ABSTRACT
In this thesis, I consider five poems by Frost, which deal with considerateness. In “My November Guest,” he depicts a poet’s considerateness toward his sweetheart who thinks he cannot understand her feelings. “To a Moth Seen in Winter ” portrays Frost’s considerateness toward a moth. In “The Thatch,” his considerateness toward the birds in a ruined thatch is described, together with his remembrance of another thatch in which he once lived with his wife. In “Love and a Question,” a husband shows his considerateness toward his wife on their bridal night. In “Locked Out,” Frost describes his considerateness toward his child.
Ⅰ .
生きて行くのに,思い遣りの心を持つことは大事なことであろう。フロスト はこのことについてどう考えているであろうか。いくつかの詩を取り上げて考 えてみたい。 先ず“My November Guest”「私の十一月のお客」という詩を考えてみたい。 これは1 連 5 行で 4 連から成る詩である。 1 連目は次の通りである。My Sorrow, when she’s here with me, Thinks these dark days of autumn rain Are beautiful as days can be;
Frost and Considerateness
山 津 さ ゆ り
Yamatsu,
Sayuri
She loves the bare, the withered tree; She walks the sodden pasture lane.(1)
私の恋人「悲しみ」は,私とここに居るとき, 秋の雨のこの暗い日々は この上なく美しいと思い, 裸のしおれた木を愛し, 濡れた牧草地の小道を歩く。(2) “Sorrow”は恋人の本当の名前ではなかろう。彼女が寂しい風景を愛し,風 景の中に悲しみを見出すことに生きがいを感じているような女性だから,フロ ストが彼女を「悲しみ」 と名付けたのであろう。 2 連目は次の通りである。 Her pleasure will not let me stay. She talks and I am fain to list: She’s glad the birds are gone away, She’s glad her simple worsted gray Is silver now with clinging mist.
彼女は寂しい風景が好きで私を一緒に散歩させ, 話をして私はそれを喜んで聞く。 彼女は鳥たちがいなくなったのを喜ぶ, 彼女は自分の質素な梳毛糸の服の灰色が まとわりつく霧で今銀色になっているのを喜んでいる。 3 連目は次の通りである。
(1 )Edward Connery Lathem, ed., The Poetry of Robert Frost (London: Jonathan Cape, 1972) 6 –7. フロストの詩の引用はすべてこの版に拠る。
147 The desolate, deserted trees,
The faded earth, the heavy sky, The beauties she so truly sees, She thinks I have no eye for these, And vexes me for reason why.
わびしい,鳥のいない木, 色あせた土地,曇った空, それらは彼女が本当に見分ける美であり, 彼女は私にはそれらを見る目がないと思い込み, そしてどうしてかと私を責める。 最後の4 連目は以下の通りである。 Not yesterday I learned to know The love of bare November days Before the coming of the snow, But it were vain to tell her so, And they are better for her praise.
私は雪の季節になる前の 物淋しい十一月の日々への愛が かなり前から分かるようになっていた, しかし彼女にそんなことを言うのは私の虚栄心を満足させるだけだろう, そして十一月の日々は彼女の称賛によってよりよいものになったのだ。 フロストも十一月の物淋しい日々のよさがかなり前から分かっていたのだが, そのことを言えば,自分にしか分かるはずがないと自負している彼女が傷つく と思って言わないのである。彼女の自負心を察して気遣う詩人のこのような思 い遣りの気持ちは美しいものである。
以下,同様に思い遣りの気持ちが現れていると考えられる4 篇の詩,“To a Moth Seen in Winter”,“The Thatch”,“Love and a Question”,“Locked Out” について考察してみたい。
Ⅱ .
“To a Moth Seen in Winter”「冬に見た蛾へ」という詩は連に分けられてい ない24 行から成る詩である。始めの 9 行は次の通りである。
Here’s first a gloveless hand warm from my pocket, A perch and resting place ’twixt wood and wood,
Bright-black-eyed silvery creature, brushed with brown, The wings not folded in repose, but spread.
(Who would you be, I wonder, by those marks If I had moths to friend, as I have flowers?) And now pray tell what lured you with false hope To make the venture of eternity
And seek the love of kind in wintertime?
