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美術系大学における社会人教育の現状と課題 - 事例を中心とした一考察 -

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美術系大学における社会人教育の現状と課題

─ 事例を中心とした一考察 ─

奥原 正弘 【要旨】 我が国の18歳人口は2018年度以降、急激に減少し、若年層の大学志願者が大幅に 減少する。一方で、大学卒業後も学び続け、新たな学問分野の学習やスキルアップ を目指す社会人が増えてきている。こうした状況において、大学は生涯学習機関と しての役割も担う必要があることから、様々な年齢層や社会のニーズにも対応した 大学教育を提供することが求められている。 本稿では、社会からの要請が高まっている美術系大学における社会人教育の現状 と課題について事例を中心に明らかにし、美術分野に関心がある社会人に対しての 教育や役割について論考した。そして、広域的な教育も含めた新たな学生募集戦略 の策定を行った。 キーワード:美術系大学、社会人教育、生涯学習、学生募集 1 .はじめに 我が国の社会構造は少子高齢化へと向かっており、特に18歳人口は2018年度以降、急激に 減少し、若年層の大学志願者が大幅に減少する見込みである。その一方で、高学歴化する我 が国においては、大学卒業後も学び続け、新たな学問分野の学習やスキルアップを目指す社 会人が増えてきている。こうした社会での高等教育機関が置かれた状況において、大学では 社会人受け入れの推進制度として、様々な取り組みを実施している。また、大学には教育・ 研究という役割だけではなく、社会貢献機能としての生涯学習機関の役割も担う必要がある ことから、様々な年齢層や社会のニーズにも対応した教育を提供することが求められてい る。 本稿では、我が国は社会構造の変化により生涯学習社会へと移行しているため、美術系大 学の社会人教育に焦点をあて、生涯学習体系における美術系大学が社会人1 )に対してどの ような教育を行うことができ、どのような役割を担えるのかを論考し、新たな学生募集戦略 の策定を行う。なお、先行研究については、生涯学習や公開講座、社会人の受け入れなどに 特化した研究は行われているが、美術系大学における社会人教育に関する調査・研究は、美 術分野の研究者が少ないことから研究が行われておらず、解明されていない。

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2 .社会人教育の現状 ここでは、社会人教育の現状を把握するために、先行研究から社会人の学習2 )の現状と 受講意識などを分析し、大学での学習ニーズと大学が取り組むべき事項について明らかにす る。 ( 1 ) 社会人の生涯学習への参加状況と受講意識  ア.社会人の学習の現状 東京大学大学院大学経営・政策研究センター(2010:152- 9 )の「大学教育に関する職業 人調査」によれば、社会人の学習の現状について、大卒職業人の 1 年間に行った仕事関連の 学習方法は、「書籍などを読んだ」(68.1%)が多く、次いで「各種講演会・セミナーに参加」 (45.6%)、「勤務先の主催する講習等」(37.5%)、「通信教育」(11.6%)、「専門学校・各種学 校・職業訓練校」(3.4%)、「大学の公開講座」(1.7%)、「大学院・専門職大学院に入学」 (0.4%)の順となっている。学習内容では、「仕事に必要な専門的知識」(75.8%)が圧倒的 に多く、「幅広い知識・技能」(37.3%)、「資格取得のための準備」(29.3%)の順に続いてい る。また、それらの学習に要した平均時間は、「 2 時間未満」(43.2%)で最も多く、次いで 「 2 〜 3 時間」(19.1%)、「 8 時間以上」(14.1%)、「 4 〜 5 時間」(11.7%)、「 6 〜 7 時間」 (5.0%)の順で多くなっている。 1 カ月の平均費用は、「 1 万円未満」(63.0%)が断然に多 く、次いで「 1 〜 2 万円台」(16.3%)で続き、この 2 つを合わせると「 3 万円未満」が全 体の約 8 割を占めている。また、文部科学省の「社会教育調査」(2011)によると、公民館 や民間等で開催する生涯学習人口は、延べ 3 千万人で増加傾向にあり、特に団塊世代での自 己啓発意識が高いことがわかっている。  イ.社会人の受講意識 職業能力開発総合大学校能力開発研究センター「調査報告書」(2005)の社会人のリカレ ント教育に対する意識調査によると、社会人の受講意識は約 9 割の88.7%が「受けたい」ま たは「興味がある」と回答しており、その理由として、「現職に関係なく、その分野に興味 があるため」(62.3%)、「現在従事している業務における専門性を高めるため」(51.8%)、「資 格取得のため」(43.4%)などの順である。また、利用したい教育機関は、大学院(46.4%)、 大学(19.5%)が多いことがわかっている。教育機関の選択において重視する点は、「カリ キュラムが魅力的であること」(74.0%)が最も多く、「通学しやすい場所に学校があること」 (61.6%)、「授業料が安い」(54.6%)、「時間帯が自由に選択可能」(52.1%)、「土日・休日の 開講」(50.0%)などの回答が多くなっている。一方で、教育を受ける場合に想定される課 題としては、「仕事が忙しい」(72.3%)、「費用負担が大きい」(71.0%)、「決められた期間内 での単位取得が不安・負担」(33.3%)、「通学に時間がかかる」(25.7%)、「会社の理解が得 にくい、公表しづらい」(21.3%)といった仕事と学習の両立に関するものが多く、「社会人 向けのカリキュラムが充実していなかった」(15.7%)と回答した者も存在している。 また、文部科学省の「学習活動の促進に関する実態調査」(2005)によれば、学習活動に 取り組んでいる主な場所として、「自宅」(32.2%)が最も多く、次いで「会社やアルバイト

