高知平野の地形と沖積層
甲 藤 次 郎* ・ 西 (*文理学部地質学教室)
和 彦
Geo°orphology and Si!bsur‘face Geology of the Alluvial plain of Kochi, Shikoku, West Japan
Tiro KATTo*andKazuhiko NiSHI
*LaboratOT‘yofGeology,FaculりofLiteraはre andScience
Abstract
From geomorphological, stratigraphical and the data from drilled wells, the alluvial plain of Kochi is classified into (Fig. 2) the deposits of fan, natural le゛ee and delta. These deposits are underlain by subsurface sediments as shown in Fig. 7.
The lithostratigraphic units, five in all, of the allu゛ial deposits are sho゛n in the geologic sections (Figs. 4, 5, 6), and their intercorrelation and basis for stratigraphy was the employ-merit of the volcanic ashes (C14. 5500 y.B. P・) of extensive distribution (Figs. 8, 9)・
Based upon the geologic sections and data mentioned above as well as fiヽom the modulus (Figs. 10, 1h 12) and radiocarbon dating the following characteristics vへ/ereclarified, par-ticularly in concern with the geomorphological evdlution of the plain. These can be a-bridged as follows.
Pre-Urado Bay l (10,000-フ,000 y. B. P.). The Lower Mud deposits (M II), consists of the bottom-set beds of the delta. The change in sea-level is indicated by marine trans- gression. ヽ
Pre-Urado Bay IT (フ,000-5,500 y. B. P.). The Upper Sand deposits (Sib) consists of the sandy bar deposits or fore-set beds of the delta. The face is a plane of unconformity in the alluvial deposits. This is a stagnant phase.
Post-Urado Bay (5,500-1,500 y. B. P.). Upper Sand deposits (Slv), consists of volcanic ashes (so-called Onji beds). Upper Mud deposits (Ml) consists of the bottom-set beds of the delta or the over-bank silt. This is a transgressive phase.
Present Urado Bay (1,500-O).The top sand and gravel deposits (Gl), consists of river bed deposits, fan, natural levee and delta.
