1955〜69年日本における物価現象とその形成メカニ ズム‑コスト・プッシュ要因分析に限定して‑
著者 アガフォーノヴァ アリーナ
雑誌名 人間社会環境研究
巻 12
ページ 31‑42
発行年 2006‑09‑15
URL http://hdl.handle.net/2297/2503
論文
人間社会環境研究 第12号 2006.9 31
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−コスト◎プッシュ要因分析に限定して−
客員研究員
アガフォーノヴァ アリーナ
馳eCost−puShMechamismofぬpameseP蕗ces免。Om1955も01969 AgafonovaAlina
Abstt・aぐI
TheaimofthispaperistoanalyzethepricemechanisminJapan打omtheviewpointof eost−
push duringtheperiodof1955−69,Whenhigheconomicgrow払wasaehieved.Meanwhilethe notablefeature ofdomesticpricesIWaSthatretai1andespeciallyconsumerpricescontinuedto
riseseparatelyfromwholesaleones,Whichremainedstable.
Firstlythepaperthrowsughtontheprieemechanismofwholesaleprieeseonceminglabor
productivitygrowihrates,Whichdifferedinthevariousseetorsoftheeconomy,Wagehikes,de−
manded byemployees,Were pOSSiblein the manufacturingindustrieswithhigh pl・Oductivity
growthwithoutraisingpricesoftheirproducts,Whichmeantstabilityinwholesalepdces.
Seeondlythe paper analysesthe price meehanism ofretai1prices・Demands forhigh pay
Spreadfromthemant血ctmingseetortoothersectors,WhiehhadlowproduetivibTgrOWth,SuCh ascommerceandservices,Whereboostingproductivi吋WaSratherimpossible.Inordertoretain
their exce11ent employees,the manager$had to aecept the demands永)l・Wagerises,Which pushedupretailpricesincommerceandservicesectors・Inconclusion,thepaperstressesthat despitetheincreaseofretailprices,theconsumptionpowerofemployeesgrewduetotheresult
Ofwagehikesthatleduptotheriseinlivingstandards.
kり■ll・br(h
ManagedCurrency,Prices
I 問題設定
Ⅱ 賃金コストと卸売物価 1.卸売物価の推移 2.労働生産性の動向 3.労働分配率の推移
Ⅲ 消費者物価
Ⅳ コスト・プッシュ・メカニズム 1.就業構造の変化
2.労働市場の逼迫と労働分配率の部門間格差 3.賃金引上げの部門間波及によるコスト。プ
ッシュ効果
Ⅳ 実質賃金と生活水準の上昇 一括びにかえて−
Ⅰ 問題設定
日本は1955年以降高度成長を遂げていぐ)。国 民総生産(GNP)は1955年8兆8646億円から1965 年32兆8125億円,1969年62兆9972億円へと拡大し,
GNアの実質成長率は1955〜64年で平均10.2%に
達した。特に設備投資の増大は顕著で,その対前
年増大率は高い年には1956年37.9%,1957年27.5
%,1960年44.4%,1961年27,8%.1967年28.6%
を記録していた。
そして,そのような設備投資の高い伸びは第1 に製造業における技術革新をともなってもゝた。ア メリカを中心とする外国技術の導入によって既存 の重化学工業の製造技術が一変し,新しい工業が 創出された。.第2に産業構造の高度化をもたらし た。国内総生産に占める産業の割合の内訳を1955 年から1970年についてみると,第1次産業は20%
から5。9%へ,第2次産業は33%から43%へ,第 3次産業は47%から51%へと移り変り,第2次産 業は重化学工業製品を中心に活況を示したご)。
ところで,そのような当該期における日本経済 の高度成長は管理通貨制度を基礎として財政金融 政策が成長政策として展開された結果であった。