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先での育成指導や集合研修(OJTまたはOFF-JT)」(17.5%)、「公共の図書館」(13.6%)と なっている。学習に役立っている学習方法として、インターネットなどを活用した通信教育 の割合が高く、学習者の期待が高いことがわかる。これは、学校式教育では特定の空間で学 ぶことと特定の時間に学ぶことなどの制約があるが、遠隔式教育では学習する場所を特定す ることはなく、特定の時間内に学習を終了する必要もないという特徴があるための結果であ ると考えられる。 ( 2 ) 社会人の大学での学習ニーズ 我が国の雇用形態の大きな特徴として、終身雇用制を採用しており、新規大卒者は企業等 に採用されるとその企業に定年まで勤務する者が多い。そして、職業に必要な技術などは採 用されてから企業内で教育・訓練等が行われる。このように、これまでは学校において基礎 的な知識などを身に付けさせ、職業に必要な専門的な技能は、主に企業内で仕事をしながら 育成することが一般的であった。 しかし、文部科学白書(2010:79-80)によると、人材育成に課題があるとする企業は約 7 割に達し、その理由として、指導する人材の不足(約50%)や時間の不足(約47%)が挙 げられており、人材育成を行う余裕を失っている状況が伺える。また、近年の非正規雇用者 の増加は、職業能力の形成の上でも問題を生じさせており、非正規雇用者は、正規雇用者に 比べ、企業内教育・訓練を受けられる機会が限られているため、仕事を通じた能力の向上が 図りにくくなっている。さらに、企業は中途採用を行う際に専門的な知識・技能を重視する 傾向にあるため、このことが非正規雇用者の職業生活におけるキャリア形成を図っていく上 でも課題となっている。加えて、科学技術の進展や急速な技術革新などが進む中、職業に求 められる専門的な知識・技能が高度化・多様化している。このようなことから、労働者が自 らの専門性を高め、新しい職業に対応するための知識・技能を身に付けるために、大学等で 改めて学習することのニーズが高まりつつあると考えられる。これは、前述のとおり、労働 者が自己啓発を行った理由の約 8 割が現在の仕事に必要な知識・能力を身に付けるためとい う結果からもわかっている。 これに対し、欧米諸国の社会では転職者が多く、そのたびに給料も上がるのが一般的であ る。そのため、アメリカの社会人教育は、再就職に必要な技術を習得するために、資格取得 や職業技術を高めるための目的となっている。また、大学等における社会人の学習について は、OECD 諸国では大学入学者のうち25歳以上の割合が平均約 2 割であり、社会人学生も 相当数含まれる。一方、我が国の社会人学生比率は、現状では 2 %に留まっており、大きな 差がある。この背景には、前述した社会人の受講意識からも推測できるが、これらの問題を 解決できれば我が国においても社会人の学習需要が十分にあることが考えられる。 なお、我が国の大学における社会人入学者数は、学校基本調査によると、通学課程におい ては1998年の5,228人をピークに減少し続け、通信教育課程への入学者を含めても2001年の 18,340人をピークに減少している。大学院在学生数(通信教育課程を除く)は、2003年度に 専門職大学院を創設したことにより、2014年度には251,012人となった。しかし、大学院の

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社会人在学生数は、年度により増減があるものの、近年は増加が停滞傾向にあり、通学・通 信教育課程を併せて2013年度は51,092人であり、多いとはいえない状況である。 ( 3 ) 大学の役割と取り組むべき事項 前述のとおり、社会人は学習需要の高度化・多様化により学習をしようという意思や意欲 があり、自由に選択をして教育を受けるシステムを必要としていることが明らかになった。 しかし、実際に学習する機会や時間がなく、費用や仕事との両立に不安がある社会人などに 対して、どうすれば学習してもらえるかという課題も抱えている。これを解決する方法は極 めて困難な問題ではあるが、これからの時代にこの課題に対応するためには、国や企業、社 会人の意識改革を促すことが必要であり、山本眞一(山本 2013:274-277)も新卒定期採 用や学位の国際的通用性などの社会的要因を指摘している。それを改善する方策として、大 学や専門職能団体などが改善・実行する主体としての役割を担い、それらの協力態勢を構築 することが必要である。 なお、文部科学省では社会人の受け入れを推進する様々な取り組みを行っている。具体的 には、社会人特別選抜入試、長期履修学生制度、大学院修士課程における短期・長期在学 コース、夜間開講制、サテライト教室の活用、専門職大学院、公開講座、科目等履修生制 度、履修証明制度、通信制大学・大学院などである。このように、形式的には大学の機能を 広く活用する仕組みを構築しているが、これらの取り組みのうち、社会人特別選抜や社会人 以外の既存の履修学生も対象にできる長期履修学生制度、大学院修士課程の短期・長期在学 コースについては、各大学ともに制度は整いつつあるが、実際の社会人の学習においては、 根本的な軽減がなされているとはいえない。また、高度専門職業人養成に特化した専門職大 学院やサテライト教室については、大学が設置している専門領域の構成や立地の違い、また 財政的な面での負担が大きく、物的・人的な問題も混在している。ただし、大学の公開講 座、科目等履修生制度や資格取得支援制度、通信制大学・大学院については、社会人のニー ズが高く、さらに詳しい調査を行い、実行していく必要があると考えられる。 3 .美術系大学の現状 ここでは、本稿の主題である美術系大学において、社会人の受け入れや社会人教育の方策 は成立するのかを、歴史的背景や学習ニーズ、社会整備、志願者動向の観点から論証し、現 状を明らかにする。 ( 1 ) 美術系大学の定義・概要 美術系の大学は、美術分野の教育を行うことを目的とした大学であり、略して「美大」と 呼称され、大きくわけて、美術系、平面デザイン系、立体デザイン系、映像系、プロデュー ス系などの系統を学修2 )することができる。 美術系大学の定義は、学校基本調査-学科系統分類表によれば、大分類では芸術、中分類 では美術関係・デザイン関係・音楽関係・その他の 4 つに分類されており、音楽関係を除い た分野となる。また現在、全国には国公私立大学が780校以上設置されており、美術系の分

