• 検索結果がありません。

外国人留学生の大学入学期の心理状態に関する一考察 : PAC分析を用いた学部新入生のケース 利用統計を見る

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "外国人留学生の大学入学期の心理状態に関する一考察 : PAC分析を用いた学部新入生のケース 利用統計を見る"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

外国人留学生の大学入学期の心理状態に関する一考察

-PAC分析を用いた学部新入生のケース-

楊 益・伊 藤 孝 惠 要  旨  本研究の目的は、在日外国人留学生の大学入学期の心理状態を探り、その情緒的変化を明らかにする ことである。そのため、学部新入留学生3名に対し、入学した当初、及び5月下旬から6月上旬の2回 の時期にわけて、PAC 分析を行い、5月の大型連休を挟んで心理状態がどのように変化するか探った。 その結果、「心理的落差」という観点において、3名とも実際の大学生活の問題に直面して、心理的変化 が見られた。この研究を通して、留学生に対する支援について、入学当初だけではなく、大学生活をあ る程度経験した5、6月以降においても、留学生支援が必要であることが示唆された。 キーワード : 学部新入留学生 異文化適応 PAC 分析 心理的落差 1. はじめに  日本において、新年度の4月は、入学や就職、異動、 一人暮らしなど環境が変わる時期である。期待とやる気 に溢れている一方で、その新しい環境に適応できないで いると、心身の疲労が蓄積されていき、5月の大型連休 明け頃から、それが心身の不調として顕在化することが 多いようである。最近の生活ストレス研究では、その不 適応が深刻になると、五月病やアパシーなどの精神衛生 上の諸問題がみられるといわれている。また、厚生労働 省の調査(2017)によると、春の4, 5月は自殺率が高 く、その原因の一つとして、新生活に適応できないこと が考えられる。  鶴田(2010)は、大学新入生について、「入学期は、 学生が今まで慣れ親しんだ生活から離れ、大学での新し い学生生活へと移行する時期である」とした上で、入学 に伴って生じた課題と、入学以前から抱えてきた課題に 直面することになると述べている。その主な課題とは、 学業、進路、対人関係の三つの領域であり、入学後、新 入生は周囲からの影響を受け、高校までとの違いを予感 し、これらの領域においてしだいに不安になっていくと いう。また新入生は履修登録などの手続きに失敗したり した場合、それらの責任を自分で負わなければならない という「選択の自由」と「自己責任」に直面し、高校ま での受け身的姿勢から主体的な姿勢への転換を求められ るとも述べている。そのため、庄司(2011)は、大学新 入生は入学直後に不適応に陥りやすいとして、新入生の 大学への適応を把握しておくことは学生支援上、重要な ことであると述べている。  さらに留学生の場合は、異文化への適応も必要とされ ている。日本の日本語学校等を経て大学に入学した場 合、ある程度日本での生活に慣れているだろうと思われ る。しかし、大学では日本語学校での日本語を学ぶ授業 と異なり、日本語で専門分野の授業を受け、レポートな どを書き、日本人学生と交流したりグループワークなど をしたりしていかなければならないという点で、新たな 異文化適応が求められるといえよう。  横田(2004)は、留学生の適応のプロセスには、かな り大きな個人差があることや、受け入れる人々や社会と の関係の中でダイナミックなものであることに注意する 必要があると述べている。つまり、新入留学生の適応を 一括りにせず、かつ入学後の一時期に焦点をあてるので はなく、個々人の個性や環境とのダイナミクスを視野に 入れ、その変化をみていく必要がある。  これまで、入学期の留学生へのサポートの必要性は示 唆されてきたが(庄司 2011;鶴田 2010 など)、一般に 心身の疲労が現れやすいといわれる5月の大型連休後に おける留学生の心的状況や支援に関する先行研究は少な いとみられる。そこで、本研究では、新入留学生の入学 期、及びその数か月後の心的状況を、その個別性に注目 し、その変化を明らかにしたい。 2 先行研究 2. 1 新入大学生の心理的状態  新入大学生の心理状態について、高山(2012)は、大 学新入生のストレス度は入学期から上昇し、生きがい度 は低下する傾向にあるため、入学期よりできるだけ早い 時期に学生生活への適応が必要とされると述べている。 また、その適応における具体的な問題として、高橋など (2012)によれば、日本の大学新入生のストレス反応は、 体が疲れる、体がだるいなどの身体的疲労感に比べ、頭 の回転が鈍い、考えがまとまらない、根気が続かないな どといった認知的ストレス、あるいは不安やいらいらな どの情緒的ストレスが優位であるという。  一方、鶴田(2001)は、学生生活サイクルの視点から、 大学生の学年ごとの心理的課題を明らかにし、学年が上 がるにつれてそれらが変化することに注目する。その視 点によれば、入学期(入学後1年間)は、生活上の変化 が大きく、多くのことを自分で決めることが求められる 時期である。学業(単位・履修問題)、進路(不本意入 学・目標喪失などの問題)、対人関係(新しい関係の作

