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個人データが含まれる証拠の裁判所への提供についての考察

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研究ノート

個人データが含まれる証拠の裁判所への提供についての考察

Consideration of the Provision of

Evidence Containing Personal Data to the Court

板倉 陽一郎†, ††, †††, ††††, *

Yoichiro ITAKURA

抄 録: 裁判において、一方当事者が、個人データが含まれる証拠を裁判所に提出するこ とは、しばしば生じている。本稿では、個人データが含まれる証拠の裁判所への提 供について、従来の整理を確認した上で、法 23 条 1 項 2 号に該当し、適法である との解釈について、条文解釈、訴訟法上の救済手段、十分性認定及び欧州法の解釈 との関係から適切であることを論証する。 Abstract :

It often happens that one party submits evidence containing personal data to the court in a trial. This article confirms the conventional arrangement of the provision of evidence con-taining personal data to the court and argues that it falls under Article 23(1)(2) of the Law and is lawful in relation to the interpretation of the text, the remedy under the law of proce-dure, the adequacy decision and the interpretation of European law.

キーワード:

個人情報保護法、民事訴訟法、証拠申出、十分性認定 Key words :

Personal Information Protection Act, Code of Civil Procedure, Offer of evidence, Adequacy Decision † 弁護士・ひかり総合法律事務所 †† 理化学研究所革新知能統合研究センター客員主管研究員 ††† 国立情報学研究所客員教授 †††† 大阪大学社会技術共創研究センター(ELSI センター)招へい教授 * [email protected]

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1 . はじめに 裁判において、一方当事者が、個人データが含まれる証拠を裁判所に提出するこ とは、しばしば生じている。これは、一方当事者が個人情報の保護に関する法律 (平成 15 年法律第 57 号、以下、「個人情報保護法」又は単に「法」という。)上の 個人情報取扱事業者である場合、個人データの第三者への提供(法 23 条 1 項柱書) であるから、本人の同意を得るか、法 23 条 1 項各号の例外事由に該当しない限り、 違法ということになる。また、個人データに該当しない個人情報であっても、裁判 上の証拠資料としての利用が、個人情報取扱事業者たる一方当事者が定めた利用目 的の範囲を逸脱するのであれば、やはり、本人の同意を得るか(法 16 条 1 項)、法 16 条 3 項各号の例外事由に該当しない限り、違法となる。 しかしながら、裁判手続においては、提訴前は、事前の証拠収集を相手方等に知 られたくないことが一般的であり、提訴後は、限られた期間での証拠収集、提出が 求められる。このような制限がある中で、裁判所への提供や目的外利用について、 証拠に含まれる個人情報・個人データの本人の同意を得るということは、本人が相 手方当事者であるか(又は相手方当事者を含むか)否かに拘わらず、現実的ではな いことが一般的である。そうすると、一般的には、裁判の過程で、本人の同意なく、 個人データが含まれる証拠が、裁判所に提供されるということになるのであるが、 このような行為はどのように評価されるか。これが、本稿の考察対象である。な お、裁判所への提供は、民事裁判、刑事裁判のいずれもあり得るが、ここでは、個 人情報取扱事業者が当事者となることを想定し、民事裁判を前提として議論する。 2 . 個人データが含まれる証拠が裁判所へ提出される場合の問題点 裁判上、個人データが含まれる証拠が提出される場合、個人データ該当性は提供 元で判断すべきか、提供先(裁判所)で判断すべきか。この点は、個人データが含 まれる証拠をマスキングすれば足りるかどうかという点と関係する。つまり、個人 データに該当しない個人情報の目的外利用については、これをマスキングすること によって、基本的には、個人情報を含まない証拠を作成することができ、目的外利 用の問題は解消する1。他方で、個人データ該当性が提供元で判断されるとすると、 これをマスキングしたとしても、マスキングした証拠と、マスキングしていない元 の証拠との容易照合性は一般的に否定できないので、マスキングをしたとしても、 1 マスキングされた証拠の提出自体の問題には立ち入らないが、実務上は、マスキングされた証拠はしばしば提出 されている。例えば、「刑事手続の書類が出されると、第三者の情報が多数含まれており、マスキングして出して もらうなどの運用はしていますが、当事者のプライバシーに関わる部分でなければ閲覧制限の制度を利用すること もできないので、制度的な担保としては十分でないようにも思います。」とする山田真紀判事の発言を参照(道垣 内弘人・山本和彦・小粥太郎・菱田雄郷・岸日出夫・山田真紀・朝倉佳秀・竹部知子「現代における裁判所の情報 収集や裁判のための証拠等収集の在り方をめぐる問題」論ジュリ 25 号 124 頁、[山田真紀発言](141 頁))。