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野を設置している大学は、コース制といった教育内容を含めれば一般的に約200校程度設置 されていると言われている。そこで本稿では、学部・学科・専攻に美術分野を設置している 大学を「美術系大学」と総称し、美術系大学における社会人教育の現状と課題について論証 していくことにする。 なお、我が国の美術学校は、1880年に設立した京都府画学校や、美術の専門学校として 1887年に官立の美術学校である東京美術学校が設立されたことから始まり、後に国立学校設 置法の公布・施行により、1949年に東京藝術大学が創立した。東京藝術大学の存在は、今 尚、国公私立大学にとって音楽分野を含む芸術大学の最高峰の象徴・権威として影響を及ぼ しており、一般的に「藝大」と呼称されている。また、公立大学法人の大学として、地方で は、金沢美術工芸大学、愛知県立芸術大学、京都市立芸術大学、沖縄県立芸術大学が君臨し ており、これらの国公立 5 校を総称して「国公立五芸大」と呼称されている。 私立大学においては、近年は全国各地に美術分野を有する大学が増加してきているが、歴 史的に中心的な役割を果たしてきたのが、首都圏を中心とする女子美術大学、武蔵野美術大 学、多摩美術大学、東京造形大学の「東京四美術大学」である。これらの始まりは、1900年 に女子高等教育の必要性を掲げて創立した女子美術学校であり、1949年に現在の女子美術大 学となった。武蔵野美術大学は、1929年に帝国美術学校を創立し、1962年に開学した。その 間、1935年に帝国美術学校は分裂、多摩帝国美術学校を創立し、この学校が1953年に多摩美 術大学として開学した。東京造形大学は、女子美術学校を卒業した桑澤洋子が、1954年に創 立したデザインの名称を初めて冠した学校である桑沢デザイン研究所を母体として、1966年 に開学した。「造形」と冠した大学は、現在では全国に広まりをみせて設置されているが、 同大学はこの名称を初めて冠し、造形の思想を広めた大学としても影響を与えた。そのほ か、1949年に芸術学部を設置した日本大学を加えた私立 5 校を、現在では総称して「東京五 美大」と呼称されている。近畿圏では、私立の大阪芸術大学、京都精華大学、京都造形芸術 大学、京都嵯峨芸術大学、成安造形大学などが設置されている。このほか、全国各地には美 術系の学部・学科を設置している総合大学もあり、古い歴史を持つ大学もあれば、新興大学 もある。いずれにせよ、各大学ともに建学の精神や教育の理念に基づき、今後の発展を予見 できるような創造性豊かな教育目標を掲げ、今後の美術系大学の発展に資するものとなって いる。 ( 2 ) 生涯学習体系における美術系大学の位置付け 我が国では前述のとおり、少子高齢化社会へと向かっており、これにより社会経済に大き な影響を及ぼすことが推測されている。一方で、社会人が学び直しの機会を求めていること や学習需要の増大により、学習要求は多様化・高度化している。このような状況において、 人々への生涯学習の提供は、青少年の健全育成、高齢者の社会参加など社会全体に対しても 有意義なものであり、これらの要求に応えるための生涯学習の推進は不可欠である。そのた めに、生涯学習は公民館事業や民間企業のカルチャーセンターなどにおいて数多く実施して いる。しかし、近年では地方自治体が設置した公共施設の老朽化や、その地域で開設してい

