光渦励起ラマンレーザ
西潟
由博
†Cheng-Yeh LEE
††宮本
克彦
†Yung-Fu CHEN
††尾松
孝茂
†,†††a)Optical Vortex pumped Raman Laser
Yoshihiro NISHIGATA
†, Cheng-Yeh LEE
††, Katsuhiko MIYAMOTO
†, Yung-Fu CHEN
††,
and Takashige OMATSU
†,†††a)あらまし 波長532 nm の光渦を励起光とした Ba(NO3)2ラマンレーザ共振器を構築し,光渦モードのストー クス光発振に成功した.1 次あるいは 2 次のストークス光のトポロジカルチャージはラマンレーザ利得を支配す る励起光とストークス光の重なり効率で決まり,励起光のトポロジカルチャージとは必ずしも一致しないことが 分かった.励起光からストークス光への光—光変換効率は,1 次ストークス光において 16.4%,2 次ストークス 光に対して6.6%が得られた. キーワード 光渦,誘導ラマン散乱,特異点光学,非線形光学,レーザ
1.
ま え が き
螺旋状の等位相な波面をもった光波の総称である光
渦
[1]
∼
[3]
は,位相特異点に起因したドーナツ型の強
度分布をもち,トポロジカルチャージと呼ばれる量子
数
で定義される軌道角運動量を有する.これらのユ
ニークな特徴をもつ光渦は,超解像顕微鏡
[4], [5]
,量
子もつれ状態
[6]
∼
[8]
,光ピンセット及びマニピュレー
ション
[9]
∼
[12]
,光計測
[13]
,レーザ微細加工
[14]
∼
[17]
など,数多くの分野で応用が期待されている.一
般に,光渦は螺旋位相板などの波面変調素子を用いて
発生できる.しかしながら,ある特定の波長で設計さ
れている波面変調素子は,光渦の波長に関する自由度
を著しく制限してしまう.
上記の応用に加え,光渦の潜在能力を活用して新た
な応用を開拓するには,光渦の波長自由度を拡大する
ことが必要不可欠である.
†千葉大学大学院融合理工学府,千葉市Graduate School of Science and Engineering, Chiba Univer-sity, 1–33 Yayoi-cho, Inage-ku, Chiba-shi, 263–8522 Japan
††国立交通大学電子物理学科,新竹市,台湾
Department of Electrophysics, National Chiao Tung Univer-sity, Hsinchu, 30010 Taiwan
†††千葉大学分子キラリティ研究センター,千葉市
Molecular Chirality Research Center, Chiba University, 1–33 Yayoi-cho, Inage-ku, Chiba-shi, 263–8522 Japan
a) E-mail: [email protected]
これまでに二次非線形光学効果を活用した光渦の
波長自由度の拡大が報告されている.例えば,第二高
調波発生
[18], [19]
,和周波発生
[20], [21]
,光パラメト
リック発振
[22]
∼
[24]
などの研究が報告されている.
これらの研究から,弾性過程である二次非線形光学効
果では,励起光の軌道角運動量は波長変換によって発
生する光に対して保存されることが既に知られている.
非線形波長変換として三次非線形光学現象である誘
導ラマン散乱は,二次非線形光学効果とは異なり厳密
な位相整合を必要としない波長変換として広く活用さ
れている.
われわれは,中心部分に微小な欠損のあるミラーを
レーザ共振器の出力ミラー(ダメージミラー)として
用いた半導体レーザ励起自己誘導ラマン
Nd:GdVO
4レーザを提案した.このレーザでは,基本波
(1064 nm)
とストークス波
(1173 nm)
が同じダメージミラーを
介して出力されるので,常に基本波とストークス光は
同じ次数の光渦で発振する
[25]
.
非弾性過程である誘導ラマン散乱では,励起光がス
トークス光とフォノンを同時に励振する.軌道角運動
量保存則によると,励起光の軌道角運動量はストーク
ス光とフォノンに分配されるため,波長変換後に発生
するストークス光と励起光の軌道角運動量が一致する
か否かは本来自明ではない.
本報告では,われわれは,共振器内に配置したラマ
ン活性の大きな
Ba(NO
3)
2結晶を
532 nm
の光渦で
励起する光渦励起ラマンレーザを提案する.