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個人データが含まれる証拠は裁判所に提出できないという問題が生じるのである。 この点について、法を所管する個人情報保護委員会は、個人データの第三者提供 においては、提供元基準を採用することを明らかにしている。すなわち、「個人情 報保護法は、それぞれの個人情報取扱事業者が個人情報を適切に取り扱うことを求 めている。このため、外部に提供する際、提供する部分単独では個人情報を成して いなくても、当該情報の提供元である事業者において『他の情報と容易に照合する ことができ、それにより特定の個人を識別することができることとなる』場合には、 提供元に対して、個人情報としての管理の下で適切に提供することを求めている。」 「これは、提供先で個人情報として認識できないとしても、個人情報を取得した事 業者に、一義的に、本人の権利利益を保護する義務を課すという基本的発想から、 提供元において、上記のような情報についても個人情報として扱うことを求めるも のである(一般に「提供元基準」と呼ばれている。)2。」。 そうすると、裁判所に提出される部分だけで特定の個人が識別できなくとも、提 供元で容易照合性を考えて、個人情報・個人データに該当性が認められる場合に は、個人データの第三者提供に際し、本人の同意か、例外事由への該当性が求めら れることとなる。これは、個人データを含む証拠を裁判所に提出するためには、当 該個人データ部分を裁判に顕出する場合のみならず、個人データ部分を除いた部分 の証拠を提出したいと考える場合でも、氏名等のみのマスキングでは足りないとい うことを意味する。すなわち、複数名の個人データが含まれる証拠に関し、立証し たいのはある特定の本人についての事項のみである場合に、残りの本人について氏 名等のみをマスキングをしても、適法に裁判所には提出できず、証拠に含まれる個 人データの全ての本人について、本人の同意か、例外事由への該当性が求められる ことになる。例えば、会社関係訴訟における株主名簿(会社法 121 条)や、労働関 係訴訟における賃金台帳(労働基準法 108 条)等は、「電子計算機を用いて検索す ることができるように体系的に構成」されている場合、個人情報データベース等そ のものであるが、その全部又は一部はしばしば証拠として提出される3。この場合、 証拠には個人データが含まれており、賃金台帳における従業者等名、株主名簿にお ける株主名のみをマスキングしたとしても、支払われた賃金部分や、株式数によっ 2 個人情報保護委員会「個人情報保護法いわゆる 3 年ごと見直し制度改正大綱」(令和元年 12 月 13 日)25 頁。 3 個人情報が記載された書面(契約書等)はどうか。この点、契約書等が単独で存在している場合は、個人情報デー タベース等を構成しているとはいえないであろうが、文書管理システムなどによってデータベースに登録されている 場合、個人情報データベース等を構成しているといえる場合がないとはいえない。もっとも、最判平成 31 年 3 月 18 日裁時 1720 号 4 頁は、「ある情報が特定の個人に関するものとして法 2 条 1 項にいう『個人に関する情報』に当たる か否かは、当該情報の内容と当該個人との関係を個別に検討して判断すべきものである」としており、登録されてい るデータベースに、形式的に特定の個人を識別する情報が含まれていたとしても(例えば、取引先ごとに契約書を管 理するシステムにおいて代表取締役の氏名等が含まれていたとしても)、当該特定識別された本人の個人情報に該当 するかどうかは「個別に検討して判断」されるものであり、個人情報データベース等を構成しているといえるかどう かは、当該個人情報取扱事業者における個人情報データベース等の構成等から判断せざるを得ない。