(2)

り・小集団などの問題)の3つの領域で、新入生は問題 にぶち当たる可能性が高いといわれている。  そして、その問題が深刻化すると、いわゆる「五月病」 に陥る新入生もいる。松原(1987)によると、大学生の 五月病とは、「過酷な受験戦争を通り抜けてきた大学生 が、試験の緊張感から解放され、あるいは大学の講義内 容に失望し、5月頃スランプに陥り、一過性に無為怠惰 な状態になること」とされている。  つまり、4月の入学時期だけではなく、5月から6月 前後の時期も新入生が大学生活に適応できているかどう かを見る大事な時期だと思われる。 2. 2 在日留学生の適応  在日留学生の適応に関しては、1980 年代から様々な 研究があり、個人要因と環境要因について多く指摘され ている。個人要因については、対日イメージ(岩男・荻 原 1987;葛 1999;中野・奥西ほか 2015)、言語能 力(安達 2002)、アイデンティティ(大野 2002)など、 個人の内的要因が適応度に与える影響について論じられ ている。環境面については、ソーシャル・サポート・ネッ トワーク(田中 1998)、対人葛藤(新倉 2001)などの 対人関係、文化距離(井上 2007)などの外的要因を関 連要因として扱っている。  譚・渡辺・今野(2011)は、異文化適応とは、「個人 が異文化で心身ともに概ね健康で、強度な緊張やストレ スにさらされていない状態」のことであると述べている。 つまり、留学生の適応状態は、ある程度の緊張状態やス トレスはやむを得ないものの、それが個人の心身の健康 を損ねない程度のものであり、個人がそれらに十分耐え うる状態であるといえる。  留学生が直面する具体的な適応問題の類別について、 岡・深田(1994)や徐・蔭山(1994)は、日本語の困難、 勉強面の困難、経済の困難が大きいと指摘している。園 田(2008)では、留学生の相談件数を月別で見ると、4 月、6月、7月が多く、新学期のストレスや、ホームシッ ク、日本語への不安、履修に関する相談が多いのが特徴 である。つまり、4月の入学直後のみならず、6,7月 も留学生が問題を抱えやすかったり、適応に悩む時期で あるといえる。 2. 3 新入大学生の心理的落差  新入大学生が心身の問題を起こす原因として、丁 (2002)は、「心理的落差」を指摘している。「心理的落差」 というのは、個人がもつ自己概念、自己期待、自己認識、 或いは自己定義が、新しい環境において元々の状態との 間でズレが生じることを指す。新たな環境において、自 己一致が図れない場合は、焦り、抑うつ、強迫、回避、 嫉妬などの心理的問題を起こしやすいとされている。   心 理 的 落 差 が 発 生 す る 原 因 に つ い て、 李・ 梁・ 郭 (2009)は大学生 450 人へのアンケート調査を通じて、 3つの原因があると指摘している。1つ目は、高校と大 学の教育の差である。概して、日本や中国のような主に アジア諸国の高校では、定められた学習範囲の暗記や問 題を解くことに教育の主眼がおかれている。それが、大 学の勉強では自主性や創造性が求められ、その違いに戸 惑う学生も多い。2つ目は、家庭環境や親の期待の影響 である。たとえば、「大学にさえ入れば将来は安泰」と いう期待感をもっている家庭環境で育った学生は、入学 後に親の言うことと現実の厳しさとの差にうろたえてし まう。そして3つ目は、学生本人の期待の影響である。 「大学合格」という目標達成後の新たな目標や具体的な 期待感がもてないままでいると、入学後に自分を見失い、 無気力な状態に陥る可能性がある。また、2つ目とも関 連するが、入学後の甘い生活を夢見ていたり、大学生活 に高い理想と多くの目標を抱いていたりすると、入学後 に実際との違いに戸惑ってしまうことがある。  つまり、大学入学前後の環境の差や、期待と現実との 差によって、自己概念などの自己に対する認識のブレが 生じ、心理的に不安定になりやすいといえる。 2. 4 PAC分析

