英EU離脱の行方~金融拠点シティの覇権は?
12/17、メイ英首相は欧州連合(EU)と合意したEU離脱(ブレグジット)案につい て、2019/1/14の週に英下院議会での採決を行うことを表明した。メイ首相は議会 演説で「(年明けの)1/7の週に離脱案に関する議論を始め、翌週に採決を行う」と 語った。野党・労働党はこれに反発し、メイ首相個人への不信任案を提出した。正 式な内閣の不信任投票とは違い、メイ政権が議案に応じる必要はないものの、今の ところ、離脱案は議会で承認を得られる目途は立っていない。 EUと英国は11/13に離脱協定草案で暫定合意に至り、11/14に英国はこれを閣議 了承。11/25にはEU緊急首脳会議で、①離脱条件等を定めた「離脱協定案」、②離 脱後の通商等の将来の大枠を示す「政治宣言案」について正式決定された。もし、 この離脱案が12/11の英議会で承認されれば、いよいよ離脱協定の締結、すなわち 「合意ある離脱」がみえるところであった。しかし、野党・労働党のほか、与党・保守 党の強硬離脱派や閣外協力している民主統一党(DUP)からも反発が強く、反対票 が100票以上になるとの観測も出るなか、メイ英首相は予定通り採決を行うことを断 念した。 注:レポートの日付はすべて現地時間で表記メイ英首相は1/14の
週に 離脱案の 議会
採決を行うことを表
明
12/17、メイ英首相は欧州連合(EU)と合意したEU離脱案について、2019/1/14の週に英下
院議会での採決を行うことを表明した。今のところ、離脱案は議会で承認を得られる目途は
立っておらず、こう着状態を打破するために、残留派を中心に再国民投票を求める声も挙
がっている。このまま英国内で妥協点が見つからず、EUと協定締結できなければ、合意のな
い「無秩序離脱」に陥る可能性が高まっている。
もし「無秩序離脱」となれば、英国の金融サービスにも大きな影響を及ぼす。世界の金融拠
点シティの店頭金利デリバティブ取引規模は世界の約4割。こうした巨額の取引を迅速に執
行するためには、清算や決済といった包括的な金融システムが不可欠である。EU金融機関
の90%は金利デリバティブの清算を英国で行い、英中央清算機関(CCP)が取り扱うEU企業
のデリバティブ残高は、想定元本ベースで69兆ポンド(約1京円)にのぼる。シティでのデリバ
ティブ清算が機能しなくなれば大きな混乱を招きかねない。
ブレグジットの行方について、年明けに再開される英議会での離脱案の審議、1/14の週に
予定される議会採決に注目したい。
マーケット・フォーカス
経済:欧州
投資情報部 エコノミスト 佐野 貴子メイ首相は、北アイルランド問題の安全策(バックストップ)について、英国がEU規 則に永久に縛られるような状況にならないよう、EU側に法的な確約を求めたが、 12/13~14のEU首脳会議では進展がみられなかった。1月の議会採決までにEU側 に法的な確約を求めるほか、議員の説得にあたるとみられる。一方で、議会承認が 難しい状況のなか、こう着状態を打破するために、残留派を中心に再国民投票を求 める声も挙がっている。ブレグジットまで残り約3ヵ月となるなか、このまま、英国内で 妥協点が見つからず、EUと協定締結できなければ、合意のない「無秩序離脱」に陥 る可能性が高まっている。 もし「無秩序離脱」となれば、移行期間を経ずに2019/3/29にEUから即時離脱す ることになるため、EUの単一パスポート制度*1のもとで業務を行ってきた英国の金融 サービスでは大きな混乱を招く可能性が高い。特に、金融派生商品(デリバティブ) や保険などの取引の扱いについて不安が高まっている。
世界の金融拠点であるシティの正式名称は「City of London Corporation」。ロンド ン市の行政区域の一部であるとともに、中世からの長い歴史を持つ同業組合(ギル ド)の共同体であり、特権を認められている自治組織でもある。地域としてみると、再 開発したカナリーウォーフ、メイフェアなどを含めて広義のシティ(ロンドンの金融ビ ジネス)とも呼ばれている。 2018年9月に英シンクタンクが金融センターの国際競争力を評価した「国際金融 センター指数」によればロンドンは2位。1位はニューヨーク、3位は香港、4位はシン ガポール、5位は上海となっており、シティは世界の金融取引の中心である。そのシ ティのロンドン証券所取引グループ(LSE)に上場する株式は世界トップクラスの時 価総額を誇る。グローバルな金融拠点として、債券や為替、デリバティブの取引量も 大きい。
世界の 金融拠点シ
テ ィ、店頭金利デリ
バティブ取引規模は
世界の約4割
0 10 20 30 40 50 60 0 2,000 4,000 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 16,000 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 英国 ユーロ圏16ヵ国 米国 英国の世界シェア 店頭金利デリバティブ取引規模(1日平均) (1995~2016年) (億ドル) (%) 0 4 8 12 16 20 0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 4,000 4,500 5,000 1995 1998 2001 2004 2007 2010 2013 2016 米ドル ユーロ 英ポンド ポンドの世界シェア 店頭為替取引規模(1日平均) (1995~2016年) (10億ドル) (%)店頭為替市場*2では、英国通貨のポンドは1日平均:6486億ドル(2016年)と、ド ル、ユーロ、円に次いで取引規模が大きく、世界の店頭為替取引規模の12.8%を占 めている。