ホメロスの詩と文字使用
著者 小川 正広
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 9
号 3
ページ 609‑630
発行年 1984‑12‑25
URL http://doi.org/10.15021/00004427
小 川 ホ メ ロスの 詩 と文 字 使 用
ホ メ ロ ス の 詩 と 文 字 使 用
小 川 正 広 *
The Homeric Poems and the Usage of Writing
Masahiro OGAWA
It is commonly assumed that the Homeric poems (i.e., the Iliad and the Odyssey) were composed during the 8th century B.C., and it is also certain that the alphabet was introduced into the Greek world at the latest by the last half of the same century. This begged the much discussed question of how and when these songs, which owe much of their language and technique to a long oral tradition, were first committed to writing. In this paper, I attempt to approach this problem in two different ways : (1) by examining the opinions of scholars who valued Milman Parry's study of oral epic poetry; and (2) by tracing the origin of the written text from the Alexandrian period back to the age of
Homer.
Although Parry showed that the Homeric poems were creat- ed orally, his successors were soon obliged to confront a difficult question which he did not consider. A. B. Lord, his collabo- rator in collecting the actual oral epics in Yugoslavia, has observed that (a) an orally-composed poem cannot be handed on by oral transmission without fundamental changes, but that (b) the oral poet's powers are destroyed if he learns to read and write. Thus he concluded that Homer did not himself write his poems, but rather, dictated them. Of these two principles, (b) was criticized by Adam Parry, who argued that Homer could have written them without having been exposed to such a dangerous literary culture as that which developed around the living South- Slavic bards. On the contrary, G. S. Kirk accepted the principle (b) and, rejecting (a), has tried to credit the early Greek rhapsodes with a higher degree of verbal accuracy in their performances than in the case of the ordinary Yugoslavian poets.
*京都産業大学,国立民族学博物館共 同研究員
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国立民族学博物館研究報告 9巻 3号
In this debate, the common concern would be to connect, as directly as one can, the Homer as "Singer of Tales" with the Homer of the preserved poems, whose "dramatic quality"
( J. B. Hainsworth) makes the chief obstacle to its being thought a pure oral product. However, to what extent is it possible?
We cannot respond without pursuing the history of the text.
The origin of the present text, on the whole, goes back through the critical works of the Alexandrian scholars of the 2nd century B.C. to the old vulgate, which, by its linguistic charac- teristics, can be closely related to Attica. On the other hand, the ancient traditions suggest that an official text was used in the Athenian festival called Panathenaea, where the Homeric poems were regularly recited from the 6th century. Although this is the oldest text which we can confirm, it is possible to think that this Attic text was brought from Ionia, virtually from the Homeridae ("descendants of Homer"), mainly because of a com- paratively small number of orthographic errors caused by the formal adoption of Ionic alphabet at Athens, in 403 B.C. The Homeridae were not only reputed as excellent reciters, but they seem to have been practised in improvisation as well. So they must have used writing to fix the Homeric version, with a view to applying themselves to creative composition, which was also an important heritage of Homer.
Now, whereas recitation and improvisation are psychologi- cally the same thing for the modern Yugoslavian poets (according to Lord), I suppose there was a clear distinction between imitation and originality for the singers of the Homeric time (aoidoi) and the Homeridae. It is in this mental condition that the letters worked for the professional poets as an effective means of record.
But it should not be overlooked that the public transmission re- mained oral until a much later time, and in this respect we cannot disregard Kirk's view of oral tradition.
序
1. 口承 詩 と して の ホメ ロ スの詩 と文 字使 用 1) 口述筆 記 説
2) 作 者 自筆 説 3) 口 承 説 4) 問 題 点
2,文 献 と して の ホメ ロスの詩 の起 源 1) ア レク サ ン ド リア時 代 の原 典 批 判 2) パ ナ テ ナ イ ア祭 の テ クス ト 3) 「ペ イ シス トラ トス の編 集」
4) ホ メ リダ イ とテ ク ス ト
3,結 び
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小 川 ホ メ ロス の詩 と文 字 使 用
序
古 代 ギ リ シ ア 最 大 の 叙 事 詩 人 ホ メ ロ ス の 作 品 (「イ リア ス 」・「オ デ ュ ッ セ イ ア 」) は , 一 般 に お よ そ B.C .8世 紀 頃 , 小 ア ジ ァ の イ オ ニ ア 地 方 に お い て 創 造 さ れ た と 考 え ら