 PAC 分析の PAC とは、Personal Attitude Construct の略 称で、PAC 分析は、個人別に態度構造を測定すること を目的に開発された手法である。PAC 分析はクラスター 分析という操作的・統計的な手法を用いることにより、 被験者(調査協力者)がたとえ一人であっても、ある テーマに関わる個人の態度やイメージを構造的に明らか にすることができるという研究法の特性を有する(内藤 2002)。  PAC 分析では、調査協力者に刺激文を与え、そこか ら連想される言葉ないし文について、主観的意味の類似 度順に並べてもらい、類似度距離行列を用いたクラス ター分析から樹形図(デンドログラム)を析出する。視 覚化された樹形図は調査者と調査協力者が共有しなが ら、その樹形図を媒介としてインタビューを行う。イン タビューは、樹形図に示されたクラスター構造のイメー ジや解釈について調査者が調査協力者に質問するが、調 査協力者が自分自身の枠組みの中で自己の内的世界を語 るという、探索的研究方法の性質を持つ一方で、調査協 力者の洞察を深める主観的なアプローチともなり得る側 面を有する ( 野口 2014)。  また、井上(1998)は、PAC 分析の機能として「ク ライエントの内面世界を第三者にも理解可能な形で提示 する、客観的なデータ・資料・査定・評価の道具として の機能」と述べている。この指摘のように、PAC 分析 は調査者が調査協力者の枠組みを用いて調査協力者とと もにその内面構造の確認、いわば調査協力者の内的世界 への同行が可能となる。  横田(2004)は、留学生の適応は、個人の性格、語学 力、母国と留学先国との社会・文化的差異の大きさ、周

(3)

囲のサポート体制、個人の経済力などの要因に影響され て、その個人差が大きいことを指摘している。そこで、 本研究では、新入留学生の個々の内的な世界を分析でき るPAC 分析が有効な研究手法だと判断した。 3 調査目的と方法 3. 1 調査の目的  上記の先行研究を受け、本研究では次の研究課題を設 定した。  「入学期における新入留学生の心理状態の変化を探る」  項目が予め決まっている質問紙調査では、心理状態を 限られた範囲でしかみることができない。その点、PAC 分析は、被験者の内側から湧き上がる自由な連想を引き 出すことが可能であるため、個々の被験者の心理状態を 広く深く引き出し、被験者の内的準拠枠から理解するこ とが可能となる。また、PAC 分析はクラスター分析と いう研究の客観性及び再現性を高める利点を持つこと で、本研究に適すると判断し、PAC 分析の手法を採用 した。 3. 2 研究対象者  研究対象者は、Y 大学の外国人学部新入留学生3名 (以下、学生A、B、C とする)である。この3名を選 んだ理由は、3名とも学部の新入生であり、入学前の日 本滞在歴や日本語力がほぼ同じであること、そして2回 の調査に協力してくれたためである。 A B C 中国出身 2年半の語学学校等を経て 入学 ベトナム出身 2年半の日本語学校を経て 入学 中国出身 2年半の日本語学校を経て 入学 日本語レベル:N 1 日本語レベル:N 1 日本語レベル:N 1 表1 被験者フェイスシート 3. 3 調査の方法  PAC 分析の連想刺激文は「あなたは今の大学生活に ついて、どう思っていますか、また、自分自身について どう思っていますか。今、思っていることや感じてい ることを思いつくまま、順に書いてください」である。 PAC 分析の手順は次の通りである。 1. 刺激文から自由連想で思いつくもの(回答連想語) をPAC アシスト(金沢工業大学、土田義郎氏開発)に、 被験者に入力してもらう。 2. 1の内容を重要だと思う順に並び替えてもらう。 3. 回答連想語同士が、直感的なイメージでどの程度近 いかをPAC アシストで、「0関連性がない」から「10 関連性が強い」の評価で評定してもらう。 4. 評定の結果得られた非類似度行列を、SPSS ver.21 でクラスター分析(平方ユークリッド距離、ウォー ド法)にかけ、デンドログラムを作成する。 5. デンドログラムの解釈を、被験者と調査者で行いク ラスターに分ける。 6. クラスターに基づき、半構造化インタビューを行う。  入学して間もない時期と、5月の大型連休後の心理状 態の変化をみるため、PAC 分析は同じ連想刺激文と手 順で2回実施した。1回目の調査は、X 年4月下旬、研 究者の研究室で実施した。インタビュー時間は、学生A が 28 分、学生B が 32 分、学生 C は 30 分であった。そ して1回目調査後、フォローアップインタビューも実施 した。  2回目調査は、研究者の研究室において、X 年5月下 旬から6月中旬に実施した。インタビュー時間は、学生 A が 32 分、学生 B が 34 分、学生 C は 32 分であった。 そして2回目調査後、フォローアップインタビューも実 施した。 4 調査の結果  3名の学部新入留学生に対して行った各2回のPAC 分析によって得られたデンドログラムは、図1~6に示 す通りである。デンドログラムの左側の数字は重要度順 を、その隣は刺激文に対する想起文を記している。想起 文の( )内は各想起文に対する、ポジティブ(+)、 ネガティブ(―)、どちらでもない、中立的(0)のい ずれかの、被験者によるイメージである。また、表2~ 7は、各クラスター名と構成する想起文、及びそれを説 明する被験者の発話をまとめたものである。本文中の 「 」は、連想項目、または被験者の発言からの引用を 示している。文法等の誤りなどは、被験者の発言を伝え やすくするため、その真意を損ねない範囲で調査者が改 めた。