1
次,
2
次のストークス光が光渦モードとして発振した.ま
た,その軌道角運動量(トポロジカルチャージ)は励
起光のトポロジカルチャージではなく,ラマンレーザ
利得を決める励起光と共振器モードの空間重なり積分
で決まることが明らかになった.言い換えると,励起
光のトポロジカルチャージとストークス光のトポロジ
カルチャージは一致しないことが分かった.励起光か
ら
1
次と
2
次のストークス光への変換効率はそれぞれ
16.4%
と
6.6%
であった.
2.
実
験
光渦励起ラマンレーザの実験系を図
1
に示す.励起
光として,パルス幅
25 ns
,繰返し周波数
50 Hz
の
Q
スイッチ
Nd:YAG
レーザの第二高調波(波長
532 nm
)
を用いた.非線形光学結晶には
KTiOPO
4(KTP)
を使
用した.励起光は,周回方向に
16
分割された螺旋位相
板
(SPP)
によって波面変調されてトポロジカルチャー
ジ
= 2
の光渦に変換される.更に励起光はビーム
半径
250 μm
の円環光にコリメートされて
Ba(NO
3)
2結晶(開口:
5
× 5mm
2,長さ
60 mm
)に入射する.
Ba(NO
3)
2結晶のラマン利得は
47 cmGW
−1,ストー
クスシフト量は
1046 cm
−1である
[26]
.
共振器の入力ミラー
(IM)
には,励起光(波長
532
nm
)に対して高透過(透過率
> 90%
)
,
1
∼
3
次ストー
クス光(波長
560 nm
∼
660 nm
)に対して高反射(反
射率
> 99%
)の平面ミラーを使用した.出力ミラー
(OC)
には励起光,
1
次ストークス光(波長
563 nm
)
,
2
次ストークス光(波長
599 nm
),
3
次ストークス光
(波長
639 nm
)に対して,反射率が
99.1%
,
38.3%
,
55.7%
,
13.2%
である平面ミラーを用いた.また,安
定共振器を構築するため,共振器内に可視域全域に対
して無反射コートを施された凸レンズ(焦点距離
500
mm
)を配置した.共振器長は
∼125 mm
であった.
発振光の波長をスペクトラムアナライザー
(AD-図 1 光渦励起ラマンレーザの実験光学系VANTEST Q8381)
を用いて測定した.
563 nm
,
599
nm
,
639 nm
にピークをもつ
1
次,
2
次,
3
次のストー
クス光が発振していることが分かる(図
2
).
次に,同軸で発生した
1
次から
3
次のストークス
光をプリズムで空間分離し,それぞれのパワーを測定
した.図
3
に励起光パワーに対するそれぞれのストー
クス光パワーを示す.ストークス光パワーの値は,測
定値からプリズムによる反射損失を補正したものであ
る.各ストークス光の発振しきい値は,
1
次では
1.0
mJ
,
2
次では
1.9 mJ
,
3
次では
2.8 mJ
であった.ま
た,励起光からの変換効率は励起光パワー
4.9 mJ
の
ときに,
1
次,
2
次,
3
次でそれぞれ
16.4%
,
6.6%
,
1.7%
であった.
更に発振光のパルス波形を計測すると,
1
次ストー
クス光発振開始から
∼20 ns
後にパルスエネルギーの
低下が見られ,同時に
2
次ストークス光が発振する.
また,
2
次ストークス光パルス終了と同時に
3
次ス
トークス光が発振する.このように
1
次ストークス光
図 2 ラマンレーザ出力の発振スペクトル.全てのピーク 強度は 1 次ストークス光の成分を 1 として規格化し ている. 図 3 各ストークス光のパワースケーリングから高次ストークス光へとパルスエネルギーが時間的
にカスケード移譲していることが分かる(図
4
).
1
次及び
2
次ストークス光はともに光渦特有の円環
状強度分布を示す.また,自己参照干渉縞から分かる
ように,
1
次及び
2
次ストークス光はともに暗点部に
位相特異点を有する.干渉縞は
Y
字型の分岐ペアをも
つことから
1
次及び
2
次ストークス光の位相特異点の
トポロジカルチャージが
1
であることが分かる.更に,
時間の経過とともに
Y
字型分岐の向き,すなわちトポ
図 4 励起パワー 4.9 mJ 時におけるラマンレーザのパル ス波形 図 5 (a) 1次ストークス光の空間強度分布,(b),(c) 1 次ストークス光の自己参照干渉縞.トポロジカル チャージが = 1 から −1 に一時的に反転する.(d) 2次ストークス光の空間強度分布,(e),(f) 2 次ス トークス光の自己参照干渉縞.トポロジカルチャー ジが = 1 から −1 に一時的に反転する.(g) 3 次 ストークス光の空間強度分布ロジカルチャージの符号が一時的に反転することがあ
ることも確認した(図
5(b)
と
(c)
,
(e)
と
(f)
を参照)
.
