ う。 その数 は約116万8千 であ る。2.
専 門的 ・技術的職業従事者 1)教 員の場合 初等 ・中等教育にたず さわ る教 員は, しば しば semi-professionとして分類 され るが,1
9
6
9
年現在 , ここでは3
7
,
5
6
8
人 の初等教育教 員 (男1
1
,
1
3
2
,女2
6
,
4
3
6
)
がお り,私立 の6
,
5
0
0人 (男1
,
7
1
8
,女4
,
7
8
2)
を除 くと,公立学校 の教 員は3
1
,
03
4
人 (男9
,
3
9
7
,女21
,
6
3
7
)
千, 女教師 の比率は6
9.
7
%
に達す る。 (サイ ゴ ンでは, この値 は8
3
.
2
%
であ る。)30) 表6 大 学 教 員 の 分 布 Saigon 大学 計 教 員 数 (外 国 人) 教 員 1人当 り 学 生 数 教 員 数 (外 国 人) 教 員 1人当 り 学 生 数 教 員 数 (外 国 人) 教 員 1人当 り 学 生 数 教 員 数 (外 国 人) 教員 1人当 り 学 生 数 教 員 数 (外 国 人) 教 員 1人当 り 学 生 数 教育 法学 文学 理学 医学 歯学 薬学 建築学 30 35 29 136 98 16 78 34 2 1 6 - - -22.1289.0214.4 43.3 14.8 14.9 29.0 16.2 14 22 48 17 98 -- - 10 - 10 -29.0 28.5 19.5 64.5 2.3 -3 1 4 2 5 1t
一
0 3 1 9 0 2 84 86 151 240 196 16 78 1 2 30 6 10 - -政 治 経済学 ㌦ 40 5 計 56 9 . 0 ㌦ 99 20 . 5 諒 8 . 6 7 7 3 11 竺 9-5 -4 1 18.5133.8 58.1 32.2 8.5 14.9 29.0 16,2 25.8 】 38.2 29)ibid.30)AnnuaireStalisiiquedel'Enseigne桝eni1968-69,pp.17-18. 460
中野 :最近のベトナム共和国における若干の専門的 ・技術的職業について
中等教 育教 員 に な る と, そ の数 はず っ と小 さ くな り,学 科 別 , 教 育 水準 (前 期担 当, 後 期担 当 な ど) に よ り専 門性 に基 づ く分 化 が生 じる。 1969年 の総数 は14,177人 で,学 科 別 で は, 2,468
人 のベ トナ ム語 教 師 が 一 番 多 く, 次 いで 2,329人 の数学 ,1,632人 の物 理一 化 学 ,1,546人 の仏 請 ,1,262人 の歴 史一 地 理 と続 く。
大学 教 員の場 合 は,
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大 の456人 ,Hue
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大 の133人 ,Da
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大 の137人 , それ に
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大 の若 干 名が 加 え F),ILるので , そ の数 は約1,
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人程 度 で あ ろ う。Va
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大 を除 く925人 cj)大学 数 Eiレ')内訳 廿 は表 G
Lj)通 りで あ ;:Jo31㌦ なお 外 国人教 員の割 合 は全 体 で約5.8%で あ る。 2)医療 関 係者 の場 合 この分 野 の専 門職 は , 通 常, 医師 , 歯科 医,薬 剤師 な ど,す で にそ の教 育 につ い て触 れ た高 級専 門職 と, さ らに各 種 医療 技 師 ,看 護婦 ,各 種 助芋 (看 護 ,薬 剤 ,実験 な ど), 病院 管 理者 , 助 産婦 ,地 域 の医掠 ケー ス ・ワー カーな どを 合む が , ここでは前 者 に限定 して分 析す る。 戦 中に よ る負傷 の手 当 と交 通 事故 に悩 ま され , 出産 に伴 う死 亡 も少 な くな く, また呼 吸 器 結 核 ,各 種 の伝染 性 の病 気が死亡 原 因 の上 位 を 古め ,7Jこの国で32), 各 種 医療 サ ー ビスに 対す る人 人 の要 求が 低 いわ け は ない。 国家 公 務 員 と して働 く医師, 歯科 医, 薬 剤師 の数 は年 々増 加 してお り, そ の数 は 次 に示 す 通 りで あ る。33)(表 A) 表 A 年 度 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 寸 ・ 度 医 帥 蓑 B 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 料 " 剤 医 山 師 527 576 753 833 980 1,028 1,252 1,431 83 80 96 107 118 130 141 152 406 464 523 620 758 1,055 1,259 1,577*
t
T
S
AI
D
を除 く0 31)前記(注30)の諸統計 より作成。 32)例えば,1969年度の国立病院におけ る死亡原因の順位は,(1)戦争に よる負傷など,(2)出産時の諸原因, (3)交通事故,(4)不明確な諸原因,(5)呼吸器系結核,(6)他のすべての伝染性および寄生性の病気,などと 続 く.HealthStaiisiicalYearbook,Vietnam.1969,pp.85-86.33)Vietnam StaiislicalYearbook1970,p.346.
