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中国のイノベーションの特質と政策展開

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経済と経営 51‒1(2021.3)

〈研究ノート〉

中国のイノベーションの特質と政策展開

汪   志 平

 中国経済はこのところ成長鈍化が著しい。中国政府はこれを「ニューノーマル(新常態) 」と呼び, 経済発展のパターンを,資本や労働の投入に依存した「粗放型」から,科学技術の進歩や労働者の 熟練化などの生産性の上昇に頼る「集約型」に転換させ,イノベーション能力の深化に取り組んで いる。  その対応策として,中国政府は産業構造の高度化を目的として「大衆創業,万衆創新」 (大衆に よる起業,万人によるイノベーション,「互聯網 +」 (インターネット・プラス),「中国製造 2025」 など,多種多様なイノベーション関連政策を発表して,一定の成果を上げている。   本稿は,中国のイノベーションの成果を概観したうえ,それを支える諸政策の展開を整理し,中 国のイノベーションの特質を考えてみる。

1. 中国のイノベーションの成果

 今や研究者数・研究論文総数・特許総出願数などのアウトプットにおいて,中国は米国を抜いて 世界 1 位となっている。研究開発費でもトップの米国に迫る勢いである。  主要国における研究者数は,中国が約 187 万人(2018 年)と最も多く,以下,米国の 143 万人(2017 年),日本の 68 万人(2019 年),ドイツの 43 万人(2018 年),韓国の 41 万人(2018 年)などが続 いている(図表 1)。  国の研究開発力を表す指標の 1 つである自然科学の論文数で,中国が米国を抜き,初めて世界 1 位になった(図表 2)。2016 ~ 18 年にネイチャーなど約 1 万の科学誌に掲載された自然科学の論文 約 154 万本のうち,中国が論文数で 19.9% となり,研究大国の米国 18.3% を抜いた。また,3 位の ドイツ 4.4%,4 位の日本 4.2% を大きく引き離した。特に材料科学や化学,工学の分野では 3 割前 後を中国が占めた。  中国は論文の質でも米国に迫る。被引用数が上位 10% の注目論文のシェアをみると,2017 年の 1 位は米国の 24.7%,中国は 2 位で 22.0%。さらに注目度が高い上位 1% の論文では米国は 29.3%, 中国は 21.9% となった。ただし米中の得意分野は分かれる(図表 3)。中国は材料科学,化学,工学, 計算機・数学で高いシェアを誇る。米国は臨床医学,基礎生命科学が高い。  中国の躍進を支えたのは積極的な研究開発投資の増加である。2018 年の研究開発費(名目額, 購買力平価換算)は前年比 10% 増の約 58 兆円。米国は同 5% 増の 60.7 兆円で 1 位を保ったが,中 国が肉薄している。以下,日本の 18 兆円,ドイツの 15 兆円,韓国の 10 兆円であった。

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図表 1 主要上位国の研究者数・研究開発費総額 研究者数(万人) 研究開発費総額(兆円) 中国 187 58.0 米国 143 60.7 日本 68 17.9 ドイツ 43 14.8 韓国 41 10.3 出所:https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00809  「科学技術指標 2020」より。日本の研究開発費総額は OECD 推計。 図表 2 主要国の自然科学の論文数の推移 出所:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62428000X00C20A8SHA000  特に論文を主に生み出す大学への投資の伸びが著しく,2018 年は 2000 年の 10.2 倍に増加し,1.8 倍の米国などと比べて突出している。さらに,世界最多の約 32 万人を米国に留学させている。米 国で最先端の研究を学び,多くの論文を発表している。

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図表 3 米中の分野別の論文数シェア

出所:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO62428000X00C20A8SHA000

図表 4 中・米・日の特許出願数の推移

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 中国は 1982 年,科学技術の近代化推進を国家目標として憲法に盛り込んだ。1993 年には投資の 推進を示した「科学技術進歩法」を公布した。第 10 次 5 カ年計画(2001 ~ 05 年)では,それま で 1% 以下だった国内総生産(GDP)に対する研究開発投資の比率を 1.5% にする目標を掲げた。 その後も目標を上方修正して,2020 年は 2.5% 以上に拡充する方針である。  世界知的所有権機関(WIPO)は,2020 年 4 月 8 日までに公表した 2019 年の国際特許出願件数 において,中国が 58,990 件となり,米国(57,840 件)を抜き,世界で初めて首位に立った。  また,2018 年の中国の特許出願件数が前年比 12% 増の 154 万件に達し,世界全体の 5 割近くを 占め,8 年連続で首位となった。2 位は米国の 59 万件,3 位に日本の 31 万件,4 位に韓国の 20 万 件と続いた(図表 4)。