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る講座以上の専門的な学習内容を求める人々も増加しているが、地域には物的・人的な制約 や財政的な問題などがあり、新たな専門分野の講座を開設することは困難な状況にも置かれ ている。 これらを克服する一方策として、広域的な教育開発も必要であり、それを行うには公共性 の高い大学との連携が必要であると考えられる。特に物的資源としての大学施設の活用だけ でなく、大学には教育・研究機能を果たす上で人的資源も豊富であり、各分野の専門家であ る教員は専門的な知識・技術や幅広い柔軟な発想を有しているため、学習意欲の向上にも繋 がる。また、公民館やカルチャーセンターなどによる講座では、学習レベルの違いや大学固 有の制度でもある学位を取得することができないという違いもある。本稿の主題である美術 分野においては、特に生涯学習に関する需要や各関係機関からの期待が高まっていると言わ れている。これは美術教育を受ける際には演習・実習の授業を伴うことが多く、制作スペー スや施設・設備を有する必要があり、少人数制の実技指導も求められることから、他の学問 分野と比べても様々な役割を有した複合機能としても成り得るためである。しかし、美術分 野に特化した詳細な調査などが未だに行われていないという問題点もある。 ( 3 ) 美術系大学の志願者・入学者動向 学校基本調査によると、我が国の大学の入学者数は、2013年度は614,183人であり、美術 分野はそのうちの13,227人(2.2%)である。また、美術系大学の社会人入試においては、人 文・社会科学系の総合大学などに比べて実施している大学は少なく、志願者も極めて少ない ことがわかっている。なお、夜間大学においては、1989年に多摩美術大学美術学部二部 (1999年から造形表現学部に改組)が美術系での大学で夜間に行う唯一の学部として開設し ていたが、2014年に学生募集を停止している。加えて、サテライト教室においては、首都圏 の美術系大学では、東京造形大学が姉妹校である専門学校桑沢デザイン研究所(東京都渋谷 区)内に設置しているが、就職活動セミナーの開催や一部のゼミナールの開講などに留ま り、主要な授業は行われていない。また、武蔵野美術大学では、ミッドタウンタワー(東京 都港区) 5 階にデザイン・ラウンジを設置し、様々なイベントを開催しているほか、女子美 術大学や多摩美術大学においても、学外に美術館やギャラリーを設けており、学生などの制 作の発表の場としては機能している。しかし、美術系の教育の特質から実際の授業には設備 や機材などが必要であり、ただ単に教室があれば授業が行えるものではないため、サテライ ト教室での通常授業の実施は困難であるものといえる。 大学院(修士課程)の学生数は、2013年度は162,693人であり、美術分野ではそのうちの 2,941人(1.8%)である。しかし、主な首都圏の美術系大学大学院の志願者状況は、各大学 院により増減は見られるが、入学定員を超える志願者と高い志願倍率を維持していることが わかっており、これらの大学院においては社会からの学修ニーズが高いことがわかる。 次に、2013年度学校基本調査の大学院(修士課程)年齢別入学者数を見てみると、全体の 入学者は73,353人であるが、そのうち、25歳以上の入学者は全体の17.8%(13,023人)、社会 人学生は10.7%(7,835人)、留学生は10.6%(7,767人)であり、社会人学生は全体の 1 割程

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度に留まっている。なお、2003年度から創設された専門職大学院は、ビジネス、会計、法科 大学院、教職大学院を中心に開設しており、美術系においては、2004年に開設した株式会社 立のデジタルハリウッド大学大学院及び2006年に開設した文化ファッション大学院大学の 2 校のみである。また、長期履修制度や大学院修士課程における短期在学・長期在学コースな どの制度を設けている美術系大学は少なく、これらの設置状況からも人文・社会科学系の総 合大学などに比べて社会人教育が実施し難いという現状が明らかになっている。一方で、外 国人の学生数について詳しく見てみると、2010年度は40,875人、2013年度は41,821人であり、 2.3ポイント増加している。芸術分野で見てみると、2010年度は710人、2013年度は833人で あり、17.3ポイント増加し、他の学問分野よりも増加傾向が顕著である。これは、特に中国 においては留学生の送り出しを重視していることや、我が国においても近年の様々なグロー バル戦略などが相まって、特にアジア地域からの留学生志願者が増加しているものと考えら れる。 最後に、通信制大学についてであるが、正規の課程(科目等履修生、聴講生、特修生を除 く)に在籍する者は169,643人であり、そのうち有職者(教員、公務員、会社員、自営業等) は78,701人(46.4%)である。美術分野に在籍する者は9,982人であり、そのうち有職者は 4,798人(48.1%)であり、それほど全体数との違いはないが、半数程度が社会人学生であ る。同様に、通信制大学院(修士課程)においては、正規の課程に在籍する者は3,223人で あり、そのうち有職者は2,494人(77.4%)である。美術分野に在籍する者は184人であり、 そのうち有職者は101人(55.9%)であることから、通信制大学院入学者の多くも社会人で あることがわかる。 ( 4 ) 美術系大学の役割 前述のとおり、大学全体の入学者数は、現状のままでは学生確保のために教育対象を拡げ ざるを得ないため、社会人や留学生といった新たな学生層の確保が重要となってきている。 また、美術系大学では、さらに大学で実施する生涯学習等を通じて、美術分野に対する関心 や大学へ足を運ぶといった意識を高め、若年層から中高年齢層までが大学で学修できる教育 システムや新たな学生募集戦略を構築することもできる。特に近年、社会や経済状況の著し い変化に伴い、スキルアップや各種資格取得を目指す社会人、より高度な学習を希望する中 高齢者層といった新たなニーズが拡大し、学び直しの機会の充実やリカレント教育のニーズ が高まっており、生涯学習社会が到来してきている。 このように、社会人教育も積極的に行うことで、大学は物的・人的資源を有した教育・研 究機能と社会貢献機能も有した複合施設として有効活用することができる。特に美術系の学 習においては、施設・設備を有することが必須であることから、美術系大学の機能の開放 は、生涯学習機関としての役割として極めて重要なのである。 そこで次に、多くの美術系大学の物的・人的資源などから推測できる実現可能性が高い社 会人受け入れ制度と生涯学習機能について、文部科学省の社会人の受け入れを推進する取り 組みの中から、特にこれまで述べてきた調査結果から明らかになった社会人教育の抜本的な