I。はじ、めに 目 次 n.高知平野の周辺の地形・地質概説……… Ⅲ.沖積低地の微地形と表層地質………Ijj123 扇 状 地……… 自然堤防地帯……… 三 角 州……… Ⅳ.沖積眉の層序と構造……… 1)沖積層基底の地形……… 2)層序及び構造……… 220 022244 222222222222 ‥‥‥‥224 ・230
220 高知大学学術研究報告 第20巻 自然科学 第1 V.高知平野沖秘低地の形成過程………=‥ 1)沖積層基底面形成期……… 2)前浦戸湾拡大期……… 3)火山灰降下より後浦戸湾形成まで…… 4)現在の平野地形形成の期間……… Ⅵ. おわりに一地盤沈下問題にふれてー…… 333445 33333Qり222222 1.は じ め に 南四国の中央地域には,地形的には沖積平坦低地であり,地質的には第四紀の堆積層より左る高 知平野がある.広義の高知平野は,西部(狭義の高知平野)の地泌性盆地状沖積低地と東部(旧称, 香長平野)の隆起扇状地に大別される.今回の研究報告は,狭義の高知平野における地形と沖積層 について,次の諸点を明らかにするのを目標としてまとめたものである. (1)沖積低地の地形を表 層地質と有機的に結合させて,その分類を試みる. (2)火山灰層を鍵層として,沖積層の層序区分 を行痙う.(3)沖積層の基底面地形を復元し,それより現在の地形に至るまでの約1万年間の沖積 層形成の過程をまとめる. 従って,本文中の高知平野の定義は,総括的に述べる箇所以外は,狭義の高知平野のことであ る. 高知地方の第四系については,筆者の一人甲藤は, 1952年頃から断片的に論文を発表してきた が,特に1966年以来,高知市役所の依頼によって,高知平野の地下水調査を他の協力者と共に進め てきた.筆者等は,ここに一応高知平野の地下地質をまとめることができた.筆者等は,これまで の同研究協力者にはもとよりのことであるが,さらに本研究の動機となって協力を惜しまなかった 高知市役所の方々に,まず御礼を申しあげておきたい. また西**は,本研究にあたって,明治大学大学院在籍申,同大学の岡山俊雄教授をはじめ研究室 の方々や,また東京都立大学の貝塚爽平教授などに御指導と多くの助言をい.ただいた.ここに紙面 をかりて厚く御礼申しあげる. また本研究にあたり,ボーリング資料を提供していただいた県・市をはじめ,相愛工業・木本工 業所・長崎工務所・種田工務所・種田ボーリング・四国公業ボーリングおよび日錐開発工業等に, 付記して厚く御礼申しあげる. II.高知平野と周辺の地形・地質概説 従来の研究にもとづいて,研究地域とその周辺の地形・地質の概略を述べる. 高知平野は,物部川によって代表される東部の扇状地性平野と,鏡川・久万川・国分川等の注入 による西部の複合三角州性平野に大別される(第1図参照)・ 高知平野北側には,四国山地の前山で,約400∼500 m の定高性をもつ小起伏山地があって,平 野部に臨んでいる.また南側は,南限を仏像構造線によって境する丘陵性山地と接している.平野 部と海域との関係は,わずかに入江状に介入している浦戸湾によって土佐湾とつながる.土佐湾に は,安芸海谷より四万十海谷の間に,現汀線より約15 km (傾斜約40')幅の大陸棚が続く. 高知平野の西側には,伊野・日下等の地溝性の低地が続くが,高知平野との境は朝倉丘陵で区切 られる.前記低地は,主に仁淀川の支配を現在も多く受けている地域であるが,朝倉丘陵の一部に じょやま は,かつての仁淀川水系の未固結堆積物とも考えられる城山磯層在どの河成段丘の一部が残存分布 している.なおヽそれと対比される段丘は北部山麓地域にも点在している. **高知大学文理学部非常勣講師