れ て い る 。 一 方 フ ェ ニ キ ア文 字 (北 方 セ ム 文 字 ) を 母 体 と して 誕 生 し た ア ル フ ァ ベ ッ トの 使 用 は , 碑 銘 な ど の 考 古 学 的 資 料 に も と つ く研 究 か ら, す で に B.C .8世 紀 後 半 に は 始 ま っ て い た と推 定 さ れ て い る [cARPENTER l933,1938; JEFFERY l 961:
12−21,1962:554]。 今 日 , ホ メ ロ ス の 詩 の 成 立 が , 言 語 的 お よ び 技 法 的 側 面 に お い て , 文 字 な き 時 代 の ギ リ シ ア に お け る 長 い 口 承 詩 の 伝 統 に 多 くを 負 う こ とを 否 定 す る 者 は い な い で あ ろ う。 そ れ で は , ホ メ ロス の 詩 は , い つ 頃 , ど こ で , ど の よ う に , そ
して な ぜ 文 字 に書 き と め られ た の で あ ろ う か 1)。
従 来 こ の ホ メ ロ ス の 詩 の 文 字 化 の 問 題 は , 主 に 2つ の 観 点 か ら考 察 さ れ て き た 。 す な わ ち , 一 方 で は , 口承 詩 人 ホ メ ロ ス が そ も そ も創 作 の 段 階 で 文 字 を 用 い た の か ど う か , ま た そ の 作 品 が 忠 実 に 伝 承 さ れ る た め に は 文 字 の 助 け が は た して 必 要 だ っ た の か 否 か が , 主 に 現 存 の 口 承 叙 事 詩 の 調 査 結 果 を 手 掛 り と して 論 じ ら れ , ま た 他 方 で は , 文 献 と して の ホ メ ロ ス の 詩 の 起 源 を 歴 史 的 に 知 ろ う と す る 立 場 か ら, 最 古 の テ ク ス ト の 成 立 事 情 を 伝 え る史 料 を め ぐ っ て さ ま ざ ま な 解 釈 が 提 示 さ れ て き た 。 も ち ろ ん こ の 2つ の ア プ ロ ー チ は , 方 法 こ そ 異 な れ 目 的 に 関 し て は 相 対 立 す る も の で は な い 。 そ こ で 本 稿 で は , こ れ ら の 議 論 を 独 立 的 に 検 討 し, そ の 結 果 を 照 ら し合 わ せ な が ら全 体 的 に 問 題 点 を 集 約 して み よ う。
1.口承 詩 と して の ホ メ ロスの 詩 と文 字 使 用
1) 口 述 筆 記 説
ホ メ ロ ス の 詩 が 口 承 詩 の 伝 統 に 属 す る こ と は , 18世 紀 末 の 学 者 F,A .ヴ ォ ル フ の
「ホ メ ロス 序 説 」 Prolegomena ad H omerttm に よ っ て 本 格 的 に提 起 さ れ た が , そ れ を 実 際 の テ ク ス ト に も とつ く文 体 論 的 研 究 に よ っ て 証 明 し た の が ミル マ ン ・パ リ で あ 1) この問 題 の序 論 と して ,『民 博 通 信 』第 23号 に掲 載 した拙 稿 [小川 1984]を参 照 して い た だ
けれ ば幸 いで あ る 。
尚 ,本 論 中 の ギ リシア語 は次 の方 式 に従 って ラテ ン ・ア ル フ ァベ ッ トに書 き直 して あ る。
α 一一一> a ζ 一一 z λ 一→l π 一一> P 〜o −一レ Ph β 一→ b η 一 → e μ 一→ m ρ → r X − → kh γ 一 一> g θ → th り 一一レ n σ,9 → s ψ 一→ ps δ 一 → d 一一レ i ξ → x 7 → t ω 一一→・6 ε 一一> e κ 一→ k o −一o ひ 一一一> y
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国立民族学博物館研究報告 9巻 3号 る2)。 M .パ リは , ホ メ ロ ス の 作 品 に 含 ま れ る お び た だ し い 数 の 繰 り返 し文 旬 や 幾 行 に も わ た る 同 一 表 現 の 反 復 に 着 目 し, そ の 中 で も と くに 固 有 名 詞 と そ れ を 修 飾 す る形 容 句 と か らな る form ula (定 型 句 ) の 全 体 が , 叙 事 詩 の 韻 律 (hexam eter) の あ ら ゆ る 部 分 に しか も 重 複 せ ず に あ て は ま る よ う な シス テ ム を 形 成 して い る こ と を 明 らか に して , そ う した 技 法 が 口 頭 に よ る 詩 作 の 伝 統 の 中 で 長 い 年 月 を 費 して 完 成 さ れ た も の で あ る こ と を 示 した 3)。 ま た M .・xo IJは , こ の 即 興 詩 の 技 法 の 生 き た 証 人 と して , 現 在 な お 活 動 を 続 け る ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ァ (と く に セ ル ボ ク ロ ア チ ア 地 方 )の 吟 論 詩 人 (グ ス ラ ル guslar) た ち を 取 り上 げ , 彼 ら の 口 演 の 実 態 調 査 に 着 手 した 。 パ リ自 身 は こ の 事 業 の 途 中 で 他 界 し た が , 彼 の 遺 志 を 受 け 継 い で A .B.ロ ー ドが 調 査 を 続 行 した 。 そ して ロ ー ド は そ の 調 査 の 結 果 , グ ス ラ ル た ち が 詩 を 文 字 に 書 き 記 す こ と を 知 らず , M ・パ リが ホ メ ロ ス の 詩 に つ い て 指 摘 し た よ う な form ula の 技 法 を 用 い て 物 語 を 口 演 して い る こ と , ま た 彼 ら の 毎 回 の 口演 は け して 同 一 作 品 の 復 論 で は な く, そ こ で は つ ね に 新 た な 創 造 が 行 わ れ て い る こ と を 明 ら か に した [LORD l960]。
例 え ば 次 の 15行 の 詩 は , 1934年 N ovi Pazar と い う町 で 老 グ ス ラ ル Salih U gljanin が 歌 っ た 「バ グ ダ ッ ドの 歌 」 の 一 節 で あ る [LORD 1960:45−54]。
Jalah reCe,/zasede dogata;
Dogatu se/konju zamoljila:
"Davur
, clogo,/krilo sokolovo!
beta ti jefo zanatu bila;
「ア ラー にか け て」 と言 って 彼 女 は 白馬 に ま た が った 。 彼 女 は 白馬 に 懇願 した 。
「お い 白馬 よ,鷹 の翼 よ !
突 進 す る のが お ま えの つ とめで あ った。
2) M .パ リの 全 論 文 は [PARRY l 971] に 収 録 さ れ て い る 。
3) hexam eter は 下 図 の よ う に ダ ク テ ユ ロ ス ー )) と ス ポ ンデ イ オ ス ー 一 の 組 み 合 わ せ か らな り , 切 れ 目 は A,B, C の ど れ か の 個 所 に く る 。
A B C
)) )) i):) _ i)) )) _ ) 1 1 i l 4 1 1 3 1 1 2 1
従 っ て 大 部 分 の {brm ulaは そ れ ら の 切 れ 目 の 前 後 に あ て は ま る よ う に 作 られ て い る 。例 え ば : 1. Zeus hypsibrem etes, Tr6essi de bouleto niken (llias,16.121.下 線 部 他 4個 所 ) 2・ M yrm idones hetaroi Peleiade6・Akhileos (Ilias,16.269.他 7個 所 )
3・ h6s phato, rhig6sen de polytlas dios Odysseus.(Ody∬eia,5.171.他 37個 所 ) 4・ ton d apam eibom enos prosephe polym Etis O dysseus (Od2sseia,7.207.他 81個 所 ) ま た そ れ ぞ れ の 部 分 に 入 る formula は 各 固 有 名 詞 に つ き だ い た い 1つ に 限 られ て い る 。 こ の
シ ス テ ム に 関 して , お よ び form ula を 軸 と し た 伝 統 と 創 造 と の 関 係 に つ い て は [岡 1980] に わ か り や す く 的 確 な 考 察 が あ る 。 な お form ula に つ い て パ リ は 「所 定 の 本 質 的 概 念 を 表 わ す た め に 同 一 韻 律 条 件 の も と で 規 則 的 に 用 い ら れ る 表 現 (ま た は 語 群 )」 と 定 義 した が [PARRY l971:13,272], そ の 後 そ の 適 用 に 関 して は 学 者 に よ っ て ま ち ま ち で あ る [逸 身 1977]。
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小川 ホメロスの詩 と文 字使用
5 Vazda je Mujo/6etom Cetovao.
Vodi mene/do grada Kajnide!
Ne znam dadu/ka Kajnidi gradu.
Hajvan begedzborit' ne mogage,
Tek mu svagtariturak umijage.
