厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)
発達障害児者等の地域特性に応じた支援ニーズとサービス利用の実態の把握と支援内容に関 する研究
平成29年度 分担研究報告書
福岡市における発達障害児者の支援ニーズと地域特性に応じた 支援体制に関する研究
研究分担者 清水 康夫(横浜市総合リハビリテーションセンター)
研究協力者 佐竹 宏之(福岡市立東部療育センター)
宮崎 千明(福岡市立心身障がい福祉センター)
小川 弓子(福岡市立西部療育センター)
相部 美由紀(福岡市立あゆみ学園)
森 孝一(福岡市教育委員会・福岡市発達教育センター)
宮崎 仁(福岡市立こども病院こころの診療科)
鶴澤 礼実(福岡大学筑紫病院小児科)
井上 貴仁(福岡大学医学部小児科)
小川 厚(福岡大学筑紫病院小児科)
A.研究目的
発達障害児の早期発見や早期支援は、自治 体によって体制が異なっている。その体制は 自治体の財政状況、人口構成、医療資源、民 間の福祉施設など、各自治体のこれまでの取 り組みの経緯をふまえた様々な地域事情が要
因となり形づくられている。本研究班は、地 方自治体の規模による発達障害児の支援ニー ズの実態把握と支援システムの現状調査を通 して、それぞれの地域特性に合わせた支援の 在り方について検討するための支援システム のモデルを示すことを目的としている。平成 研究要旨 :福岡市東区(人口約31万人)において、その地域に居住する小学 1 年生(小 1 群)
と小学 5 年生(小 5 群)を対象として、発達障害に関する疫学調査を医療機関と学校に対し て行った。医療機関調査での発達障害の有病率は小 1 群9.2%、小 5 群6.1%で、学校調査では、
発達に何らかの遅れや偏りがあると把握された児は小 1 群9.2%、小 5 群8.3%だった。医療に おいては広汎性発達障害を、教育においては多動性障害や学習障害の特性を多く把握する傾 向がみられた。医療機関では学習障害の診断が殆どなされていなかった。また療育、医療、
教育の各機関で発達障害児の支援がなされているが、評価や支援の情報は十分にはつながっ
ていない現状が示唆された。増大し多様化する支援ニーズに対して、児の状態にあわせた幅
広い支援の提供が求められるが、各機関の位置づけや機能、評価や支援の情報のつながりに
ついて現体制を検証や検討の必要性が生じている。
25年度から27年度で実施された研究班「発達 障害児とその家族に対する地域特性に応じた 継続的な支援の実施と評価」(障害者対策総 合研究事業H25-身体・知的-一般-008)
では福岡市の発達障害児支援の地域特性、発 達障害の支援ニーズに関する疫学調査、福岡 市と横浜市、広島市の 3 政令指定都市間の支 援体制の比較研究を実施し、発達障害児の支 援システムについての提言が示された
1)。平 成28年度からの本研究班においては、平成28 年度は福岡市の地域特性に関する調査をあら ためて実施した。本年度は、平成26年度、27 年度と同様の疫学調査を医療機関と学校に対 して実施した。本稿では本年度の疫学調査結 果について報告し、支援における現状と今後 の検討の方向性について考察する。
なお、福岡市では平成17年から公文書やパ ンフレット等において「障害」の表記を「障 がい」としているが、本稿は研究論文である ため他の研究報告との一貫性を考慮し、固有 名詞以外は「障害」の表記を用いている。ま た、福岡市には診療所機能や相談支援機能を 持つ総合的な療育機関として、心身障がい福 祉センター、西部療育センター、東部療育セ ンターの 3 センターがあるが、本稿ではそれ らを総称して「療育拠点施設」としている。
B.研究方法
福岡市の行政区の中で最も人口が多い東区
(約31万人)の児童を対象に、発達障害児の 有病率を把握するための医療機関調査と学校 調査を行った。対象となる児童は平成29年度 の小学 1 年生(平成22年 4 月 2 日~平成23年 4 月 1 日生まれ: 「小 1 群」)、小学 5 年生(平 成18年 4 月 2 日~平成19年 4 月 1 日生まれ:
「小 5 群」)とした。小 5 群は、前研究班にお ける調査とともに平成26, 27, 29年度の経年
的調査となった。
1 .発達障害の有病率調査(医療機関調査)
福岡市内の 3 つの療育拠点施設および福岡 市内で発達障害児の診療を行っている主な小 児科および精神科医療機関(九州大学病院子 どものこころの診療部、福岡大学病院小児科、
福岡大学筑紫病院小児科、福岡市立こども病 院こころの診療科、その他の民間の医療機関)
17か所の計20か所に対して調査を行った。調 査対象児の氏名のイニシャル、性別、生年月 日、診断名と診断年齢、知能検査による知的 水準の判定を調査内容とした。診断名は( 1 ) 広汎性発達障害、( 2 )多動性障害、( 3 )会 話および言語の特異的発達障害(構音障害, 吃音を含む)、( 4 )学力の特異的発達障害、
( 5 )精神遅滞、( 6 )その他の順に優先をつ け、複数の診断がつく場合はケースの重複を 避けるために優先順位の高い診断名に分類を した。主病名が脳性麻痺、二分脊椎、筋疾患 や神経変性疾患などの運動障害、聴覚障害、
視覚障害、精神疾患(統合失調症など)とな る児童については、調査対象から除外した。
複数の医療機関や療育拠点施設を重複受診
した児については、リストから氏名のイニ
シャル、性別、生年月日を照合し、複数の機
関での症例の重複を避ける形とした。重複
データの整理において複数の医療機関で知的
水準の評価や診断名が異なる場合には、後に
評価した医療機関の診断を優先した。調査時
点は平成29年 4 月 2 日とし、住民基本台帳
データから同年 3 月末時点の福岡市東区在住
の 6 歳児人口3091人、10歳児人口2949人を有
病率算出の際の母集団とした。発生率につい
ては、対象児の出生地の全例把握が困難で
あったため算出ができなかった。
2 .学校における発達障害の調査(学校調査)
本研究班共通の調査書式を用いて、学校で 把握している発達障害児(疑いを含む)につ いてのアンケート調査を行った。対象とした 学校は、福岡市東区在住の児童が在籍する小 学校30校(福岡市東区の公立29校、東区外の 私立 1 校)、知的障害特別支援学校 1 校の計 31校とし、平成29年 4 月 2 日を調査時点とし た。アンケートは平成26年度、27年度に実施 した調査と同じもので、調査項目は発達に何 らかの遅れや偏りのある生徒数とその困難の 種類、医療機関受診の有無、未受診の理由、
特別支援教育を受けている生徒数、不登校状 態にある生徒数とした。発達の遅れや偏りに ついては、医療機関調査の診断名と同様の 6 種類とし、ケースの重複を避けるために優先 順位をつけて分類した。不登校については、
文部科学省の定義に準じ「年間30日以上欠席 した児童のうち、病気や経済的な理由を除き、
何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは 社会的要因・背景により、児童生徒が登校し ないあるいはしたくてもできない状況にある もの」とした。
(倫理面への配慮)
以上の調査の実施においては、福岡市立社 会福祉事業団、各大学病院および福岡市立こ ども病院における倫理審査委員会審査の承認 を得た。データはすべて集計の後に数的な情 報のみを解析し、個人が特定されることのな いようにした。
C.研究結果
1 . 医療機関調査および学校調査におけるア ンケートの回答状況
( 1 )医療機関調査
福岡市内の 3 つの療育拠点施設および福岡 市内で発達障害児の診療を行っている主な小
児科および精神科医療機関17か所の計20か所 にアンケート調査を依頼し、医療機関 2 か所 を除く18か所から回答が得られ、回収率は 90%だった。
( 2 )学校調査