まず手袋をしていないがポケットで暖まっていた手を差し出すよ, 森と森との間の止まり木,休憩の場所だ, きらきらと黒い目をした銀色で,褐色をさっと塗ったような生き物よ, 休むために羽をたたんでいなくて,広げている。 (私が花を友としているように,蛾を友とするなら お前はそのような印をつけてどういうものになるだろうか。) それから今度はどうか言ってくれ, 冬に永遠の冒険をして同種のものの愛を求めるように 何がお前を誘い出したのか,希望を叶えてやる気もないのに。 森の中にいたと思われる詩人はたまたま蛾を見付け,手袋をしていないがポ
149 ケットに入れていたので温まっている手を,まず「森と森との間の止まり木, 休憩の場所」として差し出す。蛾が羽をたたまずに休んでいるのを見て,詩人は, 「私が花を友としているように蛾を友とするなら,お前はそのような印をつけ てどういうものになるだろうか」と思う。つまりフロストは花を愛するように 蛾を愛することが出来るだろうかと思ったのであろう。そして詩人は今度は蛾 に,「希望を叶えてやる気もないのに,何が,冬に永遠の冒険をして同種のも のの愛を求めるようにお前を誘い出したのか」,言ってくれと頼むのである。 引 用 の 中 の 表 現 で 気 に な る の は, 最 後 か ら2 行 目 の“the venture of eternity”「永遠の冒険」である。これは,自分の子孫を残したいという生き物 の本能的な冒険のことを指して言っていると思われる。次に気になる表現は, 最後の行の“kind”である。これは,「同種のもの」という意味であり,結局, “mate”「つがいの一方」ということを意味していることにも注意したい。 この詩の続きの7 行は以下の通りである。 But stay and hear me out. I surely think You make a labor of flight for one so airy, Spending yourself too much in self-support. Nor will you find love either, nor love you. And what I pity in you is something human, The old incurable untimeliness,
Only begetter of all ills that are. だがここに居て私の話を終わりまで聞いてくれ。私は本当に思うよ, お前は軽やかな体なのに苦労して飛んでいて, 体を浮かすことであまりに精力を使いすぎている。 だがお前が愛を見付けることも,愛がお前を見付けることもない。 そして私がお前のことで哀れに思うのはお前の人間的な所だ, 昔から治ることのない時を得ないという性質だ,
これが存在するすべての不幸をもたらすのだ。
引用の1 行目の“But”は,詩人が飛び去ろうとする蛾を留めて,自分の話し を終わりまで聞かせようとして言ったものだと解釈すべきであろう。また,4 行目の“love”は“mate”「つがいの一方」を意味していると思われる。 最後の8 行は次の通りである。
But go. You are right. My pity cannot help. Go till you wet your pinions and are quenched. You must be made more simply wise than I To know the hand I stretch impulsively Across the gulf of well-nigh everything May reach to you, but cannot touch your fate. I cannot touch your life, much less can save, Who am tasked to save my own a little while.