しかし.その政策も国際収支の悪化に伴って中断 されざるを得なかった(「国際収支の天井」)。外 貨準備を守るために政策当局は国際収支の均衡を 回復させなければならず,金融引締め政第を実行 せぎるを得なかったからである。すなわち,1950 年代及び1960年代半ば過ぎを通じて,国際収支の 赤字の克服が金融引締め政策発動の目的であり,
景気の落ち込みは,行過ぎた投資が金融引締め政 策によって抑制され,中断されることによって生
じていた3)。
さて,そのような1955〜69年の間における物価 の動きをみると,卸売物価は落ち着tlた動きを示
していたのが大きな特徴であった。それは景気上 昇局面の1958〜61年においても1%.同じく1966 年以降も2%という低い年率で推移し,また1961
〜65年景気調整局面でも落ち込まず,安定傾向を 続けていた。全体としてみると,1%台の低上昇 であった。他方,小売物価は卸売物価から蔀離し て上昇を、また消費者物価は小売物価からさらに 轟離して上昇を示していた。すなわち,卸売物価 の安定(低上昇率)に対し小売・消費者物価の騰 貴が特徴的であった(図1)。
1955〜1969年におけるこうした一般物価の動向 の原因分析が本稿の課題である。物価の動向を規 定する要因は大きく2つに分けることができる。
図1一般物価の推移,前年比
1955 56 57 5日 59 60 6162 63 64 65 66 67 68 69年
〔出戸椚 日本銀行統計局『凝瀾瀦淵年報j各年版
すなわち,1つは財政支出や日本銀行信用供給に よって創出される追加需要の動向である。その増 加は一般物価を押し上げるように作用する。それ はディマンド。プル作用といわれ,コスト・プッ シュ。 メカニズムを介して物価を上昇させるよう 働く。しかし,上述のような追加需要の増加はつ ねに生産コスト(流動資本コスト,賃金コスト)
の上昇をもたらすわけではない。需要側面からコ スト上昇圧力が働く一方で,その引き下げの追及
(労働生産性の向上)は企業間競争上不断に轟売け られているからである。そのような意味で,コス
トの動向もまた物価変動を規定するもう1つの要 因となる。そして,ディマンド・プルによってコ ストが変動し,それが物価動向に反映していくと いうメカニズムの分析がコスト。プッシュ要因分 析であり十本稿はそのコスト・プッシュ要因(流 動資本コストと賃金コストのうち後者の動向に視 点を限定lり 分析に課題を限定する。
Ⅱ 二賃金コ認卜と卸売物価 L卸売物偶の推移
先に指摘したように,1955年以降1969年にかけ
て卸売物価は安定的な推移を示していた。図1で
具体的にみると,それは1955年に1.8%の低下を
示したが,1956年に4。4%の上昇となった5)。1956
年のその上昇の主因は鉄鋼市場価格の上昇(前年
1955〜69年日本における物価現象とその形成メカニズム 3?1 比で30.2%の上昇)にあったが,1956年秋以降鋼
材の緊急輸入で市場価格は抑えられた。その後 1957年から1965年にかけて年率1%前後の安定的 な推移を続け,最も高い1963年でも1.7%の上昇 率に過ぎなかった。1966年以降上昇を示し始めた が,その対前年の伸び率は2%前後に落ち着いて いた。
以上のように,1955年から1969年にかけての卸 売物価は,時期や品目によって多少異なっていた
が,全般的に横ばいを続けていた。そのような動 向を規定したのはとりわけ製造工業の成長部門で ある。というのは,そのいくつかの卸売物価指数 を前年比でみると明らかになるように,機械製造 部門,石油製品部門,化学品部門ではそれは継続 的に低下していたからである(図2)。
その間における卸売物価に対するディマンド・
プル作用は景気上昇局面ではいうまでもなく,そ の調整局面でも強く作用していた。その点では卸 売物価の上昇は持続的に根強くなるはずであった。
しかるに,現実の卸売物価は製造工業の成長分野 ではとりわけ,以上のように安定的に推移してい た。なぜだろうか。本章では卸売物価を構成する 賃金コストに焦点を絞り,コスト・プッシュ要因 の推移という視角からその疑問に回答を与える。
労働生産性の動向に着眼しなければならない。
図2 業種別卸売物価の推移,前年比
%
2,労働生産性の動向
1955〜69年の間外国から技術が導入され民間設 備投資の高い伸び率が達成された結果,製造工業 部門では労働生産性は1960年,1964年,1967年を 中心に著しt)上昇傾向をみせ,その対前年の上昇 率は1959〜64年13%前後,1966年以降15〜16%を 記録していた6)(囲3)。
図3 賃金と労働生産性の推移,前年比
、■1
1日
‥莞
14
1コ
1口
R
1955 56 57 開 59 60 616二 田 根 65 6$ 67 朗 69年
〔出所〕日本銀行統計局『経済統計年報J各年胸
部門別にみるとト鉄鋼業部門における労働生産 性の向上年率は1960年16。1%.1964年23,0%,
1967年23.1%,1969年20.8%,機械工糞では1960 年15.1%,1964年16.3%,1967年22.7%,1968年 33.7%,化学工業では1960年11.4%,1964年16.2
%,1967年19.0%,1969年17.6%とかなりの上昇 を示した。その伸び率を「いぎなぎ景気」期を含 む1966年から1969年の4年間でみると,鉄鋼業で
は64.5%,梼械工業では87.8%.化学工業では54.
