フランスと日本の地方公務員制度 : 展開過程とそ
の比較
著者
玉井 亮子
論 文 内 容 の 要 旨
本論文は、日本との比較という視点に立って、現代フランスの地方公務員制度の展開過程とその特質を検 討した成果である。その際に設定された課題は、地方自治制度の類型論において、しばしば「集権・融合 型」という同一の型に属するとされる日仏両国の異同を、地方公務員制度に焦点を定めて比較検討するなか で析出することにある。しかしながら、日本におけるフランスの地方公務員制度に関する研究の蓄積は乏し い。従って本論文全体の分量で見れば、この分析・検討の重点はフランスのそれにおかれている。 このような課題を設定した本論文は、次のような構成をとる。すなわち、第一章においては、上述のよう な課題設定に至る日仏の自治制度・中央地方関係及び地方公務員制度についての研究史の整理を行う。第二 章においては、フランスの地方公務員制度の制度上の特質の把握を試みる。第三章においては、このような 地方公務員制度が創出されてきた過程を時系列にフォローし、併せてこの制度に関わる諸アクター、すなわ ち地方議員、国会議員、国家公務員等の特質も検討する。続く第四章においては、地方議員と地方公務員、 特に自由任用ポストにつく上級幹部及び官房職について検討を加える。この場合、いわゆる評議会制を採る フランスの自治体では、地方議会議長が同時に執行部の長(市町村長)であり、官房職とはこの長を補佐す る組織であり、構成員である。最終章である第五章においては、本論文の検討テーマである日仏比較に取り 組み、公務員制度総体における、あるいは中央府省制度の関わりの中での地方公務員制度の位置づけと運用 の相違を検討の対象とする。以下、各章ごとにやや詳細にその要旨を紹介する。 第一章では、まず第二章以下の検討の中で取り上げる比較上の指標、すなわち人事機関・人事管理協力機 関、等級と職の区別とそれに関わる採用と解職、人事異同及び昇進・昇任、研修、さらには自由裁量ポスト といった制度が挙示される。 次に上述した日仏比較の意味について、日仏両国におけるフランス地方自治についての研究史整理を行う 形で詳論される。ともに集権・融合型に分類される両国であるが、日本は戦後改革でいち早く分権改革を進めたが、フランスはそれに遅れること30数年を経た1982年になってようやくこの改革に着手し、県レベルで 公選の執行部を実現した。 しかし、日仏の相違を見きわめるためにはこの時間的なズレに止まらず、「地方分散(déconcentration)」 というこの国に特異な国の行政組織の編成原理に注目しなければならない。国民=住民の自由を保障するた めには、地方出先機関への積極的な権限委任を通じて住民に身近な空間において国の権威が遍在し、その権 限が行使されなければならないとする考え方は、いわゆる「共和主義国家」に特有であり、自治制度や公務 員制度の構成に影響を与えている。 第三に、日仏の地方公務員制度の研究史が概観される。この場合、従来単に「能力不足」という表現で一 括され、独自の研究対象に設定されることがなかったフランスの市町村職員については、80年代以降、「地 域政治システム」(A. マビロー)において一箇の勢力と位置づけられるようになり、本格的な研究も開始さ れた。そこには60年代以降本格化した地域開発政策の受け皿としての地方自治体の組織整備と経験の成果を 看取できる。 第二章は、次章以下で行われる分析の前提として、地方公務員の任用に関わる概念と人事管理機関を検討 対象とするとともに、近年のこの領域に関する動向を追跡している。地方公務員のポストは、職務の性質に よる「部門」、同一職務の近接等級によって構成される「職群」、勤続年数と人事評価によって定まる「等級」 及び学歴や職歴等によって割り振られる3段階の「カテゴリー」、以上4つの基準から分類・構成されている。 採用試験には4つの類型があるが、正規職員を目指す者は通常、その資格に応じた職群を念頭に第1類型 である「外部競争試験」を受験し、全国共通の等級を獲得した後に希望する自治体に願書を送付し、採用を 待つことになる。 労働基本権については、団結権を筆頭に争議権や団体交渉権も認められていることが、日仏比較上注目す べき相違である。勤務条件等について定期的に意見具申を行う、国レベルの地方公務員制度高等評議会が設 置されているが、そこで代表権を持つ組合は多く、いわゆる「複数組合主義」の原則が採用されている。 