放射線科学
アルツハイマー病の核医学診断
伊藤 健吾
1.はじめに
アルツハイマー病(AD, Alzheimer's disease)の診断では、CT と MRI が 正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫など外科的治療で治癒可能な認知症の除外診 断と脳血管障害の評価において必須とされてきたが、脳血流 SPECT と糖代謝 FDG-PET(以下、FDG-PET)などの機能的診断法は、補助診断法と位置付けら れてきた。しかし、患者数が飛躍的に増加する中で、より精度の高い診断が 求められるとともに、アミロイド PET など画像診断技術の進歩により、AD の 診断における画像診断の位置付けは大きく変化した。 2011 年、27 年ぶりに AD の臨床診断基準 NINCDS-ADRDA が改訂されたが、こ れまでの AD の診断基準に加えて、軽度認知障害( MCI, mild cognitive impairment)の段階と発症前(preclinical)の段階での診断基準(preclinical の段階については臨床研究専用)が提案された。いずれの段階においても MRI、 FDG-PET、アミロイド PET が髄液の Aβ、τ とともにバイオマーカーとして診 断基準に組み入れられた1-4。
改訂された AD の診断基準においても、画像バイオマーカーの情報なしでの 臨床診断は可能であるが、より確信度の高い診断を必要とする場合には、MRI、 脳血流 SPECT、 FDG-PET、アミロイド PET を積極的に活用していくことにな る。ただし、前述の新診断基準の解説でも述べられているように、診断基準 に新たに導入されたバイオマーカーそれぞれのあるいはそれらを組み合わせ た場合の有用性についてはまだ検討の余地があることも事実である。そのた めに米国の ADNI (Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative)やその関 連研究などの国内外で臨床研究が進められている。
2.物忘れセンターにおける画像診断
筆者の所属する施設は認知症疾患医療センターに認定されているが、その 中核として「もの忘れセンター」が設置されている。「もの忘れセンター」で は月曜日から金曜日までの連日午前と午後に外来診療が行われ、初診患者は
年間 1,000 例以上を超えるため、数多くの画像診断が実施されている。 MRI が禁忌の場合を除き、全例で MRI が実施され、側頭葉内側部の萎縮を
含めて脳の形態学的な評価が行われる。海馬および海馬近傍の萎縮の客観的 評価のためには、VSRAD® (Voxel-Based Specific Regional Analysis System
for Alzheimer’s Disease)による画像統計解析が全例で実施されている。MRI の評価により、認知症の診断に関する多くの情報が得られるが、鑑別診断を 含む基本的な評価に加えて、AD を疑う場合には、側頭葉内側部の萎縮が他部 位の萎縮に比べて目立つこと、ただし 65 歳以下の若年発症であれば側頭葉内 側部の萎縮が比較的目立たないこと、重複する病態(脳血管障害、特発性正 常圧水頭症など)の存在などに注意して診断を進める。 MRI で AD が疑われた場合、進行した AD で検査を追加する臨床的意義が乏 しい場合や、検査の実施が困難な場合を除き、脳血流 SPECT が実施される。 脳血流 SPECT よりも FDG-PET の方が、診断能が高いことは証明されているが、 日本では FDG-PET は認知症を対象とした場合には保険適用外となるため、原 則的に脳血流 SPECT が選択される。FDG-PET およびアミロイド PET は、主に 臨床研究の枠内で実施されている。 高齢者では、AD を示唆する脳血流 SPECT の所見が、若年者に比べて出にく いことに留意すべきだが、脳血流 SPECT で AD に典型的な所見が得られれば、 AD の確信度は高くなる。もし、レビィ小体型認知症を示唆する後頭葉内側部 の血流低下のように他の認知症を示唆する所見が得られた場合には、あらた めて病歴、臨床所見、神経心理検査、MRI を再検討するとともに必要に応じ て 123I-MIBG 心筋シンチあるいは 123I-FP-CIT SPECT などの検査を追加するこ
とになる。 3.脳血流 SPECT による診断 AD と non-AD の鑑別は実際の臨床では困難である場合も多い。また、non-AD には、前頭側頭型認知症(FTD)、 レビィ小体型認知症(DLB)、進行性核上性 麻痺(PSP)、皮質基底核変性症(CBD)など多くの疾患が含まれ、それらの間 での鑑別も必要となる。SPECT で典型的な画像所見を示す症例では鑑別診断 における確診度が増加する。それぞれの疾患における SPECT 所見の特徴は成 書を参考にされたい 5-7。複数の病態が重複する症例が存在することにも注意 を払うべきである。図1に示す症例は特発性正常圧水頭症(iNPH)に AD を合 併していると考えられた症例である。このような場合も脳血流 SPECT の有用 性は高い。
