電子機器用の高機能バイオプラスチック(ポリ乳酸複合材)の開発
位地
正年
†a)Development of Highly Functional Bioplastics (Polylactic Acid Composite)
Used for Electronic Products
Masatoshi IJI
†a)あらまし 電子機器の環境調和性を向上できる植物原料のバイオプラスチックとして,高機能なポリ乳酸複合 材を開発した.高い環境調和性(高植物成分率,安全性)を保持しながら,電子機器に利用できる高度な機能性 を目指し,バイオプラスチックのポリ乳酸に,天然のケナフ繊維の添加で耐熱性と強度,更に吸熱性の金属水酸 化物と炭化剤の添加で難燃性などの実用性を実現した.また,これまでのバイオプラスチックにはなかった新機 能を付与させて付加価値を向上させるため,網目化(架橋化)させた炭素繊維の含有により,小型・薄型機器に 重要な高伝熱性,更に,ポリ乳酸の熱可逆架橋によって,ウェアラブル機器のためのリサイクル可能な形状記憶 性も実現した. キーワード バイオプラスチック,ポリ乳酸,難燃性,伝熱性,形状記憶性
1.
ま え が き
電子機器の環境調和性を向上できる新素材として, 石油資源の保全やCO2削減に寄与できる植物原料の バイオプラスチックが注目されている.現在のバイオ プラスチックの中では,量産性,基本特性,及びコス トから,糖類を原料としたポリ乳酸が電子機器用とし て最有力である.しかし,この利用を進めるためには, 耐熱性,強度,成形性,難燃性などの電子機器用とし ての実用特性を改良する必要があった.これに対して 従来は,ポリ乳酸に石油原料系プラスチックを大量に 添加(約70重量%)する改良処方が主に用いられて きたため,植物成分率が大幅に低下(約30重量%)し てしまう課題があった.更にコストでは石油系プラス チックより不利なため,環境調和性に加え,新たな機 能の付与により付加価値を向上させていくことも重要 となっていた[1]. 我々は,これまで困難であった,高い植物成分率(石 油削減率)と安全性を確保しながら,ポリ乳酸の実 用性を向上させ,石油系プラスチックを代替してい †日本電気株式会社グリーンイノベーション研究所,つくば市Green Innovation Research Laboratories, NEC Corporation, 34 Miyukigaoka, Tsukuba-shi, 305–8501 Japan
a) E-mail: [email protected]
図 1 ポリ乳酸の実用性の向上と新機能の付与 Fig. 1 Improvement of practical properties of
Poly-lactic acid (PLA) and addition of new func-tions. くとともに,これまでのバイオプラスチックには実現 できなかった新機能として,高伝熱性や形状記憶性を 付与させ,付加価値を向上させる検討を進めている (図1)[2].本論文では,天然のケナフ繊維等の利用に よる高耐熱化,土壌成分の水酸化アルミニウムと炭化 剤の添加による難燃化,更に,架橋化させた炭素繊維 の含有による高伝熱化や,ポリ乳酸の熱可逆架橋によ るリサイクル性と形状記憶性の両立について述べる.
2.
高機能ポリ乳酸複合材の開発
2. 1 高耐熱(ケナフ添加)ポリ乳酸複合材 ポリ乳酸の耐熱性や強度などの実用性を改良する手 段として,温暖化防止効果(CO2 吸収・固定化)に 優れる植物の代表であるケナフ[3]の繊維の補強剤と して有効性を実証した.更に,他の天然・植物成分の 添加剤も利用することによって,高い植物成分率(80 重量%)を確保しながら,耐熱性,強度等に優れたポ リ乳酸複合材を開発した[4].ポリ乳酸にケナフ繊維 (5 mm長,10重量%)や植物原料の衝撃改良材を添 加することで,電子機器の外装に要求される耐熱変形 性,更に曲げ強度や衝撃強度を実現した(表1).更 に,ポリ乳酸の成形の際の結晶化を促進できる独自の 結晶化促進剤の利用で成形時間も短縮した(5分間以 上/サイクル→ 50秒/サイクル).このケナフ添加ポ リ乳酸複合材は,パソコンの小部品への利用を始めに (2004年から),携帯電話(外装材)に初めて実用化 され(2006年),更に,2008年10月には,照明器具 (傘)にも製品化された(図2). 2. 2 難燃性ポリ乳酸複合材 パソコンなどの中型以上の電子機器の外装用プラス チックには,火災防止のため,高度な難燃性が要求さ れるので,これらの機器に利用を拡大するためには, ポリ乳酸を難燃化させる必要がある. そこで,従来のハロゲン系化合物などの環境安全性 に懸念のある難燃剤を一切使用せず,安全な土壌成分 の一種で,着火時に吸熱性のある金属水酸化物(水酸 化アルミニウム)をポリ乳酸の難燃剤として用いた (図3).しかし,高度に難燃化させるためには,これ 表 1 ケナフ繊維添加ポリ乳酸複合材の諸物性 Table 1 Characteristics of PLA/Kenaf fibercompos-ite. を大量に添加する必要があり,成形性や強度等が低下 してしまう課題があった.これに対して,樹脂の炭化 を促進させる芳香環化合物含有の炭化剤の併用により, 着火時に樹脂表面で難燃層を形成させる機構も取り入 れて(図4),水酸化アルミニウムの添加量を大幅に削 減した[5].更に上述の結晶促進剤などの他の安全な特 性改良剤も併用することによって,難燃性とともに他 の実用特性も向上させ,2010年1月にデスクトップ 型パソコンの外装材として実用化した.今後,他の機 図 2 ポリ乳酸–ケナフ複合材の電子機器への応用 Fig. 2 Application of PLA-Kenaf composite to
elec-tronic products.