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て、原本との間で容易照合性が認められる(又は認められる部分が含まれる)ので、 提供元基準を前提として、証拠として提出できない。氏名等以外の部分の記述は残 した上で全体を証拠として提出する場合、株主名簿であればすべての株主に、賃金 台帳であれば、全ての従業者等に関し、同意か、例外事由該当性が必要になる。 3 . 個人データが含まれる証拠が裁判所に提出される場合についての従来の整理 (1)「法令に基づく場合」(法 23 条 1 項 1 号) 個人データが含まれる証拠が裁判所に提出される場合についての従来の議論はど うであったか。この点、証拠の申出(民事訴訟法 180 条)に基づく、個人データを 含む証拠の裁判所への提供が全て法令に基づく場合(法 23 条 1 項 1 号)に該当す るということであれば、裁判上の証拠資料としての個人データの裁判所への提供は 全て許容されることになるが、そのような解釈は取られているか。 「法令に基づく場合」として従来挙げられてきたのは、裁判所の文書提出命令に 応じる場合(民事訴訟法 220 条)4、同じく文書送付嘱託に応じる場合(民事訴訟 法 226 条)、調査嘱託に応じる場合(民事訴訟法 186 条)などである5。文書送付嘱 託については、大阪高判平成 19 年 2 月 20 日判タ 1263 号 301 頁が、「裁判所の文書 送付嘱託は、上記のとおり、民事紛争の適正かつ実効的な解決という高い公益的な 必要性に基づき、法律の規定に基づいてされるものである。個人情報保護法 23 条 1 項 1 号は、法令に基づく場合には、同項の規定は適用されないことを定めており、 当然のことながら、裁判所の文書送付嘱託があった場合も、公益に基づき特に定め られた法令の規定に基づく嘱託に応ずるのであるから、同項に定める法令に基づく 場合に当たる。」「文書送付が直接強制されない、あるいは罰則により間接的に強制 されないとしても、送付嘱託自体が法令に基づいてなされる以上、これに応ずるこ とも法令に基づく場合に当たり、個人情報保護法 23 条 1 項の規定が適用されない ことに変わりはない。」「したがって、裁判所の文書送付嘱託があった場合には、個 人情報保護法 23 条 1 項によって個人データを本人の同意なく第三者に提供するこ とが禁止されるものではない。」と明確に判示している。この裁判例は、「法令に基 づく」について、法令上、第三者提供が義務付けられている場合に限らず、第三者 提供の根拠が規定されている場合をも含む趣旨であるという考え方6と整合的であ る。しかしながら、これらはいずれも裁判所から第三者提供が求められた場合の規 4 園部逸夫・藤原靜雄編、個人情報保護法制研究会著『個人情報保護法の解説《第二次改訂版》』(ぎょうせい, 2018 年)175 頁。 5 個人情報保護委員会「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』及び『個人データの漏えい等の 事案が発生した場合等の対応について』に関する Q&A」(平成 29 年 2 月 16 日(令和元年 11 月 12 日更新)、以下、 「Q&A」という。) Q1-54。 6 宇賀克也『個人情報保護法の逐条解説[第 6 版]』(有斐閣,2018 年)165 頁。

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定であって、一方当事者による証拠の申出は「法令に基づく場合」として第三者提 供の根拠とは考えられてきていない。すなわち、個人情報保護委員会が、一方当事 者による証拠の申出による、個人データの裁判所への提供について見解を示したも のとして、「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)(案)」 に関する意見募集への回答(519 番)がある。ここでは、日本証券業協会が「個 人情報取扱事業者が、裁判所による調査嘱託(民事訴訟法 186 条)、送付嘱託(同 226 条)、文書提出命令(同 223 条)及び証拠保全(同 234 条)に応じて個人デー タを裁判所に対し提供する場合は、法 23 条 1 項 1 号の『法令に基づく場合』に該 当し、あらかじめ本人の同意を得る必要はないという理解でよいか。」「また、個人 情報取扱事業者と当該個人以外の者が当事者となっている民事訴訟において、個人 情報取扱事業者が当該個人に係る個人情報又は個人データを含む証拠提出の申出を する場合、裁判所と相手方当事者に当該証拠の写しを送付することになるため、第 三者への提供に当たるように思われる。この場合、個人情報取扱事業者による証拠 申請は民事訴訟法 180 条に基づくものであり、法 23 条 1 項 1 号の『法令に基づく 場合』又は同項 2 号の『人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合』 に該当し、あらかじめ当該個人本人の同意を得る必要はないという理解でよいか。」 との質問をしており、これに対し、個人情報保護委員会は、「裁判所による調査嘱 託等は、一般的に「法令に基づく場合」に該当し得ると考えます。一方、証拠提出 の申出に伴う個人データの第三者提供については、改正後の法第 23 条第 1 項第 2 号に該当し得る場合もあり得ると考えますが、個別の事例ごとに判断することとな ると考えます。」としている7。ここでは、証拠提出の申出に伴う個人データの第三 者提供は、「法令に基づく場合」には該当し得ないことを前提に、法 23 条 1 項 2 号 (「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合」)には該当し得る場合 もあり得る、との見解が述べられている。つまり、個人情報保護委員会において、 個人データを含む証拠の裁判所への提供が「法令に基づく場合」(法 23 条 1 項 1 号) に該当するため、全て違法性阻却される、という解釈は採用されていない。 (2)「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合」(法 23 条 1 項 2 号) 他方、前述のガイドライン案(通則編)に関する意見募集への回答 519 番は、法 23 条 1 項 2 号に「該当し得る場合もあり得る」として、法 23 条 1 項 2 号により違 法性阻却される場合を認めている。更に、個人情報保護委員会は、確認記録義務に 係る Q&A(Q10-3)において、「訴訟追行のために、訴訟代理人の弁護士・裁判所 に、訴訟の相手方に係る個人データを含む証拠等を提出する場合は、『財産の保護 7 「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)(案)』に関する意見募集結果」519 番(2016 年 11 月 30 日公示)。