東 南 ア ジ ア研 究 9巻3号 私 的に開業 す る ものの数 も年 を追 って増 加 してい るが,特 に医 師 には若干 の外 国人 がみ られ る.34)(表B) したが って, 1969年現在 , この国 の医師,薬剤師,歯 科医 の数 はほぼ次 の ごと くで あ る。 総 数 外国人 医 師 歯 科 医 薬 剤 師 1,856 28 219 1 1,758 5 人 口10万人 当 りの人数 日本の場 合 t.ー 1g,0
7
^姦f
(
1969) 111.4 36.4 71.9 比較 のため に付 した 日本 の場合 と比べ てそ の貧弱 さが否 定 で きない。 もっ と も,医師 の統 計 には通 常軍 医を数 えない ので, この点 を考慮すべ きか もしれ ない。 しか し, この社 会 で注 目す べ き こ とは,現代 西 洋医術 に対 す る競争者 と してのいわゆ る漢方 医 (Dong-Y-Si)が,や や停 滞 の傾 向を示す とはい え,民 間医療 で まだ まだ重 要 な役割 を演 じ てお り, そ の数 は西 洋医 師 を大 き く上 回 ってい る とい う点であ る。 そ して,漢方薬店 も減 少 の 傾 向はみ られ ない。35)\
\年
i
i
i
Z
度
1965 1966 1967 1968 1969 漢 方 医 数 漢 方 薬 店 数 4,772 4,786 4,797 4,778 7,030 7,067 7,106 7,087 4,798 7,126 こ うした現代 医学 に対す る競争者 の問題 は,人 々の病 気 に対す る観 念 と深 いつ なが りが あ ろ う。 専 門家 の間 で も,東 洋医学 と西洋 医学 の統合 を説 き, そ の関係 は補完 的 で, 例 えば,前 者 は精神病 の治療 に,後者 は整形 外科 に特 にす ぐれ てい る と し, なか んず く患者 をそ の家族 , そ の社 会, そ の宇宙 的環境 との関係で一 つ の全 体 と して扱 う東 洋医学 の考 え方 は, 医学 哲学 の上 で も重要 で, これ を医学 教 育 の中に取 り入れ るべ きであ る とす る人 もい るので あ る。36) さて, あ らゆ る専 門家 の活動 は,社 会 の専 門家 サ ー ビスに対す る需要 に対応 してい るが, そ れ は社 会 (あ るいは人 々) の示す選択 的行動 に よって決 まる。 こ うした観 点か ら医療 活動 を分 析 す る こ とも医療社 会学 の重要 な課題 であ るが, ここでは示唆 に と どめ るほか はない。 なお,上 述 した医療専 門職 の活 動 の社 会 的効果 につ いて一言 しておけば , デ ー タのあ るサ イ ゴ ンの場合 , 公衆衛 生 水準を如実 に反 映す る といわれ る幼児死亡 率 (infantmortalityrate) は, 1962年 を ピ- クと して漸 減 してはい るが, これ を全 死亡 に対 す る5才以 下 の幼児 の死 亡 の 34)ibid.35)HealthStaiisiicalYearbook,Vietnam 1969,p.65.