2. 中国のイノベーションに関わる重要な政策

 1980 年代から,とりわけ 1990 年代から,中国の科学技術力が急に向上してきた。これを後押し するのは,中国共産党や中国政府が科学技術を推進する強い意志と一連の政策である。そこで,本 節では中国の科学技術の発展に関する重要な政策を整理してみる。 科学技術体制の改革  改革前の計画経済体制をとっていた中国においては,大学は人材育成を,国公立研究機関は研究 開発を,そして国有企業は生産活動を,棲み分けていた。1985 年に「科学技術体制改革に関する決定」 が発表され,研究開発と生産活動の連携を強化し,新しい研究開発システムの構築を目指していた。 1988 年に,「科学技術体制改革の深化に係わる若干の問題の決定」という実施策が発表され,主に 以下の改革内容が含まれた。 ・国公立研究機関への運営費交付金を減額し,機関運営において機関長により大きい権限を与え る。 ・研究機関の傘下に企業の設置,外部企業との連携,外部企業からの研究委託,外部企業による 吸収合併などを認める。 ・国公立研究機関の収益の内部留保を認め,研究者のモチベーションを向上させる。 ・地域の振興策の策定を推奨し,人材の流動を促す。  その結果,2004 年の時点で,全国 592 の大学から 4563 の「校弁企業」が誕生し,その中で科学 技術型企業が 2355 社(約 52%)を占めていた。この中で最も有名な聯想集団(レノボ),方正集団, 紫光集団は,それぞれ中国科学院,北京大学,清華大学の傘下企業である。  こうして,中国の国公立研究機関や大学は,それまで分断された人材育成,研究開発と生産活動 を垂直統合し,新しい研究開発システムが生成・発展してきた。 科教興国戦略  1995 年 5 月に,「科学技術の進歩を加速させることに関する決定」が発表され,「科教興国戦略」(科 学技術・教育立国戦略)を示した。そのなか,中長期の科学技術の発展計画の策定,基礎研究と先 端技術の研究強化,ハイテク産業化の実現を加速することが謳われた。

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 中国政府は 1995 年に「211 プロジェクト」を,そして 1998 年に「985 プロジェクト」という 2 つの大学重点化政策を打ち出した。  「211 プロジェクト」は,1995 年から 10 年間をかけて,中国全土に 21 世紀に向けた 100 校余り の重点大学を整備し,優秀な人材を輩出する基盤を構築することを目標としている。  これに対して,「985 プロジェクト」は,世界一流大学の構築を目標とし,39 の重点大学に資源 を傾斜的に投入するものである。98 年 5 月から「985 プロジェクト」と名付けられた。  この 2 つのプロジェクトの実施は,中国大学の構造と地位に大きな変化をもたらした。THE や QS などの世界大学ランキングにおける中国の大学の数が急増し,順位が大幅に向上してきている。  例えば QS ランキングにおいて,清華大学と北京大学はそれぞれ 2011 年の 48 位と 44 位から, 2021 年の 15 位と 23 位に大きく前進した。また,Top100 に入る中国の大学は,3 校から 6 校に増 加した(図表 5)。 図表 5 世界大学ランキングにおける中国大学の順位変化(2011 → 2021) QS THE 2021 年 2011 年 2021 年 2011 年 清華大学 15 48 20 71 北京大学 23 44 23 49 復旦大学 34 90 70 201-300 上海交通大学 47 125 100 201-300 浙江大学 53 170 94 301-400 中国科学技術大学 93 186 87 192 南京大学 124 168 111 201-300

出所:QS World University Rankings 2011/2021,THE World University Rankings 2011/2021 を基に作成。 ナショナル・イノベーション・システムの構築  改革開放政策以来,中国政府は外国に市場をオープンし,海外の技術を導入することによる企業 の技術力向上に期待を寄せた。しかし 2003 年頃からは,「自主的創新」という発展方針に切り替え, 「国家中長期科学技術発展規画綱要(2006-2020 年)」を策定した。この綱要は,中国の自立的イノベー ション能力の向上を主軸として,15 年間の科学技術の発展に対する包括的な計画及びナショナル・ イノベーション・システムの構築を立案したものである。  政策の数値目標として,2020 年までに国内総生産(GDP)に占める国全体の研究開発費の割合 を 2.5%以上に引き上げ,中国人研究者の年間の特許取得件数と国際科学論文の被引用回数をいず れも世界 5 位以内にすることを目指す。  綱要では,重点領域のリストアップだけではなく,企業の技術開発力を向上させ,将来的に企業 をナショナル・イノベーション・システムの主体にすることを目指し,関連する保障策,税制の改 革及び知財戦略なども提示した。

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 2008 年 7 月に「科学技術進歩法」は大幅に修正された。改正法はハイテク産業への投資拡大, 企業の研究開発,技術導入,それに伴う税制優遇措置や研究者の処遇等について細かく規定した。 特に第 55 条の「国の財政支出における科学技術経費の伸び率は,国全体の経常的な収入の増加率 を上回らなければならない」,「社会全体の科学技術研究開発費対 GDP 比は,逐次に増加させなけ ればならない」という条項が,その後中国の科学技術予算急増の根拠となっている(図表 6)。 図表 6 国家財政の科学技術投入,研究開発費総額と 研究開発費対 GDP 比の推移(1997 ~ 2017 年) 出所:周(2019)より。『中国科学技術統計年鑑 2018』を基に作成。 「中国製造 2025」  2010 年以降,経済発展のパターンを転換させ,イノベーション能力の深化に取り組むことが, 中国政府の大きな課題の 1 つとなっている。その解決策として,中国政府は産業構造の高度化を目 的として,「中国製造 2025」を発表した。  「中国製造 2025」についてはここで詳細に論じないが,それは 2015 年に策定された「製造大国」 から「製造強国」に転換し,産業高度化を目指す中国の国家戦略である。  具体的には,第 1 段階として,2020 年までに工業化をほぼ実現し,「製造大国」としての地位を より確固たるものにした上で,2025 年までに製造業の全体的な水準を大幅に向上させ,イノベー ション能力を顕著に増強し,労働生産性を上昇させる。  第 2 段階として,2035 年までに中国の製造業全体の水準を世界の「製造強国」の中位レベルに 引き上げる。

