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危機時における災害廃棄物をめぐる現状と課題 : 茨城県常総市役所でのヒアリング調査を中心に

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札幌大学総合論叢 第 46 号(2018 年 10 月)

〈論文〉

危機時における災害廃棄物をめぐる現状と課題

─ 茨城県常総市役所でのヒアリング調査を中心に ─

浅 野 一 弘

Ⅰ 問題の所在̶̶宮城県庁の事例̶̶

2011 年 3 月 11 日の東日本大震災を経験した宮城県では,「発災後数日間」は,「組織体 制の確保」や「災害廃棄物発生量・処理対象量の推計」,さらには,「基本方針・処理実行 計画の策定」におわれたようである。そうした「初動期」をへて,発災後「3 週間程度」 までの「応急対応期(前半)」に入ると,「し尿処理への対応」「冷凍水産物など腐敗性廃 棄物への対応」「二次仮置き場の確保」に対応することとなった。その後の「応急対応期(後 半)【∼二次仮置き場の整備完了(平成 24 年夏頃)まで】」には,「市町と宮城県との事務 の受委託」「財源・国庫補助制度の活用」「発注・契約の事務」「二次仮置き場と一次仮置 き場との連携」「広域処理の実施」「放射性物質への対応」などに,災害廃棄物処理業務の 力点が移っていったのである。さらに,「復旧・復興期【∼処理終了まで】」では,「法制度」「処 理方法の検討」「環境モニタリングの実施」「処理困難物への対応」「市町村との連携」「ブロッ ク間の連携」「民間事業者との連携」「再生資材化への対応」「地域経済への貢献」「処理コ ストの考察」「原状復旧への対応」が中心課題となっていった1)。なかでも,「処理困難物 への対応」をめぐっては,「ほかにも危険物はあった」ものの,とりわけ,「漁網の処理が 苦労した」という2)。結局,「宮城県全体の災害廃棄物処理量 1,951 万トンのうち,宮城 県が受託し処理した量は,972 万トン」であったそうだ。そのうちの約 88%がリサイクル にまわされたようである3)。リサイクルという点でいえば,「平成 23 ∼ 25 年度まで,沿 岸部で陸あげされたものは,県が設置した二次仮置場で放射能をチェックした」あと,「100 ベクレルあたりまでおさえてあるものをすべてリサイクル」したとのことだ4) 東日本大震災という未曾有の事態に直面した宮城県では,「大規模災害発生時における 災害廃棄物処理の在り方についての提言」をまとめている。これらは,4 つの項目にわか れて記されており,第 1 の「大規模災害に対する備え」では,「仮置き場用地の確保又は

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想定」「廃棄物処理業者が優れた能力を発揮するための支援と民間事業者及び関係団体と の連携強化」「隣県等との相互協力体制の確立と県内市町村等との連携強化」「廃棄物処理 全般に関する人材育成」が,第 2 の「災害廃棄物処理を行うに当たっての優先順位等」に おいては,「災害廃棄物処理を行うに当たっての優先順位(①発生量推計,②最終処分場 の確保,③減量化・資源化の推進)」「処理対象量推計の精度向上と処理実行計画の不断の 見直し」「処理技術の多様性の確保」が,さらに,第 3 の「法制度の見直し」で,「廃棄 物処理法の各種手続の緩和と特例措置」「私有財産の取扱いの整理」があつかわれている。 最後の「財源や各種事業体制の弾力化・一元化」のなかでは,「補助制度に代わる交付金 制度の創設」「補助制度を維持する場合の被害程度に応じた段階的な財政措置の事前設定」 「復興事業を見据えた財政措置の弾力的運用」「国家存亡の危機の際,全ての復旧・復興事 業を一元化する専門機関の設置」が提言内容としてもりこまれている5)。とくに,3 番目 の枠組みの「法制度の見直し」のなかの「廃棄物処理法の各種手続の緩和と特例措置」に ついて,東日本大震災時に ,「処理施設を設置する際,環境アセスをしたうえで,1 年間 というのがあるが,特例をだした。特例の届出としては,法制度の見直しがなされている」と, 宮城県庁の担当者が強調していたことが記憶に鮮明にのこっている。さらに,「環境省の 漂着ごみの分類」について,「ボランティアさんがあつめたものは,一般廃棄物」となるが, 「漁網は産廃として処理できるようにしてもらいたい」という声が,「2,3 の市町村から」 よせられたようであった。「なまりがついているので,ばらさないといけない」からとい うのが,その理由であったそうだ6) いうまでもないことであるが,これらは,東日本大震災の経験をもとにしてみちびきだ されたもので,まさに,“いきた”教訓といえる。なお,宮城県では,「東日本大震災に係 る災害廃棄物処理業務総括検討報告書」を作成しているが,きわめて示唆にとむ内容となっ ている7)。なかでも,「し尿処理については,災害に備えた業界団体との事前連携が有効 であるほか,通常の災害であれば,災害発生地の周辺地域がバックアップ機能を果たすも のの,県下一斉に機能停止状態に陥るような大規模災害時には,他県(特に隣県)の支援 がなければ,し尿処理自体がたち行かない状況になると言える」との指摘は,重要である8) というのは,「災害のごみでし尿処理を忘れがち」になるからだ9)。現に,「われわれ,災 害廃棄物を大きく考えていたが,し尿や生活ごみが初動では大切」とする,環境省職員の ことばも重要である10)。その意味において,「災害廃棄物の処理にあたり,様々な法令や 具体的な処理事例の情報把握が必要となることから,最新の法令改正を把握するとととも に,過去の災害事例での対応状況なども把握しておくことが重要である」が,同時に,「万 が一災害が発生した時,災害現場に職員を派遣し,実際に災害廃棄物処理の現場に立ち,

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被災自治体を全力で支援することが,当該団体における災害廃棄物処理対応力向上への最 短距離である」といういい方もできるのだ11) また,災害廃棄物の処理の完了まで,「環境省が 3 年と示したので,他県でも処理した」 うえに,「沿岸市町村が事務の処理能力がないので,宮城県が請けおった」にもかかわら ず12),前出の報告書には,「市町村は,大規模災害であっても災害廃棄物処理は市町村の 責務であることをあらためて認識し,初動から自らが行うことのできる最大限の取組を実 施すべきである。一方,県は廃棄物処理を所掌事務としておらず,市町村に比べマンパワー があったとしても,発災初期の対応速度は市町村に劣る。このため特に大規模災害時の初 動対応は,市町村の重要な役割である」との記述がある13)。だが,熊本地震(2016 年 4 月) を経験した熊本県庁の担当者は,「廃棄物を担当するのは市町村役場で,0.5 人分しか(マ ンパワーが)ない」(カッコ内,引用者補足)ため,「県のほうで,リードしていこう」と 発言している事実は,注目にあたいする14)。災害廃棄物の処理をめぐる都道府県と市町 村との関係について,かならずしも,1 つのパターンだけがただしいというわけではない かもしれない。とはいうものの,なぜ,こうした考え方のちがいが生じたのかを検証して いくことは必要不可欠であり,そうした作業をつうじて,より有益な災害廃棄物処理体制 が構築できていくのではなかろうか。 そこで,こうした認識をふまえたうえで,本論では,まずはじめに,「災害廃棄物」と いうことばがいつごろからポピュラーとなったのかについて,新聞との関連で検討して みたい。つぎに,関東・東北豪雨の折りの鬼怒川水害(2015 年 9 月)を経験した茨城県 常総市役所でのヒアリング調査の内容を紹介する。そして,最後に,災害廃棄物に対して, 行政機関がどのような対応をとるべきかについて,簡単な私見を述べてみたい。