(4)

4. 1 留学生Aの結果 4. 1. 1 Aの1回目の結果 図1 表2 総合的解釈  1回目の調査・分析内容を、図1、及び表2に示す。  クラスター1:「目標がいくつかある」「自分の将来を 計画している」「自立したい」「一人で問題を解決する能 力を身につけたい」の項目から、被験者A と調査者で、 <大学生活の抱負>のクラスターであると解釈した。被 験者A は自分のこれから始まる大学生活に対する具体 的な希望を語っており、時間を有効に活用するためにも 多くの目標を設定するなど、大学生活に意欲的な姿勢が 窺える。また、「お金を稼ぎたい」「自立したい」という 項目から、親のお金を使わず、経済的に自立したい気持 ちをもっていることが分かる。  クラスター2:「充実な生活」「彩りある大学生活」「た くさんの日本人と喋りたい」という、これまでの語学学 校での生活と比べ、大学生活は自分の好きなことができ る充実したものであるだろうという期待が感じられる。 そのため被験者A と調査者で、<充実した生活への期 待>のクラスターと解釈した。クラスター1は自分がや りたい具体的な希望なのに対し、クラスター2は、これ までと異なり大学生活では充実した生活が送れるだろう という漠然とした期待である。  奨学金が得られるように勉学を頑張って、アルバイト もしながら経済的に自立すること、心身の自己管理をし ながら楽しい時間を過ごしたいことが、4月の時点のA の気持ちとして読み取れる。全体として、ポジティブな イメージが多く、被験者A はこれからの大学生活への 抱負と期待を多く抱いているといえよう。

(5)

4. 1. 2 Aの2回目の結果 図2 表3 総合的解釈  2回目の調査・分析内容を、図2、及び表3に示す。  6月には、図2に示されるように、刺激文に対する想 起項目数は同じだが、ポジティブなイメージがほとんど なくなり、ネガティブなイメージが新たに生じている。  クラスター1:「忙しい」「寝る時間が減る」「レポー ト」「授業内容が難しくなる」の項目から、被験者A と 調査者で、<勉強とバイトの両立の大変さ>のクラス ターであると解釈した。大学生活が2ヶ月経ったこの時 期、アルバイトで睡眠時間が削られ、勉強も難しく課題 もあって、時間的にも精神的にも余裕がなくなっている 感がある。  クラスター2:「中間テスト」「GPA を上げようとし ている」「体を動かす時間が減る」「体力測定」「アルバ イト」という、最近の出来事や状況を表す項目から成る ことから、被験者A と調査者で、<最近の出来事>の クラスターであると解釈した。被験者A は、5月下旬 から始まった中間試験期間の最中であることや学校で体 力測定があったという事実を語りながら、経済的自立の ため成績を上げようという意欲や、アルバイト代で家賃 をまかなえた満足感といった内面も覗かせている。  全体として、勉強とアルバイトの両立生活が本格的に 始まると、時間的なゆとりがなくなる中、親への経済的 負担をかけないためにもアルバイトをたくさんし、奨学 金等を得るために勉強を頑張っていく中で、時間的にも リラックスするゆとりがなくなり、心身の疲労感が蓄積 されてきているように感じられる。また、9つある想起 項目のうち、「中間試験」「レポート」「授業内容が難し くなる」が重要度の上位を占めていることから、入学か ら2か月ほど経ち、A が大学の勉強に真摯に立ち向かい ながら、アルバイトとの両立生活で大変な思いをしてい る状態が伝わってくる。4月の時点では大学生活への期 待や抱負が多くみられたが、2か月ほど経つと、その期 待が消え、心身の疲労感を抱えながら成績を上げて自立

(6)