だが行くがよい。お前のやり方は正しい。私が同情しても役に立たない。 行け,羽を濡らして水の中に消えろ。 お前は私より単純な賢さを持っているから分かるのだ, ほとんどすべてのものの隔たりを越えて 私が衝動的に差し出す手がお前の所へ伸びても お前の運命に触ることは出来ないということが。 私はお前の命に触ることは出来ない,ましてお前を救うことは出来ない, 私には少しの間私の命を救う仕事があるのだから。 引用の1 行目で,詩人は,蛾に対して,無駄なことをしているが,それでもよ いのなら飛んで行くがよい,同情しても役に立たないのだから,と言っている のであろう。5 行目に“the gulf”とあり,人間と蛾の間に当然ある隔たりを 表しているのだが,途方もない隔たりであることを強調している。このこと は,特に注意すべき,すぐ後の“reach to you”の解釈に関わってくる。“reach
151 you”ではなく“ reach to you”であることに注意すべきである。“reach you” であれば「お前に達する,接する」ということなのだが,“reach to you”とい うことは,「お前の所まで,お前の近くまで,伸びる」ということなのである。 それによって,途方もない隔たりを越えてお前の所までやっと伸びるというこ とが表現されているのである。 引用の最終行では,詩人は,「人間はいくら長く生きても永遠から見ればほ んの少しの間生きているだけだが,その少しの間生きるだけでも大変で,蛾 の命を救うような余力はない」ということが言いたいのであろう。Robert Faggen は,この最後の詩行について次のように指摘している。
He has much to do to save his own life. We sense this not only in the immediate, literal sense of how much he can withstand being out in the cold but also in some larger, unspecified sense in the world where others are dying.(3)
このような解釈もできるのであろうが,フロストがこのようなことを意味して いるとは考えがたい。外の寒さにどれだけ耐えられるかということを考えてい るとするのではあまりに卑近な状況を扱いすぎており,また他の人が亡くなっ ていく世の中を漠然と考えているとするのではあまりに他人事のようであり すぎるのではないだろうか。しかし,Faggen がこの詩に関して,“It may be worth noting that Frost dated the poem ‘circa 1900,’ the year his son Elliot died of cholera.” (4)と指摘していることは重要であるように思われる。この指摘は, 最終行の解釈をする上でも非常に重要で,私の解釈を裏付けるものとなると思 われる。
因みに,Robert Frost, Poetry and Prose にはこの詩の全部は載せられていない。
“Nor will you find love either, nor love you”という 1 行だけが載せられている。(5)
(3 )Robert Faggen, The Cambridge Introduction to Robert Frost (Cambridge: Cambridge University Press, 2008) 119.
この詩の中から1 行だけ選ぶとすれば,“I cannot touch your life, much less can save”がよいのではないかと思う。寒い冬の森でたまたま見付けた蛾に暖 かい手を差し出す詩人の思い遣りで始まるこの詩を代表する詩行であるよう に思われる。思い遣りでは命は救えないかもしれない。“My pity cannot help.” とフロストはこの詩の中で言っているが,助けにはならないとしても,思い遣 りの心を持つことは大事なことである。思い遣りの心がなければ立派な人間社 会は出来ないということを,フロストは暗示しているように思われる。
Ⅲ .
次は“The Thatch”「藁葺き屋根の家」という詩を考察してみたい。これは 連に分けられていない,35 行から成る詩である。始めの 9 行は以下の通りで ある。Out alone in the winter rain, Intent on giving and taking pain. But never was I far out of sight Of a certain upper-window light. The light was what it was all about: I would not go in till the light went out; It would not go out till I came in.
Well, we should see which one would win, We should see which one would be first to yield.
冬の雨の中独りで外へ出ていた,
苦しみを与え受けることに熱中していた。 だがある一つの二階の明かりが
(5 )Edward Connery Lathem and Lawrance Thompson, ed., Robert Frost, Poetry and Prose (New York: Holt, Rinehart and Winston, 1972) 423.
153 見える所から遠く離れることはなかった。 明かりが最も大事なものだった。 明かりが消えるまでは私は家に入れなかった, 私が入るまでは明かりは消えないだろう。 どちらが勝つか,まあ見てみよう, どちらが先に屈するか見てみよう。 フロストは夫婦喧嘩をして,冬の夜,雨が降っているのに外に出たのであろう。 この引用の中で,二階の明かりについての描写は注目に値する。 次の7 行は以下の通りである。 The world was a black invisible field. The rain by rights was snow for cold. The wind was another layer of mold.
But the strangest thing: in the thick old thatch, Where summer birds had been given hatch, Had fed in chorus, and lived to fledge, Some still were living in hermitage.