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制度と考えられる、大学公開講座、科目等履修生制度、資格取得支援制度、通信制大学・大 学院を取り上げ、美術系大学の大学案内、学生募集要項などの資料や聞き取り調査などをも とに事例研究を行い、美術系大学における社会人教育の現状と課題について論証することに する。 4 .美術系大学における社会人教育の事例 ( 1 ) 公開講座・科目等履修生制度(A大学の事例) A大学が運営するこの講座は、隔週開講・全 5 回・ 3 カ月を基本に、仕事や家庭などの生 活リズムに合わせて午前・午後・夜間の 3 つの時間帯で選べる講座や週末 2 日間の短期集 中、現地に赴き体験する講座も開講している。また、生涯学習としての位置付けが強いた め、大学の授業が行われていない空き時間の開講が中心である。講座の難易度は、初級・中 級・全対象の 3 つのクラスに分類しており、自身のレベルに合った講座を選択することがで きるように配慮されている。各講座の講師は、教授陣だけではなく、各分野の第一線で活躍 するプロフェッショナルで多彩な講師を招聘し、資格取得などを目指せる実践的な教育も 行っている。受講資格は、15歳以上であれば学歴などの制約や選抜試験もなく受講できる。 また、通信制大学との単位連携も行っていることから、単位認定を行う対象講座を受講する 際には、科目等履修生として受講し、単位を認定することもできる。受講料は、隔週全 5 回 の授業の場合、講義系(120分× 5 回)は20,000円、演習系(180分× 5 回)は38,000円であ り、集中 2 日間の授業の場合、講義系(90分× 7 講時)は16,000円、演習系(90分×10講時) は30,000円である。ただし、 4 講座以上を一括で申し込んだ場合などには、受講料を10%減 免する割引制度がある。 地域別3 )・職業別・年齢別・男女別受講者数は、表 1 〜 3 のとおりである。地域別データ を見てみると、立地自体は東京の中心地にあるため、関東や近畿を中心に受講生を多く集め ているが、他の地域からも受講者が在籍していることから、好立地により全国各地から受講 生を集めていることがわかる。年齢別データからは、60歳以上の受講者数が多いが、その他 の年代においても多くの受講生を集めている。男女別や職業別データでは、主婦層や無職、 定年後といった生涯学習を目的とする者が多いが、会社員や自営業といった有職者層も 4 割 程度を占めている。このように、美術系大学の公開講座・科目等履修生制度は、美術分野の 学習ニーズや社会からの要請が高く、また生涯学習としての位置付けだけではなく、社会人 が現職でのスキルをさらに磨くために学び直しを行っていることもわかる。

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表 1  地域別受講者数(2013年度) 表 2  職業別受講者数(2013年度) 地域別 受講者数(人) 相対度数(%) 職業別 受講者数(人) 相対度数(%) 北海道 17 0.3 会社員 1,446 29.5 東北 51 1.0 自営業 585 11.9 関東 3,084 63.0 公務員 97 2.0 中部 338 6.9 教員 52 1.1 近畿 1,253 25.6 作家・アーティスト 60 1.2 中国 62 1.3 主婦 992 20.2 四国 26 0.5 定年後 342 7.0 九州・沖縄 68 1.4 無職 330 6.7 その他 0 0.0 その他 995 20.3 計 4,899 100.0 計 4,899 100.0 表 3  年齢別・男女別受講者数(2013年度) 年齢別 受講者数(人) 男女別(人) 相対度数(%) 男 女 15歳以上20歳未満 36 17 19 0.7 20歳代 446 111 335 9.1 30歳代 821 277 544 16.8 40歳代 913 275 638 18.6 50歳代 956 155 801 19.5 60歳代 1,194 303 891 24.4 70歳以上 533 179 354 10.9 計 4,899 1,317 3,582 100.0 出典)表中のデータは聞き取り調査により著者作成 ( 2 ) 資格取得支援制度(学芸員〔B大学の事例〕) 美術系大学で取得できる免許・資格は、中学校教諭一種免許状(美術)・高等学校教諭一 種免許状(美術・工芸・情報)といった教員免許状や、学芸員、建築士などの資格、在学中 の試験対策講座としては、インテリアプランナー、色彩検定、Adobe 認定エキスパート (ACE)、Webクリエイター能力認定試験などがある。しかし、これらは学士課程教育の 4 年間のカリキュラムやキャリア教育のプログラムに組み込まれていることが多く、相当数の 単位や講座を修得しないと取得することは難しい。そこで、ここでは社会人でも技能を習得 することで取得が可能な学芸員資格の事例を考察する。 B大学では、主に人文系博物館及び美術館の学芸員として必要な知識や技能を養成する博 物館学芸員資格課程(科目等履修生)制度を設けており、美術系大学ならではの本物に触れ る実習により、実践力と芸術性を有する人材の育成を行っている。募集定員は100名で、修