知平野の地形と沖積層 第1図 南四国中央地域の投影断面図 西) 221 高知平野の東側を区切るのは,高天ヶ原山・鉢伏山等の平野内に点在する残丘的な独立丘陵をも って地形的に区別する.高知平野東部地域は,古物部川の形成した隆起扇状地を中心に,新しい物 部川・国分川等の浸食の復活による新扇状地が形成されその間をうめた地域である.隆起扇状地域 は山田面・野市面として残存し,これに片地面・美良布面等の河岸段丘面が対比されるとみられ る.またそれら’は平野西部地域の周辺部に点在する中位段丘と対比され,山田面の扇端部は沖積層 下に埋没していると考えられるが,これらについては次の機会にゆずる. 高知平野周辺の基盤地質は,ほぼ東西方向に走るいわゆる御荷鉾構造線・仏像構造線によって, 北から順次三波川帯・秩父帯および四万十帯に分けられ,大観的には南ほど新しい地層の分布する 覆瓦状構造をなしている.高知平野は主に秩父帯中帯から南帯にかけての構造性盆地であり,その 上に第四系の洪積層おヽよび沖積層をのせている. 平野の北部山地は,白木谷層群によって代表され,砂岩・泥岩及び塩基性凝灰岩が多い.また 平野部に臨む小起伏状山地には,白亜系が分布する.同白亜系は,篠岩・砂岩および泥岩からな る. 中帯に広く分布するのは,ペルム紀中世の高岡層および準片岩化した伊野層である.高岡層は擾 乱した砂岩泥岩互層を主とし,チャートをはさむ.伊野層は,福井から朝倉にかけて分布し,主と して千枚岩から左る. . 中帯・南帯を分かつ神原谷・岩改構造線は,平野内においては若草町一能茶山南側一筆山北側一 葛島付近を通るものと予測される. 筆山・五台山などを含む南帯を占める地層群は,主としてペルム紀中世の虚空蔵山層群であって, 砂岩泥岩互層の他に,輝緑凝灰岩・チャートが多い. 高知平野では,以上の基盤岩類の上に第四系の洪積層・沖積層が構造性盆地を埋める状態で堆積 している. 洪積層についてはまだ不明の点が多いが,丘陵端に散在する段丘を中心に特徴をまとめると,次 の諸点が判明してきた. 高知平野西部周辺には,高位(40∼70m)・中位(20∼30m)・低位(5∼10m)の三段の段丘面が あり,少なくとも高位・中位のものは洪積段丘といえる.即ち北方の万々付近・西方の城山付近に 分布する高位面は主として浸食面であるが,一部に堆積面が残存している.それらはいわゆる万々
222 高知大学学術研究報告 第20巻 自然科学 第13号 層・城山層であり,いずれもマトリックスの赤色化したクサリ磯層で,一部にシルト層を挾在して いる. また万々では,洪積層に白亜系か衝上する断層がみられる. 中位段丘は,西南方の大谷等の一部に堆積面(大谷層)を残しているが,大部分が浸食段丘であ る. 低位段丘は,鴨部・宮寺等に点在する浸食面だけでご構成物の確認はまだ出来てい左い.しかし その一部は沖積層下に斜交埋積していると予測される. 一方,沖積低地の下に埋積する洪積堆積物は,まだ調査研究が十分でないが,高知平野の沖積層 下のほぼ全域に埋没しているとみられる.著しい砂礎層は2∼3層あって,層厚はいずれも3∼5m 内外である.絶対年代は,洪積層最上位の禰層(厚さ約3.5 m)の下位の炭物質の年代測定によると, 約37,800年B.P. (理化学研究所)であることが知られている.洪積層は堆積構造などから,河成 と海成の互層よりなるとみられるが,全体に風化が進み,最下位などは完全座クサリ磯である. ln.沖積低地の微地形と表層地質, 第2図は,1 : 40000および1 : 10000 の空中写真による微地形の判読に検土杖による現地調査を 加えて作った微地形分類図である.大きく分けて,高知平野沖積低地は,1)山麓の扇状地域,2) 中央部の自然堤防地帯,3)浦戸湾にのぞむ三角州地域に区分される.なあヽ表層地質としては,層 厚約10mを対象としている. 1)扇状地 鏡川流域では,渓口部の米田より中須賀一能茶山付近まで,久万川流域では,平野北方山地より 本流に合流する各支流がその合流部付近にかけて形成する小規模扇状地で,ほぼ東西方向にならん で分布を示す.これらのうち,最大である鏡川扇状地についてみるに(第2図参照),朝倉の米田 付近の扇頂(標高約10m)より能茶山付近の扇端(標高約5m)にかけて約3/1000の傾斜を示し ている.構成物質は玉石まじりの砂磯で,層厚は扇央部付近で約10mとあまり厚くない.