した留学生活を送ろうと頑張る姿勢へと変わっている。 4. 2. 1 Bの1回目の結果 図3 表4 総合的解釈  1回目の調査・分析内容を、図3、及び表4に示す。  クラスター1:「将来の健康状態が心配」「お金が問 題」「交通が不便」「物価が高い」という項目から成り 立っていることから、被験者B と調査者で、<生活問 題>のクラスターと解釈した。特に、両親から経済的支 援をしてもらわないつもりだが、日本での生活費が高い ことを問題として挙げている。  クラスター2:「勉強は大変」「競争が激しい」「日本 語能力が足りない感じ」「友達がいっぱいできた」とい う日本語に関わる内容で占められていることから、被験 者B と調査者で、<日本語の問題>のクラスターと解 釈した。勉強においても日本人学生との会話においても、 高度な日本語力や日本文化理解が必要だと感じている。  全体として、被験者B は4月の時点で、大学生活に 対してポジティブなイメージとニュートラルなイメージ をもっている。新しい生活環境と人間関係に入ったゆえ の実際的な問題をネガティブに捉えず、むしろ肯定感す らみられる。想起された項目から、B が健康やお金、勉強、 日本語力に不安や問題を抱えているように受け取れそう だが、その意図として、「両親のお金は出来るだけもら わないように頑張っている」と「一人生活だから、自分 自身で気をつけなくちゃ」、「日本の文化をもっと理解し ないといけない」といった、自立・自律した大学生活に 対する前向きな発言があり、肯定的に捉えている。4月 の時点でのB は、経済的に自立しながら、勉強にも友 だち作りにも頑張っていきたいという気持ちであると思 われる。

(7)

4. 2. 2 Bの2回目の結果 図4 表5 総合的解釈  2回目の調査・分析内容を、図4、及び表5に示す。  クラスター1:「勉強がちょっと大変」「日本語はやは り難しい」「日本人の彼女が欲しい」「生活は楽しい」と いう勉強や人間関係など大学生活に関連する内容から、 被験者B と調査者で、<大学生活>のクラスターと解 釈した。1回目においても、高校までの勉強と異なるこ とを経験し、「勉強は大変」と想起されていたが、それ を肯定的に捉えていた。しかし、2回目では、「専門的 な授業は難しい」と、そのイメージがマイナスに転じて いる。また、日常会話についても、自分の日本力不足を 感じるという点では1回目と似通っているが、こちらも イメージがポジティブからネガティブに変化している。 ただ、夜勤をしていた以前の生活と比べ、やりたいこと ができる今の生活は楽しく思っている。  クラスター2:「来週のサークル遠征」「バイトの面 接が始まった」という項目から、被験者B と調査者で、 <バイトと生活のバランス>のクラスターと解釈した。 アルバイトを始めようとしているが、その採用面接と サークルの遠征日と重なりそうで、どうしようかと思っ ている。サークルに入り、勉強以外の活動範囲が広がり をみせると同時に、経済的自立を支えるアルバイトも始 まろうとし、その両立の入り口で葛藤する姿が見られる。  クラスター3:「本が大好き」「レポート、宿題がいっ ぱい」という、被験者B の好きな「本」に関係する内 容であることから、被験者B と調査者で、<本>のク ラスターと解釈した。B は「本が大好き」で、勉強にお いて本を読むことが役に立つと思っている。また、専門 書以外にも、日本人女性の心理が知りたいと恋愛に関す る本も読んでいる。とはいえ、このクラスターにおいて も、レポートや宿題が多いことがマイナスイメージで捉 えられている。全体として、1回目の表面的な生活上の

(8)

図5 表6 問題は消え、勉強や日本人学生との交流が広がるに伴い、 勉強の大変さや日本語の壁、そしてアルバイトとの両立 の難しさが、実感してきているといえる。 4. 3. 1 Cの1回目の結果 総合的解釈  1回目の調査・分析内容を、図5、及び表6に示す。  クラスター1:「まだついていない」「大学授業に慣れ ていない」「忙しい」という、被験者C と調査者で、< 大学の勉強に慣れていない>クラスターだと解釈した。 「大学の勉強は自主性が必要で、まだ慣れていない」と いう発言から、被験者C はまだ大学の授業の仕方に慣れ ておらず、ついていこうと努力していることがわかる。  クラスター2:「友達が作りたい」「彼女が欲しい」「充 実している」という項目で成り立っていることから、被 験者C と調査者で、<充実した生活を送りたい>と解 釈した。友だちをたくさん作り恋人ができれば、生活が 充実するのではとの期待感が感じられる。大学生活で新 たな人間関係を構築しようという気持ちが伝わるクラス ターである。  クラスター3:「不安」「金が足りない気分」という2 つの項目から、被験者C と調査者で、<大学生活への 不安>のクラスターと解釈した。クラスター2から被験 者C が人間関係を大事にしていることが窺い知れたが、 「四年間ずっと一人になるかな」という発言から、新た な人間関係構築への不安も現れている。また、自分が欲 しい物が買えない節約生活を余儀なくされる感じから、 お金が足りない不安感も伝わってくる。  全体的に4月には、マイナスイメージが大半を占め、 始まったばかりの大学生活において被験者C は、勉強 や人間関係、金銭面での不安を感じている。

