I
.‑.一..‑..事、′..
1.」‑.‑I.︼壬..事..‑..⁝
..J論説こ
‑I.
1̲̲̲L1
..i
..1‑.L‑ I.
1̲IIq̲
.̲I̲一L損 害 賠 償 法 に お け る 素 因 の 位 置 二
)目次
序章素因減責論の課題
第二即問題の所在
第二節外国法との比較
北法
6 2( 4・ 2 5 ) 6 71
永下泰之
第三節
第一章
第一節
第二節 本稿の目的・構成
わが国の判例・学説の到達点
第三節
第1款
第二款
第三款
第四節
第一款
第二款
第五節 はじめに
被害者の素因の類型とその意義
判例の状況
判例の展開
いわゆる「あるがまま判決」における素因原則不考慮論
最高裁の判決理論
学説の状況
素因原則考慮説
素因原則不考慮説
小措(以上、本号)
北法62(4・26)672
第二章ドイツ法における素因不考慮命題の意義
第三章被害者の特別な精神的脆弱性
第四章ドイツ法における素因の考慮場面
第五章素因減責論再考
序章素因減責論の課題
第1節問題の所在
1不法行為の成立要件が充足された場合には、民法七〇九条により、加害者は、被害者に対して、権利侵害ないし法
益侵害によって生じた損害を賠償しなければならない。ここでは、加害者の過失の認定、加害行為と損害との因果関係
の認定及び賠償範囲の確定の問題と並んで、被害者に対して賠償されるべき損害をどのように金銭的に評価するかとい
う問題がある。さらに、損害の金銭的評価に関しては、権利侵害ないし法益侵害によって被害者に生じた損害をすべて
加害者に負担させてよいかという損害額の減免に関する問題がある。後者の問題につき、わが国では'不法行為に基づ
く損害の発生・拡大につき被害者に「過失」がある場合、民法七二二条二項において、損害の発生に際し「被害者に過
失が濁ったときは'裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」と規定し、明文によって過失相
殺制度を置いている。
過失相殺がなされるのは'不法行為制度の社会的意義ないし機能に鑑み、なかんず‑被害者と加害者との間の公平を
図るという見地から、被害者の過失を考慮して、この者が被った損害の額から合理的な減額を行った額こそが賠償され(‑)るべき損害である、と考えられるからである。このように過失相殺制度は、伝統的な相当因果関係説の悉無律的適用に(2)よる結果の不衡平を回避するため'被害者と加害者との間の公平に基づき、被害者の過失の程度に応じて減額すること
によって、当事者間での責任調整の機能を果たしている。
ところで、この公平の理念は、過失レベルでの掛酌をさらに超えて、被害者が不法行為以前から有していた身体的・
精神的な脆弱性という「素因」(前者は体質的素因、後者は心因的要因と称されることが多い。)が競合して1個の損害
を発生させる、いわゆる素因競合事例において、被害者の素因の掛酌、すなわち賠償額の減額を正当化する根拠として
主張されるに至ったのは周知のことである。素因競合事例に関しては、既に昭和四〇年代初めから下級栽において裁判(3)(4)例が増加してきたのだが、最高裁判所は、心因的要因に関して、昭和六三年四月二一日判決(鞭打症事例)において、
北法
6 2( 4・ 2 7) 6 7 3
民法七二二条二項を類推適用し、損害賠償額を減額したのを初めとして'体質的素因の競合に関して、平成四年六月二(5)五日判決において、「疾患(事故以前の一酸化炭素中毒による脳内損傷)」の競合の場合にも、前記昭和六三年判決と同
様の判断に立って賠償額の減額を認める判断を下した。以上の二つの最高裁判決により、心因的要因,体質的素因とも
に掛酌されうることが明らかにされたのであるが、その基本的枠組みは、以下のようなものである。第1に、本来'被
害者に帰責性が認められない「素因」が損害の発生・拡大に寄与した場合であっても、それに相当する部分を被害者の
賠償額から減額すること、第二に'被害者と加害者との間で損害を公平に分担させることが損害賠償法の理念に合致す
るということが減額を肯定する根拠とされていること、第三に、その理論構成を民法七二二条二項の類推適用に求めて
いることである。
以上の基本的枠組みは、その後の最高裁判例においても維持されている。ただし、前記平成四年判決は、体質的素因
のうち「疾患」に限っての掛酌を認めたものであり、体質的素因一般について掛酌し得るかという問題は残されていた。
この間題に対して、最高裁は、平成八年70月二九日同日付の二判決において体質的素因に関する判断を下した。1つ(6)は、頚椎後靭帯骨化症事件判決と呼ばれるものであり、同判決では'被害者の「疾患」が競合する場合には、ほぼ無制(7)限に掛酌しうるものとされた.もう一つは、首長事件判決と呼ばれるものであり、同判決では'体質的素因を「疾患」