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 第 3 段階として,新中国建国 100 周年 (2049 年) には,総合力において世界トップレベルの「製 造強国」となることを目指している。  つまり,「中国製造 2025」は,この 3 段階における第 1 段階の 10 年間にわたるアクションプラ ンと位置付けられる。 創新創業支援政策  中国は 2010 年頃から急成長に伴う人件費の高騰により,労働者コストの優位性が失われつつあ る。2016 年に,中国政府はイノベーションによる経済成長という,イノベーション駆動型経済発 展モデルへ全面的に舵を切った。  イノベーション駆動型成長モデルへの構造転換に向けて,2015 年に国務院から,「大衆創新・万 衆創業を推進する政策に関する意見」が発表された。スタートアップ・エコシステムの構築によっ て,経済成長モデルを要素投入型から,イノベーション駆動型への転換を加速し,国民一人一人の 知恵を絞り出し,活力溢れる社会の構築を狙っている。具体的には,下記の 8 重点の取り組みが展 開される。  ①メイカーズスペースの充実,②起業ハードルの引き下げ,③研究者・大学生起業の奨励,④公 共サービスの無料提供,⑤政府誘導資金の強化,⑥投資・融資制度の整備改善,⑦起業に資する公 益活動への支援,⑧寛容的な雰囲気の醸成。  中国企業は如何にして急速に変化する消費者のニーズを掴め,それに応えられる製品やサービス を迅速に提供するかは急務になっている。政府は起業者間のアイデアがぶつかり合う新型アクセラ レーターとして,メイカーズスペースの充実化を図っている。  また,起業者に対して,登記手続きの簡素化,インターネット費用の補助・免除,関連業務用ソ フトウェアの無料提供などによって,起業のハードルを下げていく。  そして,研究成果を事業化する際に,特許譲渡金などの収益の半分以上は研究者に帰属する法律 が改正されることによって,研究者の技術移転のモチベーションを向上させる。  さらに,投資ファンドを充実するために,政府誘導基金を強化する。民間投資ファンドが各レベ ルの起業コンテストで優れた起業アイデアに注目して,大ヒットを狙う。  最後に, 各種メディアの宣伝力を使ってチャレンジ精神を提唱し, 中国社会で失敗を寛容する雰 囲気を醸成する。

3.中国のイノベーション力向上のための人材戦略

大学の創新創業に向けた教育改革  創新創業支援政策が打ち出されると同時に,大学生スタートアップ基金,大学生起業教育プログ ラムなどを通じて人材を育成する教育改革が行われた。  2015 年に,創新創業支援政策が発表された際に,国務院は「高等教育機関における創新創業に 向けた教育改革の実施に関する意見」を発表した。ナショナル・イノベーション・システムの構築 において大学教育改革は急務であることが強調され,大学は技術・人材の供給源及び起業者教育の 場として,スタートアップ・エコシステムにおける中心的な役割を果している。

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そのため,2015 年に創新創業に向けた大学の改革をスタートした。下記の 9 つの重点内容で展開 されている。  ①学位の授与基準を修正し,起業意識・起業能力を人材評価基準に反映する。  ②各分野の大学生供給状況と重点産業における人材ニーズを把握し,起業教育において大学間協 力,大学と企業間協力,大学と地方政府や外国との協力を推奨し,イノベーティブ人材制度を模索 して構築する。  ③スタートアップ教育のカリキュラムを設計する。  ④教育方法を従来のレクチャー式からディスカーション式にシフトし,大学生の創発的思考力を 育成する。  ⑤教室での授業だけではなく,スタートアップの現場で教育を受ける。各レベルの起業コンテス トによって大学生の起業力を磨く。  ⑥創発的な実験,論文及び特許を単位に換算する制度を確立し,起業するための休学制度を導入 し,修学年限を緩める。  ⑦起業教育の担当者は大学教員だけではなく,学外の起業家,投資家,スタートアップ経験者も 取り入れて,定期的に教育能力の評価を行う。  ⑧大学生スタートアップ支援サービスを充実させる。  ⑨大学の研究開発資金を起業支援金に適用させ,学外団体や個人からの起業支援基金の設立を推 奨する。  そして,「教育改革の意見」に基づいて,教育部・国家発展改革委員会・工業情報化部などが共 催する「インターネット+大学生創新創業コンテスト」は 2015 年から行われている。チームは大 学生とメンターから構成され,全国決勝戦に進出するには,各大学の決勝戦,各省・市・自治区の 決勝戦を勝ち抜かなければならない。   2017 年の第 3 回創新創業コンテストにおいて,2241 大学・37 万チーム・150 万人が参加した。 2015 年の初回より, 参加チーム数と参加大学生数は,それぞれ 6.5 倍と 7.5 倍となっており,大学 の起業教育の効果が伺える。 ハイレベル人材戦略:「百人計画」から「千人計画」へ  中国のハイレベル人材戦略は,1994 年に中国科学院が「百人計画」を実施した頃に遡る。「百人 計画」というのは,20 世紀末までに国内外から 100 人程度の科学技術分野の若手リーダを招致・ 育成する目標から由来した用語である。  中国科学院は国内外の優秀な人材を呼び集め,国家の特別の資金援助等を受け,21 世紀の中国 の科学技術の発展に貢献する若手高等人材の育成・確保を目指して,「百人計画」をスタートした。  その後,科学研究人材の需用増加に対応するために,「百人計画」の招致規模が見直されて,「海 外傑出人材導入計画」が「百人計画」に追加され,1998 年から 2000 年の 3 年間に,毎年 100 人の 海外からの傑出人材を中国へ招致することが目標とされた。  2006 年に,中国政府は従来の市場をもって外国と技術を交換する方針を見直し,自主的イノベー ションへ転換することを決め,「国家中長期科学技術発展規画綱要 2006 - 2020 年」を発表し,ハ イレベル人材の育成と海外人材の呼び戻しについて明確に決めた。すると,中国共産党中央組織部