10 Ode gljedat'/redom po planini.
Uze dadu/ka Kajnidi gradu,
Pa siljeie/planinama redom,
Pa ga eto/strmom niz planinu,
I kad polju/sljeie kajni&ome, 15 Kome stati/polje pogijedati,
5 いつ も ムー ヨは突 進 した 。 私 を カ イニ ヂ ァの 都 へ導 いて くれ ! 私 は カ イニ ヂ ァの都 への 道 を 知 らな い 。」 馬 は獣 , しゃべ る こと はで きな か った が , どん な こ とで も知 って いた 。
10馬 は 山 々を見 わた して,
カ イ ニ ヂ ァの都 にむ か って 進 路 を と り,
次 か ら次 へ と峰を 越 す と , 見 よ ま っ しぐ らに山 を くだ った 。 そ して カ イニ ヂ ァの 野 に 降 りた った と き,
15 立 ち止 ま って 平野 を 眺 め た4)。
セ ル ボ ク ロ ア チ ア叙 事 詩 の 韻 律 は 10音 節 か らな り (decasyllabic),一 行 の 切 れ 目 (/)
は 必 ず 4番 目 の 音 節 の あ と に く る か ら , form ula は 4, 6 , な い し 10音 節 を 長 さ の 単 位 とす る [LORD l962:186]。 さ て 上 の 詩 で 下 線 の 部 分 は , 同 一 詩 人 の レパ ー ト
リ ー に属 す る12の 物 語 約 12,000行 の 口演 記 録 の 中 で 2度 以 上 用 い られ た 表 現 を 示 し,
し た が って f()rm ula で あ る と言 え る 。 ま た 他 の 表 現 単 位 の 中 に も (例 え ば 3行 目 の davur dogo 「お い馬 よ 」), 類 似 した 句 の 存 在 (davur gturan, davur doro:首turan,
doro は dogo と 同 じ く馬 を 指 す ) か ら form ula 的 と言 え る も の も あ る 。 しか し今 そ れ らを 除 外 し た 場 合 で も , こ の 見 本 で の form ula の 割 合 は , 全 詩 行 に 関 して は 5/15 す な わ ち 1/3, ま た 半 行 に 関 して は 16/30つ ま り約 1/2 に 達 す る 。 こ れ は form ula が 朗 調 に 際 し い か に 重 要 な 機 能 を 果 た す か を 示 し て い る 。
と こ ろ で fbrm ula の 技 法 は , 物 語 の ヴ ァ ー シ ョ ンを 固 定 す る た め に用 い ら れ る と は 限 らな い 。 そ れ は む しろ , グ ス ラ ル た ち に 即 興 的 創 造 を 促 す こ と が 多 い 。 例 え ば M パ リは 1934年 , Dem ail Zegi6 と い う詩 人 か ら 「B()ji6i6 A lija が Alibey の 子 供 らを 救 う」 話 を 4 ケ 月 の 間 を 置 い て 2回 採 録 した と こ ろ , 2つ の ヴ ァ ー シ ョ ン は 細 部 に お い て 相 違 す る個 所 が 多 い う え に , 長 さ も 大 い に 異 な っ て い た (698行 vs・1369行 )
[LORD l962:191]5)。 た だ し談 話 に よ る と詩 人 は 習 い 覚 え た ま ま 正 確 に 歌 っ て い る つ も り で あ り [PARRY and LoRD l954 i 240−−241;LoRD 1960:27−29], こ の 場 合 も 筋 の 展 開 自体 は ほ と ん ど 変 わ ら な か ら た こ と は 重 要 で あ る 。 そ こで ロ ー ドは , 口 承 に お い て ど の よ う に して 変 化 が 生 じ,ま た 何 が 変 化 しな い の か を 知 る た め ,同 一 の 物 語
4) ロ ー ドの 英 訳 に も と つ く試 訳 。 尚 テ ク ス ト左 の 数 字 は小 川 。
5) こ の 2つ の ヴ ァ ー シ ョ ン は [PARRY and LoRD 1954] に 収 録 さ れ て い る 。
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国立民族学博物館研究報 告 9巻 3号 が 2人 の詩 人 間 で伝 承 され る場 合 と, 同 一 の詩 人 が短 期 間 お よ び長 期 間 隔 て て 2度 1 つ の話 を 口演 す る場 合 の計 3つ の タ イ プの 実験 につ いて 考 察 して い る [LORD l960:
99−123]。 そ の結 果 , 口承 にお い て変 化 す る部分 は次 の 6つ の カ テ ゴ リー の どれ か に 属 す る こ とが示 さ れ て い る。
(1) 同 じ事柄 を詩 行 数 を縮 小 ま た は増 大 して表 現 す る。
(2) 物 語 の 装 飾 的部 分 の拡 大 ま た は描 写 部分 の細 密 化 。
(3) 物 語 の 順 序 を 部分 的 に変 え る(この場 合 キ ァス ムス の よ うな修 辞 的逆 転 が多 い)。 (4) も との物 語 に は な く他 の 歌 い手 か ら聞 いた 素材 をつ け加 え る。
(5) 部 分 的 省 略 。
⑥ (緊 密 な 内 的構 造 を もつ 物語 の場 合 )一 部 の テー マ を類 似 の テ ーマ と置 き換 え る。
(1)か ら(5)は formula な い し formula 的表 現 を 駆 使 して行 われ る。 これ らの場 合 変 化 の 程 度 は比 較 的 小 さ く,物 語 全 体 の 内容 は ほ とん どそ の ま ま保 た れ る。 しか し伝 統 の枠 内 で詩 入 た ちは ひん ぱん に独 自の 詩 作 を試 み て い る こと がわ か る。 一 方 (6)は formulaの レベ ル を 越 え る テ ー マ単位 の 口頭 的 技 法 に も とつ い て な され , 改変 の度合
は大 きい 。 ただ しこの 場合 もま た, 詩全 体 の主 題 は小 テ ー マ 間 の従 来 か らの 強 い結 び つ き によ って一 応 維 持 され る。 しか し個 々の歌 い手 の 創造 が ,一 定 の 条 件 下 で は伝 統
の力 に対 して相 当張 り合 う力 を も って い る こ とは注 目に値 す る。
以 上 の よ うに formula と テ ーマ の技 法 に よ って作 られ た 物 語 詩 は , 口承 の 過程 で た えず 変 化 す る こ とは明 らか で あ る。 した が って も しホ メ ロス の詩 が同 様 の 方 法 で伝 承 され た とす れ ば , その 内容 は一 た とえ粗 筋 は変 わ らず と も 長 期 の う ち に大小 無 数 の改 変 を こ うむ った で あ ろ う。
