奈良教育大学学術リポジトリNEAR
東大寺二月堂声明(?)読経(法華経)
著者 牧野 英三
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 19
号 1
ページ 145‑165
発行年 1970‑11‑30
その他のタイトル ON THE SHOMYO RECITED AT THE NIGATSUDO HALL OF THE TODAIJI TEMPLE (VII) (continued from the preceeding issue) With Special Reference To Dokkyo (Hokekyo)
URL http://hdl.handle.net/10105/3063
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東大寺二月 堂声明(Ⅶ)
読 経 (法華経)
牧 野 英
(音 楽 教 室)
I ま え が き
ジ
読経は毎日初夜と後夜の時の前に唱える。共に大晦の前の序曲的な役割を果しているが、この 間、堂司が燈心をかえたり、種々の準備のため足繁く内々陣を往来し、時の場合と異なり一般に は余り注目されていないようである。しかし数人の練行衆が1人づつ交替で行う交互唱、或は斉 唱は、素朴であるが優れた音の動き、極めて印象的なリズムによって強く我々の心を掴む。二月 堂声明の中でも古い要素を多分に包含しているものの一つといえよう。以上の理由からこの主題 を選んだのであるが、読経全般に亘ると膨大な量になるので、今回は1日(8日)と6日(13日)
の初夜及び7日(14日)の後夜の最後に唱える「三千大千世界」を採譜し検討してみることにし た。六時の基本的な声明については継続的として本学紀要(13巻〜14巻)及び創立30周年記念日本 東洋音楽論考(1969年)に又巽師、大導師の祈り、授戒、食堂作法等については本学紀要(16巻〜
18巻)に既に述べたところであるが、新入の初夜の本節、法華俄法、神明帳、過去帳等とこれか ら研究すべき課題が数多く残っている。将来はこれらを目標に更に研究を進めたい。
Ⅱ 読経 に つ い て
読経に用いられる声明の内容は法華経の抜粋である。上七日に唱えた声明を下七日に同じ順序 で唱える。つまり1日と同じものを8日に、2日と同じものを9日に、以下同様に7日と14日も 同じものを唱える。初夜の読経について述べると、1日(8日)は序品第一、2日(9日)は誓喩 品第三、3日(10日)は薬草喩晶第五、4日(11日)は五百弟子受記品第八、5日(12日)は提婆 達多品第十二、6日(13日)は如来寿量品第十六、7日(14日)は常不軽菩薩晶第二十より抜粋し てある。配役は前もって時数表によって知らされているが、普通初夜では4人、また後夜では2 人で唱える。初夜の場合は北衆之−、南衆之一、北衆之二、南衆之二、中灯の5人の中から1日 は上席から4人、2日は南衆之−から中灯までの4人という風に割当てられる。各衆には割当て られた順序により一、二、三、四の番号がつけられる。これにより各衆の唱える声明の箇所が決 定されるのである。
初夜で唱える法華経の所々に−序読、−下叩、波音、二序読、二甲二〝、二下叩、三下叩、二 下達、二甲叩、三甲叩、三甲達、三甲二〝、三甲三〝、三乙二〝、四乙三〝、三相音、三乙叩、
四乙叩、三乙連等の詞が記されている。最初の数字は前述の如くその日に割当てられた番号の練
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東大寺二月堂声明(Ⅶ)(牧野)