3
次ストークス光は,光強度が極めて弱く自己参照
干渉縞を得るに至らなかったが,位相特異点をもたな
いガウシアンビーム状の強度分布を示す(図
5(g)
).
3.
考
察
なぜ励起光のトポロジカルチャージは
2
であるの
に,発振した
1
次及び
2
次ストークス光のトポロジカ
ルチャージは
1
であるのか
?
その原因について考察す
る.一般的に,ラマンレーザ利得は,励起光の光強度
に比例する.そのため,
1
次及び
2
次ストークス光の
ラマンレーザ利得は,空間的な強度分布の重なり率
η
iに比例する.
η
iは
ηi
=
2π 0 ∞ 0Ii−1
(r,φ) I
i(r,φ) rdrdφ
2π 0 ∞ 0Ii−1
(r,φ) rdrdφ ·
2π 0 ∞ 0Ii
(r,φ) rdrdφ
(1)
と記述できる.ここで,
r
は円筒座標系の動径,
φ
は
方位角,
i
はストークス光の次数,
I
iは
i
次ストーク
ス光の空間強度分布である.また,
I
0は励起光の空間
強度分布を示す.したがって,励起光(トポロジカル
チャージ
= 2
の光渦)とストークス光の空間強度分
布
I
0(r, φ)
,
I
i(r, φ)
は
ω
o,
ω
iをモードフィールド半
径を使って,
I
0=
1
πω
2 0√
2r
ω
0 4exp
−2 r
2ω
2 0(2)
I
i=
1
πω
2 i√
2r
ω
i 2|li|exp
−2 r
2ω
2 i(3)
で表される.ここで,
i
は
i
次ストークス光のトポロ
ジカルチャージである.
まず,ストークス光として共振器内を伝播する光渦
のモードフィールド径を
ABCD
伝播行列に基づくモー
ド解析ソフト
LASCAD
を用いて計算した.計算に用
いた共振器のモデルを図
6
に示す.このとき,ストー
クス光の波長は
563(599) nm
,
d
1= 10mm
,
d
2=
10mm
,
d
3= 45mm
,
f = 500mm
,
l
cry= 60mm
,
n
cry= 1.56
とした.また,光渦の
M
2値は
+ 1
で与
えた.その結果,光渦のトポロジカルチャージが
1
あ
るいは
2
の場合,そのモードフィールド径はストーク
ス光の次数には大きく依存せず,それぞれ
∼285 μm
,
∼350 μm
と求められた.
図 6 ラマンレーザ共振器の計算モデル.点線と破線はそ れぞれ LG0,1モードと LG0,2モードで,それぞれ でビームサイズが異なることを表したもの. 図 7 励起光のビームサイズを変化させた場合のストーク ス光との重なり効率の変化
励起光のモードフィールド径
ω
0をパラメーター
に空間的な強度分布の重なり率
η
iを計算した結果を
図
7
に示す.
ω
0∼275 μm
(
ω
cと定義する)を境にし
て
η
1と
η
2の大小関係が入れ替わる.実験値である
ω
0= 250 μm
では
η
1(
∼94%) > η
2(
∼74%)
となり,
ストークス光が
1
次光渦モードとして発振しやすいこ
とが分かる.この結果は実験結果と矛盾しない.すな
わち,ストークス光の次数はラマン利得を決める空間
重なり積分
η
iで決まることが予想できる.したがっ
て,もし励起光のビーム径を
ω
cより大きくすれば,ス
トークス光が
2
次光渦モードとして発振すると予想で
きる.
そこで,
η
2∼ 100%
となるように
ω
0= 350 μm
と
した.発振した
1
次あるいは
2
次ストークス光は,中
心の暗転部分が比較的広い円環状強度分布をもつ.ま
た,自己参照干渉縞において暗点部に
3
本足のフォー
ク型分岐が観測できることから,
2
次光渦モードとし
て発振していることが分かり(図
8
),予想が妥当で
あることを確認できた.このとき,各ストークス光の
発振しきい値は,
1
次では
1.5 mJ
,
2
次では
2.5 mJ
であった.また,励起光からの変換効率は励起光パ
図 8 (a) 1次ストークス光の空間強度分布,(b),(c) 1 次ストークス光の自己参照干渉縞.トポロジカル チャージが = 2 から −2 に一時的に反転する.(d) 2次ストークス光の自己参照干渉縞.トポロジカル チャージが = 2 から −2 に一時的に反転する.ワー
4.9 mJ
のときに,
1
次,
2
次でそれぞれ
10.5%
,
4.5%
であった.更に,トポロジカルチャージの向きが
一時的に反転する現象が,この場合においても確認さ
れた(図
8(b)
と
(c)
,
(e)
と
(f)
を参照).