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のために必要がある』といえ、かつ、一般的に当該相手方の同意を取得することが 困難であることから、法第 23 条第 1 項第 2 号に該当し得るものであり、その場合 には記録義務は適用されないものと考えられます。」としている8。証拠の申出に伴 う、個人データの裁判上の証拠提出について、「訴訟の相手方に係る個人データを 含む証拠等」と限定してはいるが、「一般的に当該相手方の同意を取得することが 困難である」として、法 23 項 1 項 2 号に「該当し得る」としている。もっとも、 これらの記述はいずれも、法 23 条 1 項 2 号に「該当し得る」というだけであり、 個人情報取扱事業者としては、ケースバイケースの判断が求められることになる。 しかしながら、個人情報保護委員会が、ガイドライン(通則編)において、法 23 条 1 項 2 号に該当するとしている事例には、ケースバイケースではなく、類型 的に同号に該当すると解釈されているものが含まれている。事例を列挙すると、① 急病その他の事態が生じたときに、本人について、その血液型や家族の連絡先等を 医師や看護師に提供する場合、②大規模災害や事故等の緊急時に、被災者情報・負 傷者情報等を家族、行政機関、地方自治体等に提供する場合、③事業者間において、 暴力団等の反社会的勢力情報、振り込め詐欺に利用された口座に関する情報、意図 的に業務妨害を行う者の情報について共有する場合、④製造した商品に関連して事 故が生じたため、又は、事故は生じていないが、人の生命若しくは身体に危害を及 ぼす急迫した危険が存在するため、当該商品の製造事業者等が当該商品をリコール する場合で、販売事業者、修理事業者又は設置工事事業者等が当該製造事業者等に 対して、当該商品の購入者等の情報を提供する場合、⑤上記事例④のほか、商品に 重大な欠陥があり人の生命、身体又は財産の保護が必要となるような緊急時に、製 造事業者から顧客情報の提供を求められ、これに応じる必要がある場合、⑥不正送 金等の金融犯罪被害の事実に関する情報を、関連する犯罪被害の防止のために、他 の事業者に提供する場合、となる9。これらのうち、①、②、④、⑤は、それぞれ、 「急病その他の事態」「大規模災害や事故等の緊急時」「人の声明若しくは身体に危 害を及ぼす急迫した危険」「人の生命、身体又は財産の保護が必要となるような緊 急時」という規範的要素を含んでおり、結局、事業者におけるケースバイケースの 判断が求められる。他方、③(いわゆる反社会的勢力データベースの共有等)や⑥ (不正送金防止の取組)は、判断に迷うことなく法 23 条 1 項 2 号に該当する類型と して考えられており、実務的にもそのように扱われている10 8 Q&A、Q10-3。 9 個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(平成 28 年 11 月(令和 2 年 9 月一部改正))3-1-5。 10 例えば、反社会的勢力データベースの共有に関し、福谷賢典「ケース 13 反社会的勢力データベースの構築」金 法 1901 号(2010 年)82 頁、鈴木正人・深沢篤嗣・荒田龍輔「反社会的勢力の預金口座解約の実例を踏まえた実務 上の留意点」金法 2031 号(2015 年)6 頁。

