• 検索結果がありません。

[南アジア]学生寮に国際社会を見る(脇村孝平)

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "[南アジア]学生寮に国際社会を見る(脇村孝平)"

Copied!
1
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

074 075 地域研究の牽引者たちからのメッセージ 地域研究者の軌跡 ①生年・出身地…… 一九五四年、兵庫県 ② 専 門 分 野・ 地 域 …… 社 会 経 済 史・ 南 ア ジ ア ( 具 体 的 に は イ ンド) ③学歴…… 大阪市立大学大学院経済学研究科後期博士課程 ④職歴…… 現在の所属先のみ (三六歳、現在まで二一年間) ⑤ 現 地 滞 在 経 験 …… イ ン ド ( 三 二 歳、 二 年 間、 留 学 生 ) 、 イ ギ リス (四三歳、一年間、客員研究員) ⑥ 研 究 手 法 …… 文 献 史 学 的 な 研 究 方 法 を 取 っ て い る の で、 上記のインドおよびイギリスに滞在中も、公文書館ない しは図書館に日参することが常だった。 ⑦ 所 属 学 会 …… 日 本 南 ア ジ ア 学 会、 社 会 経 済 史 学 会、 ア ジ ア政経学会 ⑧ 研 究 上 の 画 期 …… 一 九 九 〇 年 代 以 降 の イ ン ド の 経 済 的 台 頭、 そ し て グ ロ ー バ ル 化 状 況 へ の 適 応。 こ れ に よ っ て、 私 の イ ン ド 史 認 識 が 大 き く 変 わ っ た。 そ の 後、 「 開 放 体 系としてのインド亜大陸」というような見方をするよう になった。 ⑨ 推 薦 図 書 …… 萩 原 延 壽『 遠 い 崖 ―― ア ー ネ ス ト・ サ ト ウ 日記抄』 (全一四巻、 朝日文庫、 二〇〇七 〜 〇八年) 。アー ネスト・サトウというイギリスの一外交官が幕末維新期 の日本を「地域研究」した記録。 メッセージ (地域) 研究者になること 私の専門は経済学だが、学部時代は開発経済学に関心が あった。大学院に進学してから経済史を専攻することを選 択 し、 「 低 開 発 」 の 根 源 的 理 由 を 歴 史 の な か に 探 ろ う と 考 ●

南アジア

︵ わ き む ら ・ こ う へ い ︶ 大 阪 市 立 大 学 大 学 院 経 済 学 研 究 科 ・ 教 授 えた。事例研究としてインドを対象地域に選び、一九世紀 後半に頻発した飢饉の研究を開始した。これが私にとって の「地域研究」事始めだった。しかし、自らの研究を「地 域研究」として意識するようになったのは、一九八〇年代 後 半 の 二 年 間 の イ ン ド 留 学 と い う 契 機 で あ っ た。 留 学 中、 飢饉の研究のためにニューデリーの国立公文書館に通いつ めた。さて、現在の私の研究テーマは英領期インドの疾病 史・公衆衛生史ということになる。当初の「飢饉」研究か ら、次第に「疫病」研究に移行した結果である。また、研 究のスタイルも少し変化した。狭い意味では、 必ずしも 「地 域研究」的ではなくなってきたからである。 第Ⅰ部「現場の悩み三〇問」を読んで 先に「狭い意味では、必ずしも『地域研究』的ではなく なってきた」と書いたが、以下に敷衍する。一九九〇年代 中頃から医学社会史的な領域に関心を持つようになり、同 じ 志 の 東 ア ジ ア ( 日 本、 台 湾、 韓 国 ) の 研 究 者 と の 間 に 研 究者ネットワークを形成するようになった。その結果、東 アジア史との比較のなかで南アジア史を考えるようになっ た。その後、二〇〇〇年代初頭から、いわゆる「グローバ ル・ヒストリー」という国際的な研究潮流に関心を持つよ うになった。当初この研究潮流では、中国史が問題関心の 中心にあったが、次第に南アジア史も視野の中に入るよう になり、私自身も南アジア史をグローバルな連関のなかで 考えるようになっていった。かかるアプローチもまた、 「地 域研究」の一類型に加えていただければと思う。 地域研究の魅力と可能性 「地域研究」とは何か。私は次のように考える。 「外部の 人 間 ( exotic ) が、 あ る 社 会 を で き る 限 り 内 在 的 に 理 解 す る試みではないか」と。これは、一昔前の文化人類学の自 己規定に近いかもしれない。かかる認識に基づきつついう と、私の「地域研究」の原点は、一九八〇年代後半のイン ド留学における生活経験ということになる。生活経験とは いってもデリー大学の学生寮で暮らしたに過ぎないが、イ ンド人学生との交遊、そして学生寮における人間模様の見 聞が、 私のインド社会像の基礎を形作った。とりわけ、 「学 生寮という社会がひとつの国際社会であった」という記憶 が私の中に深く刻み込まれた。インドのさまざまな地域か らやってきた母語を異にする学生たちが、あたかも国際社 会 の よ う に し て ひ と つ の 世 界 を 形 成 し て い た か ら で あ る。 先に、研究上の画期として「一九九〇年代以降のインドの 経済的台頭、そしてグローバル化状況への適応」というこ とをあげたが、グローバル化した世界に対応できる文化的 遺 伝 子 ( ミ ー ム ) が イ ン ド 社 会 に 深 く 埋 め 込 ま れ て い る こ とは、この寮生活のなかですでに体験していたのである。

参照

関連したドキュメント

第1が、技術工学や社会科学などをコアに学際的・総合的アプローチで、他分野を同時に専攻で

国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board: IASB)の前身である国際 会計基準委員会(International Accounting Standards Committee:

入学定員 200人 3年次編入学 30人 修士課程 保健学専攻 入学定員 70人. 進

三島由紀夫の海外旅行という点では、アジア太平洋戦争

[r]

ているかというと、別のゴミ山を求めて居場所を変えるか、もしくは、路上に

図2  CECS レベル2教材 (Introduction to Coaching − the Official IAAF Guide to Coaching Athletics,

ケース③