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は,2008 年から「海外ハイレベル人材招致計画」,すなわち「千人計画」を発表し,実施に着手した。  「千人計画」の申請条件として,まず国籍問わない,55 歳以下,海外で博士号を取得ている者が 対象とされる。外国籍でも応募できるのは,中国の人材招致政策として初めてである。  採択者は,中国での研究活動期間は 5 年連続,かつ年間 9 ケ月以上(2008 年当初 6 ケ月)とい う条件があったが,3 年連続かつ 2 ケ月以上という条件で,千人計画の「短期プログラム」という ものもある。  対象者の研究歴・履歴について,海外著名大学と研究機関での教授・研究歴以外に,国際知名企 業と金融機関での経営管理経験,または自主開発技術での起業経験が条件となっている。  採択者に対し,中央財政から一括補助金(免税)100 万元(約 1700 万円)が支給されるほか, 賃金面では,中国に帰国する前の賃金水準を参考に,受入機関が本人と協議した上で決定するよう になっている。  この他にも,医療・保険・住居購入時の居住年限制限の免除,配偶者への生活補助と子女の就学 援助といった優遇措置,外国籍の者には永住権が,中国籍の者には任意都市の戸籍選択権が与えら れる。  実際,5 年間の契約期間を終えた採択者の殆どは,契約延長で中国での研究・就業生活を継続し ていると言われている。  「千人計画」は 2008 年に実施してから 2018 年までに,採択者は約 8000 人となり,そのうち,「青 年千人計画プログラム」は 3936 人,「創業人材プログラム」は 306 人,「外国専門家プログラム」 約 560 人,「短期プログラム」は約 3200 人となり,当初計画の 1000 人を大幅に超えた。  また,中央政府の「千人計画」の影響で,各地方政府及び大学や研究機関は独自に「地方千人計 画」,「大学千人計画」など,さまざまな海外人材招致政策を打ち出し,多くの海外人材を呼び戻した。 受入れ機関別を見ると,清華大学と浙江大学がそれぞれ受入れ人数の 1,2 位となっている。  「千人計画」の採択者のうち,最も有名な一人は,清華大学の副学長となっていた施一公氏が挙 げられる。  施一公氏は,2008 年「千人計画」の採択者として,米国プリストン大学の終身教授から,出身 校の清華大学に戻り,構造生物学センターを設立した。その後,施一公氏は清華大学生命科学院 院長及び副学長に就任し,構造生物学センターを世界トップレベルの研究センターに発展させた。 2017 年に,施一公氏と当センターの他の 2 名の研究者は,中国版ノーベル賞とも呼ばれる「未来 科学大賞」に選ばれ,賞金は 100 万ドル(約 1 億 1 千万円)を獲得している。  また,施一公氏は 2018 年 1 月に清華大学の副学長を辞任し,2 月に新しく設立された民営大 学「西湖大学」の学長に就任した。西湖大学は設立準備期の 2017 年から,施一公氏などの国際的 な人的ネットワークを利用し,米国・英国・カナダ・日本などから人材を招致し,高水準の教員・ 研究者チームを作り上げている。