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4 .  個人データが含まれる証拠が裁判所に提出される場合は法 23 条 1 項 2 号に 該当するものとされるべきこと (1)「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合」 このように、法 23 条 1 項 2 号の判断は、原則としてケースバイケースであるが、 一部の類型については、類型的に法 23 条 1 項 2 号に該当するものとして個人情報 保護委員会に例示され、実務上もそのように扱われている。そこで、個人データが 含まれる証拠が裁判所に提出される場合も、一律に法 23 条 1 項 2 号に該当するも のと解釈することができないか。まず、「人の生命、身体又は財産の保護のために 必要がある場合」が問題となる。同文言について解釈している文献は多くないが、 立案担当者らは、「人の生命、身体又は財産に関する具体的な権利利益が侵害され るおそれが存在するとともに、当該個人情報を利用することによりその保護が図ら れることについての合理性があることをも要する。」とする11 ア 「人の生命、身体又は財産の保護のため」 ここで、「人の生命、身体又は財産の保護のため」について立案担当者らの解釈 を厳格に解すれば、「具体的な権利利益」は生命、身体、又は財産に関するもので なければならず、例えば、人事訴訟についてこれが該当するか、補助参加人につい てこれが該当するかなどは、疑義が生じよう。しかしながら、「生命、身体又は財 産」という文言は、保護法益をこれらに厳格に制限する趣旨ではないであろう。個 人情報保護委員会のガイドライン(通則編)においても、法 16 条 3 項 2 号の解説 でも法 23 条 1 項 2 号の解説でも「人(法人を含む。)の生命、身体又は財産といっ た具体的な権利利益」(傍線筆者)とされている。「といった」という文言は、限定 列挙ではないことを示すと解釈するのが適切である。例えば、肝炎対策基本法(平 成 21 年法律第 97 号)前文では、「…肝炎は、適切な治療を行わないまま放置する と慢性化し、肝硬変、肝がんといったより重篤な疾病に進行するおそれがある…」 としており、明らかに例示列挙としての用例である。したがって、「具体的な権利 利益」といっても、その内容は無限定であるといえる。裁判手続が起こされる以上 は、何らかの請求とその背後にある何らかの具体的な権利利益が想定されるので あって、人事訴訟(人事訴訟法(平成 15 年法律第 109 号)2 条 1 項)も、「身分関 係の形成又は存否の確認を目的とする訴え」を巡る訴訟であるから、例外ではない。 補助参加についても、「訴訟について」訴訟行為を行うためになされるものであり (民事訴訟法 45 条 1 項)、訴訟は原告の請求を巡って行われるのであるから、やは り「人の生命、身体又は財産の保護のため」という文言は、裁判手続との関係では、 11 前掲注 4・園部・藤原編 145 頁。

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常に満たされると解することが相当である。 イ 「必要がある場合」 「必要がある場合」について、立案担当者らが「保護が図られることについての 合理性」とする点を厳格に解すれば、裁判上不要な証拠である場合には、合理性が ないということになる。しかしながら、裁判上不要な証拠であるかどうかが事後に しか定まらないとすれば、「保護が図られることについての合理性」は証拠提出段 階では常に判断できないこととなり、事業者は法 23 条 1 項 2 号該当性の判断が全 くできなくなる。ここでは、個人情報保護法が行政規制であり、事前判断であるこ とから、証拠提出段階で判断されるべく、裁判所が証拠調べを行った場合には、こ れを尊重し、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合」に該当す ると考えるべきである。すなわち、裁判との関係で全く無関係な、個人データが含 まれる証拠が裁判所に提出されることは、提出段階では避けられないが、裁判所は、 全く無関係な証拠については証拠調べを行わないことができ、その場合は個人情報 保護法上「提供」もされていないと考えることができる。逆に、証拠調べが行われ たということは、権利利益の保護に関し、合理性があるものであるという裁判所の 判断が先行し、これが尊重されるべきであるということになる。 ウ 小括 このように、個人データが含まれる証拠が裁判所に提出される場合は、「人の生 命、身体又は財産の保護のために必要がある場合」に該当する。この結論は、「訴 訟追行のために、訴訟代理人の弁護士・裁判所に、訴訟の相手方に係る個人データ を含む証拠等を提出する場合は、『財産の保護のために必要がある』といえ…」る とする Q&A とも整合する。 (2)「本人の同意を得ることが困難」 「本人の同意を得ることが困難」についてはどうか。「本人の同意を求めても同意 しない場合、本人に同意を求めるまでもなく本人の同意を得ることができない場合、 当該個人情報の性質、利用目的等が本人に知られる等により支障が生じるおそれが ある場合」とされている12。この点、前述した Q&A(Q10-3)において、「訴訟の相 手方に係る個人データを含む証拠等」については、「一般的に当該相手方の同意を 取得することが困難である」としている。それでは、「訴訟の相手方」以外につい てはどうか。この点、冒頭述べたとおり、裁判手続について、提訴前は、事前の証 12 前掲注 4・園部・藤原編 145 頁。