99mTc-HM-PAO SPECT による研究のメタ解析によると、AD と FTD の鑑別では 感度 71.5%,特異度 78.2%である。また、 AD と血管性認知症の鑑別では、 感度 71.3%、特異度 73%と報告されている8。 123I-IMP SPECT と 3D-SSP を用 いた研究では、あらかじめ設定した ROI をベースにした自動解析で、AD/DLB と non-AD/DLB の鑑別において感度 97%,特異度 90%という高い診断能が報 告されている9。同じ研究において、変性性認知症として頻度が高く、臨床的 に鑑別が重要でありながら画像所見が類似している AD と DLB の鑑別では、感 度 68%、特異度 75%と報告され9、診断能がやや低い。この検討では DLB にお ける後頭葉での集積低下の有無を鑑別の指標としている。 MCI の段階は今後根本治療薬が開発された場合には治療を開始するのによ り適切な時期と考えられるので MCI の段階で早期診断をする必要性はとくに 高い。
脳血流 SPECT による MCI の段階での早期診断は、MCI から AD への進行を確 実に予測できるかどうかということになる。図2は MCI から AD への進行例を 示す。Yuan らのレビューによれば、脳血流 SPECT による MCI から AD への進 行予測について、これまでの論文をまとめた結果では、感度 84%、特異度 70% と報告されている 10。ところが、近年日本で行われた多施設共同研究「MCI を
対象としたアルツハイマー型痴呆の早期診断に関する研究(J-COSMIC, Japan Cooperative SPECT Study on Assessment of Mild Impairment of Cognitive Function)」(主任研究者:米倉義晴)では、感度 76%、特異度 39%と報告さ れており、これまでの成績に比べて特異度がかなり低く、乖離がある。評価 法の違いなどを考慮する必要があるが、MCI を対象とする場合には、疑陽性 の存在を常に念頭に置く必要があると思われる11。 4. FDG–PETによる診断 FDG-PET は脳血流 SPECT より、全般的に診断能が高いとされている。変性 性認知症として頻度が高く、臨床的に鑑別が重要でありながら画像所見が類 似している AD と DLB の鑑別では、それぞれの臨床診断基準により診断された 症例を対象として評価した論文をまとめると感度 96%、特異度 77%となり、特 異度がやや低いが感度は高い12。また、米国では AD と FTD の鑑別が臨床診断 で鑑別が困難な症例という条件付ながら、FDG-PET が Medicare で保険収載と なっている。AD と FTD の鑑別について論文をまとめると感度 99%、特異度 66% となり、やはり特異度が低い 12。実際の臨床の状況により則していると判断 される AD と脳血管性認知症(VaD)、DLB、FTD、その他の種々の認知機能障害
を生じる疾患が混在した患者群での検討において、論文をまとめると感度 93%、 特異度 65%である12。種々の認知症が混在する状態でも感度は高いが、やはり
疑陽性として AD と診断される場合が稀ではないことに注意する必要がある。 FDG-PET による MCI の段階での早期診断も、MCI から AD への進行を確実に 予測できるかどうかということになる。これまでの論文をまとめると感度 79%、 特異度 89%である12。また、FDG-PET による評価に加えて、ApoE genotype を
併用するとさらに精度が上がるという報告がある 13,14。脳血流 SPECT と同様
に追跡期間が短いと特異度が低くなる可能性があるが、これまでの報告では 特異度は高い。日本で行われた多施設共同研究「MCI を対象とするアルツハ イ マ ー 病 の 早 期 診 断 に 関 す る 多 施 設 共 同 研 究 ( SEAD-Japan, Study on Diagnosis of early Alzheimer’s disease-Japan)」(主任研究者:伊藤健吾) では、FDG-PET の予測診断能は、視察では感度 98%、特異度 41%、正診率 68%で SPECT より感度が高く、全体の診断能は高かったが、やはり特異度は 低い傾向であった。
このため、数値評価法としてPET score15を適用して、定量評価を試みた(図
3)。ロジスティック回帰分析ではPET scoreは最強の予測因子であり、PET score = 1.03以上の場合をAD と判定した場合、2 年間での診断能が最も高く、感度 70%、特異度90%、正診率83%16 であった。 FDG-PET の結果からは、PET は感度が高いので視察で AD を疑う脳糖代謝の 低下がなければ MCI から AD へコンバートする可能性は小さいと言える。また、 数値評価法として PET score を導入して AD 的な糖代謝の低下がよりはっきり した症例を選択すれば、2 年目までの早期の converter を同定することが可 能になる。視察で AD を疑うが、数値評価法で閾値以下の場合は、3 年目以降 にコンバートする症例が予想されるので、より長期にわたる追跡が必要と考 えられる。 5.アミロイド PET による診断 アミロイド PET に使用する放射性薬剤としては、 11C-PiB が代表的である が、PiB は11C 標識なので半減期が 20 分であり、院内製剤としてのみ使用可 能で、広く普及することは期待できない。このため、18F 標識の藥剤が望まれ
ており、18F-AV-45、 18F-AV-1、 18F-PiB などの18F 標識の藥剤の開発が行われ
た。これら 3 種類の薬剤は米国で医薬品として FDA の承認を得ており、日本 でも 18F-AV-45 と 18F-PiB の自動合成装置が医療機器として承認を取得した