図 3 水酸化アルミニウムと炭化剤の添加によるポリ乳酸 の難燃性の向上
Fig. 3 Increase of flame retardancy of PLA by adding aluminum hydroxide and charring agent.
図 4 ポリ乳酸/水酸化アルミ/炭化剤–複合系の難燃化機構 Fig. 4 Flame-retarding mechanism of PLA/aluminum
図 5 アミド系結合剤によるポリ乳酸中での炭素繊維の網 目化(架橋化)
Fig. 5 Formation of networked(cross-linked)carbon fibers in PLA by adding an amide-type bind-ing agent. 種にも展開していく予定である. 2. 3 高伝熱性ポリ乳酸複合材 近年の電子機器の小型・薄型化に伴い,機器内部の デバイスからの発熱による機器外装(きょう体)の高 温化が問題になっている.ステンレスなどの金属を きょう体に使うと,厚み方向の伝熱性が高すぎるため, 薄型機器ではデバイス周辺部に局所的な高温部が生じ て,使用時に不快感を招きやすくなり,更に,軽量化 や加工性にも課題がある.これに対して,プラスチッ クを高伝熱化する方法もあるが,従来はプラスチック に高熱伝導性の充填剤(金属や炭素の粉や繊維)を大 量に配合(50重量%程度)する処方が主体であり[6], 成形性の低下とともに,比重やコストの増加の課題が あった. これに対して,特有な天然アミド化合物の結合剤の 添加によって,炭素繊維(数mm長)をポリ乳酸中 で網目状に互いを付着(架橋化)させる技術を開発し (図5),従来より大幅に少ない量の炭素繊維(10∼30 重量%)で高度な伝熱性を実現した(図6)[7].本材 料は,ポリ乳酸とほぼ同等の軽量性を保持しながら, ステンレス以上の熱拡散性を実現し,更に,金属には ない平面方向への異方的な伝熱性に優れるため,局部 的な高温化を抑制しながらきょう体全体で放熱するこ とが可能である[1].また,架橋炭素繊維の添加で,強 度や耐熱性も向上でき,小型・薄型機器の外装への利 用に適している. 2. 4 形状記憶性ポリ乳酸複合材 形状記憶性をポリ乳酸に付与できると,自由な形に 変形し容易に元の形に復元できるウェアラブル型電子 機器の外装材として利用できる.しかし,イソプレン 図 6 架橋型炭素繊維含有のポリ乳酸複合材の熱拡散性 Fig. 6 Heat diffusion of PLA/cross-linked carbon
fiber composite.
図 7 熱可逆結合で架橋させたポリ乳酸の構造 Fig. 7 Structure of cross-linked PLA using thermally
reversible bond. 系などの従来の石油原料の形状記憶性プラスチックは, 架橋した分子構造のため,高温で加熱しても溶融でき ずリサイクル(再成形)が困難であった[8]. そこで,これまでのプラスチックでは実現できなかっ た高度な形状記憶性とリサイクル性を両立できるポリ 乳酸複合材を開発した(図7).すなわち,高温での解 離と冷却時の再結合を繰り返せる熱可逆結合(フラン– マレイミド結合)をポリ乳酸の構造中に付与させるこ とで,熱可逆性の架橋構造をもつポリ乳酸複合材の作
図 8 熱可逆架橋したポリ乳酸の形状記憶性とリサイク ル性
Fig. 8 Shape memory and recycling of thermo-reversibly cross-linked PLA.