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拠収集を相手方等に知られたくないことが一般的であり、提訴後は、限られた期間 での証拠収集、提出が求められる。さらに、裁判手続が必ずしも紛争解決の手段と して一般的ではない我が国においては、そもそも、裁判手続に何らかの形で関わる ということ自体、好ましく受け取られることではない。代理人弁護士からの連絡に ついても、一般的には警戒されるであろう。このような状況の下では、「訴訟の相 手方」以外についても、個人データが含まれる証拠を裁判所に提出しようとする場 面においては、同意を求めても同意しないか、裁判所への証拠提出が個人データの 本人に知られることで支障を生じるおそれがあるという点は否定できない。そうす ると、個人データが含まれる証拠を裁判所に提出しようとする場面では、相手方本 人のみならず、一般的に本人の同意を得ることが困難であるといってよいであろう。 以上により、個人データが含まれる証拠が裁判所に提出される場合は、法 23 条 1 項 2 号に該当すると考えることができる。 (3) 訴訟法上、個人データが含まれる証拠が裁判所に提出されたとしても救済手 段が用意されていること 個人データが含まれる証拠が裁判所に提出されることは個人情報保護法との関係 で、類型的に適法になると解したとしても、訴訟法上の救済手段が存在する。これ は、訴訟法上、個人データが含まれる証拠が裁判所に提出されるような場面は、訴 訟法自体で完結した救済を用意しているのであるから、個人情報保護法による保護 は不要であるということを裏付ける。 まず、前述のように、裁判と無関係な証拠であるとすれば、証拠調べが行われな いということがあり得る。さらに、そもそも、提出した事業者が当該個人データ(個 人情報)を取得するに際し、人格権等の侵害が著しい証拠については、民事訴訟法 上、証拠排除されることがあり得る(違法収集証拠排除。例えば、「使用者の同意な くして携帯電話からメールを収集する行為は、通常、使用者の人格権の侵害となり 得ることは明らかであるから、その証拠能力の適否の判定に当たっては、その手段 方法や態様等が著しく反社会的と認められるか否かを基準として、考察するのが相 当である」としてその可能性を認めるものとして、東京地判平成 18 年 6 月 30 日判 例集未登載(平成 16 年(ワ)第 5066 号)判例秘書:L06132608, 結論否定)。さらに、 民事訴訟法 92 条 1 項 2 号は「訴訟記録中に当事者の私生活についての重大な秘密が 記載され、又は記録されており、かつ、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うこと により、その当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生ずるおそれがあること。」 についての疎明がある場合は、訴訟記録の閲覧等を制限することを可能としている。 このように、個人データが含まれる証拠が裁判所に提出されるような場面では、 訴訟法上、証拠調べの否定、違法収集証拠排除、訴訟記録の閲覧等制限といった制