微地形 的にみて,朝倉横田付近等は南北方向を中心に旧河道跡か数条分布しているのが空中写真より判読 される.それらは薄いシルトないし粘土が帯状分布している地域である.これらは乱流の痕跡であ り,また一部開析の進行を示すもので,東部物部川下流の日章付近のそれと同現象である.次に砂 磯層の層厚が扇端部で急激に薄くなるが,はりまや橋付近まで続く層厚2∼5mの砂磯層とほぼ同 層準であるとみられる. ・ 2)自然堤防地帯 鏡川流域の,中須賀一能茶山の標高5m付近から,は’りまや橘一梅が辻付近の標高約1mまで の地域は平均勾配1.2/1000で,自然堤防と後背湿地および旧河道の分布する地域である.久万川 流域では,愛宕大橋付近まで,国分川流域では川原島付近までか自然堤防地帯といえる.この地域 におヽける等高線にあらわれる特徴として,河川に平行し七舌状に下厦に向かってのびている.西部 平野の中央部は大高坂山・筆山など両側から基盤岩が迫うているためと,藩政時代以後の人工的開 発などによって自然堤防地帯としての発達おヽよび残存はよ.くない.むしろ東端の岡豊・布師田付近 にみられる国分川流域のものが発達がよい.旧堤防上は現在,ヽ中島・下附・新屋敷等の列状集落の 発達するところとして,その形態をとどめている.堤防構成物は砂・砂篠などで鏡川流域が最も厚 く約5m前後,粒径は現河床のそれとほぼ同程度である.また鏡川は,基盤地形との関係で南北 方向への蛇行は少なかったようである. 堤防間の低地,いわゆる後背湿地は,北部の国分川.`久万川流域に比較的顕著な分布を示す.そ れは空中写真判読によると相対的に暗い色調のところで,含水比の高い泥質物の分布がみられる. この表層を構成しているのは,有機質シルトないし粘土セある.これらには旧河道跡も含まれる
223 (甲藤・西) 平野の地形と沖積眉 珊 旧、現 回顧余嫡習e喩呼吸侭 回`昧 Z← 芝8∼ > N.f^川 弱脳瓢巡b吻訟哨垢皿 弱邸哨 OOS 0
224 高知大学学術研究報告 第20巻 自然 第13号 が,主として水田化された排水不良の微地形である.後背湿地の泥質層の下位には,前記扇状地砂 磯層より連絡する砂・砂殊層によって構成される部分があり,それに啖腐植土などをはさんでいて, 自然堤防特有の層序である小サイクルのくり返えしかみられる.その下底面の凹凸は,鏡川流域の 場合,自然堤防地帯のほぼ中央にあたる大橋通り付近までははげしくない. 以上の事実に粒度分析結果(Inmanの方法による.第10,11,・12図参照)を加えて,次のことが 考えられる.高知平野西部地域における現在の微地形である自然堤防地帯の下流限(三角州との 境)は,歴史時代以前の堆積である旧扇状地の扇端部にあたる.その後における海進によって浦戸 湾の最大汀線位置が現在の扇端,自然堤防地帯の上限地域まで進入し,丿日扇状地表層の一部をけず ったと考察される.そしてその後に,現在の自然堤防地帯及び下流域の三角州が形成されたとみら れる.これらの考察は考古学的資料,歴史的著述, C"結果,花粉分析結果等の既知の資料とも一 致する. 3)三角州 浦戸湾に注入する各河川は,河口部に三角州を形成している,それは,はりまや橋一愛宕大橋以 東の標高1m以下の地域で代表される.三角州地域の大半ば,歴史時代に入って陸地化されたこ とが知られている. 三角州地域は大きく二つのタイプに分けられる.鏡川流域,を例にとると,第5図に示すように, はりまや橋一下知区間の表層地質は,自然堤防地帯の延長状の性質をおびながらも,榊成物は磯ま じり砂から粘土まで,その粒径は淘汰度が悪い.そして下流に向って順次粒度を下げている.三角 州のうちでもこの地域は,堆積サイクルの幅はせまい.そして前記自然堤防地帯の砂回が,三角州 のこの地域における前置斜面の底質をつくる砂につ左がる.下知より浦戸湾にかけては,上記の砂 層の連続層を欠き,シルト∼粘土を主とした泥質層地域で,河口付近に分布する.この地域の泥層 には,腐植物とともに多数の貝ガラが混入している/そして稲荷町・砂地等に最も新しい形成とみ られる小規模な砂州の分布がうかがわれる. 