5%,石油一石炭製品工業では59。6%であり,1966 以降特にその向上が著しかったことが明らかであ る。しかも,それら重化学工業の諸成長分野を代 表するのは大企業であったから,労緻生産性の向 上はそれを中心に達成されていたことになる7)
(図牒)。
製造業大企業部門を中心に以上のように生産性 の著しい上昇がみられた。しかし,その反面,中 小企業部門では概して生産性の上昇は遅れがちと なった。例えば,繊維工業,食料品工業,出版。
印刷関連産糞,ゴム製品製造業,皮革。同製品製 造業,窯業においては中小企業が多く,その労働
1956 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 一う7 6日 69年
〔出所〕日本銀行統計局『定訳統計年報』各年版
図4 業種別労働生産性の推移,前年比 酎率の推移に視点を進める。賃金上昇を従業員1 人当たりの現金給与額の上昇(名目賃金の上昇)
として確かめるために,またその後に労働分配率 を検証するために,まずは付加価値額の推移をみ ることからそれらの取り扱いを始めねばならない。
3.労働分配率の推移
(‡)付加価値額の推移 1955年以降製造工業に おいて労働生産性向上があった結果,製造工業に おける付加価値額は1958年の2兆8654億円から 1962年6兆6576億円,1965年8兆9003億円,1969
年20兆5401億円への伸びを示した。表1をみて明 らかなように,特に機械製造工業,化学工業,鉄 鋼業,繊維工業及び食料品製造業などの分野では 増加傾向が著しかった。
そしてその諸分野では従業員1人当たりの付加 価値額も増えた(表2)。製造工業全体では一方 的な増加傾向がみられ,1人当たり付加価値額は 1957年の50万円から1961年73。2万円,1964年103,3 万円,1966年133.5万円,1969年217万円に拡大し た。従業員1人当たり付加価値額の推移を分野別 でみると,化学工業では1957年の81万円から1969 年470万円に増え,増加が最も著しかった。それ に次いで大きく増大したのは,鉄鋼業(1959年の 87万円から1969年279万円への増),機械製造業
(1957年の51万円から1969年232万円への増)であ る。繊維工業及び食品製造業ではその増加幅が相 対的に小さかったが,繊維工業では1958年の27万 円から1969年113万円への増加,食料品製造業で は1957年の50万円から1969年217万円への増力ロが あった。
(三)従業員1人あたりの現金給与推移 労働生 産性向上によって従業員1人当たり付加価値が増 大すれば,従業員1人当たりに支払われる現金給 与総額を増やすことが可能となる11)。事実,蓑2 で示されているように,製造工業の諸分野におい て従業員1人当たりに支私われる現金給与額は増 加傾向が強く,製造工業平均をみると,1957年の 19万円から1961年25.8万円,1964年38.1万円,1967 19鮒 61 6= 63 b4 65 日6 67 6日 R9年
〔出所〕口車銀行統計局訂経済絹剖年報」各年版 生産性の向上度は低かった.。その要匝=こついては,
第1に中小企業製品の中には(合板,じゅうたん,
学生服,建具など)需要の伸びが低く,生産量拡 大による生産性上昇が困難なものもかなりあった。
第2に,需要の高級化・多様化によって,量産化 が困難なものや人手が一層必要になっている商品 が多かった。ファッション性の高い婦人子供服や 革製品,身の回り品∴維貨などは,大量生産に適
さず生産性の上昇が遅れがちであった冊。
具体的に数字をあげておくと,繊維工業の労働
生産性は1960年12.0%,1964年10.2%,1967年 11.2%,1968年10.5%上昇したが,前述のような
重化学工業の諸分野の向上度には及ばないことは 明白である。1966〜69年の4年間でみても33.8%
の向上であり,窯業でもそれは41.4%にとどまっ た。また食料品工業の場合,1959〜61年の好景気 期にも生産性の向上はわずか1%で,1964年には 対前年比で1。2%しか向上しなかった1‖)。
以上のように製造工業部門内でも一般に大企業 と中小企業では労働生産性の向上度には歴然たる 差があった。一般に生産性の上昇は付加価値の増 加をもたらすから,高度成長を背景とする労働市 場の逼迫による賃金の高騰に対しても,生産性上 昇を達成した部門ほど労働分配率を引き上げるこ となく対処しうるであろう。逆に言い換えると,