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業年限は最短で 9 カ月、標準で 1 年間、学費は450,480円である。なお、厚生労働省が実施 している教育訓練給付制度の指定講座であるため、一定の条件を満たしている学生は、講座 を受講し修了すると学費等の合計額の20%相当額(上限100,000円)が教育訓練給付金とし て支給される。カリキュラムは、自宅で学習するWeb科目( 9 科目)と、キャンパスなど で授業・実習を行うスクーリング科目( 3 科目:計11日間)から成り、合計21単位の修得を もって課程を修了(資格取得)となる。 地域別・職業別・年齢別・男女別受講者数は、表 4 〜 6 のとおりである。地域別データで は、キャンパスが所在する近畿や関東を中心に受講生を多く集めている。職業別や年齢別・ 男女別データからは、60歳以上の受講者よりも有職者の女性の割合が高いことがわかる。こ れは、職業上、学芸員の知識が必要なことや、社会人がスキルアップやキャリアアップのた めに学び直しを行っているためである。 表 4  地域別受講者数(2013年度) 表 5  職業別受講者数(2013年度) 地域別 受講者数(人) 相対度数(%) 職業別 受講者数(人) 相対度数(%) 北海道 2 2.1 会社員 43 45.3 東北 2 2.1 自営業 7 7.4 関東 35 36.8 公務員 8 8.4 中部 18 18.9 教員 7 7.4 近畿 29 30.5 作家・アーティスト 1 1.1 中国 4 4.2 主婦 1 1.1 四国 1 1.1 無職 18 18.9 九州・沖縄 4 4.2 その他 10 10.5 その他 0 0.0 計 95 100.0 計 95 100.0 表 6  年齢別・男女別受講者数(2013年度) 年齢別 受講者数(人) 男女別(人) 相対度数(%) 男 女 16歳以上20歳未満 0 0 0 0.0 20歳代 29 6 23 30.5 30歳代 32 9 23 33.7 40歳代 17 8 9 17.9 50歳代 10 4 6 10.5 60歳代 5 4 1 5.3 70歳以上 2 2 0 2.1 計 95 33 62 100.0 出典)表中のデータは聞き取り調査により著者作成

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( 3 ) 通信制大学・大学院 通信制大学・大学院は、2015年度現在、46大学、27大学院が実施しており、全国で約25万 人がそれぞれの学習機会に合わせて学んでいる。なお、表 7 のとおり、美術系の通信制大学 は、京都造形芸術大学、大阪芸術大学、武蔵野美術大学の 3 大学で、通信制大学院は、東亜 大学大学院、倉敷芸術科学大学大学院、京都造形芸術大学大学院の 3 大学院で設置され、 様々な教育内容・方法の特色を有しているが、ここではその説明を省略し、表 8 〜12のとお り、通信制大学は 3 大学、通信制大学院は 2 大学院合計の入学別・最終学歴別・年齢別・男 女別・地域別・職業別在学生数について考察を行う。 通信制大学の入学別データでは、 1 年次入学者よりも編入学者の方が多く、特に美術系大 学では取得できる資格は少ないが、学芸員資格を取得するために編入学や科目等履修生制度 を利用する者が多いことがわかる。また、通信教育部の在学年数を満了して中退した者が 4 年次に再入学する者もいる。表には示していないが、京都造形芸術大学では、2013年にイン ターネットやスマートフォンでの授業の修得のみで卒業ができ、他に比べて安価な学費でも ある学科も開設し、入学者を増やしている。地域別データでは、人口が多く、大学自体の 表 7  美術系通信制大学・大学院の比較(美術系学科のみ) 〔2013年度〕 区分 大学・大学院名 開設年度 通信教育課程の構成 学位 学部 京都造形芸術大学 1998年 芸術学部( 4 学科) 学士(芸術) 大阪芸術大学 2001年 芸術学部( 6 学科) 学士(芸術) 武蔵野美術大学 2002年 造形学部( 4 学科) 学士(造形) 大学院 東亜大学大学院 2000年 総合学術研究科 デザイン専攻 修士(芸術) 倉敷芸術科学大学大学院 2002年 芸術研究科美術専攻 修士(芸術) 京都造形芸術大学大学院 2007年 芸術研究科芸術環境専攻 修士(芸術)又は(学術) 表 8 美術系通信制大学の入学別 在学生数(2013年度) 表 9 美術系通信制大学の最終学歴別在学生数(2013年度) 入学別 在学生数(人) 相対度数(%) 最終学歴別 在学生数(人) 相対度数(%) 1 年次入学 2,610 37.2 高校卒(高卒認定・その他含む) 2,354 35.9 2 年次編入 1,205 17.2 高専・専修学校卒 563 8.6 3 年次編入 2,670 38.0 短大卒 679 10.4 4 年次再入学 60 0.9 大学卒 2,167 33.0 科目等履修生(一般) 115 1.6 大学院修了 8 0.1 科目等履修生(資格課程) 347 4.9 大学・短大・高専中退 786 12.0 科目等履修生(特修生) 16 0.2 計 6,557 100.0 計 7,023 100.0 ※科目等履修生を除く

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キャンパスを設置している関東や近畿を中心に学生を集めているが、全国各地からも在学生 を集めていることがわかる。年齢別・男女別・職業別データ、最終学歴別在学生数からは、 新高卒者は少なく、20歳代以上の者や高等教育機関での教育を経験している者が大半であ り、有職者の社会人が 4 割以上を占めている。これは、デザイン系では現職でのスキルをさ らに身に付けるために学習している者が多く、一方の美術系では、新高卒者や主婦・無職と いった生涯学習を目的とする者が多いためである。このように、美術系大学の通信教育では 多様な年齢層や社会歴を持つ者が入学してきており、生涯学習としての位置付けだけでな く、社会人が現職でのスキルをさらに磨くために学び直しも行っている。 次に通信制大学院であるが、出願資格・要件は、美術の専門性を有していることを出願要 件としている大学院や、自宅での制作活動ができることを要件として挙げている大学院もあ 表10 年齢別・男女別在学生数(2013年度) ※科目等履修生を除く 年齢別 学 部 大学院 在学生数 (人) 相対度数(%) 在学生数(人) 相対度数(%) 20歳未満 175 52 123 2.6 - - - - 20歳代 1,573 510 1,063 23.6 17 4 13 9.6 30歳代 1,697 626 1,071 25.5 30 15 15 16.9 40歳代 1,318 451 867 19.8 41 13 28 23.0 50歳代 820 234 586 12.3 33 10 23 18.5 60歳代 873 343 530 13.1 42 19 23 23.6 70歳代 205 82 123 3.1 15 6 9 8.4 計 6,661 2,298 4,363 100.0 178 67 111 100.0 表11 地域別在学生数(2013年度) ※科目等履修生を除く 地域別 学 部 大学院 在学生数 (人) 相対度数(%) 在学生数(人) 相対度数(%) 北海道 116 1.7 3 1.7 東北 180 2.7 1 0.6 関東 2,912 43.7 76 42.7 中部 781 11.7 30 16.8 近畿 2,012 30.2 60 33.7 中国 232 3.5 5 2.8 四国 121 1.8 1 0.6 九州・沖縄 306 4.6 2 1.1 その他 1 0.0 0 0.0 計 6,661 100.0 178 100.0