Ⅱ 新聞のなかの「災害廃棄物」ということば

「災害廃棄物」ということばが,いつごろから一般的にもちいられるようになってきた のかについて考えてみよう。ここでは,記事データベースをもちいて,『朝日新聞』,『毎 日新聞』,『読売新聞』の 3 紙の記事に注目する。まず,朝日新聞社の提供する「聞蔵 II ビジュ アル・フォーライブラリー」によると,『朝日新聞』の紙面に,はじめて災害廃棄物とい うワードが登場したのは,阪神・淡路大震災発生(1995 年 1 月 17 日)から 9 日後の「廃 棄物,1000 万立方メートル以上 近県で受け入れへ 阪神大震災」という記事において である15)

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阪神大震災によって破壊された道路,鉄道,ビル,一般家屋などから出るがれき などの災害廃棄物の総量は,一千万立方メートル以上にのぼる見通しであることが, 二十五日,厚生,建設,運輸各省の調査などでわかった。これは,近畿圏の廃棄物 を受け入れるために大阪湾を埋め立てている「大阪湾フェニックス計画」の受け入れ 可能容量の約三分の一に当たる。近畿圏の最終処分場の容量がひっ迫する恐れがあり, 厚生省は周辺の県などに廃棄物受け入れの要請を始めた。 警察庁の二十五日までの調べによると,震災によるビルや一般家屋などの建物の損 壊(焼失分除く)は約七万四千棟。内訳は全壊三万二千棟,半壊四万二千棟などとなっ ている。 このほか,阪神高速道路などの道路や,JR,私鉄各社の鉄道の破壊個所からもコ ンクリートや鉄筋の建設廃材が大量に出る見込みだ。倒壊していないものの,危険度 調査が進むにつれ,全面的な改築が必要になるビルも多数あるとみられ,最終的な災 害廃棄物の量は現在の推計を上回ることも予想される。 こうした災害廃棄物については主に,神戸市が内陸部に持つ二つの最終処分場のほ か,大阪湾フェニックス計画によって造られた兵庫県・尼崎沖,大阪府・泉大津沖の 両埋立処分場が受け入れを決めた。 近畿圏の自治体の出資で設立され,大阪湾の両処分場を管理している大阪湾広域臨 海環境整備センターによると,両処分場の残余容量は三千四百万立方メートル。汚水 などが漏れ出す恐れのない「安定型」部分が二千四百万立方メートル,汚水の排出処 理施設を備えた「管理型」部分が一千万立方メートルだ。 厚生省は,両処分場で最大一千五百万立方メートルまで受け入れ可能で,神戸市内 の内陸部処分場(残余容量約一千五百万立方メートル)などを合わせると,当面,震 災廃棄物の受け入れスペースはあるという。 大阪湾フェニックス計画では,安定型部分は二〇〇五年ごろまで埋め立て可能の前 提に立っていた。だが,震災廃棄物を一千五百万立方メートルまで受け入れたと仮定 すると,安定型部分は計画より早く満杯になってしまう。 もともと二〇〇〇年ごろまでしか埋め立てられない管理型部分についても,震災で 壊れた木造家屋の焼却残灰などの搬入が増えることで,予定より早く限界がくる可能 性もある。 このため,厚生省は近畿圏だけでなく,周辺の自治体にも廃棄物の受け入れを要請 している。

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つぎに,『毎日新聞』の場合も,阪神・淡路大震災を受けてのものであり,24 日の大阪 版の紙面で,災害廃棄物という単語が,初登場した。記事のタイトルは,「阪神大震災  兵庫県南部地震で町が撤去費を負担 試算では 10 億円が必要̶̶淡路島」というもので ある16) 淡路島の津名町は地震で倒壊したり,損壊した家屋を町が全面的に費用を負担し建 設業者に委託して撤去することにし,二十三日から町役場で受け付けを開始した。町 の試算では撤去費用に約十億円が必要としている。町の調べでは,全壊,半壊した家 屋が六百三十棟に上り,納屋や畜舎を合わせると損壊家屋は千棟を超すとみられる。 町は倒壊家屋を放置しておくと危険で,しかも経済的に個人では費用が出せず撤去で きない住民もいるため,町が費用を負担し撤去することにした。 国の災害救助法では災害廃棄物を処分する場合は国の二分の一の補助が出る。しか し,個人所有の損壊家屋の片付けは本来個人負担になる。損壊家屋が災害廃棄物とし て認められない場合でも,町は単独で費用を負担する考え。 最後に,『読売新聞』でも,『毎日新聞』とおなじ日に,「阪神大震災 ガレキは東京 ドーム 30 杯分 処理に 700-800 億必要」という記事が掲載され,災害廃棄物という語が, はじめて紙面に掲載された17) 五万六千棟を超す家屋の損壊や高速道路,橋などの崩壊で排出されたがれきや廃材, 壊れた家電製品など,地震による災害廃棄物は推計で千百万トン以上にのぼることが 二十三日,厚生省の試算でわかった。東京ドーム約三十杯分に相当し,処理には少な くとも七百億−八百億円が必要とみられる。周辺自治体の協力で処分場はほぼ確保し たが,各自治体とも最終処分場の残余容量がひっ迫しており,大都市を襲った地震は, ゴミ処理対策の早急な解決も迫っている。 厚生省は現地に職員を派遣し,災害廃棄物量を調査するとともに,一昨年の北海道 南西沖地震の場合,倒壊した住宅一戸当たり四十−五十トンのごみが排出された経験 などをもとに,今回の地震による災害廃棄物総量を試算した。その結果,一般家屋か らの排出総量を約百二十万トン,崩壊した工場や阪神高速道,橋などの廃棄物量につ いては一千万トンを超すと計算した。 千百二十万トンのゴミと言えば,兵庫県内で排出される産業廃棄物量の半年分。兵 庫県をはじめ,大阪,京都府など近畿圏(二府五県)の九一年度の産業廃棄物総量の

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約五分の一にあたる。 こうした膨大な廃棄物の処理費用については,大蔵省など関係省庁とも検討に入っ たが,一般家屋分が二百億−三百億円,高速道や橋脚などの大型災害廃棄物が五百億 円以上かかるとみられる。 処理費用のうち,自治体負担分を除いた国の負担は数百億円に達する見込みで,補 正予算を組まなければ対応できないという。 一方,同省は地震直後から,周辺自治体に対し,がれきなどを集める機材やごみ収 集車などの派遣を求めるとともに,焼却を含め災害廃棄物の受け入れも要請してきた。 その結果,大阪湾広域臨海環境整備センター(フェニックスセンター)が,橋脚ご と倒れた六百三十メートルにわたる阪神高速道の橋脚・けた(約九千二百立方メート ル相当)の処分受け入れを決めたほか,周辺自治体で焼却施設や埋め立て地などもほ ぼ確保できたという。 しかし,大量の災害廃棄物の埋め立て処分により近畿圏では満杯まで一般廃棄物で 七年(全国平均で七・八年),産業廃棄物で三年(全国平均一・九年)しかない最終 処分場の残余年数は,さらにひっ迫することになる。このため,同省は「新たな最終 処分場の確保など,廃棄物の処理全体を見直していく必要がでている」としている。 これら 3 紙をみてもわかるように,災害廃棄物ということばが,阪神・淡路大震災を 契機として,ポピュラーなものとなったといえる。だが,「震災直後,災害廃棄物は,一 般廃棄物か産業廃棄物かという議論があった」という。被災地である「兵庫県の解釈によ れば,性状は産業廃棄物(将来産業廃棄物として発生する予定であった物)であるが,市 長が扱う限り一般廃棄物扱いとした」ようである。もっとも,「施設設置許可の問題(都 市計画法を含む)もあって,原則的にどちらと特定せずにファジーなままで取り扱った」 との指摘もあることを紹介しておく18)