地方公務員の人事管理は複数の機関で行われているが、「運営機関」と「参加機関」に大別される。前者 は通常のキャリア官吏と研修の管理運営に当たり、後者は労働条件や研修との個別案件について協議し、公 務員と地方議員が協議する同数委員会である。運営委員会には二種類があり、一つは地方当局内に設置され、 もう一つは全国地方公務員センターと運営センターである。 地方当局が行う人事管理についてフランスの特徴的なのは、内務省官僚である地方長官(旧県知事)によ る合法性監督に服することであり、ここに「共和主義国家」原理の発露の具体例を見ることができる。全国 地方公務員センターと運営センターは、自治体の職員任用等に関する協力機関であるが、前者は全国に代表 部を置き、幹部職員の研修機関も設置している。このような業務は、市町村にせよ県にせよ、日本との比較 で言えばその財政規模が小さいフランスの自治体の人事業務を補完する役割を担っていると言えよう。 フランスの地方自治体には「自由裁量ポスト」が多く存在する。このポストはさらに「自由任用ポスト」と「政 治任用ポスト」に二分される。いずれも、首長(議会議長)の政治的意向によって任用されるが、後者の場合、 首長と進退をともにする。このポストの場合注目すべきは、「官房職」である。この国の大臣官房が若きエリー ト官僚の活躍の舞台であることは夙に知られているおり、比較的規模の大きい自治体においても首長を補佐 する官房メンバーが多く配置されているが、その意味については後述する。 病院職員を含むフランスの公務員全体のなかで、国家公務員の占める比率は高い。それでも90年代以降、 地方分権化政策の継続的実施に伴って地方公務員の比率は徐々に高まっている。しかし他面、70年代後半以 降の幹部職員の人事管理における「政治化」に伴う弊害も指摘されている。 本章最終節においては、フランスの地方公務員制度の特徴が概括される。まず、各級の自治体と広域自治 行政機関に共通する法律が制定され、先述の地方長官による監督にもみられるように、この領域での国の機
関による規律が顕著である。第二に、ある職への任官を意味する等級と、個別・具体的な職への配属を意味 する任用が区別されるキャリア・システムであり、従来は国家公務員にのみ採用されていたが、ミッテラン 政権下の分権改革の一環として83年に導入された。このシステムの意図の一つは、勤続年数を基準とした昇 進システムに代替させ、若く有能な人材をこの世界に導き入れることである。 第三に、このシステムによって、地方公務員の移動先は、他の自治体のみならず、国や病院にも広がって いる。しかし国家公務員のそれとの「統一化=同等化」とも言うべきこのシステムの利用者は、改革当初か ら指摘されていたように、国家公務員の方が多いのが実情である。第四に、昇給の途としては、職群内の上 昇を意味する「昇進」と、適性試験の合格を条件とし、職群や上位のカテゴリーへの所属変更による「昇任」 である。いわば、年功、競争試験と内部「昇任」の途を併設することによって、個人主導型のキャリア形成 を誘導する制度である。 第三章は、フランスの地方公務員制度の展開過程及びその特徴について、改めて詳細な検討を行ってい る。まずその展開過程を見れば、1952年に市町村公務員を対象とした統一的な身分規程が制定された。しか し、これはキャリア・システムを採る国家公務員とは異なる専門職システムであり、身分保障という点では 不十分なものであった。それでも、第二次世界大戦後、特に60年代以降に本格化した地域開発政策と、70年 代の地方選挙でその陣地を拡大し始めた左翼の野心が、優秀な地方公務員の確保と育成の必要性を自覚させ た。上述したように、こうした動向が結実するのが1981年誕生のミッテラン左翼連合政権が主導した1983年 法及び1984年法である。以後今日に至るまで数次にわたり改革が実施されてきたが、その基本精神は国家公 務員制度への接近、あるいは「同等化」である。 第二節では、この国の地方公務員制度の実態面での特徴が描かれている。伝統的に、市町村行政全般への 内務省を中心とする介入は持続し、人事運営も例外ではない。「地方分散」原理においては、地方分権の推 進と国の権威の縮小・低下は並行的には進行しない。