犬 最後に,三角州全域の層序的下位の部分に,沖積層の主体層である泥質層が約20mの厚さで堆 積している.それは現在の浦戸湾内の泥層につなが石かつての三角州底置層であると予測される. IV.沖積層の層序と構造 1)沖積層基底の地形 沖積層を他の地層と区別する場合,最も問題になるのは洪積層との区別である.露頭をもたない 第四系の調査手段の1つとしては,近年ポーリング資料を利用する方法が一般化されているが,利 用上の留意点も多い.今回の研究にも約600本の柱状図(第3図参照)と数10点のコアを利用し た.留意点については,記述するスペースにとぼしいため割愛するが,しかし次の点は明記する必 要があると思う.それはボーリングの地点間隔が不そろいであることと, 30 m以深の深層ボーリ ングが乏しいことである. この研究報告で取りあつかう沖積層の年代は,今から約1万年前までとする.そして問題を単純 化するために,観察・考察過程では,氷河に起因する海面変動については,できるだけそれを組み 込ま左いようにつとめた. 第四系の層序区分のための指標に関していえることは,洪積層は一般に茶褐色で粘土化も進行し ている.一方沖積層は,青灰色の新鮮な疎痙いしは粘土である.また前者は,平野周辺に点在する 洪積段丘疎層と対比される点が多い.その他の指標としては,N値・色調・腐植物・貝化石の有無 ・火山灰の挾在・岩相等がある.そして出来るだけ多くのコアを肉眼観察することによって,露頭 観察に近づけることができる. ポーリング資料をもとに,高知平野の沖積層の下限を平面図化したのが第7図である.この図か
225 (甲藤・西) 知平野の地形と沖積 ●● 111111 ︷︸]和川 ●● 絡 ^- ・・.・・ .・反ト Ξ一目一べ]W ・ ・S ● ≒ ● 吻コ :i χ● ● ● 廸 寸 の 図瓶 ︰︻、1 φ ● ● 。・む ヽ ss ・脳反組 ゆeI LI ● ● 調゛砥 ●●● ● ● 捧 ゛S 。芒 λ う ヨ ・・φ. ●● ●・●●●・・ 以 1 ・’ 嶋 図[肢 EI ︵︶︵︶︵︶︷ ︵︶︵︶に ︵︶ 気卜芯 Q Ly、゜詞 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮︱■≫。。-■■ '●ゝ゜● 言 四く ●● 刺客 一・ ぢ、涸布巾刺匈 x 苛刻細面閤回路←! 's'"^。4 < (。 -。* ・ 1 一一瑕
究報告 第20巻 自然科学 第13号 高知大 226 E 回御榊聊屡翫 昶訓柳 ○ 々 oM− oE− β− ○ o︷+ ノL 蕊心一 ︷こ Ill ffl 。八。︸搦響燧 同] ご郊搦肪いや喘[t︰J] 奎 畝 瑕 図こ耽 ふふス・∼諒 鴎ヨベ □ □回 忿 悉念 口 回 尽ぺ o々− OM− つJ− ∼ − ○
227 (甲藤・西) 高知平野の地形と沖積 つ々− つm− oJ− β− ○ ︹︺ セ訓叫弊(潔 C85 C64 C63 図 回 蓋 旅 裂 180 0/ここら 皿 貸尽 口乞世 岨 図口味 つ々︱ つml 呂− β− く⊃ 凪+
高知大学学術研究報告 第20巻 自然科学 第13号 228 ’写− つ[− つ四1 つ︷1 つ 噸[lヨ弩c。 ︹e︺ 図 閤 奎 郎 瑕 裂 おヽ搦樅 回Q味 K83 咤悲心 T∇琢 K11 つ々− つ[− つ心− β− つ 凪+
高知平野の地形と沖積層 第7図 沖積層基底面図 (甲藤・西) 229 らいくつかの埋積段丘と埋積谷が明らかにされる.そして当時の湾入は,現在の湾よりもその中心 がやや西で,現在の潮江(役知町)付近に位置していたことが読みとられる.以下この水域を前浦 戸湾と呼ぶ.旧久万川水系の埋積谷は,現在の河川の下流域が北部山麓下を東方に流下するりに比 較して,かつては山麓より現在の高知城周辺付近まで南下していて,その一部には上町付近で旧鏡 川に合流していたものもある.河床勾配も合流点付近までは,現在の北部扇状地のそれと大差ない ほどの傾斜をもっていたようである.旧鏡川の埋積谷は,現在の河幅より多少広い約500 m の幅 をもって潮江方向に流出している.そして現在のそれよりも南に偏しており,本流は河ノ瀬橋付近 を通っていたとみられる.