制 憲 国 民 大 会 予 備 会 議 Preliminar y Confer ence of Constituent N ational Assembly
齋藤道彦
要 旨本稿は︑国民大会予備会議を取り上げる︒国民大会第一回予備会は︑一九四六年十一月十八日に開催された︒第一議題は主席団選挙辦法で︑籌備委員会が辦法の草案を作成したので︑ご審議願いたいとの提案があった︒主席団の選挙方法をめぐって提案は複選制だったが︑これに対し直接選挙方式が対置された︒主席団の産出︹選出︺は︑複選制を採用することとなった︒まず各単位が候補者を推選︹選出︺し︑次に出席代表が複選する︒国民大会主席団選挙辦法は︑計四条が定められた︒制憲国民大会第三回予備会議は十一月二十一日︑第四回予備会議は十一月二十二日に開催され︑主席団当選者には︑蔣中正・孫科以下が選出された︒以上に見たように︑制憲国民大会予備会議は︑自由で民主的な空気の中で行なわれた︒
キーワード国民大会予備会議︑主席団選挙辦法︑複選制︑国民大会主席団選挙辦法︑主席団当選者
はじめに 制憲国民大会は︑随時予備会議︑主席団会議︑本会議の順で開かれた ︶1
︵︒本稿は︑そのうち予備会議をテーマとす
る︒国民大会速記録を材料とし︑﹁はじめに﹂︑および﹁おわりに﹂以外は︻ ︼︑︹ ︺符号で筆者の意見・説明を
付す︒国民大会速記録に基づく︒残念ながら︑紙数に制限があり︑一部を割愛した︒
人名・地名で日本漢字形︵常用漢字︶のあるものは︑常用漢字を用いる︒
Ⅰ 国民大会代表茶話会︵一九四六年十一月十一日︶
一九四六年十一月十一日︑国民大会代表茶話会が開かれた︒同代表茶話会は︑国民政府主席︵蔣介石︶が大会開
幕典礼主席となるよう協議・決定したが︑蔣主席が固辞したので︑各国の先例にならい︑代表中最高年齢者を主席
に推すことになり︑呉敬恒代表に主席を要請した︒
Ⅱ 国民大会開幕典礼︵一九四六年十一月十五日︶
国民大会開幕典礼は︑中華民国三十五年︵一九四六年︶十一月十五日午前一〇時二〇分に国民大会堂で開催され
た︒出席者は呉敬恒代表をはじめ計一三八一人︑主席は呉敬恒︑秘書長は洪蘭友だった︒
報告事項
国民大会籌備委員会洪蘭友秘書長は︑次のように報告した︒
一︑国民大会代表の総定員は二〇五〇名︑政府が公布した代表は一六九〇名で︑本日一〇時までに登録した者は
一五一〇名︒本日出席した者は一二八九名であり︑法定人数を満たしている︒
二︑十一月十一日︑国民大会代表茶話会が開かれた︒代表茶会は︑国民政府主席︵蔣介石︶が大会開幕典礼主席
となるよう協議・決定したが︑主席が固辞したので︑各国の先例にならい︑代表中最高年齢者を主席に推すこ
とになり︑呉敬恒代表に主席を要請した︒予備会が開会を宣言する以前に臨時主席を推挙して頂きたい︒
続いて︑陳介生代表が発言し︑孫科代表を推薦︑一同の拍手により孫科が予備会議主席となった︒
開幕儀式は︑大会主席団会議 ︶2
︵の決定通り︑︵一︶典礼開始︑︵二︶全体起立︑︵三︶主席着席︑︵四︶演奏︑︵五︶国
家斉唱︑︵六︶国旗および国父遺像に最敬礼︑︵七︶主席︑国父遺嘱の朗読︑︵八︶宣誓礼
│
主席に従って代表全員が右手をあげて誓詞を宣読︑︵九︶主席︑開会の辞︑︵十︶国民政府主席挨拶︑︵十一︶演奏︑︵十二︶閉会︑の順で行
なわれた︒
主席︵孫科︶が︑開会を宣告した︒全員が起立し︑主席は国父遺嘱を朗読した︒
国民大会開幕式では︑蔣介石が特にたたえられた︒続いて︑呉敬恒主席・蔣介石国民政府主席が要旨次のような
挨拶を行なった︒ 呉敬恒主席挨拶 本日は︑中華民国第一回の国民代表大会である︒この大会は︑国父の﹁建国大綱﹂のもとに︑絶
対民主を補佐し︑政を民に還す大会である︒この大会は︑国民党の長年の努力によって開かれた︒国父の訓政は︑
伊尹太甲︑周公︑成王を訓ず︑のように容易なものではなかった︒ソ連のスターリンは第三インターを解散してト
ロツキー派の妄動を押え︑ローズベルト大統領はヒトラーに忠告した︒トルーマン大統領は︑世界の不安は政治哲
学がそれぞれ異なることだと述べた︒われわれは︑もっとも先進的な憲法を制定しよう︒
蔣介石挨拶 本日開催される国民大会は︑中華民国憲法を制定する︒これは︑中国が憲政に入る始まりである︒中
華民国の樹立によって︑君主政体は倒された︒﹁建国大綱﹂は︑﹁革命方略﹂を定めた︒国民政府は一九三六年︑
五・五憲草を発表し︑国民大会組織法と選挙法を公布したが︑日本の侵略が始まった︒日本の降伏後︑武装党派の
行動が国家の和平と安定に影響したが︑政治協商会議は五・五憲草修正原則を提起した︒国民大会組織法も修正さ