世界は黒い見えない野原だった。 雨は当然雪になり冷たくなった。 風はもう一つの土の層になった。 だがとても不思議なことに,厚く古い藁葺き屋根の家の中, 夏の鳥が孵化して, 一緒に餌を食べ,巣立った所に, 何羽かまだ隠れて住んでいた。 冬の雨の夜の情景や近くの家の様子について語られている。この引用の3 行目 は,「風はもう一つの土の層になった」と分かりにくい比喩表現で書かれてい るが,雪が積もった地面の上に,風がもう一つの地面のように冷たく吹いてい
たということを意味しているのであろう。 次の6 行は以下の通りである。
And as I passed along the eaves
So low I brushed the straw with my sleeves, I flushed birds out of hole after hole, Into the darkness. It grieved my soul, It started a grief within a grief,
To think their case was beyond relief ―
そして私が軒に沿って歩いたとき 低いので私の袖が藁にあたった, そのために鳥達が次々に穴から, 暗闇の中に出た。私の魂は悲しんだ, 悲しみの中に悲しみが生じた, 鳥達の状態は救いようがないと思うと。 近くの家の軒に沿って歩いていた詩人は,軒が低いために袖が藁にあたってし まい,そのせいで隠れていた鳥たちが次々に穴から暗闇の中に出るのを目の当 たりにする。鳥たちの状態は救いようがないと思うと,詩人の魂は悲しみ,悲 しみの中に悲しみが生じた。引用の5 行目の“a grief within a grief”という表 現は,意表をつくものである。一つ目の“grief”と二つ目の“grief”は,そ れぞれ対象が異なっていることに気づくべきなのであろう。つまり,前者は鳥 に対するもので,後者は夫婦喧嘩に対するものと解釈するべきだと思われる。 単に悲しみを強調するための表現ではないことに注意するべきであろう。 次の8 行は以下の通りである。
They could not go flying about in search Of their nest again, nor find a perch.
155 Trusting feathers and inward fire
Till daylight made it safe for a flyer. My greater grief was by so much reduced As I thought of them without nest or roost. That was how that grief started to melt.
鳥達はまた巣を探して飛びまわることも出来ないし, 止まり木を見付けることも出来ないだろう。 鳥達は腐葉土とぬかるみの中に落ちてふさぎこむしかなかった, 夜が明けて飛ぶ鳥にとって安全となるまで 羽と内なる熱に頼るしかなかった。 鳥達には巣も止まり木もないことを考えると 私のより大きな悲しみは大いに減じた。 そのようにしてその悲しみはなくなり始めた。 詩人は,悲惨な状況に陥った鳥たちを目の当たりにして鳥たちの苦しみを思い 遣り,鳥たちのことを悲しむことにより,夫婦喧嘩に対する悲しみが全く取る に足らないものに思えたのである。鳥に対する思い遣りの心を持つことで,詩 人は救われたのである。 この詩の最後の5 行は以下の通りである。 They tell me the cottage where we dwelt, Its wind-torn thatch goes now unmended; Its life of hundreds of years has ended By letting the rain I knew outdoors In onto the upper chamber floors.
人の話によると私たち夫婦が住んでいた家,
何百年も持ちこたえていたのだが 私が外に出ていて経験した雨が 二階の床にまで入って家の寿命が終わったのだ。 この部分を読んで初めて,詩人が冬の夜,外に出て,鳥たちが住んでいた藁葺 き屋根の家を見たのは昔のことだったことが分かる。そして,あの雨の夜,明 かりがついていた詩人夫婦の家も藁葺き屋根の家だったことが分かるのであ る。フロストは,その家が崩れてしまったということを人の話で知り,その家 のことに思いを馳せているのであろう。それにしても,この詩の難解なところ は,夫婦喧嘩から詩が始まり,鳥に対する思い遣り,夫婦喧嘩に対する悲しみ の消失が語られ,最後になってそれらが昔のことであったことが分かり,さら に,フロストがその当時住んでいた家に思いを馳せていることが分かるという 構造になっているところである。 この詩について,Katherine Kearns は次のように指摘している。
In “The Thatch” the symbolic value of the abandoned marital house whose thatched roof deteriorates to let rain into the “upper chamber floors” can hardly be underestimated, as it suggests a correlative state of wounded disorientation in the man who has left it.(6)
Kearns はこの詩の最後の 5 行だけを問題にしているように思われる。この 5 行も大事ではあるが,この詩で一番大事なのは別の藁葺きの屋根の家に住んで いた鳥たちへの詩人の思い遣りの気持ちであろう。
Ⅳ .
次は“Love and a Question”「愛と疑問」という詩を考察してみたい。この 詩は1 連 8 行で 4 連から成る。1 連目は次の通りである。
(6 )Katherine Kearns, Robert Frost and a Poetics of Appetite (Cambridge: Cambridge University Press, 1994) 10.