(9)

図6 表7 4.3.2 Cの2回目の結果 総合的解釈  2回目の調査・分析内容を、図6、及び表7に示す。  クラスター1:「中間試験」「授業が難しくなる」「忙 しい」「朝がなかなか起きられない」「お金が足りない」 という、勉強面と金銭面の現実とそれに関する心情の内 容から、被験者C と調査者で、<勉強と生活の現状> のクラスターと解釈した。  2回目の調査時は、入学後初めての試験を経験して おり、これまでとは内容も方法も異なる大学での勉強 に、不安とプレッシャーを感じている。勉強以外に特に 予定があるわけではないが、勉強に対する不安からどこ か心理的に急かされているようで、朝目覚めると今日こ れから始まる様々なことが面倒に思われ現実逃避したい 心情である。また、最低限生活する上でのお金はあるも のの、欲しい物を買えない状態であり、ネガティブなイ メージで占められているクラスターである。  クラスター2:「お喋りが気まずくなる」と「彼女を 作りたい」という2項目から成り、被験者C と調査者 で、<人間関係への不安>のクラスターと解釈した。人 間関係を重視する価値観が見られ、自分は「内向的」と いう自己概念から、会話が続かなかった場合の気まずさ を感じている。  全体的にマイナスイメージが半分以上占め、1回目の 新たな人間関係を築き、充実した生活を送りたいという 期待と漠然とした不安が、2回目では、おしゃべりの気 まずさの実感へと変わっている。また、勉強面では、2 か月ほど経った時点でも、大学の勉強内容や方法に戸惑 い、プレッシャーを感じているという点では1回目から

(10)