一般に,励起光,
1
次ストークス光,
2
次ストークス
光とフォノンの間にはトポロジカルチャージの保存則
が成立する.励起光,
1
次ストークス光,
2
次ストー
クス光と二つのフォノン状態のトポロジカルチャージ
をそれぞれ
0
,
1,
2,
p1,
p2と表すと,
l
1= l
0− l
p1(4)
l
2= l
1− l
p2(5)
と表せられる.本実験の範囲では
l
p2は常に
0
であっ
たが,
l
p1は必ずしも
0
ではない.事実,
ω
0= 250 μm
の 条 件 で は
l
p1は
1
若 し く は
−3
で あった .更 に ,
ω
0= 350 μm
の条件では
l
p1は
0
若しくは
−4
であっ
た.これの結果から,光からフォノン状態へ,軌道角
運動量が誘導ラマン散乱を介して移譲したと考えら
れる.
誘導ラマン散乱において軌道角運動量の保存則は,
興味深い研究対象である.
Zhu
らは,誘導ブリユアン
増幅とブリユアンパラメトリック増幅過程で,フォノ
ン状態と光の軌道角運動量を可変的に相互変換でき
ることを観測している
[27]
.誘導ラマン散乱過程にお
いても,
Ba(NO
3)
2結晶中で励起光の軌道角運動量は
フォノンとストークス光に分配されているはずである.
実際には,フォノン状態の位相緩和は非常に速いので,
フォノン状態への角運動量の移譲を観測するには時間
スケールの短い
ps
のラマンレーザを設計する必要が
ある.
4.
む す び
ラマン活性のある
Ba(NO
3)
2結晶を用いた光渦励起
ラマンレーザを構築した.発振したストークス光は光
渦モードとして発振するが,そのトポロジカルチャー
ジはラマンレーザ利得を支配する励起光とストーク
ス光の空間的な強度分布の重なり効率によって決ま
る.すなわち,励振光とストークス光のトポロジカル
チャージは必ずしも一致しないことが分かった.トポ
ロジカルチャージの符号は,共振器内にエタロン
[28]
やワイヤー
[29]
を入れることで制御できる.
文
献
[1] L. Allen, M.W. Beijersbergen, R.J.C. Spreeuw, and J.P. Woerdman, “Orbital angular momentum of light and the transformation of Laguerre-Gaussian laser modes,” Phys. Rev. A, vol.45, no.11, pp.8185–8189, June 1992.
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(2018 年 11 月 30 日受付,2019 年 3 月 6 日再受付, 8月 14 日公開)
西潟 由博 (正員)
2006東京大学大学院工学系研究科物理 工学専攻修士課程修了.同年古河電気工業 株式会社入社.2014 千葉大学大学院融合 科学研究科博士課程入学.非線形光学の研 究に従事.Cheng-Yeh Lee
He got the Ph.D. degree in Elec-trophysics from National Chiao Tung University, Hsinchu, Taiwan, in 2017. His research area focuses on the diode-pumped solid-state Raman lasers. He is now working in Taiwan Semiconduc-tor Manufacturing Company, Limited, as an engineer since 2017.
宮本 克彦
2004東北学院大学大学院工学研究科応 用物理学専攻修了博士(工学).同年東北 大学 COE フェロー,2006 東北大学電気 通信研究所助手,2007 理化学研究所研究 員,2009 千葉大学大学院融合科学研究科 助教.2013 年同大学准教授.非線形光学, テラフォトニクスの研究に従事.APEX/JJAP Editor.Yung-Fu Chen
The Ph.D. degree was received at the Institute of Electronics, National Chiao Tung University in 1994. 2002 Pro-fessor, Department of Electrophysics, NCTU, Taiwan. 2014 Vice Dean, Col-lege of Science, NCTU, Taiwan. His re-search topics include laser physics, nonlinear optics, quan-tum theory, scattering theory, and computer simulation. Associate Editor of Optics Express.