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り、高度な学習内容となるように募集の段階で制限をしている。また、社会人が限られた時 間の中で学習が進められるように教員が添削指導を行うテキスト科目と、土・日曜・祝日に 行うスクーリング科目を組み合わせたカリキュラムを用意している場合が多く、各自がそれ ぞれのペースで研究・制作を深めていくことができるように配慮されている。さらに、通学 課程に比べて学費が比較的安価であることや、勤労学生は所得控除を受けられたり、厚生労 働省が実施している教育訓練給付制度の指定講座にもなっている場合がある。地域別データ では、関東や近畿、中部を中心に学生を集めているが、その中でも関東の在学生が多いこと がわかる。これは、京都造形芸術大学大学院では東京にもキャンパスを設置していること や、芸術と文化の歴史を持つ“京都”で学びたいという者が多いこと、また美術系の通信制 大学院が関東には設置されていないため、学習の機会を求めて近畿の大学に在学しているた めである。職業別・年齢別データからは、会社員や自営業、教員といった有職者の社会人だ けでなく、主婦や無職、定年後といった層も在学し、多様な社会歴を持つ者が在学してい る。これは、デザイン系では、学習内容を仕事に活かしたり、社会人のキャリアアップのた めに学び直しを行う社会人が多く、一方で、美術系では、生涯学習として学ぶ学生が多い。 また、教授陣には、各分野の第一線で活躍する指導教員が担当しており、指導を求めて入学 してくる社会人も多い。なお、通学課程の大学学部生が大学院へ進学する際は、多くの学生 が通学課程の大学院へ進学しており、通学と通信の棲み分けもできている。このように、通 学制の大学院では学士課程の延長上としての教育・研究機関の位置付けが強いが、通信制は 社会人大学院の一形態としての位置付けが強く、教員の知名度と実力により学生が集まり、 研究指導の方法にも特色が表れている。 以上のとおり、通信制大学では、通学課程の役割とは違い、生涯学習の浸透や社会人の学 表12 職業別在学生数(2013年度) ※科目等履修生を除く 職業別 学部 大学院 在学生数 (人) 相対度数(%) 在学生数(人) 相対度数(%) 会社員 2,263 34.0 42 23.6 自営業 564 8.5 29 16.3 公務員 238 3.6 10 5.6 教員 153 2.3 12 6.7 作家・アーティスト 63 0.9 4 2.3 アルバイト・パート・無職 1,863 28.0 34 19.1 主婦 613 9.2 18 10.1 定年後 270 4.1 14 7.9 その他 634 9.5 15 8.4 計 6,661 100.0 178 100.0 出典)表中のデータは各大学の大学案内・学生募集要項及び聞き取り調査により著者作成

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習意欲の増大、IT化の進展と規制緩和等も後押しし、様々な要因で通学課程の大学で学ぶ ことが困難な学生の教育機関や生涯学習としての位置付けだけでなく、社会人がスキルアッ プを目指したい、芸術で社会に貢献したいなど、現職でのスキルをさらに磨くための社会人 の再教育機関へと移り変わっている。また、前述したとおり、社会人の通信教育に対する学 習者の期待が高いことが分かっており、今後もますます需要が高まるものと推測できる。 また、通信制大学院では、学士課程の通信教育と同様に、多様な年齢層の生涯学習として の位置付けだけでなく、社会人のキャリアアップや、より高度な内容を学びたい者への教育 機会を提供する手段ともなっている。付け加えて、前述した教育機関の選択において重視す る点は、カリキュラムが魅力的であることを第一に挙げており、社会人に対しては通信教育 の特色でもある自由な時間に学習できることや通学課程に比べて学費が安価なこと、教員の 知名度などが有効であることもこの事例研究から明らかとなった。よって、これが美術系通 信制大学院での入学者にも反映していることが本稿により実証することができた。 4 .社会人教育機関としての美術系大学の役割 本稿での結果は一考察に過ぎないが、社会人に対して美術系大学に求められている役割と して、生涯学習としての位置付けだけではなく、社会人が現職でのスキルをさらに磨くため に学び直しを行うことも求められていることが明らかになった。また、美術系大学の学習費 用はやや高めではあるが、全国から受講生や在学生を多く集めており、美術系の学習ニーズ や社会からの要請も高いことがわかった。 なお、公開講座については、2007年に創設された履修証明制度だけではなく、インター ネットで授業を無料配信する教育サービスMOOC(MassiveOpenOnlineCourse)も本格 化してきている。これにより、大学が保有している教育資源を一般社会に公開することがで き、社会人にとっては自身の都合の良い時間に講義が受けられるというメリットや、この授 業を受講することで優秀な学生を発掘することもできる。また、これにより国内の広報活動 に留まらず世界をターゲットにすることも可能である。特に、我が国の文化は、歴史的にも 外国文化の要素を吸収しつつ、独自の文化として発達し、彫刻や絵画、陶磁器、建築物など 様々な種類の美術作品を継承している。そして近年では、アニメ-ション分野が世界の先駆 けとして発達するとともに、現代美術なども諸外国と競うほどの影響力を持っている。この ような分野や自校の教育の質を世界に発信することで、国際的な信頼性の向上や大学のイ メージ戦略に繋がり、国内外に対して新たな学生募集戦略を策定することも可能である。 また、資格取得支援制度や通信制大学・大学院では、有職者である社会人がスキルアップ やキャリアアップのための再教育機関へと移り変わっていることや、通学課程の役割とは違 い、多様な年齢層の生涯学習としての位置付けであることが明らかになった。特に、社会人 の通信教育に対する学習者の期待が高いことから、今後もますます需要が高まるものと期待 できる。 こうして、美術系大学は、社会人からの学習ニーズが高く、様々な方法で多くの社会人に