大きな変化は見られず、ゆとりのない経済状態に不安や 不自由さを感じている点も1回目とあまり変わっていな い。 5 考察および今後の課題 5.1 新入留学生3人の傾向 5.1.1 3人の共通点  まずは、イメージ的に、4月の頃と比べ、5、6月に マイナスイメージが増える傾向がある。庄司(2011)は 大学新入生は入学直後に不適応を生じやすいと述べてい るが、今回の事例では、4月の時点では不安もあるもの の、期待感やポジティブなイメージもあり、むしろ、数 か月経ち、実際に授業や試験、日本人学生との交流を経 験したり、アルバイトとの両立生活が始まると、入学当 初の期待感は消え、不安や疲労が生じてくることが分 かった。それは、高校や日本語学校までの教育と大学教 育との違いによる心理的落差からであり、また、彼ら の留学目的である「大学入学」という一つの目標達成後 の、大学に対する期待と現実との違いによる心理的落差 からであると思われる。  また、3人とも親に経済的負担をかけないとする気持 ちがあり、それによって金銭面での不安や、勉強やその 他の活動との時間的なバランスをとる難しさや葛藤、疲 れなどを抱えている。 5.1.2 3人の相違点  A, B, C とも、2年~2年半の滞日期間があり、日 本語能力はN 1レベルであるが、日本語の不安を口に したのは2回の調査においていずれもB のみであった。 調査者がインタビューした際には、ほかの2人と比べて もB の日本語力に遜色はないように思われた。だが、B が日本語力不足を感じる要因の一つとして、B が「専門 的な言葉が分からない」と言うように、B が非漢字圏出 身で、漢字で書かれた言葉を難解に感じることがあるの ではないかと推測される。また、B が日本人の友だちと の会話が難しく、言いたいことが伝えられないと感じて いることから、クラスメイトやサークル仲間との交流が 広がり、深まるに伴い、日本語母語話者並みの自然な言 い回しや文化的語彙力などが求められるようになってき たためとも考えられる。その点、A や C からは、B ほど には交友関係の広がりを感じさせる発話がない。ただ、 C も「おしゃべりが気まずくなる」と感じるなど、4年 間友だちができずに孤立することへの不安を感じてい た。C 本人は、おしゃべりが気まずいのを「内向的な」 性格ゆえだとしているが、C と日本人学生との会話が弾 まないのには、大橋(2008)が指摘するように、言葉や 非言語メッセージ、ものの見方・考え方など、日常レベ ルの文化における認知面、情緒面、および行動面での違 いもあるだろうと思われる。  ほかに3人の間の相違点として、4月の1回目の調査 では、A と B が大学生活に対して全体的にプラスのイ メージだったのに対し、C はマイナスイメージが多く、 充実した生活への期待とともに、勉学面、交友関係、経 済面において不安要素がみられたことである。そして、 2か月経つと、その不安要素がより実際的な問題として、 プレッシャーや気まずさとなって表れている。 5.2 留学生の支援に関する示唆  本研究の結果から、在日留学生の大学入学期の適応を 促すために、鶴田(2002)の学生サイクルの視点や、園 田(2008)の留学生相談の調査結果からも、まず留学生 の支援は入学直後を重視するだけではなく、入学後の2, 3ヶ月後も必要であるといえよう。  また、本格的に授業が始まると、大学の自主的な勉強、 専門分野の勉強の難しさや、入学後初めての試験に対す る心理的プレッシャーがあることから、一緒に勉強し、 試験や課題の不安を語り合えるクラスメイトの存在が欠 かせないといえる。けれど、言葉や文化的背景の違いか ら、思うように日本人学生との会話がうまくいかなかっ たり、交友関係がスムースに築けずに悩む姿勢もみられ たことから、留学生が日本人学生と馴染めるよう、入学 後の早い時期に学科やクラス単位でのサポートが必要で あろう。例えば、合宿や協働学習、運動会など、新入生 同士の交流を深める行事等は、留学生のみならず入学期 に新しい環境と人間関係に不安をもつ日本人学生にとっ ても、有益であると思われる。できれば、こうした取り 組みは、入学期のみならず学生生活を通して継続的に行 い、その際には、日本語非母語話者に対する配慮ある話 し方や互いの文化を学び合う機会を設けることにより、 学生間で互いの理解や交流が深まるだけでなく、卒業後 にグローバルに活躍する人材育成にもつながると期待で きよう。  そして、日本語教育においては、アカデミック・ジャ パニーズとともに、自然な会話力が身につく授業の充実 化も望まれる。留学生は、授業や課題、試験、さらには、 日本人学生との会話など、あらゆる場面で高度な日本語 力を求められ、日本語学校等で身につけた自分の日本語 力との差に苦労している。特に非漢字圏の留学生に対し ては、初出の専門用語を板書したりする際には漢字にル ビをふるなどの配慮がほしい。  安心して勉学に取り組み、課外活動や学生同士の交流 などにも参加できるのには、ある程度の時間的・経済的 余裕がないと難しい。また、これらの余裕がないと、精 神的にも追い詰められ、心理的なバランスも崩してしま いかねない。そのため、留学生に対する経済支援や、日 本人学生との協働学習や交流活動への助成などの必要性 を、本研究でも改めて示唆したい。 5.3 今後の課題  本稿では日本の学部新入留学生の心理状態について取

(11)

り上げたが、園田(2008)は、大学院生、交換留学生の 来日時期は 10 月であることも多いため、10 月、11 月の 留学生相談の数も多いと指摘している。大学院生には学 部新入生とは異なる、研究室への適応という課題があ り、また交換留学生は、その所属の曖昧さや周囲の学部 生との立場の差から、別の問題も考えられる。そこで、 今後は、秋入学の大学院生、交換留学生の心理的変化と その支援についての研究も行う必要があるだろう。  また、日本では、4月が新年度の始まりだが、中国で は一般的に、9月から新年度が始まり、その1か月後の 10 月上旬には、日本の5月のような一週間の大型連休 がある。中国にも、日本のように 10 月前後の新入生の 心理的変化はあるのかどうか、比較研究も期待できる。 参考文献 〔1〕 鶴田和美(編) 事例から学ぶ学生相談 北大路 書房出版 2010.3-13p. 〔2〕 庄司正実 心理学系大学新入生における大学生活 への適応感と満足感に関する要因 目白大学心理 学研究.2011,No.7,p.15-27. 〔3〕 厚生労働省.2017,自殺の統計:各年の状況 第 1章 平成 29 年における自殺の概況. 〔4〕 横田雅弘・白土悟(編)留学生アドバイジング  ナカニシヤ出版.2004 第3章,88-89p. 〔5〕 高山昌子 大学新入生の精神的健康についての一 考察 TAISEI GAKUIN UNIVERSITY BULLETIN 2012,No.14,p.111-115. 〔6〕 高橋恵子・田名場美雪・阿部緑・工藤誓子・高梨 信吾 ストレスと健康:大学新入生の生活習慣か ら見た疲労感及びストレス反応 弘前大学保健管 理概要 2012,No.33,p.5-10. 〔7〕 鶴田和美(編)学生のための心理相談 培風館出 版 2001. 〔8〕 松原達哉.大学生の五月病.カウンセリング研究  1987,No.20,p.44. 〔9〕 岩男寿美子・荻原滋 『留学生が見た日本 10 年目 の魅力と判断』サイマル出版 1987. 〔10〕 葛文綺 留学生の異文化適応に関する研究-来 日目的、対日イメージと適応度との関連を中心 に.名古屋大学教育学部紀要(心理学).1999, No.46,p.287-297. 〔11〕 中野祥子・奥西有理・田中共子 在日ムスリム留 学生の異文化適応に関する研究の動向.岡山大学 大学院社会文化科学研究科紀要 2015. 〔12〕 安達一雄 外国人留学生の日本語能力と異文化適 応について.留学生教育,2002,No.7,p.103-119. 〔13〕 大野千里 在日留学生のアイデンティティと異文 化適応の関係.日本青年心理学会大会発表論文集. 2002,No.10,p.32-33. 〔14〕 田中共子 在日留学生の異文化適応.The Annual