4.中国における産学研連携と大学科技企業

産学研連携の歴史的経緯  新中国建国から改革開放政策がとられるまでの体制では,研究開発は政府系の研究開発機関・大

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学が行い,研究成果は政府の指示に従って,製造企業に無償移転された。この結果,企業は研究開 発能力がほとんど持たない状況に置かれた。また,ほとんどの大学は人材育成を中心とし,研究に 重きを置いてこなかった。  1978 年末以降の改革開放に伴い,企業はただの生産現場ではなくなり,自身の利益を追求する 経済主体へと徐々に変化した。国有企業は西側から進んだ科学技術を導入し,製品改良を進め,ま た民間企業が次々と現れ,先進技術に対する需要は大きく増加した。  一方,大学は当時,活用されていない技術を大量に保有しており,また研究経費の深刻な不足に 直面していた。そのため大学は,技術譲渡の方式で収入を獲得し,研究経費の不足を補った。大学 や研究所を母体とし,電子部品などを取り扱う販売会社や研究開発に携わる企業が数多く設立され た。  さらにキャンパスを出て,企業に技術コンサルティングを行う大学教員も少なくなかった。週末 の時間を使って,企業にサービスを提供することが多かったことから,彼らは「日曜エンジニア」 とも呼ばれた。1980 年代に一世を風靡した中関村の電気街にあった企業の多くは,大学教員が先 頭となって立ち上げたものである。  このように,中国の産学研連携においては,企業には市場ニーズに応えるだけの技術開発能力が なく,大学や研究機関が製品開発・プロセス改良の主体とならざるを得ない構造が,当初からビル トインされていた。  中国における産学研連携は,政府が動く前から自発的に形成され,政府は既成事実を追認し,加 速する形で各種施策を打ち出してきた特徴がある。  中国では歴史的に,企業は技術を企業内開発ではなく,他の経済主体から導入する構造になって いる。このため,日本において問題となった産官学の人材交流の制約等は,改革開放当初から大き な問題となっていない。 中国の大学科技企業  大学科技型企業は,大学や国の試験研究機関等における研究成果の中で生まれ,中国市場の拡大 とともに大きな発展を遂げてきた。  1985 年の科技・教育体制改革まで,多くの大学では「校営工場」が設立され,後の「大学科技企業」 の原型となった。当時,中国の大学による「校営工場」の設立には,主に次の 3 つの目的があった。  第 1 に科学研究のためのパイロット試験の場所を得ること,第 2 に学生に実習場所を提供するこ と,第 3 に一部の家族の就業問題を解決することである。技術の産業化の実現という現在の大学科 技企業の目的とは大きな隔たりがあった。行政面で大学の総務部門に属し,独立採算の事業単位で はなく,法的な独立性を備えていなかった。  1985 年の科技・教育体制改革の実行から,1999 年の校営企業改革までの十数年は,中国の大学 科技企業の発展の黄金期となった。  統計によると,全国の各大学の研究経費に占める政府支出の割合も,1986 年の 54%から 1995 年 の 23%に下がった。この措置の直接的な効果の 1 つは,大学が新たな経費源泉を探して研究活動 を維持する必要に迫られたことにある。

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 1985 年 5 月 27 日には,「教育体制改革に関する中共中央の決定」が発表され,大学が産業活動 に参加し,社会奉仕の役割を担うことを積極的に奨励するようになった。財政部からは 1988 年に, 大学科技産業の資金・人員・税収などでの支援方針が示された。多くの大学が自らに属する科技型 校営企業を次々と設立し,規模は急速に拡大した。  1992 年,国家科学技術委員会(当時)と国家教育委員会(当時)は,「高等教育機関の科学技術 成果の普及・応用の強化に関する決定」を打ち出し,科技型校営企業の任務を「大学の科学技術の 強みを十分に発揮し,科学技術の成果が早期に現実の生産力となることを促すこと」と明確化し,「条 件の整った大学は,民間企業の開発が難しい技術製品を探し,これを開発し,国際市場に乗り出す」 という方針を打ち出した。  また市場経済の深化に伴い,大学は科技型校営企業を非独立採算の事業単位から,大学の直接管 理する独立採算全民所有制(国有)企業へと転換し,独立法人資格を取得させ,市場からの融資を 得るチャンスを広げた。いくつかの科技型校営企業が率先して株式制へ移行し,大学科技型企業の 発展の黄金期を迎える。中国の大学科技企業は 2012 年までに 3 千社近くに達した。  だが,1990 年代末になると,政策面での管理が欠如していたために,科技型校営企業の弊害も 明らかとなっていった。開発能力と実績に欠けた科技型校営企業が氾濫したことで,大学ブランド は大きく傷つかれた。一部の大学では,教授が企業経営に熱中するあまり,研究活動が疎かになる 状況も生まれ,商業行為と大学の運営目標が矛盾し,大学の社会的イメージが損なわれた。これに 加え,外部の経済環境の変化で急速に拡張していた。中国の科技型校営企業は行き詰まり,政府は 大学科技型企業の改革に踏み出した。  中国の大学科技型校営企業は 2000 年頃から低迷期に入り,2000 年から大学科技型校営企業の制 度改革を始め,まずは清華大学と北京大学の 2 校を試行対象として制度改革を行った。  改革目標として次の 2 つを示した。1 つは,校営企業に大学が無限責任を負っていた状況を改変し, 大学と企業の分離を実現すること。科技型校営企業は有限責任を負い,自主的に経営し,損益の責 任を自ら負う市場主体となり,国有資産の価値の保持と増大の責任も負うことになった。  もう 1 つは,大学によるハイテク企業への参入と撤退の制度を構築・整備すること。北京大学と 清華大学は規定に従い,「北大資産経営有限責任公司」と「清華控股有限公司」をそれぞれ設立し, 国有資産経営のための資産経営会社とした。この 2 社は大学を代表し,それぞれの大学の科技企業 を統一的に保有・経営・監督・管理することとなった。この仕組みは,大学と企業との間に「防火壁」 を設け,大学と企業とを形式的に分離するものとなった。ほかの大学の科技型校営企業も,これに 続いて次々と制度改革され,規範化の段階に入り,現在の大学科技型企業として成長していった。  「2012 年度中国高等教育機関経営産業統計報告」によると,大学の経営する企業は全国で 3478 社あり,そのうち科技型企業は 988 社を占める。大学科技型企業の資産総額は全国の大学校営産業 資産総額の 65.6%を占めている。  近年,中国の大学科技型企業の発展が次のような特徴を示している。 ①大学科技型企業の数は横ばいだが,規模は大きく拡大している。分散型から集団化への移行が進 んでいる。 ②大学科技型企業の発展は均衡を欠き,一部の地域や大学に集中している。 ③大学科技型企業の主力は理工系大学である。