36)BuyDuyTan,…A SynthesisofOccidental&OrientalMedicines,HVanHankBulletin,1970,Vol・ ⅠⅠ,♯5-6,pp.23-30.(この筆者はHue大学医学部長一当時)
中野 :最近のベ トナム共和国における若干の専門的 ・技術的職業について 割 合 と してみれ ば ,驚 くべ き高 い数 字が い まだ残 存す るので あ る。37)(下表 ) 医療専 門職 の責任 は重 い といわ ざ るを えない。 二二二二: = 至 :草 ーJ 幼 児 死 亡 率 (1000の出生に対 し) 5 才 以 下 の 幼 児 の 死 亡 率 (総死亡に対す る%) 1960 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 70.11 74.29 82.97 71.25 63.95 57.70 61.10 48.70 51.10 53.9 53.8 55.0 51.6 49.0 46.7 47.1 45.3 39.6 3)一般企 業 の専 門 的 ・技 術 的労 働者 の場 合 一般 の雇 用労 働 力 の構 成 お よび推 移 に つ い てはす でに概 観 したが, そ の専 門性 の度合 に よる 分析 に関 しては,われ われ は再 度1966年 の労 働 省 の調査 に頼 らなければ な らない。38) 同調 査 は, 1960年 と1966年 に おけ る専 門性 の度 合に よ る全 国の労 働者 の数 を比較分析 して表 7の ご と くに ま とめ てい る。39) 全 体 と してみれば, いわゆ る技 術労働者 (skilled worker)の数 は総労 働者 数 の兄を 占め る が, この値 は1960- 66年 の間 にほ とん ど変化 してい ない。 他方,高 級管理 職 の数 は絶対数 にお いて も減 り, 比率 では約半 分 に な ってい る。 これ は私企 業 の規模 拡大 に伴 う合併 に よろ う.40)
高級技 術者 で あ る専 門技 師 (chuyEl-nghi^ep ky-thu^gt) は約4倍 の比率 に伸 び てい る。unskil
-ledworkerは66年 で は見習 と家 内労 働者 に分割 され た とみれば, そ の数 は総労 働者 の約 %で, 表
7
専門性の レベルによる労働者の分類 社 長 ・管理職 1 115,020 ∴ ∴ 言 l 非 技 術 労働 者 ; 1162,630 家 内 労 働 者 t 合 計 446.720 比 率 2 3 3 . 8 . 9 . 8 」 一 . 4 一 5 0 4 2 6 100 1966 】J 比 率 1 1 34,492 5.3 191,720 29.4 19,377 . 2・9 52,759 : 8.1 651,659 10037)HealthStaiislicalYearbook,Vietnam1969,p.125_ 38)注28)の労働省統計。 39)同上 p.12. 40)同上 p.7.資料のあるサイゴンの場合,労働者の企業規模別の割合は : 1960 : 94 % 3.6 1966 45.2% 6.2 1.9 0.3 5.2 43.4 463
東 南 ア ジ ア研究 9巻3号
この比率 はほ とん ど変化が ない と解釈す ることがで きるであ ろ う。
さて, private sectorの専 門的 ・技 術的労働者 の実態 をやや詳細に分析 した もの と して,労 働省が
1
9
6
9
年にサイ ゴンで行 な った調査 があ るので41), そ の結果 か ら主 な ものを紹介す ること に しよ う。 概 して大 規模 な非政府 系私企業が調査対象であ るため,いわゆ る自営 の専 門職 は含 まれ てい ない し, また政府機 関の専 門職公務 員 (例 えば ,医者 の場合,そ の数 は総数 の約2
2.
8
%)
も含 まれ ない。 さて,非常 に小規模 な企 業 (特 に,商業,娯 楽,個人サ ー ビスな ど)を除 いて,1
9
6
9
年 の調 査 では,l
l,
0
0
0
の企業体が7
7
,
0
0
0
人 の労働者 を擁 していた。 (これで も1
企業 体 の平均規模 は7
人であ る- ちなみに,小企 業を も含めた1
9
6
6
年 の統計では2
9
,
9
0
0
の企業体が,1
6
0
,
3
7
0
人 の労働者 を雇 ってお り,そ の平均規模 は約5.
3
人 。) これ らの企 業体 の産業別分布 は,製 造業7
1
%
,商業1
3
%
, サ ー ビス業1
3
%
な どであ り, 労 働者総数 の % が製造業 に雇 用 され てい る が,製造業 におけ る専 門職 お よび技術労 働者 の割合 は3
0%
であ った。42)そ の概要 は表8
に ま と めた とお りであ る。43)詳細 に関 して若干の説 明を加えておけば,概 してサ ー ビス業, 特 に Community Services
が高 い専 門職労働者 の割合
(
4
9
%)
を示 し,医者,看 護婦,教師 を大量 に擁 してい る。 専 門職 で最大 の カテ ゴ リーは, 「そ の他の専 門職」 であ るが, これ は教 師,会計士,弁 護士 を含む も のであ る。 2番 目の医療 関係には,医師,看護婦,薬 剤師,助産婦 が含 まれ る。 雇用企業 の規 模 でみ る と,技師, 自然科学者 は労働者5
0
人以上 の大企業 に雇われ てい る割合が高 く (各 々,7
0.
5
%
,5
7.