確かに80年代前半の分権化改革によって中央統制は弱 まったが、それは必ずしも国家の後退を意味しない。国・地方の公務員制度の統一化によって、出向や「特 別併任」という形をとった国家官僚の「地方侵攻」は容易になった。実際、彼らは自治体の求める人材のプー ルであり、中央へのパイプ役も務めるが、そういう人材への依存を強いる市町村行政機構の脆弱さが背景に ある。 他方で、19世紀末には常態化し、20世紀に入っても持続していた市町村レベルの情実任用とクライエンテ リズムについて、政策の形成・運用能力の向上が選挙戦での勝利に繋がることを自覚し始めた地方議員は、 その改革を迫られることになる。これは、地方公務員側が第二次大戦後提起してきた身分保障やこの職の価 値向上を求める運動と合流することになった。 第四章においては、前章を受けてより個別的に、すなわち上級幹部職の要請と自由裁量ポストの運用につ いて検討を加えている。 フランスの自治体における幹部職員養成は20世紀初頭から独自に試行されてきたが、1960年代以降本格化 し、1998年には地方公務員のエリート養成学校(INET)の創設にまで至っている。それを促したのはまず、 行政事務手法の伝達のための地方での適切な対話者を必要とした内務省であり、また既述したように有能 な固有職員を求める地方議員である。他方で公務員の側は、身分保障等で国家公務員と同等であるとともに、 後者とは別の知識を具える専門家集団としての自己定立を希求していた。 地方公務員制度の整備の進展は、行政機構の運営における首長の統制能力の向上を必要とする。ともに首 長の自由裁量で選任される上級幹部職と官房職は、そうした要請に応えようとする職員集団である。行政幹 部とは事務総長及び部局長であり、官房職は首長の政治活動面を補佐し、広報も担当するが、いずれも行政
部局の一体性の保持と首長方針の貫徹という方向で首長権限の強化に貢献している。 最終章である第五章においては、これまでの分析検討を受けて、日仏の地方公務員制度を、その任用・昇 進制度及び所属意識に焦点を当てる形で比較検討する。 まず公式の制度面についてみれば、日本の地方公務員の世界に統一的な身分規程がおかれ、メリットシス テムが導入されたのは第二次世界大戦後の1950年のことであり、この点ではフランスのそれに先行した。ま た、戦前にあった公務員間の身分上の区別は解消され、行政委員会としての人事行政機関が都道府県及び市 町村に設置された。さらに民主的と総称される様々な制度が実現し、それを基礎づける原則も確立した。し かし、国家公務員制度とは別立てであり、二元的な法制度を採った。にもかかわらず、中央省庁から自治体 へという一方向的なものであるが、「人事交流」は存続した。日仏比較の上で特記すべき事項は、国家公務 員制度と同様の労働基本権の制限(争議権の否認)と職階制の未実施である。しかし、こうした措置への対 応策も、国のそれと同様に、人事機関による勧告制度の採用であり、また給与法・給与条例による代替策の 導入である。 第二にその運用実態からみれば、日本においては新卒者一括採用・終身雇用といったよく知られた特徴と ともに、採用試験の合格がそのまま実際の採用に繋がるという点で、言い換えればフランスでいう「職」と 「等級」の区分が存在しないことが注目される。 本論文の最終部分は、日仏の地方公務員制度の相違の確定とその背景・要因の探求である。まず、上記の「職」 と「等級」の区分については、フランスの地方公務員制度が国のそれを踏襲・追随する方向で改革を進めて きたことにその主たる理由を求めることができる。この改革の端緒は、左翼連合政権成立後になるが、この 政権が地方公務員のみならず、地方議員層からも支持を調達しようとしたことがその背景にある。日本にお いても、国と同等の権利義務を規定したが、同時に人事管理の要諦とされた職階制の実施は、国と同様に挫 折した。 次いで人事運営と研修についてみれば、フランスの特徴は全国及び地方レベルに、関連機関が設置されて いることにあるが、この国の基礎自治体の数の多さ、従って規模の小ささが固有の機関の設置を妨げている と見てよい。さらにこの研修は「昇任」のチャンスを提供し、公務員の「プロフェッショナル化」への途を 開いており、そのことは上級幹部候補者について妥当する。この点で、職場外研修と人事評価・昇任の関連 が薄い日本とは対照的となっている。 