また、シティではさまざまな価格変動リスクの軽減等に使われるデリバティ ブの取引規模が大きい。店頭金利デリバティブ取引規模を国別にみると、足元では 米国での取引が急増しているが、それでも英国は1日平均:11,802億ドル(2016年) と、世界全体の取引額の38.8%を占めている。 *1 単一パスポート制度:欧州経済領域内のいずれかの国で免許を取得すれば、単一の免許で営業できる制度 *2 店頭取引:売り手と買い手が相対で取引を行う こうした巨額の取引を迅速に執行するためには、売買のための取引所だけではな く、清算や決済といった包括的な金融システムが不可欠である。2008年の金融危機 後には、デリバティブは金融機関同士の相対清算から中央清算機関(CCP)を経由 する集中清算へ移行されている。CCPは売買の仲介機能の役割を果たし、取引相 手の破綻リスクが連鎖するリスクを抑え、スムーズな取引を実現させてきた。シティの CCPはLSE傘下のLCHクリアネット社が行っている。ブレグジットにより、EU金融機関 に対して世界の金融拠点であるシティでのデリバティブ清算が機能しなくなれば、 大きな混乱を招きかねない。 イングランド銀行(英中銀)は10/9の声明で、金融システムについて、無秩序離脱 に陥った場合のリスクについて懸念を示している。欧州中央銀行(ECB)の概算で は、EU金融機関の90%は金利デリバティブの清算を英国で行う。全体として英CCP が取り扱うEU企業のデリバティブ残高は、想定元本ベースで69兆ポンド(約1京円) にのぼる。そのうち、41兆ポンドが19年3月以降に満期を迎える。
金融システムに不可
欠な中央清算機能
シティのデリバティブ
残高は想定元本ベー
スで69兆ポンド(約1
京円)
出所:みずほ証券作成 金融資本市場の流れ(イメージ) 取引所取引 など 株式 ETF 等 中央清算機関(CCP) 債務の引受*3、ネッティング*4 店頭取引 証券決済 資金決済 売買 清算 決済 先物 オプション 等 デリバティブ CDS 国債 等 *3 債務の引受:清算対象の取引の債務を 引き受けて保証し、それぞれの取引当事者 の相手方となること *4 ネッティング:各取引当事者間で支払額と 受取額の差額を計算し、その差額についての み決済することしかし、既存のEU法によれば、ブレグジット以降はEUの許認可から外れ、EU側は 英CCPでの清算は使えないことになるため、EUのCCPへの移管が必要となる可能 性がある。短期間で大量の契約が移管されると、場合によってはEU側のデリバティ ブ・ポジションが損なわれるのみならず、デリバティブ市場の機能も低下する恐れが ある。加えて、業界では金利スワップの清算費用の1bp(1bp=0.01%)の増加だけで、 EU側に年間計約220億ユーロの追加コストがかかる可能性があるとしている。 また、英中銀は保険契約等についても懸念を示している。ブレグジットにともない、 EUまたは加盟国の規則により、英保険会社がEUの3,800万人の保険契約者から保 険料を徴収したり、保険金請求を支払うことが滞る可能性がある、と指摘している。 もっとも、英国側ではEUとの金融取引の継続性確保のため、法対応が進められつ つある。しかし、EU側では契約移管のために1年間の猶予措置を設けることとしたも のの、その期間で対応できるかは不透明であり、具体的な対策も不十分だ。もし現 状のままで無秩序離脱となれば、巨額のデリバティブ契約について、シティからEU 側への移管、またそれにともなう手続き、その際予想される金融市場の動揺などで 混乱が生じることになり、投資家はそのコストを負担することになるだろう。 一方で、EU側が対応への腰が重いのは、世界最大の金融拠点シティの覇権を奪 うねらいもあるとみられる。例えば、EU側ではドイツ取引所グループの清算機関であ るユーレックス(Eurex)などが控えており、ユーロ建ての金利デリバティブを中心に 誘致に力を入れている。また、自らも投資銀行出身のマクロン仏大統領をはじめ、 EUの各国首脳も優遇策などを設けて金融機関の取り込みを図っている。 英政府は金融サービスに関しては、ブレグジット後はEUの基準やルールから離れ て独自の戦略を進め、非EU諸国との取引拡大に力を入れていくもようであるが、今 後の英国金融の行方は不透明といえよう。実際、前述の「国際金融センター指数」 でもロンドンのスコアは低下傾向である。包括的な金融システムが整う世界の金融 拠点のシティが一気に覇権を奪われることは考えにくいが、長期的にみれば、金融 業にともなうシステム、会計、法律等の周辺業からも人材やノウハウが流出していく に従って、じわじわとその影響力が低下していく恐れがあろう。 ブレグジットは英国とEUでの貿易や国境の問題が生じるだけでなく、金融サービ スの面でも大きな影響を及ぼす。合意ある離脱となった場合でも、EUと英国の双方 で新しい協定内容に対応する必要が生じるほか、無秩序離脱となった場合には大 きな混乱をもたらすだろう。ブレグジットの行方について、年明けに再開される英議 会での離脱案の審議、1/14の週に予定される議会採決に注目したい。