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『朝日新聞』 『毎日新聞』 『読売新聞』 1995年 34 21 30 1996年 11 8 1 1997年 5 1 1 1998年 6 9 6 1999年 6 5 2 2000年 10 7 13 2001年 7 7 5 2002年 0 0 0 2003年 3 3 3 2004年 14 14 10 2005年 8 14 12 2006年 5 8 10 2007年 16 13 7 2008年 2 8 3 2009年 6 2 7 2010年 4 0 0 2011年 120 192 183 2012年 391 600 441 2013年 96 141 88 2014年 41 72 39 2015年 51 41 60 2016年 68 55 74 2017年 42 43 33 2018年 8月31日 時点 54 42 67 合計 1000 1306 1095 表1 全国紙にみる「災害廃棄物」 もっとも,新聞では,災害廃棄物という語ではなく,「災害ごみ(ゴミ)」ということば を使用しているケースも散見される。『朝日新聞』に関しては,1998 年 9 月 29 日の高知 版の「豪雨復旧へ各地で動き 連日千トンのごみ,収集作業も急ピッチ/高知」とする記 事のなかで,はじめて,災害ごみという語がでてきている19)。また,災害ゴミについて は,「大震災の救援体験談を披露 川崎市職員ら 5 人 防災研修会/神奈川」とする 1995 年 7 月 18 日・神奈川版の紙面が,初出である20)。つぎに,『毎日新聞』の紙面にはじめ て災害ごみというワードが出現したのは,1998 年 8 月 31 日・福島版の「白河市の清掃工 場…畳,家財野ざらし̶̶ゴミ処理能力,限界を超えた/福島」という記事においてであ る21)。もう一方の災害ゴミの語は,「[記者が行く]'98 年末 高知の豪雨で職員派遣 “救 援の精神”忘れないで/阪神」というタイトルの記事(1998 年 12 月 26 日・兵庫版)の なかで,はじめて顔をだす22)。最後に,『読売新聞』であるが,災害ごみは,1999 年 7 月 7 日・広島版の「豪雨災害 いつ戻る子どもたちの笑顔 佐伯区の河内小で転校 3 人…= 広島」で23),他方の災害ゴミは,1999 年 9 月 28 日・熊北版(タイトル:「台風 18 号 知 事が『金融など被災対策』=熊本」)で,初登場している24) 最後に,災害廃棄物に関して,注意しておきたいのは,被災地の住民にとって,「ちょっ とまえまで財産だった」ものが,「仕方ないからだしてる」のであって,行政機関に対して,

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「ごみをあずかってやってるという意識がないか」との批判がでてくるというという現実 である。災害廃棄物の処理を経験した行政機関の職員は,「おあずかりする」という意識 が必要だと語っている25)。にもかかわらず,新聞の紙面では,「災害ごみ(ゴミ)」とい うことばが散見される。くり返しになるが,これらは,「さっきまでつかっていたもの」 であり,「市民の側からは,ごみといわないで」「がれきとよばないで」という「市民感情 がでてくる」という,被災自治体の首長の発言は傾聴にあたいする26) 災害ごみ 災害ゴミ 災害ごみ 災害ゴミ 災害ごみ 災害ゴミ 1995年 - 1 - - - - 1996年 - 0 - - - - 1997年 - 0 - - - - 1998年 6 1 3 1 - - 1999年 3 0 4 0 2 2 2000年 29 1 38 0 32 0 2001年 10 1 7 0 7 1 2002年 4 0 0 0 0 0 2003年 0 1 7 0 4 0 2004年 62 3 48 1 53 3 2005年 5 3 18 4 3 6 2006年 9 4 6 1 7 0 2007年 20 1 14 1 6 7 2008年 11 2 11 1 11 1 2009年 7 0 7 1 5 2 2010年 3 0 0 1 2 0 2011年 30 8 24 2 21 19 2012年 11 3 7 1 4 3 2013年 9 0 5 0 5 1 2014年 15 1 3 0 2 0 2015年 8 0 19 2 24 5 2016年 29 3 22 3 41 3 2017年 21 0 10 0 15 1 2018年 8月31日 時点 39 16 52 17 97 3 合計 331 49 305 36 341 57 『朝日新聞』 『毎日新聞』 『読売新聞』 表2 全国紙にみる「災害ごみ(ゴミ)」

Ⅲ 災害廃棄物処理をめぐる事例̶̶茨城県常総市̶̶

「台風第 18 号が平成 27 年 9 月 9 日 10 時過ぎに愛知県知多半島に上陸した後,日本海 に進み,同日 21 時に温帯低気圧に変わった。台風 18 号や台風から変わった低気圧に向かっ て南から湿った空気が流れ込んだ影響で,西日本から北日本にかけての広い範囲で大雨と なり,特に関東地方と東北地方では記録的な大雨となった」。そうしたなか,10 日に,茨 城県内にある「常総市(人口約 6 万 5 千人)では,午前 6 時 30 分から若宮戸地先など で鬼怒川左岸の溢水が始まり,12 時 50 分には三坂町で左岸が決壊し,市内が広範囲に 浸水した」27)。市の 3 分の 1 が浸水したこともあって,14 名の死者(災害関連死 12 名

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をふくむ)をだすとともに,建物の被害も 5,119 棟(全壊:53 棟,大規模半壊:1,582 棟, 半壊:3,484 棟)におよんだ。避難者は,最大で 6,223 人にもたっしたという28)。その ためであろうか,2015 年 10 月 1 日時点で,6 万 4,854 人いた人口も,「6 万人ぐらいま でに減少」したという。関係者によると,「3 日間ぐらい降りつづいているなと思っていた」 雨量は,「上流の部分でひどかった」ものの,「常総はあまり降っておらず」,事態を若干 軽視していたようだ。だが,「まさに,ハザードマップどおりに浸水」するという,最悪 の状況におちいってしまった29) 発災後,常総市では,庁議室に災害対策本部を設置した。これは,「常総市地域防災計画(平 成 25 年 3 月改訂)に定められた『災害対策本部会議』の構成員はほぼ庁議メンバーと 同一であることなどの理由から」で,「常総市では災害対策本部は庁議室に設置するのが 慣例化していた」からだ。実際,「今回の鬼怒川水害でも庁議室に災害対策本部が設置さ れ,庁議メンバーのほかには,災害対策本部の事務局として安全安心課長や,災害対策本 部での議事のホワイトボードへの板書役として複数の企画課職員が庁議室に入った。安全 安心課長は,庁議テーブルに着くのではなく,庁議室入口から右方奥,議会事務局長の後 方付近の廊下側壁際に置かれたテーブルに着席した。企画課職員は,庁議室の窓際奥,会 計責任者や秘書広聴課長の後方に置かれたホワイトボード付近に控えていた」。しかしな がら,「災害対策本部の設置場所として,この庁議室には庁舎内でのレイアウトと庁議室 内のスペースの広さの 2 点から問題があった」という。第一の「庁舎内の配置の観点では, 庁議室は,災害対策本部の事務局『統括班』の主力として重要な役割を果たすべき『安全 安心課』と物理的に隔てられ離れすぎていた」のである。具体的にいうと,「庁議室が本 庁舎 3 階西側に位置するのに対して,安全安心課は本庁舎 2 階東側にあった」のだ。「こ の位置関係により,災害対策本部の事務局・参謀機能を担うべき安全安心課で収集された 情報を災害対策本部へ報告する際,及び,災害対策本部での避難勧告・指示等の決定事項 を安全安心課へ下命する際の双方の場面において,いちいち電話連絡や伝令役の職員の往 復による口頭伝達を必要とした」。そのため,「結果的に,今回の鬼怒川水害では本庁舎 3 階の庁議室に災害対策本部が設置され,その事務局・参謀機能を担うべき安全安心課は 2 階のまま,両者が隔離した状態で対応を強いられ,両者間では電話または職員の往復によ る口頭伝達での『連絡』という行為を要した。これは労力と時間を浪費するばかりでな く,連絡内容の漏れ,取り違え,意図の誤解など情報伝達の正確性を欠くミスの温床とな り,互いの間の情報共有と意思疎通を阻害する要因になったと考えられる。また,安全安 心課長が事務局として災害対策本部の庁議室に常駐せざるを得なかったため,安全安心課 の状況掌握と課職員を直接指揮できずにいたことも災害対応上,支障要因であったと言え