しか しなが らホ メ ロス の 時代 に は文 字 は す で に存 在 した か ら, それ を 用 いて 口承 に よ る変 化 を防 ぐこ とは可 能 で あ った 。 もち ろん ユ ーゴ ス ラヴ ィ アに も文 字 は あ り,吟 請 詩人 た ち は努 力 す れ ば それ を 使 う こと が で き る。 だ が実 際 は彼 らは文 字 を 全 く使 わ ず , 口頭 的 技 法 にの み頼 って い る。 なぜ な らグス ラル た ち には 口承 に よ る変 化 が十 分 意 識 され て い な いか らで あ る。 ま た そ れ の み な らず ,文 字 の介 入 は , 口演 と い う形態 の 中 に 実現 して い る創作 と伝 承 の 完 壁 な一 致 を 破 壊 し, そ れ らを 独 立 的活 動 に変 え て しま う。す なわ ち文 字 を習 い覚 え た 口承 詩 人 は,書 きな が ら詩 作 す る こと に な るが , そ の際書 き言 葉 に慣 れ て 口頭 的 技 法 によ る従 来 の表現 能 力 を しだ いに失 い , さ らに口 演 にお い て は あ らか じめ文 字 に固 定 され た作 品 の暗諦 に専 念 す るあ ま り,即 興 的 創造
を 行 わ な くな る。 事 実 ロー ドの調 査 によ る と,読 み書 きの技 術 を 用 いて純 粋 な 口承詩 を作 った 詩人 は存 在 しな い。 文 字 を使 用 した物 語 は,文 体 の上 に明 白 な変 化 が見 られ
614
小 川 ホ メ ロス の詩 と 文 字使 用
る ので あ る [LORD l968]。そ れで は,詩 人 に対 して拘束 や 影響 を与 え る こ とな く,文 字 を 口承 詩 の記録 手 段 と して 用 い る こと はで き るの か。 この 問 い に対 して ロー ドが提
案 した答 え は, 口述 (口誦)筆 記 とい う方 法 で あ った [LoRD l 953,1960:124−−138]。 ロー ドが M .パ リと共 同で 集 め た南 ス ラ ヴの 口承 詩 は, 実 際 ,詩 人 の 口演 を 助手 に
筆 記 させ た ものが 多 い。 そ の際 詩 人 は ,筆 記 の速 度 を 考慮 して普 通 よ り もゆ っ く り歌 わね ばな らな い 。通 常 の 口演 は グス レgusleと 呼 ばれ る一 絃 の楽 器 で リズ ム とテ ンポ を整 え な が ら行 わ れ る のだ が , この場 合 に は楽 器 は用 い られ な い。 しか しこの異 例 の 状 況 に慣 れ て く る と,詩 人 はむ しろ緩 慢 な速 度 を利 用 して ,普 段 は時 間 的 制 限 や 聴衆 の催 促 の ため に 簡 潔 に語 らね ばな らな か った個 所 を ,十 分 に装 飾 しま た思 うま ま に拡 大 す る こ とが で き るよ うに な る。 つ ま り口述 筆 記 の 場 に お いて 詩人 は , 口演 者 と して は いつ も よ り劣 る が ,物 語 作者 と して は 自 己の最 高 の能 力 を発 揮 して い るの で あ る。
この よ うに して ロ ー ドは, ホ メ ロ スの 詩 が純 粋 な 口承詩 で あ り, ま た 改変 を受 け る 前 に書 写 さ れ た とい う前 提 の も とに , その文 字 化 が 口述筆 記 に よ って 成 し遂 げ られた と推 測 して い る。 この見 解 は た しか に ,普通 の 口演 の水 準 を は るか に凌 ぐ作 品 の規 模
(「イ リア ス」 が約 15,600行 ,「オ デ ュ ッセ イア 」 が約 12,100行 ) と,即 興 詩 と して は 想 像 し難 いそ の 内 容 的完 成 度 に対 す る 1つ の説 明 と もな って い る。 しか し現 代 ユ ーゴ ス ラヴ ィア の 口承 詩 とは異 な る伝 統 と表現 形 式 を もつ古 代 ギ リシ アの叙 事 詩 が , 口承 の過 程 で前 者 と同 じ位変 化 を受 け るか ど うか につ いて は, ロー ドは類 推以 上 に確 実 な 論 拠 を示 して い な い。 ま た た とえ 口承 にお い て流 動 は避 け難 い と して も, これ だ け大 規 模 な筆 記 を促 す 何 らか の 理 由 が あ った の だ ろ うか。 ロー ドは そ れ に も触 れ て い な い。
だ が と りあ え ず こ こで は, 口述 筆 記 説 がホ メ ロス の詩 の文 字 化 に 関す る有 力 な仮 説 で あ る こ とだ け を指 摘 して お こ う。
2) 作 者 自 筆 説
と こ ろ で , ホ メ ロ ス の 詩 を 口 承 詩 と して 把 握 し て い る人 々 の 間 に も , 詩 人 自 身 が 筆 を と っ て 書 い た と す る 意 見 が あ る こ と を 忘 れ て は な ら な い 。 そ の 支 持 者 と して H ・T・
ウ ェ イ ドーゲ リ [W ADE−GERY l 952:11−14]6), C.M ・バ ウ ラ [Bow RA l 952:240
−241]7》, A .レ ス キ [LEsKy l963:53−58]が 挙 げ ら れ る が , と り わ け ロ ー ド と 同 じ く M .パ リの 口 承 詩 説 の 直 接 的 影 響 下 に あ る ア ダ ム ・パ リの 見 解 [PARRY l 966]は 6) 彼 は, アル フ ァベ ッ トはギ リシア叙事 詩 (韻文 ) を書 き記 す た め に案 出さ れ た と さえ考 えて
い る 。
7) た だ しバ ウ ラは, の ちに は ロー ドの影 響 を 受 けて 口述 筆記 説 に傾 いて いる [BOWRA 1955=
11−13]。
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国立民族学 博物館硯究報告 9巻 3号 興 味 深 い。
A・パ リは まず , 口承 詩 の文 字 化 に関 して ロ ー ドが示 した原 則 , (a>口頭 で作 られ た物 語 詩 は 口承 の過 程 で 相 当 な 変化 を こうむ る, お よ び (b)口承 詩 人 の創 造 力 は読 み 書 きの能 力 の体 得後 は著 し く低 下 す る, の う ち, (a) は事 実 と して尊 重 す るが , (b)
に つ い て は ホ メ ロス に は あて はま らな い と言 う。 な ぜ な らユ ー ゴ ス ラヴ ィア の詩 人 た ち はす で に発 達 した文 字 文 化 の中 に生 きて お り, 彼 らが文 字 を用 い る こ とは ,結 局 口 承 詩 (無 文 字 文 化) の伝 統 と対 立 す る都 市 文 明 の価 値観 の影 響 を受 け るか らこ そ有 害 な の で あ る が,他 方 文 字 使 用 が始 ま った ばか りの B.C.8世 紀 頃 の ギ リシア世 界 で は,
文 字 は新 た な価 値 観 や文 体 を ともな わ な い ので , そ の よ うな悪 効 果 を お よ ぼす 危 険 は な い と想 像 され るた め で あ る。 そ の うえ ホ メ ロス は, 明 らか に グス ラル た ち よ りも は るか に多 様 かつ 精 巧 な form ula の技 法 に練 達 した人 で あ る。 だか ら彼 が た とえ新 し い 記録 手 段 を使 った と して も, 従 来 の表 現 ス タ イ ル は変 わ らな か ったで あ ろ う。 A.