Report of Educational Psychology in Japan 1998, Vol.37 (0), p.143-152.

〔15〕 新倉涼子 在日留学生の対人葛藤と解決ストラテ ジー : 異文化間対人葛藤研究への一試論.Bulletin of International Student Center, Chiba University 2001-03-31, No.7, p.1-11.

〔16〕 井上奈良彦 日本の国費留学生の異文化的適応-九 州大学における複数の事例調査.Kyushu cation Studies 2007,No.5, p.61-74.

〔17〕 譚紅艷・渡辺勉・今野裕之.在日外国人留学生の 異文化適応に関する心理学的研究の展望.目白大 学 心理学研究,2011,No.7,p.95-114. 〔18〕 岡益己・深田博己.中国人留学生と就学生の意識. 岡山大学経済学会雑誌.1994,No.27,p.25-49. 〔19〕 徐光興・蔭山英順 在日中国人留学生の適応に関 する実体と問題.名古屋大学教育学部紀要.教育 心理学科,1994,Vol.41,p.39-47. 〔20〕 園田智子.留学生相談の特徴に関する一考察.群 馬大学留学生センター論集.2008,No.7,p.1-9. 〔21〕 丁立平 大学生“心理落差”的类型、成因与矫治

Journal of Shanxi University of Finance an Economics HIGHER EDUCATION EDITION No.1 2002 serial No.54.

〔22〕 李磊·梁树清·郭磊 高校学生心理落差及其干预 机制研究 Journal of Hebei Radio & TV University July 20,2009 Vol.14 No.4.

〔23〕 内藤哲雄 2002 『PAC 分析実施法入門 改訂版 -「個」を科学する新技法への招待』ナカニシヤ 出版. 〔24〕 野口康彦.質的研究におけるインタビュー方法と してのPAC 分析の有用性.『人文コミュニケーショ ン学科論集』2014,No.16,p.33-44. 〔25〕 井上孝代 カウンセリングにおけるPAC(個人 別 態 度 構 造 ) 分 析 の 効 果. 心 理 学 研 究,1998, Vol.69,No.4,p.295-303. 〔26〕 大橋敏子. 外国人留学生のメンタルヘルス. 京都 大学額術出版会. 2008. 318p.

参照

関連したドキュメント

調査の概要 1.調査の目的

※1・2 アクティブラーナー制度など により、場の有⽤性を活⽤し なくても学びを管理できる学

○本時のねらい これまでの学習を基に、ユニットテーマについて話し合い、自分の考えをまとめる 学習活動 時間 主な発問、予想される生徒の姿

備考 1.「処方」欄には、薬名、分量、用法及び用量を記載すること。

3 ⻑は、内部統 制の目的を達成 するにあたり、適 切な人事管理及 び教育研修を行 っているか。. 3−1

試用期間 1週間 1ヶ月間 1回/週 10 分間. 使用場所 通常学級

(1) 学識経験を有する者 9名 (2) 都民及び非営利活動法人等 3名 (3) 関係団体の代表 5名 (4) 区市町村の長の代表

1.管理区域内 ※1 外部放射線に係る線量当量率 ※2 毎日1回 外部放射線に係る線量当量率 ※3 1週間に1回 外部放射線に係る線量当量