生産性上昇の停滞的な分野では賃金上昇の製品価
格への転嫁圧力を吸収しうる余地が少ない。.そこ
で,次に賃金上昇の事実を確かめ十次いで労働分
1955〜69年日本における物価現象とその形成メカニズム 35 嚢1 業種別の付加価値額,現金給与総額及び従業員数
(単位:10万円,万人)
イ寸 加 値 給 与 i竃 業 1寸 加 価 葺 従 業 f寸 加 r西 紹 与 従 二jこ †寸 加 ‡戸宕 与 i養 基 †寸 カロ 指 与 盲進 菜 r寸 如 さ1盲 与 璧 ±十三
牢 値 写頴 総 訴 島 数 偵 買戻 存意 包耳 畠 数 匿 言行 総 頚 員, 故 輌 佑 吉日 長塩 領 毘 牧 偏 値: 吉頁 龍 雀再 毘 ∵炊 †面 1直 領 総 克自 貞 〕鼓
鋳鋼 機械 化学工業 擁維 良品料 製造工業
1957 280 1=‥ 29 2D4 90 38 314 104 76 188 28 2448 β87 404 1958 188 252 116 52 309 106 38 2Bl 132 109 306 柑 2865 1171 604 1959 365 146 38 422 1∈〉9 55 520 130 39 137 矧〕 ヨ83 74 40 4066 1367 1960 314 124 42 326 141 73 418 118 43 365 146 109 335 100 69 3646 lニ〕6l 760 1961 533 198 4B 66巨l 261 83 636 163 46 517 209 117 483
6口7 178 糾 665S 2473 845 196三; 576 225 47 783 339 91 iO46 50 277 277 126 839 224 97 9119 2924 929
883 318 69 945 225 46 234 83 554 54 7474 2662
1965 624 286 47 ト丁り 335 67 1009 250 47 666 315 104 日31 268 82 S9D口 3485 1966 737 313 47 996 431 80 1166 281 46 346 10三i 993 310 10527 39:〕S 858 1967 1061 373 49 1三ヒ98 513 85 1470 315 47 873 372 10〔I 1125 朗 13124 4557 883
1968 1062 445 52 i803 686 110 1729 368 49 1117 466 128 14:う6 44三∃ 11▲1 16763 5S$4 1086 1969 1434 535 54 2304 881〕 127 2187 434 49 1280 545 127 1664 510 205剥〕 717S 1141
〔出所〕日本銀行統計局「経済琉計年報」各年駆(
表2 製造工業従業員1人当たり付加価値及び労働分配率
(単位:万円.%)
ノ、
ノ\ノ、 塵 岩 結こさ 真裏 同 百己
ノ、 括芋 ノ′′_ノ\ 貰買 ニフナ 酉己 鷹薫 Lノ、− 誓2 二づ■ 百己 磋岩 .・⊥ノ、 軍岩 二ち, 自己 カロ 二≦≡二 リ †寸 禰 品 ロ 制1 立≧ 力□ 壷二 臼 t トナ 遠 量 Lト 加 り r寸 わリ
鉄鋼 機械 化学工業 訟維 食品料 製造工業
1957 92 32 34.8 51 21 41.0 Bl 27 83.a 3D 12 40.0 46 柑 28.3 50 19 38.0 1958 59 33 那.9 亜 22 45.8 28 34.1 27 田 48.1 47 1ヰ 29.8 47 19 40.4
15 39.4 6ヰ 26.6 64 23 35.9
196() 86.8 34.4 39.6 23.7 43.1 103.7 29.3 28.3 33.5 13.4 40.1 亜.4 1ヰ.4 29.8 54 20.2 37.4 1961 112 4l.5 87.1 8D.2 31.4 a乱2 139.2 35.5 25.6 ヰ4.2 17.9 40.6 60.5 18.2 30.1 73.2 25.8 36.3 1962 89.2 45−1 60.6 89 35.1 39.4 145.1 39.9 27.6 亜.β 20.8 42.6 72.1 21.2 29.4