157 A Stranger came to the door at eve,
And he spoke the bridegroom fair. He bore a green-white stick in his hand, And, for all burden, care.
He asked with the eyes more than the lips For a shelter for the night,
And he turned and looked at the road afar Without a window light.
見知らぬ人が夕方玄関のドアの所にやって来て, その家の新郎に丁寧に話しかけた。 彼は手に緑がかった白い棒を持ち, 荷といえば心配だけだった。 彼は口というより目で 一晩泊めてくれと頼んだ, そして向きを変え遠くの道を見た 道には一つの窓明かりも見えなかった。 この引用の中で,冒頭の「見知らぬ人」という意味の語が,“Stranger”と大 文字で始まっていることに注意しなければならない。全く見知らない人である ことが強調されている。また,フロストが,この「見知らぬ人」が棒は持って いるものの,旅人が普通持っているような荷物を持たず,強いて荷物と言える ものを持っているとすれば,「心配」という心の荷物があるだけであるという ことを,4 行目にあるように,“for all burden, care”と表現しているところは, 詩人の言葉に対する研ぎ澄まされたすぐれた感性が感じられる。
2 連目は以下の通りである。
The bridegroom came forth into the porch With, “Let us look at the sky,
And question what of the night to be, Stranger, you and I.”
The woodbine leaves littered the yard, The woodbine berries were blue, Autumn, yes, winter was in the wind; “Stranger, I wish I knew.”
新郎はポーチに出て来ながら 「空を見て, そしてこれからの夜がどうなるか考えてみようよ, 見知らぬ人よ,私と共に」と言った。 ツタの葉が庭に散らばり, ツタの実は青かった, 風には秋,いや冬の気配があった, 「見知らぬ人よ,分かるといいのにと私は思うよ。」 新婚初夜に人を家に泊めるということは,その人が見知らぬ人でなくても,出 来ることではないであろう。新郎は家の中にいるまま,ドアを開けることも なく,事情を話して断ることも出来たはずである。この新郎は思い遣りのあ る人であったのであろう。お人好しであったと言ってもよいかもしれない。 “Stranger”と呼び掛けているが,普通の会話では有り得ないことであろう。 名前を尋ねたりすればそれだけ断りにくくなると思って,距離を置こうとして いる新郎の気持ちが表されていると考えられる。引用の2 行目から 4 行目で新 郎が天候のことを話しているのも,はっきり断ることが出来ない新郎の心の優 しさを表すものであろう。ここに,フロストの表現上の技巧が感じられる。 3 連目は次の通りである。
Within, the bride in the dark alone Bent over the open fire,
159 Her face rose-red with the glowing coal
And the thought of the heart’s desire. The bridegroom looked at the weary road, Yet saw but her within,
And wished her heart in a case of gold And pinned with a silver pin.
家の中では,新婦が独りで暗闇の中にいて 覆いのない炉の上にかがみこんでいた, 顔はバラのように赤かった,石炭の輝きのため, そして心からの願いを思っているためであった。 新郎はうんざりさせる道を見たが, 目に映るのは家の中の彼女の姿だけだった, そして彼女の心が金の箱に入れられ 銀のピンで留められていればいいのにと思った。
この引用でまず気になる箇所は,1 行目の“in the dark”である。なぜ「暗闇 の中」なのか。それは,明かりをつけていたら,見知らぬ人に泊めてもらえる かもしれないという希望を与えることになるかもしれないからであろう。しか し,炉の火までは消すわけにはいかない。寒いのである。次に気になる表現は “the heart’s desire”「心からの願い」である。これは新婚初夜で男女として結 ばれることを意味するのであろう。新婦はその事を思うだけでも顔がほてると いうのである。この婉曲的な表現は,新婚初夜を迎える新婦の恥じらいと期待 を,見事に伝えるものである。さらに,5 行目の“the weary road”という表 現にも注目したい。もちろん道路が疲れているという意味でなく,今の新郎に とっては道のことはどうでもよいことであろうが,見知らぬ人のことを思うと, 「うんざりさせる道」ということになるのであろう。この表現から新郎の見知
郎の新婦への思い遣りがよく表されている。5 行目で「道を見た」と言っても, それは物理的なことにすぎず,6 行目では「家の中にいる新婦の姿だけを見た」 と言って,心の目に映っていたものは家の中にいる彼女の姿だけだったと,彼 女への思い遣りが示されている。最後に,この連の最終2 行も,変わった比喩 表現であるという点で注目に値する。この2 行は,高価な金の箱に新婦の心が 入れられ銀のピンで留められていれば,彼女に余計な心配をかけずに済むのに と,新郎が彼女に対して申し訳ないと思っていることを表現していると解釈す ることができる。金の箱と銀のピンという比喩によって,新郎が新婦の心をこ の上なく大事に思っていることも同時に表現されている。フロストの機知と技 巧に満ちた最も難解な比喩表現の一つと言ってもよいであろう。 4 連目は以下の通りである。
The bridegroom thought it little to give A dole of bread, a purse,
A heartfelt prayer for the poor of God, Or for the rich a curse;
But whether or not a man was asked To mar the love of two
By harboring woe in the bridal house, The bridegroom wished he knew.