旧国分川等東方より前浦戸湾に注入していた河川は,その河口部が現在 のそれよりも全体に西に位置し,下知付近であったとみられる. 埋積段丘として明確左ものは,高知城付近で−10mと−20mの2つの段丘面が確認される(高 度数値は現海水面を基準にした標高.以下同じ).まず−10m面は旧久万川水系の城北・愛宕・和 泉の各面に代表され,その残存状態は比較的よい.その岩相上の特徴は,北部山麓地域に帯状分布 をする蛇紋岩の半風化した亜角篠を主体とする緑灰色の砂磯層で,それに腐植物を多く含む泥質層 をはさんだ扇状地性堆積層である.層厚は5∼10mで,下位の−20m面を構成するものの延長で ある一段と古い時代の半クサリ篠を主とする堆積サイクルの異なった地層をおかっている.これら 洪積世の堆積物と考えられる砂確層は,その粒径の点からみても淘汰度が2.5∼5.0と悪い.旧鏡 川水系の上町面は,高度・堆積サイクルなどから上記の各面に対比されるものであるが,岩相は多 少茶褐色系の砂岩の亜円篠層である.これらの−10m段丘は,下位の段丘との比高が約5∼8m
230 高知大学学術研究報告 第20巻 自他 あり,前浦戸湾に面した部分で顕著な段丘崖を形成している.この-10 m面は,その標式的な地 域名をとって愛宕面となづける. 次に−20m面は,愛宕埋積段丘より古い岩相を呈する半クサリ磯を主体とする旧鮫川水系の河 川沿いに分布が顕著な埋積段丘面である.その代表的なものは,升形から追手筋にかけて分布して いる.河床との比高は,4∼6mである.これに対比きれプる面としては,対岸の天神地域,旧国分 川水系の弥右衛門・高須等がある.この埋積段丘面を追手筋西と名づける. 最後に沖積層下限面としては,最も平坦な−30mの面の存在奮認める.この面は前浦戸湾内の 浅海底面らしく,勾配もゆるい.そして各埋積谷河床と連結する面でもある.それを構成するのは, 厚さ約5∼10mの青灰色の砂磯層である. \. 以上の面鳥ヽよび谷,そしてその構成物は,その上にのせる沖積層の基盤であって,主として洪積 世に形成されたものと考える.・これら埋積段丘・埋積谷等洪積地形については,他地域との対比そ の他残された問題点が多い. 2)層序及び構造 高知平野の沖積層の岩相的層序は,第4図の旧久万川および旧鏡川地域をとおる断面図を基準と して,第1表のように区分することができる. 層 序 第第第 第第 III 区 分 層層層 礎質 砂泥砂 層層 質磯 泥砂 11n 記 号 GI MI S I Mn GH 第1表 ド層 相 の 特 徴(層厚m) 現河床及び旧河床砂篠(O∼10) 粘土∼シルト∼砂質シルト(O∼16) Slv(火山灰)砂質シルト∼細砂(O∼7) sib (・砂州)細砂∼中砂(O∼10) 粘土−シル`ト∼砂質シルト(O∼10) 礎∼・玉砂利(O∼10) 第1砂mm (Gi)は,前節の表層地質の部分でふれたので重複をさけるが,現在の微地形を形成す る河川作用による堆積物が主であり,全休に扇状地的柵造含示す.そして最頂部に粘土∼シルトを のせる後背湿地の部分もある.それは粒度分析による淘汰度(第10,11図)か1.5∼4.0と悪く,そ のふり幅も比較的広いこととも一致する.層厚は一般的にいって山麓付近で厚く,河口部で薄い. 第1泥質層(MI)は最も連続性のよい,そして最も広い範囲にわたって分布する層である.こ の層は,腐植物,・貝ガラを含有した粘土∼シルトで,淘汰度も↓.2∼2.5と沖樋層中最もよい.層厚は −10mの愛宕面上では薄く(O∼7 m),レンズ状に砂層をはさむことか多い.MIの分布上限は,標 高−4m付近で旧汀線の1つと考えられる. -20 mの追手筋面上におヽけるMI層は,層厚が5∼ 10mと比較的厚くなるが,砂質シルトの部分も多くなる傾向がある.最も厚い部分は下知・潮江 など−30m面上の地域で,MIの層厚は10∼16mと廠り,淘汰度も平均1.8である. -20 m付近 では, 1.5とMI層中で最もよい淘汰度の部分といえる.MIは以上の諸点に加えて,旧汀線より 浦戸湾方向にかけて堆積サイクルが比較的一定している点を合わせて考察すると,沖積層中で最も 安定した内湾性の海成泥質堆積物であるといえる. 