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中国の大学科技企業の事例  中国の大学科技企業の具体例として,重点的な国家政策を背景に成功を収め,清華大学の清華同 方威視を紹介したい。  清華大学を母体とする威視股份有限公司は,安全検査設備と安全検査システムを提供する企業で ある。同社の製品は,放射線イメージング技術をコアとし,加速器技術・測定器技術・電子技術・ コンピューター情報処理技術・自動制御技術・精密機械加工技術・放射線防護技術などを一体化し たハイテク製品である。  威視の製品は国内では,税関・航空運輸・鉄道運輸・公共安全などに幅広く使われ,全国の空港 や港湾,国境税関などに設置されている。2008 年の北京五輪大会,2010 年の上海万博など各種の 大型イベントでも,様々な安全検査設備を提供した。世界 95 カ国・地域に販売され,国際市場のシェ アは 50%に達している。  威視股份有限公司の歴史は,1991 年に清華大学が請け負った国家の難関突破プロジェクト「大 型コンテナ検査システムの研究」に遡る。1996 年 1 月,「大型コンテナ検査システムの研究」は検 収を通過し,「科技難関突破重大科技成果賞」を獲得した。産業と社会の発展に対する研究成果の 大きな価値を知ったプロジェクト担当の研究者と清華大学は,成果を市場へと広げようと考えるよ うになった。  清華大学は 1996 年 7 月,大学企業グループを窓口としてシステムの産業化を担当させることを 決め,実体の企業を主体として産業化任務を請け負うという構想とプランを確定した。同年 11 月, 中国税関総署は清華大学と合意し,産業化プロセスを加速するために 200 万元を出資することを決 めた。1997 年 7 月,威視股份有限公司の前身となる「清華同方核技術公司」が設立された。  1998 年 1 月,大型コンテナ検査システムは製品化の審査を通過し,同年 11 月には,清華同方核 技術公司と中国税関総署が協定を結び,1998 年から 2000 年までの 3 年間での大型コンテナ検査シ ステム 10 基の発注で合意した。1999 年 12 月 30 日,固定式大型コンテナ検査システム「同方威視」 が天津東港の税関で運用開始となり,大型コンテナ検査システム産業化プロジェクトの発展にとっ て大きな意義を持つ日となった。  その後,同社の製品は急速に国内市場に広まり,2000 年末までに,北京・上海・天津など 9 都 市に検査システム 10 基以上が設置され,システムの正常稼働率は 99%を超え,ユーザーからの高 い評価を得た。さらに中国の税関における密輸犯罪の摘発に大きく貢献した。  1999 年,清華大学工程物理系は同社と協力し,世界初の加速器を放射源とした車載移動式コン テナ検査システムと,組み合わせ式の移動式コンテナ検査システムの開発に成功し,各性能指標は 国外の同類製品を全面的に上回った。  「大型コンテナ検査システム」の産業化の順調な進展に伴い,2000 年 12 月,清華同方核技術公司は, 清華同方核技術株式有限公司に変更し,清華同方が 76%の株式を保有することとなった。同社は 市場化されたハイテク企業として成長した。  2000 年初め,オーストラリアの税関局は,コンテナ検査設備の入札募集を世界に向けて行った。 同方の技術プランは最終的に顧客の信頼を得て,2001 年 5 月 30 日,オーストラリア税関局は同社と, 組み合わせ移動式コンテナ検査システム 2 基の購入契約を締結した。

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 その後 2001 年 7 月,同社はアラブ首長国連邦の入札に参加した。アラブ首長国連邦は,試験で 使われた設備をその場で購入した。「威視」のブランドは国際市場で一挙に有名となった。  2002 年 3 月 3 日,社名を清華同方威視技術股份有限公司に正式に改名した。この後,威視股份 有限公司は,海外市場の開拓を通じて急成長を維持し,年間平均成長率は 34%に達した。2007 年 4 月までに,威視股份有限公司は海外 60 余りの国・地域から 200 基余りを受注し,コンテナ検査 システムの設置量が最も多いメーカーの 1 つとなった。このほか特許出願数も毎年 100%の速度で 増えた。  海外市場の開拓と同時に,威視股份有限公司は,製品ラインの拡大を進め,「大安全」というコ ンセプトの下で製品の多元化戦略を実施した。初期のコンテナだけの検査から,荷物検査や液体・ 放射性物質検査,毒物・爆発物検査などに対応した複数の製品ラインを形成した。  同社はさらに,それまでの税関の密輸摘発から,民用航空や鉄道・港湾,公共の場所などへと広 がり,多様な顧客のニーズに応えるようになっている。