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る」と,常総市水害対策検証委員会は結論づけている30)。神達岳志・常総市長の「関東・ 東北豪雨で我々は情報共有の大切さを痛感しました」ということばには,こうした反省も ふくまれているのかもしれない31)。さらに,第二の「スペースの観点では,庁議室は災 害対策本部の設置場所としてはあまりに手狭だった。地域防災計画によれば,災害対策本 部の事務局として統括班,情報班,資源管理班,庶務班が置かれることになっている。ま た,災害の応急対応にあたっては,警察,消防,自衛隊,茨城県,国土交通省等の関係各 機関との情報共有に基づき,密接な連携が求められる。そのため本来であれば,災害対策 本部会議に事務局機能を担う職員や関係各機関からの連絡要員にも参加してもらうのが望 ましいが,そもそも庁議メンバーが会議を行うためにデザインされた庁議室では,それら 事務局職員が業務を行ったり,関係各機関からの連絡要員が会議に参加したりするだけの スペースも設備も不足していた」のである32)。しかも,「電気も水もこなくなって,災害 対策本部は孤立してしまった」のだ33) こうした問題をかかえながらも,常総市では,災害廃棄物処理にあたらざるを得なかった。 ちなみに,常総市が処理主体となった災害廃棄物は,5.2 万トン(混合廃棄物:67.7%, 土砂混合ごみ:12.0%,コンクリート:9.9%)となった(再資源化率:46.3%)。この 数字について,担当者は,「5.2 万トンしか」と語った。なぜなら,事前に,「水害だと, どういう廃棄物がでるか,イメージがない」とはいうものの,被災状況からみれば,「全 壊家屋はまるまる災害ごみ」となるのであって,もっと多くの量の災害廃棄物がでると確 信していたからだ。だが,実際には,家屋を「解体しなかった人が多かったのと,リフォー ムすると,業者さんが産廃として処理するので,市の数に入らなかった」という事情が大 きかったという34) 当然ながら,災害廃棄物について,発災直後は,なによりも,「家のなかを片づけたい」 とのつよい思いから,「片づけごみ」を「とにかく家からだす」という光景がめだったよ うだ35)。最初のうちは,「どこでもいいから空きスペースに出す」といった感じで,「市 街地,住宅街は公園,駐車場,道路際。農村部は道路脇,空き私有地」がその対象となった。 現に,常総市役所の資料には,被災翌日の「9/11(金)【翌日】北部 片づけごみ 爆発4 4 的4排出開始」(傍点,引用者)との文字がみられる36)。しかも,常総市の場合,10 日の 「発災は木曜日」で,その週末やさらには,19 日∼ 23 日の「シルバーウイークでボラン ティアがくると,どこにごみをもっていくかが問題」とされていた。だが,同市では,「計 画的に,ここ仮置場にしましょうとまったくきめていなかった」というのが現実であった。 というよりも,災害廃棄物処理に関する「計画がなかったので,どこにおこうかというこ とがまったくきまっていなかった」のだ37)。そのため,「仮置場が休日にまにあわなかっ

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た場合,どこにもっていくかが問題」であったにもかかわらず,担当者が,片づけごみを「市 はコントロールできませんでした」という状況を生みだすこととなってしまった。常総市 のケースは,「仮置場の設置が遅れてしまうと,どうしてもごみが町のなかにあふれてし まう」という教訓を示している38)。この点については,「一次仮置場の確保は災害廃棄物 処理のスタートとなる作業であり,迅速且つ円滑に進めないと,災害廃棄物が被災現場か ら動かなくなります。東日本大震災では,仮置場の確保が円滑に進まず時間を要した例が ありました」とする有識者のことばも付言しておきたい39) とはいえ,常総市では,地域交流センター東側駐車場(8,300㎡),石下庁舎西側駐車 場(4,000㎡),三妻小学校グラウンド(10,700㎡),鬼怒中学校グラウンド(12,400㎡), 石下自動車学校跡地(17,300㎡),豊田球場(10,000㎡),ポリテクセンター茨城(6,000 ㎡),きぬアクアステーション(35,000㎡),クリーンポート・きぬ北側専用地(20,000 ㎡),宝堀(ほうほり)球場(25,000㎡),圏央道常総 IC 用地(7,000㎡),青少年の家 グラウンド(12,400㎡)の計 12 カ所を一次仮置場としたのであった40)。このうち,圏 央道常総 IC 用地は,「国交省の許可を得て」の使用であり,きぬアクアステーション,クリー ンポート・きぬ北側専用地,宝堀球場の 3 カ所は,常総市外での設置であった。なかでも, 宝堀球場では,処理業務に関して,坂東市の「職員さんが直接直営でやってくださいました」 とのことだ。また,下妻市のクリーンポート・きぬ北側専用地を選定したのは,「焼却場 がちかくて,都合がいいと思った」からであったが,集積した災害廃棄物が,「混合廃棄物」 であったため,当初の思惑とは「ちがった」結果となったようである。さらに,一次仮置 場の設定に関連して,きわめて興味深いのは,空き地については,いったん,「災害がお きると,廃棄物部局だけでつかうのではない。防災部局は,自衛隊の宿営地でおさえている」 という事実である41)。当然といえば当然であるが,平常時には忘れられがちな視点である。 とはいえ,平常時から,担当部局間で十分な意思疎通をはかり,それぞれが使用する場所 を適切に選定しておくことがのぞましいことはいうまでもない42) 常総市市民生活部生活環境課・課長補佐の渡邊高之がいうように,「水害ですのでとに かく家の中が水浸しですから,水が引いたら家財は全て濡れているわけです。だから家に 戻ってもその濡れた家財をとにかく外に出して,ドロを掃除する必要があるわけです。そ うでなかったら今夜どうしましょう。片づけないと何も出来ない訳ですから。だから水が 引くと猛烈な勢いで廃棄物が排出されるのです。しかも皆さん必死です」という状況のな か43),当初は,一次仮置場の「入口に若手職員が 2 人たち,常総の人ですか」とたずねたり, 「ごみを確認したりして,チェックしていたが,1㎞ぐらいの列」ができてしまい,「秩序 をたもてたのは,最初の 30 分ぐらい」だけでしかなかったそうだ。なかには,入口での