新郎は思った, パンやお金をあげるとか, 神の子である貧者に心からの祈りを捧げるとか, 金持ちを呪うとかなら何でもないことだと, だが新婚初夜の家に悩みの種を入れることによって 二人の愛を台無しにすることが 新郎にとって必要なことなのかどうかについては,
161 その答えが分かればいいのにと思った。
引用の3 行目の“the poor of God”という表現には少し注意しなければならな い。貧者は神の子であるということを意味しているのだが,新郎は,神が貧者 のことを特別に気にかけていると思っているのであろう。見知らぬ人も自分も 貧者の部類だと思っている新郎は,貧者のために心からの祈りを捧げるという のである。これも見知らぬ人への思い遣りを示すものであろう。引用の4 行目 で,対照的に金持ちへの反感が示されていることによって,新郎の,自分も含 めた貧者に対する特別な思いが強調されているように思われる。そういう思い があるからこそ,ますます,新郎は,見知らぬ人を放っておけず,思い遣りを 示さずにいられないのであろう。また,5 行目の“was asked”は「頼まれて いる」という意味ではなく,「要求されている」という意味であろう。神の子 であると思っている新郎にとって,今自分が置かれている状況は,神によって 「要求されている」大事なことかもしれないのである。7 行目では,新郎が「見 知らぬ人」のことを,“woe”「悩みの種」と言って,彼の率直な気持ちが吐露 されているが,だからといって冷たい人間だと考えるべきではない。注意す べきなのは,引用の最終行である。2 連目にも“Stranger, I wish I knew”と同 じ様な表現があったが,どちらも,それぞれ“Stranger, I don’t know.”,“The bridegroom didn’t know”と表現することもできたはずである。だがどちらも このように表現されていないのは,新郎の戸惑い,心の優しさ,見知らぬ人に 対する思い遣りが示されている証しである。
この詩について,Katherine Kearns は次のように指摘している。
The poem brings the stranger to the door at twilight, and his burden is said to be “care.” He predicts by his presence that this newly married, happy couple will be visited often by Sorrow, who will soon no longer seem a stranger and who will, in time, be invited inside.(7)
Kearns はこの詩を象徴的に解釈しすぎているのではないだろうか。フロスト
は現実のありふれた日常について,日常の言葉を使いながらも意表をつく表現 のしかたで語る詩人である。写実主義的な詩を象徴主義的に解釈するのはいか がなものであろうか。
Ⅴ .
最後に取り上げたい詩は,“Locked Out”「締め出されて」である。この詩 からも思い遣りの精神が溢れ出ている。この詩には“As told to a child”「子供 への詩」という副題が付けられている。この詩は連に分けられていない13 行 から成る詩である。最初の3 行は次の通りである。When we locked up the house at night, We always locked the flowers outside And cut them off from window light.