福岡市東区在住の児童が在籍する小学校30 校と知的障害特別支援学校 1 校の計31校にア ンケート調査を依頼し、30校から回答が得ら れ、回収率は97%だった。在籍する東区在住 の児童生徒数の合計は小 1 群で2941人、小 5 群で2854人だった。
2 . 発達障害の支援ニーズに関する疫学調査 の結果
( 1 )小 1 群の調査結果
医療機関調査における発達障害全体(精神 遅滞を含む)の有病率は9.2%だった。学校調 査においては発達に何らかの遅れや偏りがあ ると把握された児(疑い児)の割合は9.2%で、
受診を把握している児(受診把握児)の割合 は4.6%とその約半数だった。発達障害の内訳 では広汎性発達障害が最も多く、医療機関調 査での有病率は7.7%で、そのうちIQ70以上 の例は63%(150/273)だった。学校調査で は広汎性発達障害の疑い児の割合は4.5%で、
受診把握児の割合は3.1%だった。医療機関調 査では次いで精神遅滞、言語障害の順に多 かったが、学校調査の疑い児では次いで多動 性障害、精神遅滞、学習障害の特性を多く把 握していた。
医療機関調査と学校調査の比較では、発達 障害全体でみると医療機関調査での有病率 は、学校調査での受診把握児の割合よりも有 意に高かった(p<0.001)が、疑い児の割合 と比較するとほぼ同じ割合だった。内訳では、
広汎性発達障害の医療機関調査での有病率
は、学校調査での受診把握児や疑い児の割合
( 2 )小 5 群の調査結果
医療機関調査における発達障害全体の有病 率は6.1%だった。学校調査における疑い児の 割合は8.3%で、受診把握児の割合は3.4%だっ た。内訳では広汎性発達障害が最も多く、医 療機関調査での有病率は4.0%で、そのうち IQ70以上の例は79%(93/117)だった。学校 調査では広汎性発達障害の疑い児の割合は 2.8%で、受診把握児の割合は1.5%だった。医 療機関調査では次いで多動性障害、言語障害、
精神遅滞の順に多く、学校調査の疑い児では、
次いで学習障害、精神遅滞、多動性障害の特 徴を多く把握しており、小 1 群の結果と異な る傾向がみられた。
医療機関調査と学校調査の比較では、発達 障害全体でみると医療機関調査での有病率 は、学校調査での受診把握児の割合よりも有 よりも有意に高かった(p<0.001)。一方、多 動性障害については、学校調査における受診 把握児や疑い児の割合の方が医療機関調査で の有病率よりも有意に高く(p<0.001)、学習
障害については、学校調査での疑い児の割合 の方が医療機関調査での有病率よりも有意に 高かった(p<0.001)(表 1 )。
表 1 小学校 1 年生における発達障害および発達に問題がある児童の有病率 医療機関(n=3091) 学校(n=2941)
a.診断例 b.受診把握数 c.疑い含む総数
発達障害全体 283(9.2%) 135(4.6%) 271(9.2%) a>b
※※PDD 237(7.7%) 92(3.1%) 131(4.5%) a>b,c
※※多動性障害 1 (0.0%) 15(0.5%) 70(2.4%) a<b,c
※※会話・言語 17(0.5%) 6 (0.2%) 14(0.5%)
学力 0 (0.0%) 2 (0.1%) 25(0.9%) a<c
※※精神遅滞 20(0.6%) 19(0.6%) 27(0.9%)
その他 8 (0.3%) 1 (0.0%) 4 (0.1%)
平成29年 3 月31日在住 6 歳児数 3091人 調査時点:平成29年 4 月 2 日
学校調査・有効回答児童数 2941人
※※p<0.001,
※p<0.01:Fisherの直接確率法
意に高かった(p<0.001)が、疑い児の割合 と比較すると有意に低かった(p<0.001)。内 訳では、広汎性発達障害や言語障害の医療機 関調査での有病率が学校調査での受診把握児 の割合よりも有意に高かった(p<0.001)。一 方、多動性障害については、学校調査におけ る疑い児の割合の方が医療機関調査での有病 率よりも有意に高かった(p<0.01)。学習障害、