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チェックを「すりぬけて入る人もおり,分別できなくなった」。もっとも,常総市の想定 では,災害廃棄物を,「最初は,4 種類ぐらいにわけようとしていた」ようだが,「どんど んふえてきて,無理になった」というのが実状である44)。もっとも,「ちょっと時間がた つと,金属ごみ,畳など,分別できるようになってきた」という。とくに,「畳は腐敗す るので」,「たかく積みあげたりなどしない」,「あいだをあけたり」するといった注意をは らったとのことである45)。また,「一次仮置場の管理」にあたっては,「①不法投棄防止」「② 近隣住民・関係者への説明・理解」「③廃棄物の殺虫」「④巡回監視」「⑤定点観測」をこ ころがけたようだ46)。とりわけ,「近隣住民・関係者への説明・理解」については,この 場所を仮置場とすることを「やめろといわれるので,非常に重要」であったと,関係者は 述懐している47)。これはたんに,景観上の問題だけでなく,「常総市内の一次仮置場に集 積した災害廃棄物のうち,腐敗性・飛散性が高い又は有害性を有する廃棄物で,臭気,粉 じん,汚水,害虫等の発生により,生活環境保全上の支障が生じる恐れがあるもの,及び 火災発生等の恐れがあるもの」があるからだ48) これらの災害廃棄物の処理をすすめていくうえで,一次仮置場のうち,きぬアクアステー ション,クリーンポート・きぬ北側専用地,宝堀球場の 3 カ所は,「となりの市さんから 借りているもので,はやく返そう」という思いから,処理を優先したそうだ49)。とはいえ, 「処理スケジュール」をみても,これら 3 カ所の使用は,2015 年度末(2016 年 3 月末)ま でとされていたことからも,いかに災害廃棄物の処理が困難であるかがうかがい知れる50) もっとも,「『廃棄物の処理及び清掃に関する法律』では災害廃棄物は一般廃棄物であるため, 既存の一般廃棄物処理施設で処理することが望ましいが,そのためには選別を行う為の中 間処理施設の設置等が必要である」ものの,「その稼働までに 2 ∼ 3 ヶ月が必要となるため, 早期の廃棄物の撤去及び処理を進める必要性と更なる仮置場等の用地確保の難しさから選 択することができなかった」のが,常総市の実状のようだ51)。そうしたなかで,災害廃 棄物の処理方法に関して,たとえば,「金属くず」は,「再生利用を基本とし,売却を進め る」という方針がたてられた52)。いうまでもなく,「金属は売れる」からであり,最終的に, 「全体で 200 万円ぐらいになった」というが,「市からでるものは,全部追跡調査をし,モ ノがどう運ばれたかを確認」するという作業もともなった53) ところで,常総市では,「災害廃棄物処理は,地域防災計画上は生活環境課が担当する こととなっていたが,生活環境課は仮置場の設置や仮置場の管理等の現場対応に追われて おり,廃棄物の処理方法を検討する余裕がなかった」こともあって,発災から 19 日後の 29 日に,6 名からなる「災害廃棄物処理プロジェクトチーム」を発足させている54)。メンバー としては,情報政策課,図書館,総務課,商工観光課,生活環境課,会計課から人材があ

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つめられた。会計課の人間がいるのは,「廃棄物処理に 100 億円くらいかかりそう」で,「国 からの補助が入りそう」ななか,「会計の知識をもった人物が必要ということ」からであっ た。プロジェクトチームでは,庶務,処理実行計画の策定,国庫補助金の算出,設計積算, 契約の実務,現場管理・処理施工,全壊半壊家屋建築廃材の処理などにあたった。なか でも,重要な渉外は,「お話が上手だったり,交渉上手な人がいってくれた」というよう に,適材適所の人材配置がなされたようだ。とはいえ,10 月 19 日に,同チームのメンバー が,5 名ふえたときには,そうではなかったという。増員のうち,4 名は臨時職員で,「い らない人をまわすから」といって,ほかの部署からきた人物たちであった。だが,もともと, プロジェクトチームにいた人物の言をかりれば,「災害廃棄物処理をやったことがなくても, やればできる」のだ。とはいえ,災害廃棄物の処理には,「論理的な随契理由とか,議会 対応とか」が不可欠で,土木設計,契約,法務といった専門知識の増強が必要であったと いう,おなじ人物の発言にも留意する必要があろう。その後,同チームは,11 月 24 日に 15 名となり,12 月 1 日に 16 名までになった55)。人員の増加だけでなく,当初は,「テー ブル・椅子・電話機 1,PC 各自持参,無線 LAN あり」という執務室に,「電話機 5,コピー FAX 複合機 1,PC プリンター 1,2T ハードディスク 1(サーバー),デジカメ 3,ホワ イトボード 2,移動式書類ラック 3」といった備品が,追加されていった56)。これは,「こ の仕事は,補助金対応で,写真もいっぱいとる」という現実や,執務室のなかだけで,「全 部仕事をできるようにしよう」との考えからであった57) そうしたなか,廃棄物処理法(=「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」)・第 22 条の「国は, 政令で定めるところにより,市町村に対し,災害その他の事由により特に必要となつた廃 棄物の処理を行うために要する費用の一部を補助することができる」という規定と,「法 第二十二条の規定による市町村に対する国の補助は,災害その他の事由により特に必要と なつた廃棄物の処理に要する費用の二分の一以内の額について行うものとする」(廃棄物 の処理及び清掃に関する法律施行令・第 25 条)にもとづき,常総市は,国庫補助を受け ることとなる。申請にあたり,災害報告書の作成をしなければならないが,その業務の中 心をになったのが,前出のプロジェクトチームに会計課から招集された人物で,報告書の 作成作業において,とりわけ,「災害廃棄物対策指針と災害関係業務事務処理マニュアル を熟読した」という。しかし,「そのうち,みんながマニュアルの Q&A を読むようにな り,丁寧に対応」できるようになっていったそうだ。「常総の場合は,1 年くらいでいい」 とはいうものの58),当然ながら,「災害報告書には,①実施済みの経費②これから実施す る見込みの経費」の両方が必要で,「事業に係る全ての補助対象経費を計上」しなければ ならなかった59)。担当者にとっては,「普通は交付決定まえに,事業を実施することはな

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い」にもかかわらず,実施ずみの経費についても計上するという経験が印象にのこってい るようだ。会計課からの人材が直接の担当であるとはいえ,作業を迅速にすすめるには,「時 間がないので,みんなでわりふってやった」らしく,最終的に災害報告書は,「12㎝のドッ チファイル 1 冊分」の分量となり,「重さ 5㎏」にもたっした60)。「算出明細表(積算根拠 明記)」「契約書」「仕様書」「随契理由書」「入札(見積)経過書」「見積書(業者提出)」「予 定価格書」「設計書,建設物価(該当箇所マーカー)」「業務実績報告総括表(数量確認)」 など61),66 項目について記載がなされたが,さらに,「ドッチファイル 4 冊分になった」 別冊も作成された62)。そこには,「業務報告書」「作業日報(日・場所ごと・手書き・署名)(市 確認㊞)」「写真(1 台ごと)(撮影位置,撮影方向図面明記)」「計量票(台貫,全部,日 毎集計記載)」「図面」「地図(場所プロット,マーカー)」がもられた63) 11 月 30 日に国に提出された,この災害報告書をもとに災害査定が実施されたのは, 2016 年 1 月 12 日∼ 14 日の 3 日間であった。常総市のスタッフは,国からきた 2 名の 査定官と 1 名の立会官とのあいだで,「壮絶4 4」(傍点,引用者)な交渉をくりひろげた64) 査定にあたって,「立会官は,過大な積算ではないかという」場面が多々あったようで,「最 初 57 億円あったものが,54 億円までカットされた」かたちとなった65) 以上,2015 年 9 月の関東・東北豪雨による鬼怒川水害を経験した常総市役所の対応に ついてみてきた。同市の資料には,このときの対応にあたって,「失敗した点」として,「発 災当初からの知識・意識不足」という文字がみられる66)。その好例が,事前に災害廃棄 物の仮置場がきまっていなかったという,驚くべき事実であろう。前出の渡邊によると,「市 は発災直後,片づけごみがどうやら大量に出るようだ。と,この時初めて4 4 4 4 4 4気が付きました」 とのことで,「そこで,とりあえず4 4 4 4 4仮置場を 1 か所設置しました。しかし,市民の動きは 猛烈に早く,仮置場は直ぐに満杯になってしまった」(傍点,引用者)のであった67)。こ うしたことばからは,常総市役所全体における危機管理意識の欠如を読みとることができ る。そのためであろうか,市民からは,「この廃棄物の山はいつ片づくんですか」との不 安の声があがってくることにつながった。このように,「廃棄物処理は,街中,仮置場に おいて山積みとなった災害廃棄物の状況が市民からも見えやすく,進捗状況が視覚的にも わかりやすいため,処理が進んでいないような状況が市民の不安を誘発した側面があった」 ことは否定できない68) とはいえ,いまなお,災害廃棄物の仮置場をきめていない地方自治体は多く,常総市に ヒアリング調査に訪れる自治体職員の関心は,「仮置場はどうやってきめたんですか」と いう点に集中しているそうだ69)。危機時の住民のストレスを少しでも緩和するためにも, 平常時からの話し合いによって,適切な仮置場をきめておくことが重要であることはいう