友軸この前浦戸湾の拡大した水域を,後浦戸湾とよぶことにずる. . 第1砂層(SI)は,火山灰層(Slv)と砂層(Slb)とに分けられるj/まずSlvは,九州に噴火源を もつ火山性ハリ質を主体とする火山灰の降下物か堆積(第2次を含む)したものである.この沖積 層中の火山灰は,九州のアカホヤ,四国西南に厚くそして南四国のほぼ全域の洪積段丘面など平坦 地に残存点在しているいわゆる音地に対比されるものである.沖積層中に存在する火山灰層として は,西は宿毛低地から東は徳島平野まで,泥質層中に明瞭忿層相をなしてはさまっている.この火
平野の地形と沖積層 (甲 西) 231 山灰の降下年代はC14の測定の結果, B. p. 5480年±130 (木越研究室)であること,沖積層中の 火山灰層数については,高知平野を中心に約600本のボーリング資料を検討した結果では,2・3の 例外を除いて他はすべて単一層であることなどについて,南四国の第四紀地層を層序区分する場合 の鍵層として最適であることが,今回の報告で新しく指摘できる. 高知平野におヽけるSlvの分布は,まず現在の扇状地下においては,その残存がまれである.現地 表面の自然堤防地域より下流の部分にはほぼ全域にわたって,連続単一層として明確な分布を示す (第8・9図参照)・ Slvの堆積状態は,四つの高度の異なる面を形成していて,断面形態からいって段状堆積を示す 点が注目される.それは断面図・平面図に示すとおりであるが,最上位面は高度約一5m,その分 布は一定でなく,層厚もO∼1mと薄い.これは扇状地上に直接のる部分である.下位の面との比 高は3∼4mで,浦戸湾に面した部分では崖状を呈する. 第2段は−10m面(面はすべて下限面)で,その層厚は,愛宕面の上に直接のる部分では約 1mと薄く,追手筋面との間に下部泥質層をはさむ鏡川流域および埋積谷付近では約2∼7mと厚 い.第3の−15m面は, -10 m面にほぼ準ずる.これらの部分におけるSlv層の上限面に,大小 2つの帯状凸部が存在する.この部分については,貝ガラが少量混入している点(一次堆積のSIv には混人物皆無)や,分布形態などより,高知駅より中の橋通りに至る沿岸州であるとみてよい. 第8図 火山灰層下限等深線図
232 高知大学学術研究報告 第20巻 自然科学 第13号 第9図 火山灰層等I厚線図 これは中の橋火山灰堤とよぶにふさわしい.−15両面はその下限の.凹部が顕著であるが,それは 次の−20m面の凹部に接続する一種の谷状部分とみられる.第4面との比高は4∼7mある. −20m面は最下位面で,その分布は最も広い範囲にわたっていて,一部に残存をとどめない部分 があり,全体に層厚はO∼2mと薄い.堆積位置として最も深いところは, -24mの弘化台付近で ある. 次に火山灰降下当時,即ち約5500年以前の高知平野の地形は,上記4面の段状平坦面の存在に 加えて,鏡川の下流はほぼ現在位置にあり,氾濫原の幅は約700 m と広く,その内河川は両側に 分流し,主流は筆山山麓に迫っていたとみられる.そして一時潮江地域を横切9て南下した時期も あったことがうかがえる.久万川はかつての南下時期・(約10000年前)に比べて,多少東に位置を かえて現在の高知橋付近に流出していたことがわかる.以上の諸点からいえることの1つは,これ らの地形か沖積層中に刻まれた地形面や谷筋として残るいわゆる沖積世にふヽける古地形の埋積され たものであり,その一部が明らかになったことである.即ち,標高−5m前後を残存する最上位旧 汀線として,それ以下に存在するより古い数向の徴食台か平坦而と七て残されていたものとみられ る.谷筋の存在・Slvの堆積環境等より,火山灰降下当時に,一時的(絶対値で約1000年)ではあ るが,相対的な海面後退の時期があったことか考え,られる(後述).大量の火山灰降下による河床 の変動も加味される必要がある. .. ‥, .. 第1砂層のうちで,はりまや橋∼潮江にかけての地域に,その分布が顕著な砂jisibがはさまっ