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度が存在しており、訴訟法自体で完結した救済があるため、個人情報保護法による 保護は不要である。また、いかに独立行政委員会であるとはいえ、個人情報保護委 員会が、裁判に関し、裁判所をも客体として行政調査を行って案件を処理すること は適切ではないであろう。 (4)十分性認定、欧州法の解釈との関係 個人データが含まれる証拠が裁判所に提出される場合は、法 23 条 1 項 2 号に該 当するという結論が、いわゆる十分性認定との関係で、どう評価されるか。欧州一 般データ保護規則(GDPR)における解釈を検討した上で、考察する。日欧間にお いては、個人情報保護委員会から「我が国においては、第 85 回個人情報保護委員 会において、個人情報保護法第 24 条に基づく EU 指定を(2019 年、筆者注)1 月 23 日付けにて行い(※)、また、欧州委員会においても、GDPR 第 45 条に基づく我が 国の十分性認定を同 23 日付けにて決定し、同枠組みが発効しました。」と説明され ているように13、相互の制度の認証が存在する。この認証は単なる政治的な合意で はなく、欧州の十分性認定には定期的な見直しが存在し(GDPR 第 45 条第 3 項、「少 なくとも4 年毎の定期的な見直しの仕組み」)、日本の法 24 条に基づく EU 指定につ いても、「個人の権利利益を保護する上で我が国と同等の水準にあると認められる個 人情報の保護に関する制度を有している外国等」(平成 31 年個人情報保護委員会告 示第 1 号)第 3 項第 2 号において、「個人情報保護委員会は、この告示の適用の日 から二年以内、その後少なくとも四年ごと、及び個人情報保護委員会が必要と認め るときに、前項の規定に基づく外国の定めに関する見直しを行うものとする。」とさ れている。要するに、日欧間は、相互の個人データに関する制度について、互いの 制度から見て適切な規律を有しているかを相互に見直すという関係にある。両者の 制度は完全に一致する必要はないが、少なくとも、整合的に理解される必要はある。 裁判上の攻撃防御のための個人データの利用は、GDPR においても、適法な取扱 いの根拠となっている。まず、GDPR9 条 2 項(f)は、一般の個人データよりもよ り厳しい取り扱いが求められる、特別な種類の個人データの取扱いについて、「(f) processing is necessary for the establishment, exercise or defence of legal claims or whenever courts are acting in their judicial capacity; (f)訴えの提起若しくは攻撃防御のため、又は、 裁判所がその司法上の権能を行使する際に取扱いが必要となる場合」には取扱いが 適法であるとしている14。また、GDPR 前文 52 項は、同条項の解釈として、「(52)公 共の利益において行われる場合であり、…裁判所の訴訟手続、行政上の手続及び裁判 外の手続のいずれにおいても、訴えの提起及び攻撃防御のために必要な場合には、例 13 個人情報保護委員会「日 EU 間・日英間のデータ越境移転について」 14 GDPR 本文個人情報保護委員会対訳 13 頁。石井夏生利『EU データ保護法』(勁草書房,2020 年)57 頁参照。

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外としてそのような個人データの取扱いを許容する。」として、特別な種類の個人デー タの取扱いについて、裁判上の攻撃防御のための取扱いを許すとしている15。GDPR9 条 2 項(f)は、欧州連合基本権憲章 47 条に定める効果的な救済及び公正な裁判に関 する権利、ヨーロッパ人権条約 6 条に定める公正な裁判を受ける権利を補償すべく、 原被告の裁判手続、行政審判及び仲裁手続において個人データの取扱いの例外を定 めるものであるとされ、「訴えの提起」については、公法・私法を含み広くとらえた 上で、原被告、いずれの管理者も、GDPR6 条 1 項(f)16が、一般の個人データの取 扱いの適法性の根拠として定めるところの「正当な利益」を有するとみられうる主張 のためにする請求を含むよう、広く解釈されるべきとの解釈がなされている。「訴え の提起」の確実性については制限的な解釈が採られるが、GDPR は、少なくとも既に 提起された裁判に関しては、「正当な利益」を有することを前提に裁判上の攻撃防御 のための個人データの取扱いを広く適法であるとしていると考えてよい17,18 この点、「正当な利益」については、GDPR の前身たる EU データ保護指令に関 してではあるが、欧州データ保護ボード(EDPB)の前身である第 29 条作業部会が Opinion 06/2014 on the notion of legitimate interests of the data controller under Article 7 of Directive 95/46/EC (844/14/EN, WP 217)を公表している。同意見書は、契約 に基づく債権回収について、基本的な連絡先情報の利用に関しては指令 7 条(b) (GDPR6 条 1 項(b)に対応)の適用があるとするが、これを超えて個人データを 利用する場合は「正当な利益」(指令 7 条(f))(GDPR6 条 1 項(f)に対応)の問 題となり、いわゆるバランシングテストが避けられないとする(18 頁)。注 36 で は指令 8 条 1 項(e)(GDPR9 条 2 項(f)に対応)に触れており、個人データが含 まれる証拠の裁判所への提出に関しても、「正当な利益」に該当するかどうかのバ ランシングテストは必要であることを示唆している。また、「例 9」では、裁判外 の債権回収に関してではあるが、より具体的に、債権回収のための証拠収集業者が 盗聴のような違法行為を用いた場合には、バランシングテストにおいては不利に働 くとされている(61 頁)。直接的に、証拠を裁判所に提出する文脈ではないが、違 15 GDPR 前文個人情報保護委員会対訳 19 頁。