1963 1〔)5.9 49.8 47 100.5 40.3 4tし1 1Sl,9 45.2 24.8 62.3 25.6 41.1 103.5 27.9 27 10l.5 35.8 35.2 24.1 62 27.4 44.2 91.5 29.5 32.3 1」〕3.3 38.1 ∂7
1965 134 62 46.2 105 40 38.0 213 24.8 鋸 3(】 4(;.9 1n三≧ 33 32.4 1n7 把 39.3
1966 161.8 68.2 42.2 129.5 田 42.6 ヱ61.8 61.7 24 74,7 35.3 47.2 1:≡9 39.1 80.∂ 1二i乱5 4乱6 36.4
1967 218 77 35.3 177 6三三 36.0 313 67 21.4 さ7 37 42.6 13:i 41 80.8 149 52 34.9
1968 207 87 42.0 186 70 149 46 鋤一g 170 59 34.7
1969 104 3了.3 232 85 36.6 47〔」 90 19.1 113 52 46.0 194 56 28.9 217 72 3≡l.2
[出所〕計本繹行潤計局「経済統Jl 年報」各年順∪
年52万円,1969年72万円に増えている。
さらに製造工業における従業員数の推移をみる と,1959年と1964年にはその人数の減少がみられ たが,1957年から1969年までの期間を通してみる と,どんな分野でも増加傾向が目立った。分野に よってその増加幅は異なっているが,製造工業全 体の従業員数は1958年の604.2万人から1961年,
1963年929。1万人,1967年,1969年1141.2万人に 増大し,1958年の倍近くとなった。
以上から,製造工業の企業は1957〜69年の間投 入労働量を増やしながら∴従業員1人に対して支 払う現金給与額を拡大させてきたことが明らかで ある。.その結果,従業員1人当たりに支払われる 現金給与額(名目賃金)は,1955〜69年の開高い 水準で上昇を続けた。名目賃金は1959〜60年6〜
7%の年率,1961年以降は10%以上の対前年上昇
率を示し,1965年を100とするその指数は,1959
年56.6であったのに対し1966年110.8,1969年162.
8に,10年間で106.2ポイント上がり.約3倍とな
った1㌔
従業員1人当たりの現金給与額の増加を意味す る以上のような賃金の上昇は、それが付加価値額
(V+M)に占める現金給与額(Ⅴ)の割合(労働 分配率)の上昇を意味するとすれば,企業は利潤
(M)が圧迫され,製品価格を上げぎるを得なく なるであろう。しかし∴現実には労働分配率の低 下が進んだのであった。そこで1957〜69年におけ る工業製品の卸売価格の低下傾向を裏付けるため に,その期間における労働分配率の低下を確認し なければならない。
③労働分配率の推移 労働分配率をまず蓑2 によって製造工業部門全体としてみると,1957〜
59年間∴従業員1人当たり付加価値額は50万円か
ら64万円に1,28倍の増加となったのに対して,1 人当たり現金給与総額は19万から23万円になり
(1.21倍の増加),それは38.0%から35.9%に低下 しだ1)。また,1960年代後半の高度成長期の例を あげよう。1965年から1968年の間には従業員1人 当たり付加価値は107万円から170万円に1。6倍増
如したが,1人当たり現金給与総額は42万円から 59万円に1.4倍に抑えられている。労働分配率は
39.3%から34.7%に下がったことになる14)。
分野別に労働分配率の推移をみてみよう。年に よって上下する動きがあったが,化学工業では
1957年の33。3%から1959年27%,1967年24.1%,
1969年19。1%と分配率の低下が最も大きく,機械 製造業(1957年の41%から1961年39,2%,1965年 38%,1969年36.6%に低下),鉄鋼業(1959年の
41%から1960年39.6%,1966年42.1%,1969年 37∴i%に低下)がそれに次いだ。それに対して,
繊維工業(1958年の48.1%から1960年40.1%,1966 年47.2%,1969年46%に)と食料品製造業(1958