図 9 形状記憶ポリ乳酸複合材を利用したウェアラブル機 器モデル
Fig. 9 Wearable product models made with shape memory PLA composite.
成に成功した[9].つまりフラン末端の多官能ポリ乳酸 の主剤とマレイミド硬化剤を混合し,硬化させること で架橋が容易に形成される.すなわち図8に示すよう に,この架橋体(図8 (a))は,中温の加熱(60◦C)で 柔軟化できるので簡単に変形でき(図8 (b)),冷却に すればその新しい形状を記憶させることができる.更 に,同程度の加熱で元の形状に回復できる(図8 (a)). そして,通常の成形温度(160∼180◦C)で架橋体中 の結合が解離して溶融できるので,再成形することで, 他の製品へのリサイクルも可能である(図8 (c)).リ サイクルした後は,中温加熱–冷却更に中温加熱で形 状記憶と回復を再び繰り返せる(図8 (d),(c)).ま た,図7に示すように,主剤の架橋密度の向上や硬化 剤中への柔軟成分の導入によって,架橋体の強度を改 善できたので[10],今後,ウェアラブル機器などの外 装材(図9)や,他の用途の部材として利用が期待さ れている.
3.
む す び
植物を原料としたバイオプラスチックは,石油資源 枯渇と温暖化の対策に有効なので,電子機器用の新し い環境調和材料として期待されている.我々は,従来 難しかった高度な環境調和性(高い植物成分率と安全 性)と高機能性の両立を目指し,植物成分や土壌成分 からなる添加剤を主に使用する独自の配合技術によっ て,バイオプラスチックのポリ乳酸の耐熱性,強度, 難燃性などの実用性の改良に成功し,電子機器への利 用を開始した.更に,バイオプラスチックの付加価値 を向上できる新しい機能として,高度な伝熱性や,形 状記憶性の付与も実現した.これらの技術は,今後, バイオプラスチックの電子機器への利用を広げるのに 寄与できるものと考える.一方,バイオプラスチック の利用を拡大するためにはいっそうのコストダウンが 必要であり,材料単価に加え,成形性(成形時間)の 改善による成形コストの削減が課題である.また,ポ リ乳酸の原料には,現在,家畜飼料用の糖類が主に利 用されているが,今後,セルロースなどの非可食部の 原料に切り換えていくことも重要となる. 文 献 [1] 位地正年,“高機能バイオプラスチックの開発と電子機器 への応用,”バイオプラスチックの素材・技術最前線,望月 正嗣,大島一史(編),pp.225–235, シーエムシー出版, 東京,2009. [2] 位地正年,“電子機器用バイオプラスチックの開発,”工業 材料,vol.56, no.2, pp.45–49, 2008. [3] 稲垣 寛,“環境と繊維原料 植物としてのケナフ,”高分 子論文集,vol.51, no.8, pp.597–602, 2002.[4] S. Serizawa, K. Inoue, and M. Iji, “Kenaf-fiber-reinforced poly (lactic acid) used for electronic prod-ucts,” J. Applied Polymer Science, vol.100, no.1, pp.618–624, 2006. [5] 柳澤恒徳,木内幸浩,位地正年,“水酸化アルミニウムと フェノール樹脂類の併用によるポリ乳酸の難燃化,”高分 子論文集,vol.66, no.2, pp.49–54, 2009. [6] 上利泰幸,製品高付加価値のためのエレクトロニクス材 料,坂本正典(編),pp.79–92, シーエムシー出版,東京, 2009.
[7] A. Nakamura and M. Iji, “Enhancement of thermal diffusivity of poly (L-lactic acid) composites with carbon fibers,” J. Material Science, vol.44, pp.4572– 4576, 2009.
[8] 石井正雄,形状記憶ポリマーの材料開発,入江正浩(編), pp.10–28,シーエムシー出版,東京,2000.
[9] K. Inoue, M. Yamashiro, and M. Iji, “Recyclable shape-memory polymer: Poly (lactic acid) cross-linked by a thermoreversible Diels-Alder reaction,” J.
Applied Polymer Science, vol.112, no.2, pp.876–885, 2009.
[10] M. Yamashiro, K. Inoue, and M. Iji, “Recyclable shape-memory and mechanical strength of poly (lactic acid) compounds cross-linked by thermo-reversible Diels-Alder reaction,” Polymer J., vol.40, pp.657–662, 2008. (平成 22 年 4 月 8 日受付) 位地 正年 1978千葉大・工卒.1980 東工大大学院 修士課程了(2002 工博).現在,環境調和 型の高分子材料分野の研究に従事.