められているが、米国、日本における今後の保険収載が期待されている。 AV-45 の認可以前に、事実上の標準となっていたのは PiB である。PiB は、 アミロイドプラークに対する高い親和性と特異性という優れた特徴を持ち、 多数の検査が各国で実施された。図4に PiB 陽性と陰性の典型像を示す。現 在までに集積された in vivo アミロイド PET の知見の大半は、PiB-PET 検査 によるものである。 AD は、最初の症状が記憶障害であるとは限らず FTD を含む前頭側頭型変性 症(FTLD)と紛らわしい場合がある。このように、非定型的な発症の認知症 の鑑別診断に、病理特異性の高いアミロイド PET が期待される17。 AD と FTLD の鑑別に関する FDG と PiB の診断成績の比較研究18,19によると、 両者はほぼ同等の高い鑑別診断能を持つが、AD を検出する感度は、PiB の方 が高く、特異度に関しては、同等ないし、FDG の方が高い。これらの研究は、 臨床診断を基準としているためにさらに検証が必要であるが、アミロイド PET の方が AD 病理を検出する感度の高いことは予想された結果である。PiB は有 力な検査方法であるが、後述するように課題はあり、臨床症候と PiB 所見が 対立する場合など、FDG が補完的役割を果たす可能性もある。 DLB では、 PiB の集積陽性者が多いが、陽性例と陰性例は,レビィ小体病 のそれぞれ common form(AD 病理を合併する)と pure form(AD 病理を合併 しない)に対応すると考えることが出来る。アミロイド病理を併存すること が多い DLB の鑑別には、アミロイド PET は有用ではない。
MCI は、AD 以外の様々な病因を含む可能性がある。Zhang S らの meta analysis20によると、AD 移行予測のプールされた感度と特異度は、それぞれ
PiB-PET が 93.5%, 56.2%, FDG -PET が 78.7%, 74.0%であった。PiB-PET は、 FDG-PET と比較して、感度は高いが特異度は低い。PiB 陽性であることが、短 期での AD 発症に結びつくわけではないことを示している。 6.まとめ AD の画像診断では、日常診療においては MRI、脳血流 SPECT を疾患の病態 を表現するバイオマーカーと位置付けて、その有用性と限界を理解した上で、 早期診断、鑑別診断のために、適切な検査の実施とその結果を正しく評価し て診療に活かすことが重要である。まだ認知症について保険適用外の FDG-PET と、現在導入されつつあるアミロイド PET は、AD の早期診断とともに鑑別診 断にも極めて有用であるが、画像バイオマーカーとしては相補的な意味合い を持っている。今後画像バイオマーカーは薬物あるいは非薬物療法による AD
への早期介入を行う場合に、症例選択および介入による治療効果の判定にお いても大きな役割が期待される。
図の説明
図1. MRI では側脳室の拡大が目立ち(Evans index: 0.33),シルビウス裂・ 脳底槽の拡大を認める.一方,高位円蓋部脳溝・クモ膜下腔は相対的に狭い. 脳血流 SPECT では両側側頭・頭頂連合野,楔前部~後部帯状回,前頭葉外側と 内側で血流低下を認める.本症例はタップテストも行われ,特発性正常圧水 頭症と診断された。ただし、脳血流 SPECT では AD パターンの血流低下も明ら かであり、両疾患の合併症例と考えられた。腰椎腹腔シャント手術を施行し たが、認知機能の改善効果は限定的であった。 図2.初診後 3 年目に MCI から AD へ進行した症例。本症例は MCI と診断され た時点で、両側側頭・頭頂連合野、楔前部~後部帯状回に血流低下が認められ たが、その程度は軽度である。脳血流 SPECT の 3D-SSP 上でも全体としては AD 的な血流低下であるが個々の領域での変化はわずかである。 図3.MCIからADへの進行(convert)した年度別に登録時のPET scoreの値を示 す。1 あるいは 2 年目の早期のconverterのPET score はnon-converterと比 較して有意に高値だが、3 年目のconverter ではnon-converterとの間に有意 差を認めない。画像は、1 あるいは 2 年目の早期のconverterと 3 年目の converterに対応する代表的な糖代謝の低下を示している。3 年目のconverter では糖代謝の低下が軽微であるため、PET scoreは閾値を超えない。
1st y = 1 年目のconverter、 2nd =2 年目のconverter、3rd = 3 年目のconverter、
Non = non-converter。
図4.PiB-PET の典型像を示す。上段は AD の症例で前頭葉、側頭葉皮質など の高集積が明らかである。一方、下段の健常高齢者では白質に非特異的な軽 度集積が認められるのみである。PiB-PET の画像では通常陽性と陰性の判別 が容易である。
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図1
健康文化 50 号 2015 年 12 月発行 8 図3 図4
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(国立研究開発法人国立長寿医療研究センター
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