行衆が唱えるべき箇所を示している。その後のものは調子、唱法等を表わしている。なお個々の 詞には随所に謡曲の胡麻点に似た記号がつけてある。また後夜は南座のもののみで唱える。この 際権処世界は唱えない。2人で行うので−乙二〝、二乙三〝、一相音、一乙叩、二乙叩、一乙達 等の標語が記してある。初夜では13〜15分もかかるが、後夜は量も少く、前者の5分の1位の時 間で終る。なお7日の後夜は北衆之一が頭になり全員で行う。上述の如く唱えるものの番号や 甲、乙のように高低に関する標語が声明そのものの中に記されているのは二月堂に関するもの中 では他に例をみない。以上のことから声明そのものは兎に角として、一段と進歩した記譜法とし てこれらの標語を見るとき、相当後の年代になってから他から取り入れられたもののように推測 される。さらに法華憾法等には明らかに後年、他の宗、あるいは婆婆にあるもが入り込んだと恩 われる旋律がある。二月堂声明には実に多様な要素が包含されている。
Ⅲ 芸司
(一序読)妙法蓮華経序品第一 (一日・八日)
如是我聞・一時仏住・王舎城・者閣蠣山中・与太比丘衆・万二千人倶・皆是阿羅漢・諸漏巳尽
・無復煩悩・逮待己利・尽諸有給・心得自在。(一序読)不退転・皆得陀羅尼・楽説弁才・転不退 転法論・供養無量百千諸仏・於諸仏所・植衆徒本・常為諸仏・之所称歎。(一序読)其名目・文殊 師利菩薩・観世音菩薩・得大勢菩薩・常精進菩薩・不休息菩薩・宝掌菩薩・薬王菩薩・(一下叩)
有四乾闊婆王・楽乾簡婆王・楽音乾閥婆王・美乾闊婆王・美音乾闊婆王・各与若千・百千巻尾倶
・有四阿倍羅王・婆稚阿倍躍王・怯羅音駄阿倍雇王。(一下叩)毒提希子・阿常世王・与若千・百 千春属倶・各礼仏足・退坐一面・爾時世尊・四衆囲遼・供養恭敬・尊重讃歎。
(一波音)爾時全車・比丘・此立尼・優婆塞・優姿夷。(二序読)諸修行得遭者・復見諸菩薩掌討 薩・種種因縁・種種信解・種種相貌・行菩薩遺・後見諸仏・般捏架者・復見諸仏・般淀柴後・
(二序読)放大光明・照干東方・万八千土・悉見彼仏・国界荘厳・於是弥勒菩薩・欲重宣此義・
以侶問日・文殊師利・導師何故。(二甲二〝)其声清浄・出柔軟音・教諸菩薩・無数億万・梵音探 妙・令人楽聞・各於世界。(二甲二〟)宝飾肇与・歓喜布施・廻向仏道・願得是乗・三界第一・諸 仏所歎・或有菩薩・馬軋馬宝車。(二下叩)入於深山・思惟仏道・又見離欲・常処空閑・深修禅定
・得五神通・又見菩薩・安禅合掌・以千万個。(三下叩)清浄園林・華果茂盛・流泉浴池・施仏及 僧・如是等施・種種微妙・歓喜無厭・求無上道・或有菩薩。(二下達)宝塔高妙・五千由旬・縦広正等・
二千由旬。(二甲叩)仏座道場・所得妙法・為欲説此・為当授記二示諸仏土・衆宝厳浄.・及見諸 仏・此非小緑・文殊当知。(二甲叩)為求声間者・説応四諦法・度生老病死・究寛捏盤・為求辟 支仏・説応十二因縁法・為諸菩薩・説応六枚羅密・令得阿博多羅・(二甲達)未出家時・有八王 子・一名有意・二名善意。(三甲二〝)弥勘当知・爾時全車・有二十億菩薩・楽欲聴法・是諸菩薩
・見此光明・普照仏土・得未曽有。(四甲三〝)爾時文殊師利・於大衆申・欲重宣此義・而説侮 言・我念過去世・無量無数劫・有仏人中尊・号日月燈明・世尊演説法。(三乙二〝)又見諸如来・
自然成仏道・身色如金山・端厳甚徽妙・如浄瑠璃中・内現真金像・世尊在大衆・(四乙三〝)爾時 四部衆・見日月燈仏・現大神通力・其心皆歓喜・各各自相聞・是事何因縁・天人所奉尊・通従三 昧起。(三相音)仏此夜滅度・如薪尽火滅・分布諸舎利・而起無量塔。 (三乙叩)
我見燈明仏・本光瑞如此・以是知今仏・欲説法華経・今相加本瑞・是諸仏方便・今仏放光明・
東大寺二月堂声明(Ⅶ)(牧野)
147助発実相義・諸人今当知・合掌一心待。(四乙叩)唯我知是柏・十方仏亦然・舎利弗当知・諸仏 語無異・於仏所説法・当生大信力・世尊法久後・要当説真実。(三乙連)慧日大聖尊・久乃説是 法・自説得如是・カ無畏三昧・禅定解脱等・不可思議法・道場所得法。
(一序読)妙法蓮華経如来寿量品第十六 (六日・十三日)
爾時仏告諸菩薩・及一切大衆・諸善男子・汝等当信解・如来誠諦之語。(一序読)爾時世尊・
知諸菩薩・三請不止・而告之言・汝等諦聴・如来秘密・神通之力・一切世間・天人・及阿修羅・
皆謂今釈迦牟尼仏。(一序読)於意云何・是諸世界・可得思惟校計・知其数不・弥勒菩薩等・倶 日仏言・世尊・是諸世界・無量無辺・非算数所如。(−下叩)爾時仏告・大菩薩衆・諸善男子・