私達は夜家に鍵を掛けるとき, いつも花を締め出し 窓の明かりも花に当たらないようにした。 この詩は,副題の通り,“we”「私たち」すなわち,フロスト夫婦が自分たち の子供に対して話して聞かせているという設定で書かれている。おそらく,子 供が,夜,花を外に置いたままにしておくようなかわいそうなことをしてはい けないと言ったのであろう。暗いのに窓の明かりも当たらないようにするなん てひどいというようなことも言ったのであろう。そのようなことを言う子供に 対して,お父さんたちはいつもそうしてきたのだよと,フロストは言うのであ る。子供に対して,自分たちの習慣を,冷静に説明している。子供がつべこべ 言うものではない,お父さんたちがやってきたことは正しいのだ,というよう なことを言う親もいるであろうが,フロストは花のことを心配する優しい子供 を思い遣っていると解釈することができよう。また,花にとっては,フロスト 夫婦がしてきたことの方がよいことなのだが,そのようなことを言っていない
163 のも,子供にはそのようなことを理解する力がまだないと思い,子供の気持ち を尊重しようとするフロストの思い遣りからであろう。
次の4 行は以下の通りである。 The time I dreamed the door was tried And brushed with buttons upon sleeves, The flowers were out there with the thieves. Yet nobody molested them!
誰かがドアを開けようとして ドアに袖のボタンが触れたという夢を私が見たときがあったが, その時も花は泥棒達と共に外にいた。 しかし花は痛めつけられはしなかった! 子供が,泥棒が来たとき,花を外に置いたままにしていて大丈夫なのかと尋ね たのであろう。フロストは,子供に,花のことより家の戸締りの方がいかに大 事なことであるかを理解させるために,子供の恐怖心をあおらないように,自 分が見た夢の話として,実際に起こった話をしているように思われる。引用の 1 行目に“dreamed”とあるが,実際は,眠っていたのではなく,目が覚めていて, 誰かがドアを開けようとしてボタンがドアに触れるような音が聞こえたのであ ろう。だが,フロストは,子供を怖がらせないように夢の話にしたと解釈でき る。引用の3 行目の“the thieves”の“the”は,子供が恐れている泥棒たち というつもりでフロストはつけたのであろう。ここにも,実際の話ではなくあ くまでも夢の話であることを強調して,子供の恐怖心をあおらないようにしよ うとするフロストの思い遣りが現れている。 最後の6 行は次の通りである。 We did find one nasturtium Upon the steps with bitten stem. I may have been to blame for that:
I always thought it must have been Some flower I played with as I sat At dusk to watch the moon down early.
階段に置いていた花の中で茎が噛まれている 一本のキンレンカがあるにはあった。 私が茎をかんだのかもしれない。 私はいつも思ってきたのだが 夕暮れに月が早く空の下の方に出ているのを見ようと 階段に坐っていじっていた花がそのキンレンカだったに違いない。 すぐ前の引用では,“nobody molested them”「花は痛めつけられはしなかった」 と語られていたが,ここでふと思い出したように茎が噛まれたキンレンカが一 本あったと語られている。フロストは正直な人だったのであろう。だが,実際 は,子供を安心させるためにこのような話を作ったのかもしれない。子供はこ の話を聞いて,茎を噛んだ父を責めるよりも,父親が花のことを忘れて魅了さ れたほどの月の話に感動したかもしれない。そして,窓の明かりがなくても月 の明かりがあるのだと思って花のことを心配することはなくなったかもしれな い。フロストの機知に富んだ思い遣りには全く驚かされる。
Ⅵ
. この小論では,フロストの思い遣りが表わされている詩を,5 篇取り上げて 考察してきた。“My November Guest”では,寂しい風景を愛する恋人に対す る詩人の思い遣り,“To a Moth Seen in Winter”では,冬の蛾に対する思い遣 りを読み取ることができた。また,“The Thatch”では,鳥に対する思い遣り, 昔住んでいた家への思い遣り,“Love and a Question”では,新郎の新婦に対 する思い遣り,新婚初夜に訪れた見知らぬ人への新郎の戸惑いながらの思い遣 りが語られていた。最後に扱った“Locked Out”では,花のことを心配する165 子供に対する思い遣りが,機知に富んだ手法で表されていた。
このように,フロストは,5 篇の詩を通して,人生あるいは人間社会において, とかく忘れられがちな思い遣りの気持ちを持つことがいかに大事であるかを教 えてくれている。