パ リは こ う して一 ロー ドが口 述 筆 記 で普 通 以 上 に優 れ た作 品 が生 ま れ た と主 張 して い るの と同様 に一 現 存 の ホ メ ロ スの 詩 は規 模 と構 成 の 緊密 さ に お いて作 者 自身 の 文 字使 用 に負 う と こ ろが大 き い と考 え て い る。
3) 口 承 説
同 じ 口 承 詩 説 か ら 出 発 し な が ら, 文 字 使 用 に 関 して は ロ ー ド と A .パ リは こ の よ う に 異 な る 見 解 を 導 き 出 し て い る 。 しか し南 ス ラ ヴ の 口 承 詩 の 実 例 か ら, 一 般 に 口 頭 に よ る正 確 な 伝 承 は 不 可 能 と判 断 し, ホ メ ロ ス の 詩 は成 立 と 同 時 に 文 字 化 さ れ た と 確 信 して い る点 で は ,両 者 は 完 全 に 一 致 し て い る 。 そ れ に 対 し て ,こ の 共 通 の 前 提 の 妥 当 性 を 問 い 直 し て い る の が G ・S・カ ー ク で あ る 。 カ ー ク は 最 初 ロ ー ドに 対 す る 反 論 [K IRK I960,1962:98−101] に お い て , (1)古 代 ギ リ シ ア叙 事 詩 の form ula の シ ス テ ム は 南 ス ラ ヴ の 口 承 詩 の そ れ に 比 べ て は る か に 大 き な 拡 が り と精 密 さ と経 済 性 を そ な え て い る こ と , そ し て(2)音 節 の 長 短 に も と つ くホ メ ロ ス の 詩 の 韻 律 (注 3参 照 ) は グ ス ラ ル た ち の 10音 節 詩 形 よ り も著 し く厳 格 な 規 律 を も つ こ と を 指 摘 し , ギ リ シ ア 詩 に お け る 正 確 な 伝 承 の 可 能 性 は こ の 形 態 的 条 件 か ら ユ ー ゴ ス ラ ヴ ィ ア の 詩 の 場 合 よ り は る か に 高 か っ た と推 測 す る 。 こ の 可 能 性 は さ ら に , ホ メ ロ ス 以 後 の 口 承 詩 人 の 質 的 変 化 に よ っ て い っ そ う高 め ら れ た で あ ろ う。 と い う の は カ ー ク に よ る と ギ リ シ ア の 口 承 叙 事 詩 の 歴 史 は , ホ メ ロス の 出 現 を 境 と して , そ れ 以 前 を 創 造 的 詩 人 (ア オ イ ドス aoidos8)) の 時 代 , そ れ 以 後 を ラ プ ソ ドス rhaps6dos と 呼 ば れ る復 講 を 本 分 と す る 詩 人 の 活 動
8) aoi dos一 aei dei n 「歌 う 」
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小川 ホメロスの詩と文字使用
図 1 叙 事 詩 を 吟 請 す る ラ プ ソ ドス (B.C.490年 頃 の ア ッ テ ィ カ 製 赤 絵 式 壺 絵 , British M useum 所 蔵 )。
期 に 分 か れ , し た が っ て ラ プ ソ ドス た ち は ホ メ ロ ス の 「モ ニ ュ メ ン タ ル な 詩 」 を 忠 実 に 伝 え る こ と に の み 専 心 した と 想 像 さ れ る か らで あ る 。 次 い で カ ー ク [K IRK 1976:
129・−145] は A .パ リの 見 解 に 対 して , (1)口 承 文 化 す な わ ち 無 文 字 文 化 の 担 い 手 で あ る叙 事 詩 人 が , 文 字 に も とつ く全 く違 っ た 創 作 と 伝 承 の 方 法 に 反 発 せ ず , そ れ を 積 極 的 に活 用 した と は 考 え 難 い (こ れ は ロ ー ドの 原 則 (b)の 確 認 で あ る ), ま た (2>文 字 使 用 の 痕 跡 が 碑 銘 等 の 短 い 文 以 外 に は 発 見 さ れ て い な い B.C .8世 紀 頃 の ギ リ シ ア に お い て , そ も そ も ホ メ ロ ス の 詩 の よ うな 大 規 模 な 作 品 が 書 物 と し て 成 立 す る こ と は 全 く 617
国立民族学博物館研究報告 9巻 3号 異 例 の事 態 で あ り9), 万 一 それ が起 こ った とす る な ら著 者 と して の ホ メ ロス に 関 して 何 らか の情 報 が後 世 に伝 え られ たで あ ろ う し, さ らに後 代 の 詩人 の書 き変 え や書 き加 え の 問 題 も生 じなか った で あ ろ う, とい った 理 由 を示 して ホ メ ロス 自筆 説 を しりぞ け て い る。 カ ー ク自身 の 意見 で は , 口承 に お いて は一 定 の変 化 は必然 的 に生 じるが , し か しホ メ ロス の詩 の よ うな 大 作 が複 数 の詩 人 に よ って復 諦 され る場合 ,詩 人 た ち は互 い に規 制 し合 い ,原 作 の 改 変 は最小 限 に抑 え られ た で あ ろ う。 そ れ ゆ え B.C.8世 紀 に 口頭 で 成 立 した ホ メ ロ ス の詩 は,古 人 が伝 え る よ うに B.C.6世紀 頃 ア テ ナ イで 正 式 に書 写 され るま で , 1世 紀 あま りの 間, 同 じ く口頭 的方 法 に よ り ほ とん ど 当初 の形 の ま ま伝 え られ た と推 測 され る。
4) 問 題 点
以 上 で 口 承 詩 と して の ホ メ ロ ス の 詩 の 文 字 化 に 関 して , (1) ホ メ ロ ス の 口演 を 書 記 が 書 き取 っ た (ロ ー ド), ② ホ メ ロ ス 自 身 が 筆 写 し た (A .パ リ), (3) ホ メ ロ ス 後 一 定 期 間 の 口 承 を 経 て 書 写 さ れ た (カ ー ク), と い う 3種 類 の 見 解 を 見 て き た 。 ま た こ
の 「論 争 」 が , ロ ー ドに よ っ て 示 さ れ た (a) 口 承 は 改 変 を 生 む , (b) 口 承 詩 の 創 造 は 文 字 を 排 除 す る , と い う 2つ の 原 則 の 適 用 を め ぐ っ て 行 わ れ た こ と に も注 意 を 向 け て き た 。 した が っ て 3者 の 意 見 の 不 一 致 は , 現 存 の 口 承 詩 と ホ メ ロ ス の 詩 と が 単 純 に似 て い る か らで は な く , む し ろ ど の よ う な 点 で 異 な る の か が 不 明 瞭 な た め 生 じ た と 考 え ら れ る。 実 際 ロ ー ドの 見 解 で は , 南 ス ラ ヴ の 口 承 詩 調 査 の デ ー タ が 重 視 さ れ る あま り , ホ メ ロ ス の 時 代 の 特 殊 性 に つ い て は 十 分 考 慮 さ れ て い な い 。 ま た A .パ リが 指 摘 した 文 字 使 用 に 関 す る 文 化 的 状 況 の 違 い は 重 要 で あ る が , ホ メ ロ ス に よ る 文 字 使 用 の 実 態 に つ い て は 想 像 の 域 を 出 て い な い 。 さ らに カ ー ク は ラ プ ソ ドス の 口 承 能 力 を 高 く評 価 す る が , ホ メ ロ ス 以 後 す ぐ に 創 造 的 詩 作 が 停 止 した と は 考 え 難 い 。 い ず れ に せ よ 文 字 使 用 の 問 題 を め ぐ っ て こ の 3者 が 共 通 に 目 指 し て い る こ と は , M .パ リの 文 体 論 的 研 究 に よ っ て 示 さ れ た , B. C. 8世 紀 の 純 粋 な 口 承 詩 の伝 統 の 中 に 生 き る 「物 語 詩 の 歌 い手 」 (Singcr of Tales)10》 と し て の ホ メ ロ ス 像 と , しか し 口承 詩 の 比 較 研 究 の 枠 を 越 え た 劇 的 構 成 11) を 示 す 現 存 の テ ク ス トの ホ メ ロ ス と を , で き る か ぎ り直 線 的 に 結 び つ け る こ と で あ ろ う 。 しか し そ れ は は た し て ど こ ま で 可 能 で あ ろ うか 。 そ こ で 次 章 9) た だ し L.H.ジ ェ フ リによ ると ,書 く材料 と して皮 革 の 利 用 は割 合古 くか ら普 及 して い た [JEFFERY 1961:50」58,1962=557]0