今当分明・宣語汝等・是諸世界・若著後塵・及不著者。(一下叩)年紀大小・亦復現言・当人捏 柴・又以種種方便・説微妙法・能令衆生・発歓喜心・諸善男子。(一渡音)甚大久遠・寿命無量
・阿僧祇劫。(二序読)皆大歓喜・拝脆問訊・善安穏帰・我等愚靡・誤服毒薬・願見救療・吏賜 寿命・父鬼子等・苦悩如是。(二序読)所以者何・毒気深入・失本心故・於此・好色番薬・而謂 不美・父作是念・此子可怒・為毒所中・心皆願倒。(二甲二〝)言当減度・亦無有能・如法説我・
虚妄過者・爾時世尊・欲垂宣此義・而説侶言。(二甲三〝)衆見我滅度・広供養舎利・成皆懐恋慕
・両生渇仰心・衆生既信伏・質直意柔軟・一心欲見仏・不日惜身命。(二下叩)我見諸衆生・没 在於苦海・故不為現身・令其生渇仰・因其心恋慕・乃出為説法・神通力如是・於阿僧祇劫・是人 得八百・功徳殊勝眼・以是荘厳故・其目是清浄・常在霊鷺山。(三下叩)是諸罪衆生・以悪業因 縁・過阿倍祇劫・不問三宝名・諸有償功徳・柔和質直者・則皆見我身・在此而説法・或時為此衆
(二下達)・放逸著五欲・堕於悪道中・我常知衆生・行遺不行遺。(二甲叩)及久滅度・多宝如来
・亦散一切・諸大菩薩・及四部衆・叉雨細抹・栴檀沈水香等・於虚空中・天鼓自鳴・妙声深遠・
叉雨千種天衣・垂諸理路。(三甲叩)雨天貞陀羅・摩討貞陀羅・釈梵如恒沙・無数仏土来・雨衡 檀沈水・績紛而乱墜・如鳥飛空中・供散於諸仏・天鼓虚空申。(二甲連)以是因縁故・能生諸禅 定・八十億万劫・安住心不乱。(三甲二〝)一心智恵・其徒長勝・無量無辺・誓如虚空・東西南北
・四惟上下・無量無辺。(四甲三〝)君寵持此経・則如仏現在・以牛頭栴檀・起僧坊供養・堂有三 十二・高八多羅樹。(三乙二〝)又応作是念・不久詣道場・得無漏無為・広利諸天人・其所住止処
・径行若座臥・乃至説一偏・是中応起塔。(四乙三〝)若在僧坊・若空閑地・若城邑巷的・衆落田 里・如其所聞・為父母宗親・善友知識。(三相音)転身得与・陀羅尼・菩薩共生一所・利根智慧
・(三乙叩)唇舌牙歯・悉皆厳好・鼻修高直・面貌円満・眉高而長・額広平正・人相具足・世世 所生・見仏開法・信受教義。(四乙叩)世世無口患・歯不疎黄黒・唇不厚賽欽・無有可悪相・舌 不乾黒短・鼻高修且直・額広而平正・面目悉端厳・為入所喜見。(三乙達)亦見其中・一切衆生
・及業因縁・果報生処・悉見悉知・爾時世尊・欲重宣此義・而説侮言。
妙法蓮華経普緊菩薩勧発品第二十八(最後の部分)(七日、十四日後夜)
三千大干世界・微塵等・諸菩薩・臭普貿道・仏説是経時・普賢等・諸菩薩・舎利弗等・諸声聞
・及諸天龍・人非人等・一切大会・皆大歓喜・受持仏語・作礼而去・妙法蓮華経巻第八
爪γ 旋律構造 に つ い て
1日(8日)の初夜について述べる。全般を通し、素朴で明快な節過しである。−の序読が3
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東大寺二月堂声明(Ⅶ)(牧野)
回続くが、「1」のe g a eの動きは1回目にのみ出してくる。「4」のはじめにdがあらわれ
° ° °
るが、支点はe aにおかれている。「5」の終りに用いられているe afisの動きは読経全体を通 しての典型的な終止の型である。「13」からの下叩はeを主としたものであるが、カの入ったリ ズミカルな旋律進行である。誇張したアクセントで唱えるので叩というときく。特に「19」後半 のefiseのリズムと音程が特徴である。「22」から再び下叩になるが前述のものと同様である。
次に一渡音であるが、一から二に渡すための句で、eが主で終止は序読と同じである。二序読は
° ▼ ° °
2回続くが一序議と異るところは「33」の後半から「34」の前半にかけてのa afis fisが4分音 符で3回反復する部分である。一序謡ではこの繰り返しはないので正に意表をついた感じであ る。2回日の二序読ではこの部分を「38」の如く徹低してaの連続にしてある。効果的な配慮で ある。二甲二〝においてはfisがよくあらわれる。調子が上げられた結果になっており、音の動 きとしては「42」後半にその片鱗をみせ、「44」で更に発展し、「45」において特徴の全容を示