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までもない70)。もっとも,仮置場の選定にあたっては,危機時の“想定外”も想定内に しておく必要がある。なぜなら,2014 年 8 月の豪雨災害を経験した広島市の「地域防災 計画では,仮置場は 1 カ所のみ」がきめられていたものの,災害廃棄物の多さから,仮 置場の数は,「最終的に 12 カ所にのぼった」。だが,そのうちの「3 カ所は,粉塵などを めぐる住民の苦情で廃止された」というケースがあったからだ71)。したがって,「いうは 易く,おこなうは難し」ではないが,仮置場の選定が困難であるからこそ,平常時の対応 の重要度がたかいのである72) 常総市では,水害のあと,仮置場をきめたものの,「業者さんとも,住民とも」,「仮置 場は,最初はケンカ」の連続であったという73)。いうまでもなく,災害廃棄物の処理に あたって,「親戚とか友だちが助けてくれる」ものの,作業にさけるのは,「1 日ぐらいし か」ない。しかも,一度に,「軽トラに,それほど積みこめない」なかで,仮置場の入口で, 「1㎞もならんでいる」状況であったからだ。そうしたなかで,「初動のところで,実態と しては,市民の殺気だった雰囲気」が蔓延するなか,「あんなところで,(ごみの種類を) わけるのは無理だと思う」(カッコ内引用者)と,仮置場の入口にいた若手職員は語った そうだ。そのこととは無関係かもしれないが,その後,「仮置場の入口にいた若手職員が やめることになった」という。常総市役所のなかで,平常時から,災害廃棄物への問題意 識がたかく,仮置場での対応などに関する的確なマニュアルが事前に整備されていたなら ば,このような事態をふせぐことも可能であったのではなかろうか。その意味で,「危機 意識がうすかったといわれたら,なかった」と断じた常総市役所職員の発言には,考えさ せられるものがある74) また,「われわれも,はじめてのことだし,どういうようにしなければいけないかを, 県や環境省に指導を受けた」ものの,「最後は,処理主体は常総市さんなんですからねと, 会議でも県から何回もいわれました」し,「『おまえら,分別してないと,補助金なんてで ねえからなあ』という感じだった」らしく,常総市−茨城県−国との連携もうまくいって いなかったようである75)。しかしながら,2016 年 4 月の熊本地震を経験した熊本県庁 職員の「市町村は,まず人命救助,避難所の運営が優先になってくるので,災害ごみは県 のほうが動くべき」とする発言もあることから76),今後,市町村と都道府県の役割分担 についても,既存のままでいいのかどうかもふくめて,徹底的な議論がなされるべきであ ろう77)

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Ⅳ 結び

宮城県七ヶ浜町の担当者によると,「分別はほとんどできない状態で,トラックが 1㎞ ぐらい渋滞する状態」のなか,「とにかく道路をあける」ことで精一杯であったという。「が れきのたかさが 20 何 m」までたい積したなかで,災害廃棄物の仮置場で,「火災がおこ らなかったのが,不思議なくらい」だとの話があった。おそらく,「風とおしがいいのと, がれきのなかに,土が混ざっていたのが原因じゃないかと,環境省さんがおっしゃってい た」とのことだが,仮置場に積まれた災害廃棄物の火災発生の可能性についても十分留意 する必要があろう78)。現に,東日本大震災の折り,2011 年 9 月 16 日∼ 22 日に,宮城 県内の「名取市の一次仮置き場で大規模火災が発生」しているのだ79) また,「計画つくれなくても,まずは,仮置場を設置してくださいといっているが,き めているのは,県南の稲敷市だけ」で,「迷惑施設じゃあないけど,近隣住民の調整とか むずかしい。なかなかむずかしいのかなというのが実状」と,茨城県庁の担当者は,仮置 場の設定のむずかしさについて,語っている。とはいうものの,当該担当者によると,常 総市の場合,「計画ができていなかったのが問題」で,なによりも,「あらかじめ,仮置場 を内々でもいいから設定しておく」べきであったとのことである。くわえて,常総市で は,「ふだんの生活ごみをすててる場所にはおくな」というような「ルール(さえも)が 徹底されていなかった」(カッコ内,引用者補足)状況で,ましてや,「畳はここ,こうい うルートでもってってもらおうというのをきめていなかった」ことも,問題であったとい う。結局は,常総市のケースにおいて,「仮置場の設定ができていなかったというのが混 乱」のもとと,担当者がつきはなしたように語ったのが,印象的であった80)。「わたしの 裏庭にはいらないわ」(= Not In My Backyard: NIMBY)とされる,一種,“迷惑施設” 的な災害廃棄物の仮置場ではあるが,「廃校は,仮置場としてつかう事例はある」といっ たアイデアなども参考に81),事前に,適切な場所をきめるとともに,平常時から住民の 理解を得ていく努力をつづけていくことが,行政機関には求められているといってよかろ う。その意味で,災害廃棄物を,「東日本大震災でおいているところもある」が,「よほど の問題がないかぎり,そこが仮置場になる」と,茨城県庁の担当者が語っていたが,その 後の住民との議論がその大前提となることを忘れてはならない82)。また,逆説的ではあ るが,「災害時の対応力を築いていくことは,平時の廃棄物処理にもつながってくる」こ とを忘れてはならないのだ83) くわえて,危機管理においてかならずといっていいほど指摘される,縦割り行政の弊害が, 災害廃棄物処理をめぐっても,生じているという。茨城県庁の担当者によると,「おなじ