10) この表 現 は ロー ドの 研 究書 [LOR1) 1960]の題 名 とな って い るが , もとは M パ リの 未 刊 の 書 の タ イ トで ル あ った [LORD l 948:36−37】。
11)J.B.ヘ イ ンス ワー ス が dramatic quality dramatic unity と 呼 ぷ と ころ の もの [HAINs・ WORTH 1969:9−10]。
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小 川 ホ メ ロ スの 詩 と文 字使 用
で は, この 問題 を文 献 と して の ホ メ ロス の 詩 の 歴史 に即 して 考 え て み よ う。
2. 文 献 と し て の ホ メ ロ ス の 詩 の 起 源
現 在 の ホ メ ロ ス の テ ク ス トは , A . D .10世 紀 に ビ ザ ンチ ン で 作 成 さ れ た も の を 最 古
図 2 A.D.10世 紀 の 「イ リア ス 」 の 写 本 (M S V enetus M arcianus 454. Biblioteca nazionale M arciana, Venice,所 蔵 )。 尚 テ ク ス トの 周 囲 の 書 き こ み は 古 注 。
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国立民族学博物館硫究報告 9巻 3号 と す る 多 数 の 中 世 の 写 本 に も と つ い て 校 訂 さ れ て い る 12)。 しか しそ の 中 世 の 写 本 の 間 に は , 単 語 の 分 切 , 綴 り, ア ク セ ン トな ど の 比 較 的 小 規 模 な 異 同 以 外 に 目 立 っ た 相 違 は認 め ら れ な い (と く に全 体 の 行 数 に つ い て は ほ と ん ど 一 致 して い る)。 一 方 写 本 の 他 に , ギ リ シ ア ・ロ ー マ 時 代 に 書 か れ た パ ピル ス の 断 片 が 数 多 く伝 わ っ て い る が , そ の う ち B.C.2世 紀 後 半 以 降 の 断 片 に つ い て は , 現 在 の テ ク ス ト と大 き く異 な る も の は き わ め て 少 な い 。 した が って 現 在 と ほ ぼ 同 じ テ ク ス トが , B. C .2世 紀 末 ま で に は 確 立 して い た と 推 定 さ れ る。
1) ア レ ク サ ン ド リ ア 時 代 の 原 典 批 判
こ の 標 準 的 テ ク ス トの 確 立 に は , B. C .2世 紀 の ア レ ク サ ン ド リ ア の文 献 学 者 ア リ ス タ ル コ ス の 果 た し た 役 割 が 大 き い と 考 え ら れ て い る 。 古 注 (ス コ リア )そ の 他 の 資 料 に よ る と彼 は ,当 時 の 地 中 海 全 域 の さ ま ざ ま な 都 市 が 所 蔵 し て い た テ ク ス ト (ekdoseis apo tδn poleδn) や 個 人 所 有 の テ ク ス ト (ekdoseis kat andra) を 使 っ て ホ メ ロス の 原 典 批 判 を 行 っ た と さ れ て い る の で あ る 。 ア リス タ ル コ ス の 校 訂 本 は 残 っ て い な い が ,
そ の 校 訂 (diorth6sis) の 方 法 に つ い て は , オ ベ ロ ス ー (偽 作 の 詩 行 を 示 す ), ケ ラ ウ ニ・オ ン T (偽 作 の 詩 行 群 を 示 す ), ア ス テ リス コス ※ (誤 ま っ て 配 置 さ れ た 詩 行 を 示 す )7. ア ン チ シ グ マ D (語 順 の 混 乱 を 示 す ), デ ィ プ レ 〉 (注 を 示 す ) な ど の 記 号 を 用 い て 進 め られ た こ と, ま た テ ク ス トに 付 属 す る注 釈 (hypom nem ata)が 作 成 さ れ た こ と が 知 られ て い る 。 し か し こ こ で 重 要 な こ と は , 古 注 に 記 録 さ れ た ア リ ス タ ル コ ス の 字 句 の 読 み 方 が , 中 世 の 大 部 分 の 写 本 に 忠 実 に は 受 け 継 が れ て い な い こ と で あ る。
例 え ば T.W 。ア レ ンの 計 算 に よ る と [A LLEN 1924:304], 「イ リ ア ス 」 の イ タ リア 系 の 写 本 を 対 象 と した 場 合 , 計 664個 所 の ア リス タ ル コス の 読 み の う ち , 半 数 以 上 の 写 本 に伝 わ っ て い る の は 30% の 202個 所 だ け で あ り,ま た P.マ ゾ ン に よ る と [M AzoN l943:16],874個 の ア リス タ ル コ ス の 読 み に 対 して ,す べ て の 写 本 に 受 け 継 が れ て い る の は80個 で , こ れ は 9% の 割 合 に な る 。 さ ら に 古 注 に 引 用 さ れ た 都 市 本 や 個 人 本 の 異 文 は 数 少 な く重 要 で な い も の が 多 い の に 対 し て ,同 じ く古 注 に お い て 流 布 本 (ekdoseis koinai) と 呼 ば れ る テ ク ス トは , し ば し ば ア レ ク サ ン ド リ ア の 学 者 の 校 訂 本 に 対 立 す
る も の と して 引 用 さ れ , しか も そ の 読 み は 多 くの 場 合 写 本 と 一 致 して い る [M AZON l943:23−27]。 こ う した こ と か ら, ア リス タ ル コス は お そ ら く 当 時 最 も普 及 して い た テ ク ス トを 底 本 と して 使 用 し な が ら , テ ク ス ト自 体 に は 明 ら か に 削 除 す べ き 個 所 や 12) 以 下 ホ メ ロス の写 本 お よ び ア レ クサ ン ド リア時 代 の 原典 批 判 につ いて は [ALLEN 1924:271 −327;M AzoN 1943:7−88;DAvlsoN 1962a:22レ224; KIRK 1962: 301−306;PFEIFFER 1968:210−233】参 照 。