° ° e
している。Cis fis eの大胆な音の動き、鮮明なリズムはこの読経を通して最大の特徴とも考え られる。二下叩、三下叩は共に前述一下叩と大体同じ動きである。二下達はこの役が頭となり
°
「68〜69」を唱え、「70〜72」を4人で斉唱する。eが大部分で僅かにfisが入るが美しい部分
°
である。二甲叩は前述の下叩と類似しているが、各句の出し、または中間にfisがしばしば見う
° ° ° °
けられる。そのため旋律として新しい感じをうける。例えば「72」の仏座e e fis e「73」の為
° ° °
のe fis等。三甲叩は三の役に代るだけで旋律上の変化は認められない。Cisは一皮もあらわれ ない。二甲達「85」においては前述二下達の如く「86」の後半から「88」の始めまで斉唱になる が、旋律は陰旋法になりリズムも独特のもので前者と全く異っている。ここでは調子が前者より 高くなっている。三甲二〟「88〜93」及び四甲三〝「94〜100」は前述二甲二〝と同じ旋律であ る。「101〜103」の旋律はこれまで見うけられなかったもので「103〜106」は既に前にもあらわ
°
れている。ここの旋律は cisに集中されていることが特徴である。三相音「118」は前述二甲達 と頭が代るだけで旋律には変化はない。三乙叩「120〜128」四乙叩「130〜135」は前述の二乙叩
° °
と酷似している。又三乙連は二下達と同様の構造である。「137」より斉唱に入るが大部分e fis の2音の動きであり乍ら独特のリズムでしっかりした終止の型をつくっている。6日(13日)の 分については前述のものと略々同様の構造であるため検討を省略する。なお以上のものを旋律型 より分類すると別表の如く5つのグループに分けられる。
「三千大千世界」は普賢菩薩勧発晶第二十八の最後にある。上(下)7日の最終日の7日と14 日の後夜の読経の最後に唱える。はじめの三千大千世界を頭にあたる北衆之一が唱え、以下終り まで全員で斉唱する。初夜、後夜を通して最も長い斉唱で、旋律構成の上からも読経の終りを飾
°
るに相応しい箇所である。音域はH〜aの7度に亘り変化に富んでいる。大きな特徴は「274」
° ° °
a eHの動きである。この型は「275」「277」「279」等にもあらわれる。更にeHの動きも目 につく。つまりこれら声明の最大の動きである4度音程が随所にみられる。「129〜195」の()
内は普通読まない。
Ⅴ あ と が き
この主題をとりあげにことについては「まえがき」で述べたが、更に大きな期待は調子につい
東大寺二月堂声明(Ⅶ)(牧野)
149ての何等かの足がかりを得られないかということであった。読経以外の声明にはそれぞれの詞に 抑鉛を表示する記号は付されているが、調子を暗示するものは見当らない。読経における法華経
には三下叩、三甲叩、四乙叩の如く下、甲、乙の標語がみられる。これは相互の調子を規定する 可成り具体的なものとみられる。天台宗においては中心音の所在によって甲様、乙様と名づけら れている。大験前の句の中心音から1音高く出るか、もしくはその昔が中心になっているような 場合甲と記されているようである。昨年12月16日、関山忌の折、古紙の方々に読経の調子につい て質問いたした所、昔は雅楽がつけられていたとのことであった。その後色々と探っていたが最 近、その楽譜の所在が判明した。もし単なるバックミュウジックとし流されたものであれば調子 のより所にはならないが、伴奏音楽として使用されたものとすれば、前述の一下叩から波音、四 甲三〝から三乙二〝等に移る際の調子の関係が確然とあらわれてくるものと恩う。更にこれを数 行して悔過と宝号の関係も解かれないだろうか。これが最終的な課題である。とに角数人交番の 交互唱のため、採譜に際し調子関係を整えるのにこれまでにない困難を伴った。叉整理したため におきた幾ばくかの矛質もある。いつも天台宗、真言宗でいう厳格な「律呂」の問題と照合し、