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災害廃棄物の補助事業でも,どちらが国交省,環境省になるのか」がよくわからないよう だ。さらに,「環境省のほうの補助はわかっているが,国交省のほうは」わからないといっ た具合に,「縦割りの弊害」がみられるそうである。とりわけ,「末端の市町村さんが,そ の内容をわかっていない」といけないのに,それを把握していないケースが多く,「自分 のところのもちだしでやらないといけないのか」,そうでないのかについて,「わかるとこ ろがなかなか」なく,「どうしても縦割りになってしまう」など,とりわけ,「最初のうち, 連携不足とかがでてくる」事例が散見されるとのことだ84)。縦割り行政の弊害については, 前出の宮城県庁による報告書でもつぎのように記されている85) 実際の災害の現場は,「面」的に被害を受けているにも拘わらず,財源が縦割りの「点」 で管理されていることによって,処理のスピード感に大きな影響があった。特に県管 理公物については,所管する省庁ごとに予算が紐付けされているほか,「市町村長が 必要と認めれば」という条件付けから,環境省補助で対応できない例もあった。 一方,国,県及び市町村も県民や国民から見れば同じ「役所」でありながら,役所 の縦割り・積層構造のため,災害廃棄物処理業務とその他の復旧・復興事業とで,つ なぎ目無く移行できない例も多くあった。例えば,再生資材の活用先である復旧・復 興事業とのスケジュールが合わないため再生資材が仮置きされているままになってい る状況や,二次仮置き場として使用した農地の原状復旧を行ったものの,震災の影響 や高齢化等も相まって農業の担い手がなく,営農されていない状況もある。 こうした経験をもとに,宮城県庁は,「国家存亡の危機レベルの大規模災害においては, 財政・実務(ハード及びソフト事業の両方)も一元化した,国・都道府県・市町村の枠組 みを超えた復興のためだけの『専門機関』を設置し,個別事業ごとの取組ではなく,被災 地をエリアとしてとらえ,災害廃棄物処理業務から復興事業までをつなぎ目がないよう一 連の事業として実施すべきである」との提言をおこなっている86)。東日本大震災からみ ちびきだされた教訓にもとづく提言であり,「永田町」や「霞が関」の住民は,こうした 意見に積極的に耳をかたむけていくべきではなかろうか。 【付記】 筆者は,本論執筆中,2018 年 9 月 6 日午前 3 時 8 分ごろに発生した,北海道胆振東部 地震に遭遇し,みずからが被災体験をするというかたちとなった。北海道胆振東部地震で

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は,北海道のほぼ全域が停電したということもあって,冷蔵庫のなかにあった食品が腐敗 性の災害廃棄物となったケースが散見された。たとえば,函館市では,「大量廃棄が見込 まれた冷凍・冷蔵品を『災害ごみ』に指定し,清掃業者が負担する 10 キロ約 100 円の処 理費用を無料化」するなどの対応をとったという(『北海道新聞』〔函館・渡島・桧山版〕 2018 年 9 月 11 日,15 面)。ちなみに,筆者の自宅でいえば,地震発生と同時に停電をし, ふたたび通電したのは,7 日の午後 6 時 40 分であり,およそ 40 時間にわたって,停電状 態にあった。そのため,一部の食品の腐敗がすすみ,食べることができなくなってしまっ ていた。幸いにして,建物の被害はなかったため,畳,布団,家電,コンクリートがらと いったような災害廃棄物はまったくでなかったものの,多くの食品系廃棄物がでたことを 記しておきたい。くわえて,みずからの体験をつうじて,被災地においては,「けっして, 災害廃棄物だけを処理していればいいわけではない」のであって,日々の「生活ゴミはで てくる」というあたりまえなことを痛感することにもなった(「災害廃棄物対策に関する シンポジウム」での杉山善昭・東京都八王子市資源循環部清掃施設整備課主査による発言 〔2017 年 12 月 14 日〕)。 また,北海道胆振東部地震発生のわずか 15 日まえの『北海道新聞』の報道によれば,「豪 雨など大規模災害で発生するごみの処理に備え,国が市町村に策定を求める『災害廃棄物 処理計画』を定めた道内の市町村は,昨年 3 月末時点で 179 市町村のうち 13 にとどま る」とのことで(『北海道新聞』2018 年 8 月 22 日,1 面),「環境省の調査では,昨年 3 月時点の策定率は全国市町村の 23・7%,道内は 7・3%にとどまる」との数字がでており, 「全国の策定率を大きく下回る」状態にあることも付言しておく(『北海道新聞』2018 年 8 月 22 日,35 面)。 1) 宮城県環境生活部循環型社会推進課の資料「東日本大震災に係る災害廃棄物処理業務−総括検討状 況の概要−」。 2) 宮城県環境生活部循環型社会推進課へのヒアリング調査(2017 年 8 月 30 日)。 3) 前掲,宮城県環境生活部循環型社会推進課の資料「東日本大震災に係る災害廃棄物処理業務」。 4) 宮城県環境生活部循環型社会推進課へのヒアリング調査(2017 年 8 月 30 日)。東日本大震災による 放射能のチェックに関して,たとえば,茨城県では,「漂着物については,実際やっていないのが実 状」とのことであった(茨城県生活環境部廃棄物対策課へのヒアリング調査〔2018 年 2 月 27 日〕)。 5) 前掲,宮城県環境生活部循環型社会推進課の資料「東日本大震災に係る災害廃棄物処理業務」。 6) 宮城県環境生活部循環型社会推進課へのヒアリング調査(2017 年 8 月 30 日)。 7) 宮城県東日本大震災に係る災害廃棄物処理業務総括検討委員会「東日本大震災に係る災害廃棄物処理 業務総括検討報告書」(2015 年 2 月)(https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/296089. pdf〔2018 年 9 月 5 日〕)。

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8) 同上,34 頁。 9) 「災害廃棄物対策に関するシンポジウム」での小西英夫・熊本県環境生活部環境局循環社会推進課課 長補佐による発言(2017 年 12 月 14 日)。 10) 「災害廃棄物対策に関するシンポジウム」での小岩真之=環境省環境再生・資源循環局災害廃棄物対 策室災害廃棄物対策官による発言(2017 年 12 月 14 日)。 11) 「事例コード 201503 − 2015 年(平成 27 年) 関東・東北豪雨による災害−」(http://www.bousai. go.jp/kaigirep/houkokusho/hukkousesaku/saigaitaiou/output_html_1/pdf/201503.pdf〔2018 年 9 月 5 日〕),9 頁。この点について,常総市の担当者もおなじ見解を示しており,「被災自治体を積極 的に支援」することで,「その知見が,フィードバックされる」と語っている(常総市役所でのヒア リング調査〔2018 年 2 月 26 日〕)。 12) 宮城県環境生活部循環型社会推進課へのヒアリング調査(2017 年 8 月 30 日)。 13) 宮城県東日本大震災に係る災害廃棄物処理業務総括検討委員会,前掲書「東日本大震災に係る災害 廃棄物処理業務総括検討報告書」,54 頁。 14) 前掲,「災害廃棄物対策に関するシンポジウム」での小西による発言(2017 年 12 月 14 日)。小西によると, 「方針や計画はあとおい」となっているなかで,「まずはし尿処理」にとりくむにあたって,「余裕が ないので,各市町村長をあつめて,県の計画を市町村の計画にしてもらった」り,「仮設トイレの設 置と処理(くみとり)は,セットで県が調整した」りしたそうだ(同上)。 15) 『朝日新聞』1995 年 1 月 26 日,3 面。 16) 『毎日新聞』〔大阪版〕1995 年 1 月 24 日(夕),2 面。 17) 『読売新聞』1995 年 1 月 24 日,31 面。 18) 中道民広 [2009],p. 34。 なお,「廃棄物処理法(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)では,廃棄物を産業廃棄物とそれ以外 の一般廃棄物に分類している」ものの,「災害廃棄物については,廃棄物処理法において明確な定義 づけはなされておらず,自然災害に伴い発生した不要になったもの(廃棄物)を意味する」のである(島 岡隆行 [2009],p. 9)。 19) 『朝日新聞』〔高知版〕1998 年 9 月 29 日,掲載面不明。ここでは,「集中豪雨による浸水もほぼ引き, 各地で後かたづけが進む。泥にまみれた災害ごみを集めるため,収集車が走り回った」や「災害ご みの連絡先は高知市下水道総務課(0888・23・9471)へ」というかたちで,災害ごみについて,報じ られている(同上)。 20) 『朝日新聞』〔神奈川版〕1995 年 7 月 18 日,掲載面不明。 21) 『毎日新聞』〔福島版〕1998 年 8 月 31 日,掲載面不明。この記事では,「同センターは白河市と西白 河郡 1 町 6 村の可燃物を焼却する施設だが,通常は西郷村の埋め立て地に運ばれる不燃物も,土砂 崩れの影響で同センターに集められている。このため全職員が休日返上で出勤し,災害ごみの受け 入れ作業を続けている」とされている(同上)。 22) 『毎日新聞』〔兵庫版〕1998 年 12 月 26 日,掲載面不明。「しかし,ちょうどこのころ,芦屋市の 2 次隊は, 床上・床下浸水によって出た災害ゴミの片付けに追われていた」と,言及されている(同上)。 23) 『読売新聞』〔広島版〕1999 年 7 月 7 日,25 面。「呉市災害ごみ搬入受け入れ 7 月 31 日まで,宝町 埋め立て地と広多賀谷三の埋め立て処分場で無料受け入れ」というかたちで,記されている(同上)。 24) 『読売新聞』〔熊北版〕1999 年 9 月 28 日,32 面。ここには,「市は二十五,二十六日に,百台の収 集車を出して,吹き飛ばされた瓦(かわら)や板切れ,枝葉など災害ゴミの特別収集を行い,約 三千七百トンを回収した。今後は生ゴミの定期収集を優先し,その合間に災害ゴミの回収を急ぐ」 との記事が掲載されている(同上)。 25) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 26) 神達岳志・常総市長へのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。さらに,神達は,「さっきまでつかっ