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小 川 ホ メ ロス の詩 と文 字使 用
異 文 を 記 号 で 示 す 以 外 あ ま り手 を 加 え ず , そ して 異 文 に 関 す る 意 見 に つ い て は , ま と め て 注 釈 な ど に 書 き 記 した も の と 推 測 さ れ る 。
も っ と も ア リス タ ル コ ス が 用 い た と 思 わ れ る 当 時 の 流 布 本 が , 写 本 と す べ て の 点 で 一 致 して い る わ け で は な い。 こ の 点 で ア レ ク サ ン ド リア の 文 献 学 の 影 響 は 無 視 で き な い 。 そ の 異 同 に つ い て は , ま ず 字 旬 の 削 除 が 多 く を 占 め る が , 次 に 易 し い 読 み へ の 書 き換 え が 目 立 つ 。 す な わ ち 流 布 本 の 特 徴 は 古 風 で 難 解 な 字 句 を 保 存 して い る こ と で あ る [M AzoN l 943:27]。 こ の こ と は , 比 較 的 新 しい 性 格 を も つ 都 市 本 [BoLLING 1925:3 7−41] な ど と は 対 照 的 に , 当 時 の 流 布 本 の 成 立 が か な り古 い 時 代 に遡 る こ と を 物 語 っ て い る 。
2) パ ナ テ ナ イ ア 祭 の テ ク ス ト
ア レ ク サ ン ド リア 時 代 以 前 の テ ク ス ト(流 布 本 )の 系 譜 を 知 る 上 で の 貴 重 な 手 掛 り は , そ れ が 語 形 に お い て ア ッテ ィ カ 方 言 の 影 響 を 受 け て い る こ と で あ る [CHANTRAINE 1958: 15−16, 184−188,475−477; DAvlsoN l962a:223−224; PALMER l962:
94−96,1980:94]。 例 え ば , ホ メ ロ ス の 言 語 に お い て 重 要 な 位 置 を 占 め る イ オ ニ ア 方 言 と ア イ オ リス 方 言 で は , 語 頭 の 気 息 音 は発 音 さ れ な い の が 普 通 で あ る が , 現 在 の テ ク ス トで は そ れ が 表 記 さ れ て い る 。 こ れ は ア ッ テ ィ カ 方 言 に そ の 習 慣 が 保 た れ て い た か ら で あ る 。 しか も そ れ が 比 較 的 新 し い 改 変 で あ る こ と は , 同 じ単 語 で も ア ッ テ ィ カ 方 言 に な い 古 い 形 に は 気 息 音 が 記 さ れ て い な い こ と か ら窺 わ れ る (例 え ば 6m broton
〔古 形 〕・=hem arton:ham artanein の ア オ リス ト;em ar〔古 形 〕ニ hem ere:「日 」)。 ま た m akheointo (一m akhcoiato), hento (一heato) の よ う に , 中 動 相 複 数 3人 称 の 語 尾 一ato が 一nto に 改 め ら れ て い る こ と な ど も ア ッ テ ィ カ 方 言 の 影 響 を 示 して い る 。 これ らの 若 干 の 言 語 的 影 響 に 加 え て , ア リス タ ル コ ス が ホ メ ロ ス は ア ッテ ィ カ 地 方 の 首 都 ア テ ナ イ の 人 で あ っ た と述 べ て い る こ と (ア レ ン編 「ホ メ ロ ス 伝 」 II.13, V .7−
8 [ALLEN 1974:244,247]), さ ら に B。 C. 5世 紀 後 半 か ら ア テ ナ イ を 中 心 と し て 書 物 の 出 版 や 交 易 が 盛 ん に 行 わ れ て い た こ と [TuRNER l952; DAvlsoN I962c:
153−156,219−220;PFEIFFER l 968:28;REyNoLDs and W iLsoN l968:1−2,214]
な ど を 考 え 合 わ せ る と, B. C.5−3世 紀 頃 の ギ リ シ ア に 普 及 して い た ホ メ ロ ス の テ ク ス トは , ア テ ナ イ と 深 い 関 係 が あ っ た と 考 え ら れ る 。
そ こ で 想 起 さ れ る の は , ア テ ナ イ で は , B. C .6世 紀 頃 か らパ ナ テ ナ イ ア と い う 国 家 的 祭 礼 に お い て ホ メ ロ ス の 詩 が 毎 回 吟 諦 さ れ た と い う伝 承 で あ る 。 こ の 伝 承 に つ い て は 幾 人 か の 古 代 人 が 証 言 を 残 して い る (以 下 の 引 用 の 原 文 は [A 肌 EN 1924:226−
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国立民族学博物館研究報告 9巻 3号 229;DAvlsoN l 955:7−15] に収 録 )。 ま ず 最 も 古 くは B. C.4世 紀 の 弁 論 家 リュ ク ル ゴ ス が 「対 レ オ ク ラ テ ス 演 説 」 102節 に お い て , 「諸 君 ら (ア テ ナ イ人 た ち) の 祖 先 は ホ メ ロ ス が 重 要 な 詩 人 で あ る と信 じ, 5年 毎 の パ ナ テ ナ イ ア 祭 に お い て , 多 く の 詩 人 た ち の 中 で 彼 の 叙 事 詩 だ け が 朗 諦 さ れ る よ う制 定 した 」 と述 べ て い る 。 次 に プ ラ ト
ン の 偽 作 と さ れ る 同 世 紀 後 半 の 「ヒ ッパ ル コ ス 」 228節 B で は , 「ペ イ シ ス ト ラ トス の 子 供 の 中 で 最 年 長 で 最 も 賢 明 な ヒ ッパ ル コ ス が … … 初 め て こ の 地 (ア ッ テ ィ カ ) に ホ メ ロ ス の 詩 を も た ら し, 今 日 で も行 わ れ て い る よ う に , パ ナ テ ナ イ ア の 祭 に お い て , そ の 詩 を ラ プ ソ ドス た ち に か わ る が わ る あ と を 受 け 継 い で 歌 い と お す よ う に さ せ た 。
… … こ の よ う に して 彼 は , き わ め て す ぐれ た 市 民 た ち の 統 治 者 と な る た め , 彼 らを 教 育 し よ う と し た の で あ る 」 と記 さ れ て い る 。 こ れ よ りか な り の ち の 記 録 に よ る と , こ の 法 の 制 定 は B.C. 5世 紀 の ペ リク レス (A . D . 1−2世 紀 の プ ル タ ル コ ス の 「ペ リ ク レ ス 伝 」 13.6に よ る ) ま た は B.C.6 世 紀 前 半 の 人 ソ ロ ン (A。 D .3世 紀 の デ ィ オ ゲ ネ ス ・ラ エ ル テ ィ ウ ス の 「賢 人 伝 」 1. 57に よ る ) と い っ た 有 名 な 政 治 家 に帰 さ れ て い る が , ヒ ッパ ル コ ス が B.C.6世 紀 後 半 の ア テ ナ イ に お け る文 芸 ・芸 術 活 動 の 保 護 者 で あ っ た こ と を 考 慮 す る と , 上 記 の 証 言 は 信 頼 に 値 す る と 思 わ れ る 。 