実に特異な存在であることを痛感する。
○附記 この稿を纏めるにあたり筒井寛秀師には貴重な資料の御貸与、御教示に与り、又田中 瑞真師、鷲尾晋隆師はじめ古棟、練行衆の殆どの方々の御厚意、更に新薬師寺福岡隆聖師の格別
の御指導に心から感謝申し上げます。
○参考文献
(1)法華経上、中、下 警歪奉還訳注
(2)東大寺二月堂修二会作法資料集成 車 狭 川 宗 玄著
(3)法華経 筒井 寛秀氏蔵
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ON THE SHOMYO RECITED AT THE
NIGATSUDO HALL OF THE TODAIJI TEMPLE (VII) (continued from the preceeding issue)
With Special Reference To Dokkyo (Hokekyd)
Eizo Makino
Department of Music,, Nara University of Education, Nara, Japan
Dokkyd is recited before both periods Shoya and Goya, its contents being extracts from
Hokekyd (the Sutra of the Lotus). What is recited on the 1st of March is the same as
what is recited on the 8th. And each couple of the following days-the 2nd and the 9th,
the 3rd and the 10th, the 7th and the 14th-has likewise its own Buddhist scriptures to
be recited. What is introduced in the present issue is the scriptures recited in the Shoya period on the 1st (and the 8th) and on the 6th (and the 13th), respectively.
In the Shoya period 2 priests out of 6, that is, the 7 Hirashu priests minus Shosekai, chant the scriptures in turn. In the Goya period 2 priests out of Nanza (consisting of 3 members) take up the recitation work.
The melody of the recitation is cheerful and forceful ; especially its rhythm, in spite of its artlessness, strongly impresses itself on the mind. The melody is roughly classified into
the following five types : Type A, Type B, Type C, Type D, and Type E as seen in
"1-5," "13-15," "41-46," "68-71," "85-88", respectively. Of all the Shomyo(p\.) recited at the Nigatsudo Hall, Dokkyd is one of the finer ones because of its oldness and placid- ity.