6
%
), また医療 関係者 と技 術者 は小企業 で も活躍 してい る。 す なわ ち,1
0
人以下 の企業で,前者 の5
1
.
7
%
,後者 の4
0.
5
%
が雇 用 され てい る。 専 門職 中におけ るベ トナ ム人 の割合 は,表 8に示 した通 りであ るが,一般 には技師 の割合が 一番低 く,特 に建築業 の技師 でそ の割合が5
0
%
,運輸 業で6
6
.
7
%
であ る。 全産業 の労 働者 に 占め る女 子 の割合は3
8
%
であ り,専 門職労 働者 の場合 にそ の割合が1
9
.
8%
に落 ち るが,後者 において女 子 の割合 の高 いのはサ ー ビス業 の2
9.
4
%
であ る。41)Survey of ike employmentof scientific,1)rofessionalandtechnicalworkersinprivateesiablis h-ments,Saigon
,1
9
6
9
,MinistryofLabor.42)調査における困難の一つは,技術労働者の定義が人に よって異なっていることである。ちなみに,ILO
の職業分煩国際基準
(
1
9
6
8
年)によると, 「Professional,Teclmi calandRelatedWorkers」は,次の ように定義されている。"--- majorgroup (which) contains the greater part of the highly educated and trained personnelwhocarryoutprofessionalfunctionsinscientific,engineering,medical,legal,teaching andotherfields.-- Thoseperformingcertain functionscoveredin thisgroupmayberequired bythelawsandregulationsinforcein aparticularcountrytopossessauniversitydegree,diploma orotherspecifiedqualification.=
43)以下の統計はいずれ も注 41)の調査結果に よるか,それ らによって筆者が作成 したものである。
中野 :最近 6)ベ トナ ム二代和榊 にお け る若干 の尊 P朋勺・技 術 的 職 業 につ い て 表 8 専門的 ・技術的労働者の数 (業種別 ・規模別 サ イ ゴ ン 1969) 製 造 業 7,748 50,873 1,564 (2.9) 建 築 業 93 2,047 31 (1.5) 電 気 3 1,952 114 (5.8) 商 業 1,443 9,779 816 (8.3) 運 輸 300 2,168 114 (5.3)
サ
ー ビ ス 1,374 10,239 2,500 (24.4) 10,961 77,058 5,139 (6.5) 専 門 職 別 技 師 (k-y-su・) 自 然 科 学 者 医 療 関 係 その他の専門職 技 術 者 (k7-th'at-gia) 計 10人以下 10-49人 50人以上 (1.5) (3.9) (3.8) - (1.2) (2.0) - (5.9) (8.9) (6.3) (10.7) (5.9) (21.0) (5.8) (28.4) (18.3) (33.0) (5.0) (7.6) (7.3) ( )内は 総労働者数に対す る専門的 ・技術的労働者の割合(%ノ 専門
職 数 (割合) 234 (4.6) 33 (0.6) 1,347 (26.2) 2,801 (54.5) 724 (14.1) 5,139 (100%) なお全 労働者 の場 合, サ イ ゴ ンで はそ の1
.
2
%
が 外 国人 で あ るが, 専 門 的 ・技 術 的職 業 では そ の値 が5%に な る。 例 えば , 製 造 業 で は, 労 働者 数 の 0.8%が 外 国人 で あ るにす ぎない の に,専 門職 に な る と, 外 国人 の割 合は6%
に達 す る。 そ の絶対 数 は小 さい とは い え, 外 国人専 門職 の割 合は い くつ か の小企 業 に お い て きわ め て高 く,醸 造業 に おけ るそ O-)値 は40%, タバ コ 製 造 業 のそれ は30%で あ る。 結 論 的 にみ て, これ らの企 業 に関 す る限 り特 に顕 著 に専 門 的 ・技 術 的労 働者 の不 足 を訴 える 声 は 聞かれ な い。 産 業 別 にみ る と,運 輸 業 で16,電 気機械 を除 く機 械 製 造業 で 8,化学 工 業 で 6, と各 々若 干 の専 門職 の不足 を報 告 してい るだけ で あ る。 