吟 論 の 方 法 に つ い て は , デ ィ オ ゲ ネ ス ・ラ エ ル テ ィ ウ ス は 上 述 の 個 所 で , 「ソ ロ ン は ホ メ ロ ス の 詩 が 一 定 の順 序 に 則 っ て 朗 謂 さ れ る こ と , す な わ ち , 先 の 者 が 終 わ っ た と こ ろ か ら 次 の 者 が 始 め る よ う に と の 規 則 を 定 め た 」 と書 い て お り , こ れ は 「ヒ ッパ ル コ ス 」 の 記 述 (「か わ る が わ る あ と を 受 け 継 い で 」)と一 致 して い る 。 以 上 の 史 料 か ら , ホ メ ロ ス の 詩 の 吟 請 が パ ナ テ ナ イ ア と い う 国 家 的 行 事 の プ ロ グ ラ ム に 加 え ら れ た の は , そ れ が B.C・ 6世 紀 頃 の ア テ ナ イ社 会 に お い て 教 育 的 効 果 の 高 い 優 れ た 作 品 と し て 正 式 に 認 め ら れ た た め で あ る こ と , さ ら に ま た , そ の 際 の 複 数 の 口 承 詩 人 に よ る 吟 諦 が , 実 施 規 則 に 示 さ れ る よ う に 公 認 の テ ク ス ト に 準 拠 しな が ら行 わ れ た こ と は 明 らか で あ る
[D AvIsoN I962a:219,1962b:238]。
3) 「ペ イ シ ス ト ラ トス の 編 集 」
さて B.C.6世紀 後 半 に遡 る この パ ナ テ ナ イ ア祭 の テ クス トは 間 接 的 根 拠 に も とつ いて で は あ るが一 わ れ わ れ がそ の 存在 を確 か め る こ との で き る最古 の ホ メ ロ ス の テ クス トで あ る。 そ れ以 前 の伝 承 の 状態 につ いて は , もっ と間 接 的 な デ ー タ に手 掛
りを 求 め る他 解 明の方 法 は な い。 こ こで は まず , 1章 で検 討 した 仮 説 を考 慮 しな が ら,
一 応 2通 りの推 測 が可 能 で あ る こ とを 示 して お こ う。
その 1つ は ,パ ナ テ ナイ ア祭 の テ クス トが究 極 的 には ホ メ ロス 自身 ま た は ホ メ ロス
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小川 ホ メ ロ スの 詩 と文 字 使 用
の 子 孫 と 呼 ば れ る人 々 に 起 源 す る と い う考 え 方 で あ る 。 こ れ は J.A .デ ィ ヴ ィ ソ ン,
P.マ ゾ ン , G .P.グ ー ル ド らに よ っ て 提 示 さ れ て お り , 結 果 的 に は 1章 で 述 べ た ロ ー ドの 口述 筆 記 説 と A 。パ リの ホ メ ロ ス 自筆 説 を 補 強 す る も の と な ろ う 。 も う 1つ は , ホ メ ロ ス の 詩 は B.C .6世 紀 の ア テ ナ ィ で 初 め て 編 集 さ れ て 固 定 さ れ た と す る 見 方 で あ り , D . L.ペ イ ジ , R .メ ル ケ ル バ ッハ , R .シ ー リな ど に よ っ て 支 持 さ れ て い る 。 も し こ れ が 実 証 さ れ る と , 口 承 を 重 視 す る カ ー ク の 説 は 有 力 な 根 拠 を 得 る で あ ろ う 。 意 見 の 分 か れ 目 は , 上 述 の ヒ ッパ ル コ ス の 父 ペ イ シ ス ト ラ トス が ホ メ ロ ス の 詩 を 編 集 し た と い う伝 承 に 対 す る 解 釈 で あ る (以 下 の 引 用 の 原 文 は [A LLEN 1924:229−
238;D AvIsoN 1955=16−19ユ に 収 録 )。 す な わ ち B.C. 1世 紀 の ロ ー マ 人 キ ケ ロ に よ る と , 「ペ イ シ ス トラ トス は , そ れ ま で 混 乱 した 状 態 に あ っ た ホ メ ロ ス の 書 を , 今 わ れ わ れ が も つ よ う な 形 に ま と め あ げ た と 言 わ れ る 」 (「弁 論 家 に つ い て 」 3章 34節 137) と さ れ て お り, ま た 年 代 不 明 で あ る が 「パ ラ テ ィ ナ 詞 華 集 」 に は , 「ペ イ シ ス ト
ラ トス は そ れ ま で 分 散 して い た ホ メ ロ ス の 詩 を 集 め た 」 (11巻 442.3−4) と い う詩 句 が 見 出 さ れ る。 さ ら に こ れ に 付 随 して , B. C .6世 紀 の ア テ ナ イ人 (ペ イ シ ス トラ ト ス ま た は ソ ロ ン) が 「イ リア ス 」 と 「オ デ ュ ッ セ イ ア 」 に ア テ ナ イ に 関 す る 若 千 の 詩 旬 を 挿 入 した と い う B.C.4世 紀 に 遡 る 伝 承 も存 在 す る (デ ィ オ ゲ ネ ス ・ラ エ ル テ ィ
ウス ,プ ル タ ル コ ス ,ス トラ ボ ン に よ る)。 こ れ ら の 証 言 か ら , パ ナ テ ナ イ ア祭 の テ ク ス トは ペ イ シ ス ト ラ トス が 部 分 的 に 文 字 化 さ れ た 多 数 の ホ メ ロ ス の 詩 を 集 め て 作 っ た も の [M ERKELBAcH 1952; PAGE l 955:73,97,129,135,144], あ る い は パ ナ テ ナ ィ ア 祭 で 用 い ら れ た の は 完 全 な テ ク ス トで は な くエ ピ ソ ー ドの テ ー マ の リス トの よ う な も の で , ペ イ シ ス トラ トス が 集 め て 統 一 した の は ま だ 文 字 に な る前 の 口 承 詩 の 断 片 だ っ た [SEALEY I957:342−351] と い った 見 解 が 導 き 出 さ れ て い る 。 そ れ に 対 し て デ イ ヴ ィ ソ ン [DAvlsoN 1955:15−21,1962b:238−239] は , ペ イ シ ス ト ラ トス の 編 集 の 伝 承 は 年 代 的 に み て 挿 入 に つ い て の 言 及 か ら派 生 し た も の で あ り , さ ら に 挿 入 の 問 題 は じ つ は ア テ ナ イ と敵 対 す る都 市 (メ ガ ラ) の 国 家 的 対 抗 意 識 に 由 来 す る の で , 編 集 の 事 実 と は 関 係 が な い と判 断 す る 。 そ れ に も し編 集 が B.C .6世 紀 に な さ れ た と す る な ら ば , 挿 入 と 非 難 さ れ る べ き 個 所 は も っ とた くさ ん 出 て き た に 違 い な い 。 こ う して ペ イ シ ス ト ラ トス の 編 集 は 実 際 に は な か っ た と い う 反 対 の 見 解 が 生 ま れ る 。 と こ ろ で デ イ ヴ ィ ソ ン は , 伝 承 に 述 べ られ た ペ イ シ ス トラ トス の 時 代 の ホ メ ロ ス の 作 品 と は , 「イ リ ア ス 」 と 「オ デ ュ ッ セ イ ア 」 だ け を 指 した と想 定 して い る [DAVISON 1955:13,1962b:238]。 しか し B.C.5−4世 紀 の ギ リ シ ア 入 は , こ れ ら の 他 に 「叙 事 詩 の 環 」 と呼 ば れ る一 群 の 詩 (「イ リウ ・ペ ル シ ス 」, 「エ ピ ゴ ノ イ 」, 「キ ュ プ リア 」 623