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学びの機会を提供することも可能であるため、それに応える義務や役割も負っているものと いえる。 5 .おわりに 美術分野は、これまで人々の創造性を育むと同時に個性を尊重し、心豊かな活力ある社会 を形成する役割として果たしてきた。しかし、現代社会においては様々な社会問題が顕在化 してきており、調和のとれた人間を形成するためには、美術分野がこの問題を解決する役割 としても期待できる。よって、生涯学習体系における美術系大学は、美術分野の人材育成を 行う最高学府としてさらに充実されるべきであり、この分野から社会を構築する人材育成に 力を入れることは必須なのである。 この教育をさらに推し進めるためには、学習者のニーズを把握し、社会人の学習者に対し て刺激を与え、生涯を通じて大学で学べる環境づくりとしての社会人受け入れのための制度 と、職業に関する学び直しの機会の更なる充実も必要である。そして、専門職能団体などと も連携して教育内容を構築し、専門的職業人として相応しい人材像も提示することで社会人 の学習成果の評価と社会的通用性も向上することができ、雇用市場でも社会人の学習成果が 評価されるものと考えられる。 本稿では、生涯学習体系への移行に伴い、学習の需要が高まってきている美術系の社会人 教育と美術系大学の事例研究を中心とした調査を行い、それらの現状と課題について論証し た。美術系大学の一考察には過ぎなかったが、美術系全体に関しては同様のことがいえるも のと考えられる。ただし、他の学問分野や大学が保有している教育資源により傾向の違いが あることも推測できることから、今後は学問分野別や規模別の調査などが必要であると考え られるが、これらの課題は後に譲ることとし、本稿はここで終えることにする。 1 )「社会人」の定義は、学校基本調査「仕事に就いている者、企業等を退職した者、主婦なども含む。」に したがう。 2 )大学の単位を修得できる制度は「学修」、それ以外の制度や通信教育は「学習」に統一して表記する。 3 )地域別の分類は、「八地方区分」により行う。 引用(参考)文献 大阪芸術大学,2014,『大阪芸術大学通信教育部 大学案内・学生募集要項』 春日明夫・小林貴史,2010,『桑沢学園と造形教育運動-普通教育における造形ムーブメントの変遷』桑沢文 庫. 京都造形芸術大学,2014,『京都造形芸術大学通信教育部 大学案内・学生募集要項』 京都造形芸術大学,2014,『京都造形芸術大学通信制大学院 大学院案内・学生募集要項』 倉敷芸術科学大学,2014,『倉敷芸術科学大学大学院通信制修士課程案内2015』 公益財団法人文教協会,2014,『平成26年度 全国大学一覧』 職業能力開発総合大学校 能力開発研究センター,2005,『調査報告書No.128』職業能力開発総合大学校.

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東亜大学,2014,『東亜大学通信制大学院 大学院案内・学生募集要項』 東京大学大学院教育学研究科 大学経営・政策研究センター,2010,『大学教育に関する職業人調査 第 1 次 報告書』東京大学. 武蔵野美術大学,2014,『武蔵野美術大学通信教育課程 大学案内・学生募集要項』 武蔵野美術大学80周年記念誌編集委員会編,2009,『武蔵野美術大学のあゆみ1929-2009』武蔵野美術大学出 版局. 文部科学省,2005,『学習活動の促進に関する実態調査』 文部科学省,2010,『文部科学白書2010』 文部科学省,2011,『社会教育調査』 文部科学省,1998-2015,『学校基本調査(平成10〜27年度)』 山本眞一,2013,『質保証時代の高等教育(上)経営・政策編』ジアース教育新社.

表 1  地域別受講者数 (2013年度) 表 2  職業別受講者数 (2013年度) 地域別 受講者数 (人) 相対度数(%) 職業別 受講者数(人) 相対度数(%) 北海道 17 0.3 会社員 1,446 29.5 東北 51 1.0 自営業 585 11.9 関東 3,084 63.0 公務員 97 2.0 中部 338 6.9 教員 52 1.1 近畿 1,253 25.6 作家・アーティスト 60 1.2 中国 62 1.3 主婦 992 20.2 四国 26 0.5 定年後 342 7.0 九

参照

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