フランスの自治体においては、幹部職員であれ官房職員であれ、首長による自由裁量ポストが多いことが 目を引くが、議会議長が同時に執行部の長であるフランスの自治体においては、こうした任用については議 会の承認も必要とされず、当該自治体の外部で職歴を重ねてきた人材が起用される傾向にある。 公務員の任用においては、「閉鎖型任用」と「開放型任用」とに大きく分類され、通常、日仏両国は、前 者の類型に属するとされてきた。また、「昇進システム」においても、日仏両国はイギリスとともに、「閉鎖 型」に分類される(稲継裕昭)。しかし、フランスの地方公務員について言えば、幹部職員や官房職員の事 例にも現れているように、必ずしも「閉鎖型任用」でも「閉鎖型昇進」でもない人事運用が少なくなく、こ の点では日仏間の違いが看取できる。 フランスにおいては、「等級」と「職」の区別が地方公務員の全国的市場の形成を生み出してきたが、こ のことは公務員の忠誠対象を勤務先自治体ではなく、むしろ自らの職群へと誘う傾向を生じさせる。言い換 えれば、彼・彼女らの当該自治体への所属意識は、決して強固ではない。そうであればこそ、首長の意思に 忠実な人材を配する自由裁量ポストの必要性が了解できるのである。この点でもまた、採用された自治体に 長期にわたって勤務し、執務能力の形成も行い、従ってまたそれ故にこの職場に所属意識を持つ日本の地方 公務員との対照も明らかである。
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
一般論で語れば、地方分権の成功のための、あるいは本格的着手のための十分条件は、市民精神に富んだ 住民と、賢明で審査能力に優れた審議機関、そして十分な実務能力を備えた行政職員の存在であろう。にも かかわらず、この職員論は大森教授や近年の稲継教授等の少数の研究者を除いて、必ずしもアカデミックな 行政研究者の関心を引くテーマではなかったように思われる。本論文は、フランスの地方公務員制度を媒介 として、その領域に切り込んだ貴重な試みと言えよう。 特にフランスの場合、我が国ではこれまで翻訳も含めた公法学者や実務家による、主として国家公務員あ るいは国家行政官僚制についての業績が見られたものの、ドイツ、イギリスあるいは米国のそれに比べれば 決して多くはなく、とりわけ地方公務員制度についての研究は皆無に近かったと言ってよい。研究が乏しかっ たということは、日本の改革課題との関連で、フランスのそれが学問上の関心を引くような事例を提供して こなかった等の理由はあるにしても、少なくとも市町村合併策をとらない、あるいは道州制実施の先行事例 となったフランスの地方自治あるいはその改革過程と実態への関心が高まる中、この国の自治の基盤の一つ である公務員制度を細部まで腑分けし、精緻な分析を試み、かつ意味づけを与えた本研究は、学会にとって きわめて貴重な成果である。 とりわけ、地方公務員制度の改革が、この国の1950年代に始まる国土政策、経済計画の空間化=地域経済 開発政策の実施に直面して、また1981年の左翼連合政権の発足に伴う大胆な地方分権改革に際して取り組ま れたことに着目して、支持基盤の拡大という政党側の戦略も含めた大きな政治・政策上の変革・転換と連動 する性格を帯びたものであったことを浮き彫りにしたことは見逃せない貢献である。 同時に、この国の基礎自治体の特有の存在形態が、日本のそれと比較した際に、地方公務員制度の運用面 での特異性を生み出していることも明瞭に指摘され、説明されている。すなわちそのほとんどが人口希少な、 従ってまた行財政能力の貧弱な基礎自治体は、固有の職員を徴募し、管理しあるいはまた研修を実施できな いため、今日においてもなお全国的な、あるいは州・県レベルの人事管理機関や研修機関を設置、運営せざ るを得ないのである。他方で、フランスの地方公務員制度の基本原理が、必ずしも通説的な「閉鎖型任用性」 に属するものではなく、「開放型任用制」あるいは「開放型昇進制」の要素を多分に内包したものであるこ とを摘出した。このことは、従来、地方自治の第一次的類型論において同一類型に属するとされてきた日仏 両国の類型内差異の一端を析出することによって、地方自治の類型論の精緻化・豊富化に対する貴重な貢献 と言える。 