と「身体的特徴」とに区分し、後者については原則として尉酌を認めない旨を宣言した。以上の経緯を経てわが国では
素因掛酌準則が判例法理として形成されるに至り、現在、実務において広‑通用している。
判例法理の展開にあわせて学説においても、被害者の素因の掛酌を基礎づけるため様々な理論構成が試みられた。例(rJJ)えば、野村教授の割合的因果関係論による素因の寄与割合に応じた減責や、倉田判事(当時)の確率的心証論による(9)(
1
0)掛酌などが主張されていたところ、中野教授が過失相殺の類推適用による素因掛酌理論を主張し
た
。最高裁が過失相殺北法62(4・28)674
類推適用構成を採用したこともあり、同構成は'以後、素因原則考慮説の通例となった。そして近時では、橋本教授に「‖\より、領域原則から過失相殺の類推適用構成の精密な理論化が図られている。
他方で'上述の素因原則考慮説に対して、原則として素因は考慮すべきでないとする素因原則不考慮説も有力に主張
されている。素因原則不考慮説が素因の掛酌を否定する理由は'大要次のとおりである。すなわち、不法行為の場合、
被害者は加害者に対し何らの義務もあらかじめ負担しているものではないし、病的素因の損害発生への寄与も、自ら選
択したわけではな‑、むしろ違法な加害行為によって強制されたものであ‑、また病的素因が損害発生に寄与すること
を回避すべき義務を違法な加害者に対してまで負うものではないから、素因の寄与した損害部分を被害者の責任領域
内のものということはできない。この見解によると、被害者に損害を負担させることは、むしろ正義と公平の理念に反(12)(13)(14)
する、ということになろう。この見解は'窪田教授による比較法的検討や前田教授による「公平な損害の分担」理念の
分析を通じて、学説においては優位に立つに至った。
二現在のところ'実務上'わが国では素因原則考慮説が支配的である。これに対し比較法的にはむしろ、被害者の素
因を掛酌しない立場が支配的であり'ドイツ・イギリス・アメリカでは、原則として被害者の素因を考慮しないという(15)立場が1貰してとられているoまた'フランスにおいても'かつては破殴院民事第二部において被害者の素因を考慮し(
1
6)て減責を認めていた時期があったが、現在では再び素因を考慮しないという立場に復帰したと言われてい る
。こうした状況を踏まえると、わが国の判例及び素因原則考慮説の見解は、この間題に関してむしろ特異な立場にあると言うこと(
1
7)ができ る
。このような諸外国の理論状況と比較すると、なぜわが国では被害者の素因を減資事由とすることが一般的に支持され
るに至ったのかという疑問が生じょう。わが国の判例及び素因原則考慮説が主張の根拠として挙げているのは加害者・
北法62(4・29)675
被害者間での「損害の公平な分担」という理念である.これは1見すると、至極当然で反論の余地のないもののように
もみえる。しかし、判例及び素因原則考慮説は、「損害の公平な分担」ということを強調するが、「公平」の実質的考慮
についていかなるものであるのか、その内容について何も示してはおおフ、ともすれば,本来加害者が負担すべき損害
まで被害者に負担させることになりかねないという疑念が払拭できない。また'現在の損害賠償法の理念が「損害の公
平な分担」にあるとしても、被害者に帰寮性ないし非難可能性のない素因まで考慮することによって'加害者の保護を
図る必要があるのだろうか。過失相殺制度は、被害者に何らかの「不注意」といった帰責的要素がある場合に、それを
加害者へと転嫁することは不均衡であるとの考えから、損害賠償額を減額することで当事者間の公平を図ろうとするも
のであるはずである。しかし'素因原則考慮説や判例は、被害者の帰寮性を考慮することな‑減責を認めているように(19)思われる。このような状況は'むしろ公平に反すると言わざるを得ない。
以上の状況に鑑みると、被害者の素因を加害者の賠償責任ないし賠償範囲・賠償額算定においてどのように考慮する
か(あるいは考慮しないか)という問題(論者によ‑位置付けは一様ではないが、本稿では素因減責論と呼ぶことにす
る)につき'今一度検討する必要があると言えよう。
北法
6 2( 4・ 3 0) 6 7 6
第二節外国法との比較
一素因競合の問題に関して、諸外国においては、原則として被害者の素因を考慮しないという立場が三貝して採られ
ていることは既に述べたとお‑である。そこで、素因不考慮の立場を三月してとりつづける英米及びドイツの立場につ
き、ここで若干触れておきたい。