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ていたもの」のため,災害廃棄物となってしまったあとも,「家族だけでは捨てられない」ので,「ボ ランティアの方の力を借りないと」とも語っている(同上)。 27) 常総市「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨により発生した災害廃棄物処理実行計画」(2015 年 11 月 17 日〔第 一 版 〕2016 年 9 月 23 日〔 第 二 版 〕)(http://dwasteinfo.nies.go.jp/archive/past_doc/201509joso_ jikkou.pdf〔2018 年 9 月 5 日〕),1 頁。 28) 常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について−茨城県常総市の 対応−」。 29) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 30) 常総市水害対策検証委員会「平成 27 年常総市鬼怒川水害対応に関する検証報告書−わがことと して災害に備えるために−」(2016 年 6 月 13 日)(http://www.city.joso.lg.jp/ikkrwebBrowse/ material/files/group/6/kensyou_houkokusyo.pdf〔2018 年 9 月 5 日〕),15-16 頁および 18 頁。 31) カスリーン台風 70 年実行委員会「カスリーン台風 70 年シンポジウム−未来の川・地域づくりへのメッ セージ−」。 32) 常総市水害対策検証委員会,前掲書「平成 27 年常総市鬼怒川水害対応に関する検証報告書」(2016 年 6 月 13 日),16 頁。 33) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 34) 同上。 35) 同上。 36) 前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」。 37) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 38) 同上。 39) https://dwasteinfo.nies.go.jp/archive/interview/sou_02.html(2018 年 9 月 5 日)。 40) 前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」。 41) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。このほか,「防災課と仮置場,仮設住宅を,ど の公園にするかの調整」もでてくるそうだ(「災害廃棄物対策に関するシンポジウム」での杉山善昭・ 東京都八王子市資源循環部清掃施設整備課主査による発言〔2017 年 12 月 14 日〕)。 42) なお,「東日本大震災では,広大な面積の仮置き場を多数必要としたことから,都道府県・市町村 は,あらかじめ仮置き場の用地を確保又は想定しておくべきである。仮置き場は公有地を原則とす るが,仮設住宅等との競合や地形的条件によりやむを得ない場合は民有地の使用を視野に入れるも のの,借地手続や原状復旧作業の繁雑さ・困難さから,なお農地の大規模な使用は避けるべきである」 との指摘があることも,考えあわせる必要があろう(宮城県東日本大震災に係る災害廃棄物処理業 務総括検討委員会,前掲書「東日本大震災に係る災害廃棄物処理業務総括検討報告書」〔2015 年 2 月〕, 53 頁。 43) http://dwasteinfo.nies.go.jp/archive/interview/joso_city_2_3.html(2018 年 9 月 5 日)。 44) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。ちなみに,「仮置場へは,分別して搬入したほうが, 処理をしてくれる業者を選定しやすいし,危険性も減る」とのことだ(前掲,「災害廃棄物対策に関 するシンポジウム」での小西による発言〔2017 年 12 月 14 日〕)。 45) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 46) 前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」。 47) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 48) 前掲,常総市「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨により発生した災害廃棄物処理実行計画」(2015 年 11 月 17 日〔第一版〕2016 年 9 月 23 日〔第二版〕),3 頁。 49) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 50) 前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」。

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51) 前掲,「事例コード 201503 − 2015 年(平成 27 年) 関東・東北豪雨による災害−」,7 頁。 52) 前掲,常総市「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨により発生した災害廃棄物処理実行計画」(2015 年 11 月 17 日〔第一版〕2016 年 9 月 23 日〔第二版〕),18 頁。 53) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 54) 前掲,「事例コード 201503 − 2015 年(平成 27 年) 関東・東北豪雨による災害−」,6 頁。 55) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。また,人員面では,「5W2H と廃棄物以外の写真」 を撮影するための「記録担当の配置」があってもよかったとのことだ(前掲,常総市役所の資料「平 成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」)。 56) 前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」。 57) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 58) 同上。 59) 前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」。 60) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 61) 前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」。 62) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 63) 前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」。 64) 同上。 65) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 66) 前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物処理について」。 67) http://dwasteinfo.nies.go.jp/archive/interview/joso_city_2_3.html(2018 年 9 月 5 日)。 68) 前掲,「事例コード 201503 − 2015 年(平成 27 年) 関東・東北豪雨による災害−」,9 頁。 69) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 70) 常総市の場合,2011 年 3 月 11 日の東日本大震災の折り,地域交流センターである,「お城のちかくに, 仮置場を設置したが,あまりでなかった」ことが,仮置場選定の優先順位をひくくしてしまった一 因かもしれない(常総市役所でのヒアリング調査〔2018 年 2 月 26 日〕)。 71) 「災害廃棄物対策に関するシンポジウム」での宮田俊範・全国地方新聞社連合会会長による発言(2017 年 12 月 14 日)。 72) 「大規模災害は,市内だけで完結しないとの前提」にたって,仮置場の選定にあたっては,「近隣市 町村との協力」という視点もふまえる必要があるが,「仮置場はリストアップしたが,(いまだに) 市民には示していない」(カッコ内,引用者補足)とする発言の有する意味についても,十分考えな ければならない(前掲,「災害廃棄物対策に関するシンポジウム」での杉山による発言〔2017 年 12 月 14 日〕)。 73) 常総市役所でのヒアリング調査(2018 年 2 月 26 日)。 74) 同上。 75) 同上。同市の内部でも連携はうまくいっておらず,たとえば,災害廃棄物の処理には,「莫大な費用 と労力」のかかる「巨大プロジェクト」であったにもかかわらず,「防災担当課・災対本部」の「認 識」は「薄い」ままで(前掲,常総市役所の資料「平成 27 年 9 月関東・東北豪雨による災害廃棄物 処理について」),「この処理は環境部局がやればいいとの意識」が,一貫して存在していたという(常 総市役所でのヒアリング調査〔2018 年 2 月 26 日〕)。 76) 熊本地震のケースでは,「一次仮置場を,だれが運営するかも,県が実施」したという(前掲,「災 害廃棄物対策に関するシンポジウム」での小西による発言〔2017 年 12 月 14 日〕)。この背景には, 通例,市町村において,「廃棄物の担当者はよくて数名」で,「1 名(という場合)もある」(カッコ内, 引用者補足)なかで,「業務がパンク状態」にある「被災自治体の担当者はたいへん」という意識が 関係していることはいうまでもない(「災害廃棄物対策に関するシンポジウム」での山根正慎=環境

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