れた︒われわれの理想は︑三民主義・五権憲法である︒
臨時動議
開幕儀式では︑曹明快代表から要旨次の臨時動議が出された︒
本日は︑国民大会開幕の日であり︑中華民族五千年復興の日であり︑八年の艱苦抗戦は民族の基礎を固めた︒そ
の第一の光栄は︑民族の領袖蔣主席であり︑起立して敬意を表したい︵全員拍手︑起立︑敬礼︶︒
開幕儀式は︑一一時に散会した︒
︵国発委檔案局檔案﹃国民大会制憲会議紀録 謄正本︵一︶﹄︶
Ⅲ 制憲国民大会第一回予備会議︵一九四六年十一月十八日︶
国民大会第一回予備会は︑中華民国三十五年︵一九四六年︶十一月十八日︵月曜日︶午前一〇時二〇分に南京国民
大会堂で開催された︵以下︑予備会議の会場はすべて南京国民大会堂︶︒出席者は︑代表一三八二人︑臨時主席は孫科︑
臨時秘書長は洪蘭友︑秘書は二名︵張壽賢・戴登︶︑記録係は四名︵徐炳昇・居正修・呉常義・蕭仲泉︶だった︒
孫科予備会議主席は︑国民大会籌備委員会洪蘭友秘書長に臨時秘書長を担当して頂きたいと発言し︑一同拍手し
た︒
報告事項
洪秘書長が︑次の報告を行なった︒
一︑国民大会代表の定数は︑二千五十人で︑政府の明令により公布された者千六百九十人である︒本日午前十時
までに到着した者千五百一人︑本日出席した者千二百八十九人で︑法定人数を満たしている︒
二︑予備会が開会する前に︑臨時主席を推定して頂きたい︒
陳介生代表 本日の予備会議で議題に上がっている討論事項は︑多くは大会法規定序等だ︒本会参加者は︑法規に
対して経験豊富だが︑とっさには思いつかない︒わたしは︑結果を考慮し︑厳粛に提案する︒孫科代表を予備会議
臨時主席に推して頂きたい︵一同︑拍手︒孫科代表が予備会議主席に任じた︶︒
主席 国民大会籌備委員会の洪蘭友秘書長に臨時秘書長を担任して頂きたい︵満場拍手︶︒
続いて︑孫科予備会議主席は︑国父遺嘱を朗読し︑全員起立した︒
討論事項
第一議題は︑主席団選挙辦法で︑﹁国民大会組織法﹂第七条の規定により︑出席代表の互選により五十五人の主
席団を組織する︑籌備委員会が辦法の草案を作成したので︑ご審議願いたいとの提案があり︑草案印刷物が配布さ
れた︒
洪蘭友秘書長は︑国民大会組織法第七条の規定により︑出席代表が五十五人を互選し︑主席団を組織する︒ここ
に籌備委員会の選挙辦法一種の草擬を経て︑審議をお願いするとの説明を行ない︑辦法草案の印刷物が付された︒
発言者は︑三十代表︵延国符・祁志厚・李文斎・常宗会・徐浩・蔡呈祥・詹学海・楊砥中・李鴻儒・曽済寛・陳顧遠・馬続
常・唐啓宇・楊一峰・張道藩・江仲瑞・王幼僑・何氷如・王宣・尹静夫・田炯錦・孔庚・崔唯吾・沈霊修︑伍純武・陳詠絃・奚
玉書・趙振洲・陳孝威・王潞︶だった︒
︻予備会議では︑主席団の選挙方法をめぐって主席団選挙辦法草案の第一条・第二条・第三条について活発な議
論が行なわれた︒提案は複選制だったが︑複選制とは主席候補者を各単位で選んだ上で大会が主席候補者に基づい
て選出するという方法で︑これに対し各単位での候補者選出をせず︑大会が大会代表全員を候補者として選出する
という直接選挙方式が対置された︒さらに︑区域代表と職業代表等を分けてそれぞれ候補者を選出するのか︑区別
しないのかなどをめぐって原案批判があいついだ︒︼
︵国発委檔案局檔案﹃国民大会制憲会議紀録 謄正︵一︶﹄︶
︻﹁主席団選挙辦法﹂草案討論︑主席団は複選制か︑直接選挙か︒︼
孫科予備会議主席 予備会議議事日程で討論を要するのは︑まず﹁主席団選挙辦法﹂だ︒籌備委員会が草案を作成
したので︑洪蘭友秘書長にご説明願いたい︒
洪蘭友秘書長
﹁国民大会組織法﹂第七条の規定によれば︑出席代表が主席団を互選する︒これは︑大会における
程序︹手順︑順序︺の進行の一切である︒まず最初に決定すべき問題である︒それゆえ︑予備会では︑まずこの件
を決定しなければならず︑唯一提出しなければならないのもこの件である︒
籌備委員会秘書処は︑本日の大会のために︑この件を討論し︑特にまず草案を起草し︑大会参加者の審議に供す
る︒本草案の作成は︑当然︑十分完全とは言えない︒これより本草案起草の要点を︑それはまたまた本草案の精神
でもあるが︑まず説明する︒
一︑主席団の産出︹選出︺は︑複選制を採用する︒まず各単位が候補者を推選︹選出︺し︑次に出席代表が複選
する︒けだし代表の人数が多いので︑この制度は比較的互選しやすく︑同時に選挙人が慎重に理想の主席団の
人選を考慮することができる︒
二︑候補者は︑各単位が自主的に推選を行なう︒なぜなら各代表は本省区内の代表に対して︑当然︑その他の省