高知平野の地形と沖積層 (甲 西) 233 ている.この層には,腐植物とともに貝ガラの混入がみられる.層厚はO∼10mで,最厚部は潮 江橋付近で約10mある.上流方向に向かって漸次薄くなるのに対して,浦戸湾方向では急崖をも って消滅する.その上限面は,上記Slvの−15m面と接している.その部分におけるSlvは,砂 層を刻む谷の部分を除いて一般に薄く,約0.5 mである.粒度分析による淘汰度は3前後でよくな い.このSlb層は,これらの堆積状態から考察して,後浦戸湾に形成された砂州であるといえる. これを潮江砂州となづける.その堆積年代は,江の口川の中の橋南側の地点で,このSlb層と同層 準とみられる部分の貝ガラのC14の測定により, B. p. 6600年±120 (木越研究室)という絶対年代 がつかめている(Slv層の下5cm∼10 cmの部分).この数値をもとに, sibとSlv層との間には約 1000年の時間差がある.これは浸食の復活,又は波浪浸食を計算に入れても,層序的には有効な手 がかりとなる数値であるといえる.説明が前後するが,鍵層としてのSlvは,その下限面をもって 沖積層中に形成された不整合面であることが判明する.そして四面の段状形態をもつ意味が再確認 される. 第n泥質層(MH)は,粘土∼シルト∼砂質シルトに腐植物・貝ガラなどが多少混入していて, その層厚はO∼10mである.粒径の淘汰度は1.5∼3。5とあまりよく痙い.特に北部の旧久万川等 の河口部とみなされる高知橋付近(第4・10図参照)では,Mnでも下位ほど淘汰度が悪い.また 歪度も大きい.高知城東側の中の橋付近では,愛宕埋積段丘の段丘崖部分に,崖錐とともに多mの カキの殼が混入している.次にMHが−30m前後のGHと接する部分におヽいては,相対的な海面 上昇(海進)の初期の現象としての特徴を示す層厚0.5 m前後の薄い板状砂篠層が,GⅡとの間 ,に腐植土をはさんで分布する.これらの堆積状態から,MH層は新しい海進期をむかえた南四国中 央低地が沖積層の堆積をはじめた部分であり,順次水域を広げて前浦戸湾が生じ,その浅海下に海 成の泥質物が堆積した地層であると考えてよい. 第II砂篠層(Gn)は,沖積層形成以前の堆積物で,GHの上限面は,沖積層の下限と不整合に 接する.この地層については,既にその一部を記載したので次の点を加えておく.二段の埋積段丘 以外の部分で,より山麓に近い−5∼−10mの地域の埋積扇状地性の砂篠層と,最下位の浦戸湾 付近の−30m以下のGH層は,岩相その他よりほぼ同時代の層準であると考えられる.その勾配 は6/1000で,現在の同地域の扇状地勾配に比較して急傾斜している. V● 高知平野沖積低地の形成過程 高知平野の第四系について総合的な形成史を編むには,まだ洪積世時代おヽよび沖積世との境界時 期の問題などについて今後に残された部分が多いので,今回の研究報告においては,確実に沖積層 といえる約1万年以降について,前節の事実記載と考察にもとづいて第2表を作成し,それをまと めとした.以下,その補足説明と今後に残された問題点の1.2についてふれておきたい. 1)沖積層基底面形成期:埋没した扇状地中段丘として,現地表面からいって二層目の砂疎層部 分が形成された時期である.絶対年代で約1万年以前の浸食基準面の変動の少なかった,いわゆる 停滞期と考えられる時期である.期間としては約2000年の間に,第7図に示すような現在より起 伏に富んだ地形が形成された. 2),前浦戸湾拡大期:停滞していた海域は,海進の始まりを示す板状砂疎など小サイクルの堆積 時期(10000∼9000年前)を経て,潮江・下知と古い浦戸湾は,その水域を広げ泥質物の堆積か盛 んに痙った時代である. それはGn面を不整合におヽおヽいはじめることになる.そして約7000年前頃になると,湖状の水域 に現在の潮江橋付近を中心に砂州が形成される.そ七て海域の拡大は終って停滞期となり,凸部の プ部は浸食さえ受けるようになる.−10∼-15 m当時の波食台に加えて,位置的には上下する計 四段またはそれ以上の段状平坦面の形成をみる.