外 国人技 術 者 の 目立 つ若 干 の製 造 莱 ,土 木建 築 業 に して も, この現 象 は ベ トナ ム人技 師 の不足 とい うよ りは, む しろ企 業 の資本 関 係 と関連 して い る よ うに思 われ るの であ る。 よ り一般 論 と して言 えば もち ろん この よ うな判 断 は現 時 点で の この社 会 の産 業 活 動 を前 提 に Lて の こ とで あ り, も しこ,ll,を発展 の契機 で みjLば , こ うした専 門技 術者 の不 足 は議 論 の余 地 が ない. 問 題 は,現在 戦争 目的 に 集 中 的 に 用 い られ て い る諸 資源 が社 会 的, 公 共 的 な諸 活動 に 大 規 模 に転 換 利 用 され る こ とで あ る. それ と同時 に現 在 主 と して完成 晶 の輸 入 に のみ 依存 して い る この社 会 の経 済 活動 を, 生 産 中心 の構 造 - と導 くよ うな援 助 計 画 の実 現 が 望 ま しい。 こ う した計 画 と平行 しては じめ て社 会 の指 導者 層 の形 成 に貢献 す る よ うな技 術 的, 教 育 的援 助 の努 力 が有 効 な もの とな るで あ ろ う。 適 切 な活 動 分 野 を開拓せ ず に, 知 的 エ リー ト階 層 を大量 に生 465東 南 ア ジア研究 9巻3号 産す る ことが社 会不安 の大 きな原 因にな る ことは既 にい ろい ろの社会 で証 明ずみ の ところであ る。 加 えて実 際 の社 会活動 を担 うく 中間 的>技 術者 (semi-professions)の育成 は一 般大衆 の 社 会 的, 文化 的生 活 水準 の向上 と合 わせ て, こ うした発展 途 上 国 の緊急 の課題 で あ る ことを強 調 してお きたい。 あ と が き 以上 , 最近 の南 ベ トナ ム社 会 におけ る教 育 と労 働 の現況 を背 景 と して,(1)教 員,(2)医療 関 係者,(3)一般 高級技 術労 働者 とい う3種 の専 門職 につ いて概 観 した。 そ の内容 は, 主 と して 最新 の統 計 資料 を中心 に, そ の現 状 を 明 らか にす る ことに重 点が置かれ て い るが, この社 会 の professions 研究 と してほ, これ は全 く一 つ の準備 的 な作業 で あ る。 す でに まえが きで も述 べ た よ うに, こ うした研究 関心 を発展 させ てゆけば , さ らに具 体 的 には次 に示す よ うな諸 問題 に 挑戦 しなければ な らないで あ ろ う。 第1に,他 の専 門職 , なか んず く(1)軍 人,(2)僧侶,(3)弁 護士,(4)高級官僚 につ い て も現 状 を 明 らか にす るこ と, 第 2に,各 々の専 門職 に関 して,(a)供給 源,(l))補充 ル ー ト,(C)組織 化,(d)社 会 的影 響 力 につ い て分析 を進 め るこ と, 第3に, これ らの専 門職 (あ るいはそ のサ ー ビス) に対す る クライ ア ン ト側 の反応 な り態 度 を考察す る こと,加 えて第 4に,専 門職 問 の 相互 連 関 とエ リー ト層 形成 の問題 に まで メスを入れ るこ と, そ して第5に, これ らの分析 を も とに して この社 会 の近代 化過程 を解 明す るこ と, な どであ る。 容 易に想 像 され るよ うに, こ うした問題 を解 くことほ と りもなお さず この社会 の歴史 的全 体 像 を把 握す る ことで もあ る。 そ のために は特 に歴 史, 言語, 宗教 ,慣 習 な どの精 密 で実 証 的 な 研究 が 必要 であ ろ う。 なか んず くマ クロな史 的分析 に加 え て, 家族 ・親 族 レベル,村 落共 同体 レベルで の人 間行動 を規 定す る諸要 因一 動機 づけ, 社 会化,社 会規範,成功 目標, 欲求 水準 , 準拠集 団 な ど- の分析 が ど うして も必要 に な る。 そ して こ うした分析 を地 域 ,世代 ,階層 な ど と cross させ る方法 は社 会学 的分析 の常套手段 とな ってい る。 この よ うな研究成果 が皆 無に 近 い ベ トナ ム社 会 の場合 ,特 に上 に示 唆 した よ うな社 会学 的分析 の必要 を, この機 会を借 りて 強 調 してお きた い。 この報 告 の意 図は, これ らの諸 問題 に立 ち入 る以前 の基本 的知識 を提 供す るこ とであ り, こ の社 会 の底流 に存す る機 能 的技術化 の進 展 を 明確 に してお くこ とであ った。 そ うした意味 で, この小論 は ま さに将来 の研 究 のため の ひ とつ の Stepping-stoneで あ る。 (1971.10.8) 466