5.中国のイノベーションの特質

 近年,中国から新製品や新サービスの登場が注目を集めている。高品質な製品の製造のみならず, モバイル決済の普及によって,新たなサービスも登場している。伊藤亜聖(2018)では,こうした 中国で生じつつあるイノベーションを次の 4 つの類型で整理している。  ①サプライチェーンの成熟に基づく製造業の領域におけるイノベーション。研究開発に力点を置 く中国企業の台頭は目覚ましい。アンドロイド・スマートフォンの分野では,華為技術(ファーウェ イ)に加えて,小米科技(シャオミ),Oppo,Vivo といった中国ローカル系企業が,世界シェアの 上位に入っている。  ②デジタルエコノミーの領域で生じたプラットフォーム企業を主役とするイノベーション。百度 (バイドゥ)やアリババ,テンセントに代表されるインターネット業界の大手は,それぞれコアと なるアプリケーションを起点としたサービス展開を行っている。それぞれのアプリからは少額決済 に加えて,高速鉄道・飛行機のチケット,ホテル予約,ライドシェア,食事デリバリー,映画の予 約,公共サービスの支払い,さらには資産運用まで可能となっている。  ③社会実装型のイノベーション。モバイル決済の普及は,どこでも無人で決済可能という状況を 生み出している。この結果,無人コンビニやシェアサイクル,無人レストラン,無人駐車場管理と いった数多くの新たなサービスが生まれている。新技術が試行錯誤されながら,社会に導入されて いく。  ④科学技術型のイノベーション。中国でも基礎技術の研究開発をより重視するようになってい る。中国政府は人工知能(AI)とビッグデータ活用の領域で世界最先端となることを目指しており, また量子通信やゲノム編集といった領域では,中国の研究機関が優れた成果を上げている。産学連 携が進んでおり,清華大学を筆頭に,大学の持株会社が研究成果の事業化を担っている。  そして,中国でこのような多様なイノベーションが生じつつある背景には,大きな国内市場の存 在,モバイル・インターネットの普及,政府によるイノベーション政策と緩やかな規制,そして基 礎研究の基盤などが指摘できる。

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 中国家電・エレクトロニクス企業は,製品の開発から製造,販売に至るバリューチェーンのなか でも,川下重視型の成長パターンを歩む傾向があった。川上に位置する製品やコア機能の開発は, 高度な技術を要し,リスクも高いため,外部の企業に依存することが多かった。部品の加工と製品 の組立は,製造設備とその関連技術を海外から導入して,大量生産をこなすことで,技術と経験を 蓄積してきた。  一方で,川下の販売・マーケティング面は,地場企業としての優位性を活かし,全国規模の販売 網を効率よく構築したり,製品の外観や機能を中国市場向けに若干手を加えることで,外資系企業 に対する強みを形成していった。  しかし,2000 年代半ばに,賃金の高騰や国内市場の飽和が起こると,従来の成長パターンの課 題が浮き彫りになり始めた。中国企業は豊富で廉価な労働力と,巨大で多様な国内市場を足がかり に急成長したが,同質的な製品の価格競争と,急拡大する地方都市・農村市場への拡販競争も限界 に達するようになった。  そこで,付加価値のより高い製品を市場に投入するため,製品やコア機能の開発といった川上 の能力もある程度必要となった。技術能力形成のため,大手企業のなかには,R & D を行ったり, 先進国企業の立ち行かなくなった事業を買収したり,試行錯誤を続けている。  ただし,従来の事業環境に適応することで形成してきた成長パターンを転換することは容易でな い。事業を長らく営んでいたとしても,製品開発の経験は乏しく,また,国内市場向けの経営資源 と海外市場向けのそれは違いもあるため,既存大手企業のすべてが事業環境の変化に素早く適応で きるわけではない。  そのため中国政府は,産業構造の転換や高度化を目指して,各種政策を打ち出している。2015 年には,「大衆創業・万衆創新」(双創)政策を発表し,起業を通じたイノベーションを促進するよ うにもなった。  中でもハードウエア系に関しては,充実したサプライチェーンが存在する深圳に注目が集まって いる。深圳には移住者が多いことが都市の多様性を増し,イノベーションの原動力になっている。 多くの起業家が深圳を活用しながら,製品開発するようになっている。  今まで中国のイノベーションにおいては,いわゆる「第二世代イノベーション」 に取り組む企業 が多く現われた。第二世代イノベーションとは,既存の技術を用い,主にデザインや機能の側面を 中心とした新商品開発を指す。  中国企業は構造化された不確実性の存在を踏まえ,アメリカや日本などで追求される,長期の研 究開発期間を要するリスクの高い最先端のイノベーションを手控え,短期間で確実に成果が得られ る低リスクの第二世代イノベーションを選択する,という傾向がある。  そこで多くの中国企業は,最新のコア技術については,それをもつ外国企業を買収する,あるい は技術自体を秘密裏に模倣する,などの手法で外部依存し,その周辺技術やデザインの開発に力を 入れた。  その結果,革新的ではないものの,ある種の第二世代的な技術進歩が起こり,結果的に中国では 一部の企業や産業の急成長が達成された。  さらに,中国におけるイノベーションの社会実装の特徴としては,はじめから完成版を市場に投 入するのではなく,プロトタイプのような状態でも,ひとまず商品やサービスを市場に投入し,顧