精神遅滞についても、学校調査での疑い児の
割合の方が医療機関調査での有病率よりも有
意に高かった(p<0.001)(表 2 )。また小 1
群と小 5 群を比較すると、学校調査の疑い児
において小 5 群の方が小 1 群よりも広汎性発
達障害の特性を認める児の割合が有意に低
く、学習障害の特性を認める児の割合が有意
に高かった(p<0.01, Fisherの直接確率法)。
( 3 )広汎性発達障害における併存診断 本研究では発達障害の診断に優先順位をつ け、複数の診断がつく場合はケースの重複を 避けるために優先順位の高い診断に分類をし た。広汎性発達障害の優先度を最も高くして おり、前述の表 1 、 2 には併存診断は含まれ ていない。そこで、医療機関調査のデータか ら広汎性発達障害における併存診断について 分析をした。
表 2 小学校 5 年生における発達障害および発達に問題がある児童の有病率 医療機関(n=2949) 学校(n=2854)
a.診断例 b.受診把握数 c.疑い含む総数
発達障害全体 179(6.1%) 96(3.4%) 238(8.3%) a>b
※※,a<c
※※PDD 117(4.0%) 43(1.5%) 81(2.8%) a>b
※※多動性障害 19(0.6%) 20(0.7%) 43(1.5%) a<c
※会話・言語 18(0.6%) 2 (0.1%) 8 (0.3%) a>b
※※学力 2 (0.1%) 3 (0.1%) 52(1.8%) a<c
※※精神遅滞 15(0.5%) 24(0.8%) 44(1.5%) a<c
※※その他 8 (0.3%) 4 (0.1%) 10(0.4%)
平成29年 3 月31日在住 10歳児数 2949人 調査時点:平成29年 4 月 2 日
学校調査・有効回答児童数 2854人
※※p<0.001,
※p<0.01:Fisherの直接確率法
小 1 群では51.5%、小 5 群では48.7%に何ら かの併存診断がみられた。二診断の併存が小 1 群で49.8%、小 5 群で44.4%にみられ、三診 断の併存が小 1 群で1.7%、小 5 群で4.3%にみ られた(表 3 )。小 1 群、小 5 群ともに最も 多い併存診断は精神遅滞で、次いで多動性障 害、言語障害となっていた。その他には学習 障害、発達性協調運動障害、不安障害が含ま れていた。
表 3 広汎性発達障害における併存診断
小 1 群 広汎性発達障害 237
二診断例の併存診断
精神遅滞 85 35.9%
多動性障害 14 5.9%
言語障害 15 6.3%
その他 4 1.7%
三診断例 4 1.7%
併存診断例の合計 122 51.5%
小 5 群 広汎性発達障害 117
二診断例の併存診断
精神遅滞 22 18.8%
多動性障害 19 16.2%
言語障害 9 7.7%
その他 2 1.7%
三診断例 5 4.3%
併存診断例の合計 57 48.7%
( 5 )発達障害児への特別な教育的配慮 学校調査では、特別な教育的配慮の状況を 尋ねた。発達障害の疑いを含めた児童への教 育的配慮については、小 1 群、小 5 群いずれ も「学級担任による配慮のみ」が最も多く、
それぞれ60%(163/271)、58%(138/238)だっ
「必要性を感じない」という回答が最も多かっ た。次いで受診への抵抗や家族の理解が得ら れないことが挙げられており、両群ともに同 様の傾向がみられた。(図 1 )。
( 4 )医療機関未受診の理由
学校調査では、発達障害が疑われる児で医 療機関を受診していない児童が未受診である 理由について尋ねた。小 1 群、小 5 群ともに、
図 1 発達に何らかの遅れや偏りのある児童が医療機関を受診しない理由
0 10 20 30 40受診に抵抗 必要性を感じない 家族の理解不足 他に相談機関 宗教的理由 明確な理由なし
小1群 小5群