他方で、フランスの地方公務員制度の改革・整備が国家公務員制度との統一化ないし同等化を目指して行 われた結果、国のそれと同様の「等級」と「職」の分離の原則を採用し、地方公務員の全国的な労働市場の 形成を促したことが、自治体行政組織の上層部に首長の政策方針に忠実な職員を採用するための自由裁量ポ ストを必要とするというロジックの解明は、本論文中の白眉といってよいであろう。 この点に関連して言えば、公務員の全国的労働市場の形成は、彼・彼女達の忠誠対象あるいは所属意識を 抱く組織が、決して勤務する自治体にではなく、彼らの属する職群に向いがちであることの指摘は、国レベ ルで著名な国家公務員の「コール現象」への接近ないし収斂を予示させ、きわめて興味深いものがある。こ うした諸点を踏まえれば、本研究は単なる地方公務員制度の比較研究に止まらず、日仏両国の国家のあり方 をも問う射程を内包した業績である。 また本論文の作成にあたっては、審査委員会に際してフランス側委員の一人が特筆すべきことと評価した ように、フランス側の参考資料・文献の探索・収集はきわめて系統的かつ網羅的に行われており、今後のこ の領域の研究にとって避けて通れない道標を設定したと言える。しかしながら、本論文はなおいくつかの課題を残している。第一に、本論文の解明すべき研究課題の設定 において不透明さが残されており、そのため論文がややもすれば叙述的に傾く箇所が散見されたことであり、 口頭試問の場で問われた。 第二に、日仏間の地方公務員間の差異の指摘とそれを生じさせる要因についての検討は行われているが、 その深みにおいて必ずしも十分ではないように思われる。例えば、国と地方のそれぞれの公務員数の比率に 関する日仏の相違は、それぞれの国の自治体の「活動量」と「活動内容」の差に起因していると考えられる が、そうした国と自治体間の行政サービスの生産・提供上の分業は、いかなる国家観に由来するのか。この 点もまた、口頭試問の場で国家論の曖昧さないし希薄さという言葉で問われたことである。 第三に、そもそも早期にそして三次にわたって市町村の再編・整理を行った日本と比べて、大革命以来 200年以上に及ぶ期間、その旧い構造を維持してきたフランスの場合、公的制度としての基礎自治体のガバ メンタル・システム総体の中での位置づけが、本来的に異なっているのではないか。別言すれば、従来のフ ランス政府が基礎自治体に求めてきた役割は、決して地方の行政需要の十全な充足というより、膨大な量と なる地方議員数(個々の自治体の議員定数)にも見られるように、国民の政治参加の場の提供にあったので はないか。学会において共有されつつあるこの仮設は、本論文の中で決して十分には問われ、検証されてい ないように思われる。 最後に、本論文では必ずしも正面から取り上げられることはなかったが、そもそも地方自治体の行政能力 の向上に、従って地方公務員制度の整備に好意的ではなかった行政内集団が存在しているのではないか。具 体的に言えば、建設省、農林省を基幹とする技術系の国家公務員の職群(corps)である。逆にいえば、彼 らの存在が、自治体の固有職員(少なくとも技術系の)を不必要としてきた国・地方を通じる「地方行政 (administration territoriale)」の実態があったのではないか。彼らが大都市圏を除く、郡部自治体(町・村) 地域に張り巡らせたネットワークは、こうした町村に固有の事務系・技術系職員の雇用を必要とさせなかっ た。勿論、日本においても類似の発想をとる国家公務員も存在しようが、そうであればこの点での日仏比較 にも、将来的には研究の関心を寄せてほしいところである。 しかし以上の諸点は、今後の研究のなかで十分補われ、発展させられて行くと予想されるものであり、本 論文の価値を損なうものでは決してない。本論文は、学位請求者が研究者としての十分な資質をもっている ことを示すとともに、その将来を期待させる内容を具える優れた研究業績である。 昨年10月26日、本学において「関西学院大学とモンテスキュー=ボルドー第四大学の間における博士論文 国際指導協定」にもとづく公開の博士学位申請論文審査が行われ、申請者の日本語及びフランス語による研 究内容報告の後、ボルドー大学側二名を含む審査委員五名による口頭試問を行った。その結果、上記の問い を含む質問に対する申請者の回答は概ね的確であり、その結果、審査委員全員一致で、申請者玉井亮子氏の 本論文が博士(法学)の学位を受けるに十分に値するという結論に達したことを、ここに報告する。