年の29.8%から1960年29。8%,1966年30。3%,1969 年28.9%に)では分配率の低下する動きが鈍く,
低下幅は小さかったが,全体として安定した横ば いの傾向が強かった。
以上から明らかなように,製造工業部門では従 業員に支払う現金給与額(賃金)を上げても,労 働分配率を低めることができ,それゆえ製品価格 を上げなくても賃上げが可能なのであった。それ は,賃上げの物価上昇(コスト・プッシュ)圧力 が生産性の向上とそれによって可能となった労働 分配率の低下によって吸収されていたためである。
特に生産性上昇度が高かった大企業の製品は主に 企業間で取引される中間財だとすると,商業流通 における卸売物価が低下することは当然であった。
以上が賃金コスト面からみた卸売物価安定のメカ ニズム論である。
ところで,高度成長(労働生産性の上昇)に基 礎付けられた名目賃金の上昇とは,後述のように 国民所得の増加をもたらし,消費財。サービス購 入に向かう購買力を拡大させ,一般流通における 現金通貨を増大させる。それでは,小売。消費者 物価は実際どのように動いたのか,そこに目を転
じよう。
Ⅱ 消費者物傾
国民総所得は1955年の8兆3990億から1958年11
1955〜69年日本における物価現象とその形成メカニズム 37 兆5450億円,1961年19兆3070億円,1964年29兆4460
億円,1967年44兆6260億円,1969年62兆0660億円 と著しい伸びを示した。それと同時に1人当たり の国民所得も,1955年の9.4万円から1958年12.6 万円,1961年20.5万円,1964年30.3万円,1967年 44.5万円,1969年60.5万円に増えた15)。そうして
増大した国民所得が購買力として一般的流通(小 売流通)に向かったために,そこにおける消費財・
サービス価格の上昇を引き起こした。
まず卸売価格一般に対する小売価格の関係につ いてみてみよう。小売価格は卸売価格に比べて流 通の最終行程を経て最終消費に入る直前での価格 であるため,品目的には主として卸売価格のみを もつ生産財に比べて消費財を主としている。.この 場合の最終消費財は,食料品,繊維品,機械器具,
家具,燃料などのものである。すなわち,小売価 格の卸売価格に対する質的なちがいは,最終段階 の流通費用を負担しなければならないということ にある。しかも,流通労働はその末端に近いほど 合理化の余地がなくなる上に,最終消費財は大企 業に比較して労働生産性の低い中小企業の製品の 割合が多く,したがってコストの削減が図りにく
い16)
。
1955年から1960年にかけて総平均でみた小売物 価(東京)の伸び率は,殆どマイナスであり,卸 売物価のそれと同様であるか,あるいはそれを下 回っている(図1)。それは投資拡大の中で生産 財に対する需要が大きかったが,消費財に対する 需要はそれほど拡大していなtlことを意味するで あろう。後述するように消費需要の拡大が始まる のは1960年代に入ってからであって,特に高価な 耐久消費財に対するその伸びが顕著となっていく。
次に消費者物価の動きをみよう。小売物価に対 する消費者物価の主たる違いは,医療,美容,理 髪,教育などの物的形態をとらない対人サービス の対価が付け加わってくることである。消費者物 価にもっとも特徴的な対人サービスをとると、こ れは同じ広義のサービスでも合理化,言い換える と労働生産性向上が困難なので,コスト削減の余 地は非常に狭い。したがって,各物価間の禾離は,
卸売段階から小売段階,小売段階から消費者物価 へと進むにつれてますます大きくなる17−。
具体的に消費者物価の推移をみると,分野別で は食料価格,住居費,被服価格などの消費者価格 は1958年(「なべ底景気」)に一旦低下を示した後,
一方的な上昇傾向に転じた。被服の価格は1960年 から1969年にかけて4〜5%前後の年率で推移し ていた。。住居費も同様な伸び率を示した。一方,
食料価格は1962〜65年には8〜10%の上昇率,
1967年以降5〜6%の上昇率を示した。また,サ
ービス価格も1965〜66年8%前後の年率,1967年 以降5%台の年率で上昇していた(回5)。
図5 分野別消費者物価の推移,前年比
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