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〈巻頭言〉精神医学・医療の真実と現実

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Academic year: 2021

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精神医学・医療の真実と現実

精神神経科学・メンタルヘルス科

白 川

쓕私が正常であるという診断書を書いて下さい」精神科医になって 3,4年経った頃だっただろうか.こうした訴えで受診した一人の患 者がいた.訴 がらみらしく弁護士から求められたという.猟銃所持 等の免許取得にあっても同様の診断書が求められることがあるが, その場合,一通りの診察の上「現時点では精神障害の存在やアルコー ル,薬剤の 用を推測させる所見は認められないと えられる」など と記載するのが常道とされる.件の患者は少し事情が違ったようで, あくまで正常であるという記載に固執していたことが印象に残って いる.精神科医は既成の精神疾患概念とその診断手順に従って精神 疾患であると診断しているわけで,精神的に正常かどうかの判断が できるわけではない. 19世紀以来の精神医学の歴 は,精神症状の背景に脳疾患の存在を見出すことから始まった. Alzheimerや Pickによる認知症,野口英世による脳梅毒など外因性(身体因性)精神疾患の発 見である.この頃は精神医学と神経学が不 明な時代で,精神医学の臨床部門として精神神経科 という名称が今も用いられているのもその名残であろう. 精神疾患の身体的な基盤の解明は,本丸でもある統合失調症にも向けられた.しかし,その後 の幾多の膨大な研究にもかかわらず統合失調症に特異的な神経病理学的所見は得られることな く,精神病の神経病理学的研究は神経病理学者の墓場とまで言われる始末であった.ここ20年は 精神疾患に対する 子遺伝学的アプローチが隆盛を極めているが,統合失調症に関わる遺伝子 は100以上あるともいわれ,そのうちのかなりが双極性障害と共有していることが明らかになり つつある.こうした背景には,そもそも精神疾患の概念は病理学的所見に基づく医学的概念とい うより治療を想定した類型的概念でしかないことに由来すると えれば頷ける.診断にこだわ る患者・家族が多いのは無理もないのだが,精神疾患の成り立ちを えると診断名にこだわるこ とが治療的にあまり有益ではないことすらある. 私が精神科医になってしばらくは,精神科臨床の中心は統合失調症や双極性障害といった精 神病であった.当時はうつ病にしても内因性うつ病と呼ばれた重症のうつ病が主な対象であっ た.多くははっきりとした原因なく(発症のきっかけとされるものはあるが)発症し,治療に消 極的な患者を上手に治療導入することが精神科医の腕の見せどころであった.治療導入がうま

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くいけば抗うつ薬が奏功するのが常で,内因性うつ病の病態は脳の機能失調として理解される に相応しかった. 近年は,診断基準の普及とともにうつ病の捉え方が拡がり,発症の契機の有無にかかわらず症 状が揃えばうつ病と診断できることになった.その背景には,発症にはっきりとしたストレス因 がない内因性とストレス因が明らかな心因性(反応性)の峻別は必ずしも容易ではない(つまり 発症に対してストレス因をどう評価するかは主治医の判断に委ねられる)ことが挙げられる.加 えて,心因性(反応性)うつ病でも抗うつ薬(特に,SSRI)が奏功することが少なくないため, うつ病をゆるやかに捉えることで精神科受療への門戸を拡げることを意図したようにみえる. その結果,うつ病概念が拡大するとともに,発症に関わるイベントの存在が重視されストレスに より発症する精神疾患の代表としてうつ病が位置づけられるようになった.しかし,これはうつ 病に対する伝統的な視点からの明らかな逸脱である.状況反応的な抑うつやパーソナリティの 問題と関連した抑うつを含めてうつ病とする流れが定着することで,自ら受療するうつ病患者 が目に見えて増加した.昨今,軽症のうつ病には抗うつ薬よりも精神療法(認知行動療法など) を勧めるガイドラインもあるが,抗うつ薬に反応するうつ病を診断基準で規定できていないこ とに由来する問題とも言える. こうした精神疾患概念の拡大はうつ病にとどまらない.大げさに言えば,不適応の背景に様々 な精神疾患の存在を見出す傾向が加速している.生きづらさや苦悩や不適応の医療化である.広 汎性発達障害の急速な拡がりなどもその例であろう.背景には強大な製薬資本の存在があり,診 断基準の作成にも影響を及ぼしたのではないかなどとまことしやかに囁かれている.Disease mongering(病気喧伝)と呼ばれる現象である.確かに精神疾患の裾野が拡がることで,精神科 受療の敷居が下がったのは好ましいことかもしれない.しかし,こうした精神的な問題の広汎な 医療化は,精神科的な問題の解決のための隘路としても機能しうるのであろうか. 一方,精神疾患に対するスティグマが希釈するにつれて,不適応の原因を安易に自ら精神疾患 罹患に結びつける傾向も増えている.自称 XX病,XX障害の出現である.こうしたケースでは, 主治医がそうではないと告げると不満そうに応じ,肯定してくれる医師を求めてさまようこと が少なくない.精神疾患であることを認めてもらう為に受診しているようにすらみえる.自 の 生きづらさは病気のためだったとして安 するのだろうか.人生には様々な困難や挫折があり, それらに苦悩し乗り越えるのに四苦八苦しながら自 と向きあうことが人間的な成長には不可 欠なはずである.困難や挫折に際して医療に救いを求めることが常態化するような社会はとて も 全とは言えないだろう.家族や友人,同僚など周囲との 流やサポートがまず想定されるの が自然である.以前の「こんなになるまでどうして受診しなかったの」から最近では「こんなこ とで受診したの」と感じることも稀ではなくなった.多様性や個性の受容を前提としたはずの精 神医学が,精神疾患のバブル化によって安易な医療化の流れに与するのはいかがと危惧する. 精神科医療の裾野が拡がり市民権を得つつあることに気をよくする一方で,昔の精神科医療 はわかりやすくてよかったと感じるのはもはや賞味期限切れを迎えたロートル精神科医のたわ 言であろうか. 白 川 治

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