16 「(f) processing is necessary for the purposes of the legitimate interests pursued by the controller or by a third party, except where such interests are overridden by the interests or fundamental rights and freedoms of the data subject which require protection of personal data, in particular where the data subject is a child.(f)管理者によって、又は、第三者によって求め られる正当な利益の目的のために取扱いが必要となる場合。ただし、その利益よりも、個人データの保護を求める データ主体の利益並びに基本的な権利及び自由のほうが優先する場合、特に、そのデータ主体が子どもである場合 を除く。」(GDPR 本文個人情報保護委員会対訳 9 頁)。

17 Kuner, Christopher, Lee A. Bygrave, and Christopher Docksey. Commentary on the EU General Data Protection Regulation

(GDPR). A Commentary. Oxford University Press, 2019. p.379. GDPR 第 6 条第 1 項(b)(e)(c)の適用を主張するものとし て、Carey, Peter. Data protection: a practical guide to UK and EU law. Oxford University Press., 2018. p.75.

18 なお、GDPR 上は「取扱い」に日本法でいう「提供」が含まれる。GDPR 第 4 条(2)が「取扱い」の定義に「送信 による開示、配布」を含んでいること参照。GDPR 本文個人情報保護委員会対訳 3 頁。

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法収集証拠を提出しようとすれば、バランシングテストにおいて不利に扱われると 考えることは自然であろう。そうすると、GDPR においては、個人データが含まれ る証拠の裁判所への提出については、適法化根拠に該当するかどうかにつき、広く 解釈されるものの、「正当な利益」のためのバランシングテストが前提となる。違 法収集証拠を含むような場合には、これが否定されることもあり得よう。 もっとも、GDPR がこのような解釈を採用するのは、個人データが含まれる証拠 の裁判所への提出について、訴訟法は各国の立法に委ねられる以上、違法収集証 拠の取扱い等についても、GDPR レベルで整合性が取られなければならず、「正当 な利益」の判断に組み込まざるを得ないということに理由を求めることができよ う。GDPR に対応する各国の「裁判所の訴訟手続、行政上の手続及び裁判外の手続」 (GDPR 前文 52)は多種多様であり、訴訟法段階での是正を常に期待できるわけで はない。そのため、「正当な利益」の判断に幅をもたせざるを得ないというわけで ある。これに対し、本稿においては日本法における「必要がある場合」(法 23 条 1 項 2 号)は個人データが含まれる証拠の裁判所への提出について常に認められると いう見解を採用したが、これは、裁判との関係で全く無関係な証拠については採用 されず、違法収集証拠については排除されるという、日本における訴訟法の存在を 前提としている。このように日本法と GDPR において、別の判断枠組みが採用さ れたとしても、どの要件又は手続において調整が行われるかという問題であって、 具体的な調整の結果、看過できない不整合が生じているというわけでなければ、制 度の相互認証の下でも問題はないといえるのではないか。 5 . 結語 以上のとおり、裁判上、個人データが含まれる証拠が裁判所に提出されることは、 個人情報保護法 23 条 1 項 2 号に基づき、適法と解されるべきである。訴訟法上の 証拠調べ、違法収集証拠排除及び訴訟記録の閲覧等の手続が存在することも根拠と なる。GDPR は、違法収集証拠等の例外的な場面との調整の余地を「正当な利益」 におけるバランシングテストに求めているが、既に提起された裁判に関しては、広 く解釈されることが前提であり、本稿における日本法の解釈とも矛盾しない。 本稿が扱った論点は、個人情報保護委員会からも部分的に見解が示されてきた が、日々、生じている事象についてのものであり、事業者の予測可能性の要請は極 めて強い。さらなる議論の端緒となることを期待する。 ※本研究は、JPRS 科研費 JP18K18441、JP20K01328 の助成を受けたものです。 (いたくら・よういちろう)

参照

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