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客の反応を見ながら改良やブラッシュアップする,といった試行錯誤を続けていくところに特徴が ある。  今回のコロナショックに対応するため,中国企業は様々な新しいサービスを投入したが,それら によって多くのビッグデータの蓄積が進んだ。例えばドローンを飛ばして,マスクを着けていない 住民を発見,家に追い返したりする社区 (コミュニティー) が現われた。  また,アリババや騰訊 (テンセント) が中心となって,本人が申告した体温や健康情報,衛星利 用測位システム (GPS) から取得した移動情報をビッグデータとして解析し,感染リスクを「赤」「黄」 「緑」で表示し,移動や施設利用時に提示する,という「健康コード」のサービスを提供するなど, 新型コロナ対策としてのイノベーションの社会実装が進んでいる。

展望

 2017 年にドナルド・トランプが米国大統領となってから,中国の知的所有権の侵害などを徹底 的に批判し,攻撃を続けてきた。2020 年 7 月 2 日に米上院本会議は対中制裁法案を可決したが, これは超党派で協力し全会一致での採択であった。その後,米国大統領に民主党のジョー・バイデ ンが就任したが,米国のこのような対中姿勢は,今後も継続する可能性が高い。  今後,最新のコア技術をもつ外国企業を買収するといったこれまでの姿勢を,中国企業が取り続 けることが難しくなるであろう。これまでは,言うなればアウトソーシングしていたコア技術を, 内製化する必要が生じてくる。  しかし,それを一朝一夕に実現することは難しいため,必要な技術の獲得が困難となり,技術開 発の行方が不透明さを増すことになる。中国のイノベーションは,これまでの構造化された不確実 性だけでなく,米中摩擦による不確実性にも直面している。  各国とも,米国の出方を注視しており,中国へのハイテク製品の供給が止まれば,「中国製造 2025」の目標達成はおろか,中国のハイテク産業にとって大きな痛手となる可能性が高い。  

参考文献

雨宮寛二「中国におけるイノベーションの考察と今後の方向性」,経営情報学会 2019 年春季全国研 究発表大会,2019-6-22 伊藤亜聖「加速する中国のイノベーションと日本の対応」2018.4.16 https://www.nippon.com/ja/currents/d00403/ 伊藤亜聖「やさしい経済学」『日本経済新聞』2018 年 3 月 20 ~ 29 日連載 遠藤誉『「中国製造 2025」の衝撃』PHP 研究所,2018 年 汪志平「『中国製造 2025』と米中貿易戦の行方」札幌大学『経済と経営』第 49 巻第 1・2 号,2019 年 汪志平「中国民営ハイテク企業の成長戦略」札幌大学『経済と経営』第 35 巻第 2 号,2005 年 汪志平「中国の産学連携と大学発ベンチャー」福島大学『商学論集』第 71 巻第 4 号,2003 年 汪志平「中国の創業支援政策」『証券経済学会年報』第 37 号,2002 年

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木村公一朗「中国企業の変化――起業を通じたイノベーション」『アジ研ワールド・トレンド』 No.258,2017 年 周少丹・新田英之「中国の科学技術ハイレベル人材戦略」研究・イノベーション学会『年次学術大 会講演要旨集』,2018 年 周少丹「中国におけるスタートアップ支援制度」研究・イノベーション学会『年次学術大会講演要 旨集』,2017 年 周少丹「中国のナショナル・イノベーション・システムの構築」『情報の科学と技術』69 巻 8 号, 2019 年 沈才彬『中国新興企業の正体』角川書店,2018 年 陳憲「中国式創新(イノベーション)の特徴と趨勢」『札幌大学総合論集 札幌大学孔子学院特集号』, 2019 年 陳 強・余 偉「中国の大学発ベンチャー企業(科学技術型)について」,2015 年 11 月 9 日 https://spc.jst.go.jp/hottopics/1512/r1512_chen01.html 橋本真里「中国における産学研連携活動の実態」日本学術振興会北京研究連絡センター,2016 年 藤田哲雄「中国の起業ブームとベンチャーファイナンスの動向」『環太平洋ビジネス情報 RIM 』 Vol.17 No.64, 2017 年 細川洋治「中国の産学官連携推進の特徴」研究・イノベーション学会『年次学術大会講演要旨集』, 2014 年 李智慧『チャイナ・イノベーション』日経 BP,2018 年 「中国,科学論文数で首位 研究開発でも米国と攻防」『日本経済新聞』2020 年 8 月 7 日 (本稿は学校法人札幌大学 2020 年度研究助成による成果の一部である)

図表 1 主要上位国の研究者数・研究開発費総額 研究者数(万人) 研究開発費総額(兆円) 中国 187 58.0 米国 143 60.7 日本 68 17.9 ドイツ 43 14.8 韓国 41 10.3 出所:https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00809  「科学技術指標 2020」より。日本の研究開発費総額は OECD 推計。 図表 2 主要国の自然科学の論文数の推移 出所:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO6242800
図表 4 中・米・日の特許出願数の推移

参照

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